いつものようで違う景色(仮) 01


これは都内から少し離れた某県庁所在地のとある女子中学校の一人の少女のお話である。


登校時間。
清楚な制服を見にまとった女子中学生らがそれぞれの友人と横に並んで上品な口調で愉しげに喋りながら登校している。
これが、いつもの登校風景である。
……と一人の少女が顔を真っ赤にして嬉々としてはしゃいでいた。すると周りの少女たちもこだまするかのように嬉しそうな悲鳴を上げた。

「綺麗……それにあんなにも堂々としていらっしゃって……」
「まるでわたくしの理想の……」
「しかし……あのお方、見たことがないのですが……」
「お馬鹿さんね、あなたたち。あのお方が誰なのかも知らないわけ?」
「彼女は……」

すらっとした長身、外国人と大差のないくらいの胴短長足、肩のところまで軽くウェーブした髪、そしてざくろのようにほのかに頬が赤く染まった笑顔。

「皆さん、おはようございます」

登校する生徒に一人ずつ挨拶するこの女性はさらに吸い込まれそうな笑顔で微笑むと、周りの生徒もそれに応じる様に顔を真っ赤になりさらに辺りが騒がしくなる。
中には具合が悪くなったのか、足取りがふらついている生徒までいた。
これが登下校、授業間での移動や体育の授業中問わず見られる光景なのだ。
端から見るとその「女性」は彼女らの通う女子中学校の教師かと間違われるかもしれない。だが、彼女もこの学校の立派な生徒なのだ。
その中で、意を決して彼女による女子生徒がいた。

「あ、あの、すいません! よろしければお名前を教えて頂けませんでしょうか!?」

「ふふ、よろしいですよ。私の名前は」
「槇島沙織と申します。今後ともよろしくお願いしますね」


名前を聞いた女子生徒はお湯が沸騰したかのように顔が真っ赤になり、そのまま仰向けに倒れてしまった。
あわてて周りの生徒が彼女を助けようとする中、沙織だけは今までの笑顔を崩さずにそこから通り去っていく。
妙に早足気味に、そして先程よりも赤みの増した頬をして。

一時限目の授業中。
女性教師が黙々と黒板に計算式やら公式やらを書き記していく。教室内は誰もが次々に書き記される黒板と目の前のノートに集中して、ほぼ無言状態である。
事実、この学校の校則は他校よりも何倍も厳しいと有名なのだ。……が、その中でも例外がある。

――沙織、沙織
――な、なんでしょう? 授業中ですよ?
――まあまあそう堅いこと言うなよ? それより、あんたまた他の奴らに言い寄られたそうじゃん? いつもいつも大変だな~って思ってさ

他の生徒とは明らかに違うフラットな性格をした女子生徒が沙織に囁いた。
沙織は手を気付かれない様に小さく横に振って即座に否定した。

――そんなことはございません! みんな学校の規律を守って挨拶をしているだけですわ!
――それはどうかな~? 後ろから見ていたら卒倒している奴とか何人かいた気がするけどな~
――うぅ……それは……
――ひひひ、やっぱ沙織は面白いな~っいたぁ!
――もう、だからこうなるというのに……

いつの間に移動してきたのか、女性教師がフラットな生徒の頭上めがけて手加減無用の拳を振り下ろしたのだ。

「……また貴女ですか。少しは授業に集中してくださらないと。これで何度目だとお思いなのでしょうか?」

ゴツンという鈍い音が周りに鳴り響く。
周囲の女子生徒はこれがいつもの光景だと知っているのか、クスクスと含み笑いをしていた。

「いったいな~。少し位雑談したっていいじゃないですか~?」

「貴女という生徒は……毎回の授業中の私語もいただけませんが、特に貴女のその話し方!
何ですかそのデリカシーの無い仕草は!? 以前何度も改めるよう申しましたでしょうに? 全く反省なさってませんのね?」

「いいじゃないですか。これが私の性格なんですし、やらなければならないことはちゃんとやっているんですから」

「はぁ~これだからこの子は……」

「く、口を挟んで申し訳ありませんが、お時間が過ぎますのでそろそろ授業を再開された方がよろしいのでは……と」

「む、そうですわね。……貴女は昼休み職員室まで来なさい。あと槇島さんも同様に。貴女も無関係ではないことは肝に銘じておくように」

「……はい、おっしゃるとおりでございます」

その後昼休みに彼女と沙織は職員室に呼ばれ、こっぴどく叱られた。
沙織が何度もペコペコしながら謝っているのに対し、彼女の方は女性教師の説教に飽きたのか、半ばあくびまでしていた。
結局放課後にも呼び出され、反省文を完成させるまで帰宅するのを許されなかったそうだ。
ちなみに、その時は彼女だけ呼ばれたのだった。


「ったく、あの担任も酷いよな。あたしには反省文と次の日の補習を命じてきやがったくせに、沙織には説教だけだもんなー。
しかも放課後は呼び出さねえし。なんだよ、この不公平さは」

「仕方ありませんわ、貴女が自ら蒔いた種ではありませんか」

「ぐっ……しゃーねーじゃんか。あたしは元からこんな性格なんだし」

「元から持っているものを憎むのは愚かなことですわ。駄目だと思ったら努力しなければ、いつまでたっても変わりませんわよ?」

「はいはい、いつもの説教をありがとさん。それより今日これからどうする? どっかでお茶しないか?」

「仕方ありませんわね、お付き合い願いましょうか」

彼女とこんな感じで接するのもいつものことである。
学校が終わり、どの部活動にも所属していない彼女たちはこうして暇があればお茶を飲んだり服や雑貨品を買ったりしている。
ここでは一般的な「普通」の友人関係なのだ。
彼女の案内で学校から程なく離れた行きつけの喫茶店に訪れた。
彼女はコーヒー、沙織は紅茶を頼み一緒に注文した焼き菓子をつまみながら楽しそうに雑談している。

「でさ、うちのペットがさー」

「……」

「おい、沙織聞いてる?」

「……あ、申し訳ありません。えっと、何のお話でしたっけ?」

「大丈夫か? 最近ぼーっとしているようだけど」

「お気遣いありがとうございます。ただ、これからまだやらなければならないことがあるので」

「あー、前に言ってたな。いくらか掛け持ちで稽古をしているとか。
じゃあ、これからやることってのは、あれだろ? お・見・合・い話とか」

彼女は「お見合い」のところをにやけながら沙織に囁いた。
沙織は顔を真っ赤にして思い切り横に振った。


「ち、違います! お見合いは昨年の秋ごろに勧められただけでやっていません!む、むしろ、断りましたし、わたくしには結婚などまだ早すぎますの」

「ふーん、本当っかなー?……まぁ弄るのはここまでにしとくよ。忙しいんだろ、仕方ないって」

「も、申し訳ありません……」

「あ~もう弄んないったば。ほんと沙織って恥ずかしがり屋だな」

「そうではなく……いやそうでございますね。よく母様にもご指摘されましたし」

「……? そうなんだ?」

彼女は沙織から何か底知れぬものを感じたが、それは次の一言ですぐにかき消された。

「申し訳ありません。そろそろお時間ですので」

「おっともうそんな時間か。いいよ、ここで解散するか。また今度店回ろうな」

「……ありがとうございます。それでは」

沙織は彼女に満面の笑みでお辞儀をし、席を立った。店から出る時も同様の笑みでお辞儀をし外に出た。

「全く、あんな笑顔で言われたら誰だって逆らえるかっての」

彼女はふふ、と笑い飲みかけのコーヒーを口に運ぶ。後に残る苦みを楽しみながらまだ笑っていた。






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最終更新:2010年12月19日 23:54
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