ふたば系ゆっくりいじめ 1078 あの向こうへ

あの向こうへ 53KB


観察 引越し 群れ 自然界 現代 虐待人間 anko384の続きです


【注意】
 ・冗長です
 ・本当にすこぶる冗長です
 ・「ふたば系ゆっくりいじめ 297 あまあまスイッチ」の続きですのでこれだけ読んでも良くわからないと思います
 ・面倒な人は戻るボタンをどうぞ
 ・ネタ被りはご容赦を






季節は秋も盛りを過ぎた頃、10月下旬。
俺はゆっくりの群れ2つを壊滅状態に追いやった装置の回収に、森に来ていた。

この森には、純野生種に極めて近いゆっくりが多数住み着いている。
それらを支える恵みを十分に生み出すほどに、この森は広大で豊かだ。

その中心近くにまで、重量およそ20キロ、背負っては歩くのもおぼつかない大きさの装置を持ち込んだ。
当然回収は大仕事だが、環境を考えれば放置はよくないし、所々再利用もしたい。

電動アシスト自転車の車輪をクローラーに改造してリヤカーをくっつけた運搬車輌に装置を乗せ、ペダルを必死に漕ぐこと30分。
時速3kmのゆっくりした旅程を3分の2も残して、もう面倒になって捨てて帰るか考え始めたとき。

「にんげんさん、なにをもってくの!?」

枯れかけた茂みの陰からかけられたゆっくりの声に、疲れた顔がうんざりと歪んでいくのが自分でもわかった。





【あの向こうへ】





もう少しで、そのゆっくりを即潰すところだった。

この森は俺の貴重な実験場で、ゆっくりとの接触は必要最小限に済ませたい。
ましてや装置を運んでいる最中ともなれば、目撃されることイコール失態だ。
そのために、行程を倍に増やしても、ゆっくりとの接触を極力避けるコースを選んで進んでいた。

なのに、こんなゆっくりぷれいすとも狩場とも無関係の場所で、ゆっくりに見つかるとは。

即潰さなかったのは、かろうじて理性が、ほかのゆっくりがいないか確認することを優先させたためだ。
一斉に四方八方に逃げられては、さすがに全部を抹殺するのは難しい。

ざっと視界に入る範囲を確認したが、他のゆっくりの気配はない。

「こんなところでどうしたんだ。仲間からはぐれたのか?」

そう声をかけながらゆっくりに視線を戻し、そこで初めてそのゆっくりがまりさ種だと気づいた。
まあ、排除するだけのゆっくりが何種だろうと関係ないが。

「まりさは……まりさには、なかまなんていないよ……」

ふむ、一匹だけなら慌てて潰さなくてもいいか。
家で製作中のトラップや進行中の実験のうち、被験体が必要なものがなかったかを思い返していく。

「それよりにんげんさん! それはかみさまがくれたんだよ! にんげんさんがもっていかないでね!」
「あ?」

まりさの台詞に意識を強引に引き戻される。

回収中のこの装置、実はあるゆっくりの群れに「ゆっくりの神様からのご褒美」として押し付けていたものなのだ。
この装置に関わりのある群れは2つ、そのいずれかの出身。
今はそこを離れ、仲間がいない。
まりさ種。



一匹だけ、記憶の中に心当たりがあった。

「…お前、長を倒したあのまりさか?」
「ゆ!?」

ビンゴ。

まりさはあからさまにうろたえ、俺を警戒し始める。
それはそうだろう、あの場にいなかったはずの人間が、どうしてそんなことを知っているんだ、と。

利益を与える説得よりも、利益を奪う説得のほうが難しいのが世の道理だ。
装置の回収を咎めるまりさに、普通のゆっくり相手のウソでは通じまい。
だから、さっきの台詞は鎌かけと同時に、まりさを言いくるために切ったカードなのだ。

「知ってるよ。これが教えてくれたからな」

そう言いつつ装置を片手でコンコンと叩く。
音につられてまりさは装置を見、改めて俺の顔を見、代わる代わるにしてますます表情を驚きの色に染めていく。

「神様に頼まれてこれを届けたのは、俺だ」
「ゆううぅぅ!?」

二の句を継げずにいるまりさに畳み掛ける。
ゆっくりの理解を超えるものに、ゆっくりの理解を超える事実、それらが当然であるような俺の態度。
人間に不審を抱かず、かつある程度頭の回るゆっくりであれば、大抵はこれで納得する。

「…ほんとうに、かみさまにたのまれたの?」
「ああ、本当だ。お前のことも知っていただろ?」
「ゆぅ…」



それらしく見える仮説に委ねたくなるのは、人間もゆっくりも変わらない。
しばらく俺だけをまっすぐに見た後、決心したのか、まりさは茂みの陰からこちらにやってきた。

「にんげんさん、ごほうびをどうするの?」
「ゆっくりできない使い方をしたって神様が怒っててな。取り上げてこいって頼まれたのさ」
「ゆうぅぅ…」

自分が使ったわけでもないのに、まりさがしょげ返る。
あるいは、こいつのために殺された家族を思い出したのかもしれない。



さて、俺はこの時点でまりさの相手に飽きていた。
うまく騙せたようだし、こいつは放っておいても今後この森で何かをするのに大した邪魔にはならないだろう。
となれば、俺はもうさっさと帰りたい。
起伏の激しい森の中、ペダルを必死に漕いで、家に着くのにあと1時間はかかる。
歩いて運ぶのに比べて相対的には楽だが、絶対的には重労働なのに変わりはない。

「じゃ、俺は帰る。お前も元気でな」
「ま、まって、にんげんさん!」
「なんだよ……」

帰る気満々のところを呼び止められて、不機嫌が顔に出る。
それに気付かないのか、単に空気が読めていないのか、まりさの次の言葉は俺を呆れさせた。

「まりさを…まりさをにんげんさんのまちまで、つれていってほしいよ!」
「はぁ?」

何を馬鹿な、それが率直な感想だ。
どうして俺が云々よりも、わざわざ死にに行くことの愚かさについてだ。

「いいか、まりさ。人間の町は別にゆっくりできるところじゃないぞ。
 この森みたいにゆっくりぷれいすもないし、ご飯だって多くない。
 冬だって寒いのを我慢してご飯を探さないといけないし、そんなだから冬を越せるゆっくりも少ない。
 こんな時期に森から町に移っても、暮らせるようになる前に寒さにやられて死ぬだけだ。
 悪いことは言わんから、この森でゆっくり暮らしておけ」

別にまりさのためを思って言ってるわけじゃない。
こいつを運ぶ手間をかけるくらいなら、言いくるめて諦めさせたほうが楽だと思っただけだ。
こんなのにゆんやー言われながらペダル漕いでいたら、俺は200%の確率でブチ殺す。
半殺しにしてオレンジジュースで復活させてを2セットやった後に全殺しの意味だ。
が、俺の思惑などどこ吹く風で、まりさは食い下がってきた。

「それでもいいよ! まりさは、いっかいでいいから、にんげんさんのまちをみてみたいよ!」
「だからそれは俺が面倒……ちょっと待て?
 まりさお前、死んでもいいから人間の町に行きたいって言うのか?」
「そうだよ! おねがいだよ、にんげんさん!」

ふむ、ちょっと興味が湧いた。
自分は大丈夫という根拠のない自信は無い、死ぬことになっても構わないから行ってみたい。
ゆっくりにまとわり付かれた回数は数え切れないが、この受け答えは初めてだ。

たとえば親子連れを捕まえたときに、自分は死んでもいいから子供だけは、というのならば例がある。
だが、こいつの言っていることは、死ぬ前に人間の町を見ておきたい、そういうことだ。
ありす種が漠然と人間の町に憧れるのとは様子が違う。

「どうしてそんなに町に行きたいんだ? 納得できたら連れて行ってやるぞ」
「…まりさのおかあさんは、にんげんさんのまちでくらしていたんだよ」



要約するとこういうことだ。

まりさの母のぱちゅりーは飼いゆっくりだった。
だがある日、飼い主とはぐれてしまい、野良となった。
虚弱な上に温室育ちだったぱちゅりーは町中での暮らしに耐えられず、さ迷ううちにこの森にたどり着き、群れに拾われたそうだ。
その後の紆余曲折は割愛するが、ぱちゅりーは生前、まりさがどれほどねだっても、人間の町の話をしてくれなかったという。



「…おかあさんがうまれた、にんげんさんのまちを、まりさはみてみたいんだよ…」
「ふむ」

まあ、これも何かの縁だ。
森育ちの割りにずいぶんと賢く、人間に対する聞き分けもいい。
手元においておけば何かの役に立つかもしれない。
手入れをしていない庭に放しておけば、別に手間もかからないだろう。

「連れてってやる。来い」
「ありがとう、にんげんさん!」

まりさを拾い上げると、リヤカーの荷台に乗せる。
装置を嫌そうな目で眺めていたが、俺もそこまでサービスが良くはない。

思わぬ寄り道にかかった時間を腕時計で確認してから、ペダルにかかった足に力を入れ直す。
そして、全力のノロノロ運転を再開して、ふと思った。



これ、ゆっくりの全力疾走とスピード変わらんな…。















翌日。

まりさは庭で絶賛放し飼い。
いや、飼ってはいないから放置だな、うん。

朝一番でまりさに、野良に侵入されないように作った出入り口のギミックを教えた。
そして、好きなところに好きなように行って、そうしたければ帰ってこいとだけ伝えてある。
まあ、何の頼りも無い以上は帰ってくるしかないと思うが。



ともあれ、俺はまりさになど構っている暇はない、構うとしても後だ後。
昨日は装置の回収に往復4時間もかかってしまったが、それだけのために森に入ったわけではないんだ。
一週間もかけて森中にトラップを仕掛け、それをいよいよ使うのが今日からなのだ。

24時間監視のモニターに映っているのは、今回のターゲットのありす種。
とはいっても、こいつを葬るわけではない。

このありす、昨日回収した装置のために壊滅した群れの長だったのだ。
それを新しいゆっくりプレイスにこれから案内してやろうと思う。
愉快な顛末で大変楽しませてもらったお礼と、あれだけの規模の群れを運営していた能力に敬意をこめて、だ。

問題はその方法。
件の装置で遊んでいたとき、俺は長ありすに一度会っている。
新しい場所に誘導するのに、真っ正直に姿を現しては、俺のことを「ゆっくりできるにんげんさん」だのと識別してしまうかもしれない。
それでは、可能な限り野生に近いゆっくりであれこれしたい俺としては都合が悪い。

また、新しい場所にただ誘導だけしてやるつもりも無い。
何しろこの長ありすご一行様、大人のゆっくりは10匹しかいないのに、孤児となった子ゆっくりを100匹ほども連れている。
常識的に考えて、成ゆが10匹程度で養える限度を超えている。
なので、これを適正数まで間引いてやらねばならない。

一行の成ゆのうち、2匹はぱちゅりー種だ。
こいつらは虚弱で自分の餌の確保にも難儀する有様なので、子守要員としてカウントする。
そうすると残り8匹が狩りに回るわけだ。

新しい場所の餌の潤沢さを前提に、1匹が冬篭り分も含めて成ゆ3匹分の餌を確保できるとする。
子ゆっくり2匹で成ゆ1匹分とすると、群れ全体で養える子ゆっくりは28匹。
若くて狩りの上手いちぇんが1匹いるので、そいつは成ゆ4匹分とすると、都合30匹が適正数となる。

70匹も超過とか、馬鹿なの、死ぬの?

こいつを間引けない程度に馬鹿善良個体どもなので、全滅しないで済むように俺の出番となるわけだ。





一行は狩りの真っ最中。
お散歩にしか見えないが狩りなのだ。

この近くにある朽ちた倒木の中に住み着き、餌場であるここまで毎日総出でやってくる。
子ゆっくりの数が多すぎて、大人が餌を運んでいると埒が明かないのだろう。
確かに、子ゆっくりが自由に動き回れる程度に育った今なら、この方が効率が良い。

だが、餌が効率よく得られるかは別問題。
そもそも子ゆっくりでも十分に餌が集められるような餌場なら、先客が陣取っていないとおかしい。
まあ、そういう場所なのだ。

大人の引率の下、食欲を少しでも満たすために、子ゆっくりは所狭しと駆け回っている。
だが、ここに居着いてそろそろ10日、子ゆっくりが手軽に食べられるような餌はすでに残っていない。

『ゆう…もっとたべたいよ……ごはんさん、どこ?』

その言葉しかと聞き届けた。
手元のスイッチをひとつ押す。
スピーカーからはガサガサと茂みが揺れる音が聞こえてきた。

『ゆ! いもむしさんだ!』
『ほんと!? どこどこ?』

画面奥にある茂みの手前に、緑も鮮やかな芋虫が現れていた。

『ゆわーい! まりさがみつけたんだよ! だから、まりさがたべるよ!』
『ずるーい! れいむがみつけたんだから、れいむがたべるよ!』
『ちょっとまってね、おちびちゃんたち!! なにかへんだよ!?』

我先に群がろうとする子ゆっくりたちを、大人のれいむが止める。

そう、れいむが言うとおり、実際におかしい。
何もかも茶色く色づくこの時期に、青々とした芋虫がいるか?
芋虫がガサガサと大きな音を立てるか?

れいむの声に従い、多くの子ゆっくりは歩みを止めた。
だが、何匹かは芋虫に釣られて茂みに向かっていった。
ずいぶん長いこと、新鮮な芋虫のようにおいしい餌にはありついていない。

『ゆっくりたべるよ!』

わらわらと群がる数匹の子ゆっくりたち、その先頭の1匹が芋虫に食らいついた瞬間。



バムン!!

『れみりゃだあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!?』



轟き渡る破裂音に続き、ゆっくりたちの悲鳴が響く。

『なんでええええええ!? まだたいようさんがいるでしょおおおおおおおお!?』
『ゆっくりしないでにげるよ!! みんな、こっちにきてね!!』

一部は恐慌に陥ったようだが、大部分は大人に従って一目散に逃げていった。



ちなみにゆっくりたちがれみりゃと思ったものは、写真を印刷して本物の帽子を縫い付けたエアバッグだ。
先ほどの破裂音は、疑似餌が落ちた地点の真下に埋めてあったエアバッグが作動した音。

茂みの中に隠しておいた芋虫の疑似餌を、あえて音を出す装置で落としたのだ。
そんなところに群がった子ゆっくりたちは、衝撃で八方飛び散り跡形も無い。

『ゆびゃあああああああああ!! みんなどこおおおおおおおおおお!?』
『まってよおおおおおおお!! おいてかないでよおおおおおお!!』

取り残された子ゆっくり数匹が情けない声を上げるが、戻ってくるゆっくりは一匹もいない。
圧倒的少数を助けるために命を張るほど、一行は愚かではないし余裕も無いのだ。

運が良ければ、こいつらも春まで生き延びられるかもしれない。
だが、子ゆっくりの中でも特に鈍臭いとあっては、庇護者がいなければ絶望的だろう。



逃走の列に加わっても、まだまだ脱落は止まらない。

『ゆえええええぇぇぇぇ!! まっちぇええぇぇぇぇ!!』
『ゆひっ…ゆひっ……も…はしれにゃ……』

体力に劣るものは次々に列を外れ、取り残されていく。

『ぱちゅりいいいいいぃぃぃぃぃ! いそいでねえええぇぇぇぇ!!』
『むきゅっ、さ、さきにいって』
『ぱ、ぱちぇたちのことは、いいから…』

大人のぱちゅりーたちも体力に劣る点では同じだ。
元気な子ゆっくりには置いて行かれる程度の速さで、取り残される側に回っている。
それを心配して併走するちぇんを、ぱちゅりーがたしなめる。

『ちぇんは、みんなの……(ゼェッ)……まえを、は…はしらないと、だめでしょ?』

ぱちゅりーの言うことももっともだ。
足の速い個体がこういうときにするべき役目は、先頭を駆けて後続の安全を確保することである。
列の末尾を受け持つことではない。

『ゆううぅぅぅぅぅ!! ぜったいおいついてねえぇぇ! ぜったいだよおおぉぉぉぉ!!』

一行の列はすでに長く伸びている。
ぱちゅりーの言葉に従い、その先頭目指してちぇんは跳ねていった。

置いて行かれたぱちゅりー2匹だが、まあたぶん何とかなるだろう。
こいつらは子ゆっくりに比べればまだ速いし、後から追いつけるだけの知恵もある。
さすがに群れの知恵袋を失うわけにはいかんので、いざとなれば敗者復活させてもいい。



『たす…たすけて……ぱちゅりーおねえちゃ……』

ふと、傍らにいた子ゆっくりがぱちゅりーに助けを求めてきた。

『おきゅちのなかにいれちぇぇぇぇ……』

ぱちゅりー相手に何を無茶なと思うが、まあ頼れるものなら何でも頼りたいといったところなんだろうな。
そしてお人好しなことに、ぱちゅりーが口を開いて子ゆっくりを含もうとする。

『そこまでよ!』

それを見ていたぱちゅりーが──ややこしいが、もう一匹のぱちゅりーが──助けようとするのを止める。

『やめなさい、ぱちゅりー! かまっちゃだめ!』
『む、むきゅ!? どうして?』
『ゆんやあああああああああ!! たしゅけてよおおおおおおおお!!』

止められた方は何故と尋ね返し、子ゆっくりは不満の声を上げている。
止めた方はそれらを見返し、きっぱりと言った。

『おちびちゃんたちが、どれだけいるとおもってるの!
 みんなをおくちにいれられないんだから、だれもおくちにいれちゃだめよ!』



ほほう、ちょっと感心した。

この一行はその成り立ち故に、大人のゆっくりには善良個体しかいない。
善良であるがために、こんな分不相応な量の子ゆっくりを抱える羽目になっている。
その中に、情にほだされずに最適解を考えられるゆっくりがいるとは。

そう言えばこの2匹のぱちゅりー、片方は参謀だったな。
群れ崩壊の顛末を思い出せば、止めた方が参謀で、止められた方は重鎮か。

『じぶんでにげられないこは、いつかかならず、たすからなくなるの。
 かわいそうだけど、おいていくわよ』
『ごめんね、おちびちゃん……』
『ぴぎゃああぁぁぁぁん!! やぢゃやぢゃああああああああ!!』

おお、非情非情。
野生なら当たり前の話だけどな。

だだをこねる子ゆっくりはすっかり足を止めてしまい、遅れていた他の子ゆっくりにも置いて行かれてしまった。
他にももう走れないだの何だの言って、脱落する子ゆっくりが出ている。

こいつらはもう、群れには要らない。
30匹まで子ゆっくりを絞り込まねばならないのに、生きるために最大限の努力を出来ないような個体は必要ない。
一行が逃げていった方向をいくら見たって、野生のこいつらに助けがあるはずがないのだ。



その、甘えた子ゆっくりたちが見つめる方向は、俺が誘導しようとしている場所と大体一致する。
トラップは何も、不出来な個体を選別するためだけにあるのではない。
こいつらを新しいゆっくりぷれいすに誘導するための鞭でもあるのだ。

だから走れ、必死にな。










およそ1時間後。

『ゆふー、ゆふー、ゆふー……』
『もうはしれないよぉ……』

さっきのトラップ発動地点から、森の外れまで3分の1ほど進んだところ。
あきれるほどに予想通りの場所で一行は一息ついていた。

森の中は、人間でもそうなのだ、ゆっくりにとっては相当に起伏が激しい。
自然と、ゆっくりが通りやすい道というのが出来てくる。
それを見極めるのにはコツがいるし、俺の目が正確だったということなんだが、ここまで誤差が少ないと拍子抜けしてしまう。

『ゆうう……おなかすいたよう…』
『おみずさんのみたいよう……』

少ない体力を振り絞って全力疾走をしてきた一行は、すっかり消耗しきっている。
ここに追い込みをかけても全滅するだけなので、今日の運動はここまでだ。

後先を考えなければ、今日一日で目的地までの行程を走破させることも出来なくはない。
だが、そこまで追い立てたところで、肝心の子ゆっくりが全滅しかねないし、大人のゆっくりも被害甚大だろう。
今回の目的は、あくまでも一行の避難なのだ。

『ゆゆ! ごはんさんがあるよ!!』
『おみずさんもあるよおおおおお!!』

なので、本日の野営地には先回りして餌や水がおいてある。
もちろん味覚を破壊するようなあまあまではなく、この時期森で採れるような自然の味覚だ。
主に食えなくもない草さんとか。
アフターサービス完璧、さすが俺。



『ゆわあああい! いっぱいあるよおおおおおお!!』
『ちょ、ちょちょちょっとまつんだぜおちびたち! またなにかあるかもしれないんだぜ!』
『ゆぴぃっ!? もうれみりゃはいやあああぁぁぁぁぁ!!』

不自然に現れた食料に警戒するゆっくりたち。
早速学習効果が現れたようだが、それでいい。

『まりさがたしかめるから、みんなはそのまままってるんだぜ』
『きをつけてね、まりさ!』

一行が遠巻きに眺める中、まりさが一匹、餌に近づいていく。

『ゆふん、れみりゃはかくれていないのぜ…。ごはんさんは……。
 むーしゃむー…ゆぶううううううううう!?
 こりぇどくはいっちぇるうううううう!!』
『ゆわああああああああ!! まりさあああああああああああ!!』

ほんの一口分の草をかじっただけでまりさが餡子を吐いている。
だろうな、かなり念入りに塩もみしたから、あの餌。

『ままままりさにおみずをはこぶみょん!!
 ごーくごーきゅぶううううううううううううううう?!』
『みょおおおおおおおおおん!?』

バカだあのみょん、慌てすぎだ。
餌に毒が入ってるなら水も怪しいだろうに。



2匹とも飲み込みはしなかったようで、多少中身を吐いただけで済んだ。
さすがに気分が悪いらしく、今は2匹並んでぐったりとしている。

変わって他の大人たちが周囲を探し回り、
『ごはんさんみつけたわよ!!』
『おみずもあったんだねー!!』
今度こそ、こいつらのために用意しておいた餌を手に入れた。

『まりさ、みょん、だいじょうぶ? ごはんさんもってきたわよ?』
『きぶんがわるいからいまはいいのぜ。みんなでたべてほしいんだぜ』
『みょんもいまはいらないみょん。…おさはすこしたべないとだめだみょん』

そうして大人が餌を配っている間に、置いて行かれたがめげなかったゆっくりたちが追いついてきた。
その最後尾がぱちゅりー2匹と、そいつらを励ましている子ゆっくり数匹。

ざっと見たところ、ここまで来られた子ゆっくりは70匹ほどだ。
結構脱落したが、最初だしこんなものだろう。

ちなみに子ぱちゅりーはこの時点ですでにゼロ。
大人のぱちゅりーでこの有様なんだから、妥当な結果だろうな。
新たな子ぱちゅりーについては、ゆっくりぷれいすについた後で2匹に頑張ってもらうとしよう。



「どれ」

新たに手元のスイッチを一つ押す。

ズズウゥゥン…
『ゆゆっ!?』

多少の時間差を置いて、スピーカーから地響きが聞こえてくる。
音源は一行が逃げてきた方角。
不安そうに目を向けるゆっくりたちだが、誰も確認に行こうとはしない。

カメラを100mほど手前のものに切り替える。
画面の中央には、先ほどにはなかった大きな倒木が横たわっている。

『…も……ゆ…』
『ゆぴゃああああああああ!! れいむうううううううううう!!』
『ゆんやああぁぁぁぁぁ!! みちさんがなくなっちゃったよおおおぉぉぉぉ!!』

衝撃に巻き込まれたのもいるようだ。
まあ、これから散々苦労して死ぬよりは、運がよかったかもしれんな。

この倒木は切り捨てのためだ。
最初のトラップは驚かすだけのものだから、諦めさえしなければ生きられる。
だが、諦めないだけのやつを延々と受け入れていては間引きにならない。
ぶっちゃけた話、ぱちゅりーたちに見捨てられるような連中はいらん。

『ゆうぅぅぅ、まりさはこっちにいってみるよ!』
『ありすもついていくわ!』
『ちぇんはあっちにいくんだねー』
『れいむはそっちにいくよ!』

遅れながらもここまで来ただけあって、子ゆっくりたちは諦めが悪い。
だが、どいつもこいつも明後日の方向に進んでいき、倒木を迂回して道に戻れたやつはいなかった。
1匹くらいは戻ってくるかもと思ったんだがなあ。

画面を戻すと、一行はさっきの音に未だに怯えていた。
そうそう、そうやって周囲に注意を払ってくれよ。
迂闊なやつはいらないから。

日はすでに大きく傾き、間もなく夜がやってくる。
俺が用意した餌を半分以上食べた一行は、夜露をしのげる場所を探し始めた。
程なく、一匹が地面のわずかな段差の部分を、枯れ葉が庇のように覆っている場所を見つけた。
もちろん俺が用意してやったお泊まり施設だ。
定住するには頼りないが、今夜一泊なら十分だろう。

おままごとみたいな逃亡劇で疲れ切ったのだろう。
一行は狭い隙間にひしめき合って、完全な闇が降りる前に寝入ってしまった。



光量不足で徐々にノイズが混じり始めたモニターに添えられるのは、ゆっくりどものいびきと歯ぎしりの音。
…ホント、お前らなんで生きていけてるんだろうな。















2日目。

時刻は大体10時頃。

日が昇ってから起きて。
昨日の残りの餌を食って。
食後の居眠りをして。
先に目を覚ました子ゆっくりたちが辺りで遊びはじめて。

そんな頃。

『ゆわぁぁぁぁ………あ……。ゆっくりおきたよ』

ぼちぼちと一行の大人たちが目覚め始めた。

『そろそろ、おひるのごはんさんをとりにいかないといけないわね』
『じゃあ、ちぇんはあっちのほうをさがしてみるよー』
『まりさはこっちにいってみるよ』
『おちびたちー! こっちにあつまるんだぜ!』

起きてすぐに狩りの算段を始める大人たち。
もうこのサイクルが染みついているのだろう。



だが、そんなことで時間を潰されるわけにはいかない。
もう十分休憩しただろ、そろそろ運動の時間だ。



ガサッ
『ゆっ!?』

一行から少し離れた場所で大きな音が立つ。
一斉に振り返るゆっくりたち。
その視線の先から、カサカサと枯れ葉の擦れる音が近づいてくる。

『へびさんだあああああああ!!』
『ゆわあああぁぁぁぁぁぁぁ!?』

最初の叫び声の後にわずかな恐慌状態。
その後は昨日のように、大人が子ゆっくりを引率して走り始めた。



もちろん、蛇は本物ではない。
俺謹製のラジコンで、中継器を通して俺が操作中だ。
この先、自然の道なりではない場所に誘導するため、連中を追い立てるのに用意したのだ。

昨日使った倒木のトラップを多用できればラジコンで追う必要もないのだが、いかんせんあれは手間暇資材がかかりすぎる。
あの1か所を作っただけで嫌になり、他の場所は全部別のトラップで置き換えた。

ちなみに蛇ラジコンの外見は大体あってる程度。
…ごめん嘘付いた、小学生が指さして笑うレベル。

頭は子ゆっくりに襲いかかるためにソフトボール程度の大きさだ。
全長は1mほどだが、最初から最後まで同じ太さのせいでただのパイプにしか見えない。

そして問題は外装。
全体的に鮮やかな黄緑色です、鱗の代わりに編み目が書いてあります、目玉は黒くぐりぐり塗っただけです。
造形は苦手なんだよ、わかってるから突っ込まないでくれ。

だがメカは本格的だ。
本物同様に蛇行で進み、鎌首をもたげて襲いかかることも出来る。
他の動物だと難易度が高すぎてそれらしい動きを再現できないので、消去法で蛇になったのが実際のところなんだが。
おまけに動きに無駄に凝ったせいで、重量の半分がバッテリーなのに15分しか動作しない。
まあ、稼働時間は大きな問題ではないので、ひとまず放っておこう。



さて。
ラジコンで逃げるゆっくりたちを追いかけているのだが、すぐ目の前に邪魔なのがいる。
…ぱちゅりーだ。

『むきゅっ…! む、むきゅっ……!!』
『おねえちゃんおばちゃんいそいでねええええええ!!』
『わ、わたしたちはいいから、さきににげなさい!』
『やだああああああああ!! はやくにげてよおおおおおおおお!!』

とまあ、一部の子ゆっくりたちにまとわりつかれて息を上げている。
昨日は遅れる子供を容赦なく見捨てていたぱちゅりーたちだというのに、今日は子供に見捨てられずにいるとか。
意外と人望──ゆん望とでも言うか──があったんだな、こいつら。
ともかく、こいつらが木と木の間いっぱいに広がっているため、無視して先に行こうにもすり抜けられないのだ。

仕方ない、別の手段に出るか、そう考え始めたとき。

『こ、ここはわたしがくいとめるから、さきにいきなさい!』
『そ、そんな…』
『いいから!!』

一匹のぱちゅりーが逃げるのをやめ、こちらに向き直った。

『さあ! ぱちぇがあいてになるわよ! かかってきなさ…』

イヤですー。

『む、むきゅううううう!? まちなさぁぁぁぁぁい!!』

悲壮な覚悟をもって挑んできたぱちゅりーの横を華麗にスルーする。
何とか食い下がろうと追いかけてくるが、ぱちゅりーごときに追いつかれるほど鈍臭くはないわワハハ。

『?! みんなさきににげて!』
『おねえちゃあああああああん!!』

今度はもう一匹のぱちゅりーが立ちふさがった。
だが断る。

『むきゅううう!? どぼちてええぇぇぇぇ!!』
『みんなにげてえええぇぇぇぇぇ!!』
『ゆんやああああああああああああ!!
 …………?』

必死に追いすがるぱちゅりー2匹に、絶望にそまった表情を見せる子ゆっくり数匹。
そいつらを置いて、ラジコンは先を行くゆっくりたちを追いかけた。

ていうかぱちゅりーは殺さないし、ぱちゅりーについていた子ゆっくりたちは自己犠牲的な意味で将来有望そうだし。
だからお前らまとめてお断りします。

間引くっつっても無能から削りたいんだよ。
たとえば、ほら。

『ゆわあああああああああ!! こっちこないでねえええええ!!
 ぷくううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!!』

こういう無駄な努力してるやつとか。



隣のサブモニターには、ラジコン視点の映像が映っている。
走行中はメチャクチャに映像が揺れるため、直視していると間違いなく吐く。
が、今はそちらを凝視して、正面の子ゆっくりを画面中心の照準線に合わせる。
そしてスイッチオン。

がしょん
『ゆぶっ…!!?』

サブモニターに映る子ゆっくりが激しくぶれながら大写しになり、画面の下に消えていった。
カメラの下側、つまり口に飲み込まれたのだ。
実際には開きっぱなしの口を覆い被せただけだが。

『ゆびゃああああああああ!! ごわいよおおおおおおおおお!!
 だじでねええええええ!! だずげでねえええええええ!!』

中で暴れているのだろう、映像が揺れている。
このまま散々怖がらせてから処理するのも乙だが、そんなにのんびりしているヒマはないので、も一つスイッチオン。

ヒュイイイイイィィィィィィィ
『ゆ? なんのおちょぁぁぁぁぁああああああああああああ!?』

甲高い風切り音がしたかと思うと、ホースが詰まったような音を立ちはじめる。
いや、まさにホースが詰まっている状況なんだが。
ラジコンのしっぽ部分には高出力のファンが仕込んであり、こいつが子ゆっくりを吸い込んでいるのだ。

『ゆぎゃっ!? いぢゃあっ!! やべぢぇ!! だぢゅっ!!』

先にも説明したが、ラジコンの太さはソフトボール程度、子ゆっくりとほぼ同じくらいだ。
だが、当然メカが中に仕込まれているので、子ゆっくりを飲み込むスペースは二回り以上細い。
そこに無理矢理引きずり込まれているのだ、あちこち擦れ千切れているだろう。

しかし、そんなのは序の口だ。

『ゆびっ、なにかあんよにあたっ……あぎゃああああああああああああああああああ!!』

ファンが子ゆっくりを吸い込んでいたのだ。
当然、行き着く先にはそれがある。

『ぴ、ぴぎっ!? あんよ!! まりさのあんよ!!!
 いぢゃっ! いぢゃあああぁぁぁ!! なぐなっぢゃううううううう!!
 ゆるっ、ゆるじでぇ!! だぢゅげでえええええええ!!』

ファンのブレードは金属製、モーターも高トルクのものだ。
饅頭ごときは造作もなく削り取っていく。
泣き喚こうが命乞いをしようが、機械が知ったことではない。

『も、もっちょゆっ……!!』

自分の命が消えるのを子ゆっくりが理解した頃。
最後の台詞を言い終える間もなく、軽くなった子ゆっくりの体は、一息にファンに巻き込まれた。

ラジコンのしっぽからは、子ゆっくりだったものがべちゃべちゃと吐き出されていく。
これからたくさんすり潰すのに、腹の中にためてなんておけないからな。

ああ、ちなみにラジコンの体内にもカメラ設置済み。
じゃないと楽しめないだろ?



『ゆ…ゆぴっ……』
『ゆぴゃあああぁぁぁぁぁ……』

一部始終を見ていた別の子ゆっくりたちが、おそろしーしーを漏らして震えている。
この隙に逃げておかなかったお前らも落第ね。

『ゆぎゃああああぁぁぁああぁぁあああああぁぁぁぁ!!!』
『ゆんやああああああああ!! ありすぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』

とりあえず手近なほうの子ありすに食らいつく。
もう片方の子れいむは、子ありすを助けたいのか、ラジコンに体当たりを繰り返している。
やれやれ、貴重な時間を無駄にするとは。

『ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!
 ありすの! ありしゅにょしゃらしゃらへあーぎゃあああああああああああああ!!』

先ほどからファンは全力回転のままだ。
ものの数秒でしっぽからカスタードが吐き出され始めた。

『ぁぁぁぁぁ……ぁ……っ………』
『ゆっ…ゆびゃああああああああああああああ!!』

子ありすの悲鳴が途絶え、やっと子れいむは自分の努力が無駄だったと気付いた。
だが今更逃げてももう遅い、お前らと違ってラジコンはのろまじゃないんだ。

捕食体勢から走行体勢に戻す数秒の間に、子れいむは2mも逃げられていない。
これじゃ10秒もかからず子れいむに追いつき、もう5秒もあれば子れいむは元・子れいむだな。

あっけなさすぎる未来予想に大した感慨も湧かず、コントローラーのスティックを倒す。
モニターに映るラジコンはたちまち蛇行運動を開始し、あっという間に子れいむに食らいついた

「お?」

…り、はしなかった。
子れいむとの距離を半分ほどに詰めたところで急に動きが鈍くなる。
そこから10cmほども勢いで滑った後、完全に反応が無くなった。

『ゆああああああ!! へびさんこないでねえええぇぇぇ……?
 …ゆゆゆ?』

子れいむもラジコンの様子に気が付き、逃げるのをやめて振り返っている。
しばらく距離を置いたままラジコンを眺め、それから少しずつ近づき
『ゆえいっ!』
軽く体当たりをして見せた。

『へびさん、ゆっくりしちゃった…?』

ぴくりともしないラジコンに、2度3度と体当たりを繰り返す。
そしてついに、れいむは確信の歓声を上げた。

『ゆわああああああああああい! れいむ、へびさんにかったよおおおおおおおお!!』

んなバカな。
子れいむはすっかり浮かれきり、何度もラジコンに体当たりをしては、ゆんゆんと喜んでいる。

そんなのを無視して、俺はさらにもう一つのモニターでラジコンの位置を見る。
そいつであることを確認すると、モニターの下にあるダイヤルスイッチをひねってチャンネルを切り替えた。



『ゆっへん! れいむはむれでさいきょーっ!なんだよ!
 よわっちいへびさんなんて、れいむにかかればいちっころなん』

ガサッ

『ゆ……?』



音のした方を振り返ると、そこには鎌首をもたげたラジコンの姿。

『ゆんやぁぁぁぁぁぁぁ!! どぼt』

そして、あっという間に子れいむはラジコンの口に消えた。



何のことはない、ラジコンが中継器の有効半径から飛び出してしまったのだ。
中継器はあちこちにあるが、全部が一斉に電波を飛ばしては、影響のかぶる場所で誤動作を起こしてしまう。
なので、場所ごとに中継器を切り替えないといけなかったというわけだ。

こんな説明をしてる間に、子れいむだった餡子はすっかり排泄済みである。
その他大勢の扱いなんて、こんなものだ。





さて、一行が逃げた方向にラジコンを向けるが、視界にゆっくりの姿が一つもない。
定点カメラの映像を切り替えて探すと、最後尾グループに手間取ってる間にずいぶん引き離されてしまったようだ。
しかも、先頭が誘導したい方向から逸れ始めている。
やれやれ、まだ5分くらいは動けるけれど仕方ない。

まず、ラジコンを横道に逸れさせる。
後から追いついてきたぱちゅりーたちが、蛇を恐れて通れないような事態を避けるためだ。

それから、手を伸ばしてチャンネルを回す。
一つはさっき、中継器を切り替えたのと同じもの。
そしてもう一つは。





先頭を行くちぇんは、走りやすい道を選んでいた。

ゆっくりの動きは鈍い。
少しでも素早く逃げるには、道を選ぶ必要がある。

当然、追う側もその恩恵に与ることになるが、そこまで思慮を巡らせる余裕はない。
動きの鈍いゆっくりが、まず素早く逃げないことには始まらないのだ。

『こっちのほうがらくなんだねー、わかるよー!』

そう言うと、二手に分かれる道の一方に飛び込んでいった。
後続を振り切らない程度の速さで、ちぇんはわずかな起伏を読み取りながら進んでいく。
そのコース取りは、ゆっくりが逃げるという点で満点に近い。

だが、その先には俺が設定した目的地はない。
それでは困る。

快調に飛ばすちぇんの視界の隅、立木の陰から何かが飛び出した。

『ゆっ!? ゆにゃああああああああああぶぶぶぶぼぼべべべべべべべべべ!?』

そのゆっくり出来ない動きには見覚えがある。
慌ててその場に止まろうとしたが、丸い体では勢いを簡単には殺せない。
なまじ尻尾で踏ん張ろうとしたのが災いし、ちぇんは地面に顔面を壮大に擦りつけながら滑っていった。

『わっ、わがっ、わがらにゃいよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

ちぇんの前に現れたのは、長くてくねくねしたゆっくり出来ない生き物、蛇だった。

『こっちにこないでねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

蛇の恐怖か顔面の痛みかは知らないが、ちぇんは涙をまき散らしながら、先ほどの分かれ道のもう一方への逃げ込んだ。



はい、もちろんラジコンです、この蛇。
こんな感じでコースを矯正し、今日の目的地に追い込もうという算段だ。

ちなみに全部で8台設置済み。
1台およそ15分稼働なので、全体で最大2時間操作できる。
徹頭徹尾追い立てる必要もないので、作戦全体では3時間は使えるだろう。

とはいえ、最後尾のラジコンはもう終了だな。
残りの稼働時間じゃ中盤グループに追いつけても、2~3匹処理したところでバッテリー切れだろう。
後続のために停止前に隠さないといけないので、実際には1匹処理できるかどうかといったところだ。
なので無理に最後尾を復帰させず、ここで一行を待ち構えることにする。

ラジコンを木陰に隠し、定点カメラから観察する。
ちぇんがペースを加減していたので、直後をゆっくりたちが続々と通過していく。

先頭集団が通り抜け、中盤に差し掛かったころ、そいつがいた。

『もうやだああああああああああ!! つかれてはしれないよおおおおおおおおおお!!』
『だめだよまりさ! いそいでにげないと、へびさんにたべられちゃうよ!!』
『がんばってねまりさ! ゆっくりできなくなっちゃうわよ!』
『ゆんやあああああああああ!! だれかまりさをゆっくりさせてよおおおおおおおおお!!』

駄々っ子だ。

『まりさはきのうたくっさんはしったから、つかれてるんだよ!
 ゆっくりしないといけないんだよ!!』
『そんなのみんないっしょでしょおおおおおおおおお!? どぼちてそんなこというのおおおお!』

『そんなにまりさににげてほしかったら、まりさをおくちにいれてはこんでね!
 じゃないと、れいむおばちゃんがゆっくりさせてくれないって、おさにいいつけるよ!』

『そこはおねえちゃんっていわないとだめなんだぜええええええええええ!?』
『よこからそんなとこつっこまないでねええええええええええ!!』

『……おさからもおねがいするから、まりさもがんばってにげてね?』
『まりさあああ! おさもいってるんだから、にげてよおおおおおお!』
『ゆびゃああああああああ!! みんなしていじめりゅうううううううう!!』

…すごくイライラします。

まあ、なにぶん子供だ、ゲスというよりワガママの部類だな、これは。
昨日も今日も逃避行では、ストレスで駄々こねたくなるのもわからなくは無い。



だが死ね。

『へびさんだあああああああああああああああああああああああああああああ!!!』

のそりと現れたラジコンから子ゆっくりたちを守ろうと、ありすとれいむ、2匹の大人が壁になる。
会話からするとありすは長だな、当然無視だ無視。

恐怖に震えながらも健気に壁をしていた2匹だが、そんなにガチガチに硬くなっていてはラジコンの動きについていけるはずも無い。
するりと横を通り抜け、後ろでじたじたしている駄々っ子まりさに襲い掛かる。

『ゆぴぃっ!? ゆっくりしないでにげるよ!!』

が、意外にもそいつはすばしこかった。
もう少しで逃げられなくなるという寸前で、体をひねってラジコンの口を逃れた。

『ふう、ゆっくりあぶなかったよ……?
 なんだかおつむがすーすーすりゅえええええええええええええ!!
 まりさのりっぱなおぼうしさんがああああああああああああああああ!!』

そう、ギリギリで難を逃れたはいいが、ギリギリすぎてお帽子は逃げること叶わなかったというわけだ。

『やべでええええええええええええ!!
 ばりざのおぼうじざんがえじでえええええええええええ!!』

すでに無理です。
尻尾から細切れになったぼろきれを排泄中です。

『ま……まりさの、おぼうしさん………。
 ゆぎゃああああぁぁぁぁん!! どぼちてええええぇぇぇぇぇ!!
 もうゆっくりできないいいいぃぃぃぃぃ!!』

これは事故だ、残念だったな、かわいそうに。
だから死ね。



『ゆっくりできないゆっくりはしぬみょん!!』
『ゆびゅっ?!』



え?



お飾りを失ったゆっくりは、他のゆっくりに襲われ、殺されることがある。
これはお飾りを失くしたことによってゆっくりできなくなったゆっくりの、ゆっくりできなさを他のゆっくりが嫌がるからだ。
意味わからんが。

まあ、家を失くして野良になった人は、家が無いから嫌われるんじゃなくて、野良臭が激しいから嫌われるということだな。
ますます意味わからんが。

ともかく、お飾りを失くしたからといって100%襲われるわけじゃない。
よく躾けられた飼いゆっくりがそうであるように、知能の高いゆっくりは、お飾りがなくなった相手でも識別できる。
識別できるから、無闇に襲うことも無い。
逆に言うなら、お飾りが無いからといって襲い掛かるようなゆっくりは、知能の低いゆっくりなのだ。



お帽子が無くなった子まりさを潰した子みょんだが、周りのゆっくりたちにはドン引きされている。
突き刺さる「お前何やってんのよ」的視線、みょんの「え、何かやっちゃった?」的表情。
痛々しい沈黙の中、子みょんの顔に汗がダラダラたれていく。



そして俺の感想。
バカは死ね。

『ちーんぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』



尻尾からホワイトチョコが飛び散る様は、想像以上に卑猥だった。
ありすの時にはこんなことは……悲鳴のせいだな、うん。





こうして、時には一行を追い回し、時には一行の行く手をふさぎ、時には一行の只中に飛び込んで子ゆっくりを間引いていく。
それを楽しんでやっていられたのは最初だけだった。

時間とともに列はどんどん間延びしていき、同時多発で一行に問題が起こる。
中盤で道を間違えたゆっくりたちを誘導している最中に、先頭も道をそれていく。
それを修正していると、今度は後方でゆっくりたちがケンカを始める。
ケンカの首謀者を間引いていると、最後尾ではぱちゅりーがイタチに襲われている。

…イタチ!?

『むぎゅうううううううううう!? みんなにげてええええええええええええ!!』

一匹のぱちゅりーがイタチに立ち向かい、もう一匹のぱちゅりーが子ゆっくりたちを連れて逃げていく。
妥当な展開だが、それでは俺が困るんだ。

お下げを必死に振るい、追い払おうとしているが、その程度で諦めてくれるほど相手も甘くない。
幸い中身は漏れていないが、ぱちゅりーに小さな傷がたくさんついていることがカメラ越しにもわかる。
このままではイタチの餌食になるのは時間の問題だ。

『むぎゃっ! いぢゃっ!』

段々と、ぱちゅりーが傷をつけられるペースが速くなっていく。
合わせるように、ぱちゅりーの動きもまた鈍くなっていく。

そろそろまずいか、というところでラジコンが何とか間に合った。
蛇を模しているのが効いたか、ラジコンの姿を見るなりイタチは逃げだした。

しかし、体長で同じくらい、体積なら優に5~6倍は差があるのに、イタチに襲われるとは。
さすがゆっくり、自然になめられてるな。

のろまでおいしい餌だと思われているなら、一度逃げてもまた襲ってくるかもしれない。
後々を考えれば、ここで念入りに追い払っておくべきか。

そう思いイタチを追おうとしたが、ラジコンが動かない。
バッテリー切れだ。

『むぎゅっ! むぎゅっ!』

間近で止まってしまったラジコンから逃れようと、痛む体でぱちゅりーが必死になっている。
進路をふさぐ形でとまらなかったのが幸いだった。



しかし参ったな、あまり賑やかに行進してるもので、森の動物たちに目をつけられたようだ。
連中、こっちの都合はお構いなしだから、ちとまずいことになるかもしれん

『ゆんやああああああああああああああああ!! だぢゅげでええええええええええええええええええ!!』

そんなことを考えている間に、別の場所で子ゆっくりがイタチに連れ去られていた。
まずいまずい、子ゆっくりならまだ余裕があるが、大人のゆっくりが餌食になったら台無しだ。



結局この後、ラジコンを駆使し、それでも足りずに予備のトラップまで使い、大人のゆっくりを重点的に守る羽目になった。

『れいむをたべちゃいやああああああああああああああああああ!!』
『まりさはおいしくないんだぜえええええええええええ!!』
『とかいはじゃないわああああああああああ!!』
『わからないよーーーーーーー!!』
『ぺにすっ!』

代わりに子ゆっくりがずいぶんと食べられたが。





時刻はおおよそ午後1時。
場所は本日の野営地。

最後尾で傷だらけになったぱちゅりーが、子ゆっくりたちともう一匹のぱちゅりーに支えられるように入ってきた。
最初にイタチに襲われたこのぱちゅりーは特にひどいが、他の大人のゆっくりたちもずいぶん傷が増えている。
食べられなかっただけマシ、といったところだ。

ここまでで脱落した子ゆっくりは30匹くらい。
10匹は俺に間引かれ、10匹は動物に食われた。
数の合わない10匹は、道に迷ったのかもしれないし、やはり動物に食われたのかもしれない。
そこまで細かく確認できないほど、今日の行程は負担が大きかった。

『ゆうぅ……みんな、だいじょうぶ?』
『おさああぁぁぁぁぁぁぁ…』
『ゆびっ…ゆえええええぇぇぇぇぇぇ……』

昨日は後ろにだけ気をつければよかった。
だが、今日は八方いずれから襲われるか知れず、時間も昨日の3倍に及んだ。
ストレスは昨日の比ではない。
お互いに慰めあう元気も無く、あるものは放心して空を眺め、あるものは涙を流して地面を見つめている。

こんなときに外敵に襲われたら全滅しちゃうよな。
だから守ってやらないと。

一行が集合した場所の形状は、一言で言えば隘路だ。
1mほどの幅の道が続いており、その両側は1mほどの高さに切り立っている。
ゆっくりたちは気付いていないだろうが、上は屋根代わりに透明アクリル板でふさいである。
これで道の前後もふさいでしまえば、ゆっくりたちも出られなくなるが、襲われる心配もまず無くなる。

ズシンッ
『!!?』

というか、ふさいだ。
上に吊っておいた土嚢を落としたのだ。

『でられないよおおおおおおお!! どぼちてええええええええええ!?』
『ゆんやあああああああああああああ!!』
『ゆぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……』
『あんこさんはいちゃだめえええええええええ!!』

突然閉じ込められたことで、一行は恐慌状態だ。
子ゆっくりの中には過度のストレスに耐えかねて吐き出したものもある。
2,3匹死んだな、これは。

ひとまずこいつらは放っておくしかない。
そのうち腹が減るなり疲れるなりして静かになるだろう。
ぱっと見は何も無い場所に見えるが、そこかしこには昨日のように餌が隠してある。

『ゆうううう! ごはんさんだよおおおおおおおお!!』
『ちょ、ちょっとまつんだぜえええええええ!!』

早速見つけた子ゆっくりが現れ、静かどころか余計に騒がしくなった。
まあ、今日はもう大丈夫だろう。





俺はモニターを確認し、森の地図に印をつけた後、全てのモニターの電源を落とした。
これからラジコンを回収してこないといけない。
ついでに役目の済んだ定点カメラも回収してくるか。

それと。
庭の物置の中から、大きな包みを2つ取り出す。
中身は一行用の餌だ。

今日の様子では、明日の行軍には耐えられないだろう。
明日1日を休憩とすると、今度は餌が足りなくなる。
その補充分というわけだ。

あそこに放り込むのは今夜遅くか明日夜明け前としても、せっかく荷物を取りにいくのだから、荷台が空のままでは効率が悪い。
餌袋と回収用の道具を軽トラックの荷台に積み込み、エンジンをかけた。



ふと、軽トラックの下を覗く。
まりさはいない。
うっかり踏んでしまっては寝覚めが悪いからな。

話があったんだが、日が高いうちは戻ってこないだろう。
戻ってからでいいかと、ガタガタうるさいポンコツのハンドルを握り、家を後にした。















3日目は一行の休息日とした。
ひしめくような狭さではないが、遊びまわれるほどの広さも無い野営地に閉じ込められた一行。
することが無いのもあるが、何よりも疲労のために、おとなしく回復に専念していたようだ。

その間、俺はまりさと一緒にとある場所へ。
本筋には関係ないので割愛するが、帰ってくる頃にはまりさはすっかりしょげ返っていた。














4日目。

時刻は7時、すっかり辺りが明るくなった頃。

『ゆわぁぁぁぁ………。
 ゆっくりおきたみょん!』

一行で一番早起きのみょんがやっと目を覚ました。

『はやおきはけんしのたしなみだみょん!』

ゆっくり起きたんじゃねーのかよ。

ゆっくりにいちいち突っ込んでても始まらないんだが、今日はしばらくすることがない。
というのも。

『ゆゆっ!? みんなおきるみょん!!』
『ゆーん……もうちょっとねかせてねえぇぇぇぇ』
『わからにゃいよー…』
『おそとにでられるみょん!!』
『ゆゆゆっ!?』

野営地の2か所の出口をふさいでいた土嚢。
その一方を、一行が寝入っているうちに取り除いておいたのだ。

今日のコースは一部難易度が高い。
これまでのように外的要因に追いかけ回されては、大人のゆっくりでも生存がおぼつかない。
なので、多少の準備はしておいたが、今日は基本的にゆっくり自身で進んでほしいのだ。

『どうしよう、おさ?』
『あさごはんさんをたべちゃったら、もうごはんさんがないわ
 …いってみるしかないわね』

選択の余地はないよな、そのようにしたし。
大人たちが集まって相談を始めたようだが、他の結論が出るはずもない。

一行の表情は、子ゆっくりも含めて総じて冴えない。
今日はどんな怖い目に遭うのだろう、その心配がありありと出ている。

『それじゃ…いくわよ! みんな、きをつけてね!』
『ゆー!』

もそもそと元気のない朝食を済ませてから、せめてかけ声だけは元気よく、一行は野営地を後にした。





それから30分ほど後。

『ゆ…? ここは?』

一行の前が急に開けた。



ここまでの道のりは完全に一本道。
俺が以前に、道具の運搬用に馴らした道を流用しているのだ。
欠点は森の中心まで2割も進めないこと。
また、ゆっくりに見つからないようにするために、連中の生息域からは外れている。
結局、苦労の割に使い勝手が悪く、今回一行のために手入れするまで数年は放置してあったのだ。

その道をたどってきたゆっくりたちはどこに着いたのか。
人間の道路である。

ここは森に囲まれた狭隘の農地で、小川のそばに狭い田んぼが並んでいる。
田んぼの手前には軽トラックがやっと通れる程度の細い農道がある。
手前から道路、田んぼ、小川、森、という順だ。
目的地は奥の森となる。

今までいた森から農道の路面までは急な斜面になっている。
降りてしまえば戻れないが、一行は意を決して路面に降りていった。

『なにかしら、このじめんさん…』
『いしさんみたいにかたいんだぜ?』
『むきゅ、こんなにおおきないしさんみたことないわ』
『わからないよー』

大人たちは不思議そうに路面に触れている。

『ゆびゅ!?』
『いぢゃあああああああああ!! あんよいぢゃいよおおおおおお!!』

勢いよく飛び降りてしまった子ゆっくりたちは、路面の硬さに悶絶している。

初めて見るコンクリートの道路に思い思いの好奇心を抱いている。
そんな光景がしばらく続き、
『このくささんたべられるよ!』
子ゆっくりの大部分は、畦に生えた雑草に群がり始めた。

連中が元の森に戻ろうとしないように、念のため道の前後にラジコンを隠してある。
だが、これはあくまで万一のためで、出来れば使わずに済ませたい。

ぱちゅりーたちは道の真ん中で子ゆっくり数匹と日光浴中。
ちぇんは元気な子ゆっくり数匹をつれて、道の前後を調べている。
残りの大人のゆっくりは、雑草に食いついている子ゆっくりたちのお守りだ。

なんて平和な。
さっさと進まんかい。





1時間もその場を動かない一行にいい加減眠くなってきた頃。

バルルルルルルルルルルルル
『ゆびぇっ!?』
『むぎゅっ!!』
『ゆにゃああああああああああああああああああああああ!!』

事件が起きた。
オフロードバイクが1台、現場を通り過ぎたのだ。

あの農道は、一端が高台にある住宅地の裏手に、もう一端が湖畔を通る幹線道路に繋がっている。
乗用車での通り抜けは困難だが、単車が抜け道としてごく希に通るのだ。
そのごく希がこのタイミングに当たるとは。

普通のオンロード車ならばスリップを嫌ってゆっくりを避けただろう。
だが、運の悪いことは重なるもので、通りがかったオフロード車は、ゆっくりなど見向きもしないで轢き潰していった。



慌てて被害状況を確認したが、結果は無情なものだった。

『むぎゅううううううううう!! おがあざああああああああああああん!!』

2匹のぱちゅりーのうち1匹が、潰れたもう1匹に寄り添って泣き叫んでいる。
寄り添っていた子ゆっくりも2,3匹潰されてしまったようだ。

仕方ない、ぱちゅりーは仕方ない、もう1匹いるから何とかなる。
問題は、もう1匹の方の被害だった。

『わが……わがらにゃいよおぉぉぉぉぉ……』

大人のゆっくりの中でたった1匹のちぇん。
それが田んぼの中で横たわっている。
露わになったあんよからは、中身のチョコが漏れ出していた。

この季節、稲刈りの終わった田んぼは水を落としてひと月は経っており、中は完全に乾いている。
その、乾いたものが問題なのだ。

稲刈りをすれば刈り跡が残る。
こいつが乾燥すると、都会暮らしの繊細な肌では怪我をしそうなくらいに堅くなる。
ちぇんはバイクを避けたまではいいが、飛び込んだ先で刈り跡を踏んでしまったらしい。

まずいまずい、ちぇんの狩り能力は一行の要だ。
ぱちゅりーが死んだ分を勘案しても、子ゆっくり4匹分の生存枠が減る。
つがい2組分のこの差は、4,5年経ったときに大きく響く。
俺のステキ実験場計画が。

偶然通りかかったことにして、ちぇんを保護するか?
傷を治してから返すのはギリギリセーフと考えるか?
ちぇんはそれでよくても、冬ごもりの餌が間に合わないんじゃないか?

ええい、死んだ分は取り返せない、助けてから考えることにする。
ここからあの場所まで軽トラックで20分ほど。
傷は深そうだが、それまで生きていてくれよ。



『ちぇええええええええええええん!!』
『おさ……わかるよ、ちぇんはもうだめなんだねー…』

…何?

『だめよ、ちぇん! あきらめないでよ!
 みんなでいっしょにゆっくりするって、やくそくしたじゃない!』
『ちぇんはわるいこだよ…やくそく、やぶっちゃったんだね…』
『まだやぶってないわよ! あきらめたら、ゆるさないわよ!』
『ごめんね、おさ。せめてちぇんのからだでゆっくりしていってね…』

おいバカやめろ。

『さあ』
『ちぇえええええええええええええええええええん!?』
『おたべなさい!』



…やっちまいやがった。

確かに野生なら、あれだけ足を傷つけてしまっては致命的だ。
けれど…いや、よそう。
俺の都合での愚痴にしかならん。

こうなった以上は仕方ない。
さっき数えた子ゆっくりの数は33匹、これを26匹まで減らす。
ただ、残りのトラップではそこまで減らすのは難しい。
ラジコンが確実だが、一行が恐慌状態に陥れば、大人のゆっくりの犠牲がさらに増えかねない。
引っ越し先の森は「最高のゆっくりぷれいす」と思わせたいから、トラップは仕掛けたくない。
どうしたものか。

モニタの向こうでは一行がゆんゆん泣きながらちぇんを食葬している。
潰れたぱちゅりーや子ゆっくりたちも、一緒に食葬されるようだ。
その泣き声が癇に障り、モニタとスピーカーを全部切る。



いっそガスガンで狙撃するか。
とうとうそんなことまで考え始めたとき。

コツン

庭に面した掃き出し窓から、何かが当たる音が聞こえてきた。



「なにやってんだ、お前?」
「ひゅ……ぺぺっ…にんげんさん!」

引き戸を開けると、まりさが石をくわえていた。
さっきのは石を噴いてぶつけた音だろう。
俺の姿を見ると、まりさは横に石を捨ててから俺に向き直った。

「まりさは、もりにかえるよ。
 にんげんさん、まちにつれてきてくれて、ゆっくりありがとう」

昨日はすっかり落ち込んでお通夜状態だったまりさだが、強がって笑える程度には回復したようだ。
さすが饅頭、回復早いな。

…ん、そういえば…。

「なあ、まりさ」
「なあに、にんげんさん?」
「お前に頼みがあるんだが…」










「ちぇん……ちぇえぇぇぇぇぇん……」
「おかあさん……」

あれから1時間、一行は未だに田んぼの畦にとどまっていた。

群れを支えてきてくれた参謀と重鎮の2匹を一度に失い、さすがに長は憔悴の色を隠せない。
重鎮ぱちゅりーも、母親を亡くしたショックから立ち直れないでいる。

率先して物事を決めるこの2匹が忘我の縁にいることで、他の重鎮たちも方針を決めあぐねている。
今まで暮らしてきた森に戻るには、あの硬くて怖い地面の上で、道を探さないといけない。
今いるここは、硬くて危ないものがたくさんあってゆっくり出来ない。
かといって、あの向こうの森に行くのは…。

まだまだたくさん残っている子供たちをあやしながら、2匹のどちらかでも我に返るのを、ただ待っていた。



「ゆっくりしていってね!」
「ゆ!?」

突然、そこに挨拶をされた。
自分たち以外のゆっくりがいる事など完全に意識の外だった一行は、うろたえて辺りを見回し、やっと声の主を見つけた。

「まりさ?」
「まりさはまりさだよ! ゆっくりしていってね!」
「れ、れいむはれいむだよ! ゆっくりしていってね!」
「れいむ、まりさをれいむたちのおさにあわせてほしいよ!」
「ゆゆ!? おさ、おさー!!」



「あのもりに!?」
「そうだよ! まりさはこれから、あのもりにいくんだよ!」

このまりさは隣の群れから1匹で出てきたそうだ。
しかも驚いたことに、これからあの向こうの森に行くという。

「ちょ、ちょっとまちなさいまりさ! あのもりは…」
「しってるよ。あれはかえらずのもりだよ」



帰らずの森。

実は数年前まで、この近辺でも屈指のゆっくりぷれいすだった場所だ。
今ではゆっくりは1匹もいない。
あるとき恐ろしい悪魔が現れ、ゆっくりは一匹残らず殺されてしまったのだという。

今までもあの森を目指したゆっくりは皆無ではない。
だが、あの森にたどり着き、帰ってきたというゆっくりは皆無。

あそこに行けばゆっくり出来なくされてしまう。
そんな恐れの念から、ゆっくりたちの間であの森は「帰らずの森」と呼ばれているのだ。



「でも、あそこはゆっくりぷれいすなんだよ。あくまももういないってきいたよ。
 だからまりさは、あそこへゆっくりしにいくんだよ」

屈託無く話すまりさの言葉に、一行の心も揺れる。
帰らずの森の噂は確かに怖い。
だが、長と重鎮のゆっくりたちは、あそこがかつてゆっくりぷれいすだった事を話に聞いて知っている。
本当に悪魔がいなくなったなら、みんなでゆっくり出来るはずだ。
死んだちぇんやぱちゅりー、子ゆっくりたちの分まで。

「…いきましょう」
「おさ?」
「わたしたちもいきましょう、あのもりへ」

意外にも反対するゆっくりはいなかった。
それだけ、ここまでの道程が厳しいものだったのだ。

最初に何匹いて、何匹減ったのか、それがわかるゆっくりは一行にはいない。
だが、半分以上も減ってしまったことは、感覚的にわかっていた。
これ以上当てもなくさ迷うよりは、目の前のゆっくりぷれいすの噂に賭けたい。
そう思うのも無理からぬ事だ。

「じゃあ、まりさもむれにいれてほしいよ」
「ゆ?」
「まりさはまりさだけでここにきたよ。まりさだけだとさびしいよ。
 みんながよければ、まりさもなかまにしてほしいよ」



結果として、一行はまりさを受け入れた。
ここ数日の出来事で仲間の増減には敏感になっていると思ったが、増える方には寛大だったようだ。

まりさは内心安堵し、人間に言われたことを反芻していた。



『となりのむれのおさが?』
『そうだ。今とても困っている』

隣の群れの長が自分の群れを追われた顛末は、まりさも知っている。
確かに同族食いはゆっくり出来ないが、それよりもまりさは、そこまでしてでも仲間を助けようとする長に共感したものだ。
何でもその長と仲間たちが、ゆっくりぷれいすを求めてさ迷っているという。

『…にんげんさんは、どうしてそんなことをしっているの?』
『お前のことも知っていた俺に、そんなことを聞くのか?』
『ゆうぅ…』
『そこで、お前に頼みがある。
 隣の群れの長たちを、帰らずの森まで案内してくれないか?』
『ゆうううううぅぅぅぅぅ!?』

当然まりさは反対した。
帰らずの森がおそろしーしーぷれいすなのは、森のゆっくりなら誰でも知っている。

『それはもう大丈夫だ。あそこは元通りのゆっくりぷれいすになっている』
『で、でも! かえらずのもりにはあくまがすんでいるって…』
『悪魔なら人間が退治したぞ』
『ゆうぅっ!!?』

まったく、人間というのは恐ろしい。
神様の代わりをしたり、悪魔を退治したり。
もしかしたら、人間が神様そのものなんじゃないだろうか?

『…わかったよ。まりさがおさをつれていくよ』
『頼むぞ、まりさ。それともう一つ頼まれてくれ』
『なぁに、にんげんさん?』
『人間から頼まれたということは絶対に言うな』
『ゆ、どうして?』
『人間がお前らを助けてくれるなんて思わないようにな。
 人間はお前らを助けるばかりじゃない。逆にお前らを退治することもあるんだ』
『……わかったよ、だれにもいわないよ』



最初は一行を案内するだけのつもりだった。
だが、長ありすと話しているうちに気が変わった。
かつて理想にしていた隣の群れ、その長たちが、必死に守った子供たち。
彼女たちがどんな未来を築くのか見てみたい、自分もそれに加わってみたい。
その目からは、群れを捨ててからずっと宿っていた、世を儚む濁った光は消えていた。





畦道を進んだ先にかかる小さな橋、その向こうに広がる帰らずの森。

希望も不安も吸い込んでいく懐の深い昼の闇。
その中に、9匹の大人と33匹の子ゆっくりは意を決して踏み込んでいった。
あの向こうに、ゆっくり出来る明日があると信じて。















『ゆんやああああぁぁぁぁぁぁ!!』

その一行の最後尾、3匹の子ゆっくりが、橋から落ちた。
唐突に橋の底が全部抜けたのだ。

唖然とする一行に見守られ、溺れていく子ゆっくりたち。
3匹は程なく小川の流れに消えていった。



「よし、これで30匹」

今、俺は現場から少し離れた場所、軽トラックの中にいる。
右手にはスイッチ、左手には双眼鏡、荷台には最後のトラップのための発信器。
まりさに最後を任せっきりなんて、そんなバカな。
可能性がある限り人事を尽くすのが俺のモットーだ。

そして当初の目標、達成完了。
軽くガッツポーズする俺。

一時はどうなることかと思ったが、何とかなるもんだ。
頑張ったな、俺。

『どぼちてえええぇぇぇぇぇ!?』

左の耳に突っ込んだイヤフォンからは、そんな声が聞こえてくる。
他にもなんかいろいろ喚いているが、やることは済んだので装置のスイッチを全部切る。

2台のラジコンを回収して撤収。
田んぼに仕掛けた未使用のトラップと、最後の橋のトラップは今夜回収。
連中に姿を見られたら台無しだ。

高が40匹程度のゆっくりを移動させるのに、ずいぶん苦労したものだ。
その分、達成した時の喜びは大きいものだけどな。





軽トラックを走らせながら、俺は最後にもう一度だけ、帰らずの森を見た。

ま、俺の10分の1でいいからお前らもがんばれよ。










(完)





作者:800も番号がとぶ続編ってどうなんでしょうね。ていうかなにこの予想外の長さ。



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感想

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  • こっから、前作のラストに繋がるのか -- 2014-01-16 03:19:10
  • 野望に真っ直ぐならってか、自分だったら途中で何してんだ俺ってなるな -- 2012-02-20 20:28:39
  • なかなか面白いなこれ。
    欲を言うなら庭に居たまりさが何をしていたのかが気になるな。
    -- 2011-11-12 05:10:39
  • 単車が通る可能性がゼロじゃないって分かってる道で一時間以上もゆっくり放置すんなよ… -- 2010-12-15 06:39:41
  • 大金かけて作るN○Kの自然番組みたいだw
    面白いなー -- 2010-10-03 22:22:09
  • このお兄さんの虐待にかける情熱と資金と時間と労力はすさまじいものがあるな -- 2010-09-04 19:11:43
  • 実に面白かった 続き期待 -- 2010-07-09 00:17:58
  • けど面白いよ! -- 2010-07-02 04:15:07
最終更新:2010年03月29日 18:06
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