ジリジリジリ
けたたましい目覚ましの音で目が覚める。寝起きのせいか、頭がぼーとしてる。
――あ、今日は月曜日か。学校行かなきゃ。
朝ごはん、朝ごはん、と…眠い目を擦りながら、ドアを開ける。
あ、珍しく兄貴が先に起きてる。
「おはよう兄貴」
「………」
兄貴は何事もなかったかのように席につく。
…何こいつ無視してんの?「挨拶ぐらいしなさいよ!」すかさず怒りの鉄拳を食らわす。
スルッ
あれ…何よコレ…腕がすり抜けてる。慌てて右手を元に戻す。
…ちょっと、右手が透けて見えるんですけど。違う、右手だけじゃない!体が全部透けてる!
何!?これどういうこと!?
「それじゃ、いってきます。」
あ、兄貴待って!なんで私の声が聞こえないの?
―――最悪。
学校行っても、誰も私に気づいてくれなかった。
あやせも、加奈子も。
何よコレいじめ?あたし何か悪いことした?
ガチャ
兄貴が帰ってきた。
「…兄貴。」
私はそっと兄貴の背中に手を当て声をかける。
「…わたしはここにいるよ。ねぇ、お願いだから何か…何か言って…」
けど、兄貴はやっぱり何も答えないまま。
何事もなかったように靴を脱ぎ始めてる。
「まあ、とりあえず上がれよ。」
「ええ、そうさせて貰うわ。」
…え?なんで黒猫も一緒なの?
「今日は誰もいないのね。」
「…ん?ああ。」
ちょ!黒猫!何兄貴にくっついているの?兄貴もなんで黒猫を抱き締めちゃってるの?
なんで?なんでそんなに愛おしそうに髪を撫でてるの?それじゃあ、まるで…
わたしは堪らなくなって、その場から逃げ出す。わたしがどんなに声を上げても、兄貴にはもう届かない。
なんで……なんでよ…そんなの、哀しすぎるじゃない…
お願いだから私を見て!私の声を聞いてよ!!
「…?どうかしたのかしら?」
「――いや、別に」
なんだろう、この感覚。最近妙な感覚に襲われる。何かを忘れている気がする…。
「気分でも悪いの?」
怪訝そうに俺の顔を覗き込む黒猫。そう言えば、こいつとどうやって知り合ったんだっけな――
だめだ、思い出せない。思い出そうとすると、頭の奥ががズキズキと痛む。
「ん、いや。なんか最近な、誰かを忘れているよな感覚に襲われるんだよ。時々な…。」
「えっ?沙織のことかしら?」
「…いや、違う。なんだろう…なんというかこう、もっとわがままでかけがえの無い…そうだな、兄弟みたいな存在――」
――そう、妹のような。
分からない。けど、なんだろうこの切ない気持ちは。何かが足りない。とても大切なものだった気がする。
黒猫―――そう、こいつとも仲の良かった誰か。こいつとよく大喧嘩し、本音を言い合えた存在。
彼女の唇が動く。
「何言ってるの、あなたは一人っ子じゃない。」
そうか、そうだったよな…。
「……乃…おい…」
誰かがあたしを呼んでる。…誰?
あ、
勘違いか。そういえば私はもう、誰にも声をかけて貰えないんだった。
もう、一人っきりなんだ。
「桐……起き……」
また誰かが呼ぶ声。誰?私に声をかけてくれるあなたは誰?私はゆっくり目を開ける。
「おい、桐乃起きろって。こんなところで寝ていると風邪引くぞ」
あれ?ぼやーとして良く見えないや。でも、良く知った顔。
情けなくて、でも優しくて、そう、いつもこんなちょっと困ったような顔してて…
――兄貴!
「あ、あんた、あたしが見えるの!?」
「は?…何寝惚けたこと言ってんだお前。」
ああ、この懐かしい感じ。兄貴がわたしを見てくれてる!声を聞いてくれてる!
涙が…溢れてくる。
「ふざけんな!3日間もずぅーとわたしのこと無視したくせに!!」
あたしは泣きながら兄貴の胸を叩く。ああ、触れることがこんなに安心するなんて。
「いや、落ち着け…落ち着けって桐乃。どうした?悪い夢でも見たのか?」
「惚けないでよ。それに何アレ…黒猫と抱き合っちゃたりしてさ。あんたら付き合ってるの?
わたしだけのけもので?ふざけないでよ!!」
「は?黒猫?…おまえ何言って……家は猫なんか飼ってないだろ。」
「だから惚けないでって言ってるでしょ!!黒猫って言ったら――」
―――あれ?黒猫って誰だっけ?…思い出せない。思い出そうとすると輪郭がどんどんぼやけてしまう。
ねぇ、なんでかな。なんでか悲しくなってまた涙が溢れてくるよ。
でも、どうしても思い出せないの。
とても大切な存在だったような気がするのに。
最終更新:2010年11月28日 03:10