ふたば系ゆっくりいじめ 812 逝久璃

逝久璃 12KB


独自設定 百物語

いくら江戸の街が発展しようと、不思議な話というのには事欠かない。
これからするのはそんな話だ。

仕事で少しばかり遠出した帰りに、一杯引っかけていこうということで、たまたま目にした居酒屋に草履を向けたのだ。
ずいぶんと珍しい店だった。
普通は土間に酒ダルを置いて座らせるところが、飯台を椅子が囲んでいる様子で、客も自分のような土臭い男ばかりでなく、伊達者から若い娘さん、家族連れの者までいた。かなりの繁盛ぶりだ。
酒だけでなく軽い食事をも出すようだ。給仕も妙齢の女性がやっている。普通は男がするものなのにだ。しかし、それらが誰もがのれんをくぐりやすい雰囲気を出しているのかもしれない。
一人用の席に案内され、酒とさかなを注文する。
あちこちに置かれた行灯の明かりを受けながら、手酌でとっくりを傾けちびりちびりとやっていると、あちらこちらにいる客たちから、その会話が様々に聞こえてきた。


たとえばこんな話だ。


「おお、だいぶ大きゅうなったのう。元気なやや子が生まれそうじゃ」
「のう、ばば様。わしは子を産むのが何やら恐ろしい」
「何を言うじゃ」
「世の中には鬼子というものがあるそうな」

腹の膨れた娘が言うには、鬼子──それは大きな頭のようななりで、胴体はなく、産まれるとすぐに飛びはね、はいずり、縁の下へ駆け込もうとするのだそうだ。
その場で打ち殺してしまえば良いが、もし殺し損ねてしまい、産の床の真下に来られると……

「……産婦は死んでしまうそうじゃ」

相手の老女はしばらく黙っていたが、やがてこくりとうなずき、「わしも似た話を知っておる」と言って、次のことを話した。

ある漁師の妻が産をした。
漁師が浜で網を引いていると、たった今産まれたとの知らせ。
喜びいさんで家へ帰ると、どうしたことか、腰を抜かした産婆がずるずるとはい出てきた。
中をのぞく。妻は産の疲れで眠っている。赤児の姿はどこにもない。
ようよう産婆から聞き出せば、それは何ともおぞましい出来事だった。
赤児は産まれた途端へその緒を自ら切ると、すぐに立ち上がって笑いながら外へ向かっていった。驚きと恐怖で口を開けっぱなしの産婆を尻目に、「うーうー」やら「だどー」などと意味不明の言葉を発し、大きなおならをして去っていったそうだ。
漁師は仲間と共にほうぼうを探したけれども、行方はついに知れず──妻はそれから物狂いになって死んでしまったとのことだ。

娘が美しく白い顔をさらに青ざめさせて、「ばば様、どうしょう。つくづく我が身が恐ろしゅうなった」と言う。
自分の身から産まれ出るモノの得体の知れなさ。恐れおののいているのだ。
老婆は、言い聞かせるように穏やかに言った。

「そげなこと何も心配いらん。魔物をはらんだ女子の顔には、凶相ちゅうもんが表れとるもんじゃ。あんたのオカメ顔はお多福顔じゃて、腹ん中は宝に決まっとるわ。さぁさ、甘酒をおあがり」


別の方からはこんな話が聞こえてきた。


「去年の夏はずいぶんと暑かったべ」
「んだなあ」
「そんときの話しなんだがな、知り合いが勤めとる主人のお侍さんが妙ちくりんなことに出くわしたそうだ」
「妙ちくりん?」
「妖怪変化じゃ」

その侍は、暑気あたりであろうか、心身が渦巻くような気分の悪さに、役所勤めから早々に帰宅することにした。
照りつける日差しが道を白く輝かせ、陽炎さえ立ちのぼらせていた。
ゆがむ視界の中、自宅の門をくぐり、声を掛ける。

「気分がすぐれぬ。床をとれ」

すぐさま「は」と下男の返事。

「お帰りなさいませ」

妻の声に顔を上げて、ぎょっとした。
その頭は平生の二倍ほどに膨れており、異様なほどに丸みを帯びていた。
妻の顔ですらない。
髪はまったく結われておらず、奇抜なほど幅広い赤い髪飾りが後頭部で咲いている。

「……? いかがなさいましたか」

心配する口調・声色は妻のままである。首以外の体も身につけた衣服も何も変わらない。
頭部だけがすげかえられたように変異しているのだ。
眉を寄せているにも関わらず、しゃくれた口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
その表情で、身を案じる妻の声を発するのである。
妻だけではなかった。
家にある者全ての頭が変異していた。巨大な頭部をつけて普段通りに行動している。
傍らの若党は、高くとがった黒い笠をつけた頭だった。髪はワラのように黄色く縮れている。当然結われていない。そしてやはり、しゃくれた口に不敵な笑み。
下女の髪もワラのようだった。しかし、笠は被っておらず、代わりに歯のないクシのような物を赤く髪に刺している。それの抱く我が子は、たっぷりとした紫の毛髪を垂らして、猫のような口。

「むぅ……!」

侍は刀へ手をかけたが、深く息をつき、思いとどまった。
異形でこそあれ、声や仕草は常のまま。何も変わらなかったからである。
彼はふらつく足を奥座敷へ向け、フスマを立てきって、横になった。
主人のただならぬ様子に妻が幾度も来たが、目を開こうともせず、「あっちへ参っておれ」と側に寄せなかった。

「はぁ、それでどげになったんじゃ。そのままだったんかいの」
「いんや。ヒグラシがコオロギに鳴きかわった頃さ目ぇ開いてみると、夕げの支度さしとる皆がいつもと同じ頭でおったそうだべ」
「お侍さんは切らんでよかったんか。妖怪変化じゃろ」
「妖怪変化はそん先の話だなや」

翌日、侍が同僚にこの話をすると、ひざを打ってこう言った。

「昨日、門前にて貴公を見かけた折、小さき者を背負っているようであった。頭まで覆った白無垢のごとき身なりで、顔は下膨れておった。役所に子を伴うはずもなく、まして異形の者。いぶかしく思っていたが、なるほど、あれは鬼であったのだろう」

侍は恐怖よりも、やはり切らなくて良かったのだと安どを感じたという。

「怖い話だなや」
「んだんだ、気づかんとこで憑かれとるんじゃからの」
「そういやおめえの顔も馬に見えとるわ」
「こいつは生まれつきじゃ」

二人の人足は笑いあった。


おちょこに一、二滴ほど酒が垂れて、それきりになった。
酒が切れたようだ。
追加のとっくりを頼むと、別の話が聞こえてくる。


「ねえねえ、お美代ちゃん見たんだって」
「何を見たの?」
「それがね、お母さんだって」
「お美代ちゃんのお母さん死んだのじゃなかったっけ」
「見たのはお盆のときなんだって」
「じゃあいい話じゃない」
「それがね……」

迎え火を燃し、ナスやキュウリで精霊馬を作り、お供え物をして、手を合わせる。
お盆の決まり事をつつがなくこなし、そのときは何も起こらなかった。
しかし、夜、皆が床につき、寝静まって……それを聞いた。
始めは何かがすれる音だと思った。風か何かのせいによるものかと。が、違う。
生き物の気配がする。ネズミか何かか。
いや──

ひそひそ。ひそひそ。

しゃべっている。小さな何かが。近くで。
隣の妹は寝ている。離れたところにいる父親も寝ている。母はすでに他界している。
では、誰が。

くすくす。くっくっ。

笑っている。笑いあっている。
どこだろう。布団から出て、探す。声は床の間のあたりからしていた。
置かれた壺をのけて、見て、思わず言った。

「おっかさん」

母親がいた。母親の頭だけがいた。饅頭のように丸く太って、頭だけになった母親がそこにいた。
母にすり寄っていたのは、同じく肥え太った人頭。黄色いざんばら髪で、眼は青く濁っていた。母はこの化け物とむつみあっていたようだった。
双方共に、粘りけのある汁にまみれて、こちらをうかがっている。
母親は所在なさげに、娘の視線を受けていた。
お美代は顔を赤らめて言った。

「情けなや、おっかさん。おとっつぁんに恥ずかしくはないのか、娘がいとしくはないのか」

非難の言葉に、母親は「う、うう」とかすれる声を漏らしていたが、いたたまれなくなったのか、弾けるように飛び跳ねてそこから去った。相手の人頭もそれを追う。
一人残されたお美代は、床の間にしゃがみ込み、静かに涙を流した。

「お姉ちゃん、お隣さんがぼた餅くれたよ。おっかさんの好物だから、お供えしてって」

翌朝、妹が皿いっぱいのぼた餅を持ってきた。
お美代は黙って受け取り、しばらく見つめていたが、やがてその一つをむんずとつかむと、むしゃむしゃと食べ出した。

心配そうに妹が言う。「おっかさんにあげないの?」
お美代は答える。「いいから、お前もお食べ」

「仏様の罰が当たるよ」と首を振る妹に、お美代は言った。

「罰が当たるのなら、姉ちゃんはきっとお茶に生まれ代わるよ」
「なんで」
「なんでもさ」

そうして、ぺろり、と指の餡子をなめた。

「あははは、やぁだぁー」
「うふふふっ」
「あはははっ」

女同士の笑い声で話は流れた。


ふとタバコの臭いが鼻をくすぐる。
誰かキセルでもふかしたものかと見回すが、そのような不作法者は目につかなかった。
横を通り過ぎていった老人から香ったのだろうか。
老人は子供を連れており、席に着いた。
子供はうなだれたまま、向かいに座る。


「元気を出すことさ、ぼん。うまいもんでも食ってなぁ」
「でもでも、おじじ、おいら駄目なんだ」
「何が駄目じゃ」
「字も上手く書けんし、泳ぎもできん。いっつもグズばっかでみんなに馬鹿にされる」
「そんなこっちゃか。ではおじじが話をしてやろう」

愚かな男がいた。
人にはだまされ、友には侮られ、女房には軽んじられ、商いは損ばかりだった。
ある日、女房に「ごくつぶし、能なしの唐変木め。豆腐に頭打って、うどんで首くくって死んじまえっ」と酷くけなされ、絶望して家を出た。
男は山の方へ歩きながら、こう考えた。


──ああ、何の役にも立たぬ身だ。クズのような一生を終わりにしよう。だが、せめて最期くらいは、餓えたオオカミの腹を満たすほどの役には立ちたい。

男は、オオカミの巣穴を見つけると、その中で横になって、運命を待った。
果たしてオオカミがやってきた。
男はいよいよ覚悟した。
だが、オオカミはこんなことを言う。

「臭い臭い。何だこの臭さは。貴様、真人間だな。失せろ失せろ。臭うてたまらん。失せろ失せろ。臭い臭い」
「ああ、すみません。鼻をつまんで食うてください」

男は謝りつつ懇願するが、オオカミは言う。

「退け退け。真人間の臭い肉など食えるか。去ね去ね」

だが、男も食い下がって、食ってもらおうとする。

「どうでも帰れぬので、辛抱して食うてください」
「嫌だ嫌だ。臭い臭い」
「この通りです」
「臭い臭い。寄るな寄るな」

しばらく押し問答が続いたが、やがて根負けしたか、オオカミが提案をした。

「わかったわかった。食うてはやらんが、我の眉毛を一筋やろう。とく取れとく取れ。それをかざして世を見るがいい。しばしの退屈しのぎになろう。なれば、とく去ねとく去ね」

仕方なく言われた通りにして、山を下りた。
町の辻で、オオカミの眉毛をかざして見ると、驚いた。
往来の人々は、すべて化け物ばかりであった。人間の姿をしている者は一人としていない。
手足のない頭だけの姿で、異様に膨れた体、いや顔を揺すりながら行き来している。しかめ面をしていながら、口にはへつらうような笑みが浮かんでいた。髪は黄色や緑などの腐ったような色合いで、珍妙な被りもので飾っている者もいた。
ふと、ごく普通の人間の姿が目に留まったが、それはゴザを体に巻いた乞食だった。

──なんだ、真人間は俺とあの乞食だけなのか。ああ、そうなのか、こんな世間では出世できなくても当たり前だ。

ふと見ると、一際大きな頭、まるで巨大な饅頭のように膨れた化け物がこちらに向かってくる。頭の後ろに不釣り合いなほど大きな赤い布地を貼り付けている。
目の前に来ると、こう言った。

「このろくでなし。どこほっつき歩ってんだ」

──こんな奴とはうまくやれなくても当たり前だ。

「なんだい、気味が悪いね。何笑ってんのさ」

男は乞食に眉毛を渡すと、家へ帰ったそうだ。

「ちゅうこったな」
「おじじ、男の人はそれでどうなったの?」
「さあな、そのままで幸せに暮らしたのじゃないか」
「馬鹿にはされなかったの?」
「されたろうな。けれど幸せだったろうさ」
「うん……」
「ほれ、好きなもん頼みぃ。いっぱい食うことさ」


別の席では、また新しい話が始まったようだ。


「そういえば、子供のときに不思議な体験をしてな」
「ほう」
「俺には爺さんがいたのだが──」

布袋さんに似た立派な体格の爺さんで、活発に笑った。
子供だった自分は、よく手招きされては、その膝の上で可愛がられた。
ある日、爺さんは小刀を扱って工作をしていた。
自分は横で木が削られる様を見ていたが、爺さんが

「あっ」

と小さく叫んだ。
見れば指を切ってしまっている。
自分も叫んだように思う。
それは爺さんが指を傷つけたからではなくて、
その傷口から、白いものがドロリと流れたからだ。
血が流れるはずなのに、違った。
爺さんはすぐにそれを口に含んだが、一部が畳の上にこぼれた。
こっそりと素早く指の先ですくった。
手を握って隠し、物陰でなめてみた。
とても甘かった。

「それだけか」
「いや、その夜のことだ」

尿意を感じて目が覚めた。かわやへ向かう途中で、爺さんの部屋が妙に気になり、ふすまをそっと開けて、中をのぞきこんだ。
するとだ。
顔が部屋一杯に満ちていた。膨らんだ頭だけが大きく大きく。
眼はつぶっていたが、口は笑っていた。眉は少し困ったように寄せて。しかし、笑い顔だった。
ふすまを閉じた。
もう開けなかった。

「で、どうした」
「そのまま自分の布団に戻った」
「それだけか」
「それだけだ。翌朝、俺は最後の寝小便をした」
「ハハハ、そりゃあお前、夢を見たのさ。小刀の一件も何かの見間違いだろう」
「かもしれんな」
「違いないさ」
「ただな」
「何だ」
「爺さんはその日、死んでしまったんだ」


これら数々の話をさかなに、晩酌を楽しんだ。
そちらはどうだろう。話は楽しめただろうか。
──左様か。
確かに眉つば物だと言われれば、うなずくより他はない。
人の話など当てにはならない。
ましてやここまで話してきたのは、ほとんどが又聞きを重ねた内容ばかりである。うわさに尾ひれが存分についた物もあろうし、始めから作り話の物もあろう。
しかし、最後まで聞いてもらいたい。私自身がした体験というのもある。


良い心持ちで勘定を済ませた後、店を出た。
途端、ふっ、と。
明かりが消えた。
振り返ると、暗い。店の中は誰の声も聞こえなくなっていた。先ほどまでの騒がしさが幻のように消えてしまっていた。
のれんは外されており、始めから店など始まっていないかのようだった。

「もし」

声に振り向くと、誰かがいる。腰の低い男……ここの店主だった。
話を聞くと、本日は終日閉店であるとのこと。しごく冷静に語られた。
幻覚を見たのだと恥じ入った。気づかぬ間に眠り入り、夢でも見たのかと。
しどろもどろで弁解した。
だが、店主はこんなことを言う。やはりしごく冷静に語った。

「いやいや、悪い日に参られた。そんなことは年に四、五回ほどであるのに」

私は総身に水を浴びた心持ちがした。


この話はこれにて。










うむ? ……ほほお。
左様か、居酒屋で聞いた話に現れた異形、同じものを目にしたと。
今の話を聞いて、それはうつつのことかも知れぬと考え直したと。
それは興味深い。
さて、もしかするとその目にしたというのは、このような──


ゆっくりしていってね!!!


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感想

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  • 面白かった -- 2010-03-30 18:18:49
  • うまい・・・。 ゆっくりできたze

    -- 2010-02-22 19:02:03
最終更新:2010年02月06日 15:47
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