「ちょっと違った未来11」 ※原作IF 京介×桐乃
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「あ!京介さん、あれ…!」
「ん?おっ、あれは…。」
帰りの車中、後部座席に座っている桐乃が声をかける。
「あれは…結婚式、かしら。」
教会での結婚式。
車の中からでもわかるくらい結構派手だな。
バックミラーで後ろを見ると桐乃がうずうずしていた。…よし。
「ちょっと寄ってみるか。何かの縁だ、盛大に祝ってやろーぜ。」
「この辺りだと…あそこの駐車場に車を寄せれば…。」
「そうだな…。」
教会の後ろに駐車場らしき場所がある。完全に部外者だけど、ちょっとぐらいかまわねーよな?
駐車場の空いたスペースに車を停車させ、ロックする。
車の中から外に出ると新郎新婦の登場を待ちわびているのか、たくさんの人たちが扉の前で待ちわびている。
どうやら聖書に倣った夫婦の誓いの儀式はすでに終わっているようだ。
「あ、花嫁さんだ!」
桐乃が嬉しそうにぴょんぴょん小さく飛び跳ねる。
俺達はいいタイミングに来れたらしい。ちょうど新郎新婦が出てくるところで、
「綺麗…。」
隣にいる瑠璃がうっとりと呟く。
純白のウエディングドレス。ドレスの種類なんて俺にはわからねーけど、よくCMとかで見かけるタイプのものだ。それでも…。
「実物を見るとやっぱ違うな。」
確かに綺麗だった。日の光に照らされてドレスが白銀に輝いている。教会の屋根にいる鳥達も祝福してくれているのか、静かに見下ろしている。
桐乃といい瑠璃といい、女の子は皆こういう綺麗なものが好きなんだよな…。
名前もしらない人だけど、これからの幸多いであろう未来をめいっぱい感じているのだろう。
夫をつかむ腕は全幅の信頼と愛情を寄せていた。
見れば花嫁さんが白いブーケを投げようとしていた。
「桐乃桐乃、あのブーケ!」
瑠璃が少し慌てたように言う、
「え?」
「花嫁さんが投げるあのブーケ、あれを取ってらっしゃい。あれが取れた人が次に花嫁衣裳が着れるって言われているのよ。」
「え、そ、そうなんですか!?じゃ、じゃああたしも…!」
桐乃は前に並ぶ人達に入っていく。周りの人たちも同じ考えらしく、そろってブーケを受け取ろうとしていた。
きゃいきゃいとはしゃぐ桐乃。あの姿を見れただけでもこの教会に立ち寄ってよかった。やっぱあいつは笑ってる姿が一番だよ。
瑠璃の横顔を見ると同じ事を考えているのか、桐乃の後姿を見ながら微笑んでいた。
「ふふ…。」
「今日はありがとな、瑠璃。」
「え?」
「やっぱさ、アイツも内にばっかしいると気が滅入っちまうだろ?あれからほとんど自分ひとりで外出にも出かけないし…。」
「そう…大学にも?」
「行ってはいるんだけど、ほとんど大学の友達と話してないみたいだ。あくまで桐乃の反応からの推測だけどな…。昔みたいにあやせや加奈子が一緒ならあいつらに話聞けばわかるんだけどな…。」
残念ながら三人とも大学が違うし…。
あの事故前は大学でもファッションリーダーみたいに自然となっていて、サークルとかからの勧誘も凄まじかった。メールや電話が来るたびに丁寧に断っていた。
『ま、あんたにはこんな経験ないだろうからわかるわけないけどね~。』
ぐぬぬ。腹立つあのアマ。そんな女にぞっこんで尻にひかれる俺は一体なんなのか。そんな俺にも腹立つ。過去の俺に言ってやりたい。もっと亭主関白になれ、と。
そんなことを考えていると、
「…痛ぅ…。」
え?
瑠璃が眉間を指で押さえていた。真っ白い肌に脂汗が滲み出ている。
「おい瑠璃、大丈夫か!?」
「…ご、ごめんなさい先輩…はあはあ…、す、少しどこかで休ま、せて…。」
「わかった。ここじゃなんだから、あの木陰に…。」
教会の裏に木陰があった筈。あそこだったら人もそういない。
「…ごめんなさい。こんな日に。」
瑠璃の肩を抱えてゆっくりと結婚式の場を離れる。教会裏は綺麗に整理されていて、近くにちょうどいい大きさのベンチがあった。
「あそこで休もう。大丈夫か?」
「だい、じょうぶよ…。はあはあ…。」
顔を見ると蒼白だった。普段色白な分、もはや病的ともいえるその顔色。整った顔立ちは頭痛の痛みで歪んでいた。
「水とか要るか?…いや、いっそのこと病院に…。」
「大丈夫…すこしだけ…すこしだけ休ませて頂戴…。そうすればこんなくらい…。」
本当に具合が悪そうだ。
俺の胸にしな垂れかかってくる瑠璃。彼女の甘い体臭と髪の匂いが鼻に入ってくる。
「先輩…ごめんなさい…。」
「何をだよ。いいから今はゆっくりと…。」
「違うの、そうじゃないの…。」
「え?」
「私…ずっと…心のどこかで貴方達が…桐乃のことを羨んでた…。」
なにを…?
「貴方があの時、私じゃなくてあの子を選んで…。それでもそれはまだ『妹』としてだった…。だから私にもまだチャンスが…大好きな先輩の心に私を映すチャンスがまだあるかもって、あの時はそう、思ってた…。」
…。
「だけど貴方は桐乃を選んで…私は何も出来なくて…。ううん、それでもいいって思ってた…。それが本当の気持ち。本当よ。だってあの子は私にとっても大事な…。でもあの子が記憶を失って…、痛ぅ…!」
「瑠璃!?」
~~~
やったやった♪花嫁さんのブーケが取れた♪
周りの人たちがおめでとうって言ってくれる。部外者だけどいいのかな?
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます。」
ぺこぺこと頭を下げる。
「あら、とっても可愛らしい子。私にも娘がいたらこんな可愛い子にしたいわ~。」
「あなた将来いいお嫁さんになれるわよ~。そのブーケ、大事に取っときなさい。」
はしばしにそう声がかかる。えへへ…嬉しいなぁ…。
あたしはブーケが取れたことを報告したくて後ろを向いた。
「京介さん、黒猫さん!…あれ?」
きょろきょろと周りを見てもどこにもいない。あれ?どこに行ったんだろう…。
あたしが二人を探しているのをみて、参列してたお爺さんが、
「お嬢ちゃんの連れのとっぽい兄ちゃんと綺麗な姉ちゃんなら裏手に行ったよ。」
あれ?
「肩寄せ合ってたが…なんかあったのかい?」
…。
「…ありがとう、ございます…。」
嫌な予感がする…。
なんだろうこの胸騒ぎ…。
~~~
心に曇る暗雲を否定出来ないままあたしは教会の裏手に向かった。そこのベンチに二人は寄り添って座っていた。そこから話し声が聞こえてくる…。
ーーー『…桐乃のことを羨んでた…』
え?
ーーー『…だから私にも…大好きな…思って…』
え?大、好き?誰が誰を?
ーーー『…それで…いいっ…思ってた…』
ここからじゃ二人の声がよく聞き取れない。京介さんの顔が見れない。黒猫さんが京介さんの胸元に顔を埋めている。その二人はどうみても…。
パキッ
あたしは小さな木の枝を踏んだみたいだ。全く見えていなかった。だって…。
「桐乃!?」
「…。」
京介さんが慌てて振り返る。
黒猫さんは顔を埋めたままだ。こちらを見ようともしない。
「はは…。」
馬鹿みたいだ…あたし…。
京介さんの妹だ彼女だと言われて…。彼の好意に甘えて、その気になって…。一人で舞い上がって…。
そうだよね…。京介さんもこんなめんどくさい女なんかより黒猫さんみたいな綺麗な人のほうが…。
もう、わけわかんないよ…。
「…ッ!」
たまらなくなり、あたしはその場を駆け出した。
~~~
この光景を見て何を思ったのか、桐乃が駆け出していく。
ばか、あいつ何を勘違いしてんだ!?それどころじゃねえってのに!?
「はあはあ…先輩…。」
「瑠璃…とりあえず病院に…。」
「はあはあ…あの子を追いかけなさい…。」
「で、でもよ…。それじゃおまえが…。」
「いいから行きなさい!呪い殺されたいの!?」
物凄い剣幕だった。それだけ彼女も必死なのか。かつての厨二フレーズも全く違う性質を帯びていた。
「わかった!すぐに戻るからな…!」
ベンチに瑠璃を横たわらせ、俺は桐乃の後を追いかけた。
~~~
桐乃はどこだ…あいつに本気で走られたら俺じゃ追いつけない…。なんとか見失わないようにしないと…っていた!
「おい、桐乃!」
後ろから桐乃の背中に向かって叫ぶ。
ビクッ、と桐乃は身体を一瞬硬直させる。
「…っ!」
俺のほうに一回振り返るとそのまま全力で走って駆けていく。
ここで逃したらもう…。って…。
(お、遅っ!?)
あいつ走り方まで忘れてんのか!?そう思わせるほど桐乃の走るスピードは遅かった。
これじゃそこらの女の子とそう変わらない。のたのたした女の子走り。
「っ!待てよ、桐乃!」
以前なら比較にもならないであろうスピードの差が今は逆転している。
一般的な成人男性の俺が今のこの桐乃の走る速度に追いつけない筈もなく…。
「桐乃、待てって!」
ものの数秒で彼女は捕らえられた。
「桐乃、待てって!話を聞…。」
彼女の左手首を捕まえ振り向かせたら、俺は言葉を一瞬失ってしまった。
「…。」
彼女は、桐乃は泣いていた。大きな瞳に大粒の涙をためて。
「おい桐乃、落ち着けよ。いいか、さっきのは…。」
「…して…。」
「え?」
「離して!!」
桐乃は掴まれていた手首を振りほどく。
一歩二歩後方に距離を置く。
肩を震わせ、いからせて、野生動物みたいに腰を落として俺を睨みつける。
「あなたも…。」
「え…?」
「あなたもあたしの前から消えちゃうんでしょ!?めんどくさい女だ、何をしてもとろくさい女だ、って…!」
「何、を…。」
桐乃は泣きながら大声で、
「あたし知らない!あたし全然綺麗じゃない!モデルなんか、服のことなんか何にも知らない!あたし知らない!あんなに勉強なんか出来ない!出来っこない!!」
「…。」
「陸上だってそう…!小説だって…!なんなの…!?そんなのあたしに出来るわけないじゃない…!そんなのあたし知らない…!知らないのに皆して…皆して…!」
ーーー『相当負担がある筈よ。特に心に…。皆が言うことが全く記憶にない。しかも相手は自分のことを知っている。…葛藤がそこにあることは容易にわかるわ。』
大学のカフェテリアで瑠璃と会った時に言われたことを思い出す。
クソッ。俺は馬鹿だ。どこまで鈍いんだ!?
桐乃の心がこんだけ追い詰められていたってのに…。
当たり前じゃねえか!?周りが知らない人だらけで…。
それでもこいつは俺に嫌われたくなくて、あれだけ健気に振舞って…。
俺は一度でも本気でこいつの立場になって考えたことがあったか!?こいつの悩みを感じようとしたか!?
こんなんで、何が、兄貴、だよ。
過去の俺をぶん殴りたくなる。
「知らない人たちが皆近づいてきて離れてく…!あたしには何にもないのに…何にもない事に勝手に落胆して失望して…!皆誰の事を言ってるの!?知らない!あたし『そんな人』知らない!」
もう桐乃の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「…皆誰の事を見てるの…?…あたしのことを見てよぉ…。あたしを無視しないで…。無視、しないでよぉ…。」
桐乃は膝から崩れ、そのまま肩を震わせ嗚咽する。
「無視しないで…無視しないでぇ…。」
「…桐乃。」
もう見てられなくて、俺は…。
「ぇ?」
幼子のように泣きじゃくる桐乃を、そっと抱きしめた。
「桐乃…おまえの気持ちに気づいてやれなくて、ごめん…。」
「…ぁ…。」
「俺、今までおまえを守る、おまえを離さないって思ってたけど…全然おまえのことわかってなかった…。」
「…。」
「俺は大馬鹿だよ。大馬鹿兄貴だ。妹がこんなに苦しんでるのに…。気づきもしないで…。」
「…。」
「桐乃。」
俺は腕にすっぽり収まった華奢な桐乃の身体を抱きしめながら、
「おまえのことを、もっと知りたい。知りたいんだ。昔の桐乃じゃない。今のおまえの事が…今の桐乃の事が、俺は知りたい。」
「京介…さん…。」
「なんたっておまえは俺の大事な大事な世界にたった一人の妹だからな…。ダメか…?」
「で、でも…。でも…!く、黒猫さんは…!?」
「…今、黒猫は体調を壊してるんだ…。」
「…え?」
「おまえの考えてることは勘違いだよ。さっきはあいつの介抱をしていたんだ。あいつとは恋人でも何でもない…。だって…。」
…いずれ瑠璃との、黒猫との想い出を俺は桐乃に話さなくちゃいけないだろう。
確かに俺はあいつの事が大好きだった。
愛してた。恋してた。
いつも痛くて尊大な芝居がかった口調で、だけど誰よりも優しいお人よしの、ありし日のあいつ。
でも俺が女性として黒猫を愛したのは、恋したのは過去の話だ。
今の俺のこの気持ちは、想いは、たった一人に向けられている。
…この想いはきっとこの先も変わらない。二人でその愛を育んでいけるって信じてる。
「京介さん…。」
「…これからお互いのことを知っていこう。それに…。」
俺はニッと笑顔で、
「おまえには瑠璃だって沙織だってあやせだっている。おまえを支えてくれるやつはいっぱいいるんだぜ?」
「京介さん…。」
「も、もちろん、俺を第一に頼ってくれて…いいんだからな。」
ごほん、と咳払いをする。…ちょっと語りすぎたかな?
「…ちゃ、ん…。」
「え?」
「こ、これからは、きょ、京介さんのこと、…お、お兄ちゃんって、よ、呼びますから…。」
「うぇ!?」
「だ、だって、その…。あ、あたし達、きょ、兄妹ですし…その…。」
桐乃が顔を赤らめながら上目づかいで、
「…だ、ダメ、ですか…?」
「い、いいに…。」
「はい…。」
「いいに決まってんだろ…。」
俺の返答を聞いた桐乃はパアッ顔を明らめた。
「んふふ…お兄ちゃん…お兄ちゃん…。」
おい、連呼はやめろ。…くすぐったいじゃねーか…。
…。
おいちょっと待て。
周りからひそひそ声が聞こえる。
周りを見ると俺達を取り囲むように人が巻いていた。
皆してニヤニヤしている。
ヤベ!すっかり忘れてたけど、ここ往来のド真ん中だ。
…今までよく車にクラクション鳴らされなかったな…。
「ごほん。き、桐乃、行くぞ?」
「あ、お兄ちゃん…。」
「ここは危険なのだ、妹よ。ここは危険。」
「…ぁ…。」
桐乃も俺から顔を上げ、周りの状況をようやく把握したみたいだ。
カアア…
急速湯沸かし器みたいに顔を赤らめる桐乃。
「いくぞ、桐乃。…瑠璃が待ってる。行こう。」
今はすこしでも離れたくない…。俺は桐乃に手を差し出した。
「…はい、お兄ちゃん♪」
ぎゅっと俺の手を握り締める。
男なら思わず見惚れてしまう笑顔で、俺の最愛の妹はうなずいた。
~~~
んふふ♪んふふ♪
あたしの心の暗雲は京介さんの言葉で一掃された。
まだ戻らない記憶。モヤがかかる記憶。それでも…。
『今のおまえの事が…今の桐乃の事が、俺は知りたい。』
えへへ…。
お兄ちゃんは今のあたしを見てくれている。今のあたしを大事にしてくれている。
そのことは彼の体温から、言葉から、痛いほど伝わってきた。
(あたし、ここにいていいんだ…。)
一時期どうしようかと思っていた。外に出るのが怖くて怖くてたまらなくて…。でもここ以外に居場所なんかなくって…。
そんなあたしをお兄ちゃんは…。
『おまえは俺の大事な大事な世界にたった一人の妹だからな。』
(…ありがとう。ありがとう、お兄ちゃん。)
あたしはお兄ちゃんに手を引かれ、教会の裏手を目指す。
もう結婚式は終わっていて、人もまばらだった。
つないだ手をぎゅっと握り返す。
男の人の手っておっきいな…。おっきくて、あったかい…。
ーーー『桐乃、帰ろう。』
一瞬、何かの光景がフラッシュバックする。
…あれ?いつか誰かにもこうやって誰かについて行って…。
一瞬頭の中で見えたその光景が何なのか、考えようとすると…。
「瑠璃!?」
裏手につくと、黒猫さんが…。
「瑠璃!?おい、瑠璃!?」
お兄ちゃんが声を張り上げる。
黒猫さんの顔は蒼白だった。浅く呼吸をし、ぐったりしていた。
ーーー瞬間、何かの光景があたしの頭の中に蘇る。
ーーー誰かの顔をそっと撫でる。
ーーーもう、還らない、誰か。
身体の震えが止まらない。嫌…嫌…。
「お、おにいちゃん…。」
お兄ちゃんは救急車を手配している。
その声が、音が聞こえないのにカチカチという自分の歯を鳴らす音だけが嫌に鮮明に響く。
寒い…。寒いよ…。あたしは自分の両腕を強く抱きしめる。
「桐乃!!」
肩を両手でつかまれる。
ビクッ
あたしの身体は反応し、心はすぐさま元の世界に戻る。
「今からすぐに救急車が来てくれるそうだ。俺は瑠璃の家族に連絡を入れる。」
「ぁ…。」
「もしかしたら救急車には身内は一人しか乗れないかもしれない。ここに二万ある。後でタクシーを拾って来るんだ。」
「ぁ…。」
「桐乃、大変だけどしっかりするんだ…。俺達が頑張らないと瑠璃は…。」
黒猫さん、黒猫さん…。
「桐乃、大丈夫だ。大丈夫だから…。今俺達に出来ることをしよう。」
…遠くのサイレンの音が聞こえる。
その音は彼女を一体どこに連れて行こうとする音なのか…。
あたしはただ、祈るしかなかった。
最終更新:2012年11月24日 16:07