永遠にゆっくりするということ 11KB
まあるい月が中天に昇る夜。
輝く星々に彩られた十五夜の夜空に誘われて、普段なら夜は出歩くことのないなまものが見晴らし
の良い丘に登っていた。
少女の顔を模した、動いて話す不思議饅頭こと『ゆっくり』。
赤いリボンを付けた黒髪のゆっくりはれいむ。
黒いとんがり帽子を被った金髪のゆっくりはまりさ。
とても夜とは思えないほどの輝きに飾られた空を眺めて、二匹のゆっくりはそっと寄り添う。
実にゆっくりとした時間の中で、まりさはそっとれいむに囁きかけた。
「ねえれいむ。まりさはれいむにゆっくり聞いてもらいたいことがあるよ」
「ゆ…? なぁに、まりさ?」
「まりさは…」
れいむが星空から地上に目線を降ろせば、真っ赤になったまりさの顔がそこにあった。
真っ正面かられいむの瞳を見つめ、上手く廻らない舌をもどかしく思いながらも一心に思いの丈を
ぶつけた。
「まりさはれいむといっしょにずっと…ずっとゆっくりしたいよ!」
ずっとゆっくりしたい、はゆっくりにとってのプロポーズの台詞。
それを受け取ったれいむは、十秒近く目を丸くして赤面しているまりさを見つめていた。
やがて、まりさの顔の赤さがれいむにも移ってゆく。
はにかみながらも目を伏せ、それでも小さく頷くれいむ。
「れいむもまりさといっしょにずっと、ずぅーっとゆっくりしたいよ…」
「れいむ…」
恥じらう声はとても小さかったが、頬が触れるほど近くにいたまりさにはしっかりと届いた。
万の星々と白く輝く満月に見守られ、二匹はそっと口づけをする。
唇が離れたとき、二匹の顔は満面の笑みとなっていた。
「ゆっくりしていってね!!」×2
月まで届けと幸せ一杯の宣言を声高に告げる二匹。
この瞬間、二匹は心の底から体の芯まで幸せに満ちあふれていた。
そう、この瞬間までは…
「れいむは今日からまりさのおうちにすむよ! まりさ、おうちにかえったらかわいいあかちゃんを
いっぱいつくろうねっ!!」
「うん! みんなでいっぱいゆっくりしようね!」
「ゆぅ~ん♪ す~りす~り、しあわせゆ?」
「す~りす~り、しあわせ~♪」
至福の笑顔で頬をすりあわせるまりさは、まだ異常に気付かない。
ついさっき番となったばかりのれいむに起きた事態に気付いていない。
「ゆっ…ゆっ?」
「ゆ~。れいむ、みてみて! おつきさまもおほしさまもいつもよりキラキラして、まりさとれいむ
をおいわいしてくれてるよっ!」
ふるふると震えるれいむ。
寒いのかな、と思ったまりさは気を利かせてさりげなく体を密着させる。やわらかく包まれる感触
にゆっくりした気分を味わいながら、れいむも同じ風に感じてくれてたらいいなと、そう心の底から
思った。
心はぽかぽか暖かくて、むしろちょっと暑いくらいではあったが、夜風を受ける体は少々冷えてき
ていた。
「ゆっくし! …ゆぅ、ちょっと寒いね」
「ゆぅ…ぁ…」
風にあおられたれいむの髪がまりさの顔をくすぐったせいでくしゃみが出た。
ぶるぶると怖気を振るうと、最愛のれいむに最高の笑顔を向けた。
「それじゃあれいむ、まりさのおうちでゆっくりしようね!」
返事は、返ってこなかった。
「…ゆ?」
瞬きをして見直す。
柔らかい草にごしごし顔をこすりつけて見直す。
空を見上げてから、改めて見直す。
「…ゆゆっ!?」
「ぁ…り…さぁ…」
艶やかな髪が好きだった。
キラキラした瞳が好きだった。
つやつやで、ふっくらしたお肌が好きだった。
そこにあったのは、まりさの愛したれいむとは似ても似つかない、酷い姿のゆっくりだった。
それなのに、悲しいほど正確にそれがまりさのれいむなのだと気付いてしまった。
「うわぁああああああっ!? れいむぅーっ!!」
「ゆ゛っ…ゆ゛っ…ゆ゛っ…ゆ゛っ…」
風が吹けばハラリと抜けて飛ばされてゆく乱れた髪。
限界まで開かれた瞼の下で、左右で異なる動きをする目はまりさには見えない虚空の何かを探して
ギョロギョロと動き回る。
かさかさに荒れて、しわだらけになった肌。
一回り以上小さくなって見えるれいむの体は、断末魔の痙攣を始めていた。
「どおじでぇ!! どおじでれいむがぁっ!?」
今際の際にあるれいむの命を何とか留めようと縋り付くまりさ。だがいくら頬を寄せ、舌で慰撫し
ようともれいむの命を繋ぐ役には立たなかった。
「もっと…っくり…たか……」
「れいむぅうううううううううっ!? ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってねぇっ!!
ゆっくりしていってねぇええええええええっ!!」
末期の痙攣が尽き、れいむは永遠にゆっくりしてしまった。
星空の下にまりさの慟哭が木霊する。
涙も涸れよとばかりに泣き叫ぶまりさを慰めることのできる仲間は、ここより離れた場所にある群
の営巣で眠りに就いている。この場に優しい言葉でまりさを慰め、れいむのことを共に悲しんでくれ
るゆっくりはいなかった。
「うー」
「…ゆ?」
なんだか聞き捨てならない声を聞いた気がして、まりさは一旦泣くのを止めて周囲を見回した。
その場から見渡す範囲には誰もいない。
何の気無しに一歩飛び出してみた。
そうして、一匹のゆっくりがれいむの陰に隠れていたことに気付いた。
「………ゆ?」
「う~?」
赤いリボンの揺れる白いキャップ。まりさと同じ金髪は、束ねてある一房だけが長い。顔の後ろか
らは二本の枝のようなものが伸び、色とりどりの菱形の結晶が果実のように実っている。
向こうもまりさの声に気付いたのか、れいむの頬に埋めていた顔を上げた。
そうして、はっきりと相手の顔を見ることができた。
れいむとは比較にならないほど白い肌に赤い瞳が映え、汚れた口元を隠そうともせずに牙を剥き出
しにしてとても嬉しそうな笑顔をまりさへ向けるゆっくり。
まりさの顔色は、そのゆっくりの肌に負けないほど白くなってゆく。
「う~、あまあま~♪」
「ゆっゆっゆ…っ!? ゆっぎゃぁああああああああっ!! ふらんだぁあああああああああっ!!」
まりさを慰め、共に悲しんでくれるゆっくりはこの場にはいなかった。
居たのはれいむの餡子の付いた口でにっこりと笑う、一匹の捕食者だけだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
永遠にゆっくりするということ
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「もっど…ゆっぐり…じだがっ…だ…」
「う~♪」
やや白み始めた夜空の下、まりさの断末魔とふらんの勝ち鬨が森の一角で上がった。
ふらんとしてはさっさと仕留めたかった所なのだが、まりさの逃げ足が予想以上に早かったために
こんなに時間が掛かってしまった。
夜行性で空も飛べる身ではあるが、流石に夜を徹しての追走劇にはくたびれてしまった。まりさの
中枢を貫いた愛用の木の枝を引き抜きながら、それでも心地よい疲労感と狩り甲斐のある獲物を仕留
めた満足感で頬は緩んでしまう。
先にれいむで腹を満たしてはいたが、飛び回っていたお陰で小腹が空いていた。
早速ふらんは仕留めたばかりの獲物に牙を立てた。
「う~。あまあ…あまあまーっ!?」
ものすっごい甘かった。
不意を打って一撃で仕留めたれいむの餡子とは、文字通り格が違った。
それもそのはずで、ゆっくりは苦痛や恐怖など『ゆっくりできない』状態に陥ったとき、己の中で
甘味を作りだして『ゆっくりできない』状態から逃げ出そうとする。人間で言うならエンドルフィン
やアドレナリンと言った脳内麻薬に近い効果があるようで、これによってゆっくりたちは現実逃避を
計ろうとするのである。
その糖度の上昇率は天井知らずで、苦痛や恐怖を味わえば味わうほどそのゆっくりは甘みを深めて
ゆく。
幸福の絶頂の中で訳も分からぬうちに仕留められたれいむと、捕食者に追い回されて一晩中死の恐
怖に浸っていたまりさ。その甘みに雲泥の差がでるのも当然のことであった。
「う~、う~♪ あ~まあま~♪」
このふらんは狩りの手際が良かったため、今までここまで甘くなったゆっくりを食べたことは無か
った。
夢中になってまりさの中身を啜るふらんだったが、四分の一も吸い尽くさない内に満腹になってし
まった。幾らまりさとの追い駆けっこで小腹が空いたとは言っても、数時間前に成体ゆっくりを一匹
吸い尽くしている。これ以上食べることはできそうになかった。
「うー…あまあまー…」
できることならこのまま中身を吸い尽くしてしまいたいところだが、食べ過ぎると自重が重くなり
すぎて飛べなくなってしまう。飛行種であるが故に捕食者としての立場でいられるあるふらんは、食
べ過ぎはゆっくりできないと本能的に悟っていた。
この上ないご馳走を前にしたゆっくりとしての食欲と捕食種としての本能の間でぐらぐら揺らめき
ながら、ふらんはまりさを自らのお家へとお持ち帰りすることにした。
お家に帰ったら夜までぐっすり眠ろう。
そして目が覚めたらこのご馳走を食べてしまおう。
…そうだ、近くに住んでいるれみりやお姉さまも呼んで、こんなに美味しいあまあまを獲れるよう
になったんだよって自慢するのも良いかも知れない。
それで久しぶりお姉さまと一緒にご飯を食べよう。
うん、とってもゆっくりできそう!
「うーっ!」
食欲を押し殺すために懸命に考え出した建前に縋り、まりさを銜えて夜明けの空に飛び立つ。
もっとも、どれだけ建前を振りかざしても溢れ出る食欲を完全に押しとどめることなどできはしない。
巣に着いたふらんは、眠る前に涎でべたべたになってしまったまりさを拭かなければならなかった。
※
残念なことにその日の夜から二日間、ふらんの頭上にはどんより黒い雨雲が居座ってしまった。
お家にしている木の虚から覗き見る外の世界は、激しい雨によって隣の木すら見えない有様だった。
これではとても姉のれみりやを呼びに行くことなどできやしない。
「うー…」
溜息を吐きながら、ふらんはじっと外の世界を眺め続ける。
決して後ろを振り返ろうとはしない。
振り返ればそこにご馳走があるのだから。
もしそれを目にしてしまえば、今度は食欲を抑えることなどできそうになかった。
狩りの不調で獲物が捕れない日などこれまで何度もあったので空腹にはなれているつもりだったふ
らんだが、真近くにご馳走を置いた状態で我慢する空腹は、想像以上に苦痛でありゆっくりできなか
った。
それでも姉との久しぶりのゆっくりした食事を夢見てふらんは耐えた。
三日目の夜に雨が上がっていることを確認すると、ふらんは弾かれたように外へ飛び出していった。
「うぅーっ!!」
獲物のゆっくりを追うときとは比較にならない速度で飛翔するふらん。
自己最高速度を軽く凌駕する勢いで飛んだふらんは、あっというまに姉のれみりやの巣へと到着した。
「うーうーっ!!」
「う~?」
妹の切羽詰まった声にひょっこり顔を出すれみりや。
「うーっ!」
「う゛っ!? う゛ぁああああああああっ!?」
待ちきれないふらんによって、虚から顔を出したところでお家から叩き出されてしまった。
悲鳴を上げて落下するれみりやだったが、地表に激突する寸前で自分が飛べることを思い出して
事なきを得た。
「う~…。うぅぅっ!」
「うー、うーうー!」
「う~?」
突然の暴挙に文句を言おうとふらんに詰め寄るれみりやだが、逆に突進してきたふらんに詰め寄ら
れてしまい怒る機会を逸してしまった。
れみりやはそのままふらんの説明を聞くことになってしまった。
ふらんのお家にとびっきりの「あまあま」があることと、それを二人で食べて一緒にゆっくりした
いというふらんのお願いを聞く頃にはすっかり突き落とされたことなど忘れてしまった。
れみりやもまた二日続いた雨のお陰でお腹が空いていた。
仲睦まじい姉妹の姿を取り戻した二匹は、仲良く高速でふらんのお家へと飛んでいった。
※
「う~♪」
「うあうあ~♪」
お家の隅っこに置いてあったまりさを部屋の中央まで運ぶふらん。目の前に運ばれてきたご馳走に
れみりやは思わず歓声をあげた。
もうこれ以上は待っていられない。
ふらんとれみりやは左右からまりさにかぶりつき、極上の「あまあま」を力の限り啜った。
「あ~まあ~…う?」×2
ぴたり、と揃って二匹の動きが止まる。
顔は満面の笑顔のままで何度も瞬きをする。
今度は一口だけ啜ってみた。
途端に二匹から表情が抜け落ちる。
もう一口啜ってみた。
涙が溢れてきた。
さらにもう一口、じっくりと慎重に啜ってみた。
けれど何度口に含んでみたところで味は変わらない。
「う…う…うぅ…うあぁあああああああああああああああんっ!!」×2
とてもとても悲しいことに――全然まったく欠片も甘くなかった。
騙された形となったれみりやは涙を流しながらふらんに体当たりをする。
それを必死になって避けながら、ふらんは嘘じゃない、騙してなんかないと訴える。
この姉妹喧嘩は二匹が空腹を思い出すまで続いた。
※
ゆっくりは死ぬことを「永遠にゆっくりする」と呼ぶ。
死んだゆっくりは苦しまない。悲しむこともない。もはや誰が何をしようとも自らがどうなろうと
関係なく「永遠にゆっくりする」。
ゆっくりの体内で起こる糖度の変化は死んだ後にも起こっていた。
苦痛や恐怖を味わえば味わうほど甘みを増すゆっくりだが、心の底からゆっくりしているとその糖
度は限りなく低いものとなる。
死ぬことへの恐怖で限界まで濃くなった糖度も、永遠にゆっくりしている間にゆっくりゆっくりと
糖度を薄めていた。
その日、八つ当たり気味のふらんとれみりやの狩りは食べもしないゆっくりにまで被害が及んだ。
そこかしこで無惨に中身を散らすゆっくりたち。
まだ幽かに息のあるゆっくりが、ついさっきまで楽しく会話をしていた仲間の成れの果てに近付こ
うと餡子を零しながら這い進んでゆく。辿り着いたときには中身の大半が流れ出し、まともに意識も
残っていなかった。
一足先に「永遠にゆっくり」してしまった仲間に頬を寄せて長く息を吐いた。
「もっとゆっくりしたかったよ…」
その願いは間もなく叶う。
直にそのゆっくりも「永遠にゆっくり」し、そうやって死んだゆっくりは土へと還ってゆくのであった。
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最終更新:2009年10月18日 13:16