灼熱の冬 12KB
自滅 越冬 ツガイ 現代 まさに小話
『灼熱の冬』
序、
「…ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
巣穴の中で二匹の成体ゆっくり…バスケットボールほどのサイズのれいむ種とまりさ種が目覚めの挨拶を交わした。
二匹は来るべき冬にそなえて、必死に食糧を集め越冬の準備を終えたところだった。巣穴の中にはたくさんの木の実や
芋虫などが置かれている。
二匹にとって初めての越冬だった。両親から言われたとおりに風が冷たくなってきたと感じてすぐ、準備に取り掛か
った。そのおかげでこの二匹が冬を越すには十分すぎるほどの食糧が集まっていた。春が近くなれば、二匹は待望の赤
ちゃんを作る予定だった。
「ゆぅ…れいむ…。まりさ…はやくれいむとすっきりー!したいよ…」
「ゆっ…。そ…そんなことはっきりいわないでね…れいむ、はずかしいよっ」
れいむが頬を染めて、揉み上げで顔を隠す。まりさはそんな愛くるしい仕草をする最愛のパートナーを見つめては微
笑みを浮かべていた。
二匹は朝食に少しばかりの芋虫と木の実を食べたあと、外に散歩に出かけた。
冬が間近に迫っているとはいえ、日中はまだ暖かい。二匹仲良く並んでずーりずーりとゆっくり歩く。時折、虫や蝶
を見つけては追いかけて、捕まえたあとはやはり二匹仲良く分け合ってそれを口に入れた。
「まりさ…れいむたち…すごくゆっくりしてるよ…」
「まりさたちは…せかいでいちばんゆっくりできるゆっくりだね…」
見つめ合う二匹。そのまましばらく止まる。そして湧きあがる感情をお決まりの言葉で表現する。
「「ゆっくりしていってね!!!」」
二匹は幸せだった。本当の本当に幸せだった。
一、
本格的に冬が来た。二匹が最後に見た外の景色は辺り一面の銀世界。あの景色を最後に見てからどれだけの時間が経
ったのだろうか。
真っ暗闇の中。れいむとまりさは互いに寄り添い泣いていた。
「さむいよー…」
「おなかすいたよー…」
がたがた震えながらお腹を鳴らす二匹。そこに食べ物はなかった。最後に食事をしたのはいつだろうか。その場から
ぴくりとも動かない。体内の餡子の消費を抑えるためだ。誰に教えられたわけでもなく、ただ本能に従ってそうしてい
た。
あれだけ赤ちゃんを欲しがっていたまりさも、うなだれたまま動かない。
そのとき、地響きと共に低い声で唸る獣のような咆哮が聞こえてきた。れいむとまりさはびくっと体を震わせ、さら
に力強く互いの頬を押し付け合う。
「まただよ…こわいよ…」
「ゆっくりできないよ…」
地響きと咆哮の主はすぐにはこの場を立ち去らない。外では一体何が行われているのだろうか…と二匹が思ってしま
うぐらい、激しい音が延々と続く。
「よーし!それじゃ次こっちやるぞーーーー!!」
たまに人間の声が混じる。外の様子を知ることはできないが、近くに人間がいるのだけは間違いないようだ。しかも
たくさんいるらしい。実際は三人しかいないのだが、二匹にとってはたくさんだ。
「ゆぅ…なんだかちょっとずつちかづいてるきがするよ…」
れいむの感覚は当たっていた。人間たちと共に咆哮を上げ続ける“何か”は確実に二匹の元へと近づいている。地響
きも時が経つごとに大きくなってきているようだ。
恐怖と騒音のせいで満足に眠ることすら許されない二匹の精神的な疲労は相当なものだった。食べ物もなければ飲み
水もないため、うんうんもしーしーも出ない。普段していたことができなくなるのも、ストレスを溜める大きな要因の
一つとなっていた。
そこまで追い詰められても二匹は外に出ることはできない。
しょぼくれて目を閉じていると…突如、その場に留まっていることができないくらいの衝撃が二匹を襲った。そのま
ま転がって壁に叩きつけられる。
「い…いだい゛よ゛ーーー!!」
れいむが叫び声を上げる。まりさもれいむの近くで、
「ゆぐぅ…」
と、うめき声を上げていた。暗闇の中でまりさが震えながら叫ぶ。
「ゆ…ゆっくりできないよ!!いじわるしないでね!!!ぷんぷんっ!!!!」
叫び終わると同時に、また二匹はごろごろと床を転がり反対側の壁にぶつかって止まった。
「ゆぎぎぎぎ…」
打ちどころが悪かったのか、れいむはぼろぼろと涙をこぼしていた。暗闇の中、まりさが必死にれいむを探して這い
ずり回る。しかし、見つけ出すことができない。
それからしばらくして…先ほどまでのような大きな地響きはしなくなったが、二匹の足元がずっと小刻みに揺れてい
た。れいむとまりさは自分たちの置かれている状況を把握することができずに、声を押し殺して泣いた。
「どうして…れいむたちがこんなめにあわないといけないのぉ…?」
最愛のれいむの悲痛な声を聞いて、悲しそうな表情を浮かべるまりさ。しばらく沈黙が続いた。
泣き疲れてしまったのか…いつのまにか二匹は眠りについていた。小刻みな振動も慣れてしまえば心地よかった。ま
だ二匹が親ゆの茎にぶら下がっていた頃、親ゆが茎を揺すってあやしてくれていたときのことを思いだすからだ。
楽しい夢でも見ているのか…二匹はにへらと笑みを浮かべながら涎を垂らしている。二匹が互いの顔を確認すること
はできなかったが、傍から見ていれば幸せゆっくり夫婦と言ったところだろう。
どれだけの時間が経ったかはわからないが、二匹を再び衝撃が襲う。飛び起きて、
「ゆっ!れいむのいもむしさん!!どこにいtt」
言いかけて、また壁に叩きつけられる。もう何度目だろうか。さすがのまりさも、
「もうやだぁぁぁ!!!おうちがえる゛ぅ゛ぅ゛!!!!」
泣き叫ぶ。泣き叫んだところで何も状況は変わらない。相変わらず二匹は互いの頬をくっつけぶるぶる震えていた。
互いにすーりすーりして慰め合うようなこともしない。ストレスと恐怖でゆっくりらしい行動を一時的に忘れてしまっ
ているのだ。
次の瞬間、バキバキバキ…という音と共に二匹の近くで何かが破壊されるような音が聞こえた。咆哮の主がすぐ傍ま
でやって来ているらしい。
「ゆぅぅぅぅぅぅぅ…」
「ゆ…ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!!!」
まりさが咆哮の主にゆっくりするよう求めるが当然、聞く耳など持たない。また、周囲で何かが壊れる音が聞こえた。
「ゆ…ゆっくり…ゆっくりしたいよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
れいむがゆんゆん泣き叫ぶ。つられてまりさも大泣きを始めた。
それでも凄まじい轟音は一向に止む気配がない。そのときだった。
「ゆ゛っぎぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」
突然れいむがおぞましい叫び声を上げた。まりさが慌ててれいむの頬に自分の頬をすり寄せる。
「れいむ?れいむ?どうしたの?ゆっくりしてね!!!」
「い…いだい゛…いだい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!れいぶのあんよ゛が…うごがな゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
どうやられいむの身動きが取れなくなっているらしい。まりさはれいむのあんよに沿って頬を押し付けていく。やが
てれいむのものとは到底思えない、固く冷たいものがまりさの頬に触れた。そして気付いた。れいむのあんよが何かに
よって押しつぶされていることに。
「れ…れいむ…」
あんよがここまで潰されているなら、れいむの後頭部付近から完全に潰されているはずだ。れいむはそれに気付いて
いないのか、あんよの痛みだけを訴える。まりさはがたがた震えていた。
(れいむがしんじゃう!れいむがしんじゃう!れいむがしんじゃう!!!)
錯乱するまりさをよそに、また一つ大きな衝撃が二匹を襲った。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
振動がれいむの半分潰された体に響いたのか、絶叫を上げる。まりさがれいむに頬刷りしようと動こうとして、異変
に気付いた。動くことができない。いつのまにか動くスペースがほとんどなくなっていた。
「ゆっ?ゆっ?ゆっ?」
ますます混乱するまりさ。れいむが餡子を吐き出し、びくびくと痙攣を起こしている。
「ま…でぃ…ざぁ…れいむの…あん゛よ゛ざん…どう…なっでる゛のぉ?」
れいむの質問にまりさが硬直する。大好きなれいむに、れいむのあんよは潰れてしまっている、などとは口が裂けて
も言えなかった。
「れ…れいむのあんよは…なにかがはさまってうごかせなくなってるだけだよ」
しどろもどろに答える。まりさには見えないが、れいむはにっこりと笑って、
「よがった…まりざがほめて゛ぐれだ…れいむ゛のあんよざん…へんになっでたらゆっくりできながったよ…」
「…っ!」
れいむの言葉にまりさが声を押し殺して涙を流す。まりさは嘘をついたのだ。最愛のゆっくりに。愛するれいむに初
めて嘘をついた。
やがて、二匹はまたおかしな異変に気付いた。
「ゆ…?」
「なんだか…あったかくなってきたよ!?」
二匹の表情がにわかに活気づく。確かに二匹のいる場所の温度は上がってきていた。
「ま…まりさぁ…!」
「れいむ!はるさんがきたんだよ!あったかくなってきたよ!!!」
「ゆ…ゆっくりぃ!!」
まりさは嬉しくて嬉しくて何度も何度もれいむの口にちゅっちゅした。れいむもまりさのちゅっちゅに答えた。
「…ゆ?」
春の訪れに歓喜の声を上げていた二匹が再び沈黙した。
「…なんだか…あつくなってきた…よ?」
まりさが恐る恐る自身の感想を述べた。既にれいむもまりさも額から大粒の汗を流している。しばらく水分を取って
いなかったため、すぐに脱水症状の初期症状があらわれはじめた。
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っ…」
体力のほとんどを失っていたれいむが、切れ切れに呼吸をしている。まりさも舌をだらりと出していた。それにも関
らず温度はどんどん上昇していく。
「なつさんが…きたの…?」
朦朧とした意識の中でまりさが呟く。
次の瞬間、爆発音とと共に、れいむとまりさの周囲が勢いよく炎に包まれ始めた。強烈な光のおかげでれいむとまり
さは久しぶりに互いの顔を見た。二匹とも、その顔はひどいものだったがそれよりも突如として侵入してきた炎のほう
が問題だった。
「あづい゛!!あづい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!だずげでぇ゛ぇ゛!!!までぃざ!!!まり゛ざあ゛あ゛あ゛!!!」
足を挟まれて動けないれいむがすぐに火だるまになった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
「ゆひいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
一瞬にして肌色の皮は焼け焦げて真っ黒に変色していき、炭化した皮がボロボロと崩れ落ちる。支えを失った目玉が
どろりと溶け落ち、髪は焼けただれあっというまに禿饅頭になってしまったれいむ。
「ゆ゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
叫び声を上げるまりさ。れいむは既に息絶えていた。やがてれいむを蹂躙した炎の魔の手が、今度はまりさに向けら
れる。逃げる場所などない。壁に顔を押し付けて少しでも炎から逃れようとするが、頬を壁に当てた瞬間、じゅっ…と
いう音と共に高熱による激痛がまりさを襲った。
「ひぎぃっ!!!!」
まりさが炎に包まれる。
「あづい゛!!!あづいよ゛ぉ゛ぉ゛!!!だずげで!!!ごごがら゛だじでぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
全ての感覚を少しずつ失い…まりさは数秒経たないうちに燃え尽きて死んだ。
「も゛…ど…ゆ………か…た…」
「焼却が終わったら今日は上がっていいぞ!」
男の大きな声と共に、その場に居合わせた数人の作業着姿の別の男たちがぞろぞろと帰り支度を始める。指示を出し
た男は業火に包まれている積み上げた廃車の山を見ながら、作業日誌を書いていた。
「車の不法投棄が最近増えてますよね…」
作業長と思われる男に作業員が声をかける。
「ああ。まったくもって遺憾だな」
ここは廃車の解体作業や焼却処分を行う工場だった。後を絶たない不法投棄に専門の業者がそういった車を集めては
使える部品だけ取り外して、後は処分をしていくのだ。
その中に、れいむとまりさはいた。
二、
れいむとまりさはいつものように仲良く並んで散歩をしていた。明日からは本格的に巣穴に籠もる予定だったので、
その日はいつもより遠くまで足を運んだ。
「ゆゆっ!ねぇまりさ?あれはなぁに?」
れいむの視線の先には、積み上げられた廃車が投棄してあった。それが人間の乗り物だとは知らなかった二匹は恐る
恐るそれに近づいていった。
「…うごかないね…」
怯えてその場をうろうろしているれいむをよそに、好奇心旺盛なまりさはその廃車の上にぴょんぴょんと飛び乗った。
太陽の熱で温められた車体に、まりさは大はしゃぎしていた。
「れいむもきてね!あったかくてすっごくゆっくりできるよ!!」
「ゆゆっ?!」
ゆっくりできる、と聞いてれいむもぴょんぴょんと廃車の上に飛び乗る。冬がすぐそこまで来ているというのに、こ
の上はまるで春のような暖かさだった。
「ゆ…ゆっくりできるよぉ…」
よほど暖かいのが嬉しかったのか、れいむは涙を浮かべて声を上げた。
「ゆ…」
そのとき、はらはらと雪が降り始めた。初めて見る雪。真っ白な雪が降ってくるのを見ながら、れいむとまりさは身
を寄せ合って語り合った。
「れいむ…ずっとまりさといっしょにいてね…?」
「もちろんだよ!まりさ…れいむをえらんでくれてありがとうね…っ」
二匹は、発情してしまわない程度に互いの頬を擦り合わせた。れいむは一生まりさについていくつもりだった。まり
さも一生れいむを守り続けると誓っていた。
降り続く雪は、辺り一面を真っ白に染め上げていた。二匹の吐く息も白い。
「ゆゆっ…ちょっとさむくなってきちゃったよ…」
「れいむ!あのなかにはいろうね!」
まりさはぴょんぴょんと飛び跳ねて、ある廃車のトランクの中に飛び込んだ。トランクは開けっぱなしになっていた。
降り続く雪を見るのに、この場所は特等席であるように思えた。れいむも後に続く。そして、れいむが飛び乗った瞬間、
老朽化したトランクの蓋が落ちて…二匹はその中に閉じ込められた。
「ゆゆゆっ!!!???」
「ま…まりさ…まりさ…どこぉ??」
突然夜になった。れいむとまりさは不意に訪れた闇に怯え、ぴったりと体をくっつけていた。それからしばらくして、
まりさが壁に体当たりを始めた。
「んゆぅっ!!かべさん!!!ゆっくりしないでだしてねっ!!まりさおこってるよっ!!!」
しかし、びくともしない。れいむも頬を膨らませて物言わぬトランクの壁に威嚇を行っている。
「ぷっくううぅぅぅぅぅ!!!れいむもおこるとつよいんだよっ!!!いまならゆるしてあげるよっ!!!」
返事がない。ただのトランクのようだ。
「「ゆ゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……っ!!!!」」
怒ったり、威嚇したり、体当たりしたりするうちにれいむもまりさもお腹が減ってきた。しかし、重大なことに気付
く。
一生懸命集めた食糧は自分たちの巣穴の中だ。取りに行くことはできない。毎日毎日、食べる量をちょっとずつ減ら
し、越冬のために集めたたくさんの木の実や芋虫を…食べることはできない。
夜になると、土の中と違ってトランクの中は寒かった。がたがた震えて身を寄せ合う二匹。
二匹の越冬の準備は完璧だった。問題なく冬を越し、春には可愛い赤ちゃんと幸せな日々を送っていたに違いない。
それなのに、二匹は暗く冷たい箱の中だ。怒りは悔しさに変わり、やがて悲しみへと変化していく。
「ゆっくりしたいよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ゆっくりできたのにぃぃぃぃぃぃ!!!!」
二匹の越冬は失敗に終わったのだ。
おわり
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- 返事がないただのトランクのようだ
-- 2019-03-13 11:35:21
- しみじみゆっくりできるねえ
善良なゆっくりに起こる悲劇はゆっくりできるよー -- 2010-11-21 18:31:27
- ゆっくりは死んでなんぼ -- 2010-10-03 00:29:44
- いいねいいね -- 2010-08-10 21:49:06
- この二匹には最高にふさわしいゆっくりした死に様だね!ざまみろ糞が!! -- 2010-08-04 22:46:02
最終更新:2009年11月21日 08:28