仲裁人


「ウザッ! キモッ!! 死ね!!!」


‥‥‥またアイツと喧嘩だ。なんでだろう。
理由は―――この際どうでもいい。その程度の理由なのだから。
あたしの趣味を理解してくれて、いろいろと相談にも乗ってくれているのに、
なんでアタシはこんな態度を取っちゃうんだろ。バッカみたい。


リビングを飛び出したところでお母さんと鉢合わせした。

「‥‥‥また京介と喧嘩したの?」

コトの顛末をどこかで聞いていたのだろう。
半ば心配、半ば呆れた表情で話しかけてきた。

「お父さんも心配しているわよ。でもお父さんはあまり口を挟まない人だから、
 あなたたちの仲を取り持つなんてしそうに無いしねえ」

わかってる、わかっているよ。お父さんお母さんに心配かけているってことは。

「あなたたち、どうしてそんなに喧嘩ばかりなの? 昔は―――」

アタシはお母さんの言葉を振り切るように階段を駆け上がった。
そんな話聞きたくなかったから。そんなの忘れたい話だったから。


アタシは自分に部屋に戻るとベッドに身を投げた。
わかってる、わかっているよ。アタシの一方的な我が侭だってのは。



どうしよう。誰かに話を聞いてもらいたいな‥‥‥。
あやせに電話してみよう。

携帯‥‥‥ アレ? どこにあるんだろ?
もしかして、リビングに置いて来ちゃった? しまったぁ。
でも、取りに行ってアイツと顔を合わせるなんて絶対イヤ。
もし居たらどんな顔すればいいっての? 死んでもイヤ。


あああぁぁぁ ムカつく! なんか息苦しい。
言いたいことを誰にも言えないってのがこんなに苦しいなんて。
携帯さえあれば、あやせと電話さえできれば、こんな苦しみなんてないのに。


一線だって 越えたいの♪
楽園の味を知らないまんまじゃいられない♪


壁越しにアイツの携帯のメール着信が聞こえた。部屋に居るのかな‥‥‥‥。
最近、順調にアニオタになっているらしく、アニソンを着信にしてんのね。
まったく、どんだけ薄い壁だっての。丸聞こえじゃん。
これからはヘッドホン無しでエロゲするのは控えようかな。

でも、誰からのメールだろう? 地味子? 黒いの? 沙織? まさかあやせ?
こそこそメールなんかしちゃって。キモすぎ。



ガチャ

ドアを開く音がした。
チッ。どっか出かけるのかな。アタシを差し置いてドコに行くってのよ?

コン コン コン

―――ッ!
このノックはアイツだ。何の用だっての?
シスコンならノック無しにドアを開けてみろっての。

「桐乃、居るんだろ?」

ウザッ! 何だっての一体!?
勢いをつけてドアを開けるとアイツが立っていた。

「ナニ? まだ何か文句があるワケ?」

トゲを纏った言葉をアイツに投げかけた。

「桐乃‥‥‥悪かった。俺もちょっと頭に血が上りすぎた」

え!? な、ナニよ? そんな殊勝な様子で頭下げられたら‥‥‥
アタシが悪者になっちゃうじゃん。
う、うう、もう―――ッ!!

「アタシもちょっと言い過ぎた‥‥‥と思う」

仕方ないよね‥‥‥。意地張ったって疲れるだけだし。

「なあ、明日暇なんだろ? だったら出かけないか?」
「ナニよそれ? デ、デートに誘っているつもり?」
「ちげーよ。たまにはオマエの買い物に付き合ってやろうかって思ったんだよ」
「ふーん。そうなんだ」
「でも、今度はあんなデコメじゃなくて、直接言って‥‥‥くれよ?
 まあ、オマエらしいけどな」
「え?」

良く解らないことを言い残してアイツは部屋に戻って行った。
何だったんだろ一体。



あ、携帯‥‥‥。
アタシはリビングに忘れたであろう携帯を探しに行った。
リビングのドアを開けると、ソファーに座ったお父さんの姿。

「お父さん、アタシの携帯見なかった?」
「ここにあるぞ」

テーブルの上、お父さんの真ん前にアタシの携帯があった。
ああ、やっぱりここだったんだ。アタシは携帯をテーブルから拾い上げて
リビングから出ようとした。
‥‥‥その時、アタシの頭の中にあまりにもバカらしい思いが浮かんだ。

「あのさ、お父さん、アタシのメールを見た、なんて言わないよね?」
「馬鹿なことを言うな。お前のメールなど見てはいない」
「やっぱそうだよね」
「当然だ」
「ごめんなさい。変なこと言っちゃって」

アタシ、バッカじゃないの。お父さんがそんなコトするわけ無いっての。

「‥‥‥ところで、京介とは仲直りできたのか?」

やっぱり喧嘩のこと、お父さんにもバレていたんだ。

「う、うん‥‥‥まあ、ね。仲直りできたよ」
「そうか」

気のせいか、お父さんの口角が上がったように見えた。

「それがおかしいのよ。いきなりあっちから頭を下げてきちゃって驚いちゃった」
「そう訝しがるな。京介もお前のことをちゃんと考えているのだろう」
「そう‥‥‥なのかな」

お父さんはアタシとの会話の間ずっと新聞を見たままだった。


『仲裁人』 【了】





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最終更新:2011年03月01日 13:45
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