初恋の記憶


さてこの俺、高坂京介は、一体何から話したら良いか迷っている。
とりあえず、目の前のことを実況しよう。

今俺はカフェに四人で居る。言っとくがメイドカフェではない。
最近オープンしたばかりの軽音カフェってヤツだ。
なぜか学生服姿の女性五人がそれぞれ、ギター、ベース、リズムギター、
ドラムス、そしてキーボードを担当して店内で生演奏をしているという店である。
趣向としては新しい(と思う)が、いまいちツボが理解できない。
だが客の入りは上々だ。ただ、アキバでもないのにアキバ系の客が目立つ。

さて、俺の他の三人は、麻奈実、ラブリーマイエンジェルあやせ、そして桐乃だ。
なんでそんなハーレム状態か知りたいだろ? あ? 知りたくないって?
そんなこと言わずに、聞いてくれよ、な?

‥‥‥‥‥‥

「きょうちゃん、今日はつきあってくれてありがとう」

俺は、荷物持ち要員として麻奈実の買い物に付き合っていた。
麻奈実の買い物は細々としたものばかりで、荷物持ちが全く苦にならない。
桐乃の買い物とは大違いだ。

「あの店に寄ってくか?」
「うん」

俺は目についたカフェに二人で寄ることで買い物の仕上げにすることにした、
‥‥‥のだが、
その店の前で、桐乃とあやせに出くわした。

「げ! お兄さん‥‥‥とお姉さん‥‥‥」
「ふーん、地味子と一緒なんだ‥‥‥、ふーん」

あやせがまるで大切な人に忌まわしいモノがへばり付いているような目で、
そして桐乃は、親の敵を見るような目で俺たちを睨み付ける。
俺が針の筵に座らされている感覚に包まれているにもかかわらず麻奈実は

「桐乃ちゃん、あやせちゃん、こんにちはぁ」

といつものトーンで二人に挨拶をした。
あやせは挨拶を返してきたが、桐乃はもちろんガン無視。まあ、いつものことだ。

「二人とも買い物か?」
「今日は、わたしの服を買うのに桐乃に見立ててもらっていたんです」
「そうか。桐乃、あやせと仲良くやっているんだな」

俺はそう言って桐乃の頭を撫でてやった。

「ウザい! 子供扱いすんな!!」

至極当然な反応である。それはいつもの通りだった。
違っていたのは、突き刺さるような視線を感じたこと。
ふと見ると、あやせが俺と桐乃の様子を見つめていた。
あー、また光彩の消えた“あの目”で睨んでいるんだろうな‥‥‥と思って
あやせの目を見ると‥‥‥意外や意外。大きく見開いてはいたが普通の目だった。



俺にとって意外な様相を呈していたあやせが問いかける。

「‥‥‥本当は、お兄さんと桐乃ってすごく仲がいいんじゃないですか?」
「と、とんでもない! やめてよ、あやせ」

桐乃が全力で否定した。

「桐乃ぉ、無理しているんじゃないの?」
「ホント、無理なんかしてないってばぁ!」

珍しくあやせが桐乃にちょっかいを出している。それに反論する桐乃は少しキモい。

「なあ、あやせ‥‥‥」

俺は桐乃に助け船を出すつもりで、あやせに話しかけた。
その途端、桐乃が俺とあやせの間に割り込むと、俺に対峙して声を荒げた。

「うっさい変態! あやせに近づくな!!」

聞いた? この扱いひどくね? 桐乃は俺をあやせに近づけまいとしている。
さらに、

「あやせ、離れた方がいいよ」

と言ってあやせの手を取って離れていった。
クソ、俺をなんだと思っているんだよ。

「ここじゃほかの人にめいわくだから、お店に入らない?」

俺たちは麻奈実の提案を受け入れてカフェに入った。

―――とまあ、こんな具合だったわけだ。



カフェで女子中高生三人に囲まれた俺に向けて、まずあやせが先鞭をつけた。

「お兄さん、お姉さんとデートの最中だったのですか?」

やっぱりそこか。確かに俺は麻奈実の買い物につきあっていた。
でも断じてデートなんかじゃないぞ、と言おうとしたが、

「で、でえとじゃないよ! わたしときょうちゃんは!」

麻奈実が必死な形相であやせに反論した。

「本当ですかお姉さん? わたし、お兄さんがお姉さんの初恋の人だと思ってますよ?
 お兄さんもお姉さんが初恋の人じゃないんですか? だからこうしてデートを」
「何を言っているんだ、あやせ。俺の初恋の人はお前だぞ!」

ドスッ―――

桐乃の肘鉄が俺の脇腹に食い込んだ。俺の苦しみを余所に、麻奈実が話し出す。

「初恋かぁ。ねえ、あやせちゃんの初恋の人ってどんな人?」
「わ、わたしの初恋ですか!? それをここで‥‥‥ですか!?」
「アタシも聞きたい! ねえ、どんな人だったの!?」

うん。桐乃と同じく、それは俺も聞いてみたい。

「話してもいいけど、大丈夫かなぁ?」

その時、俺にはあやせが何を心配しているのかよくわからなかったが、
あやせの初恋話の前にはそんな疑問はどうでも良いことだった。



「わたしの初恋は‥‥‥幼稚園の頃でした」
「へー、あやせちゃんて、結構おませさんだったんだぁ」
「いやだぁ、お姉さんったら」

うん。恥じらうあやせたんはとてもかわいい。

「ねえ、相手はどんな子だったの!?」

桐乃が興味津々な様子であやせに訊いている。

「相手は、とても可愛らしい子で、いつもオシャレで格好のいい子でした」

くそー。どこのどいつだ。ラブリーマイエンジェルの心を奪ったヤツは?

「髪もきれいで長く、スカート姿がすごく似合っている子で‥‥‥」

へ? スカート姿?

「結局その子には彼氏ができちゃって、わたしの初恋はそこで終わりました」

あの、あやせサン? 髪が長く、スカートが似合って、彼氏ができる子って‥‥‥

「皆さんどうしたんですか? ねえ桐乃‥‥‥?」
「ひぃっ!!」

桐乃が引きまくっている。
エロゲーの深夜販売のときに俺が赤城に言い放ったように、
『ひぃっ!!』に続いて、『近寄るな!』と言いたかったのかもしれない。

そうか‥‥‥。あやせの心配事ってコレだったのかよ!

も、もしかしてあやせたんって‥‥‥レ



「あやせちゃんってぇ、れずなの?」

こらっ! 麻奈実サン!! 地雷を踏むな!!!

「まさかぁ。小さい頃の話ですよ?」

あやせの桐乃に対する態度に思い当たるフシがあるんだが、気のせいですかねえ?
そんなことを思っていると、麻奈実の両肩をあやせが掴んだ。

「お・ね・え・さん! そんなことあ・り・ま・せ・ん。私はストレートです」

おいおい、この流れでストレートって言葉を使うんですか、あやせたん?
どうせ、“あの目”で麻奈実を睨んでいるんですよねえ?
麻奈実のトラウマにならなきゃいいが。

「あやせちゃん、どうしたのお? 目がちょっとおかしいよ?」

麻奈実サン、TUEEEEEEE!

「で、でもあやせ? その“初恋”は人間として好きだったって意味でしょ?」

桐乃、ナイスフォロー! 今日のオマエは最高だ!!

「うーん、そう言えばそうかも。というか、今のは冗談ですよ。てへっ」

あやせは悪戯っぽい表情で舌を出し、自らの拳で頭をたたいた ←かわいい
ああよかった。今のは冗談だったのかよ。
だが念のため、俺はあやせの親友である桐乃に確認を取った。

「(オイ、あやせって冗談を言うタイプなのか?)」
「(アタシは聞いたこと無いよ)」

そうか。すると人生初の冗談をこの場で炸裂させたんだな。きっとそうだ。

「あ、あやせ? できたら男の子に初めて恋をした話が聞きたいんだケド」
「そう? それじゃあ‥‥‥」

あやせは気を取り直して、初恋を語り始めた。



「私の本当の初恋の人は、やっぱり幼稚園のときに、公園で見かけた男の子です」

幼稚園のときか。やはりおませさんだったんだな。

「その日わたしは公園で独りで遊んでいました。気がつくと、遠くで男の子と
 私と同じくらいの歳の女の子が仲良く一緒に遊んでいたのが見えたんです。
 わたし、その子たちと一緒に遊びたかったんですが、きっかけが掴めなくて。
 そのうち、男の子がちょっとトイレに入っている間に、
 わたしはその女の子のところに行って、いろいろ話しかけました」

オイオイ、また女の子が出てきちゃったよ! 大丈夫か?

「でもその女の子、泣き出しちゃって‥‥‥。多分、見ず知らずのわたしが
 いきなり話しかけたのがいけなかったと思います。
 そしてわたし、あわててその場から逃げちゃったんです」

まさか、“あの目”でその女の子を睨んだんじゃないよね、あやせサン?

「そして物陰からその女の子の様子を見ていると、男の子が戻ってきて、
 泣いていたその女の子の頭をとても優しく撫でてあげていました。
 その撫でてあげる様子がとてもやさしい感じで、とても素敵な男の子に
 見えたんです。それがわたしの‥‥‥初恋の人です」

そうか。あやせたんは“やさしい男”に弱いのか。覚えておこう。

「だから私の初恋の人は名前も知らない、どんな声をしているかも知らない
 男の子だったんです。今となっては顔も‥‥‥覚えていま‥‥‥せん」

へー。ラブリーマイエンジェルがそんな初恋をしていたとはな。
結構ほろ苦い初恋だが、可愛らしいじゃないか。
桐乃もそう思うだろ?―――と、ふと横を見ると桐乃が固まったまま
目を見開いてあやせを凝視している。一体どうしたんだ?
あやせもそんな桐乃の様子に気づいたらしく、桐乃に問いかけた。

「桐乃、大丈夫?」
「え!? な、何でもないから!」

あやせの問いかけに、桐乃がビクッと体を震わせたように見えた。

「あやせちゃんの初恋って、ちょっと切ない感じだけどかわいらしいね」
「でも、初恋は実らないものだって思っていますから、仕方ありません」

あやせはさばさばした様子で自らの初恋話を結んだ。



「あやせの初恋話を聞けて今日はラッキーだったよ」
「もう、そんなこと言っても何も出ませんから!」

相変わらず手厳しいな、と思いつつ店を出た俺があやせと談笑していると、
桐乃が血相を変えてあやせと俺の間に割り込み、あやせに対峙して声を荒げた。

「ダメ! あやせ、近づいちゃ。コイツ変態だから離れた方がいいよ!」

桐乃はあやせを俺に近づけまいとしている。そして

「ちょっとアンタ、離れなさいよ!!」

と言って俺の腕を思いっきり引っ張ってあやせから遠ざけようとしている。
いてえな、そんな引っ張るなよ。

「きょうちゃん? あやせちゃんになにか、えっちなことしたの?」

何てことを言うんだ麻奈実! 俺をどんな目で見ているんだよ。



ようやく女子中高生三人に囲まれてのハーレム状態から解放され、
俺たちは家路についた。

今日の出来事を思い返していると、脇から桐乃とあやせの会話が聞こえてきた。
ガールズトークを盗み聞きするつもりはなかったが、ついつい聞いてしまった。

「ねえ、あやせ」
「なに、桐乃?」
「もし、あやせの初恋の男の子に会えるとしたら‥‥‥会いたい?」
「え―――? さっきも言ったけど顔を覚えてないから会ってもわからないよ?」
「それでも! もし会えるとしたら‥‥‥会いたい?」
「全然会いたいと思わないよ。だって顔を覚えてないから。だから安心して」
「覚えて‥‥‥ないんだ。ふーん」

なぜか桐乃は安堵の表情を浮かべていた。

それにしても、顔を覚えていなくても初恋の人って記憶の中に存在できるんだな。
あやせはこれからも、顔のない“初恋の人”を記憶の中で大事にすることだろう。


しかし‥‥‥さっきのあやせの台詞がなんか気になるな。

『―――だって顔を覚えてないから。だから安心して』

『安心して』ってどういうことだ‥‥‥?
あやせが初恋相手の顔を覚えてないと、なぜ桐乃が安心することになるんだ?
などと、取り留めの無いガールズトークをマジ分析しようとする俺が居た。


『初恋の記憶』 【了】




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最終更新:2011年03月03日 00:51
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