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嘘


これだけひどい風邪をひいたのは、警察官を拝命して以来初めてだ。
頭が痛く、全身の節々が痛く、ひどくだるい。
妻や息子・娘、職場の部下たちは鬼の霍乱だと陰口を叩いているだろう。

「じゃあ、ちょっと出かけます。面倒は桐乃に頼んでおきましたから」

―――ッ!!
不安そうな顔をしたのを察したのか、妻はこう続けた。

「食事なら作っておきましたよ。あとは温めるだけだから桐乃でも大丈夫。
 桐乃が作ったモノなんて食べたら、治る病気も治らないでしょ」

桐乃が作った『モノ』・・・
妻は、娘の料理の腕前を全く意に介してない様子だ。


「お父さん、大丈夫?」

普段、家の中では無口な娘が声をかけてきた。

「ああ。ところで日曜日なのにどこか出かけないのか?」
「別にいきたいトコなんて無いし、勉強もしておきたいし」
「彼氏なんていないのか?」
「いるわけないじゃん」

娘は嘘をつくと、舌で八重歯の先をなめる癖があった。
その癖が直っていなければ、今の娘の言葉には嘘は無い。

「おとなしく寝ていた方がいいんじゃない?」

こう言って部屋を出ようとする娘にさらに訊いた。

「片思いでもいいから、気になる相手はいないのか?」
「そ、そんな相手いないし・・・」

娘は振り向かずにそう言ったので、口元を確認できなかった。


「親父、大丈夫かよ?」

息子が様子を見に来た。

「お前も日曜日なのに出かけないのか?」
「別にいきたい所なんてねえし、勉強もちょっとしておきたいし」
「田村さんのお嬢さんとはどうなっているんだ?」
「麻奈実とはそう言う関係じゃないよ」
「よそ様のお嬢さんを呼び捨てにするな! 麻奈実さんと呼べ!!」
「う・・・。麻奈実・・さんとはそう言う関係じゃないし・・・」

息子は嘘をつくと、親指をポケットに引っかける癖があった。
その癖が直ってないことを期待して息子の手を見たが、
両手を背中に回しているので、指を確認できなかった。

ふたりとも、どこまで本当のことを言っているのやら・・・


「お父さん、すごくいいことがあったの!!」

娘が満面の笑顔で話しかけてきた。
どんないいことがあったのか訊いたが、

「ないしょ」

とはぐらかされた。


「うえええん、おにいちゃんが嘘をついた―――。」

娘が大粒の涙を流しなから泣いている。

「まーおねえちゃんが『おにいちゃんとはけっこんできないんだよ』
 っていってた。」

大泣きする娘を目の前にして、嘘で娘を傷つけた息子に怒りを感じた。

「なぜ妹を泣かせるような嘘をついた! できない約束などするな!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」

おびえた様子の息子は涙を流しなから謝っている。
怒りのあまり息子の頭に渾身の力で振り下ろそうとした腕が重くなった。
娘が泣きながら腕にしがみついていた。

「おにいちゃんをぶたないで!!」

      • なんということだ。
娘を傷つけるような嘘をついた息子を叱ろうとするあまり、
娘まで傷つけるようなことをしてしまうところだった。
怒りのあまり、二人の父親であることを忘れていたのかもしれない。
泣き続ける二人をそっと、しかしきつく抱きしめた。

体調が悪い時は決まって十数年前の場面が夢に出てくる。

「また、あのときのことを夢で見たの?」

帰ってきていた妻が、うなされていた様子を見たのか心配そうに言った。

「ああ、またあの夢だった」
「でもあの時のあなたは、本当に心配している様子だったし。
 あのとき抱きしめていなければ、今頃二人はどうなっていたか・・」

妻と同じ気持ちだった。
あのとき以降、息子も娘も人を傷つけるような嘘はついていない。
それを思うと、二人の子育ては割とうまくいっているのではなかろうか。

      • ああ、ただ一つを除いて・・・


「ちょっとアンタ、なに携帯でニヤニヤしながら話してたのよ?」
「別にいいじゃねえか。オマエに迷惑かけた覚えはねえよ」
「リビングは我が家では公共の場所なの。そこでニヤつかれたら迷惑だし、
 そもそも不快。アタシを不快にさせた以上、アンタには説明責任があるの。
 一体ダレと話していたの?」
「俺が誰と話していようが、オマエには関係ないだろ!」
「ムカツク!! 地味子? 黒いの? 沙織? まさかあやせじゃ?」

―――。

「オマエ、厚かましいぞ。可愛げの無いヤツ!!」
「黙れ! アンタなんか消えてなくなれ!!」

―――。

「オマエと話していると気が休まらん。一生黙っておけ!」
「アンタなんかと、口なんて利きたくないっての!!」

―――。

「アンタ何カッコつけてんの? 親指をポケットに引っかけちゃって!」
「オマエこそ、怒鳴る度に舌で八重歯の先をなめるな! 気色悪い!」

―――ふう・・・

「あなたたち、いい加減にしなさい!」

妻がドアを開け、息子と娘の言い争いを止めに入った。
息子と娘は、親や友達には嘘をつかないようだが、
お互いに対して嘘をつかなくなるのは、一体いつになることか。
これは当分、子育ては続きそうだ。


『嘘』【了】





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高坂 大介
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最終更新:2010年12月29日 23:39
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