「ちょっと違った未来13」 ※原作IF 京介×桐乃
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夢を見る。
さらさらと舞う砂のような記憶の欠片が流れていく。
これらは全てあたしの記憶。
どれも大切な思い出。
あたしは白い砂場のような場所でぽつんと座っている。
いつもならここで流れゆく記憶の欠片を見つめるだけ。
だってこの先には大きな鍵でかけられた扉しかないんだもの。
いつもなら、そうだった。
でも今日はすこし違ったみたい。
(道が…。)
もう一つ道が反対側に存在していた。
(…。)
新しく出来た道をとぼとぼと歩く。
あれだけ宙を舞っていた記憶の欠片は歩く度に少なくなってゆく。
その先には…。
(扉…。)
扉があった。それも今度は鍵がついていない。
ごくりと生唾を飲み込む。これを空けたら大切な何かが一つだけ取り戻せる。だけど同時に避けがたい未来へ踏み込もうともしている気がしてならない。でも…。
(行かなきゃ…。)
意を決してノブに手をかける。その金属製のノブはやたらと重く感じた。
扉の向こうから漏れ出る光の眩さに目を細めながらその先に足を踏み入れたーー。
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「よし。これで準備完了。桐乃、こいよ。こっからだとよく見える。」
「あ、うん。」
夜空の中、二人で星を見ようということになった。というよりあたしが彼に一方的にせがんだんだけど。
「~♪」
××君はとても楽しそうに天体望遠鏡のレンズを覗いている。彼の趣味らしい。
よほど手馴れているのか組み立てから何から何まで彼一人で済ませてしまった。そこにあたしの出る幕はない。
ここは彼のアパートの一室のベランダ。もうすっかり通いなれてしまった。
「…クチュン。」
12月でクリスマス前だからか、結構な寒空だ。うう…こんな寒いのにスキニージーンズなんて履いてくるんじゃなかった…。
そんなことを考えていると、××君は、
「ほら、寒いだろ。もっと近くに寄れよ。」
「あ…。」
彼は左手でギュっとあたしの左肩を自分の体に寄せる。
「…。」
「桐乃。」
「は、はひ!」
どきどきする胸の高鳴りがそのまま声に出てしまった。ど、動揺しすぎだよ~あたし~。
そんなあたしの心の中をこの聡明な少年が読み取れない筈もなく、
「はは、落ち着けよ。」
穏やかな、静かな笑顔をあたしに向ける。
「う、うん。」
「桐乃。どの星が見たい?といってもここからじゃ限られるけどよ…。一応リクエストには応じるぜ。」
カチャカチャとしぼりをいじる。
…。
そ、そんなこと言われたって…。ほ、星なんて星座占いくらいしかみないし…それも朝の。
あ、あれ。ここって重要な選択肢だったりするのかな?(…何を言ってるんだろ、あたし)
「じゃ、じゃあ…月、とかは?」
ベターな回答だと思うんだけどあまりにありきたりすぎるかな。もしかしたら呆れられるかもしれない。そんなあたしの考えとは裏腹に、
「よし、月だな。天体観測といえばやっぱ月だよな。」
嬉しそうな無邪気な横顔でレンズを覗きながら望遠鏡の筒を月に向ける。
「…。」
(こうしていれば、××君も普通の男の子だよね…。)
何年来と会っていなかった幼い時に出会った男の子。それはもはやあたしの思い出の一つにまで昇華されようとしていた。
それが偶然の再会。神様の存在を本気で信じかけた。運命ってあるんだって乙女なことを思ってしまった。
彼と再会した時は本当に本当に嬉しかった。でも…、同時にすこし怖くて…悲しかった。
幼い頃あたしを連れて一緒に外を駆け回っていたあの元気一杯のやんちゃな男の子はどこにもいなくて。成長した彼は人を必要以上には寄せ付けない、どこか擦り切れた雰囲気を身に纏った男の人になっていた。
でも今のあたしの胸の中は彼への愛しさだけで満たされている。
恐らくあたしだけに見せてくれている穏やかな、優しい眼差し。そんな誰も知らない彼の秘めたる側面をあたしだけが知っているというちっぽけな優越感。
えへへ。
「よし。見てみろよ。よく見えるぞ~、今日は。」
「う、うん。」
白い息を吐く彼の息遣いを耳で、肌で、感じながら、あたしは差し出されたレンズを覗き込んだ。
「…わぁ…。」
綺麗…。
半分に欠けたお月様が綺麗な光を放っている。謙虚に、だけど魅力的に。今にも目の前に迫ってきそうな不思議な重厚感。
「これはな、上弦の月って言うんだ。」
「え?」
「ほら、弓道とかで使う弓でさ。ウチの学校の部活にもあるけど、今見えてるあの月って弓の弦をしならせているみたいだろ?その弦が上を向いて曲がってる弓が下を向いてる。これって上弦っていうんだとよ。」
「そうなんだ…。」
さすが物知りです。初めて知った。
「…。」
彼は望遠鏡を使わずじっと月を見つめていた。夜の闇のなか月が静かに輝いていた。
「?」
どうしたんだろう。そう思って彼の横顔を眺めていたら、
「桐乃…光ってさ、何で出来ていると思う。」
「え?」
い、いきなり物理の問題?!う、う~ん…。
「つ、粒と波、だったかな…。」
確か二面性が~という話を…。
「そう。光はな、粒であって波なんだと。」
彼は月の光から目をそらさずに。
「例えばな、例えば桐乃。俺達が見えるあの月はさ…確かに実体を帯びて一つだけだ。それが粒子の束となって俺達に降り注いでる。けれどな、仮にな?目を閉じてみると当然月は見えない。」
「う、うん。」
目を閉じた彼につられてあたしも一緒に目を閉じた。
「この見えない状態だと、月は粒子ではなく波となっているんだ。そこでは今俺達が見ていた月と同じ月が存在するという保証はない。」
「そ、そうなんだ…。」
なんか難しい話になってきたような…。
「量子論っていう学問が物理学にあってな。」
「うん。」
「その量子論の、正確には量子力学っていうんだけどよ…それによると多世界解釈、いわゆるパラレルワールド(平行世界)っていうのが導き出せるらしい。」
「パラレルワールド…。」
その話なら知っている。ドラマやマンガでよく使われる話だ。今ここにいる世界とは違う世界があって、今ここにいつ自分とは違う自分がいてーー。
「といっても、まあ、科学者の中でもその見解を取るのは少数派らしいんだけどな。」
ポリポリと照れくさそうに頬をかく××君。
「でも、俺は…信じてるんだ。」
彼は目を少し細めながら再び月を見つめる。
「今ここにある月の光が、世界の光が粒子となって、目を閉じると波になって色んな想いを光の粒と共に乗せていく…。」
「…。」
どちらからともなくお互いの手のひらをぎゅっと重ねる。
「色んな世界の桐乃に、色んな世界の俺に。この世界の、俺達の生きた証を光となって乗せていく…。そうやってずっとつながっていくんだ。永遠に…。」
「××君…。」
あたしは手の指を彼の指に絡める。彼も絡め返してくれてあたしの気持ちに応える。
「だから多分、俺達が今ここにこうやっているのも、もう一度出会えたのも、きっと必然なんだ。俺達はどんな世界でも結ばれる運命なんだよ…。」
自然に向かい合う二人。お互いの唇を月の祝福の中で重ね合わせる。
ああ、神様…。どうかこの愛しい時間が永遠に続きますように…。
ああ、神様…。どうかこの愛しい人が二度と離れていきませんように…。
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「桐乃、桐乃。」
ゆさゆさとゆっくりと肩をゆすられる。ここは…?
カッチカッチカッチ…。
時計が規則正しく秒針を刻み込む。
「…。」
「大丈夫か、桐乃?」
「あ、はい。大丈夫です…。」
黒猫さんが運ばれた病院の待合室。そこであたしは少し眠っていたみたいだ。時計を見ればあの人達が帰った後に見た時刻より二十分も経っていない。小休憩といったところ。その割には…。
(少し長い夢を見ていた気がする…。)
何だったんだろう?夢の中身が思い出せない。
けれど夢の内容を覚えていない、それはいつものことだ。よく記憶を思い出そうとして起こる頭痛の後に眠ると何かの夢を見ている気がする。だけどいつも覚えていない。でも…。
(今日のはいつもと何かが違う気がする…。)
決して忘れてはいけない、大切な何か。決して忘れてはいけない、大切な想い。
そして決して忘れてはいけない大切な、今は遠い世界の住人になってしまった、あの人。
「…。」
ゆっくりと目蓋を開くとお兄ちゃんが心配そうにあたしを見ていた。
ーーそれはとてもとても近くにいる気がする。
ーーだけれどもそれは、とても遠い。
「…。」
今、お兄ちゃんの顔を見たらそんな気持ちになる。
それを思い出そうとしても何故か出てこない。思い出そうとしても、それがなんなのか、出てこない。
いつもの頭痛は、今はない。その事にはひとまず安心した。
「桐乃。何か飲み物でも飲むか?眠気覚ましに、」
「い、いいえ、大丈夫です。もうばっちり覚めました。」
気遣ってくれるお兄ちゃんにあたしは笑顔で答える。
「そっか。」
そのままお兄ちゃんは視線を床に落とした。隣には沙織さんもいる。
(…。)
それにしても、さっきの見ていた夢は何だったんだろう?
いつも見る夢も気になっていたけど、今日の夢は何かが違う…気がする。
ーー思い出せないことを思い出そうとして、
ーー思い出さないといけないことを思い出せないんじゃ…。
もしかしたら大変な思い違いをしているのかもしれない。それも重大なまでの。
なんとなくそんな考えをしてしまった。
…んん?
…あれれ?一体何の話なんだろう?
そもそもあの人って、誰?
意味がわからない。
そんなことを考えていると、
ガチャ
待合室の扉が開いた。
「高坂くん…キリ姉ぇ…。」
黒猫さんの妹さんの日向ちゃんが入ってきた。
「どうした日向ちゃん。」
「ルリ姉ぇが…目を覚ました。」
「本当か!?」
お兄ちゃんは笑顔で日向ちゃんに近づく。沙織さんもとてもほっとした安心しきった表情を見せた。
よかった…。
「それで起きたばっかりだけど…。」
日向ちゃんがあたしの方を見ながら、
「ルリ姉ぇが高坂くん達に会いたいんだって。特にキリ姉ぇに。」
そう言った。
「え?」
「どうしても今話したいって聞かなくて…。絶対に連れてきて欲しいって。キリ姉ぇどうする?来てくれる?」
「…。」
そんなこと答えは決まってる。それにあたしこそ彼女に伝えなきゃいけない。謝らないといけない。だって黒猫さんがこんな目にあったのはあたしのせいでもあるんだから。
ベンチに横たわる彼女の弱りきった、ぐったりした顔を思い出すと胸が痛い。それでも。
そんなことを考えているとぽん、と誰かの大きな手のひらが頭の上に乗せられた。
「行こうぜ、桐乃。」
…お兄ちゃんだ。頭一つ分高いところから優しいそれでいて頼もしい眼差しをあたしに注ぐ。あたしは意を決した。
「うん。会わせて。」
どうしても謝らなくちゃ。
最終更新:2012年12月23日 05:20