――女の子が自分の為に作った手料理
このフレーズに憧れない男子はいないだろう。
まして「女の子」の前に「かわいい」という形容詞がつくなら尚更だ。
……しかしよ、まさか「女の子」の後に「達」がついて複数系になるとは思わなかった。
あ、今俺のことを爆死しろって思ったろ? 客観的にみて、それは否定しねぇ。
だが、一つだけ言っておく。
カレー六杯は……死ぬほどきついぞ(グリーンリバーライト風)
つーかキッチン六つとか半端じゃねぇ。槇島の財力すげー。
一番キッチンで奮闘しているのは我が妹の桐乃である。
オーケー桐乃、少し冷静になろうか……
どうしてお前はナマコとウニとワカメとクラゲとカレイを鍋に入れてやがりますか!?
「シーフードカレーってアンタ知らないの?」
うわー、超馬鹿にした表情で言いやがったよコイツ。
俺の知ってるシーフードカレーの具はイカとかエビとかなんですが!
「だってウニの方が高いじゃん? ワカメは髪の毛にいいっていうしさー
カレイとかカレーに入れるからカレイって名前なんでしょ?」
お前みたいな価格至上主義者が料理を滅ぼすんだよ!
っていうか俺の髪の毛の心配は二十年は早いっての!
それからカレイに謝れ! ヒラメに間違われた事はあっても
カレーに間違われた事は彼の魚生の中で一度もなかった筈だ!
というかお前、それ本気で言ってるなら成績優秀設定って嘘だろ!?
「シーフードカレーとか、他の連中は作ってないだろうし
完全にルート見えたわね、あたしの一人勝ちの♪」
……いや分かっていた、分かっていたんだ。
こいつの料理が破滅的だって事は分かっていたのに
それでも俺は心のどこかで「普通のカレーを作るならそう酷くはならないだろ」なんて考えてた。
けど桐乃は「ちょっと凝ったカレー」を作ることで俺の予想の斜め下を言ったんだ。
コイツの兄として、コイツの行動を読むことが出来なかった俺のミスだ。
それに気づいていたなら、俺はそもそもこの舞台から逃走していた。
つまり俺の胃袋は、桐乃のカレーを食べるという選択をした時点で敗北していたってことだ。
雪道を潜水艦で突っ走るという荒技を行っている桐乃の横、
二番キッチンでは黒猫がトントンと安定感抜群の包丁の音を鳴らしていた。
普段から家事の手伝いをしているだけあって手慣れている。
ゴスロリの上から割烹着という格好以外は。
黒猫のキッチンにはカレーのルーが二箱置いてある。
勝負を公平にするために、カレールーは同じメーカーを使うルールらしいが
甘口と中辛、二つが用意してあるのは、どういうこった?
「味を調整するのよ。甘口と中辛の間ぐらいにね」
でもここにあるのはリンゴだろ? カレーをリンゴに入れるのって、甘くする為だよな。
「口当たりを良くする為でもあるわ。それに、リンゴの甘さとカレーの甘さは別よ」
ふーん。そういうもんなのか。
でも俺、辛口の方が好きだけどな。
「ッ!?! ……し、しまったわ、つい妹たちと同じ嗜好に……私としたことが……」
お、落ち着け黒猫! べ、べつに甘口が嫌いだとかそういう事はねえ!
だからルーを全部入れるのは止めろ!! 鍋に対して二倍の量のルーが投下されてる!!
……俺が余計な一言を放ったせいで、一つの安全地帯が消えてしまった。
し、しかし、安全地帯は一つではない。捨てる神あれば拾う神あり。
俺の目の前、三番キッチンには黒猫以上の技術で切り分けられた野菜達が整然と並んでいる。
ニンジンとか花形に切られているし。何この技術……お嬢様って料理しないんじゃなかったの?
「そんなことこざいませんわ。むしろ料理は淑女のたしなみですもの」
なるほど。確かに桐乃は淑女からは程遠い。
それはそれとして、「お稽古ごと」に料理もしっかり入ってるのが本物のお嬢様ってわけか。
しかし庶民のカレーライスまで網羅しているとか、流石だな兄者…もといバジーナ。
「……ところで京介お兄様、クミンはどこにあるのでしょう?」
え? 引っこ抜かれたんじゃない?
「それはピクミンですわ。ガラムマサラもありませんし、ターメリックも……」
よく分からないが、それって調味料だよな?
「香辛料といった方が正しいと思いますが。カレー粉をつくれなくては
カレーライスを作るのは不可能というものでございましょう?
カレーは同じ物を用意してあると伺っていたので、買っておりませんの」
……さすがお嬢様の料理はレベルが違った。
カレーライスを作る時でもカレー粉からという本格化。
お袋に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ。
「ハッ…!? まさかこのルーという物がカレー粉の素材!?」
いや、素材というよりカレー粉そのものです。
って、ルーを直接火で炙るんじゃねぇえぇぇ!!
ダークマター!? ダークマター錬金してんの!? 何と等価交換するつもり!? 俺の命?!
シャングリラもアルカディアもこの世から消えてしまった……
それでも俺は四番キッチンへと向かう。
そう、例え俺がオタクっ娘たちのカレーによって命を落としたとしても
勇敢なる魂は戦乙女(notサトウユキ)によってヴァルハラに連れて行かれる筈だ。
つまりラブリーマイエジェル
あやせたんのカレーである。
おぉう、まさかあやせたんの手料理を食べられる機会が訪れようとは
俺の心の中の悪魔が時の鍵で解放されてしまうぜ。
「それはどういう意味ですか、お兄さん。察するにあまりいい意味とは思えませんけど」
つまり毎日みそ汁も一緒に作ってくれってことだ、言わせんなよ恥ずかしい。
「え…あ…そ、それってプロ、プロ………ああ!!?」
ど、どうした!?
「お兄さんが変な事いうから、計量に失敗したじゃないですか!!」
け、計量?
「ちゃんとレシピ通りに作らないと美味しい料理はできません。
だからこうやって水の量とか、野菜の量とかお肉の量とか
正確に……む、1グラム重いですね。減らさないと……えい!
……今度は4グラム足りないなんて……足さないと!!」
あの、あやせさん?
スイーツじゃないんだから、そこまで厳密に計る必要はないのでは?
「何を言ってるんですかお兄さん! じゃあレシピに載っていた数字は何なんですか!
適当な事を本に載せたって言うんですか! そんなものが本になると思ってるんですか!」
大多数の人間はそう思ってると思うぞ……
むしろお兄さんは一種のスイーツ脳にびっくりだ。
……時間制限以内であやせのカレーは完成しないかも知れない。
水に生の肉と野菜をつっこんだものを食べさせられるんだろうか、俺……
五番キッチンの主には、正直期待していない。
期待度でいえばブービーである。(最下位は本人には絶対に言えないが、桐乃だ)
「つーかよぉ、なんでオメーそんなビクつきながら厨房覗いてるワケ?
カレーなんてそこらのガキでも作れんだろ。具材切ってルー入れるだけっしょ?」
加奈子の言うとおり、鍋にはニンジンとジャガイモとタマネギと豚肉が煮込まれている。
野菜の大きさは不揃いだし、タマネギは煮込む前に炒めた方がいいだろとか
そんなちゃちな事はこの際どうでもいい。
むしろ野菜の大きさが不揃いな事が、見た目の食欲を誘うし
タマネギが残ってるのも、タマネギの食感を味わう事ができるとも考えられる。
「あんだよ? テメー加奈子がカレーの作り方も知らないとか思ってたワケ?
んで見に来たっての? ナメてんじゃねーぞ、ゴラァ」
い、いや、加奈子の様子を見に来たのは、加奈子が包丁で怪我しないか心配でさ……
「は? オ、オメーに包丁の使い方教わるようなレベルじゃねーっての。
ま、まあ加奈子の宝石のような指に傷でも付いたらってビビっちまうのはわかるけどサー」
いや、お前、そのまな板の上にあるのはピーラーだろ? 皮むき器だろ?
ま、その鍋の中にあるのは紛れもない普通のカレーだって事に変わりはないけどな。
かなかなマジ天使!!
「な、な、何当たり前の事言ってくれちゃってんだよ、オメー……
う、うっとうしいからブリジットのトコにでも行けよ。
あいつは加奈子と違ってガキだからよー、包丁持つのもフラフラだし
馬鹿だからカレーの作り方なんてわかりやしねーと思うぜぇ。ケケケ」
加奈子に言われて六番キッチンにやってきたわけだが
「うん、ばっちし!」
バターで飴色になるまで溶かされたタマネギのみじん切り
熱が通りやすいように、微妙に切り分けられたサイズの違うニンジンとジャガイモ
ハーブと一緒に寝かせて臭みを消している牛肉
お湯に溶けやすいように刻まれたカレールー
味を調える為のチョコレートやケチャップ
ポニーテールでエプロン姿のブリジットは、ちょこちょこと台に乗ると
鍋の中に具材と水を注ぎ始めていた。
……あれ?「ひとりでできるもん」って外タレ使ってたっけ?
「あ、マネージャーさん! お腹空きました? もう少しまって下さい!」
お、おう……その、大丈夫か、包丁とか。
「大丈夫ですよ! 包丁を使うときはキチンと猫さんの手ですよ。にゃーって」
萌え。
最高のスパイスがこんな所に存在したよ、オイ!
……そんなワケで、こいつらから出されたカレーを六皿、俺は食べきったわけだ。
「一番美味しいカレーだけ食べればいいのよ。勝負なんだから!」とは言われてたけどよ
味に差はあれ、みんな俺の為に作ってくれたんだ。
それを残すとか、そんなことできるわけないだろ?
うぷ…っ
腹が阿修羅すら凌駕しそうな勢いだ……
胃はセンチメンタルな苦しみを抱かずにはいられない。
けど、食器片づけねーとな。
「い、いいよ、あたし達がやっとくからさ」
飯食わせて貰ったんだ、皿洗いくらいさせろっての。
「ウザッ! さっさと帰れ馬鹿兄貴!」
なんで!?
なんか俺間違ったこと言った!?!
「京介氏、これは勝負でござった。しかし京介氏は全てのカレーを食べてしまった」
「まあ、食事の速度をみれば誰が勝者で誰が敗者なのかは一目瞭然だけれども、ね……」
「やっぱ加奈子が一番だったって事だろ」
いや、一番はブリジットだ。
「とにかく、敗者は明白であるのでござるから、
彼女たちには罰ゲームぐらいあっても罰はあたらんでござろう。
つまり皿洗いでござるよ。そういうわけで、京介氏の皿洗いはお断りするでござる」
さりげなく自分を除外しているが、お前のダークマターも
モデル二人に匹敵するぐらい酷かったからね?
まあわかった、そういう事なら、俺はこれでごちそうさまのさよならするわ。
今日はありがとな。
楽しかったし、おもしろかったぜ。
ガチャ
「ふ…勝者を選ばないなんて、つくづく甘い男だわ」
「まあよいではござらぬか、黒猫氏。その京介氏の優しさが
拙者達に余計な争いをさせなかったのでござるからな」
「みんなマネージャーさんのスプーンをゲットできて良かったね!」
「お兄さんが舐め回したスプーン……ふぅ……」
「あやせ賢者タイム早すぎだってのwww……ふぅ…」
「……スンスン……兄スプーン強烈すぎぃ…兄貴の臭いがバルーンいっぱいぃぃん……
……ペロペロ…アニのカリー、スパイスききすぎ!
唾液でこの激臭ってどういうこと!? 唾液でこれとか、
あ、あ、兄貴のニンジンのカリ首はどんな悪臭なの?! キモッ
そんな悪臭を妹に食べさせちゃうの?!
カレーの辛さをヨーグルトソースで緩和しちゃう?!
兄貴マジ変態!? 女体盛りとか、脳味噌腐ってんの?
ありえないし! べ、別に兄貴盛りならいいとか、そういう意味じゃないし。
食べるとか食べられるとか、そういう問題じゃないわけ。
どっちかって言うなら食べられる方がいいけどさ。そ、そうじゃなくて!
じゃ、「じゃあ食器にしてやる」!? アンタ、どこまで鬼畜なの?
妹を食器扱い? シスプーンとしてペロペロしちゃうの!?
食事は一回で終わりだけど、食器はずっと使うから?
ペロペロするだけじゃなくて、ずっと側に置いちゃうわけ!?
アンタどんだけ独占欲強いのよ!? 永久にあたしを自分の物にするとか!
食器でいうと銀製? シルバー? あたしに汁ばっかかけても錆びないように!?
アンタ鬼畜のくせに、狼なくせに、銀がきかないってありえなくない?
超越しちゃってんの? 男は狼なのよアリスSOSする為に銀の弾丸超越しちゃった狼男?!
兄貴ウルフ極まった! シスコォーンの獣になった!
フロンサックとかマニとかでも退治できないモンスター、妹愛したぁ!
兄貴のポケットモンスターにあたし犯される! 犯されちゃう!
スプーンじゃ無理っ! 抵抗できない! ウルトラマンにも変身できない!
スカイドンより速い兄貴の子種の落下速度で妊娠確実ッ!
あうう……もう駄目ェ…スプーンであたしの頭はプレーンになっちゃう
飾りのないあたしの身体も心も兄貴にプレゼントしちゃうぅぅん!
お、お礼なんだからぁ、あたしのカレー、ホントは美味しくないのに
全部食べてくれたお礼なんだから、う、受け取らないと駄目なんだからね!」
最終更新:2011年01月05日 13:16