「ストーカ~!?」
自然と声が大きくなってしまった。だが、それも仕方のないことだろう。
「――ちょっ、ちょっと! お、お兄さんっ!!
そ、そんなことより声が大きいですっ!」
そんなことより、って。
え、だってお前、ストーカーって、……えぇっ!?
「と……とりあえずまずは座って下さいっ!!ブチ殺しますよっ!?」
「つーか誰だよ!? 俺のらぶりーマイエンジェルあやせたんにんな下劣なことしてんのはよぉ!?」
そんなことしていいのは俺だけなんだよっ!
……ん? ちょっと言い間違えたな。こりゃ失敬失敬。
こほん。気を取り直して、
――誰であろうと
あやせにセクハラするときは、まず始めに俺に申し出をしてからにしやがれ!
と、いうことだ。うん。
「っ! い、……今は、あなたがしてますっ!!」
その焦りながら怒る顔も堪んないねっ! さすがマイエンジェル!
なにしてもかわいーわ。
――でも、今日はちょっと慌てすぎなんじゃねぇかな?
ふと疑問に思う。だって普段は、ここまで必死な形相で俺に罵声を浴びせたりはしねぇもんよぉ。
穏やかな口調も、歴戦の武将もかくやという眼光も、今は一切見られない。
……なんでだろ?
「俺はいぃんだよ! なんてったって、あやせのことが大好きだからなっ!!」
まぁいい。んなことは些細な問題だ。
今はそんなことよりも、あやせたんに迫っているピンチの方が万倍大事だからな。
「私はあなたのことがだいっきらいですっ!
…………ていうか、そんなくだらない冗談言ってないで落ち着いてくださいっ!!
ほら! お兄さんのせいで目立っちゃってるじゃないですかっ!」
目立つことぐれぇどうでもよくなる位、冗談なんかじゃねぇよ。俺は常にマジだ!
ていうか! そんなことより!
「んな些細なことどーでもいいからその話をもっと詳しく話せ! いや、話してくれ! 時と場合によっちゃあ――」
そいつを海の藻屑にした後、その海域ごと封鎖するぐらいのことはしてやっからよ!
「っ!……も、もうぅぅぅっっ……っ! お兄さんっ!!」
「――もしくはアフリカのサバンナとかアマゾンの森ん中とかに適当に送りこん……ぅおっ!? ……ひ、ひぃぃい!? ……な、なんでしょうか!?」
どうやってそのストーカー野郎を処分してやろうか考えていると、妙に気合い、というか決意のようなものを声色に滲ませたマイエンジェルが、そのつぶらな瞳から虹彩を徐々にフェードアウトさせていた。
――こいつぁやべぇや。
俺は久々に冷や汗が背筋を全力疾走で駆け巡っていたのを感じてしまったね!
「とりあえず席に着いて落ち着いてくださいっ! ……でないと――」
あの時点でも十分に怖かったのだが、ドスの利いた愛らしい声とのダブルパンチが相まって、ちびりそうな位やばくなっちゃった!
……そんな中、俺は自分のチキンハートから勇気を一生懸命絞り出して、「……で、でない……と?」 と尋ねてみたんだぜ? ……ちょっと情けない声だったかもしんねぇけどさぁ。
「――……………………後悔、しますよ?」
「……」
何も言わずに席に着く俺。けどそれは仕方のないことだと思いたいね。
……いくら俺だって、命は惜しいからなぁ。
「……分かれば、いいんですよ。わかれば」
おとなしく席に着いた俺を見て、瞳に光を取り戻し始めたあやせが、俺の向かい側の席
に腰を下ろした。
「……は、ハハハ。…………コワ」
「……なにか?」
そんなおっかない視線をいきなりこっちにむけないで!?
「い、いや!? ナンデモないですよ!?」
「……そうですか?」
「あ、あぁ……っ!」
……とりあえず、再確認した。
確かに俺のマイエンジェルはやべぇ位に可愛い。ドンくらいやべぇかっつうと、いろんな意味で、北朝鮮がテポドンを発射してしまうくらいにはやばい。
ただ、な? その可愛さ以上に恐ろしいやつなんだ。
『後悔する』っつって俺を脅してきた時のこいつの顔を見たやつなら、俺が言わんとすることは分かるはずだ。
ん? よくわかんねぇって?
心配すんな。貴重な証人だっているんだからよ。
ほれ、見ろ。あそこだ。向かいの席に座ってるあいつだ。
正面にいるあやせを『可愛いなぁ』とか思いながら眺めていたであろう奴は、あの顔を見た瞬間、首が外れそうな勢いで元の姿勢に向き直ったんだぜ? 2、3日は筋肉痛になってそうな速さと言えば、いやでも悪寒を感じてしまうだろ?
可愛そうなことだ。
っつーことで。 ……ま、要するにな、こういうことなんだよ。
『綺麗なバラにも、棘がある』
もしかしたらそんな言葉でもヌリぃかもしれねぇから、『にも』んとこを『だからこそ』とか、『ある』のところを『たくさんある』とかに変えていいかもしんねぇな。そんくらい俺のマイエンジェルはやべぇんだっつーことなんだ。
……まあ、その棘と、俺の贔屓目を大分差し引いても、あやせはとんでもなくかわいーんだけどさ。
いきなりだと感じるかもしれないが、自己紹介からはじめようと思う。
俺の名前は高坂京介。近所の高校に通う十八歳だ。
自分で言うのもどうだろ、と思うが、ごくごくふつーの男子高校生である。特筆するような趣味も特技もなければ、これと言った何かがあるわけでもないからな。
最近は部活に入ったが、どちらかというと幽霊部員に近いのであまり意味はないだろう。
ふつーに音楽は聞くし、流行の漫画だって読む。休みの日にはサッカー部のシスコン(俺は断じて違うがな!!)とかと遊んだりもするし、勉強も、最近は、しているしさ。
そんな、一般的な高校生の、平凡で、地味な生活。
けれどそれは全然いやなんかじゃなくて、むしろ去年までの俺が望んで止まないものだったんだ。
非現実的な能力も、非凡な登場人物も、俺の人生にはいらねえ。
ただ穏やかで、変わり映えのしない緩やかな日常があればいい。
……とまぁ、ここまでを聞いただけなら、もしかしたら『つまんね』とか思う人もいるかもしんないけどさ。
実は、こんだけじゃ終わってくれないんだ。……終わってたらどんなにいいことだろうと思うときもあるけどな!
それと、先に断っておくと、俺は今でもその平凡な毎日ってものに惹かれている。
ただそこに、この一年で育まれた想いが含まれているかいないかだけの違いなんだ。
その考え方ってのが、まぁ、その、なんだ。ほら、あれだよあれ。あれなんだ……。
……くやしいけど、俺って平凡を言い訳にして怠けてただけなんじゃね? と、あいつの努力の一端を垣間見てしまって、ちょっと、ほんのちょっと、そんなことを思っただけっつーか……。
……。
……ゴホン。
ま、そんでもって、こっから先の『つまんね』くない日常の話の中心には、あるやつがふてぶてしく鎮座している。それこそ、いつもソファで女王様もかくやという傲岸不遜っぷりを発揮している、あいつだ。
……そう、あいつ。
高坂桐乃だ。
俺の、かなり可愛いけど、ぜんっぜん可愛くない、むしろ憎ったらしい妹様のお名前だ。
け。なんであいつが中心にいるのかは知らないし、つか知りたくもねーけどよぉ。
ただ一つ言えるのは、俺は、けっっして、シスコンなんかじゃないってことだ!
シスコンとかいう単語は赤城(さっき話した、爽やかなくせに、超シスコンなサッカー青年のことだ)にこそお似合いなのであり、俺なんかには一生縁のない四文字なんだ。そこんとこは
勘違いしないで、これからの俺の話を聞いてもらいたいと思う。
ことの発端は、俺があいつのエロゲーを見つけてしまったことから始まったんだ。
ま、今にして思うと、あん時見て見ぬ振りしとけばこんなしちメンドくせぇことにはならなかったのかもしんねえなぁ、と感じるわけですが。それにあやせ(おれのらぶりーなマイエンジェルのことだ!!)にも引かれずに済んだかもしれねーしよぉ。
でもま、そんなこと言っても仕方のないことだけどな。
……それに、実際あいつとの関わり合いがなかったら、黒猫や沙織、あやせとかと出会うこともなかったしさ。
――おっと、話がずれちまったな。エロゲーの話だったよな。
そう。一年ほど前のあの日。俺は、妹のすんげぇ秘密を知ってしまった。
高坂桐乃は、何を隠そうオタクだったのだ。
それも度がつくほどの、すんげ~オタクだった。
とりわけ二次元の妹をこよなく愛するとかいう、めっちゃくちゃ特殊な性癖を兼ね備えたな。
……今だから言うけどな、正直かなり引いた!
だってしょうがねぇだろ? 顔は綺麗で、スタイルはモデルやるくらい(当時は知らなかったがな)スラッと整っていて、おまけに頭もよくて。運動も出来て、友達も凄く多くて、そしてそいつらには大分慕われてるらしいっつー、これでもかってくらい完っ璧な妹様が、実は妹物のアニメとかエロゲーを見ながら『うへへぇ~』とか言いながらにやけてるとこが想像できるか?
――出来ねえよなぁ! 俺も信じられなかったモン!!
……でもまぁ。だからこそ。
そんなとてつもない破壊力を持った桐乃の趣味があったからこそ、『嫌い』なんて言う次元では語れない俺たちの関係に、『人生相談』っつー繋がりができたことも確かなんだ。
ま、甚だ不本意なことではあるんだけどな。
そして、この新たに出来た、俺と桐乃の繋がりは、今までの俺たちの関係を叩き壊すような衝撃的で革命的なものだったと言っても過言なんかじゃないだろう。
それこそ、ベルリンの壁が冷戦とともに崩れ去ってしまうのと同じくらい。
だから多くを語ろうと思っても、中々は説明出来ないんだ。俺は、口下手だから。
それに一から全部聞くのも大変だろうからな。今回は掻い摘んだ事実だけを、少しばかり紹介していこうと思う。
――中略――
――は? 立派なシスコンだって? 俺が?
……まぁ、そう思われても仕方がないのかもしれないな。
だがな、それらは全部お前らの思い込みなんだぜ?
なぜなら俺は、ホンットに妹のことがでぇ~っ嫌ぇだからだ。
なんでも出来て、すっげぇ才能があって、立派な友達がたくさんいて。
平凡で凡庸な俺には、そんなことがまぶしくて羨ましくてしょうがないんだ。
勿論今では、そんなものはあいつの弛まぬ努力の上にあってこそ輝いているんだってことが分かっているから、その、俺はあいつを、……少しは見習っているけど。
でも、理屈じゃねぇんだ。俺は、あいつが羨ましくて妬ましくてしょうがないんだ。何年間も口を訊きたくなくなるくらいにな。
……けどさ。
けど、あいつは、俺の妹なんだ。
いくら憎くましくって羨ましくっても、あいつは俺の、大事な家族なんだ。
そしてさ、家族が急にいなくなったりしたらさ、なんというか、その……、むずかゆいだろ?
だから俺は、でぇーっ嫌ぇだけど、妹には傍にいて欲しいし、辛いことか悲しいこととかで悩んでいて欲しくない。家族だから。そして、妹だから。
兄妹ってさ、そんなもんだろ?
だから俺は、あいつがピンチに遭ったときは手を貸すようにしているんだ。あいつのためなんかじゃなく、自分のために。
そうしないと俺自身が後悔するからだ。嫌いな妹も守れないようなクズ野郎としか、自分自身を振り返ることが出来なくなるからだ。
これからもその想いは変わらないはずだ。
例えあいつが大きくなって、それこそ、一生を添い遂げようと思えるような男と結婚したとしても、俺は、あいつを守り続けるだろう。
何て言ったって俺たちには、『兄妹』っつー、一生、誰にも変えることのできない、どんな鎖よりも頑丈な繋がりってもんがあるんだからな。
つーわけなんだけれども……。その、まぁ、なんだ。
長ったらしく話したけどさ、俺が一番言いたいことはというと、結局はこの二言に尽きると思うんだ。
俺は、桐乃のことが大嫌いだ!
だけど妹のことは大好きだ! ってさ。
……文句あっかよちくしょう!
――駅前にある、有名なカフェの一角。
奇しくも俺の、現在地。
なぜこんな場所に俺がいるのかというと――
『明日の午前10時に、駅前のスタバでお会いできませんか?
相談したいことがあります』
――という内容のあやせからのメールが、昨日俺の元に届いたからだ。もちろん二つ返事でOKさ。
どうせ面倒事に巻き込まれて、都合よく利用されるだけなんだってことは百も承知さ。
けどんなことしったこっちゃないもんね! もう慣れてるし!
ま、それにさ、こういうことなんですよ。
マイエンジェルと、茶店に、二人っきりで会える。
そう思うとさ、もうテンション抑えきれなかったんだよね(←仕方がない!)。
……そんなわけで。
朝の6時に起きた俺はバッチリ用意を済ませて約束の一時間前にここに急いで来てしまったんだな、これが。
あやせは普通に約束の五分前に来たがな。
でまあ。それが、ついさっきのこと。
普段は公園(交番が近くにある)に呼び出されるのだが、今日に限ってここに呼び出されたのには、わけがある。
それは、俺のマイエンジェルがその美貌を以って世の人々を魅了するために蠱惑的で扇情的な写真を……。
――とまあ、早い話がこの後にモデルの仕事を控えているから、後の交通の便を考えて、だそうだ。
また、じゃあなぜ、そんな仕事がある忙しい日に俺との相談を計画したのかというと、単純に日程が詰まっていて、その詰まった日程の中ではこの日しか空いていなかったからだそうだ。
これは、俺が必死になって頑張った、一時間にも及ぶあやせたんとの日常会話の成果だ
と言えば分かってもらえるだろうか。
「――……つまり、あやせじゃなくて、桐乃がストーカー被害にあっていて、本人はそのことにまだ気付いていない、と。……要するにこういうことなのか?」
俺との間で繰り広げられていた、一時間にも及んだ甘くて酸っぱい桃色の会話の最中、唐突にそれらを遮ったあやせは、悩ましげな上目使い(←見ると惚れてしまうので、俺以外は見てはいけない)でこちらを見ながら、『……最近、ストーカーに――』と話し始めたんだ。
――な? だから俺が慌ててしまうのもしゃーねーだろ?
大事な大事なエンジェルの口から『ストーカー』なんて単語を聞いちまったらなぁ! それも本人から相談!? とか思うと、な! それ以上は聞かなくても分かっちゃうだろ?
……だけどな、高ぶった俺のリビドーをどうにかこうにか押さえ、落ち着いて話を聞くうちに、俺の気分は、萎えなえになっちゃたんだな、これが。
……だってよぅ、俺のあやせたんのことと思ったら、高坂家きってのわがままお姫様のことなんだぜ?
なんつーテンションの下がる話だよ。『あやせをピンチから助けて好感度上げよう!』とか思ってた俺の淡い期待を返せ!
「……はい。……桐乃って、可愛いですから」
「……まぁ、そうだな――」
『顔だけはな』
などとは口が裂けても言えるわけもなく、
「……その、心あたりとかあんの? 犯人とやらにさ?」
と言った内容の、当たり障りのない無難な回答を述べた。
……仕方ねぇだろーが!? なんかちょっといきなり深刻っぽい雰囲気だしさ! ここでいつもと同じようにセクハラやっちまったら、既にゼロを突き破ってるっぽい俺への好感度がっ……!
「……分からないから、こうしてお兄さんに相談しているんじゃないですか……」
結論から言うと、全然無難じゃなかった!
じとーっ、とした視線を俺に向けるあやせ。その視線の中には、
『なんでそんなことも分かんないんですか? バカじゃないんですか? どうしてさっさと死なないんですか?』
という感情が多分に含まれているような気がするから不思議だ。俺の勘違いだと思いたい。
――ちくしょー。ただでさえなかった好感度が、見るも無残な姿に……。
「そ、そっか……」
……ていうかそれ、冗談、だよな? 特に最後の。つーか冗談じゃなかったら、俺、ホントに死んじゃうよ!? 失恋という名の痛手にに心が折れてさ!?
「……えぇ」
いかん、視線が冷たい。
話題を変えなくては!
「あーっと、……俺、イマイチ良く分かんねぇんだけどよ……なんで、桐乃がストーカーに追われてるって分かったんだ?
さっきのあやせの話だとさ……犯人も分かんないみてぇだし、桐乃が特別何かをされたって訳でもねぇんだろ……?」
「っ、それは……ですね……」
やぶれかぶれの質問だったのだが、案外効果があったようだった。
先ほどまでの冷たい視線(結構つらかった)は何処へやら、整った顎に手を当てて、少し思案気な様子を見せたあやせの、
「……あの、――お兄さん」
硬い声。
さきほどまでとはうって変わった様子に、思わず身構える。
自然、俺の表情も硬くなったのだと思う。
「……ん?」
だからこそなんでもない風を装った、俺の返答。
そんな俺の返答に、伏せがちに少々の間を置いたあやせは、
「……これから話すこと、桐乃には、言っちゃだめですよ?」
余計な心配はかけたくありませんから、と、トーンを落とした、もの悲しげな声色と表情で俺に語りかけた。
「あ、あぁ。……勿論だ」
その憂いを帯びた色に、俺は不謹慎ながらも綺麗だと感じてしまった。
その姿は、我が子を愛しむ母親の表情を連想させるものに、よく似ていた。
「――これを見てください」
そういって席の向こう側からおずおずとあやせが俺に差し出したのは、あやせ自身の携帯電話、そしてその画面だった。
「……これは?」
あやせを連想させるような、清潔な可愛さを兼ね備えた携帯電話。
その画面には、妙にくせっ毛が目立つ茶髪女の後ろ姿と、あやせらしき人影が、微かにピンボケした画面の中央で近場の繁華街を歩いている姿が映っていた。
学校の帰りに仲の良い友達と遊びに行っているという、いかにもな風景だった。
あやせは、ゆっくりとした間をあけながら、神妙な仕種とともに言葉を紡いだ。
「知らないアドレスから送られてきました」
「……メアドは変えなかったのか?」
尋ねる。
いきなりこんなメールが送られて来たら怖いだろ、という意味を滲ませて。
「……変えたら、意味、ないですから」
あやせは淀みなく、はっきりと答えた。
決意をしている表情だった。
「? どういう意味だ?」
再び尋ねる。
答えの意味と、決意の意味を聞くために。しかし――、
「……他にもあるので、それを」
と、はぐらかされてしまった。
はぁ、と溜息をひとつ。
俺は仕方となしに、携帯の画面を見つめ直した。
「……」
ピッ、という電子音。
次の写真は、桐乃が自宅、つまり俺の家に入っていくところの写真だった。
部活の帰りだったためだろうか、あやせの姿はそこになかった。
またもピンボケした写メの中央には、桐乃の姿だけがはっきりと映っている。
胸糞の悪くなる写真だ。
「続けます」
「あ、ああ……」
ピッ、と、無機質な電子音とともに、次へ次へと、携帯画面の風景が移っていった。
部活中の桐乃。
街中を佇む桐乃。
仕事中の桐乃。
桐乃。桐乃。桐乃――。
――それから。
口を引き結んだあやせは、感情を感じさせない動作で淡々と画面を流していった。
――日にち。場所。時間。存在。
数枚おきに変化する写真の種類。
刻々と時間が過ぎる。
目に映る何十枚もあるとりとめのない写真。
その羅列のなか、唯一あるといってもいい共通点は、
……桐乃の姿だけだ。
「……ふぅ」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
実際はそんなに経ってないのかもしれないが、ひどく疲れたので、大分過ぎたような気がするのだ。
俺はアイスコーヒーを口に含んで、一息をついた。
……正直なところ、ここまで深刻な問題だとは思っていなかったので驚いた、というのが俺の忌憚のない感想だ。
「一応、言っておきますと。これらの写真のことを、桐乃はまだ知りません」
俺と同じようにアイスティーをずずっ、と啜っていたあやせは、僅かに間を空けて、そう切り出した。
――だろうな。
お前が懸命に頑張って、あいつのことを守ってくれたんだろ?
それくらいは俺でも分かるさ。
「……サンキューな、あやせ」
そう思うと、自然と感謝の言葉が零れ落ちた。
あやせが桐乃の友達でホントによかった、と思ったから。
「……」
その意味は恐らくあやせには伝わらなかったのだろうが、あやせは何も言わず、目線だけで会釈を返した。そして、
「……桐乃、この間も他のクラス男子に告白されたんです……」
と言って、少しばかり話題を変えた。
「その人、サッカー部でエースを任せられるくらいすごくサッカーが上手な人で……。それに、顔もとてもかっこよくて、人当たりもすごく良くて……。
いろんな女の子から告白されるくらい人気のある人だったんです」
桐乃に向けてか、その男に向けてか。あやせの呟きに並べられた想いは嫉妬なんかではなくて、ただ純粋な、賞賛だけだった。
「……だからわたし、桐乃はこの人と付き合うのかなぁ、と思っていたんですが……でも桐乃、断っちゃって……。
……いえ、告白されること自体は良くあることなんですけど……、……その、なんで彼氏をつくらないのかなぁって、思いまして」
心の底からか、あるいは、ある程度の見通しがついた上での疑問なのか。
俺には判断がつかない。
ただ、一つだけ分かることは……。
「……それに、そういう告白とかと違って、ストーカーに付きまとわれるのって、なんか違うし、……凄く危ないと思うんです、わたし」
「……確かに、あぶないっちゃあ危ねぇな」
誰だよ、そのどっからどーみてもモテ男の称号を掻っ攫っていきそうな奴ぁよぉ!
桐乃の同類か、てぇー話だ!
もうストーカーとかどうでもよくなってくんな、おい!
……つか、やっぱモテてんだな、桐乃。
別に気にしてるわけじゃねぇけどよ。
ま、学校じゃあ猫被ってるっつー話だし、それ以上にあいつの容姿に惹かれてるんだろうがな。
黙ってたらやっぱ、『可愛ぃなぁ、付き合いてぇなぁー』とか思っちゃったりするんだろうな……。
だってまぁ、そういう年頃だしな、中学生ってさ。
もちろん俺だって、そのころはそりゃまぁ年相応にさ――。
「――それで、その……。…………どう、でしょうか?」
「――は、はひ?」
ただ俺はあやせには間接的なんかじゃなく、直接的にセクハラしてるから問題ないもんね! だから俺はいいんだ――!などと考えていたところで、耳に心地よく流れてくるあやせたんの愛らしい声で、現実に引き戻された。
「ど、……どう、…………とは?」
考え事をしていたために、あやせの話を聞き流してしまってたので、俺はどもりながらあやせに聞き直した。
「だからっ! その、………っ! ……私は……どうしたら、いいですか……?」
あやせは、少し言い出しにくそうな素振りを見せたあと、尻すぼみになっていく声で、そう呟いた。よく見れば、綺麗な黒髪から覗く耳朶は少し赤に染まっていた。
恥ずかしかったのだろう。俺に対して、質問を提起するということが。
「あー……」
だからそれを見て、俺はちょっと反省した。
シリアスな雰囲気になると、ちょっとばかり別のことを考えてしまうこととかにさ。
それと、あやせと会うことに一人でかなり舞い上がっていた自分にも、ちょっと自己嫌悪も覚える。
つーかまぁ、こいつがわけもなく俺に会いたいなんて思うはずがねえもんな……。
「……はぁ」
――そういえば、そうだったな。
言い終わった後テーブルの上に目線を下げてしまったあやせを見ながら、思う。
時には空回りしてしまうことも結構あるけど……。
よく見れば、あやせが握りしめている拳は、微かに震えていた。桐乃がストーカーに、って思って言い知れぬ不安に怯えているのか、それとも、俺への羞恥で怒っているのか。判断は際どいとこだ。
……けど、
そうだ。こいつは、大切なやつのためなら何だってするやつだ。
その証拠に、死ぬほど大っ嫌いな俺にもこうして相談を持ちかけたのだ。普通は出来るようなことじゃない。嫌いなやつに、相談なんてさ。
「……なる、ほどな」
口に出して呟いてみる。
それから俺は、今日あやせと邂逅してからの彼女の態度を思い返してみた。
……そういえば、『ストーカー』って聞いて、俺が焦ってたときも妙に取り乱しながら、俺のこと押さえてたっけ。あれは多分、自分も焦ってたからなんだろうなぁ。
自分も落ち着きたかったから、俺に落ち着けと言うことで自分も落ち着こう、と、無意識に思っていたのだろう。
――でもそう考えると、納得、というか、どこか胸のつかえがストンと落ちたような気がするもんだ。
……だって今日のあやせ、……ちょっと、やばいもんな。良くも悪くも、さ。
「あ、あの……、おにい、さん……?」
「……」
ま、それにさ。
こいつの場合は、話がもっと単純なんだよな。
大切な親友が、執拗なストーカーに追われてる。それを思うと気が気じゃなくなって。
こいつは自分なりにめちゃくちゃ必死に考えて、でも、それでもどうすれば良いか分かんなくて。
犯人は多分男だから、自分じゃ見つけてもどうしようもないな、とか考えて。
考えて考えて、考え抜いた結果、桐乃の『兄』である俺に相談をしようと思ったんだろう。
大嫌いだけど、確実に桐乃のために行動するであろう俺のところへ。
なぜならあやせは、訳あって俺のことを『近親相姦上等の変態鬼畜兄貴』と思い込んでいるからだ。
そんな奴が、桐乃の助けになんねぇ筈がねぇ……よな。
「ったく……――」
け。
しょうがねぇ、どうしようもないことじゃねぇかよ……。
だったら、俺がすべきことは一つしかねぇじゃねーか。
「――……そんなの、決まってるだろ――」
俺は少し俯いているあやせに、声をかけた。それも、いつになく真面目な声色で、だ。
「――えっ?」
そんな俺の声に驚いたのか、あやせは緩慢な動作で俺を見上げた。
きょとん、と、子供のような表情を浮かべたままだった。
不覚にもドキッとしてしまったが、気にしないように努めて、続けた。
――だってここまで来たら、もう後には引けねぇもんなぁ! 可愛すぎんのって罪だろコンチクショー!
「――言えよ、俺に。『手伝え、この変態ッ!』とか言いながら、無理矢理にでもさ」
「お、……おにい、さん?」
言いながら、言葉を選ぶ。紡ぐ言葉には慎重になんねぇと、説得なんか出来ないから。
「心配すんなって。……確かに俺は頼りねぇよ? 自分のこともロクに出来ない情けない男だしさ」
「……あ、の」
ホント、心の底から、そう思う。
俺なんか大したことのない平凡なやつだって。
麻奈実や親父、お袋。沙織に黒猫。俺に力を貸してくれる人たち。その人たちがいなかったら、俺は、ホンットに何もできねぇ情けない男なんだって。
心から、そう思う。
「……けど。けどな、困ってる年下の子見て、そんでもって見て見ぬ振り決め込めるほど、人間が出来てるわけでもねぇんだ」
「あっ、と、……えっ?」
けれど、それはそれだ。そんなの、あやせの力になれない理由にはならない。
だから俺は、彼女の瞳を、真っ直ぐに見つめた。
嘘だと思われてもいい。その上で、俺を頼ってもいいかな、と少しでも思って貰えるように、俺の、僅かばかりの本気をのせて。
あやせの、動揺している大きな瞳を、まっすぐに、見つめた。
「信じられなくてもいい。疑ってくれてもいい。何か裏があるんじゃないか、ってな感じでさ」
「お、おにいさ――」
「……けど、それを踏まえたうえで、もう一度言うわ――」
何か言いたげな様子のあやせ。けど、そんなもん無視だ。なぜなら俺は――
「――それでも、俺に言え。そしたら俺が、あやせだろうと桐乃だろうと、誰だって助けになってやるよ。……どんなことがあってもなっ!」
――あやせに、格好をつけたいからだ!
「っ……!」
ちら。
自分ができる最高のスマイルをあやせに送る。
……フッ、どうだ? もちろんあやせを助けたいのも嘘じゃねぇもん。だからサァ、これでもうあやせルートは突入確定だろう? つーかそうじゃなかったら俺、メーカー訴えちゃうもんね! どこにあんのか分かんねぇけど、とにかく訴えちゃうもんね!
あやせは、口を回遊魚のようにぱくぱくさせていた。違うのはあいつらみたいに(失礼)不細工じゃねぇとこだけだ。
「……」
しばらくすると、あやせの顔が真っ赤に染め上げていった。心なしか目も潤ませて。胸元で手でくみ、スーハー、スーハー、と、深呼吸をしていた。
それを見て俺は自分によくやった、と賞賛を送りたくなったね! だってこいつの態度、いちいち俺の琴線に触れてくるんだもん!
俺はあやせのそんな態度を、ニヤニヤしながらずっと見つめていた。
……だけど現実ってのは、うまくはいかないもんらしい。
しばらくすると、あやせ様子はうってかわった。
ぱくぱくとさせていた口元は固く結ばれ、硬く握り拳をつくり、真っ赤な顔で、親の仇でも見るような目つきでこちらを睨みつけたあやせは、こう捲し立てた。
「な、……な、な~にかっこつけちゃってるんですかぁ?」
「…………え?」
「か……かっこつけようとしすぎですっ! ドラマか何かの見すぎじゃないんですかっ?」
「あ、あや……せ?」
本日何度目かも忘れるくらいの剣幕で、あやせは俺のことを必死に罵った。
だけどまぁ、不思議な話だが、不快な感情が生まれることはなかったのも確かだ。
「……いっつも、そんなことばかり言って私をからかって……。この間、だって……、今日だって……っ!」
それは多分、情けない話だが、桐乃との普段の会話が殺伐としているからだろう。
このくらいじゃどうってことを感じないほどに、俺は、怒、という感情の機微に対して鈍感になってしまったのだろう。
「そ……、そんな、くだらないこと言ってる暇があるなら……き、桐乃に付きまとっている変質者を……、早くどうにかしてくださいよねっ! 今! じ、自分で『助けになってやる』って言ったんですからっ!!」
……いや、ちがう、か。
もちろん、もしかしたらそのことも要因の一つに含まれるかもしれないが、やはり、あやせだからだという事実が大きいのは認めざるを得ないだろうな。
こんなにも物事に必死になれる子だから、俺は、あやせのことを好ましく思っているのだろう。
どうやら俺は、つくづくあやせのことが好きらしい。
「……そ、そっか。…………ごめん」
……でもさ、やっぱそんな必死で否定しなくてもよくね?
今度メーカー訴えよう。何処にあんのか知んないけど、とにかく訴えてよう。
俺は心の片隅でそう誓った。
「わ、分かればいいんですよ、わかれば!」
「あ……、あぁ」
「……その言葉、ぜったい忘れませんから……っ!」
真っ赤な顔で、ボソッと、そう吐き捨てるあやせを見て、今日、しみじみと感じたことがある。
現実ってのは、エロゲーみたいにはうまくはいかねぇってことだ。
……我ながらなんと酷い例えなんだろうな、と、思ったのは内緒だ。
あやせがようやく落ち着きを取り戻しはじめ、彼女が頼んでいたアイスティーを飲み終わるのを見計らって、俺は、
「…そんじゃあ相談も終わったし、解散すっか。……この後仕事控えてんだろ?」
と、切り出した。こいつの仕事がいつ始まんのかは知んねぇけど、邪魔になることだけはしたくなかったからだ。
「え? ……あ、は、はい。そういえば、そうでしたね……」
――そうでしたねって、お前。どんだけ桐乃のことで頭一杯だったんだよ。相っ変わらずあいつのこと大好きなのな。
はぁ……。
そしてつまりは、俺なんか眼中にないってこと、か。
溜息を一つついて、俺は席を立ち上がった。後ろのポケットに入れていた財布を抜き出し、テーブルの端にあった伝票を引っ掴んだ。支払いをしに行くためにだ。
「――あ! わ、わたしが払いますっ! 元はと言えば、私が――」
すると、俺の一連の行動をなぜかボーっとした表情で見つめていたあやせが、急に立ち上がって、そんなことをほざいた。
……バカやろう。
「んなこと気にすんなって」
「――お呼びしたので、……って、なんでですか! 私が年下だからですかっ!? そ、そーゆー子供扱いしないで下さいっ!!」
「そうじゃねぇよ」
「じゃ、じゃあ――っ!」
『なぜですか!?』
強い意志の込もった明るい瞳からは、そう読み取れた。
「そうじゃなくて……その、お前だからだよ」
だから俺は、あやせが納得できる理由を口にした。
桐乃以外で俺が無条件で奢ってやる相手なんてお前だけだ、と。
「……ぇ?」
「最初に言ったろ? 俺は、お前のことが大好きだってさ」
「な……なぁっ!」
「……そんだけだよ、理由なんてさ」
建前ではあるんだが……ここでは言う必要もないことだ。
「ぇ、……あ、あの――!」 だから俺は、これ以上あやせが『やっぱり私が払います!』なんて言い出す前にレジへと向かった。
……だってさぁ。あやせの手前、ああいったけど。
やっぱり、年下の女の子に奢らせんのって、なんか違うし、カッコ悪いだろ?
それにたいしたもんなんて頼んでないしさ。
俺は伝票に書かれた値段を見ながらレジへと向かって歩いた。
午後に差し掛かった時間帯だったので、人ごみが増えていた。
客席へ家族連れを案内するウェイトレスさんを避けながら進んでいると、後ろから「あ、あの――!」という、かわいいエンジェルボイスが聞こえた。
あやせだろう。
「――……ちょ……ちょっと待ってください、お兄さんっ!!」
良く通る綺麗なソプラノが、俺の名を呼び止める。
「……ん? なんだ?」
周りからの好奇が入り混じった視線を感じながら振り向くと、予想通り、あやせの姿がそこにあった。
しかし、なぜだかモジモジモジモジしていた。
そのままの状態で、数瞬の時間が流れた。
周りにいた客の視線が飽きか何かで減り始める頃、ようやく、頬をほんのりと紅色に染め上げたあやせが、俯きながら、上目使いでこちらを見上げた。
「……」
そのかわいらしい姿を見て、俺は、思わず抱きしめてやりたくなったが、周りには他のお客さんがいるので、必死に自重した。
……俺、えらくね?
「あ、の……っ!…………っ!」
「……トイレか?」
「ち、違いますっ! ……もぅ…………」
雰囲気が少し和らいだ。
「じゃあなんだよ……?」
「そ……それは――」
言いにくそうにモジモジを繰り返すあやせ。
……とことんやべぇよな、今日のあやせたんはよぉ。ホント、良くも悪くもサァ!
つーかこのシチュエーション、なに? けっこー期待していい感じのやつじゃぁねぇのか――!
「そのぉ……、あの……」
「ん?」
「……えっと、…………そ、……そうっ! 今日、あとで桐乃の件で連絡するので、何かいいアイディアを考えていてください!」
「……」
……ま、どうせそんなことだろうなって、分かってたけどな。
「……はぁ。あぁ、分かったよ」
「は、はいっ! ……そ、それじゃあっ、えと……午後、8時ごろに連絡するので、…………ぜったい、ぜぇーったい、出てくださいよ! き、……お、お兄さんっ!」
「りょーかい」
「ぜ、絶対ですからね?」
やけに念押しにかかってくるな……。
「おぅ、分かってるって。……つか、俺があやせからの連絡を無視するわけがねぇだろ?」
「っ! ~~っ! も、もぅ、バカっ!! またそうやって冗談ばっかり……。お、……怒りますよっ!!」
「はは、わりぃわりぃ」
――さっきはまぁ、調子のって期待しちまったけど……。
俺とあやせの、間っつうか、空気っつうか、そんな感じのやつはさ。
やっぱ、こんな風に罵り合えるくらいのもんがちょうどいいんだろうなぁ、と、ぼんやりと思った。
なんだかんだ言っても、俺じゃあやせに釣り合うことなんて出来ないからさ。全面的に。
……因みに、だからと言って俺はMじゃないんで、そこんとこは悪しからず。
そんな風に感慨を抱いていると、独りごつようにあやせは呟いた。
「ふぅ。……やっぱり、お兄さんはお兄さんですね。
――……あーぁ。さ………せり……ごくか……よ………のになぁ――」
だけど最後の方の呟きは小さくて、俺の耳には届かなかった。
「……すまんあやせ。最後の方が――」
良く聞こえなかったんだが。
そう言おうとしたのだが、あやせは、俺には初めて見せる明るい笑顔で、
「――っ。 お兄さんは、やっぱり変態だなっていったんですっ!
……今日は、ご馳走様でした。それと、……どうもありがとうございました。お兄さんのおかげで、なんだか少し気持ちが楽になった気がしますっ!」
ペコリ。
それだけ残して、走り去ってしまった。
仄かに香る爽やかな残り香が、俺の鼻孔を否応なくくすぐった。
「……はは」
――たくっ。
あれやこれやと事件があってもさ。
今の言葉を、あの笑顔と一緒に言われたらよぉ、『しかたねぇなぁ』てな感じに思わねぇわけがねぇだろうが。
俺の呟きも、既に店内にいなくなってしまったあやせには、届くことなんて決してありはしないのだけれど。
そのあと。
レジで精算を済ませながら、俺は、今日かかってくるであろう電話に答えるための内容を頭の中で軽く考え込んでいた。あやせとの会話に向けて胸を躍らせながら。
……後に、このときにもっと真剣に考えていれば良かったと後悔することを、このときの俺はまだ知らない。
「お客さーん! そこの……えっと、レジの前のお客さーんっ! 座席に携帯電話を落としていましたよー!」
「……あっ」
……まだ知らないんだってば。
最終更新:2011年08月14日 13:20