れいむ、ばいばい 7KB
小ネタ ナンセンス。あまり深く考えないで下さい。
朝、男がいつものように玄関のドアを開けて外に出ると、そこにはゆっくりれいむがいた。
「ゆっくりしていってね!」
れいむは男の姿を見て、ゆっくり特有のどことなく得意げな、そして人を小馬鹿にした笑顔で挨拶してきた。
男は驚いた。
以前、山間の町に出張した際に見たことはあったが、都市部でゆっくりを見るのはこれが初めてだったからだ。
「ゆっくりしていってね!」
れいむは身動きもせず、真っ直ぐに男を見上げている。人間で言うなら「直立不動」だ。
山から町へと、徐々にゆっくりが侵出してきているという話は、確かにニュースなどで聞いてはいた。しかしまさか、いきなり自分の家の前で遭遇するとは思わなかった。
男が呆気にとられていると、やがてれいむの体がぷるぷると震え、その目には涙が溜まり始めた。
しかし笑顔は張り付いたようにそのままなので、いわゆる泣き笑いの状態になっている。
「ゆっくりしていってねっ!」
――ああ、挨拶を返して欲しいんだな。
出張時に地元の人間から「奴らは挨拶を返されると喜ぶ」と教わった。
それを思い出したした男は、
「……ゆっくりしていってね」
と、ぼそぼそと口を動かす。
無視しても良かったが、目の前で泣かれでもしたら、朝から何となく気分が悪いと思ったのだ。物珍しさもあった。話のタネになるだろう。
するとれいむは間髪入れずに、
「ゆっくりしていってねっ! ゆっくりしていってねっ!」
と飛び跳ねながら言った。
顔つきこそ変わらないものの、それでも嬉しそうに見えるのは男の気のせいではあるまい。
れいむの体の周りに「ぱああ」という漫画的な擬音さえ見えるような気がした。
男はそんなれいむの脇を抜け、会社に向かった。
後ろから
「ゆっくりしていってね!」
という声が聞こえたが、男は振り返らなかった。
今朝もまた、玄関の前にれいむがいた。
「ゆっくりしていってね!」
「れいむはれいむだよ!」
ただし二匹に増えている。
「…………」
男は言葉を失った。
家族? それとも友達?
とにかく昨日の奴が――どちらが昨日の奴かはわからないが――もう一匹連れてきたと考えるのが自然だろう。
男がじっと黙っていると、
「ゆっくりしていってねっ!」
「れいむはれいむだよっ!」
そう言って、体を振るわせ涙を浮かべる。鏡に映っているかのように、二匹ともまるっきり同じ泣き笑いだ。
男はつい「ゆっくりしていていってね」と口にしそうになり、やめた。
変に懐かれてはかなわない。農村などでは害獣扱いされている奴らなのだ。
農作物や草木を荒らし、さらには家屋にまで侵入するというので、ゆっくりが発生している地域では見つけ次第できる限り駆除していると聞く。
昨日、男の家に被害はなかった。しかし、だからと言って油断はできない。
二匹のれいむは、
「ゆっくりしていってねっ! れいむはれいむだよっ!」
「ゆっくりしていってねっ! れいむはれいむだよっ!」
と、ぽよんぽよんと飛び跳ねだした。いつまでも挨拶を返さない男に焦れたらしい。
男は黙ってその脇を通り抜けた。
「もう来るなよ」
二匹にはっきりそう言ってから、会社に向かう。
「ゆっくりしていってねっ!」
「れいむはれいむだよっ!」
背中に聞こえる楽しそうなその声にも、やはり男は応えなかった。
今朝もまた、玄関の前にれいむたちがいた。
「ゆっくりしていってね!」
「れいむはれいむだよ!」
「ゆっくりしていってね!」
「れいむはれいむだよ!」
あろうことか、四匹に増えている。
男は頭を抱えた。何だっていきなり、こんな。
近所の住民に聞いても、ゆっくりを目撃したという話はなかった。なぜか男の家の前に現れるだけだ。
しかもニュースで聞くように――たとえば窓ガラスが割られたり、家に侵入されたりと、何か被害があるわけでもなく、挨拶をしてくるだけ。
懐かれてしまったのだろうか。それとも、単にからかわれているのだろうか。
ただただ眉毛と口の端を吊り上げているれいむたちからは、何も窺えない。
――気持ち悪い……。
その薄気味の悪い笑顔に、男は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「ゆっくりしていってねっ!」
「れいむはれいむだよっ!」
「ゆっくりしていってねっ!」
「れいむはれいむだよっ!」
ニヤニヤと得意満面に叫ぶれいむたちを、男は次々と爪先で小突いた。
「やめてねっ! やめてねっ!」
「ゆっくりできないよっ!」
「やめてあげてねっ! いたがってるよっ! れいむもいたいよっ!」
「おお、いたいいたい」
笑顔はそのまま、涙を流してころころと転がる四匹。
「また来たら、今度は潰すぞ」
男は短くそう言い捨てた。
するとれいむたちは、
「ゲラゲラゲラゲラ!」
と笑いながら、四方八方へ跳ねていった。
れいむたちの姿が完全に見えなくなるのを待って、男は会社に向かった。出社前だというのに、すでに体が重かった。
男がドアの隙間から外を窺うと、案の定れいむたちがいた。
そして予想通り、今日は八匹だ。
同じ顔、同じ表情が八つ、玄関の前をうろうろしている。おぞましいとしか言えない。
男はドアをそっと閉め、ため息をついた。
ゆっくりに悩まされている地方の人間の気持ちが、ほんの少しだけわかった気がした。
山間の町や村では、すでに行政が動いている。役所や保健所にはゆっくり対策部署が設置され、駆除などを一手に引き受けているのだそうだ。
しかし、ゆっくりの存在そのものが珍しい都市部では、そんなものをあてにする事はできない。田舎では大ヒットしているらしいゆっくり駆除グッズが全国規模で売り出されるのも、まだまだ先だろう。
仕方ないので、男は極めて原始的な方法で行く事にした。
靴箱の横に放置してある使い古されたゴルフクラブを手に取る。
ヘッドは剥げているし、微妙に曲がったシャフトには、ところどころ錆が浮いている。しかし、それらは今日の用途には関係ない。何もゴルフをしようというわけではないのだ。
―一匹が二匹。二匹が四匹、そして八匹。その次は……。
ここまで倍、倍に増えている。
もし今日見逃したら、おそらく明日は十六匹でやってくるだろう――いや、確実にやってくる。
絶対にご免だ。それに、考えたくもないが、明日で終わる保証がどこにある。
都合よく今日は会社が休み――なら、今日で片をつけてしまうべきだ。
男は勢いよく玄関のドアを開けた。
瞬間、八匹が一斉に顔を向ける。男はクラブを振りかぶった。
「ゆっくりしていっぐええええええっ!?」
「れいむはぐえいぶぶぶううっ!?」
言葉を発しかけた一匹目と二匹目を立て続けに、力任せに殴りつける。れいむたちは驚くほどあっさりと潰れた。
「ゆっくりしていってね!」
そう、挨拶の言葉を決めて体を反らせた三匹目は、物言わぬ黒い塊と化した先の二匹を見た瞬間、涙を流し始めた。
四匹目は「ゆわわわわ……」と言葉を失っている。
どちらも笑顔だ。恐怖しているのかも知れないが、その顔は笑って――男をあざ笑っているようにしか見えない。
男はクラブを振るった。
「ゆぶえっ!!」
「ゆっぐうりいいっ!!」
三匹目と四匹目も、難なく潰れた。
五匹目は、
「やめてねっ! やめてねっ! ゆっくりできないよっ!」
と飛び跳ねていた。
その言葉や撒き散らされる涙とは裏腹に、やはり笑っているので、傍から見ればとても楽しそうな光景だ。
男は野球のスイングのようにクラブを振って、宙にいるれいむを殴る。
「ぎゅばあっ!!」
五匹目のれいむは、真っ黒い花火のように空中で爆ぜた。
六匹目を求めて視線を巡らすと、足元にいるれいむと目が合った。
もはやお馴染みの泣き笑いを浮かべながら、
「おお、こわいこわい」
とだけ言うれいむの脳天に、グリップを下に向けた形にしてクラブを突き刺す。
「おお、いたいいたい」
その言葉を最期に、口から餡子を吐き出して、串刺しになった六匹目は口をきかなくなった。
いきなり聞こえてきた「ゲラゲラゲラ!」という笑い声に男が振り返ってみると、残る二匹のうち一匹が逃げ出そうとしているところだった。
男は慌てた。
一匹でも逃がしたら駄目だ。逃げたそいつは仲間を連れて――増殖して?――明日の朝、またここに来るに違いない。
串刺しれいむからクラブを抜き、グリップを握る。
餡子まみれになる手に顔をしかめながら、逃げるれいむの後頭部にクラブを振り下ろした。
「ゲラあああっ!?」
動きをやめたれいむを見下ろす。
「ゲラゲラゲラゲラ!!」
滝のような涙を流しながら大爆笑するれいむの頭へ、ヘッドを垂直に落とす。それで耳障りな笑い声は止んだ。
これで七匹。
――八匹目は……。
いた。
微動だにせず、男の目をじっと見つめている。
涙も流していないし、震えてもいない。潰れた仲間たちから溢れ出た餡子の中にあって、れいむはとても落ち着いて見えた。
と、れいむは得意気に体を反らし、
「ゆっくりしていってねっ!!」
と言った。
れいむが何を考えているのか、男にはやはりわからない。
表情こそ人を馬鹿にしたものだが、ひょっとしたら怒っているのかもしれない。悲しんでいるのかもしれない。
男はゴルフクラブを足元に放った。
れいむはさらに体を反らせる。もう、ほとんど仰向けだ。
「ゆっくりしていってねっ!! ゆっくりしていってねっ!!」
元気に挨拶を繰り返す八匹目のれいむの顔を、男は力いっぱい踏み抜いた。
* * *
男は玄関のドアを開けた。
やはり昨日全部潰したのが効いたのだろう、れいむたちの姿はどこにも見えない。
しかし、男はがっくりと肩を落とした。
なぜなら、
「ゆっくりしていってね!」
一匹のゆっくりまりさが、そこにいたからだ。
(了)
作:藪あき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- 地味にいやなホラー -- 2013-07-10 15:38:38
- ドラエモン「バイバイン~~wwww」 -- 2012-05-09 18:06:06
- なんというホラー -- 2011-09-15 18:14:27
- 人を取り殺す妖怪みたい。
玄関先にトゲ付きのマットでも置いといたらどうだろう。 -- 2011-01-21 22:23:29
- ゆルゴムの仕業か・・・!? -- 2010-12-19 14:29:21
- 倍々 -- 2010-08-20 12:43:31
- 喰え。 -- 2010-07-08 06:01:26
- 怖すぎるんですけど -- 2010-06-16 23:53:02
最終更新:2010年03月29日 17:54