俺、赤城浩平は、ここアキバで我が天使こと妹・瀬菜と待ち合わせをしている。
平たく言えば買い物に付き合うというだけなのだが、
天使の頼みとあっては断るなんて選択肢はあり得ない。
友人である高坂京介も、妹さんの買い物に付き合うことがあるようだが、
高坂のヤツはそれを快く思ってないらしい。
妹との買い物なんて至上のシチュエーションなのに、
一体何が不満だと言うのだアイツは?
それはともかく、我が天使との待ち合わせ場所である秋葉原UDXに向けて
俺は歩いていた。そろそろ約束の時間になるから、遅れるわけにはいかない。
「あのお、すみません」
俺の背後から聞こえた奇妙なイントネーションの呼び掛けに振り返ると、
そこには金髪の少女がいた。
この外見とイントネーションからして、明らかに外国人だろう。
歳は中学生くらい‥‥‥? いや、外国人は大人びて見えると言うから
もっと若いのかもしれない。
周囲を見回すと、俺以外に声をかけられるような人はいない。
「お、俺?」
「はい」
やっぱり俺か。一体何だって言うんだ? まさか逆ナンパ?
「ちょっと、場所がわからなくて」
ははは、迷子ってヤツか。異郷の地で迷子だなんてこの上なく不安だろう。
いくらイケメンの俺とはいえ、街中で外国人の女の子から声をかけられる
シチュエーションなど、道を尋ねられる程度ってコトだ。残念。
しかしこの娘、可愛らしいな。
「キミの名前、なんて言うの?」
「ブリジットです。ブリジット・エヴァンス」
ブリジットちゃんか。
う、いかん。つい、いつものノリで名前を聞いちまった。
ん? お、俺、普段からナンパなんてしてないからな!
勘違いするなよ?
「ここに行きたいんですけど‥‥‥」
彼女が俺に見せたメモには秋葉原UDXの場所が書かれていた。
「偶然だね。俺もUDXに行くところだったんだよ。一緒に行こう」
「本当ですか? おねがいします!」
‥‥‥おい、そこのお前。「いつもその手なのか?」なんて思うなよ?
金髪の美少女ブリジットは安堵の表情で俺に微笑みかけた。
すげー可愛い。我が妹とは違ったタイプの天使だ。
「あなたのお名前は?」
二人でUDXに向かっていると、ブリジットが話しかけてきた。
「赤城浩平。アカギ・コウヘイだよ」
「え? マネージャーさんと同じ名前です!」
マネージャーさん? へー。この娘、タレントなんだ。
でもなんで外国人のタレントがアキバに?
そんな俺の疑問は、彼女が指差したアニメのポスターで解消された。
これって‥‥‥高坂の妹が大好きだという、星くずなんとかってアニメか?
よく見ると彼女の指先にはブロンドの髪の女の子キャラ。
おー、似ているな。
そういえば最近はアニメキャラのコスプレ大会ってのがあるらしいな。
するとこの娘は、このキャラのコスプレをしているのか。
それでUDXに。納得だ。
ブリジットに関する疑問が一通り氷解された俺は、
異国の美少女との会話を楽しむことにした。
「キミ、とてもモテそうだね?」
「“モテそう”?」
「男の子に人気があるってことだよ」
「う、う~ん‥‥‥」
「ごめん、言い難かったかな?」
「ちょっと恥ずかしいです」
恥じらうブリジットの顔は、色の白さと相まってひどく真っ赤に見えた。
「あのう、コウヘイさん」
「なんだい?」
「コウヘイさんって、髪が赤くて眼鏡をかけた女の子のお知り合いが居ますか?」
「ああ、それ多分、俺の妹だな」
「妹さん?」
「そう。でもなんで俺の妹のこと知っているの?」
「コウヘイさんの後ろに居ますから」
なッ!!
ブリジットの言葉に仰天した俺が振り向くと、そこには我が天使・瀬菜が居た。
「やあ、お兄ちゃん」
「瀬菜ちゃん!? いつから居たの?」
「『キミ、とてもモテそうだね』ってあたりから」
うわあああぁぁ! あんなナンパ紛いの現場を見られていたとは!!
「お兄ちゃん? どこでこんな可愛い娘を見つけてきたの?」
「いや、違うんだ! ただ俺は‥‥‥!」
「何を慌てているの? お兄ちゃん」
俺は超必死モードで事の次第を説明した。
「ふうん。迷子になったこの娘に道案内していたのはわかったよ」
「わかってくれたか」
「でも、なんで『キミ、とてもモテそうだね』って会話になるの?」
ぐぅっ! やはりそこに来たか。どうする赤城浩平?
下手をすると我が天使は悪魔化するぞ。
よし‥‥‥ここはひとつ。
「ははは。ブリジットちゃんにだって好きな男の子くらい居るよね?」
「はい、居ます」
すると、我が天使が怪訝そうな様子でブリジットに問いかける。
「へぇ~。ど・ん・な・人なの?」
「わたし、コウヘイさんが好きなんです!」
「なッ!!」
我が天使の顔が引きつり、ワナワナ震えている。
なんで? どうして? ブリジットちゃん? 俺何か悪いことした?
「あ、あなた、会ったばかりのお兄ちゃんに‥‥‥!」
「本当にコウヘイさんのことが好きなんです!」
もしかして、俺、一目惚れされたの? などと冷静に自惚れする俺がいた。
「フッ‥‥‥その可憐な仮面の下はとんでもないビッチのようね」
コラ! 英語圏の人間に『ビッチ』なんて言うな!
「仕方ない。本当のことを言ってあげるわ」
「ほんとうのこと‥‥‥?」
「お兄ちゃんはね、女の子には興味が無いのよ!」
「おんなのこにきょうみがない‥‥‥?」
「そう。お兄ちゃんはねえ、「ハイ、そこまで!!」」
アブねえ。なんてコトを言い出すんだ、俺の天使は。
「ごめんな、驚かせちゃって。気にしないでくれないか?」
「わたし、気にしてません」
「え、そうなの?」
「はい。イギリスのミュージシャンにもそういう人がいますから」
「―――ッ! それダメ!」
俺、やっぱりそういう目で見られる運命? 運命なのか?
「フフ‥‥‥私としたことが、こんな簡単なことを見落としていたなんて」
我が天使が何やら思いついたような顔で呟き始めた。今度は何を言い出すんだ?
「あなた、上手く扮装したつもりでしょうけど、実は男の子なんでしょ?」
はい‥‥‥?
「それならお兄ちゃんのことを好きであっても全然構わないから。
ああ、お兄ちゃんと外国の男の子のカプなんて、うへへへ」
我が天使よ、斜め上過ぎるぞ。都知事の規制論、仕方ないかも知れん。
まあ俺たちは千葉県民だが。
と、我が天使の妄想に辟易しているとブリジットの口から出た言葉は
「わたし、マネージャーさんが好きなんです!」
へ? そう言えば、マネージャーさんって俺と同じ名前だと言ってたな。
そうか。この娘の言う“コウヘイさん”ってのはマネージャーさんのことか。
なんだよ脅かしやがって。
だけど、こんな可愛い娘に『好きなんです』と言わせるとはどんな
鬼畜マネージャーだよ。許せんな。
「な~んだ、お兄ちゃんと違う人のことなの?」
「そうだよ。同姓同名の別人さんの話」
「そうよね。だってお兄ちゃんは「ハイ、そこまで!!」」
‥‥‥‥‥‥
「ありがとうございます。それじゃ失礼します」
「おう、待ち合わせの人にも宜しくな」
「はい」
俺は、辿々しいが綺麗な日本語で俺に挨拶をしてくれたもうひとりの天使が
UDXに向かって駆けていく背中を見送っていた。
さてと、我が天使は腐女子っぷりを炸裂させた自分に居たたまれなくなって
帰っちまったし、今日の買い物はナシってことだな。
ヒマだし、高坂に電話でもしてみるか。
TRRRRRRRR
「俺だ、赤城だよ」
『おう、どうした?』
「別にどうってことはないが、お前、今ヒマ?」
『いや、ちょっと人と待ち合わせ中』
「そうか。今アキバに居るんだが、ヒマだったら出て来いと思ったんだが」
『‥‥‥何でお前にアキバまで呼び出されなきゃいけねえんだよ?』
「高坂、お前友達甲斐が無いな」
『うっせ。お、待ち合わせ相手が来たから切るぞ?』
「ああ、田村さんに宜しくな」
『ちげーよ。そんなんじゃねえよ!』
「でも女の子と待ち合わせなんだろ? 可愛い娘か?」
『まあ、な。つーか、お前に関係ないだろ!』
「やっぱり女の子か。俺にも紹介しろよ」
『ダメだ。こればっかりはな!』
「お前が女の子のことで必死になるなんて珍しいな」
『うるせー。もう切るぞ!』
『お待たせしましたマネージャーさん!』
「高坂? 何だ今の声?」
『何でもない! じゃあな』
プー プー プー ピッ
高坂って‥‥‥誰と待ち合わせしていたんだ? 何か怪しい雰囲気だな。
いや、だがそんなことよりも、我が天使の機嫌を取ることの方が重要だ。
何しろ俺はシスコ‥‥‥いや、それはどうでもいい。
さてと。我が家の天使の顔を見に、家に帰るとするか。
『もうひとりの天使』 【了】
最終更新:2011年04月05日 08:57