ぱぁ―――――ん
‥‥‥この叩き方は桐乃のヤツだな。
まったく、寝ている俺を起こすのにも手順ってモンがあるだろうが。
頭に来るクソアマだ。ここは無視してやる。
ぱぁ―――――ん
無視して‥‥‥
ぱぁ―――――ん
無視‥‥‥
ぱぁ―――――ん
「オマエ! いい加減にしろ!!」
俺の上に馬乗りになって居るであろう桐乃を睨むために目を開くと、
そこには俺の顔面に向かってくる桐乃の拳が見えた。
ボフッ
ギリギリで拳を躱すと、拳が俺の枕にめり込んだ。
嘘みたいだろ? このアマ、本気なんだぜ?
「さっさと起きないからでしょ」
「オマエな、寝ている俺を起こすにしても手順がおかしくないか?」
「ハァ? ちゃんとビンタをしてあげたでしょ? 何が不満なの?」
我が妹・桐乃様の居丈高な台詞ktkr
「と・に・か・く、アタシの部屋に来て!」
何なんだよ一体? また“人生相談”か?
眠い目をこすりながら桐乃に引っ張られて桐乃の部屋に入ると、
パソコンが起動していた。
「コレを見てよ」
パソコンの画面には、見慣れたアニメの公式サイトが表示されていた。
そのアニメとは勿論『星くず☆うぃっちメルル』である。
近々、新シリーズが始まるとは聞いていたが‥‥‥
「メルルがどうかしたのか?」
「ココ! よく見てよ。新シリーズから新キャラが登場するんだって!」
「新キャラ?」
「メルちゃんとアルちゃんの親友という設定の新キャラなの!」
“イプシロン・ラムダ”って名前の新キャラの魔法少女か。
「で? まさかコレを見せるために俺を起こしたのか?」
「そうだケド?」
「ごきげんよう」
「ちょっと待ちなさいよ! 本題はコレから!」
「何だよ本題って?」
「そのページを下にスクロールしてみて」
俺がページをスクロールすると、そこには新キャラの絵が載っていた。
「このイプちゃんの絵をよく見て!」
ふむ。褐色の肌。しなやかに伸びた脚。
艶やかな黒髪を馬の尻尾のように後ろで束ねた髪型。これって‥‥‥
「ね? そっくりでしょ! リアに!!」
リア・ハグリィ。
桐乃がアメリカに陸上留学していたときのルームメイト。
桐乃曰く「世界最速の小学生」だという。
桐乃が留学を断念して日本に帰ってきてしばらくしてから、
我が高坂家にホームステイした経緯があるので、俺もよく知っている。
「アタシ、びっくりしちゃった! サイトチェックしてなかったから
こんなことになっているなんて知らなかった! 出遅れた! 悔しい!!」
相変わらず、メルルのことになると周りが見えなくなるようだ。
「で‥‥‥? コレを見せるために俺を起こしたのか?」
「まだ続きがあんのよ! コレ見て!」
「星くず☆うぃっちメルル 公式コスプレ大会‥‥‥? またやるのか?」
「そう! またやるの」
「まさか‥‥‥オマエ?」
「ふふん、リアに出場してもらうの」
「リアはアメリカだろ。こんなことのためにアメリカから呼ぶつもりか?」
「『こんなこと』?」
「‥‥‥失言でした」
「実はね、リアが日本にまた遊びに来ることになってて、
たまたまコスプレ大会と日程がかぶってんのよ!」
―――で、俺にどうしろと?
いや、わかっているよ? そんなことわかりきっているし。
どうせ、リアを連れて大会に出場するアシストをしろってんだろ?
というわけで、会場は今回も秋葉原UDXだ。
昨日、日本に来たばかりのリアを連れ、桐乃と一緒にやってきた。
桐乃には観覧客として会場に入らせ、リアはコスプレ大会参加者として、
そして俺は、今やメルル公式コスプレーヤーのような扱いになっている
来栖加奈子を誑かした時と同様、マネージャーのフリをして会場に潜り込んだ。
「おー、居やがったか」
メルルのコスプレ第一人者であるクソガキ加奈子の第一声。
「マネージャーさん、こんにちは」
“アルファ・オメガ”のコスプレーヤーであるブリジット・エヴァンス。
この二人も今回の大会に特別出場するようだ。
「聞いたぜ? 今回はスゲーのが居るんだって?」
「もう噂になっているのか?」
「もっとも、どんな奴が来ようが、加奈子の優位は変わんねーけどヨ」
余裕だな。だが今回はそうはいかないかもよ?
二人との会話もそこそこに、リアの居る控え室に行くと、
リアが衣装に着替えている最中だった。
沙織のツテでそれっぽい衣装を用意したが、サイズは大丈夫だろうか。
しばらくすると、カーテンの向こうから、衣装に着替えたリアが出てきた。
「おにいちゃん、できたよ!」
これは‥‥‥まさしく“イプシロン・ラムダ”そのものじゃねえか?
公式サイトに載っていた絵のまんまの立ち姿。
スカートこそ膝下まであるものの、『星くず☆うぃっちメルル』の
登場人物の公式通り、扇情的な衣装。
このリアの姿からあの絵を起こしたと言ったら、誰もが信用するだろう。
「すごいな」
「えへへっ」
リアは着替えた服が入った紙袋を俺に手渡すと、スタッフに連れられていった。
ふと袋の中を見ると、ん‥‥‥? これは‥‥‥ぱんつ?
“見せパン”にでも履き替えたのだろうか。リアって結構、用意がいいな。
「星くず☆うぃっちメルル 公式コスプレ大会 はっじまるよ~~~」
メルルの声優、星野くららさんの司会で大会が始まった。
今回は30人近い出場者が居るという。リアは21番目に登場するようだ。
俺はステージの袖からリアのパフォーマンスを見物することにした。
でもパフォーマンスと言っても、一体何をするんだ?
歌なんて歌えないだろうし、踊りだって怪しいモンだ。
‥‥‥‥‥‥
「それでは21番。アメリカから来てくれたリア・ハグリィちゃんです!」
音楽が流れると同時にリアの第一声が会場に響き渡った。
「おにいちゃん、超好きっ!」
‥‥‥なんだよ、よりによってその台詞かよ!
つーか、そんな台詞、作品中にあるのかよ?
うわっ! 会場で何人かの大きなお友達が昏倒したぞ。
今の台詞で萌え尽きたのか? ワケわからん!
動かない絵しか公式に存在しない現時点で、“イプシロン・ラムダ”そっくりの
コスプレなんか見せられたら、ああなるのも無理は無いのかも知れない。
次にどうするのか期待と不安でステージ上のリアを見ていると、
「とぅっ!!」
ぴょんぴょんぴょん―――と、連続してのバック転からバック宙。
高坂家で初めて会った日に、桐乃のフックを躱した時に見せた動きだ。
あの時よりもさらに動きが鋭くなっている気がする。
メルルの作品中に登場するバトルシーンにも出てきそうな動きだ。
「うおおおおおおおおおお!!!」
大きなお友達が主体の会場が沸いた。
そして、リアがフィニッシュを決める。
空中で何回転もした後に、足を伸ばして着地の体勢に入った。
その時、俺の目の前でリアのスカートの後ろ側の裾が捲れ上がった。
着地と同時に捲れ上がったスカートの裾は下に落ちて綺麗に収まった‥‥‥
あ‥‥‥ありのまま、今起こった事を話すぜ!
俺の目の前でリアが空中で回転して着地の体勢を取ったと思ったら
スカートの裾が捲れ上がって、何も無かったんだ。
な‥‥‥何を言ってるのか、わからねーと思うが、
俺も何を見たのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった‥‥‥
“見せパン”だとか“モロパン”だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ‥‥‥
要するに、何も穿いてなかったんだよ! ノーパンだったんだよ!!
ケツが丸見えだったんだよ!
会場の様子からして俺だけにしか見えなかったようだが、何を考えてんだ!
俺の記憶はそこから先、途切れ途切れになっていた。
何しろ、リアのヤツ、ステージの上で跳んだり撥ねたりするモンだから、
いつモロ出しになるのか気が気でなかった。
おかげで、加奈子とブリジットを抑え、リアが優勝したのもよく覚えていない。
だが、何とかノーパンがバレずに済んだようだ。やれやれ。
‥‥‥‥‥‥
「リア、すごいじゃん!」
「キリノ、やったよ!!」
桐乃がリアと抱き合って喜んでいる。こういう瞬間って悪くないよな。
そう思ったのもつかの間、桐乃が険しい表情で俺に話しかける。
「ちょっとアンタ」
「なんだ?」
「アンタさ、リアのスカートが捲れ上がった時にガン見したでしょ?」
「ぐぅっ!」
「どうせ見せパンでしょうけど、ガン見するなんて変態! ロリコン!」
「みせぱんって、なに?」
リアが割り込んで無邪気な顔で問いかけてきた。
「見せパンってのは見せても大丈夫なパンツのこと。穿いているんでしょ?」
「キリノ、そんなの穿いてないよ」
「え!? じゃあモロパン? この変態!!」
桐乃が俺を睨み付ける。
「ちがうよキリノ。ほらっ」
リアはそう言うと、桐乃に向かって自らのスカートを捲り上げた。
「ぬあっ!! な、な、な‥‥‥‥‥‥!!」
「ね? 穿いてないって言ったでしょ?」
「アンタ!!!」
桐乃は阿修羅のような顔で俺を睨み付けた。
メルル、アルファ・オメガに続く三人目の魔法少女はとんでもない災厄を
俺に運んできたようだ。
『サード・うぃっち』 【了】
最終更新:2011年03月25日 08:57