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「そういや、あやせ」
 その日、学校からの帰り道で寄り道した俺は、偶然あやせと遭遇した。その時、ふと疑問に思っていたことを訊ねてみることにした。
「あやせって、随分体柔らかいよな」
「な……、人の体をじろじろ眺め回して、この変態ッ!」
「バッ、そんなんじゃねーっての! ほら、前に公園でかましてくれたハイキックがなかなかだったもんだから、ちょっと気になっただけだよっ」
 コイツは相変わらず、俺のことを変態扱いしやがるぜ。まあ、それはある建前のせいなんだが、それを撤回するわけにもいかないしなあ……。
 マイラブリーエンジェルあやせたんルートか、なかなか手強いぜ。
「で、なんかあやせはスポーツとかってやってたりするのか?」
「気になりますか?」
「いや、別に」
 そう答えたら、呆れたような顔をしてあやせが肩を落とした。『聞いておいてなんなんですか……』とでも言いたげな表情だ。
 まあ、実際そうなのだが、俺だってふと疑問に思っただけで、どうしても知りたいってわけじゃない。教えてもらったからといって、なにがどうこうってわけでもないしな。
 割と身勝手なことを言っているかもしれないが、俺を嫌っているあやせからしてみれば歯牙にもかける必要のない話だろうさ。
「お兄さんが身勝手な変態だというのはよく分かりました。まったく、救いようのない変質者ですね、キモイので二度と息をしないでください」
「おいぃっ!? 俺そこまで言われるようなことしてないだろ!」
「いいえ、しました。大した用事もないのに、私に話しかけてきました」
「じゃあ用事を作るからちょっと待っててくれ!」
 用事か……用事、うーん。
 特に用事もないんだが、なあ……。そうだ!
「あやせ、俺の彼女になってくれ!」
「死ねェ!」
 はっはは、あやせさん、そこは男の魂ですよ。
 真っ直ぐに蹴り上げられた足は、見事な軌道を描いて、男の勲章、雄々しきオスの証、あるいはマツタケ――有り体にいえば、股間にクリーンヒットした。
 ……お、俺は、あやせの愛を受け止めるぜ……。
「なっ、ななななになにをいってるいって――」
 そう言いたい気持ち、分かるぜ。俺だって、どこを蹴ってるんだと声を大にして言いたいさ。
 だけどな、あやせ。俺の現状を見ろ。心の中でこそ冷静だが、身悶えしまくってアスファルトの上で木偶の坊になってるじゃないか。
 つまりな、そういうことなんだ、そういうことなんだよ、あやせ。
「ううううううウソはきらきらキラッ、嫌いだと何度言ったら分かるんですか!」
「ウッ、ソじゃないぞ!」
 涙目になりながらも、俺はあやせの言葉を否定する。
「俺はッ、お前のことが好きなんだ、心の底からッ」
「――ッ!」
「いつもいつも、お前は俺のことを嫌いだって言うけどな、仕方ないだろっ。桐乃のことをいつも大切にしてくれるし、歩み寄ろうとしてくれてる。それだけで俺はっ、俺は……」
 上手く言えない。いつもなら、スイッチが入ってしまったら一直線だというのに、俺は一体どうしたんだ。
 いい機会だと思った。打ち明けるタイミングを、見計らっていた。でも、怖かったのさ。
 変わらない生活、平穏な人生、無難な選択肢だけを選んで生きていけたらいいと思っていた。
 だけどそれじゃ、駄目なんだってさ……エロゲーから学んだよ、正直。だって、どの選択肢もキワモノなんだぜ? 安全牌がいつもあるなんて、思ってちゃいけねーってよ。
 そう、思ったんだ。
 空気が凍りついたのが分かった。きっと、いつものように、俺はあやせに罵倒されて、終わるに違いない。あるいは、それでいいのかもしれない。それでいいんだ。それでいいのか?
 可憐な唇から、次の言葉が紡がれるのを待つ。
 時間を長く感じた。
 思えば、特定の誰かに恋愛感情を抱いたのは初めてだ。そりゃ、麻奈実とか、仲のいい女友達はいたりするよ。それでも、こういう感情を抱くような距離感で接することのある女の子は初めてだ。
 時間の流れが、海底に沈殿した動植物の死骸が石油に熟成されるまでのように、十階建てのビルが完成するまでのように、あるいはレモンに蜂蜜が染み渡るまでのように、長く感じたよ。
 正直に言おう。俺はこの時、緊張している。本格的に、徹底的に俺という存在をあやせが拒否するかもしれないってな。
 思わず顔を伏せったよ。ったく、俺らしくねえ。こういう時の俺って、猪突猛進の馬鹿野郎になるんじゃなかったのかよ。
「……なこと」
「え?」
「そんなこといきなり言われたって、答えられるわけないじゃないですかッ!」
 突然あやせがキレた。
「私がお兄さんに好きだと言われるなんて、あっちゃいけないんですっ。そんなの……そんなの間違っているんですよ……!」
「な、なにお前泣いて……」
「泣いてませんっ」
 明らかにウソだ。だって、ほら。大粒の雫が、あやせの瞳からは零れ落ちているのだから。
 次から次へと、滾々とそれはせり上がってくる。
「っく、お兄さんに好かれちゃ、いけないんですよ、私は……」
「はあ? どういうことだよ」
「言えませんっ」
「どういうことなんだ、あやせ!」
 思わず俺はあやせの両肩を強く掴んだ。ビクゥっと効果音がしそうな勢いで、あやせは体を硬直させる。
 すぐに我に返ったあやせが、腕を突っ張って俺を突き放そうとしてくるが、それに逆らって俺はあやせと真っ直ぐに目を合わせる。
「いや……離して……」
「どうして俺がお前を好きになっちゃいけないんだ? そんなに、俺が嫌いなのか、あやせ」
「ち、ちがっ……」
「ならどういうことなんだよっ」
 分かってるさ、暴走だって。
 だけど、ムカついたんだ。俺が好きになるのは俺の勝手なのに、それがいけないことだなんて言う。
 いつものあやせがそう言ったなら、大人しく振られたさ。だけどよ、あんなにボロボロ泣きながら言うなんて、そりゃあ……俺があんまりじゃねえか。
「……お兄さんには言えないんです。だから、その……痛いです」
「す、すまん……」
 最低だな。
 最ッ低だ、俺は。……最低だ。
「俺と付き合うつもりは、無いって事だよな」
「……前にも言ったじゃないですか。現状でお兄さんと付き合うなんてあり得ない、と」
 そうだな、確かに言っていた。
 あやせの家に行ったときのことだ。手錠をかけられて、そりゃあもう散々な目に遭ったんだぜ。
 ま、正直俺は結構楽しかったんだけどな。
 だからさ。だから、俺はこう言った。
「分かった」
「ぇ?」
「何も聞かないし、言わせようともしない。だからよ、もう泣き止んでくれねーかな?」
「こ、これは汗ですからっ。泣いてなんかないです!」
「そうか……じゃあちょっと、あやせの汗でも嗅がせてもら――」
 顔を近づけた俺の後頭部に、腕が回された。
「死ねェ、変態!」
 強烈な膝蹴りが、俺の顔面を押し潰した。
 ……ふひひ、いい蹴りだぜ、あや……せ……。
 やっぱり、こういう空気じゃねーと、な。
 あやせが立ち去る音が聞こえる中、地面に倒れ伏した俺――高坂京介は、角を曲がって消えるあやせの背中を見送った。……ったく、相変わらず連れないやつだぜ。
 少し説明しておこう。新垣あやせ――俺の妹の、『表』での親友だ。
 表というのも、妹の桐乃はある秘密を抱えている。そりゃ、読モやってたり、書いた携帯小説が大ヒットしたり、陸上の強化選手に選ばれたりと、色々と凄い奴なのだが……学校ではあやせ以外に、誰にも知られていない秘密があるのだ。
 妹モノのエロゲを愛している、超超オタクだという秘密が。
 忘れもしない去年の夏。偶然桐乃の秘密を知った時は、散々だったぜ。アイツのために、平凡だった俺の生活は一変したのだ。
 色々と奔走して、様々な人と関わって……本当に、大変だった。
 けどよ、俺は桐乃にとても感謝している。平々凡々を愛しているとか、求めているとか、そういう言い訳ができなくなっちまったんだ。
 いつだって前に進まなきゃならない。時間は、周囲の環境は、いつだって動いてるんだって、な。
 自分には関係ないって嫌ってた桐乃が、きっと羨ましかったんだって、今なら言える。そして、桐乃のおかげで、俺も少しずつ自分の人生を歩き出すことができつつあるのだ。
 ……本当、アイツは凄いやつだ。関わった人間を変えてしまう才能があるのかもしれないな。
 昔は――一年前なら、俺はこんなこと思わなかっただろうさ。
 桐乃のことが、大好きだってな。

 玄関の扉を開けると、偶然にも桐乃と鉢合わせした。
「……ただいま」
「うん……」
 いかにも気まずいやり取りをして、俺は家の中へ上がる。
 そりゃ、冷め切った頃のような関係よりはだいぶマシになったけどよ……今年の夏も、色々とあったんだって。御鏡とか御鏡とか御鏡とか……うん、御鏡ばっかだな。
 注釈を入れておくと、御鏡ってのはいけ好かない完璧ボーイだ。どういう風にいけ好かないのかとか、完璧なのかとか、そういうのを聞くのは野暮ってもんだぜ。
 リビングに入ろうとする俺の背中に、桐乃が声をかける。
「あのさ、これからちょっと、あやせと遊んでくるから。門限までには帰るって、お父さん達に言っておいて」
「……おう」
「じゃ、行ってくるから」
 珍しいこともあるな。桐乃のほうから、こういう話を振ってくるなんて。
 エロゲーなら間違いなくデレ期がやってくるが……まあ、現実ではありえないことだ。ソファに座った俺は、バッグから買ってきた本を取り出してそれを広げた。
 最近俺は、メディア関係のものに多く触れてきた。小説や漫画もそこそこ読むし、ニュースだって毎晩見ているが、桐乃の出ている雑誌なんかも見るようになったし、何よりアニメやゲームなんかに触れる機会が増えたからだ。
 黒猫と一緒に、原稿の持ち込みをしたりしたのもいい思い出……といってはなんだが、貴重な体験ではあった。
 実をいうと、俺がこの本を買おうかどうか迷っていたのは、その頃からだ。いや、むしろ桐乃とあやせの友達の、来栖加奈子のマネージャーをやったことが大きなきっかけだっただろうか。
 と、その前に、桐乃の『裏』の友人にも説明をしておこう。
 黒猫――本名は五更瑠璃というのだが、桐乃からは黒いのとよく呼ばれている。ゴスロリファッションで痛々しい言動が目立つ、俺の後輩だ。よく、刺々しいことを言うが、本当は友達思いないい奴だ。
 もう一人、沙織というオタク友達がいる。こちらは百八十センチという女子高生らしからぬ長躯に、ジーンズやシャツイン、ぐるぐる眼鏡といったオタクファッションだ。
 ところが、繊細な気配りが出来るとってもいい奴で、オタクコミュニティ『オタクっ娘あつまれー』の管理人だ。ついでに、眼鏡を外すとすっげぇ美人。いやもうマジで!
 俺の平凡な日常を、容易くぶち壊してくれた……恩人達だ。
 ……ふぅ。
 時計を見れば、もう本を開いてから一時間以上経っている。
 少し、一息入れますか。
 そう思って、冷蔵庫に飲み物を取りに行った時、玄関からなにやら話し声が聞こえてきた。桐乃がもう帰ってきた……なんてことは、ないだろうな。
 が、俺の意図とは反して、リビングに入ってきたのは桐乃その人だ。後ろにはあやせの姿もある。
「ゲッ」
 ゲッてなんだよ、ゲッて。
「お兄さん、お邪魔してます」
 微妙に光彩のない瞳を向けられ、一瞬ビビる俺。うう……マイラブリーエンジェルあやせたん、それはサツジンシャの目ですヨ?
「い、いらっしゃい」
「……邪魔なんだけど」
 へいへい、わーったよ。
 ま、友達が家族と鉢合わせるのって、確かに微妙に嫌だよな。大人しく退散するとしますか。
 本を手に、その場を離れようとする俺だが、あやせが声をかけてきた。
「あれ、お兄さん、その本って……」
「へ?」
「あ、やっぱりー。そっか、お兄さんマネージャーさんになりたいんだー、へーえ」
 こ、声が怖いんですけどあやせさん?
「は? あんたがマネージャーとか絶対無理そうなんですけどー」
「い、言ってくれるじゃねえか……」
 確かに難しい仕事かもしんねーよ? でも、ほら、わっかんねーじゃん?
 実際、俺には加奈子のマネジメントを遂行したって実績があるわけだし、頭ごなしに否定すんなよ……つっても、桐乃がその事知るわけないから否定するのも当然か。
「っていうかお兄さん、付き人もロクにできなさそうなんですけど」
「ぐっ」
 そりゃ、確かに……。実際、モデルとして現場を見てきてる二人には、俺がマネージャーなんて無理! って発想のほうが納得のいくことが出来るのかもしれん。
 けれども、俺だって初めて、自分の夢と呼べるようなものを見つけたかもしれんのだ。何から勉強すればいいのか分からんが、やるだけやってやる!
「へっ、そのうち敏腕マネージャーとして、業界に名を馳せてやるさ」
「ふーん、言うじゃん。ま、億に一にもありえないと思うけど、頑張ったらいいんじゃん?」
 投げやりにそう言って、桐乃はリビングを出て行く。
「あやせ、上行こ。……あんた、邪魔とかしたらお母さんに次の隠し場所教えちゃうから」
「うっ……なんでお前が知ってんだ!」
 絶対見つからない隠し場所だと思ったのに!
 しかもアイツ、無視っていきやがった。はぁ……。
 あやせも、俺の方を窺いながらも、桐乃の後に続く。なんだかなあ、ちょっとぐらい応援してくれてもいいじゃねーかよ。
 ……いや、ある程度の努力とか、積み重ねとかしねえと、認めてもらえないのかもしんねーな。ちょっとぐらい、気張ってみるか。
 黒猫の呼び出しを受けたのは、その翌日だ。
 いつかと同じ、校舎裏。空は赤らみ、夕焼けが虹彩を焼くように辺りを照らしている。
 長く伸びる影法師の向こう側で、ぽつねんと心侘しげに黒猫がベンチに座っていた。記憶の中で、一人弁当を食べていた――メルルの弁当を食べていた姿と重なる。
「――よう」
「やっと来たわね」
「ま、あんな内容のメールじゃあな」
『放課後、約束の地にてあなたを待っているわ』だなんてよ、ちょっと分からなかったぜ。一度黒猫のクラスやゲー研にも行ってみた。最後の心当たりが、この場所だったというわけだ。
「まったく、待ちくたびれたわ。本当に愚図な男ね」
「……すまん」
「まあいいわ。あなたは私の眷属であるからして、多少の非礼は大目に見てあげましょう。もちろん、どうして呼び出したのか分かっていらっしゃるでしょうね?」
 早口でそう口走る黒猫は、いつしか立って、正面から俺を見据えていた。
「そりゃどうも。……桐乃と仲直り、できたらしいな」
「ええ、一昨日、電話で。――沙織やあなたにも心配をかけてしまったようね、ごめんなさい」
「そいつぁ別にいいんだけどよ。お前達が仲直りしてくれて、よかったよ」
 サークルクラッシャー男呼ばわりされるのも嫌だしな。
「明日の打ち上げ――楽しみにしてようぜ」
「そうね――ええ、楽しみよ。……ところで、用件は分かっているのかしら、分かっていないのかしら?」
「あのメールで察しろってほうが無理だろ」
「本当に……愚図ね……」
 いや、あの、さっきから愚図愚図言うのやめてくれません?
 という俺の心情を完全に無視して、すうっと黒猫が目を細めている。指が忙しなく動き、不安そうに宙をまさぐっているようでもあった。
「そう、分からないのなら教えてあげるわ。…………その、〝呪い〟を〝解呪〟してあげようと思って」
「呪い?」
「ここで、あなたにかけた…………〝呪い〟」
「……ああ」
 それを聞いて、俺の頬がカアっと熱くなった。
〝呪い〟って、その――――キス、のことだよな?
 黒猫の顔も、夕暮れとは別の赤に染まっている。
「か、解呪って……」
「っ、あなた今変な妄想をしたわね!」
 物凄い勢いで叱られた。その迫力に圧された俺は、正直に答えてしまう。
「いや、その……同じことをされるんじゃないかと」
「馬鹿言わないでちょうだい。まったく、破廉恥な雄ね」
「ご、ごめん」
 いや、でも、普通ならそういう想像をするんじゃないか?
 しかし黒猫は、謝る俺に答えることはせず、そっぽを向いて膨れている。
 そしておもむろに――口を開いた。
「呪いは、解けないわ」
「はァ?」
「い、一度かかってしまった呪いを解くことは……不可能なのよ」
 おいおい、言ってることが違うじゃねえか。
「あの呪いであなたは私の眷属となり、ファミリエとなったわ。それはもう、二度と解けない呪い……私達二人の関係を変えるには、新たな呪いで上書きをするしかないの」
「お前の『願い』を叶えれば、呪いは解けるんじゃなかったのか?」
「ええ――ええ、確かにあなたにかけた呪いは、今では効力は失われているわ。……けれども、それはあなた自身にかかった呪いが解けるというわけではないのよ」
 まったく、意味の分からないことを言っている。完全に電波が入ってしまっているが、余裕のない黒猫の顔を見ていると、いい加減にしろだの、わけが分からんだのと言うのは野暮のような気がしてしまう。
 黙って、次の言葉を、俺は待つ。
「だから強力な呪いで、再びあなたを拘束するしかあなたを解放する手段はないの。――ええ、そうね、その呪いを、これからあなたにかけてあげましょう」
 逡巡、動揺――一抹の不安。
 そういったもの全てを孕んだ、この世で古く、忌まわしく、そして甘美な響きを持った呪いの言葉を――黒猫は口にした。

「私と、付き合ってください」

 この時の俺の驚きようったら、大したもんだった。
 俺は丸々五分も、その言葉の意味を理解できずにいたね。
 だって、そうだろ、あの黒猫が――俺にまさか告白、だなんてよ。
「べ、べべべ別にこの呪いをあなたが許否したとして、決して全身から血を噴き出して死ぬようなことはありえないわ。確かにこれは強力な呪いだけれど、呪術としての危険度はまったくないのよ」
 何も言わない俺に、黒猫が慌てた様子でそう言った。
 挙動不信気味になった黒猫は、眼球を凄まじい速度で動かして、おどおどし始める。
 そりゃ、告白なんて勇気のいることだ。何も返事をしないことで、不安がるのも無理はない。
 だからさ、俺は正直に答えちまったよ。……無理、だってな。
「そう……それなら、いいわ。あなたに一度かけた呪いは解けない、けれどもその効力は今はない、だから解呪しなくてもさしずめ問題はないものね」
「本当に、ごめんな、黒猫」
「………………理由を伺ってもいいかしら?」
「他に好きな女の子がいるからだ」
 隠すつもりもなく、俺は即答した。そうすることが、一番いいと思っていたからだ。
「それはあのビッチかしら。……それとも、魔王ベルフェゴール?」
「どっちも、違う」
 ああ、そうさ。
 俺が……俺が好きなのは、あいつだよ。
 新垣あやせという、妹のモデル仲間で、親友だ。
「だから、ごめん、な」
「そう」
 黒猫は呟くと、無言のままで俺の横を通りすぎていった。
 今、どんな気持ちでいるのだろう。思わず振り返りそうになる俺の耳に、押し殺した嗚咽が聞こえてきた。
 だから、俺は、黒猫の気配が消えるまで……ずっと前を向いていた。





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最終更新:2011年02月10日 22:40
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