ちょっと違った未来10

「ちょっと違った未来10」 ※原作IF 京介×桐乃



☆あやせと会った夜から数日後



「…。」

ピンポーン

「~~。スヤスヤ。」

ピンポーン

「~~。ムニャムニャ。」

カチカチ、ガチャ。

「お邪魔しま~す…。」

「う、うう~ん。」

「まだ、起きてないか…。」

小声で侵入者(桐乃)が呟く。

ピカッ

照らされたライトが目蓋の上を覆う。眠いよ…。

「京介さん、朝ですよ。」

俺の肩を優しく揺らしてくる。

「京介さん。朝、ですよ。」

こいつの手ってちっちゃくてやわらかいな…。

「今日は黒猫さんとお出かけに行く日ですよ~。」

冷たくて気持ちいい…。外はまだ寒いのかな…。

「京介、さん。」

そんなことを眠気半分で考えていると…。

「お、起きないと…キ、キスしちゃいますよ…?」

……。えぇぇ!?

ガバッ

「きゃ。」

その一言で俺の脳は一気に覚醒した。え、今なんて?

桐乃は真っ赤な顔して居住まいを正してちょこんと座っていた。

「お、おはようございます、京介さん…。よ、よく眠れましたか…?」

「…。」

よし整理しよう。

今日は黒猫と三人で出かける日→当日朝→桐乃が来室→俺を起こす→顔真っ赤。

こう書くだけだと、起こす→真っ赤になる、まで何があったのかわからんな。

しかしこの桐乃がねぇ~。へへへ…。

記憶喪失の前の甘えてくる桐乃を思い出してニヤニヤしていると、

「あ、あの、こ、こうしたら男性の方は気持ちよく起きてくれるって…ネットで、その…。」

あたふたしながら言い訳(?)する我が妹。

「で、ですから、その、なにか他の意図があったとかじゃなくてですね…。」

「わかってるよ。起こしてくれてサンキューな、桐乃。」

くしゃり、と髪を撫でる。

「ぁ…。」

とろん、とした表情になる桐乃。

「用意するわ。ちょっと待ってろ。」

「はぅ…。」



~~~



「……ズズッ。」

「~♪」

桐乃が鼻歌を歌いながら、台所で仕込みをしている。その音を聞きながら出された茶をすすっているわけだが…。

「あいつもすっかりこの部屋に馴染んだよな。」

記憶を失くす前だと有り得なかった光景。

だけど記憶を失くした後だともはや日常となった光景。

今日も桐乃はかいがいしく俺の部屋にきて家事の一切を引き受けてくれている。

以前も桐乃は用事がない日はほぼ連日のように我が家に居ついていた。しかし、来たからといって出来ることは限られていた。

まず料理がダメ。壊滅的にダメ。

麻奈実と仲直りしてから二人一緒に(時々加奈子も交えて)教えてもらっていたわけだが、なぜ学習のスタートラインが同じなのにこうも差がついたのか。

あいつも頑固で努力家だから、色々独学したりお袋に教わったりしているのはこっちもそれとなしに気づいていたが…。その努力がことごとく実らない。

味覚オンチというわけでは決してない。むしろ舌は肥えていると思う。理由は不明。マジで不明。だから…

「~♪」

う~ん、すばらしきかな、この光景。

大好きな女の子が一生懸命彼氏の為に料理を作ってくれている…。全男子の夢がここにある。

ただでさえ男子共に恨まれちゃってるからね~俺。この先もっと恨まれるね、俺。

一人で勝手にニヨニヨしていると、

ピンポーン

「お、来たか。」

時間通りだな。いつも時間には正確でブレがない。

「はーい!」

そろそろ来る頃だろうとも思っていたので、俺は予定通りその来客に応じる。

ガチャ

「よう。時間通りだな。」

「ええ。おはようございます先輩。」

うっすら射す朝日を背景に瑠璃は立っていた。ドアで開けて外の空気に触れてみるとすこし肌寒い。

「今日、寒くなるのか?」

「天気予報だと、朝からは暖かいらしいわ。でも、今の時間だから…。」

彼女は羽織っているファー付のダッフルカーディガンをつまむように触る。

下はチェック柄のショートパンツに黒のストッキングを着ていて、凄くよく似合っていた。

「そっか。桐乃は奥にいるから入ってくれ。」

「そう。お邪魔するわ。」

瑠璃を部屋の奥へ招く。その時朝日に照らされてよく見えなかった表情が見えた。

(ん?んん?)

仕事をし始めた際に覚えた化粧。瑠璃もマナーとして普段うっすらとしていて、今日もしているが…。

(なんか、顔色が…悪くないか?)

体調の悪さを化粧でごまかしているんじゃないか?そんな感じがした。

「瑠璃。」

俺は考える前に反射的に彼女の腕を掴んでいた。

「ぇ!?…な、なにかしら?先輩?」

瑠璃は何事かとびっくりした表情で振り返った。

「…。」

瑠璃は何処か上気した顔で俺の顔を見上げる。

「あ、あの、先輩?離して頂戴?こんなところ、き、桐乃に見られたら…。」

「おまえ、今日…具合悪いのか?」

「…。」

ビクッ、と身体を固める瑠璃。

考えられる要素はすぐに思い当たる。

彼女の職種、システム・エンジニアは労働環境が劣悪で有名だ。よく身体を壊したりメンタルがやられたりといった話が出ている。

大学の労働法の授業でも先生がこの事を引き合いに出して話をしたことがある。曰く、IT土方といわれているらしい。

「具合、悪いのか?だったら今日は…。」

「…心配してくれてありがとう。だけど調子は悪くないわ。」

「でもよ…。」

「悪かったのは朝起きた時までよ。今はほとんどなんともないわ。それに先輩が何を心配したのか知らないけれど、別の理由よ。」

「え?」

「だから、別の理由。…女の子特有の。…あまり言わせないで頂戴。」

「わ、悪りぃ!」

ばっ、と彼女の腕から手を離す。マジかよ、その理由かよ。俺の勘は幸いにも外れたわけだ。

「ふふっ…でも心配してくれてありがとう。相変わらず優しいわね、先輩?」

「…んなことねーよ。」

ポリポリと頭をかく。だから目を見つめながらささやくように褒めるなよ。引き込まれるんだよ。

こいつのこういうところ昔っから全く変わってねーな。

今だから思うけど、何も知らない男は簡単に勘違いすんじゃねーか?

「…でも先輩。」

瑠璃が少し思いつめた顔で、

「優しくしてもらった私が言える立場にないのだろうけれど…。その優しさはきちんと大事に取っておいて…。あの子の為に…。」

そういって部屋に入っていく。



ーーー全てが終わった後から考えれば…、この桐乃の記憶喪失の物語は、この時点でもう引き返せない運命の導火線に火が点いた状態だったのかも知れない…。



~~~



「わぁ~!」

「綺麗なところね…。」

車で行くこと数十分。近場にこんなところがあったなんてな。

どこの管理かはわからないが、綺麗に清掃された道に季節の花々。向こうには小さな湖や川がある。

「あ!あそこあそこ!京介さん、黒猫さん!カルガモが泳いでる!」

「あら?親子かしら…。仲良く泳いでいるわね。」

ほんとだ。水面を静かに揺らしながらちっこいのが親ガモについていくように並んで泳いでいた。

「きゃ~!可愛い!可愛い~!」

「写真を撮っておきましょう。ほら、先輩も一緒にならんで。」

言うや即座にバッグから古めのカメラを取り出す。

「え、俺もかよ。」

「何を言っているの。さ、はやくはやく。」

瑠璃の奴、完全にカメラに取る事に夢中になってやがる…。こいつ、こんな一面があったのか…。

「ほら、桐乃ももっと先輩にくっついて。ほ~ら、シャッター押すわよ~。」

カシャ!

「ふふ…会心の出来ね。」

満足そうに一人呟く瑠璃。

「現像できたら今度渡すわね。」

「おまえ…カメラなんて趣味あったんだな…。」

「昔コスプレしてた時にカメラ対策でちょっと…。それにお父さんもそれなりに好きだったから…。」

それでか。なんでも器用にこなすこいつらしいな。

「あ!あっちもあっちも!黒猫さん!」

桐乃が楽しそうにかけていく。

「ふふ。はいはい。」

桐乃のはしゃぐ姿を目で追いながら追いかける。しかし、桐乃のあの懐き様…。

中二時代の黒猫が前世からの縁が~とか言ってたけど、案外マジなんじゃねえか?

入院してる時は、親父達以外の誰にも心を開かなかった桐乃。俺達と会うといつもうつむき加減で…。それが今はこんなに…。

「京介さんも~!早く~!」

桐乃と瑠璃が向こうからこっちを見つめている。

「おう、今行く!」



~~~




昼食に朝桐乃と瑠璃が二人で作ったサンドイッチを口にした。

ピピピピピ…。

鳥がピピピと鳴いている。何て鳥だろう。…いい鳴き声だな。

桐乃が持ってきたランチボックスの蓋を開けた。

そこには美味しそうなサンドイッチが型崩れせず並んでいた。

…あれ?

「このカツサンド…どっちが作ったんだ?」

「それは…私よ。」

これは…瑠璃が作ったのか…。

陽気の中、木の下で三人で座ってサンドイッチを頬張る。

頬張ると懐かしさがこみ上げてきた。受験時代、あのアパートで一人暮らししてたとき、朝から瑠璃が作ってきてくれて…。

すげえ勇気付けられたっけな…。

「…。」

微妙な空気を察したのか、桐乃の表情に少し陰りが見える。

「ああ、昔ね、先輩にサンドイッチを作ってあげた事があったのよ。」

いち早く気配を察した瑠璃がフォローに入った。

「そうなん…ですか?」

「ええ。当時先輩がどうしても作ってくれ~、って。仕方なく、ね。」

おい!事実を捏造するな!

「桐乃もとても料理が上手じゃない。修行の成果かしら?」

「えへへ…。見よう見まねですよ…。あたしって昔からこれくらいしか取柄がないから…。」

「あら?料理が出来る女はいいお嫁さんになるポイントの一つよ。男の人を掴むにはまず胃袋から、ってね。」

その格言、記憶を失う前の桐乃の受け売りだけどな。言った本人が自爆する自爆型の格言。南無三。

しかし…。

瑠璃と一瞬だけ目が交差する。

…朝、こいつも台所で作業する桐乃を見て驚いていた。

何で、とも理由を何も聞かず、そのまま一緒に台所に立ってくれたその配慮がこいつらしいっていうか…。今の桐乃に気を使ったんだろう。

後で、この事を瑠璃と話さなくちゃな…。俺だって疑問だけど、こいつだって疑問のはずだ。

「沙織さんも…来れたらよかったですね。」

「そうだな…。」

「あの子も家のおつとめとはいえ大変ね…。」

沙織は今日も会った事もない相手との見合いに行っている。

そのことは昔から知ってるけど…。

「沙織とはまたいつか一緒にここに来ましょう。また桐乃から連絡してあげて頂戴。あの子あなたから連絡が入ると凄く喜ぶから。」

「わかりました!えへへ…。」

沙織にむぎゅ~とされてる光景でも思い浮かべているのか、笑顔でほっぺがたれている。




続く。

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最終更新:2012年11月22日 11:35
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