花よりデザート


ある日の休日、リビングへ入ると桐乃が台所に立っていた。
珍しい事もあるもんだ。

「なあ、何してんだ?」
「見てわかんないの? 料理作るに決まってんでしょ」

普通に考えればそうだが……お前が料理?

「今日お母さん遅いでしょ? だからたまにはあたしが腕を振るってみようかと思って」

たまにって、お前が料理作ってるとこなんて見た事ないぞ。
見ればスーパーから買い込んできたらしいビニール袋が置かれている。
材料を取り出している最中で、まさにこれから作るようだ。
だがしかしだな……。

「お前料理出来んの?」
「はあ? バカにしてんの? 前にアンタにやったチョコも超美味しいって言ってたじゃん」

それってバレンタインにくれた石炭みたいなチョコの事か?
忌まわしい記憶が蘇って、思わず身震いしてしまう。
これは皮肉で言ってるんだよな? マジじゃないよな?
なんにせよ、あまり関わらない方が良さそうだ。
君子危うきに近寄らず。

「そうか、まぁ頑張れや。俺は外で――」
「あんたの分も作るから、外で食べてきたりすんじゃないわよ」

すでに近寄ってました。
くっそおおおお! 声かけた時点でもうアウトだったのかよ!
今更食べないなんて言ったら殺されそうだな。
俺に出来る事といったら、せめて食って死なないように作るところを監視するくらいか……。

「何? ジロジロ見て。やりにくいんですケド」
「あ、いやーホラ、女の子の料理する姿って良いよなって思って!」

慌てて適当な言い訳を口にする。

「…………キモ」

桐乃はそっぽを向いて料理に集中し始めた。
とりあえずは監視ポジションを確保する事に成功したようだ。

「えーっと、まずは野菜を切って……」

桐乃はなにやらメモした紙を見ながら野菜を取り出している。
ネットかなにかで調べてきたのかね?
載ってる通りに作るんなら、そんなに心配はいらないかもしれないな。
袋にカレールーが入っているのを見るに、どうやらカレーを作るつもりのようだ。

「まずは玉ねぎっと」

ダン! ザクザクザクザク。

玉ねぎに豪快に包丁を振り下ろして両断し、みじん切りにしていく。
皮ごと。

「おい! 皮むけよ!」
「え?」
「不思議そうな顔すんな!」

皮ごとみじん切りとか聞いた事ねえよ。つーかやりにくいだろ。

「あのな、カレーに玉ねぎの皮が入ってたら変だろ? うちのカレーを思い出してみろよ」
「……たまに入ってるよ?」

お袋オォォォォ!

「ま、良いケド。あたしも皮あんまり好きじゃないし」

渋々といった様子で皮を取り除く桐乃。
細かく切ったせいで少し混じってしまっているが、もうそれくらいは許容すべきなんだろうな。

切った玉ねぎを皿に移し、お次はジャガイモに取り掛かる。
さすがに今回は皮をむくようだが……。

ザシュッ、ドシュッ。

断じて皮むきではない音が響く。
もう皮より身の方が小さくなってんじゃねえか。お約束すぎんだろ。

「ジャガイモって皮むくと、こんな小さくなるんだね。知らなかった」
「なわけねえだろ! 皮むき使えよ、皮むき!」
「わ、わかってるし。ちょっと包丁使ってみたかっただけ」

皮むきに持ち替えて続行するも、丸いジャガイモの皮をむくのは大変そうだ。
手つきも危なっかしいし、怪我しそうで見ていてハラハラしてしまう。

「な、なあ、俺がやろうか?」
「あんたは引っ込んでて! あたし一人で作るから」
「でも俺の分も作るんだろ? なら二人でやった方が――」
「い・い・か・ら! 黙って見てなさいよ」

何故かムキになって声を荒げる桐乃。
こっそり手伝って無難な出来に仕上げるという作戦は失敗に終わったようだ。

「わーったよ。ならせめて怪我はしないでくれよ」
「なにその心配してるみたいな言いぐさ。失礼すぎ」
「心配しちゃ悪いのかよ?」
「……ふん、シスコンきもいっての」

さっきまでの勢いはどこへやら、急に静かになって皮むきを続ける。
怒ったと思ったらいきなり大人しくなるし、よく分からん奴だ。

悪戦苦闘の末、ようやくジャガイモの皮むきが完了する。
最後はニンジンだ。こっちはすんなり終わるだろう。

シャッ、シャッ、シャッ……。

ニンジンなんて皮むき使えばすぐだもんな。あとは包丁で適当に切るだけだし。

シャッ、シャッ、シャッ……。

シャッ、シャッ、シャッ……。

「いやどこまでやるんだよ」

明らかに身の部分まで削ってるし。指より細くなってんぞ。

「ねえ、これってどこまでが皮なの? 色変わらないんだけど」
「表面だけだ!」
「え!? あ、いや、知ってたよもちろん」

今俺に聞いたよね? しかも『え!?』って言ったよね?
桐乃の手元にはカツオ節のようになったニンジンのなれの果てが山になっている。
もう皮と身の区別がつかないんじゃないのかアレ。
桐乃は少し迷ったようだったが……、結局全部を皿に乗せた。

ようやく野菜を切り終わり、次に取り出したのは牛肉だ。
野菜と違って皮むく必要もないし、今度こそ安心だよな。

案の定、特にトラブルもなく一口大に切っていく。

「次は鍋に油をひいて肉を炒める、と」

メモを確認しながら鍋を火にかけ、油を……、

ドプドプドプドプッ!

おい、どんだけ入れるんだよ。揚げ物でもすんのか。
普通大さじ一杯とかじゃねえの?
桐乃は意に介した様子もなく肉を投入していく。

ジュワァァァァ……。

もう肉を炒める音じゃないよね。揚げてる音だよね。
しばらくしてから取り出された肉は、良い感じにカリカリだった。
もう火が通ってりゃ良いや。

取り出した肉を別の皿に移し、最初に切った野菜をそのまま鍋に――

「待て待て待て! 野菜までそこに入れんのか!?」
「は? だってそう書いてあるし」
「そんな油の煮えたぎる鍋に入れたら、別ジャンルの料理になっちまうだろ!」
「うっさいなー。いちいち口出さないでくんない?」
「いやホラ、油入れすぎるとカロリー高くならないか? お前もそれ食べるんだろ?」

カロリー、という言葉にピクリと反応する桐乃。

「……それもそっか」

なんとか鍋の油を減らす事に同意してくれた。
危ねえ。あのまま野菜ごと煮込まれたら油カレーになっちまう所だった。さすがに食えねえぞ。

油の減った鍋に野菜を投入し、ヘラを使いながら炒めていく。
なんかようやく普通の料理らしい光景になったな。
こうしてると、まるで新妻みたいだ。
……いやいや、何を考えてんだ俺は。
まだ料理は完成したわけじゃないんだ。気を引き締めないとな。

見ると桐乃は、味を調えるためなのかコショウを取り出している。
入れすぎなければ問題ないよな。

カパッ。ザバアァァァァァ……。

内蓋が外れて全部入った。

「…………」
「…………」

しばしの沈黙、そして、

「えーと次はー」
「何事もなかったかのように流すなよ! 明らかに入れすぎだろうが!」
「い、良いの! ブラックペッパー味に変更したんだっての!」

どんなカレーだよそりゃ。しかも今入れたコショウは別にブラックじゃねーし。
これ食えるのかな。

桐乃は取り繕うように肉も入れ、ヘラでかき混ぜていく。
コショウの強い匂いがここまでプンプンする。カレー作ってる時に漂う香りじゃないぞ断じて。
そのまま水を入れ、煮込むこと約20分。
ようやくカレールーの出番である。

あとは適量のルーを割り入れて、とろみがつくまで煮込めば完成だ。
ちょっとばかり辛口になりそうだが、まぁなんとか食えそうだ。
桐乃はカレールーを取り出し……、

ジャポン。

全部一気に入れた。

「よし」
「よし、じゃねえよ!?」

何をやり遂げたような顔してんだよ!

「はあ? まだなんか文句あんの?」
「普通は割り入れて少しずつ溶かしていくもんだろうが!」
「何言ってんの。かき混ぜれば一緒でしょ?」

そのままお玉で、ぐっちゃぐっちゃとかき混ぜていく。
というか分量を確認した様子もなかったんだが、大丈夫なのか。

「いやもう良いわ。続けてくれ」
「言われなくてもそうするっての。さて最後の隠し味を――」

出たよ、隠し味。
これまではなんだかんだでセオリー通りだったから、まだ良かった。
だが隠し味はヤバイだろう。おかしなモノが出てきたら、なんとしてでも止めなければ……。

そんな俺の心配をよそに、桐乃が取り出したのはソースの瓶だった。
なんだ、ソースか。まあ定番っちゃ定番だな。
入れすぎなければ大丈夫だろ。
……フラグじゃないからな?

「なあ、今度は入れすぎるなよ?」

一応釘をさしておく。

「わかってるっての。てか集中出来ないから声かけないで」

ソースの蓋を開けると、どうやら新品のようだ。
内蓋にリングプル(丸い輪っかを引っ張って開けるやつな)がついている。
桐乃は指をかけてリングプルを一気に引き抜き、それを――

チャポン。

鍋に投入した。

「あ、間違えた」
「おい軽く言ってんじゃねえ! 早く! 早く取り出せ!」
「わ、わかってるっての!」

さすがに桐乃も慌てた様子でお玉で鍋の中を探る。
そのまま数十秒が経過し……。

「やっぱソースはいいや」

ソース瓶を戸棚奥にしまう。

「誤魔化すなよ! ちゃんと探せ!」
「う、うっさいなー。良いダシ出るかもしんないでしょ!?」

ついに逆ギレしだす桐乃。
あの無機物から一体どんなダシが出るというんだ。
つーか出番なしで戸棚の奥へ葬られた新品ソース瓶の存在意義はどこへ行くんだよ……。

「うーん、他に良いのないかな?」

桐乃は冷蔵庫を開いて中をゴソゴソやっている。
そうして黒砂糖、味噌、豆板醤、ラー油、ワサビ、さけるチーズなど、どんどんと怪しいブツが取り出されていく。
これ以上はホントにヤバイだろ。もういい加減止めなければ。

「なあ、そろそろ完成で良いんじゃね?」
「何言ってんのよ、これからでしょ」
「いや実はもう腹ペコでな! 今すぐお前の手料理を食いたいんだよ」
「そ、そうなの?」
「ああ。だから隠し味とかはまた今度で頼む! な!」
「……わかった。じゃあまた今度ね」

よし助かった!
……助かったんだよな?

俺は席につくよう命じられ、今は桐乃が御飯とカレーをよそっている。
だ、大丈夫だよな? そんなにおかしな物は入っていなかったはずだ。
飯を食うだけだってのに、異様に緊張する。
そうこうしているうちに桐乃が皿を運んできた。

「はい、あんたの分」
「お、おう。サンキュ」

皿の中身を見やる。
普通のカレーだ。少しばかりコショウ臭いが、それだけ。
いやちょっととろみが強いか?

「どしたの? お腹すいてるんでしょ。遠慮せず完食して良いからね」
「あ、ああ。……あれ? お前は食べねえの?」
「あたしは後で良いから」

そう言って俺の方をじーっと見ている。
なんかやりにくいな。
まあ良い。とりあえず食おう。
だがその前に……。

俺はスプーンでルーの中を探っていく。
まずはアレの有無を確かめなくては。
探し始めてほどなくして、それはあっけなく見つかった。

「これはさすがに食わなくても良いよな?」

ソース瓶のリングプルである。やっぱり入っていやがった。

「そ、それはまあ、飾りみたいなもんだから」

ふいっと目をそらす桐乃。こんな飾りがあるか。
とはいえ、これでもう大丈夫だ。他に食えないものは入ってないだろう。
まずは一口。

ガリッ!

かてえ!? そして辛い! 味濃い!
慌てて口の中のものをスプーンに戻して確かめる。
それは半透明で、穴がいくつか空いた円形の――

「コショウ瓶の内蓋じゃねえか!」

これも入ってたのかよ!
くっそおおお、油断してたぜ……!
キッと桐乃を睨むと、また目をそらす。お前はいい加減に現実を直視しろ。

「ふ、不可抗力でしょ。良いからさっさと食べて」

釈然としないが、言われるままに食べ進めていく。
まず口に広がるのが圧倒的なコショウの辛みと香り。
そして明らかに多すぎたルーの濃厚な風味。
ザラザラとした野菜の皮の食感と、カリカリに揚がった肉が絶妙なハーモニーを奏でている。

一言でいうと不味い。不味いが……。

「まあ食えなくはないな」

それが正直な感想だった。前に食った石炭チョコに比べれば断然マシである。

「なにそれ? それが丹誠込めて作った妹の手料理に対する感想なワケ?」
「……お前な。ちょっと自分で食ってみろ」

言われて鍋に移動し、自分のカレーを口に運ぶ桐乃。
その顔がみるみる曇ってゆく。

「……なにこれ。超不味い……」

なにやらショックを受けているようだ。
これで『美味しいじゃん?』とか言われたらどうしようかと思ったよ。
桐乃はなんだか消沈した様子で溜息をついている。
だが、黙々と食べ進める俺の様子に気付いてハッと顔を上げて、

「ちょっとそれ貸して。片付けるから」
「なんでだよ? まだ食ってる途中だろ」
「こんなの食べれるわけないでしょ? 何カッコつけてんの」
「うっせ。腹が減ってるって言ったろ、邪魔すんな」

そのままかき込んで全部食べきり、空の皿を桐乃に渡す。

「ほら。もう片付けていいぞ」
「……バカじゃん」

消え入りそうな声でぽつりと呟く桐乃。
そして落ち込んだような顔で、受け取った空の皿をじっと見つめている。

ったく、そんな顔されちゃ放っとけねえだろ。

「まあ少し味は濃かったけどな。水で薄めればだいぶマシになるだろ」
「そうだけど……」
「カレー作るの初めてだったんだろ? また次頑張れば良いって」
「うん……」

ポンと桐乃の頭に手を置く。

「ご馳走さん。また作ってくれよ。な?」
「……ん、わかった」

ようやく少しだけ笑みを見せる桐乃。

「じゃあアンタが味見役だからね。ちゃんとやんなさいよ」
「おう、良いぞ」
「これから休みの日は毎回作るからね。逃げんじゃないわよ」
「へいへい」

こりゃ毎週大変そうだな。でもまぁ良いか。
桐乃はやっと元気を取り戻したのか、上機嫌で鍋に水を足して煮込み直している。
さらに先ほど試せなかった怪しい隠し味の数々を取り出し始めた。
俺は食事を済ませたし、今回はもう止めなくて良いだろう。失敗は成功の元だ。

カレーの方はイマイチだったけど、デザートは悪くなかったな。
楽しそうな桐乃の顔を見ながら、そう思った。



黒砂糖の塊を手にしながら、満面の笑みを浮かべた桐乃が声をかけてくる。
「あ、知ってる? カレーって一日寝かせると美味しくなるんだって」
「ちょっと待てえええええ!!」

ジャポン。

俺のデザートがそんなに甘いわけがない。





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最終更新:2011年01月04日 21:40
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