「いや~今日は充実した一日でしたなぁ~。拙者これで明日からまた楽しく頑張れるでござるよ~。」
沙織が全く容姿に似つかわしくない(何回見ても慣れねー!)ござる口調をあげた。
「ええ。今日は久しぶりに楽しませてもらったわ。」
瑠璃も日が沈む夕日に目を細めて満足そうに呟いた。
「二人とも、今日はありがとな。」
今日は一日色んな話をした。
ボードゲームをしながら、途中で話が脱線した。まあ往々にしてゲームだけを黙々と一日中するなんて無理がある話で。
ちなみにあの妹人生ゲームは割とマジキチな内容で、最終的には桐乃が12人の妹と結婚し12人の子供をそれぞれ産むという圧勝だった。
桐乃の記憶を失っても変わらずの勝負強さはさることながら、ゲームだよ、ゲームの内容。どこのシス○リだよ…。まさにマジキティ…。
そうして話に花を咲かせる中で一番の収穫はと言えば…。
「もう帰るんですか?黒猫さん…。」
下から瑠璃の瞳を見上げながら、瑠璃の左腕の裾をちょこんとつまむ桐乃。
今日一日で桐乃は瑠璃と沙織との間にあった心の距離をずいぶん縮めたが、その中でも特に瑠璃と仲良くなった。
「き、桐乃?私もう帰らないといけないのだけれど…?」
くすぐったそうに瑠璃は桐乃をたしなめる。しかし悪い気はしないのか、腕を振りほどこうとしない。
やっぱり瑠璃の猫の鳴きまねやら踊ってみたやらのヲタ芸が効果を発揮したのか…。
『ひ、久しぶりだから照れるわね///。』
と昔ニコニコ動画にUPしたというものを実際に俺達の前でしてみせた瑠璃。
久しぶりと瑠璃は言うが、俺にはどこがどう衰えたのかさっぱりわからない。それほど年季の入った(?)ものだった。(←瑠璃に『年季』なんて言ったら、邪気眼時代に戻って殺される…。)
これに桐乃は見事に食いついた。
桐乃のリクエストに「はいはい」といったあの調子で応える瑠璃。目を輝かせる桐乃。
まあ元々入院していた頃から世話になってたからな…。二人の間の壁はかなり溶けたと思う。
…瑠璃がトイレに行くときについていきそうになったときはさすがに止めたが。
「拙者もきりりん氏にごろにゃんされたいですぞぉ~。うらやましいですなぁ~。」
にんにん、という相変わらずの擬音を出しながらほほえましく桐乃を見つめる沙織。
今日は本当に楽しかった。
「またいつかこうやって集まろうぜ。今日は本当にありがとな。」
「いえいえ。きりりん氏と京介氏のためならば例え火の中槍の中~。」
「じゃあ私達は帰るわ。二人とも電車だから見送りは結構よ。」
「ま、また、来てくださいね。黒猫さん、沙織さん。」
桐乃はおずおずと二人に声をかけた。
すると二人は笑って、
「もちろんでござるよ。ほんとにきりりん氏はめんこいですなぁ~。」
「またいつでも、何回でも来るわよ。」
その言葉を聞いて桐乃は顔を明るくし、
「は、はい!また絶対来てくださいね!」
「ふふっ、じゃあまたね、桐乃、先輩?」
「おふた方、また来るでござるよ~。」
「おう!またな!」
そうして夕日をバックに影法師を伸ばしながら二人は手を振りながら去っていった。
~~~
あ~今日は楽しかった!
黒猫さんと沙織さんが帰ってしまって名残惜しいけど、また来てくれるって言ってくれた。
ふふっ…楽しみだなぁ…。
あたしがにんまりしていると、京介さんが、
「ん?桐乃、おまえの携帯、着信がきてるぞ?」
「え?」
本当だ。黒猫さん達との時間があんまりにも楽しすぎてスマホを全然確認してなかった。ピコピコとランプが定期的な点滅を繰り返している。
確認して見ると…。
「…。」
あやせから、だった。電話の着信、メールの着信etcetc…。内容はいわずもがな。私の安否を確認した、しかしあたしと京介さんとの関係の疑惑と示威を織り交ぜた恐ろしいものだった…。(ガクブル)
「どうした、桐乃?」
あたしの顔がよほど真っ青だったのか、京介さんが顔を覗き込んでくる。
「え、あの。あ、あやせからの連絡でして…。」
こう答えると京介さんはとたんに「げ。」と声を出ししかめっ面でそわそわし始めた。
…。あやせのこと苦手なのかな…。
「あやせ、何て言ってるんだ?」
戦々恐々ビクビクといった感じで声をかけてくる。…そこにいつもの頼もしさ(キャッ///)はない。
…。この内容はそのままは、伝えられない、よね?
「あ、あの、い、今から会えないか、って…。」
あたしはメールの最後の文章の内容を端的に伝えた。
そうすると京介さんはまたしても恐る恐る聞いてきた。
「え、ま、まさか…い、今からウチにくんの?」
「い、いえ、駅前の喫茶店で少しでもいいから会えないかなって。」
「そ、そか。き、喫茶店か。」
ホッ、と大きく胸をなでおろす京介さん。そのあまりにも安心しきった、先ほどまでの狼狽ぶりとの落差。
…一体あやせに何をされたんだろう。
「そ、そっか…。じゃ、じゃあ桐乃、気をつけて…。」
そそくさと自室に退散しようとする京介さん。そんな京介さんの右腕をきゅっとつかんだ。
「え~と。何、かな…?」
…嫌な予感がするといわんばかりに顔が歪んでいる。そんな彼にあたしは、
「い、一緒に、ついて来てもらえませんか?」
「え…。」
…実を言うと、あたしはあやせのことをまだ完璧に思い出せていない。
中学での友達だったとは、思う。それなりに仲も良かったとも、思う。
事故以来病室に何回も来てくれたし、家にも何回も来てくれた。
…が、それ以上のことが思い出せないのだ。
彼女はいつもキラキラした目であたしのことを見つめてくる。
何回目かであたしが事態にそれなりに慣れてきて落ち着いてきた時、色んな話を聞かしてくれた。
あたしがモデルをしていて、高校生になってますます忙しくなったにもかかわらず、それまで以上のモデルでの活躍。陸上部に所属していて、陸上ですごい賞を取った。それなのに学校の成績が県でも抜群で優秀だった、とか…。
あと、凄い小説を書いてヒットしてベストセラーになり、日本中の皆に読まれているんだよ、とか。
陸上云々でも信じられなかったのに、あたしが小説!?とますます信じられなかった。
その小説も見せてもらった。…あたしが書いたといわれればそんな気もするけれど…。(文体というかなんていうか、その、感じ的に…。)
『桐乃はわたしの自慢の親友なんだよ!』
と、あやせは『あたし』が如何に凄かったのかを我が事のようにうっとりと語り掛けてくる。
…憧れと尊敬が入り混じった瞳で。
あやせから記憶を失う前の事を聞かされた時は、またあの頭痛が襲ってきて横にならせてもらった。
その時あやせはおろおろと心配し始めてしきりに何度もごめんなさいごめんなさい、と謝りながら看病してくれた。
…謝るのはこっちなのに。
彼女はそれからあまりあたしの過去のことについて積極的に触れなくなった。それでもいつもなにかと気にかけてくれている。
一日に何回もメールや電話をくれるし、たびたび家に訪れてくれている。美味しいスイーツをもって来てくれたりもした。
それでもどうしても思い出せない…。
…。
あの事故以来、記憶を失っても日常のことや基本的な事柄や常識はかなり覚えていた。
その中で本当に申し訳ないけれど、京介さんを初めとした沢山の親しい人達のことを忘れてしまっていた。
が、事故の後遺症で忘れてしまったあたしの記憶、その中でも…あやせのことは覚えている。
中学での同級生だった、と思う。
確かお父さんが地元の偉いさんで、お母さんがよく学校に顔を出している人だった、と思う。
あやせ自身もクラスの、ううん、学年の男女問わずの中心的な人気グループに属していてその中の最も可憐な華があやせ、だったと、思う…。
同回生達だけじゃない。色んな先輩達に可愛がられ、後輩からも慕われ、先生からも信頼され…。
だからいつも回りにぐるりと円が出来るように人に囲まれていた。いつも笑顔で優しくてしっかりしてて、輝いてて…。
そんな人気者の彼女のどこに目に止まったのか、何故かあたしもよく気にかけてもらっていて…。
一緒に放課後ファーストフード店に連れて行ってもらったり、芸能関係の仕事を薦められたり…。だったと、思う、んだけど…。う~ん…違ったかなぁ…。
過去の記憶の思索に耽っていたあたしに京介さんが、
「その、あやせとの待ち合わせ、にか?」
とおずおずとした口調で声を出した。
「え、ええ…もうすぐ夜で、その…一人で夜歩くの、ちょっと不安なんです…。」
「ああ、そっか…。そうだよなぁ…。」
京介さんはこまったなぁといった感じで頭の後ろを掻いていたが、意を決したのか、
「よし、わかった。一緒にお供するよ。」
ぎこちなくも、しかし頼れる白い歯を二カッと見せてくれたのだった。
最終更新:2012年10月25日 15:13