或る分岐の先に


 プルルルルルッ!
 そのタイミングで携帯が鳴り響いた。

 良い所だったのに、と俺は思ったのだろうか。
 それともこの携帯に安心したのだろうか。

 音の主は、俺の携帯だった。

「……、出るぞ」

 俺は桐乃に確認を取る。桐乃は俯いた儘、微動だにしない。
 この距離で俺の言葉が聞こえないという事は無いだろう。つまり、微動だにしないの答えは――

「……ああ、くそっ! わーった、出ねえよ」

 ――出てほしくないという意思表示に他ならない。
 携帯画面に表示されている名前は、新垣あやせ。
 く、あやせ、すまん。あとでかけ直すから今だけは許せ……。

 着信のボリュームだけを下げて、音が鳴らないようにして、そのままパソコンの横に置いた。
 それを見ていた桐乃が、小さな声で確認をしてくる。

「……良いの?」

 決して良くはない。
 だが、仕方ないだろう。俺の妹が目の前で、無言で自分の意志を主張していたのだから。
 兄としては、その主張を無視する事なんて出来る筈がない。

「ああ。大丈夫、後で事情を話せば許してくれるだろ」

 本当の事情を話したらあやせがマジギレして俺が瞬殺される事は間違いないので、なるべく嘘をつかずに、しかし誤魔化す方法を考えておかねばな。

「……ほれ。そんな顔してねえで、ゲーム、続けんぞ」
「そ、そんな顔って、どんな顔よ……」

 泣き笑いの様な、その表情だよ。その表情を見ていると何だか胸が痛くなるんだ。是非、やめてくれ。

「大体……、続けるのは、ゲームなワケ?」

 その桐乃の一言に、今、どういう場面だったかを思い出す。
 途端に、かぁ、と自分の顔が赤くなるのが分かる。

 うわ、突然の電話で忘れてたが、そう言えば、そういう状況だった。
 やべえ、これじゃ、なんて言うか、こう、妹に催促してる変態兄貴じゃねえか。
 死ねよ、俺。おとなしく電話に出ておけよ。
 桐乃だって、ちょっとした気の迷いというか、冗談だったに決まっているのに。

「げ、ゲーム以外に何があるってんだよ」

 明らかにわざとらしいが、変態兄貴の汚名を避ける為に、あくまでゲームの続きを要求してみせる。
 そう、別に妹の、なんだ、ああいうのを期待して電話に出なかった訳じゃないしな。

「……あ、あんたって、本当へたれだよね」

 桐乃が呆れたように、そうと呟く。心の底からうっせえ、と言いたい。
 ふぅ、と桐乃が息を吐くと、再び顔を上げた。何処と無く不安げに揺れていた顔が、いつもの勝気な瞳を宿す。


「分かった。あたしも覚悟を決めた。……ここまでやって、あたしも引き下がるワケにはいかないっての! 全国の妹ユーザーが待ってんだから、この先の展開を…ッ!」

 よく分からない決意を表明する桐乃。全国の妹ユーザーって誰だよ。この部屋、全国ネットで放送でもされてんのか。そしたら俺、自殺するしか無くね?
 ……か、監視カメラとかねえよな?

「…………え、えいっ!」

 やたら気合入った掛け声と共に、桐乃は自分の股へと掌底を放った。
 より詳細を言うなら、そこにある俺の息子にだ。

「ぐ、ぅ……き、桐乃、何を……」

 お、お、おまえ、男のここはピュア・ハート以上にデリケートなんだぞ……?
 つか、女の子が掛け声と共に野郎の股間に手を伸ばすんじゃねえよ。

「あ、ご、ごめん! い、痛かった?」

 そう言って桐乃は、俺の息子を擦るように撫でる。

「…………ッ!!」

 俺は慌てて桐乃の手を止める。

「お、おまえなぁ?」
「…………」

 途端、身体を硬直させる妹。
 ……? なんでだ?
 改めて自分の態勢を見る。俺の前に桐乃。桐乃、俺の息子へと手を伸ばしている。
 その腕を止める俺の手。つまり、構図を簡単に言うなれば……。
 まるで後ろから俺が桐乃を抱きしめているような形だ。

 はっはっは、違うっすよ? これは、偶々というか。
 事故って言うか……。

 構図だけじゃなく、実際に抱きしめているような感触がする。
 柔らかい、女の子の身体。薄布一枚で隔てただけの感触。体温が直ぐに感じられて。

「…………ッ!」

 気付けば、抱きしめる手に力を篭めていた。目の前にある身体を、力強く抱きしめていた。
 内から湧き出る強い衝動に、まるで抗えなかった。

 だって、仕方ないだろう。
 俺の腕にすっぽり収まってしまう女の子が、俺の上に乗っていて。
 裸に布一枚纏っただけの格好で。
 こんなの、我慢できる筈がない。

「……京介、痛いよ」

 桐乃が小さく声をだす。
 その言葉に理性を取り戻す。

「す、すまん! お、俺……」

 慌てて、桐乃から離れようと腕を解く、
 その腕を桐乃が止めた。

「もっと、……優しく、してよ」

 桐乃は耳まで真っ赤にして、俯きがちに、しかしそう言う。
 な、なんだ、この可愛い生き物は。
 本当に俺の妹か? 実は違う誰かなんじゃないのか?
 ……寧ろ、そうであってほしい。

「…………」
「……京介?」

 でも、目の前に居るのは妹だ。
 俺の、妹なんだ。
 妹を、兄が襲ってどうするんだ。
 そんなのは二次元だけで。
 そもそも、この一人暮らしの発端を考えろ。

「……、駄目だ」

 これでエロゲーみたいな展開をしてしまったら、あの時の親父の信頼を裏切る事になる。
 俺に任せてくれた、その信頼を裏切っていい筈がない。

「…………馬鹿。信じらんない」

 俺の言葉を聞いて、桐乃がブルブルと身体を震わせる。
 妹は、短い兄の拒絶から、全ての意を汲み取ったのだろう。

 ああ、分かってる。分かっていた。
 鈍いふりをしていただけで、今日の桐乃は明らかに俺を挑発していた。誘惑をしていた。
 それを気付かない振りして、何も起こらない事を期待して、そして妹にここまでやらせて。
 その上で、断ろうとしている。なんて、最悪。なんて非道な兄貴なのだろう。
 どんな綺麗事を言ったって、俺が兄貴失格なのは到底変わらない。

「桐乃、俺は――」
「…………」

 桐乃は、無言で俺の海綿体を撫でた。

「ががっ! き、桐乃、て、てめえ!」

 凄い快楽が俺の背中を駆け抜けていった。油断しているとイッちゃいそうなレベルだった。
 ゆ、油断ならない奴……。

「い、いいか、桐乃、俺はな――」

 すりすり。

「おおおおおおおお、まった、たんま、タンマ!」
「……何よ、言ってみ?」

 桐乃は、にひひ、と生意気な笑顔を俺に向ける。その笑顔はなるほど、可愛かった。
 つか、こんな間近でその笑顔は反則だ。
 だ、だが、屈する訳には――

「…………ッ! ~~ッ!!」

 妹の執拗な攻撃は続く。俺の息子の頭を優しくスリスリと撫でながら、しかもそれを太ももで挟んでくる。
 もう敏感になってしまっている俺のソコは、暖かく柔らかいモノに挟まれて、正直、ヤバい。
 しかも、開いた手で、ソレを自分側に押し付ける。つまり、桐乃にアレに、自分のソレが……。

「…………く、や、やめろ」

 そして、はっきりと分かった。分かってしまった。俺のソレ越しに、桐乃のアレが……濡れている事が。

「……で、どうすんの?」

 にやにやと笑って桐乃は言う。頬が真っ赤で、耳まで真っ赤なのに。挑戦的な眼は、俺を見据える。
 指でくりくりと、俺の刺激の強い部分を弄り回す。
 絶対分かっててやってないと思うが、それ、スゲエ気持ちいいんだからな……っ!
 気持よすぎてヤバい、脳の奥がびぃーんと鳴っている感じがする。変な声が出てしまいそう。

 こ、これ逆レイプじゃね? 俺、妹に汚されてねえ?

「あーあ、あたしのここ、びしょびしょ。どうしてくれんの?」

 ど、どうしてくれるのとおっしゃられても。

「責任、と、取りなさいよ。兄貴でしょ?」

 兄貴だから、責任を取れと。いや、兄貴だから責任が取れなくて。
 理性と欲望の間で揺れ動く。しかし俺の中の兄が、欲望を封じ込めようとする。

 だから、妹が、それをぶち壊す。

「ううん、絶対、責任を取らせる。もう、決めた。
 あんたが、どう足掻いても兄貴で居続けるというのであれば、あたしは、どうあってもあんたに責任を取らせてみせる。
あんたの身体をどこまでも気持ちよくさせてあげる、あたしを、犯させてあげる。感謝しなさいよね」

 エロゲーでも言わないだろうとんでもない台詞を、俺を真っ直ぐ見ながら桐乃は宣言した。

「あたしの身体の味を、あんただけに味わわせてあげるんだから……!」

 俺の……を、桐乃の……に押し付ける。ぬる、とした感触。服越しとはいえ、服がまるでもう機能してない。
 生暖かい湿った感触が、俺の……に纏わりつく。

「は……ァッ! ん、……んんっ!」

 そしてそれを挟んだり、腰を動かしたりして、桐乃は俺の……を弄ぶように支配していく。
 その動きのまま、桐乃は抑えていた俺の左手を、自分の胸へと押し付ける。
 柔らかい感触が、俺の手のひらから伝わってくる。
 桐乃は俺の手に自分の手を重ねて、俺の手ごと、自分の胸を揉んだ。

 むにゅ。なんとも言えない柔らかい感触が、俺の手にダイレクトに伝わってくる。
 なんだこれ、こんなに柔らかいものなのか、そして弾力があって。

 桐乃が胸を揉みしだく、その行為すべてが俺の手を通して。
 気付けば俺は自分で揉んでいるのか、桐乃に使われているのか分からなくなってしまった。

 俺の中の兄貴は、今でも必死で俺を止めている。罵倒をしている。
 しかし、それに対して、桐乃の行動が、体温が、柔らかさが、吐息が、俺を支配する。

「……ふ、ふふん。あ、ッ、あたし、の、…直で、……触りたい、ぁ、でしょ?」

 俺の返事など、妹は待っていなかった。シャツの隙間、ボタンの隙間から自分の手ごと、俺の手を侵入させる。
 服の中の温度は、この部屋よりも熱い。しっとりした、空気。
 そして、そこにあった感触は先ほどとは比べられない感触。
 しっとりとした触り心地、布じゃない、生き物を触っている、感触、柔らかさがダイレクトで、俺の理性をジリジリと焼く。
 やめろ、なんて、もうなかった。もっと。もっと、もっと。もっともっともっと。
 触りたい、俺の意思で。

 ――やめろ、俺は桐乃の兄貴なんだぞ!? 兄貴が妹を襲うなんて、ありえねえだろ!
 …………。
 ――今直ぐ、やめて離れろ、そして叱って終わらせろ! それが兄としてやるべき事だ!
 …………。
 ――親父の信頼を、裏切るのうるせええええええええええええっ!!

「桐乃、俺はおまえが好きだ」
「…ん、ぁ…………、……え?」
「俺は、おまえが大好きだ」
「え、えええ、え?」
「悪い。もう手遅れだ。分かった。もう分かった。分かっちまった。自覚しちまった。駄目だ。分かっちまった。俺はさ、桐乃」
「…………」

「おまえと、結婚したい」

「ええええええええええっ!? ちょ、と、飛びすぎ、待って、待ってこ、心の準備が……!」
「うっさい。おまえの心の準備なんか知らねえ。いいか、てめえ、よく聞けよ……!」

 俺は、俺の意思で桐乃の胸を揉む。揉む事の出来ない右手は、桐乃の腰へと回し抱き寄せる。
 桐乃のうっすらと赤み帯びた首筋へと唇を這わせると、桐乃の身体がぴくんと跳ねた。

「この身体に、俺以外の誰かが触るなんて許せねえ。分かるか、それは本当に兄としての感情か? 
否、違う、兄なら、自分が触る事だって想定しない筈だ、だからこの感情は紛れもなく兄としてじゃない、俺の感情なんだよ」

 左手を桐乃の服から抜き、桐乃の顎へと手を伸ばす。そして這わせるようにして唇に。

「この唇も、この身体も、全て俺が頂く、俺のものにして、俺以外になんて決して渡さねえ」

 なんて醜い本音だろう。汚らわしい下衆の言い分だろう。
 でも、もう止められない。

「何より、てめえの想いが、俺以外の誰かに向けられるなんて、死んでも嫌だ、頼む、頼むから、俺を見ていてくれ、俺の側にいてくれ、おまえは前に言ったな、一番じゃないと嫌だと、それなら俺はこう言おう」

 顔を真赤にしている桐乃の顔を、後ろから覗きこむようにして見つめる。

「……おまえのただひとつの特別に、俺をしてくれ」

 ギュッ、と桐乃の身体を抱きしめる。もう抑えきれなかった。この薄汚れた衝動を撒き散らした。
 数秒後に桐乃が俺の手から離れてしまうかも知れない。それが怖かった。
 桐乃はただ、兄をからかっているだけだったかもしれない。
 一夜限りの関係として、近親相姦に憧れただけかもしれない。
 ただの好奇心だったのかもしれない。

 そのどれでもいい。
 怖いし、悲しいけど。
 ただ、俺を桐乃の特別にして欲しい。
 一番よりも、唯一へ。
 その瞳で、俺を見続けて欲しい。

 それだけで、俺はどんな障害だって怖くなくなるから。
「…………」
「…………」

 桐乃を抱きしめた格好で、二人は沈黙だった。
 あれほど吹き荒れていた感情も、今は静かだ。
 煩悩でさえ、今この時は静まり返っている。

 暫くそうして、時間を過ごした後、桐乃は俺から立ち上がる素振りを見せた。
 あ……。
 離したくなくて、手に力を込めてしまう。それを優しく桐乃はどかした。
 そして、桐乃は俺から離れた。

 離れていく桐乃を俺は眼で追う。
 まるで捨てられた子犬のような視線だっただろうと自分でさえ思う。

 数歩離れて、桐乃は俺の方へと向き直った。

「……ちゃんと、全身見えてる? これ、ゲームだったらイベントCGだから、ちゃんと見てなさいよ」

 そう言いながら片目を閉じて、少し息を整えて、そしてゆっくりと服のボタンを外していく。

「言っておくけど、差分とか無いから、ロードも無いから。セーブも無いから。やり直しなんてさせないんだから」

 一つ一つ、静かにボタンを外していく。

「というか……今更、他のルートなんて選んだら、あたしが許さないから。絶対邪魔してやるし。つか、どんな選択肢を選んだって強制あたしルートだから」

 やがてあらわになっていく、綺麗な、桐乃の裸体。
 その姿に見惚れてしまっている俺を、くすっ、と桐乃は笑う。

「……あんた、あたしの特別にして欲しいって言ったよね?」
「ああ……。言った」
「ごめん、それ無理」
「なッ……!?」

 ここまでやって!? え、強制バッドエンド!?
 この展開でその台詞無くね? 凄いショックなんだけど。ヤバい泣きそう。

「てかさ……、本当、あんた、気付いてなかったんだね」

 桐乃は今まで見たことがないぐらいに、優しい表情をしていた。
 それはとても綺麗で、見ているだけで、胸の高鳴りが止まらない。

「……とっくの昔に、あんたはあたしの特別、だっていうのにさ」

 そう言って、上着を、はらり、落とす。そのまま、流れるように下のスボンへと手を掛ける。

「大体さ、あんた、あたしをなんだって思ってるわけ? 電波女みたいにビッチだって思ってるわけ? それ、超ムカツクんだけど。何、あたしが誰にでも、あ、あんなエッチな事、するって思ってんの?」

 するする、とズボンを脱いでいく。……あの部分はやはり濡れていた。
 俺がそこを見ているのに気づくと、2倍速で脱いでズボンをベッドの下に放ってしまう。

「……あんただけに、決まってんじゃん」

 全てを脱ぎ捨てた桐乃は、ベッドの上へと身体を載せて、横たえる。


「本当さ…、あんたの告白、いや、嬉しかったけど、ホント、馬鹿じゃん」

 桐乃はクスクス笑う。

「あたしは、さっきからずーっと、あんたに告白しているつもりだったんだけど、あんた、全然分かってなかったなんて。
 鈍感にしても行き過ぎでしょ。まあ、そのおかげであんたの言葉聞けたし? イイケドさ」

 力を抜いている様子で、天井を見るように桐乃は、俺を見る。

「で、あんた。いつまでそこでボケーとあたしを見てんの? 見惚れるのは分かるケドさ」

 照れた様に微笑んで、桐乃は俺に言う。

「あたしと、エッチしよ?」


 それからって? 続きがどうなったかって?
 まさか続きを話さないつもりじゃないだろうな、って?

 そのまさかだ。言っただろ、桐乃を誰にも渡したくない。
 これはそんな醜い兄の、主観の物語。
 ここから先はトップ・シークレットだっての。

 まあ、それでも端的にこの先の展開を言うならさ。
 分かってるだろうが、この台詞しか無いわな。

 俺の妹が、こんなに可愛いワケがない、ってな。


 完





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最終更新:2012年06月29日 15:12
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