ちょっと違った未来16

ちょっと違った未来16」 ※原作IF 京介×桐乃 


<二部・黒髪桐乃の過去編>


――人が心から恋をするのはただ一度だけであり、それを人は初恋という 
byブリュイエール

この格言が真実的を射ているならあたしの恋はこの人生18年目において一歩も前進してしておらず、止まったものとなっているのだろう。
それもそのはず、これまで恋らしき恋はしたことがなかった。だからこの格言が真実本当のことを言っているのかあたしには確かめる術はない。そもそも男の人との恋愛はおろか人との深い関わりのない生き方をしてきたからだ。たった一つを除いて。
人というのは不思議なもので、ひとつの事だけを思い続けていると心の領域の大半をいつの間にかそのひとつに奪われているものだ。それはあたしのような凡人も決して例外ではない。いや凡夫だからこそか。つまり、あたしの心の中は未だにあの人が独占し続けているのである。

今年の春は肌寒くまだ冬の寒波が完全に海洋の向こう側へと去ってはくれていないようだ。今行われている大学の入学式に来ている新入生達もそれがわかっているのか。中には薄めのマフラーを巻いている者もいる。

入学式は滞りなく終了した。式の為一つの場所に集まっていた新入生達も皆ちりぢりになっていく。親や家族と写真を撮る者、サークルの勧誘を受ける者、友人と語り合う者…。
ちなみにあたしはどれでもない。お父さんは来れる筈がないしお母さんは仕事だ。さらに言うならば語り合う友人もいないので。

「はあ…」

あたしこと高坂桐乃はこの通り大学デビュー早々に「ぼっち」確定になっている。一人は別に慣れているからかまわないといえばかまわないのだけど。
あたしは今年この大学の文学部に受験をし、無事合格を果たした。とはいってもそれほど競争率の高い大学でなく、ごく平均的な私立の総合大学だ。歴史が深い由緒正しい元女子大學だが、何年か前に男女共学化をした。元は元だけに男子の数が未だに少ない。学科は英米英文科。特に語学に興味はないのだが受験の教科の中でまだ一番点数がよかったから。ちなみに数学等はぎりぎり。…試験が完全文系でよかったとほっとしている。

「これからどうしようかな」

 講義受講のための説明会は明日からだ。奨学金の申し入れもないからその説明会に参加する必要もない。このまま新しく借りたアパートに帰…

「こんにちは~新入生の方ですか~?」

明るく陽気な声を後ろからかけられた。振り返ると男の人が二人いる。大学の敷地内にいて入学式に私服だから上回生なんだろう。

「よかったらウチのサークルのパンフ…ってこの子…」
「え?…うわ、すっげー美人…」

二人の男の人は小声でお互いに話しかけた後、急にそわそわし始める

「あ、あの」

なんだろう。サークルの勧誘?だったらあまり興味もないし断ろう

「わ、わたし、そういうの結構なんで」
「いや!よかったらウチにこない!?」
「え?」
「テニスしてるんだけど、体育会系とかのノリとか全然ないし!皆良い奴ばっかりで楽しいよ!」
「その、」
「そうそう!コンパとかも普通にやるし!皆でどっか行ったりとかも!」
「あのその、」
「皆が頭を悩ますテスト範囲とかも教えるぜ?!ねえねえよかったら是非ウチに、」

二人から両腕を捕まれる。どうしようこの人達ひとの話聞いていない。男の人二人に左右からにじり寄られてあたしの体は萎縮してしまう。その時、

「ちょ、ちょっとやめなよ!」

向こうから背の低い男の子が顔を真っ赤にして声を上げてきた

「え?」
「そ、その子怖がってるじゃないですか!?も、もう少し丁寧に」
「…あんた誰?あんたもサークル勧誘?」

男の人二人は明らかに落胆した感じにその小さな男の子に質問で返す

「俺達はサークルの勧誘してるだけだよ。あんたこそ部外者だろうが」
「そうそう。関係ないだろ」

二対一で優位に立てていると思ったのかあくまで強気にでる二人。その時

「なにがサークル勧誘ですか、この変態!」

もう一人出てきた。どうやら向こう側に見えるサークルブースにいる人みたいだ

「な?!」
「こんな可愛い子だからって舞い上がってるんでしょうけどねえ、初対面の新入生相手にその姿はどう見てもしつこい変質者の図です!」
「い、いや、俺達はただ」
「あーあーあー!!おまわりさーん!!こっちでーす!ヘルプミープリーズ!」

赤毛の混じった眼鏡のその女の人は大きな奇声を上げる。周りの人達も何事かとこちらに視線を集める。勧誘の二人はそうした視線に耐えられなくなったのか。

「な、なあ。もう行こうぜ」
「そ、そうだな」

そう言いいながら二人はバツが悪そうに二人は去っていった。

「ふう、全く。いい年して全然風紀を守らない人達なんだから」

去っていく二人の後姿を睨み付け眼鏡の女の人はそういってため息をついた。それからこちらに振り返る

「大丈夫?」
「え、あ、はい」
「よかった、なんともなさそうで。ああいうしつこいのは毅然とした態度を取らなくちゃ」
「あ、あの。ありがとうございます」
「え?あはは!いいですよ!それにお礼を言われるのはあたしじゃなくてこっちの真壁先輩」
「実際助けたのは赤城さんで僕はほとんど何もしてないけどね…」
「何言ってるんですか。真壁先輩が出て行かなかったら何が起こっていたのかわかりませんでしたし、あたしも駆けつけられませんでしたよ」
「男としてどうなんだろう…」

真壁と呼ばれた小柄な男の先輩は落ち込んでいるみたいだった

「ところで…」

赤城と言われた委員長然とした眼鏡をかけた女の先輩(目の前で見るとものすごく目鼻立ちが整った美人だった)が突然それまでの顔を変えてにんまりとする

「は、はい?」
「その様子だとどこにもサークル入ってないんですよね~?」
「は、はあ」

嫌な予感がする

「まあこれも何かの縁ですし、よかったら見ていきません?え?いやいやいや!無理にとは言いませんけども!」

どう見ても黙示の圧迫です

「いや~!去年誰も来てくれないし、今年も無理かなーって先輩達も言ってたしで。でもでも!よかったですね真壁先輩!」
「よかったのかなこれ…」

 さっきまでの毅然とした雰囲気はどこへ消えたのか、いきなりテンションが上がる。はしゃぐ眼鏡の女の先輩としぶしぶ合わせる男の先輩。え?確定?一体これどうなるのあたし…





――誠の恋をする者はみなひと目で恋をする 
Byシェークスピア



私はこの言葉が嫌いだ。恋とは美しくて純粋なもの。もし仮にそんなことを考えていると知られれば女友達には苦笑いされ男性の知り合いにはものめずらしく見られるだろう。こんなこと現実に生きていたらまずありえない。何事もそれなりに打算が入るものだからだ。何の計算もなくファーストインプレッションで物事を判断する?少なくとも私の知る世界では見たことがない。だから私はこの言葉が嫌いだ。理解できないからである。だって自分にも他人にも見たことがないのだから。

「寒い…」

地元千葉の駅に降り立つ。東京の大学に通う準備のために一人暮らしをして以来だから2週間ぶりかな。春とはいえまだ肌寒くそれが夜ともなれば気温はさらに低下する。朝の気温に衣服を合わせて仕事に出かけた身としてはもう少し厚着してくるんだった、と少しだけ後悔する。

「早く帰ろう」

 お気に入りの白いミュールをコツコツと地面に音をたてながら若干早足で歩く。この辺りも昔に比べて治安が悪くなった気がする。駅前で夜だからかもしれないが。その証拠にそこにタバコを吸いながらたむろしている連中がこっちをまじまじと見て…

「ねえねえ、なーにしてんの?」

 うわー。…面倒なのに引っかかってしまった。Uターンしてでも歩く道を考えるんだった。くすんだ茶髪に鼻ピアス。いかにも頭の悪そうな二人組だった。

「つーかこの子まじかわいくね?」
「綺麗な髪してんね。そんなに急がなくても、」
「そんなに急いでどうすんの?なあ俺らとちょっと遊ばねえ?」
「…結構ですので」
「まあまあそういわずに」

 男に肩を手で掴まれる。ビクッと嫌悪感が一気に体中に走る。何故知らない男にこんなにも無造作に触られなければならないのか。私は反射的に、

「離してくださいっ!」

大声を出して男の手を振り払っていた。そのままの勢いで私の手の先が男の顔に当たる。

「…痛ってえな」

 殴られたと思った男は眼光を鋭くする。

「あ…」

「ねえ、俺らは別になにかしようってわけじゃないのよ。なのにこの仕打ちはないんじゃないの?」
「そ、そんなこと…。そっちが勝手に…」
「あーあ、こりゃ病院モンだわ。一体どうすんだよこれ?」

当たって切れた血がうっすらと男の鼻から出ている。

「そ、それは…」
「どうすんだって聞いてんだコラア!!」
「ひ!」

 野太い声に怒鳴られて私の体がびくんとする。こんな風に誰かの悪意を突然ぶつけられた事がなかった私の体は生まれて初めての体験にその判断処理を完全に停止していた。

「人様に危害を加えたら弁償すんのが礼儀だろうが、アア!?」
「ご、ごめんなさ、」
「まあまあまあこの子も怖がってるしいいじゃねえか。じゃあお詫びを兼ねて俺達の車について来てよ」
「あ…ぅ」

 怖い怖い怖い怖い怖い。なんでどうして誰も助けてくれないの。見てるだけなの。誰か…。怖くてぎゅっと目を瞑る。こういう時どうしたらいいのかわからない。助けを求める声も体が震えて出ない。そんな私を見て男達は笑っている。あきらめかけたその時ーー。

「おい、やめろ」

低い声音の男の人の声がした。そこには黒い長袖のシャツの上に作業着を着た背の高い男の人が立っていた。

「は?」
「やめろと言ってるんだ」

そう言いつつ私の体を片手で掴み後ろに下がらせる。
そんな男の人の行動が男達には引っかかり、カチンときたのか。

「関係ねえだろが!」

男達はいきなり激高する。二対一で完全に劣勢だ。でも男のお兄さんは二人を相手にしても微動だにしない

「いいからやめろ。それ以上続けると後悔することになるぞ」

その言葉にかちんときたのか男達の一人は男の人―お兄さんに殴りかかる。が、

パアン!

彼は私の肩を片手で掴み庇いつつ、男の攻撃をもう片方の腕で払いのけていた。動きがすごくなめらかで私がいるにもかかわらず、一歩も引かなかった
殴りかかった男は体がそのまま体重が流れて姿勢のバランスを崩し地面にこけそうになる。

「てめえ…」

 仲間がやられたと思ったのか。もう一人も腰を屈めてお兄さんに拳を構えて向かい合う。男の人が二人もいたら明らかに分が悪い。なのにお兄さんは小さく笑みをこぼす

「ところで、いいのか?」
「何がだよ!?」
「…今までの会話、全て筒抜けなんだが」

そう言いつつお兄さんは作業着の胸ポケットから携帯電話を取り出す。そこには赤いランプがついており、「通話中」との表示があった

「な!?」
「さっきからずっとある所に電話の回線を繋いである。ある所っていうのは…わかるよな?」

 明らかに怯えの表情を男達は見せ始めうろたえ始めた

「この国の警察は優秀だからな。ここに来るまでにあと3分もかからないだろう。続けて応援も掛けつける。殴りかかってきたのはお前達で、どうみても正当防衛だ。後は俺達が被害を警官に報告したらそれまでだ。その後じっくり抱き合わせで取り調べてもらうんだな」

警察、応援、取調べ。それらの単語を聞いた男達は血の気を失っていた。こういう人達でもやはり警察は怖いのだろうか。

「ち、ちくしょう!覚えてやがれ!!」

 通報した警察官が来るまでにもう時間がないと感じたのか。男達は捨て台詞を残してこの場から去っていった。

「…」
「あ、あの」
「…大丈夫か?」

お兄さんは私の肩を掴んでいた手をすっと離した。

「このあたりの治安も悪くなったようだな。駅前の明るい場所でもあんなのが出るくらいだからな」
「あ、あの」
「うん?」
「け、警察は?もうすぐ来るんですか?」
「ん?ああ…あれか」

そういってお兄さんは手に持っていた自分の携帯電話を広げて見せた。

「通話先は警察じゃない。どこか知らないコールセンターだ。本当なら警察に連絡するのが賢いんだろうがな、ここいらはまだまだ明るいしいざとなれば駅員も駆けつけるだろうから」
「そ、そうだったんですか」
「それに俺自身あまりあいつらとは関わりたくないんだよ」
「え?」

それってどういう意味だろう。…。って、それよりも、

「あ、あの。助けていただき、あ、ありがとうございます」
「別に構わない。あんたもこれからは充分に気をつけろよ。じゃあ」

そう言って駅の改札口に向かおうとする。

「あ、あの、ちょっといいですか」
「ん?」
「そ、その…こ、怖くて」

ナンパはいくらでもこれまでにされて来たけれど、あんな風に暴力に巻き込まれたことなんてなかった。とても怖くて一人じゃ家まで帰れそうにないし、ここから動けそうにもない。

「知り合いに迎えに来てもらえ」
「だ、だって。知り合いなんて呼べませんし、家族も今日は大事な用事で…」
「…」
「あの人達と今夜また会ったらと思うと。で、でもこのままじゃ。だ、だから」

そこまで言うとその後の私の言葉を察したのか、眉をひそめたお兄さんは一つ溜め息をつきつつ、

「俺について来てくれ、ってことか?」
「…はい」

私は頷いた。恥ずかしいけれど仕方がない。

「…わかった。ただし途中までだからな」





カツンカツン…

駅前からここ私の家のある住宅地エリアまで二人で歩く。街灯に照らされて二人の影が夜のアスファルトに浮き彫りになっている。男の人――このお兄さんは今の住宅街に入るまでも終始無言だった。余り余計なことをしゃべらない無口なタイプなのかもしれない。

「あの」
「なんだ」
「この町の方ですか?駅の改札口の方に向かうみたいだったからもしかして違う町から来られたんですか?」
「ああ。今はここには住んでいない」
「えーと、じゃあ一体どういった用事で」
「…仕事の帰りだ」
「お仕事されているんですか?どういった…」
「今は配送業。といっても今日はこの町の隣町の担当だったがな」
「あれ、じゃあ今日は一体何の用で…」
「…近くに寄ったから懐かしくなってな。久しぶりに行ってみたい場所もあったしな」
「そうだったんですか。あの、昔この町に住まれていたんですか?」
「…」

無言の威。それ以上聞くに聞けない雰囲気を男の人はつくる。私もそれ以上は質問しづらくなった。

「…」
「…」

二人無言で並んで歩く。駅前の賑やかな喧騒が次第に遠くなり夜の住宅街特有の静けさに代わる。

「…」

私は気づかれないようにちらりと少し前を歩く彼を見た。
身長は180を越えるか越えないか。長身のことを考慮に入れても痩せ型だといえた。
とはいえ頼りなげといったものでは決してなかった。
黒の長袖の上から凹凸のついた上腕二頭筋と大胸筋の陰影を見れば凄くしまっていて筋肉質な体躯をしている。
少し長い前髪の奥から覗く眼光がやや鋭い。よく見れば薄い隈が出来ているし年齢の割にどこか老成した雰囲気があった。一方で、髭の生えた後が余りなく成長の終えていない感もあり学生世代のようにも見える。…要するに年齢のよくわからない人だった。

カツンカツンカツン…

真上には月が薄く光っていた。歩いている間、男の人は全くしゃべらない。

「あの…もうすぐ私の家なんです」
「…」
「そこの角を曲がった所に、」
「そうか。ならここまでにしとこう」

すぐそばに見えている角を曲がらずに男の人は足を止めた。

「え?」
「すぐそばに家があるのならここからならあんた一人でも大丈夫だろう。それに」

目線だけでこちらを見る。影になって表情が読めない。

「これ以上、知らない男と一緒にいない方がいい」
「そ、そんな。お兄さんは私を助けてくれた恩人ですし」

あたふたとする。こういう風に気を遣われるとどうしていいのかわからない。

「あ、あの。ご紹介が遅れました。私、新垣あやせと言います。今日はありがとうございました。貴方がいなかったら私、どうなっていたかわかりません。それでその、今度きちんとした形でお礼がしたいのでよろしければお名前を、」
「あんた…人の話を聞いていたのか?」
「え?」

体をこちらに向け、鋭いまなざしに射すくめられる。どきりとした。

「確かに俺はあんたをあのチンピラ連中から今日助けた。だからといって簡単に人を信用するな」
「で、でも」
「…仮に俺があいつらと裏で繋がっていてあんたの居場所と名前が分かり次第一緒に押しかける手筈が整っている、って言ったらあんたどうする?」
「え?そ、そんな、」
「それ位用心しろってことだよ。この辺りの住宅街に住んでるってことはあんたいい所のお嬢さんだろう。だったらなおさらだ。この世の中全くの善意で人を助けるやつなんてほとんどいないんだ。必ず裏があると構えたほうがいい」
「…」
「じゃあな」

そういい残して男の人は元来た道を引き返していく。私はそれ以上何も言えずただ遠くなっていくその背中を見ていた




「…ただいま」

玄関をかぎで開け、家に入るとそう声をかける。
シーンとしている。返事はない。当然だ。今日は誰もいない。父は議会中だから徹夜で役所で仕事。母は父の支持団体の方達への接待で出かけている。

広い廊下を横切って二階の自分の部屋へと足を向かわせる。

パチ。シンプルなデザインのシャンデリアが頭上でカンカンと音をたて明かりを灯す。久しぶりの帰宅でも部屋は整然としていて綺麗に片付いていた。いつも定期的に来てくれるヘルパーの家政婦さんが掃除をしてくれているのだろう。

「…」

今日も一日色々あってくたびれた。仕事はいつもどおり過不足なくこなした。なんだかんだでこの業界には中学の時からいる。仕事の段取りはほとんどわかっていた。なんら代わり映えのない毎日。

私は周りの人達から政治家の娘、現役モデルということでさぞ華やかな生活を送っているのだろうとよく勘違いされるがそんなことはない。
確かに金銭的に不自由したことがなく経済的に裕福だ。だからといって生活まで派手ということはない。見た目に反してむしろ地味、というのが友人達の率直な感想らしい。

それを言えば政治家だって世間で言うほどそんなに儲かる商売では決してない。給料だって公務員だから規則で決まっているし、何より心身両面からのハードかつタフさが求められる仕事のことを考えたら…。それなのにその見返りは娘から見ても非常に低い気がする。
仕事で陳情に来る有権者や役所の職員の関係者からの板ばさみにあって苦悩しながら書斎で書面に目を通し政策を大学ノートに一生懸命メモしている父を小さな頃から何度も見てきた。そしてそれを一緒に支える母も。

私自身毎日をエネルギッシュに歩き回る父とそんな父を支える母をとても尊敬していた。あまり構ってもらった記憶がなくて寂しい思いをしたこともあったが…それがわからない年齢でもない。もう大学生なのだ。
それにしても…。

「今日のあのお兄さん…」

不思議な人だった。何故か無視出来ない、どこかで会ったことのあるような既視感を感じる。でもいくら考えても出会ったことはないと断言できた。父の仕事やモデルという芸能界の仕事のおかげで一度会った人間の顔と名前は確実に覚えているし、その自信もある。 
彼と出会ったのは今日初めてだった。

「…」

彼に庇ってもらった時に掴まれた肩がじっとりと熱い。それから私の意思を無視しているかのように体中に駆け巡る。
思えばあのようなタイプの男の人は私の出会ってきた人達の中で初めてのタイプだ。仕事場ではいつも年上の人達ばかりだったし父の後援会の人達は更に年上だ。学校でも同回生の男の子達には私自身ほとんど関心を示さないせいか意識したことなどない。とても子供っぽくてどこか覚めた目で見てしまう自分がいるからだ。今までなし崩し的に付き合ってきた人達(といっても手を繋ぐ前に「別れましょう」だったけど)も対象外。

「ん…」

吐息が漏れる。彼に掴まれた肩から熱が全身に広がっていた。熱い…。

「ん…は、」

もじもじと内股をこする。久しぶりの感覚だった。最近仕事とプライベートが忙しくて自分を慰めている時間なんてなかったから。

「ぁ…は…あ!」

そっと両手を秘所に伸ばす。手を伸ばすと白とピンク色の下着はぐっしょりと濡れていた。

「なんで、こんな…。私、あの人とどこかで…」

 何故だろう。どこかで出会っていた気がしてならない。そしてまたどこかで出会う気がする。それは予感に近い確信だった。

――誠の恋をする者はみな一目で恋をする。

私の嫌いなシェークスピアのあの言葉。その言葉の本当の意味を後になって私は知ることとなる。

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最終更新:2013年03月01日 09:08
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