とある二人の休日模様 03


「デート…なんですね」
「あ、あやせ。これはだな…」
なんとか説明しようと思ったが出来なかった。
前回から知り合いに会いまくる上に、しかもよりにもよってあやせだ。マジで俺って呪われてるんじゃなかろうか?
「お兄さん、桐乃に手を出したらぶち殺しますよって言ったの覚えてます?」
光彩の消えた瞳であやせがにじり寄って来る。
もちろん忘れるはずもない。どんだけ俺がこいつを恐れていると思ってるんだ。
今だって近づいてくるあやせから離れることも出来ず、俺は「あ…ああ…」と声にならない声を上げているだけだ。
いや、俺だけじゃない。桐乃もこの迫力に言葉を失っているようだった。
キレイな顔…してるだろ?うそみたいだろ?殺そうとしてるんだぜ…こいつ…。
それに錯覚だろうか?何も持っていないはずなのに、あやせの手に何か光る物が見える気がする。マジ怖え。
「で、でもお前さあ、俺たちの事認めてくれたんじゃなかったの?」
だが恐怖で動かぬ体にムチを打って、俺はとある事実を口にした。
そう。こいつは知らない訳ではないのだ。というか当事者の一人であるのだが、そんなの説明してる余裕ないよね。
「う…それは」
ともあれ今の俺の言葉で、あやせの表情に光が戻ったようである。
やれやれ、助かった。どうやら今回も死ななくて済みそうだ。
そしてやや脱力した俺にあやせが言う。
「も、もちろん認めましたよ?桐乃の為ですし…。でも、こういう事まで認めた訳ではありませんから」
「こういう事って…。ただのデートだよ。お前が思ってるような事なんかないって」
「ええ分かってます。今はただのデートですよね。だけど実際にこうやってデートしてるって事は、手を出すのも
時間の問題って事じゃないですか?お兄さんの変態っぷりからして我慢できるとも思えませんし。だから言ってるんです」
へーなるほどね、だからかあ。
……いやその理屈はおかしい。俺って奴はどんだけ信用がないんだよ。
確かに俺は、あやせの前で少しだけハメを外し過ぎたかも知れない。だけどさ、誰が見たってあんなのただのスキンシップの延長でしょ?
それなのにたったそれだけの事でこうも変態に思われるだなんて、甚だ心外もいいところである。
ていうか俺も言いたいんだが、どこの世界に親友の兄貴を手錠で縛り付けるような女子中学生がいるんだっての。
むしろお前の方が変態じゃねーかと思うぜ。桐乃だって最近のあやせは頭がおかしいなんて言ってたしな。
まあでも、
「そういう事かよ」
そう不安に思っているならば、それを取り除いてやらなきゃいけないのは間違いない。
フッと微笑みながら、俺は改めてあやせへと向き直る。
「大丈夫だ、安心しろあやせ。誓ったっていい。桐乃にはそんな事しないよ。何故なら」
そして、これ以上ないくらいに真っ直ぐに見つめ、
「俺が手を出すのは、お前だけと決めているからだ!!」
言ってやった。どーだ今の俺の真摯な言葉は。
これであやせも桐乃には手を出さないって信用してくれるだろうぜ。
現にホラ、今までとはうって変わった目で俺を見て……ん?
「あ…あんた…」
「なっ…なっ…」
あれ~?何かな、この反応は?
なんか思ってたのと違うけど、これってひょっとして。
「この、変態があああああ!!」
「やっぱり死ねエエェェェエェェ!!」

 ・ ・ ・

「お前ら少しは加減てもんをだなあ…」
「うっさい、バカ」
「ほんっとに最低ですね。お兄さんは」
痛む体をさする俺に、二人の辛辣な言葉が突き刺さった。
おかしいな?かなり正解を言ったと思ったんだが、どこでどう間違ってしまったんだろうか?
ま、結果としてはあやせの不安を解消できたようなので良かったんだが…いまいち釈然としねえな。
「―――て事だから、桐乃も注意してよ」
「うん。分かった」
複雑な俺の視線の先では二人が会話を続けている。
もちろんこっちには一瞥すらくれない。別にいいけどな、ふん。
「…ところで桐乃。あのお店の方から来たような気がしたんだけど、まさか行ったの?」
「え、うん」
「ふーん…」
と相槌を打つあやせだが、何事かを考えているようだった。
そして、すぐに軽いジト目を桐乃へと向ける。
「アレ、頼んだの?」
「えーと、それは…」
「き・り・の?」
「た、頼んだ…」
怯えるように桐乃が答えた。
表情こそ笑顔だったが今のあやせの声はマジだったと言っておこう。
しかし今のやりとり、何かが引っかかる…。
「なああやせ、あれってなんだよ?俺たちが頼んだのってカップルセットとか言うヤツだけど、違うのか?」
「ええ。それですよ」
「そうか。けど、なんか気になる言い方だったが、ひょっとして頼んじゃまずかったとか?」
質問を重ねてみる。それが違和感の理由だと思ったからだ。
だが返って来たのは、相変わらずの冷たい視線と、更に俺を混乱させる一言だった。
「お兄さん。お店ではどんなお客さんが目につきましたか?」
「どんな?ああ、カップルがやたら多かったよ。前行った時は女の子ばっかりだったけど、今日はどうしてだか違ってたな」
「どうしてだと思います?」
「ちょ、あやせ!?」
「桐乃。正直に言わなきゃ。じゃないと私、また反対しちゃうよ」
「う…」
毅然としたあやせの口調に桐乃が口をすぼめた。
正直にって、いったいあやせの奴はさっきから何を言いたいのだろうか?
困惑する俺に、表情を変えずにあやせが繰り返す。
「改めて聞きますけど、どうしてだと思います?」
「カップルしか頼めないし、完食したら記念品がもらえるから。だと思ったけど」
「当たりじゃないですね。ハズレでもないですけど」
そして、一拍置くようにふぅと呼吸をした。

「雑誌で特集されたからなんです」
「雑誌?」
「はい。実は前からあったらしいんですけど、記念品を貰ってそれに二人の名前を書くと、お互いにそれを持っている限り
その二人はずっと幸せでいられるっていう噂。それが最近特集されたんです」
なんだそりゃ?そんな理由でカップルが多かったってのか?
明らかに何の根拠も信憑性も無い噂だし、さっぱり理解できんぞ。
「不思議そうな顔してますね。でも、そういうもんなんですよ」
そういうもん…なのか?
いまいち分からない俺は、思わず桐乃を見る。
「し、知らないっつーの」
フンッとそっぽを向かれてしまった。
なるほどな。どうやらそういうもんらしい。どうりで行きたがってたし、完食にこだわってたって訳だ。
記念品に執着するなんて、なんかおかしいと思ってたんだよ。ったく、正直に言えっての。
とは言え、そんな素直なのそれこそ桐乃らしくないか。今だって態度の割にはそこはかとなく顔赤いしさ。
まー、そこが可愛いところなん―――
「お、お兄さん!い、今絶対に破廉恥な事考えてましたね!?」
「え?は?…してねーよ!」
「いーえ、嘘です!今の顔は間違いなく考えてた変態の顔でした!まったく、どうしてそうなんですか!?
一瞬でもお兄さんを信じた私がバカでした。だいたい、お兄さんは今まで私に散々セクハラしてきましたよね?
私がお兄さんと付き合う事なんてありません、て言った時はあんなにがっくり来てましたよね?それなのに何でこうも
しれっと桐乃と付き合っていられるんですか?おかしいじゃないですか!?あれだけ本気だ本気だって言っておいて
やっぱり嘘だったんじゃないですか!まったくもう!どうせさっきの『お前だけだ』なんていうのも冗談なんでしょ?ふんっだ」
「ちょっと待ってくれよ。どうしたんだよ急に!?」
いきなり洪水のように押し寄せたあやせの言葉に抗うように、俺は必死に声を大きくする。
「なに、ひょっとしてヤキモチ焼いてる…とか?」
「だからそれは絶対に有り得ません」
OK。瞬殺されたぜ。
おまけに桐乃が物凄い恐ろしい目で睨んできてるんだけど、これって俺が悪いんですかね?
「とにかく、今後も桐乃に手を出すのは一切許しませんからね」
「分かってるよ」
「でも―――」
少しだけあやせの表情が変わった。
「桐乃を悲しませるのはもっと許しませんから」
依然として厳しい顔だったけど、それはどこか優しい声だった。
「…分かってるよ」


そして俺たちはあやせと別れ、やがて時間となった。



* *



「やれやれ。それにしても門限ギリギリだったな」
「まったくさあ、Suicaのチャージくらい事前にしとけっての。あと一本後の電車だったらマジでアウトだったんですケド」
髪をかきあげながら、ぶーたれた表情で桐乃が文句を言ってくる。
家に戻ってきた俺達は今、夕飯の後で桐乃の部屋でだべりながら、風呂までの時間を待っているところだ。
ちなみに、親父達には俺たちが出かけていた事はもちろんバレているのだが、あらかじめ今日は沙織達と遊ぶという事にしてあるので
特に何も言われていない。
知られたら半殺しだなんて最初に言ったけど、実は凌げるように手は打ってあったんだよ。
もし誰か経由で知られても、そういう罰ゲームだったで切り抜けられるしね。どうだい、ちゃんと考えてるでしょ?
まあそれは置いといて。
「仕方ねえだろ。てか俺は行きにやろうと思ったのに、お前がそんなの後回しにしろって言ったんじゃねえかよ」
「ハァ?なにそれ。あたしのせいだっつーの?」
ガタンと椅子を鳴らして、桐乃が目を吊り上げる。
その通りじゃん。と言ってやりたいが、ここで我慢できるのが大人な京介さんだ。
「ちっ。だいたいあんたがマジバカで要領悪いから親切で言ってあげたってのにさぁ。逆にあたしに感謝するところなんじゃないの?
あ、バカだからそれも理解できないか。ならしょうがないよね」
ぐおおおおおっ!ムカツク!
だいたいお前、なに携帯いじくりながら言っちゃってくれんのよ!?
せめてこっちを見て言え、コラ!
「なに一人でぷるぷる震えてんの?嬉しいの?マゾなの?」
「そう見えるのかよこれが!耐えてんの!」
「ふーん。それよりもさ、ねー見て見て、この写真」
俺の怒りをあっさりスルーして、桐乃が携帯の画面を見せてくる。
そこには腕を組んで笑顔な俺達の姿があった。ポートタワーで係の人に撮ってもらった物だった。
「お、おう。良く撮れてるな」
「でしょ~。あたしってほんとカワユイよね」
そっちかよ。
「でもお前気を付けろよ。こんなラブラブな写真を誰かに見られたら色々と面倒だからな。特にあやせはもっての外だぞ。殺される」
「分かってるって。あたしがそんなヘマすると思ってんの?」
いや~、ぶっちゃけ思ってますから。だってお前、エロゲー2回も落としてバレてるしさ。まあ一応信じるけど。
「あーそうそう。あとさ、次の予定決めといてよね。スケジュールちゃんと空けとくから。でもあんまり先だと分かんないからダメ。
だから今月中にすること。いい、絶対だからね!」
「はいはい、分かったよ」
一方的な通達に、苦笑しながら言葉を返す。
「ところで、一つ聞いていいか?」
「は?何?」
「今日の事だよ」
ここで、俺は唐突に話題を変えた。
実は家に帰って来てからずっと気になってる事があったからだ。桐乃にとっては今日はどうだったんだろうか、という事だ。
俺としてはまあ楽しかったし、良かったよ。だけどそれはあくまで俺の意見であって桐乃の意見じゃない。もしかしたら、こいつは
そうは感じて無いかもしれない。
情けねえ事にそれが気になっちまって、結構ビクビクしてたんだぜ。
「…お前的にはどうだったんだ?」
「んー……ま、70点てとこかな。取り敢えずギリ合格」
「それってスゲー微妙なんだけど、喜んでいいのか?」
「んな訳ないでしょ。これから精進しろって事に決まってんじゃん」
そりゃそうだろうな。こっちだってそんな簡単に高得点取れるとは思ってないし。
ただ、この点数って事は。

「…つまらなかった、とか?」
「……バカ。楽しかったに決まってるし…」
「そっか」
なら、良かったよ。これ以上は何も言わねえ。ホッと安堵すると同時に、口元が緩むのが分かった。
と突然、桐乃が勢い良く椅子から立ち上がってこう言った。
「だからさ、点数はあれだけどまあ楽しかったし、あたしの為にちゃんと頑張ってくれたってのは分かったから、ご褒美あげる」
「ご褒美?」
いきなり過ぎて冗談かと思ってしまった。だが桐乃の表情を見ると、どうやらそうでもないらしい。
新作のエロゲーでもくれるっていうのだろうか?しかし頑張ったご褒美だなんて、それこそゲームのクリア特典みたいだな。
などと考えていると
「んと…その…」
何を口ごもってるんだ?いや、そのもじもじしてる姿は可愛いけどさ。
「ちょっとこっちに来てよ……」
「お、おう」
俺も腰を上げ、言われた通りに桐乃へと歩み寄る。
「準備するから目閉じてて」
なんだろう、準備が必要って事はやっぱ物だろうか?
ひょっとして、いつか押入れの中でみたスカトロ*シスターズじゃないだろうな?
……ありえる。だから言いづらそうにしてたってのか?
まさか次はそっち方面へと俺を誘おうとするんじゃあるまいな!?どうなんだ、おい。
なあ桐、の―――!?

甘い桐乃の香りと共に、柔らかく温かな何かが、俺の唇に触れた。
慌てて目を開けるがそこには何もなく、残り香だけがふわふわと漂っている。
「な、なっ!?」
「だから、ご褒美」
「いや、そうじゃなくて…!」
未だ唇に残る感触に、高鳴りっぱなしの胸の鼓動が収まる気配は無い。
「初回限定の特典だから…。だから今日はこれだけだからね」
耳まで真っ赤に染めた顔で桐乃が言う。
「もし別のご褒美が欲しかったら……もっと頑張ること。分かった?」
「…別の…?」
……
……!?
「お前、それはダメだよ!?」
浮かんだ答えに自分自身でも驚く程に動転してしまった。
そんな俺の様子に初めはキョトンとしていた桐乃だったが、ハッと気がつくとこちらもまた慌てたように言い返す。
「ちょ、ちょっとあんた、なにやらしい事考えてんの!?このバカッ!」
「だ、だってお前が…!」
「ち、違う!」
ベッドにあったクッションが俺に飛んできた。
「そういうんじゃないっつーの!どうしてそんな直結型な変態なワケ!?キモッ!!だいたいあんたあやせに言われてるでしょ!?
あんたがあたしに…その…変なことすんのはダメだってさぁ!」
「そ、そうだよ!俺がお前にそんな事出来る訳ないだろ!?」
「分かってんじゃん!“あんた”が“あたし”に出来るワケないもんね!あ・ん・た・が!」
「何度も言うなよ、しつけーな!そんなの分かってるって言って…」
「だからぁ―――!」
ヒートアップした桐乃の顔がグワッと近づいてくる。
殴られる―――そう思った俺だったが、直ぐにそれが間違っていた事を思い知らされた。
今度はハッキリと分かったからだ。
俺が桐乃とキスをしたって事に。


「…んっ……はぁ…」
熱を帯びた息を俺の顔に当てながら、桐乃の顔が遠ざかっていく。
どれくらいだっただろうか?一瞬にも思えたし、数分とも思えた。
ただどっちにしろ、時間なんて分からなかった。
離れて行くお互いの唇の間に、名残惜しそうに引かれた糸が光っている。
そしてそれを人差し指でそっと拭って、桐乃が呟く。
「だから、あたしからするから……」
「あ、ああ…」
真っ白な頭で俺はただ音を発する。
「でもさっきも言ったけど、だからって“そういう事”はしないからね。………まだ…」
「ああ……」

…ああ?

一瞬何を言われたのか理解できなかった。だが次第に、水に垂らした絵の具のように、その意味が全身にゆっくりと広がっていく。
「…お、お前…今なんて?」
「…っ!?」
後から思えば、どうやらそれは桐乃にとっても無自覚だったらしい。
一気にテンションが変化していくのが見えた。
「う、うるさい。なんでも無いっ!てかもういいから!ほら、早く自分の部屋に戻れっ!」
狼狽えながら目を><←こんなにして、ドアの方へ俺をぐいぐいと押していく。
もちろん今の俺に抵抗なんてできるはずがない。ただされるがままだ。
そして桐乃はトドメとばかりに廊下へと俺を蹴り出すと、んべっと舌を出して、バタン!とドアを閉じた。

「……」
身じろぎもせず、呆然と立ち尽くす俺。
睨んだり、笑ったり、怒ったり、照れたり、そして最後にケツを蹴ってきたり…様々な桐乃が脳裏に浮かんでは消えていく。
「…ぷっ」
と、なにやら急に可笑しさが込み上げてきた。
「そうだよなあ」
そして独りごちだ。
だってそうだろ?俺はいまだに桐乃の事が全然分からない。いや、多分これからも分かることは無いだろう。
あいつはいつだって素直じゃなくて我侭で、俺の都合なんかこれっぽちも考えてくれやしない。
だけど、それでもそんな可愛く無い妹が、俺は何よりも大切で大好きなんだ。
だからさ、部屋に戻る前にあいつにはっきり言ってやるんだぜ。

「おい桐乃、次だけど―――」

そして俺は、わざとらしく一つ咳払いをして、ドアの向こうに居る桐乃に向かい

「また明日、な」



おしまい





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最終更新:2010年12月10日 09:03
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