ふたば系ゆっくりいじめ 1117 ゆっくり漂流記 漂う命

ゆっくり漂流記 漂う命 35KB


悲劇 飼いゆ 現代 独自設定 うんしー 続き物の前半です。


『ゆっくり漂流記 漂う命』



「ゆっくりンピースボート」

世界各地をゆっくりと共に巡り、動物愛護・保護に関する研究、活動に触れることでゆっ
くりンピースの市民活動レベルの指導者を育てることを目的とした船旅である。参加費は
高額であり、ゆっくりンピースのパブリックメンバーの中でも、富裕であり、教育レベル
も高い人間のみが参加を許される船旅で、パブリックメンバーの中でも上位の役割を果た
すためには参加が必要とされていた。そのため、毎年の参加人数は非常に限られている。

私がこの船旅に参加したのは、近年、ゆっくりの活動域が人間に侵されていくのを積極的
に食い止めたいと考えたからだ。私は愛するれいむとまりさの番と共に、この船に乗り込
み、日々、市民活動家としての、ゆっくり愛護家としての勉強に励んだ。

「おじさん!おしごとごくろうさま!たまにはまりさと遊んでほしいよっ!!」
「れいむも遊んでほしいよ!れいむはおじさんとゆっくりしたいよ!」

船内には、飼いゆっくりのための様々な娯楽施設、他の飼い主のゆっくりたちとのレクリ
エーションイベントが用意されており、彼らが退屈することはない。高額の参加費にも関
わらず、我々の食事の献立の六割がサンマなのは、ゆっくりのために金を使っているから
とされている。

「じゃあ、ちょっとだけ、れいむとまりさに本を読んであげような。」
「ゆゆ~ん!まりさはごほんさんはだいすきだよ!でも、ちょっとじゃなくて、たくさん
読んでほしいよ!」

ゆんゆんと、私の方へと這って寄ってくるれいむとまりさ。私は二匹を船室のベッドの上
に乗せてやった。
れいむは金バッジであり、赤ゆっくりの頃から育てた、家族の一員であった。おとなしく
礼儀正しいゆっくりで、どこへ出しても恥ずかしくないと、私は自負していた。
まりさは銀バッジであり、れいむの番として購入したものだった。まだ、すっきりはして
いないようだが、二匹の仲は良好であり、この船旅が終わった頃には、赤ゆっくりが実っ
ていてもおかしくないのではないかと、私は密かに思っていた。

私は、この船旅の中で二匹が退屈しないように買って置いた絵本(張り切ってダンボール
一箱分買ってしまった)を一冊取り出す。

「まりさもれいむも、お船の生活は楽しいかい?」
「ゆゆ?とっても楽しいよ!たくさんのゆっくりしたともだちができたよ!」
「海さんはとってもゆっくりできるよ!!でも、もっともっとおじさんとゆっくりしたい
よ!!」
「おじさんは全てのゆっくりが悪い人間さんに虐められることもなく、ゆっくりできるよ
う勉強しているんだよ。だから、もう少し我慢してな!」
「わるいにんげんさんから、れいむたちをまもるためにゆっくりしないでがんばっている
んだね!それはとてもゆっくりできるよ!」


事故が起こったのは、翌日の夜のことであった。

原因については私は語るものを知らない。
暗礁に衝突したとも、火の不始末による火災とも言われている。事故を起こした海域のこ
とを考えると、暗礁よりも船内で何らかの過失があったのではないだろうか?

鳴り響く警報、立て続けに繰り返される退船勧告

ベッドで眠っていた私は警報と悲鳴の不協和音が甲高い協奏曲を奏でる中、無我夢中でイ
マーション・スーツ(宇宙服のように全身を覆う救命服のこと)を着込み、何が起こったの
か把握できないまま、「ゆっくりできない」と泣き叫ぶれいむとまりさを抱え、船員の指
示のもと、救命艇の一隻に飛び乗った。

船で爆発が起こったのは、その直後であった。
喧騒が炎と共に立ち込める。救命ボートに乗り込む順番で争いが発生したらしかった。

「喧嘩!!?く、先に降りててください!」

私を救命いかだに誘導してくれた船員は、海上に下ろした救命いかだに私を誘導すると、
争いを止めるべく、船首方向に走っていった。

「ゆっぎゃああああああああ゛っ!!!れいぶのおりぼんんんんんっ!!!」

船から、一匹のれいむが海に飛び込んできた。頭のリボンに火がついている。

どぽーん

「ゆぎいいいっ!!!じょっばぶ…ごぼぼ…だじゅげ…ぶぶぶ…」

そして沈んでいった。助けてやろうにも、私はこの救命いかだの扱い方すら知らなかった。

「どこいったのぉぉぉぉっ!!!れいむちゃぁぁぁぁぁんっ!!!」
「危ないですから、早くボートに乗ってください!」
「いやよっ!わたしのゆっくりをまず連れてきなさい!!そんなじじいいいから早く!!」

船上では醜い争いが始まっているようだ。


一人の若い三等航海士は、上司の指示のもと、救命いかだに片っ端から飼い主とはぐれた
ゆっくりを詰め込んでいた。この客船には、乗客の三倍以上の数のゆっくりが乗り込んで
いるのである。

こちらの救命いかだには、12人乗りのところに、ぎゅうぎゅうになるまでゆっくりが詰め
込まれていた。

「やべでね!!!まりさをおば…おねえさまのところにかえしてね!!!」
「ありすちゃぁぁぁん!!どこなのぉぉぉぉっ!!」
「こんなせまいところにおしこむなんて、とかいはじゃないわっ!!」
「あたしゃ、ここにいるよぉぉぉぉぉっ!!!」
「どぼじでれいむがごんなどごにいなぎゃいげないのおおおっ!!!ゆっぐりできないで
しょおおおっ!!!」
「エレエレエレエレエレ…」
「いいからさっさとぶって!ぶってね!!もうほうちぷれいよりももっとあくてぃぶに!
だいなみっくに!」

ゆっくりたちが喚きたてるが、船員たちは一匹、また一匹と飼い主と離れ離れになってい
たゆっくりたちを救命いかだに放り込んでいく。

「救命いかだは余分にある!遠慮はいらん!さっさとしろっ!!!」
「でも、いいんですかね?こいつら、飼い主と一緒にさせておかないと、我々がまずいん
じゃないですか?」

若い三等航海士の問いかけに、年配の二等航海士が怒鳴るように答える。怒鳴らなければ、
騒音と悲鳴で意思疎通ができないのである。

「馬鹿野郎、こいつらと飼い主一緒にいかだにぶち込んでみろ!やれ人間よりもゆっくり
様に食い物よこせ、水よこせと喧嘩になるぞ!!」

かくして、ゆっくりを詰め込んだ救命いかだは暗黒の海へと放たれた。そこには一人の人
間も乗っておらず、彼らの生残は、ただ運にのみ任されたのである。

このような脱出時は人命が最優先される。そのため、愛玩動物や乗客の荷物は放置されて
脱出が行われることが多い。
だが、彼らの雇い主は船会社ではなく、ゆっくり愛護団体なのである。彼らも雇われの身
である以上、ゆっくりの危機に何もしないわけにはいかなかった。その代わり、救命いか
だにさえ乗せてしまえば、後は彼らの責任の範疇外のはずだ。この非常事態にあって船員
たちは、自分達の給料分の義務と、乗客の安全を考慮して出した苦汁の決断をしたのであ
った。

このようなゆっくりだけの救命いかだは一つではなく、船員の証言から、二隻は確実にこ
の措置が取られたことが後に明らかになっている。しかし、無事に回収されたゆっくりだ
けの救命いかだは皆無であった。

後に一隻の救命艇がとある南の無人島に漂着し、雑多なゆっくりたちだけが島に降り立っ
た。彼らの物語の一部は、無名の一研究者によって伝えられることになるが、それはまた
別の物語である。




救命いかだには私一人と二匹のゆっくりしか乗っていなかったが、しばらくして火の勢い
が強まってきたこと、船の上が静かになってきたことから、船の爆発や火災に巻き込まれ
るのを恐れて、必死に櫂を漕いで客船から離れた。
そもそもあの船の大きさに対して、乗客はごく限られた人数だった。救命ボートに救命い
かだの数は余っている。そう自分に言い聞かせて。

そして、火災に巻き込まれる恐れがない、少し離れた海域で、脱出者がいた場合に備えて
待機するつことにした。
イマーション・スーツの中は汗でいっぱいだった。私はそれを脱ぎ、救命いかだの奥へと
放り投げる。すかさず、海面を走る夜風が私の体表から体温を奪っていく。

私はタバコを吸って落ち着こうと胸ポケットを探ったが、ライターはあったものの、タバ
コはなかった。船室に置いてきてしまったらしい。

真っ黒な闇の中で、赤い炎が船の上で狂ったように踊っていた。
その姿はまるで、狂った火の神が舌で一人、また一人と人の命を舐めとっているかのよう
だった。

「誰かいないのか!おぉぉぉぉいっ!!」

私は誰か助けられる乗客や船員はいなか、真っ暗な中、声を張り上げ、呼びかけ続けた。

「もうやじゃああああっ!!!まりじゃおうぢがえるううううっ!!!」
「ゆああああん!!!れいむは!れいむはゆっくりしたいよおおおおっ!!!」

そして、朝が来た。二匹のゆっくりは泣き疲れたのか、気がついたら眠っていた。恐怖と緊
張で私は一睡もできなかった。

明るくなってきて初めて、私は救命いかだがどのようなものなのか、じっくりと観察するこ
とが出来た。
救命いかだの形状は、まるで小学生が遊んでいる円形のビニールプールのようであり、その
上にアーチ上のチューブが走っている。これが私を風雨や波から守ってくれる天幕の支柱と
なっているのだ。全体はアポロチョコのような形状だった。また、入り口は、垂れ幕によっ
て開閉可能であり、それは二重のマジックテープで留められるようになっていた。
床は黒いゴムの床であり、中央にはゴムの下になにやら金属製の金具があるらしく、救命艇
の床に横になると、これが体のどこかに当たり、不快だった。
天幕内には、大小様々な袋が垂れ下がり、それぞれに非常食や、救急セット、信号弾などが
入っている。
私はそこから移動用の櫂を取り出し、入り口からその先端を突き出して漕いだ。
しかし、身を乗り出して本格的に漕ごうとすると、波が来るたびにバランスを失って転倒し
そうになる。昨夜よりも波が出ているようだ。
波による揺れは、昨夜まで乗っていた船舶の比ではなかった。軽くて、小さな救命いかだは
少しの波(船に乗っている間は、そう感じていた)にも敏感に反応し、私はバランスを崩して
床に倒れこんだ。

「ゆぴー…ゆべっ!!!」

一つ、やや大きめの波が来て、まりさは救命いかだの中を吹っ飛び、頭から天幕に突っ込ん
だ。

「ゆぎいいっ!!!いじゃいよ!ゆっぴいいいっ!!!」
「大丈夫か!まりさ!!?良かった、たいしたことないぞ、しっかりしろ!銀バッジだろ?」
「ゆぐ…ゆびっ…もうまりじゃ海さんやだよ…」
「そうだな、早くおうちに帰れるよう頑張ろうな…」

何を頑張ればいいのか、私にも分からなかった。
私は転覆の危険に怯えながら、そっと櫂を動かし、救命いかだを微速前進させていった。
まだ、助けられる人がいるかもしれない。それに自分の荷物や、食糧になりそうなものが浮
いていないか、という思いがあった。
随分遠くに幾つか救命いかだや、ボートらしき姿が見えたが、到底漕いで行けそうな距離に
は思えなかった。

私の救命いかだだけ異なる流れに乗ってしまったのだろうか?他のいかだやボートはみるみ
る離れていく。

私は広大な海を一人漂流するのはごめんだった。私は櫂を動かし、必死に他の救命いかだに
追いつこうとした。しかし、再び波が来て、体勢を崩してしまう。
櫂によって、確かに救命いかだは動いていたが、どうやら海流には勝てないようだった。
次第に、他の救命いかだ等は、小さなオレンジ色の点となり、見えなくなっていく。私は焦
りながら必死に櫂を動かしたが、二時間ほど経った頃には、自分の無力さを悟らざるを得ず
筋肉痛になった両腕を抱えるようにして、救命いかだの床に身を投げた。

私はどうなるのだろう?
このまま海の上で死ぬのだろうか?

突如、胃の中に大きな鉄球を飲み込まされたような不快感がつきまとう。

帰りたい。
生きて家族に会いたい。

昨夜まで、船旅にはしゃいでいた自分が馬鹿らしかった。時間を戻せるならば、何を失って
でも船に乗る前に戻りたかった。この船旅に参加しようかどうか迷ったときに、どうして止
めておかなかったのか。

「ゆゆ~!おじさん!なにか浮いてるよ!ゆわぁ、海さんの上にいろんなものが浮いてるよ!」
「お菓子さんだよ!あまあまがいっぱいだよ!」

さっきまで泣いていたまりさも、いつの間にか起きたれいむものんきな声をあげている。最も、
今まで普通に暮らしてきたゆっくりが漂流とはどういう状態なのか理解できるわけがないのだが。

救命いかだの出入り口から外を見ると、船から流れ出たのだろうか?海面のぽつりぽつりと
水玉模様のように人工物が浮いていた。

「ゆ!おやさいさんが浮いてるよ!あまあまさんはこっちに来てね!」
「ゆゆ!!?…どうしてゆっくりのお飾りが浮いてるの!!?…ま、まさか!!」

人間の衣類、まりさ種のものであろう帽子、お菓子の袋、使われなかった(そう思いたい)浮
き輪、ゆっくり用のベッド、ペットボトル、寝室にあったはずのシーツ、調理場から出てき
たのか、大玉のキャベツも浮いていた。

「ゆあああああん!!きっとたくさんのゆっくりが永遠にゆっくりしちゃったんだよぉっ!」
「れいむは永遠にゆっくりしたくないよぉぉっ!!!ゆっくりざぜでぇぇぇぇっ!!」

私はゆっくりが大好きだったが、今は彼らにかまっている暇はなかった。
ふと、食糧のことに気がついたからである。
この救命いかだには、一体どれくらい水と食糧があるのだろうか?
私は、波間に漂う無数のお飾りから、ゆっくりたちの運命を知り、恐怖に泣きながら恐ろし
ーしーを漏らしながら泣き喚く二匹をなだめる暇もなく、救命いかだを点検した。

水は頑丈なペットボトルに入ったものが30リットル、食糧は栄養素が凝縮された携帯食のよ
うなものが30本備蓄されていた。おそらく、この救命いかだの定員8−12名が三日程度生き延
びられる分が備蓄されているのだろう。

今、ここに私と二匹のゆっくりしかいないことは、不幸中の幸いのようだ。

このような海難事故においては、真水がどれくらい手に入るかが人間の命を左右する。一般
的には、最低でも500ミリリットルの水分を摂取しなければならない。かつて、大西洋を一人
で漂流した人物は、一日の水分摂取量を250ミリリットルまで切り詰めたが、随時乾きに悩ま
され、精神が変調するのを感じたという。

私がさらに救命いかだを探ると、熱蒸留器なるものが出てきた。
どうやら、これで海水から真水を得ることが出来るらしい。私は少しだけ安堵すると、海面
を漂う物資の回収に移った。

自分がこの先どうなるかを考えてはダメだ。とにかく、生き延びることだけを考え、そして
体を動かさなければならなかった。
私は自分では、前向きな人間のつもりだった。逆境なら何度も乗り越えてきたはずだった。
そう自分に言い聞かせ、櫂を握る。
不器用に櫂を動かし、漂流物に接近した。
まずは、キャベツ、野菜は確保しておきたい。他の野菜も大歓迎なのだが、見当たらない。
ついでにプラスチックコップや、食器など、拾えるもので何かに使えそうなものは片っ端か
ら拾い集めた。
未開封のポテトチップスの袋、飲み残しのペットボトルのお茶、サラダ油、誰かのカバン…
私は波が寄せるたびに、転びそうになりながら、それらをかき集めるように拾っていった。

そのとき、救命いかだの縁に波しぶきが上がった。

ばしゃーんっ

「ゆ!ゆわあああああっ!!!おみずさんが入ってきたよ!!!ゆんやぁぁぁぁぁぁ!!!
まりさのぶりりあんとなあんよがぁぁぁぁぁっ!!!」

たまに、別方向からの波が融合し、大きな当たりとなって救命いかだを襲う。そんなとき、
救命いかだの出入り口が開いていると、波が床へと入ってくるのだ。

「おみずさんはいってこないでね!ゆっくりしないでれいむたちのお船さんから出て行って
ね!」

私は大慌てで、れいむとまりさのあんよを私の服でぬぐい、水の届かない、荷物の上に置い
た。
さらに、アカすくいを取り上げ、中に侵入した水を外へとかき出す。

「ゆゆぅ…びっくりしたよ…」
「おじさん!たすけてくれたのはありがとうだよ!でもあんなにまりさのおかお強くにぎら
ないでよ!」
「すまなかったな。だが、無事で何よりだ。」

ゆっくりはずっと水に漬けていると溶けてしまう。現状では、時折侵入してくる水で溶ける
ことはなさそうだが、ずっと塩水に触れていれば、あんよがふやけて二度とまっとうな生活
を送れない体になってしまうだろう。最悪、死ぬこともありうる。

ゆっくりたちをこの救命いかだの床に直に置いておくことはできなかった。どこか高い所か
水から守られている場所に二匹を置かないと。
だが、ここは天幕に覆われた救命いかだの中、海上の小さなテントの中である。空間も道具
も限られていた。

私は仕方なく、先程拾ったばかりの薄汚れた発泡スチロールに、着ていたイマーション・ス
ーツを裏返して詰め込んだ。イマーション・スーツの裏側は保温性の高い素材でできている
ため、即席のゆっくりはうすが完成した。とりあえず、ゆっくりが二匹ゆっくりできるくら
いの広さは十分にある。救命いかだは絶えず揺れるため、こんなものを一つ作るのにもひど
く苦労した。

「おじさん!ゆっくりありがとう!でも、まりさはちょっと暑いよ!」
「だめだよまりさ!おじさんだってゆっくりできないんだから、わがまま…」

私は無理に二匹に笑って見せた。

「まだ、その箱が乾いていないんだよ。濡れたくないだろう?海水で汚れたくないだろう?
しばらく我慢してくれないか?」
「ゆぅ…ゆっくり理解したよ…ゆゆ~ん♪」

私は、軽くまりさの頬を撫でてやった。れいむも撫でてほしいのか、手の方に擦り寄ってく
る。

「おじさんは、みんなでゆっくりするために頑張らなきゃいけないんだ。ちょっとそこでゆ
っくりしていてくれ。」
「「ゆっくり理解したよ!」」

その後、私は苦労してキャベツを拾ったほかは、何も手に入れることが出来なかった。
風が出てきたため、海上を漂っていた浮遊物は、拡散していってしまったのだ。そして、我
々が乗っているこの救命いかだもまた、浮遊物の一つだった。

私は出入り口の垂れ幕を下ろして、マジックテープで固定し、海水が救命いかだの中に入っ
てくるのを防いだ。そして、天幕のポケットに入っていたマニュアルに目を通す。
本来、このような激しく揺れる環境で、物を読む、という作業は苦手であり、揺れのひどい
船上や車内での読書は私の苦手とするところである。しかし、今は非常事態であり、生命の
危機が近いという緊張状態にあったためか、そんなことを気にする余裕すらなく、マニュア
ルを読んでいた。

「ゆわぁぁぁぁん!おじさん!ごほん読んでよ!まりさはゆっくりしたいよ!」
「おいおい、これはまりさの絵本じゃないんだぞ?大切なものだが、おもしろくはないぞ?」
「なんでもいいよ!まりさはおじさんにごほんを読んで欲しいよ!」

私は今読んでいるものを、まりさの要望に答えて、声に出して読み上げた。

「…シーアンカーは水中で海流を受け、救命いかだの揺れを軽減すると同時に、転覆を防止
します。シーアンカーを使用する際は、救命いかだの底部前方にある、シーアンカー取り付
けタグに留め金Cを接続し…」

「ゆゆゆ!!?ゆっくりできないぃぃぃぃぃぃっ!!!」

当たり前だ。マニュアルなのだから。
まりさはマニュアルがゆっくりできる絵本ではないと知ると、ゆゆゆ…と即席のベッドの中
でしょげてしまった。だが、シーアンカーは使えそうだ。

私はビニール製のクラゲみたいなものを探し出すと、慣れない手つきでロープを結び付けて
いき、救命いかだの出入り口のすぐ横にあるタグに固定した。
ロープワークなんてものは、生まれてこの方やったことがないため、くそ結びを五重六重と
繰り返したが、大丈夫だろうか?
シーアンカーはクラゲのように漂いながら、海面に姿を消していく。しばらくして、救命い
かだがぐっと海底へ引っ張られるような振動があり、心なしか、揺れが軽減されたようだっ
た。
さらに、シーアンカーを持ち出す過程で、救難発信機の存在に気がついた。これのスイッチ
を入れれば、約48時間の間、救難信号を発信し続けるのだという。この信号を、この近くを
通過する船舶や航空機が捉えてくれれば救助してもらえるのだ。
私はためらうことなく、発信機のスイッチを入れた。現在地が船舶航路から外れていないこ
とを祈りながら。

「ゆ・ゆ・ゆ…ぱぁん!ゆ・ゆ・ゆ…宿直!ゆ・ゆ・ゆ…茶!」

しょげ返るまりさを励まそうとしているのだろう。れいむは波の音に消されそうになりなが
らも、私が教えたお歌を歌っていた。



その日の夜には強風が吹いた。

波が幾度となく救命いかだに波状攻撃をしかけ、その度に、救命いかだは揺れ、荷物が、キ
ャベツが、救命いかだの中で反復横とびをするかのように動いた。

「ゆひぃぃぃぃぃっ!!!ごわいよぉぉぉっ!!!海さんゆっぐりじでぇぇぇぇっ!!!ゆ
っぐりじでねぇぇぇぇぇっ!!!」

ゆっくりたちの即席の巣も、そして私の体ですら例外ではなかった。
例え、床で横になって寝ていても、うっかりすれば救命いかだの中を転がってしまうほどで
あった。おまけに、救命いかだの中央付近で横になり、バランスを取ろうとすると、床の裏
側にある金具があたり、姿勢を安定させることができなかった。

「どぼじでぇぇぇぇ!!!どぼじで海さんいじわるずるのぉぉぉぉっ!!?ゆびぃぃ!!!」

波が来るたびに、ずりずりと音を立てながら、発泡スチロールが左右へと、救命いかだの揺
れに合わせて動く。
おまけに時折、ゴムでできている床と発泡スチロールがこすれ、きゅっきゅっという不快な
音を立てる。私はそのような摩擦音が苦手で、その音を聞くたびに、頭の中をかきむしりた
くなるのだ。

昨夜の夕食を最後に、少量の水を飲んだほかは何も食べていないのだが、不思議と食欲は湧
かなかった。これなら、長期の漂流にも耐えられるかもしれないなどと、のんきなことを考
えもしたが、おそらく極度の緊張ゆえであろう。今も、波が来るたびに、転倒してしまうの
ではないかと気が張り、常に、救命いかだ内で陣取る場所を調整している。

「ゆぎぃぃぃ…ゆ!!?ゆげ!!?ゆげぇぇぇぇ!えれえれえれ…」
「まりざぁぁぁぁっ!!?しっかりじで!まりざぁぁぁぁっ!!おじさん!まりざが!!ま
りざがぁぁぁぁっ!!!」

船酔いだろうか?まりさは即席ゆっくりはうすの中に餡子を吐いてしまった。

「大丈夫か!!?しっかりしろ!まりさ!」

私は無理矢理、吐いた餡子をまりさに再び飲み込ませようとする。

「ゆぎっ!!ゆぐぶぶぶぶ…」
「しっかりしろっ!吐き出したら死ぬぞ!餡子を飲み込まないと、永遠にゆっくりするぞ!」

なんとか必死に、自らが吐き出した餡子を飲み込むまりさ。その姿は疲弊し、つい先日まで
の生き生きした光は目に宿っていなかった。

「うわっ!!」
「ゆゆ!!?」

再び、波が救命いかだ横殴りに打ちつけ、バランスを崩した私は、後頭部をしたたかに救命い
かだの床に打ち付けた。

「おでがいおじざん!!なんどがじでぇ!!!れいむだちをだずげでぇ!!!」

泣きながら懇願してくるれいむ。だが、助かりたいのは私も同じ、そして自力ではどうにも
できないのもまた、私も同じであった。

「れいむ、まりさ、冬の山で、少しのごはんさんしかなくて、ゆっくりできるか?そんなと
きそうすればいい?」
「ゆ?そんなのゆっくりできないよ!春さんがゆっくりしないで来てくれるか、人間さんに
助けてもらわないと、永遠にゆっくりしちゃうよ!!」

まりさは何も答えなかった。いや、答えられる状態ではなかったのだろう。

「そうだ、春が来るまではどうにもならない。ゆっくりできない海も同じだ。誰かが助けに
来てくれないとどうにもならないんだ。」
「ゆわぁぁぁぁぁぁん!!!だれがぁ!だじゅげでぇぇぇっ!!!」

私はれいむにかけてやる言葉がなかった。おそらく、一度絶望して、どうにもならないこと
を悟り、そこから助かるためにはどうすればいいかと、意識を再建しなければ、生き延びら
れないだろう。そして、ゆっくりたちにそのような思考が可能なのかどうかが問題だった。
だが、私は、彼らの強靭な精神を、元々は野生で伸びやかに生きているはずの彼らの精神に
期待していた。彼らは、知性のある、愛すべき我らの隣人なのだから。



強風は翌朝には止んでいた。
私も二匹のゆっくりたちも、いつの間にか疲れ果てて眠ってしまっていた。

「ゆゆ~ん、おじさん!ゆゆ~ん、おじさん!」

私が目を覚ましたのは、れいむの呼びかけによってであった。

「おはよう、れいむ。どうした?」

私は救命いかだの床から体を起こし、あぐらをかく。
髪の毛がゴムの床に張り付き、顔を起こす際に引っ張られて痛む。顔をはじめ、あちこち
に白い粉が噴いていた。塩だ。

「れいむはおなかすいたよ!ごはんさんが欲しいよ!おじさんもゆっくりごはんさんにし
ようよ!」
「ゆう~まりさもおなかがすいたよ!むーしゃむーしゃしたいよ…」

まりさの顔色は昨日よりは良くなっていた。
一晩眠ったことで、体調が回復したのであろう。

私はれいむとまりさには、昨日拾い上げたポテトチップスを与えた。
救命いかだに搭載されている非常食は、少量でも栄養分に富んだつくりになっているため、
ゆっくりにあげるのはもったいないのではないか?と考えたからだ。
ゆっくり愛護家としてあるまじき考えであるが、私は初めての漂流生活に恐怖と不安でいっ
ぱいだったのだ。

私は自分自身の朝食―昨日拾ったキャベツを齧りながら、彼らを即席の巣から出してやった。
ポテトチップスの袋を開け、ついでに拾ったプラスチック容器に、袋の三分の一くらいを盛
りつける。

「ゆゆぅ…ぽてちさんはすきだけど、ごはんさんはおやさいさんがよかったよ!ぽてちさん
はおやつにむーしゃむーしゃしたいよ…」
「まりさ、しょうがないよ!ゆっくりむーしゃむーしゃしようよ!おうちにかえればすきな
だけおやさいさんでもあまあまでもたべさせてもらえるよ!そうだよね?おじさん?」
「ああ、もう少し我慢してくれな。」

私はれいむとまりさの頭を交互に優しく撫でてやった。いつも高級シャンプーでさらさらに
保っている髪はややごわついていた。
潮風のせいだ。私は少し汚れている二匹の姿が不憫でならなかった。
昨日拾った、底の浅いプラスチックの皿に水を入れてやる。どれくらい入れてやればいいの
か分からなかった。人間は水を毎日500ミリリットル摂取すれば、食糧がなくとも20日は生き
ていけるという。水はできるだけ節約したかったが、熱蒸留器を使えば、海水から真水を作
れるようなので、250ミリリットルほど入れてやった。一匹あたりが飲めるのは、コップ半分
くらいである。夜にもう250ミリリットル与える。人間がもう一人乗っていると思えば、仕方
のない消費、そう思うことが出来た。何より、彼らを死なすことなど、私には考えられなか
った。

「おみずさんごーくごーくするよ…」
「おじさん!おみずさんが…」

まりさが言わんとすることはすぐに分かった。

「ごめんな、お水さんがなくなったら、おじさんもまりさもれいむも、みんな永遠にゆっく
りしてしまうんだ。雨は降ったら、たくさん飲める。それまでは我慢だ。おじさんも我慢し
てるんだ。分かってくれ。」
「…ゆぅ…しかたないよ…ぺーろぺーろ…ゆぅ…あんまりゆっくりできないよ…」

私ものどが渇いていた。一日に500ミリリットル、要するにコンビニで売っているあのサイズ
1本分の量しか飲めないのだ。私は慎重に250ミリリットルを測り、水を飲んだ。
ただ単に水を飲むことに、これだけ注意を払ったことが、かつてあっただろうか?

食事の後、私はしばらく、れいむとまりさを救命いかだの中で自由にさせてやった。

「まりさはのーびのーびするよっ!…のーびのーび!!」
「ゆゆ~ん!まりさののーびのーびはすごくゆっくりしているよ!」

私はにこにこと二匹が遊ぶ様子を見ていた。人によっては、ゆっくりが自分の行動を口に出し
ながら行動することを、馬鹿らしい、鬱陶しいとして嫌う人もいたが、私はこのような彼らの
行動を見ているのが大好きだった。

「ゆゆゆ!れいむはまりさとおじさんのためにお歌を歌うよ!」
「れいむのお歌はゆっくりできるよ!れいむこそゆっくりのぷりまどんなだよ!」
「ゆゆゆ~♪…なかそねてぃーちゃー!」

私は知らなかったのだ。
救難発信機が壊れていたことなど。

あんなにも漂流が長くなることなど。




そして三日が経過した。

食糧はまだある。水も20リットル以上あった。
だが、体はぼろぼろになりつつあった。
度重なる海水の浸入によって、救命いかだの床と接触する、背中、脚、腕には無数の海水腫
瘍ができでいた。これは海水に長期に渡って浸かっているとできる腫れ物であり、患部は赤
く腫れあがる。日に当たり、乾燥させれば治ってくるが、この救命いかだでは、波が高くな
ると出入り口の隙間から少量とはいえ、海水が流れ込んでくる。
その度に、直りかけた真っ赤な小火口が再び噴火する。ふやけた傷口は救命いかだの底や荷
物などと擦れて、塞ぎかけた傷が再び広がるのだ。

「ゆ…ゆぅ…ゆっくり…」
「すぴ~…すぴ~…」

眠っているゆっくりたちの姿も悲惨なものだった。
さらさらだった髪はぼさぼさであり、れいむのりぼんやまりさの帽子には、付着した海水の
せいで、一部が脱色されたようになっていた。その上、あにゃるのまわりにはうんうんの残
りの餡子がこびりつき、まるであにゃるからお汁粉が吹き零れたようになっている。
何度か、海水で洗ってあげたのだが、れいむとまりさは洗った後に海水がべたつくのを嫌っ
たため、今では放置していた。

野良ゆっくりと比べてみれば、大して変わらない姿だったのだが、よく手入れをされたゆっ
くりしか見たことがない私には、その姿は落ちぶれて路地裏で死んでいる成金のように見え
た。

「ゆ?ゆゆぅ?」

まりさが目を覚まし、何か不快そうにもぞもぞしている。

「どうした、まりさ?」
「あんよがむーずむーずするよ!!」
「どれ、見せてみろ。」

私はまりさを持ち上げ、その底部を観察した。

「ゆゆ~ん、恥ずかしいから、まりさのあにゃるは見ないでね!」

痒さを我慢しているのか、うねうねと動くあんよには、白い粉、塩がこびりついていた。
度重なる浸水で、救命いかだの床にはあちこちに塩が噴き出しており、おそらく、その上
で遊んだり、時折入り込む海水があんよにかかる度に塩が付着していったのだろう。そし
て、表皮が水分を失ってひび割れ、それが痒みの原因となっているようだった。

「塩だらけだな。今、取ってやるから大人しくしてろよ。」
「おじさん!いくらみりょくてきだからってまりさのあにゃるをいじらないでね!」

何を言ってるんだこいつは?

あんよが痒いというのは、ゆっくりにとって耐え難いものだった。背中や顔が痒いという
のであれば、その部分を壁などにこすり付けてかくことができる。しかし、あんよはどう
しようもなく、他の個体にかいてもらうか、寝転んでうまく木などに押し付けるようにし
てかくしかないのだ。そして、この救命いかだの中には、まりさが自力であんよをかける
ような場所はなかった。

私はまだ豊富に残っていた水を薄く皿に張り、まりさのあんよを洗ってやった。

「ゆゆゆ~ん!そこ!もっとかいて!ゆっくりぃぃぃぃっ!!!」

軽くかきながら、あんよの塩を落としてやると気持ちよさそうにするまりさ。可愛いもの
である。それからというもの、私は二匹を即席の巣から出してやるときは、床にマニュア
ルを包んでいたビニール袋を解体して広げてやることにした。これで塩まみれになること
も少なくなるだろう。

「どうだ?少しはマシになったか?」
「ゆゆ~ん!すっきりぃぃっ!!痒くなくなったよ!おじさん!これからは毎日まりさの
あんよを洗ってよ!」

余程、久しぶりに洗ってもらったことと、痒みが消えたことが嬉しかったのだろう。だが、
現状では水は貴重だった。私の可愛いゆっくりだったから、水を無駄にしても洗ってやっ
たのだ。

「ダメだよまりさ、お水さんは貴重なんだ。水がなくなったら苦しみながら永遠にゆっく
りしてしまうんだぞ!我慢しろ。」
「ゆゆ~ん…まりさはもっとすっきりさっぱりしたいよ!最近ぜんぜんゆっくりできてい
ないんだよ!」

当たり前だ。漂流しているのだから。

「まりさ…まだ我慢だ…生き延びるためなんだ…」
「ゆふぅ…おじさんはずっとがまん、がまん、がまん、がまん…そればかりだよ…全然ゆ
っくりしてないよ…」

そのとき、ふと救難信号発信機に目がいった。稼動を示す赤いランプがついていない。い
つの間にか電源を切ってしまったのだろうか?

私はスイッチを確認した。ONのままになっている。
私はマニュアルを読み直し、驚愕し、そして戦慄した。思い出したのだ、この救難信号発
信機は48時間しかバッテリーが持たないことに。

私は力なく、救命いかだの床に倒れこんだ。

もうダメなんじゃないか?

その思いが私の全身を駆け巡り、力を、生命力を奪っていく気がした。
まりさがそんな私を不思議そうな目で見ていたが、私の目には何も写っていなかった。

もうダメだ…死ね、死んでしまえ、私は死んでしまえばいいのに…

何かを考えることさえ億劫だった。絶望に私の心臓を撫でられているような気分だった。

まりさが何か言っている。

体の海水腫瘍がひりひりと痛む。

波が救命いかだの側面に当たる。

全部どうでも良かった。そして、いつの間にか眠ってしまっていた。


夢を見た。

娘に初めてゆっくりを買ってきてやったときの夢だった。
細部はいろいろと違っていたが、間違いなくその日のことを、まるで映画のように見て
いる自分がいた。
娘が念願のうどんげを手に入れて、きゃっきゃと大喜びで部屋を走り回っている。
私が娘にうどんげを買ってやったのは、娘が中学生の頃のはずだが、夢の中での娘は現
在の姿だった。そして、私は何の疑いもなく、その娘を昔の娘のように認識していた。

私はちゃんと世話は自分でするようにと、娘に注意した。
娘は大丈夫だと、上の空で返事を返し、私に言った。


そこで目が覚めた。
娘は私に「お父さん、ありがとう」と言うはずだったのだ。

私は自分でも不思議なことに、泣いていた。ただ、夢の中で娘に会っただけなのに泣い
ていた。
私は娘にもう一度「ありがとう」と言われたかった。

救難信号発信機が使えなくなったくらいで落ち込むわけにはいかなかった。

私は娘に、そして家族に会わなければならないのだ。

ここを生き延びさえすれば、あと四半世紀は生きられる可能性があるのだ。
あと二十年近く、家族と語り合い、笑い合い、ケンカし、一緒にいることができるのだ。
そうとも、限界まで足掻いてみせようではないか。

救難信号発信機は使えなくなっていたが、救命いかだにはレーダー反射板が取り付けら
れている。効果があるのかと不安になるくらい安っぽい外見だったが、レーダーに映る
か映らないかは大きな違いだ。
そして、最後の手段である6発の信号弾。
船舶が近くを通ったら、これを打ち上げるのだ。

そうと決まれば、生き抜くための手段を講じなければならない。まずは水と食糧の確保
である。

「「おじさん!!!」」

どうやら、二匹はずっと私を呼んでいたらしい。

「すまない、疲れて眠っていた。どうしたんだ?」
「起こしてごめんね、おじさん。れいむはおといれさんに行きたいよ!」

即席の巣の中でうんうんしーしーを済ませるわけにはいかない。だから、私はれいむと
まりさがうんうんしーしーをしたいと言う度に、一枚のビニール袋を取り出し、その中
にさせていた。

「ゆぎっ!!!…ゆぎいいいいっ!!!ふっごばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

れいむはまるで出産でもするかのような表情で、苦しそうにうんうんをしている。まる
で便秘に苦しむ仁王像である。水分の摂取量を制限しているためか、みちみちとあにゃ
るから顔を出しているうんうんはからからの餡子なのだ。

「うんうんさん、れいむのあにゃるからゆっくりしないで出てきてね!ふぎぃぃっ!!」

れいむが、うさぎの糞のようにころころの餡子を排出し終えたのは、それから20分ほど
経過してからのことである。

「ゆぅ~…れいむはもう疲れたよ…最近のれいむのうんうんはゆっくりしてないよ…」
「れいむぅ~!よくがんばったよぉ!まりさはれいむにけいいをひょーするよ!」

水分摂取量が少ないため、二匹ともしーしーはここ数日まともに出していなかった。た
まに、うんうんする際に、ちょろっとにじみ出るぐらいであった。

私は、いつものようにうんうんを捨てようとして、ふと思いとどまった。
今までは、れいむとまりさのうんうんとしーしーは海に投げ捨てていた。しかし、考え
ようによってはこれも貴重な食糧である。この先、何日漂うことになるのか分からない
以上、捨ててしまうのはもったいないのではないか?

私はそれをそっと、救命いかだのポケットの一つ、何も入っていないところにしまった。
乾燥させれば、私の、またはゆっくりたちの食糧として食べられるかもしれない。

私はしまいこんだままになっている、太陽熱蒸留器を取り出した。
これは、ビニールハウスを海面に浮かべるようなもので、太陽熱により蒸発した海水が、
ビニールの表面に結露する。当然これは真水であり、これを集めて飲料水とするのだ。
これで生産できる飲料水は、おおよそ300−800ミリリットルであり、太陽熱蒸留器を活
用できるか否かは私の生存を左右すると言ってもいい。

しかし、この希望の光も万能ではない。
蒸留によって得られる飲料水の量は天候に左右され、さらに海面に漂わせて使用するた
め、波が荒れているときは使用することが出来ないのだ。

幸い、今日は晴れており、波もいつもと比べると穏やかであった。

「絶対に…生きて帰る…」

私はそうつぶやき、太陽熱蒸留器を海面に送り込んだ。

「ゆゆ!!?おじさん何しているの?」

うんうんが終わってほっとしているれいむが尋ねてくる。

「水を取ってるんだ。」
「ゆゆ?海のお水さんはしょっぱくてゆっくりできないよ?」

私はれいむに、この道具を使えば、海水を飲み水に変えることができると、説明してや
った。太陽熱云々の話は、したところで理解できまい。

「ゆわ~!人間さんはすごいよ!れいむにもお水さん飲ませてくれるの?」
「ああ、もちろんだ。みんなでお水をごくごくしよう。」
「ゆゆ~ん!まりさ!ずっとのどがからからだよっ!お水さん!ゆっくりしないで集ま
ってね!」

見る限り、水は順調に集まっているようだ。蒸留器の真水が溜まる部分にはぽたり、ぽ
たりとリズミカルに水滴がたまっていく。

幸運は続く。
太陽熱蒸留器を出すために開けた救命いかだの出入り口から、一匹のトビウオが飛び込
んできたのである。トビウオは天幕に当たって墜落し、床の上でびちびちと跳ねた。
私はそれを急いで捕まえる。トビウオの瞳は太陽光を反射して真っ青に輝いており、き
れいだった。

「ゆわあああっ!お魚さんだよっ!お魚さんがまりさのごはんさんになりに来てくれた
よ!」

久々に、食事らしい食事ができるとまりさは大喜びだ。れいむも期待のこもった目で、
トビウオを見つめていた。

「ちょっと待ってろ。おじさんが料理するからな!」

私はプラスチックの皿をまな板代わりにして、救命いかだ備え付けの救急セットの中
に入っていたナイフでトビウオを切り分けた。こう見えても、昔は田舎の居酒屋でバ
イトしていたことがあり、ちょっとした料理ならばお手の物であった。
私はトビウオをてきぱきと切り分け、海水でよく洗い、それに拾ったサラダ油を軽く
かけた。どうしようもなくなったら、飲もうと思って取っておいた油だが、こうすれ
ばマリネとしていただくことが出来る。
半分を私の分とし、残り半分をれいむとまりさに分け与えた。

「こんなのぜんぜん足りないよ!おじさんはなんでれいむやまりさよりもたくさんな
の!!?ふこーへーだよ!」

ゆっくりに食事を与えたとき、感謝の言葉が返って来るのに慣れていた私は、少しカ
チンと来た。

「おじさんはまりさよりも体が大きいんだ。こんなんじゃ、足りないんだよ!」
「まりさがさいしょにお魚さんをみつけたんだよ!お魚さんはまりさにゆっくり食べ
てほしくてやってきたんだよ!それをじぶんだけたくさんゆっくりしようなんて!ゆ
っくりできないよ!おじさんはまりさにあやまってね!!」
「まりさっ!!!」

怒鳴ったのは私ではなく、れいむだった。

「なにいってるのまりさ!?お魚さんはたまたまやってきたんだよ!それにおじさん
がりょーりしてくれなかったら、れいむもまりさもお魚さんをかじれないんだよ!ゆ
っくりりかいして、おじさんにあやまってね!!」
「ゆぐぅ…れいむ…どうして…?」

このまりさは、れいむの番として後から購入したものだった。こんな状況でなければ、
私達の言うことをちゃんと聞く、素晴らしいゆっくりなのだが、今は空腹やストレス
でゆっくりできないことになっているようだった。

「おじさんはまいにち、まりさのせわをしてくれてるんだよ!ゆっくりおじさんにあ
やまってね!」
「だって、おじさんは!」
「ゆっくりあやまってね!!!」

れいむはぎろりと、まりさをにらみつける。

「ゆぐ…おじさん…ごめんなさい…まりさがわるかったよ…」

それでも、まりさはれいむの惚れているせいか、れいむの言うことには決して逆らわ
なかった。私は、よくできたれいむに心から感謝していた。このような過酷な状況で
自分の可愛いゆっくりとケンカするなど、悪夢だった。

「わかってくれればいい。救助されるときまで、みんなで頑張ろう。」

まりさは私が差し出したトビウオの切り身を口に含み、むーしゃむーしゃした。

「…むーしゃむーしゃ…ゆぅ…それなり~…」

血を洗った海水のせいで、切り身はゆっくりには少し塩辛い味だったが、切り身に含
まれる栄養と水分は、今は何よりもゆっくりできるものだった。
そして、私には、素晴らしい味わいだった。昔、近くの寿司屋で食べたトビウオの握
りよりも甘く、複雑な味わいがあり、美味しかった。

「ゆゆ~ん!お魚さんはゆっくりできるよ!ありがとうおじさん!」

飼いゆっくりとして、様々なものを食べてきたれいむは、抵抗なくトビウオの切り身
を食べることが出来たようだ。

「…ゆぅ…ゆっくりしたいよ…れいむとゆっくり…」

何もない海の上、閉じられた空間である救命いかだ…
エントロピーは少しずつ、まるで堰を切る瞬間を待つかのように増大していた。



つづく


作:神奈子さまの一信徒

続き物です。現在、続編執筆中で、前後か、三部作にまとめる予定です。
同時に出せず、申し訳ありません。自分の休日が不定期ですので、適当な長さで切り
分けました。お目汚し、失礼いたしました。

実際の船舶からの脱出は、本文中の記載とは異なります。実際は、救命いかだやボー
トによる脱出の前に、数段階の避難命令が出されます。
筆者は船に乗ったことはありますが、幸い、未だに海難事故に遭遇したことはありま
せん。詳しい方から見れば苦笑せざるを得ない描写があるかもしれませんが、そのと
きはやれやれと笑いながらご指摘くださるか、ご容赦ください。



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このSSへの感想 ※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
感想

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  • すごい面白い
    まさかれいむが叱るなんて思わなかった -- 2011-09-25 14:13:11
  • まさか、ここで南の島のまりさに繋がるとは。 -- 2011-08-07 21:45:21
  • まりさのゲス因子がどんどん発現してきてるな…どうなるか楽しみだ -- 2011-02-24 00:02:49
  • 面白い。まさかゆっくりと一緒に極限状態のサバイバルとは。
    そして信号機の故障はすっっごくよくわかるんだよー! 電池切れはホント勘弁して欲しいんだよー!! -- 2010-12-21 02:54:02
  • むぅ、おじさん粘るな。まさか「ゆっくり=食料」の観念の片鱗すらまだ出てこないとは… -- 2010-10-14 05:25:53
  • >>「だって、おじさんは!」
    このまりさの発言が切り身の大きさの事だってのはわかるんだけど
    我侭だったりゲスなゆっくりのこう言う発言は
    「だって、おじさんはまりさのどれいだよ!?」
    に続きそうで、救命イカダの上で自ら死亡フラグ立てたのかと思ったわ -- 2010-09-18 22:49:20
  • 素晴しく面白いね。 -- 2010-07-02 05:11:04
最終更新:2010年04月10日 20:38
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