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ちょっと違った未来14




 日向ちゃんに連れられて俺達は瑠璃が寝ている部屋に着いた。時間が時間だからかほとんど一般の人とすれ違わなかった。ドアを開けるとそこには規則正しく小さく呼吸を繰り返して胸の上のタオルケットを上下させている瑠璃がいた。

「あ…」

 後ろに控えていた桐乃に若干怯えの色が顔に出る。無理もなかった。こいつのこんな弱弱しい姿はここ4年間俺達の誰一人見てなかったからな。

「…桐乃?」

 左腕に注射針を刺し点滴薬を上から落としている。顔を見れば先ほどまでとはいかないまでもやはり弱々しい。完全に体力が回復していないのは明らかだった。

「あ、あたし外で待ってるね。あたしがいたら色々話せないこともあるだろうしさ。何かあったら呼んでね」
「わかった。ありがとう」

 気を利かせてくれたのか、そう言って日向ちゃんは瑠璃が寝ている病室から出て行く。

「桐乃?そこにいるの?目を開けるのがまだ辛いわね…。眩しいわ」
「黒猫さん…」
「先輩も…沙織も来てくれたのね…。けれどいいのかしら、貴女今日は…」
「いえいえ。あの件ならとっくにすんだでござるよ。なーに、安い用件でござった」
「またあなたは…。そんなおめかししてたら説得力皆無よ」
「最近は着物女子が流行でござってな~。これで一ついぶし銀な殿方でもと」

 いつものような冗談を言う沙織。そんな沙織に瑠璃は笑みを浮かべた。

「まったく貴女は…。ありがとうね」
「なんのなんの」
「それから…先輩も」
「おう。ここにいるぜ」
「ごめんなさい、こんな夜にまで」

 瑠璃は申し訳なさそうにその長い睫を下げる。

「そんなこと気にすんなよ。当たり前のことだろ。友達なんだから」
「…ありがとう」
「それより、ほら」

 俺は後ろにじっとしていた桐乃を瑠璃の前に出す。

「あ…」
「ほら、桐乃」
「…」

 桐乃は俯きながらぎゅっと両手を握り締めていた。

「あ、あの。あたし…あたしのせいで…」
「何が?」
「あた、あたしが我侭ばっかり言って…み、皆に迷惑ばかりかけるから…」
「…」
「み、皆がやっぱり必要としてるのは、前のあたしの方で…。だから今の何も出来ないあたしなんて、」
「それは違うわ」

 瑠璃は強い口調できっぱりと言った。

「あなたはあなた。高坂桐乃以外の何者でもないわ。それに何が出来るとか出来ないとか、誰もそんなこと気にしていないしこれからも気にしないわ」
「…」
「ねえ。貴女と先輩がこの前事故に巻き込まれたと私達に連絡があった時、どれほど貴女のことを考えたかわかる?どれほど心配したかわかる?それほど貴女は私達にとってかけがえのない存在なのよ」
「…」
「それに…構わないじゃないの」
「え?」
「確かに貴女が私達との思い出を忘れてしまったというのは悲しいわ。すごく悲しい。でもね、そんなに思いつめなくてもいいじゃない。本当に貴女が大切にすべきなのは過ぎ去った過去じゃないわ。私達と共にいる事が出来る今この瞬間なのよ」
「黒猫さん…」
「今の貴女を誰も否定しないわ。少なくともここにいる先輩と沙織は。そして…私も」
「黒猫さん黒猫さん…。うわぁ~ん!」

 感極まって涙をこらえることに耐えきれなくなった桐乃は瑠璃の胸元に顔をうずめなきじゃくる。そんな桐乃に優しい眼差しで見つめながら瑠璃は桐乃の黒い髪を撫で続ける。なきじゃくる桐乃を優しくなだめながら、

「…一つ年下、か。ふふ…、長いことお姉ちゃん頑張りすぎたかしらね」

 遠くを見ながら誰に向けたものでもなく瑠璃はぽつりとそう漏らす。そしてそれはこの空間において同じ年長者で同じ妹を持つもの…俺と瑠璃だからこそ共有出来る感覚だった。

――俺はいまだに、妹が泣くたんび、ガラガラ振ってあやしてんだ。必死こいてな。

高校の頃缶ジュース片手に聞かされた高校からの悪友の懐かしいあの言葉を思い出す。

まったく妹ってやつは卑怯だよ。どうやったって勝てないように出来てやがる。そしてこれからもずっとそうなんだろう。普段からいくらぞんざいに扱われようが、いくら邪険にされようが、妹が泣いていたら兄として黙ってはいられない。いつだってどこに居たってそこに駆けつける。それが兄として、そして姉として生まれた者の責任であり義務なんだろうよ。

 普段は同い年の親友同士のように振る舞い合う桐乃と瑠璃。だけれども、桐乃に何か起こるとやっぱりいつも折れるのは瑠璃の方だった。それは瑠璃にとって桐乃は大事な親友であると同時に大事な「妹」でもあるんだろう。

 「えぐっえぐっ…。黒猫さん黒猫さぁん…。ありがとうありがとう…」

 その日の面会時間終了まで桐乃は泣き続けた。






 ――面会時間の終了を白い服を着た男の看護師に告げられ、俺達は部屋を出た。泣きはらした桐乃の顔は晴れやかで、またいつもの明るさを取り戻していた。

「よかったですなぁ~きりりん氏~」

 むぎゅ~、と桐乃に抱きつく沙織。「あうあう」と声を出しされるがままになっている桐乃。というより沙織よ、素顔のおまえがするそのハグは男からすれば本当に目に毒だからやめてくれ。どう見ても百合的な何かにしか見えないから。

俺はなるたけその風景を見ないようにしつつ(いくら沙織といっても友達に欲情したくない)、エレベーターの降下ボタンを押す。…ってあれ?

「運転停止中?」

 面会が終了したからだろうか。一般用のエレベーターはその運転を停止するという表示つきのランプが上に光っていた。

「仕方ねえな。そこの非常階段から下まで降りるか」

 行こうぜ二人とも、と声をかけると…桐乃の様子がおかしい。

「…」

 さっきまで沙織にほっぺをむにむにとされておろおろとしていた様子はどこへいったのか…じっと一つの方向へ視線を向けている。その顔は半ば夢遊病者のようでもあった。

「桐乃?」

 桐乃の瞳には非常階段のランプが、そしてその先にある階段が映っていた。桐乃はふらふらとした足取りで非常階段の方へと足を向ける。

「おまえ一体どうして、って!危ない!」

 ふ、と桐乃は意識を失い階段の上から体を宙に浮かせた。今まさにそのまま転落せんとしている。沙織も思わず息を呑んだ。

「くそっ!」

 俺は考えるより速く反射的に桐乃を後ろから抱え込んだ。でも…

(間にあわねえ…!)

 人一人が宙に浮いた状態を後から抱え込もうとしてもそう簡単に支えきれるものではなかった。その一瞬の内に俺の身体は自分よりも桐乃の身体を守ることを優先していた。

(今度こそ、こいつのことを…!)

 今度こそ守る。俺のことはどうでもいい、せめて桐乃だけは…!そう決意した俺は桐乃の身体を抱きしめて二人して階段の下へ転落していった。

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最終更新:2013年03月01日 08:56
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