リング


俺は今、右手の親指と人差し指で指輪をつまんでいる。
そして左手は華奢で可憐な手を握っている。
俺の右手が、その華奢で可憐な手の薬指に指輪をはめる。
華奢で可憐な手の主は、はにかんで指輪を見る。
そしてはめられた指輪を指から引き抜いたと思ったら、
指輪が外された手によるビンタが俺の頬に炸裂した。

「いってーな! 何をしやがる!!」
「完璧無言なんて信じらんない! ムードのある台詞を吐けないの?」

華奢で可憐な手の主である桐乃が怒鳴った。


―――読モをしている桐乃に、アーティストのPV出演オファーがあったらしい。
スチル写真オンリーのモデル活動から一歩前進ってところか。
しかしPV制作関係者の審美眼はともかく、『人を見る目』を疑う話だ。
それはともかく、仕事に関して完璧主義者の桐乃はPV撮影を前にして、
俺を相手にリハーサルをすると言い出した。
鬱陶しいので断ろうとしたが、

「ちなみにそのアーティストって、アンジ○ラ・○キさんだから」

なん・・・だと・・・?
俺のイチ押しアーティストじゃないか。
芸能人にはあまり興味ない俺だが、彼女は別だ。
ちなみに好きなドラマは「ごく○ん」、
好きな戦隊ヒーローモノは「ウルト○マンメビ○ス」だ。
我ながら一貫性がないと思っている。

―――仕方ねえ。協力してやるか。

桐乃は恋人から指輪をプレゼントされる役を演じるという。
そして俺をその恋人役に見立ててリハーサルをする、ってことらしい。
ところで、今回はアーティストのPVなので出演者には台詞はない。
もちろん、桐乃が演じる役、そして恋人役にも台詞はない。
にもかかわらず、桐乃はムードのある台詞を俺に求めてきやがる。
さらに、練習用小道具の指輪は俺が買わされたもの。安物だけどな。
まったく、我が妹ながら恐ろしいほどの居丈高。

「恋人がムードのある台詞を呟きながら指輪をプレゼントするって設定なの。
 そしてプレゼントに感激してアタシが彼に抱きつくの!」

桐乃は通販で届いたばかりのエロゲパッケージを見るときと同じような
輝いた目をしながら語っている。
へーへー、そりゃよーござんした。
それにしてもコイツの恋する乙女のような言動は
エロゲに萌えているとき以上に気持ち悪い。

「ふふん。高坂桐乃が読モからさらに羽ばたこうとしている瞬間に
 立ち会えることに感謝しなさいよね」

居丈高な妹を取り締まる法律って無いのかよ?

「また練習するから、そのときうまくいくように台詞の練習をしておくように。
 もちろん、ムードのある台詞ね」

練習のための自主練習を命じられたよ、俺。
ま、桐乃がこれだけ真剣にやろうとしているのだから、
協力するのも悪くねえか。

翌日、ラブリーマイエンジェルあやせと偶然会った。

「こんにちは、お兄さ・・・!!」

俺の顔を見てひどく驚くあやせの様子はある程度予想できていた。
何しろ、ビンタの連発で俺の顔は腫れていたからだ。
桐乃のヤツ、俺の大根役者っぷりが気に入らないようで、
アイツが説明したシナリオにはありもしないビンタを
リハーサルの度に炸裂させるからたまらない。

「どうしたんですか!? その顔・・・」
「ああ・・・、PVのリハーサル中に桐乃に殴られ・・・ハッ」

うっかり口を滑らし、本当のことを話してしまった。
あやせは俺のことを、妹を虎視眈々と狙う近親相姦上等の鬼畜変態兄貴と
認識している。
そんな彼女に、桐乃に殴られたなんて話したら、
俺がどんないかがわしいコトを桐乃に強要したのかと邪推するに決まっている。
そして光彩が消えた目で俺を睨むんだ。

「お兄さんがそこまで桐乃に尽くしてくれるなんて感激です!
 あたしも桐乃が演じるシーンのシナリオを読みました。
 あのシーンの全てをリハーサルをしてくれるなんて、すごい!」

へ!? なにその反応?? 感激?? なにそれ旨いの??
意味わからん。
女子中学生ってマジに理解しがたい人種だな。

クソッ、早くPV撮影終わってくれねえかな。

―――PVの撮影からしばらくして、完成したPVのDVDをあやせから受け取った。
こういうのって、桐乃本人から渡されるもんじゃないの?
別にいいけどさ。

「すごく桐乃がかっこいいんですよ!」

あやせが輝いた目で桐乃の演技を絶賛している。

「いいなー、桐乃。わたしも出演したいな」

あやせもモデルをしているから、桐乃に一歩先を越されたことが悔しいのか、
それとも単純に憧れの対象として桐乃を見ているのか。
個人的に言わせてもらうと、あやせには恋愛モノは似合わないと思う。


家に帰って、あやせ大絶賛のPVを見た。
初めてプロの映像で見る桐乃は確かにかわいらしい。
スチル写真では見慣れた顔が映像になるとまた違った印象になる。
だが、垢抜けてキラキラした女という印象は変わらない。

いよいよビンタを喰らいながら練習してやったクライマックスシーン。

桐乃の手を取り指輪をはめようとする男が大映しになる。
何となく俺に似てね?
いや、背格好だけがさ。顔は当然別物。つーか、この男もモデルだろ。
一瞬でもモデルと自分を比べようとした俺に自己嫌悪を感じた。

そして、桐乃の指に指輪がはまった次の場面で目を疑うシーン。

桐乃は指輪をはめられた手で相手の男の頬を張った。
そして指から引き抜いた指輪を叩き付け、走り去っていく・・・
なにこれ? NGシーン収録の特典付きDVD?
ビンタされながらさんざんやったリハーサルと違くね?


「ああ、ソレ? 撮影の現場で急遽変更になったのよね」

俺の疑問に桐乃はあっさりそう答えた。
そんなに簡単に変更になるものなのかよ。
芸能界って大変みたいだな。

「そもそも、アタシは可愛い女を演じるよりもカッコいい女を
 演じる方が合っていると思うのよね」

もう、女優目線?
台詞も無いPV出演しただけだろうに。

「それより見てよこれ。撮影小道具の指輪をもらっちゃった。
 アンタがくれた指輪の何倍もする値段なんだよ」

一介の高校生が買える指輪と比較するなよ、このクソアマ。

「・・・だったら、それを大事につけていろよ」
「もったいないじゃん。コレは保存用兼観賞用」

げ、オタク発想。
ケース入りの指輪を見せびらかす桐乃の指には俺が買った指輪がおさまっていた。
チッ、俺のは実用用かよ。
う、俺までオタク発想。

「またPVのオファーがあったときのリハーサルのために、
 これを読んでムードのある台詞を研究しておくように」

桐乃からファッション誌を渡された。
ティーン向けファッション誌なんて気恥ずかしい代物、読みたくねー。

「じゃあ、アタシ出かけるから」

そう言い残して、桐乃はリビングを後にした。

桐乃から渡されたファッション誌を開いた。
桐乃の4ページにわたる記事。相変わらず安定したスチル写真だ。
プロカメラマンの撮る技術と桐乃の撮られる技術が融合した結果か。
普段は可愛げの無い桐乃だが、モデル姿は輝いて見えるのはいつもの通り。
だが今回は何かがおかしい。
よく見ると、桐乃の手には画竜点睛を欠く、俺が買ってやった指輪。
それも、4ページ全ての写真で指にはめていた。

「あーあ、アイツ間抜けだな。こんな安物の指輪をして写真に撮られるなんてよ」

俺は、満面の笑顔で心無しか指輪を強調するような仕草をする
写真の中の桐乃を笑ってやった。


『リング』 【了】




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最終更新:2011年01月01日 23:53
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