おばあちゃんの昔話


「あ゛あ゛ー、もうドコなのよ!」

リビングで我が妹様が荒れている。
どうやら携帯が見つからないらしい。
完璧超人に見えて、たまに抜けた姿を晒すんだよな、コイツは。

「ちょっと、ボケっとしてないで探したらどうなのよ!?」

うげー、チョー威丈高。探してやる気なんて全然出てこねー。
だけど探さなかったら、この荒れっぷりが延々と続くことになるから
ここはサクッとケリを付けてしまおう。
俺は自分の携帯を取り出すと、桐乃の携帯をコールした。

ピリピリピリ‥‥‥と呼び出し音。

「アタシの携帯‥‥‥!?」

ソファーの隙間に挟まっていた桐乃の携帯が見つかった。

「ふーん、タマには使えること、やってくれるじゃん」

麻奈実から教わったのを実践しただけなんだけどね。
でもコイツの前で麻奈実の名を出すとまた不機嫌になるから黙っておこう。
つーか、相変わらずイレギュラーなことには対応できないんだな、コイツ。

「褒美にアタシが買った靴を見る権利をあげる!」

なんじゃそりゃ。見せびらかせたいのなら最初からそう言え。
それにしても、また靴を買ったのか。
ふーん、なかなか動きやすそうな靴でいいんじゃねえの?
アスリートのオマエにはピッタリだろ。

昨日から降っていた雨も上がり、昼過ぎには青空がのぞいていた。
麻奈実と合う約束があったので、桐乃の目を気にしながら家を出た。
いっとくが、デートじゃないからな。


「きょうちゃーん」

待ち合わせ場所の公園に着くと、麻奈実の甘ったるい声が耳に飛び込んできた。

「おーし、ドコに行く?」
「あたしはどこでもいいよ」

相変わらず自己主張が弱いな。
この公園でブラブラしようなんて言ってもいいのかよ?

「じゃ、ここでブラブラするか?」
「うん、いいよ!」

マジかよ‥‥‥
桐乃に、公園をブラブラするだけの提案なんかしたら、

1.蹴られる  2.殴られる  3.口汚く罵られる

の選択肢(複数選択可)が出てくるところだぞ。

「うわ、こりゃひどい」

雨上がりの公園は所々ぬかるんでいた。
足下を気にしながら小径を進み、モノレールが見えるベンチに二人で座った。

「なんか久しぶりだねえ」
「そうか? つい最近もここに来なかったか?」
「ええー? 最近は来てないよ。だれか他の女の子と間違えてるのお?」

地雷? 地雷なのか? この状況って!?
恐る恐る麻奈実の表情を見たが、いつものほんわかした笑顔だった。
これが桐乃だったら‥‥‥考えただけでも恐ろしい。


「おにいちゃん、まってようぉ―――」

その声のした方を見ると、小さな男の子をその妹と思われる女の子が
追いかけていた。
男の子は女の子の声を無視するかのように走り続けていた。

「なんだよあの男の子、意地悪だな」
「うふふふふ‥‥‥。そういえば小さい頃、似たようなことがあったよねぇ」

思い出し笑いだろうか。麻奈実が何やら笑いながら話を始めた。
こいつの話、特に昔話は俺が覚えてないようなこと満載なんだよな。
嘘は入ってないはずだが、正直半分以上は理解不能だ。
さて今日はどんな昔話になるやら。

「おにいちゃん、まってよぉ―――」

背後から桐乃ちゃんの声がする。
でもそれを振り切るかのようにきょうちゃんは足を速め、
手を引っ張られているあたしも足を速めた。

「ちょっと、きょうちゃん、かわいそうだよぉ!」
「いいんだよ、あんなヤツ。ほっとこうぜ!」
「でもぉ‥‥‥」

きょうちゃんは、お兄ちゃん子の桐乃ちゃんがいつもべったりなのが嫌なのかな。
走り続けると、追いつけない桐乃ちゃんはその姿が小さくなっていった。

どのくらい走った後だろう。

「あれ? 桐乃ちゃんはぁ‥‥‥?」
「え!?」
「どこにもいないよぉ!?」

きょうちゃんは足を止めて周りを見回したけど、桐乃ちゃんはいない。

「桐乃? 桐乃? 桐乃ぉ―――!?」

きょうちゃんは急に慌てだして、桐乃ちゃんを探し始めた。
あたしも一緒に探した。
小さな子には広すぎる公園の隅々まで探したけど見つからない。
きょうちゃんは涙目になって、桐乃ちゃんの名前を叫びながら探し続けた。

どれだけ時間が経ったのかな。
桐乃ちゃんを背負ったきょうちゃんのお母さんが公園にいた。

「きょうちゃん! きょうちゃん! 桐乃ちゃんこっちぃ!!」

桐乃ちゃんを探して泥だらけになったきょうちゃんを呼んで、
おかあさんと桐乃ちゃんに会わせた。

「京介、ダメじゃないの、ちゃんと桐乃の面倒を見なきゃ!」

泣き疲れて眠っている桐乃ちゃんを背負ったまま、
きょうちゃんのお母さんは、きょうちゃんを叱りつけた。

「ごめんなさい‥‥‥」

きょうちゃんはうつむいて、大粒の涙をこぼしていた。

「そんなことあったっけ?」

普通にそんな言葉が俺の口から出てきた。

「あったようー。覚えてないの?」
「全然。いやマジで」

見事にこいつの昔話の内容は、俺の記憶には無いんだよな。
放っておくと昔話モードに突入するから、切り上げさせよう。

「なんか食べに行くか? 昔話のお礼ってワケじゃないがおごってやるよ」
「うん!」

俺と麻奈実はぬかるんだ小径を戻って公園をあとにした。


「ただいまぁー」

麻奈実との食事を終えて帰宅した俺は玄関に入り、儀礼的にあいさつをした。
返事は―――もちろん無い。
リビングに入ると桐乃がソファーに座っていた。

―――チッ、いんのかよ。
忌まわしい感情を込めて言おうとした言葉を飲み込んだ。

「ねぇ‥‥‥」

桐乃が弱々しい声で話しかけてきた。

「なんだよ?」
「‥‥‥ありがとね、探してくれて‥‥‥。アタシ知らなかった」

なんだ、今朝の携帯のことか?
今頃お礼を言うなんて何のつもりだ。
ていうか、コイツがお礼を言うこと事態が異常だろ。
まあなんにせよ、お礼を言われるのは悪い感じじゃないけどな。

「あんなの、どうってことねえよ」
「‥‥‥そう、なんだ‥‥‥」
「それに麻奈実のおかげでもあるし」
「じゃあ、地味子にもお礼を言って」

はぁ???
地味子、もとい麻奈実にお礼だぁ?
本格的にどうしたんだ? 俺の妹様は??

困惑している俺をよそに、桐乃はリビングを出て自分の部屋に行ってしまった。
ワケわからん。いくら考えても答えが出るはずも無いので諦めて
俺も自室に戻ろうとリビングを出ると、
玄関にある泥だらけになった俺の靴が目に入った。

「仕方ねえ、洗うとするか」

自分の靴を拾い上げようとしてふと見ると、
玄関の隅に泥だらけになったもう一足の靴。桐乃が買ったばかりの靴だ。

買ったばかりで、見せびらかすくらいのお気に入りだろうに、
一体どこを歩いてきたんだ? 我が家の読モ様は。


『おばあちゃんの昔話』 【了】



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最終更新:2011年01月04日 11:40
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