まりしゃ脱出行 25KB
駆除 注意! 善良なゆっくりたちが酷い目にあいます
おめめをぱちくりとさせて、まりしゃはすぐに理解した――外に出られたのだ。
お父さんとお母さんのおかげで、あのゆっくりできない公園から、ゆっくりできない人間さんから、逃げ延びることができたのだ。
* * *
「ゆんやああああああああああ!!」
朝、まりしゃは誰かの悲鳴で目を覚ました。
「やめてね! やめてね! れ、れいむおこるとこわいんだよ! ゆびゃあああああああん!!」
「みゃんみゃああああああああ!!」
「いだいのはいやぢゃああああああ!! ゆっぐぢでぎないいいいいいいい!!」
「だずげでぐだざいいいいいい!! だずげでねええええええ!!」
まりしゃの寝ぼけたおつむでも、そこかしこから聞こえてくる悲鳴の主はすぐにわかった。
公園に住む他のゆっくりたち――みんな顔見知りだ。
お父さんとお母さんは、おうちの前で外の様子を伺っている。
「これは……いっせいくじょだね……」
「ゆう、やっぱり、ゆんずうがふえすぎたんだよ……」
「……れいむ。かぞくみんな、ぜったいににげきろうね」
「おちびちゃんとさんにんで、もっといっぱいゆっくりしようね、まりさ……」
お父さんとお母さんの声が聞こえたが、まりしゃには何を話しているのかわからなかった。
「やめちぇええええええ!! たちゅけちぇええええええええ!!」
「ゆ、ゆっくりにげるよ! ――ゆわあああああああ!! なんでこっちにもにんげんさんがいるのおおおおおお!?」
「やめてあげてね! いたがってるよ!」
「どぼじでこんなこどするのおおおおおおおおお!?」
悲鳴が絶え間なく響く。
お父さんとお母さんに何が見えているかはわからない。
しかし、おうちの中にいるまりしゃにもわかることがあった。
昨日の夜までみんなのゆっくりプレイスだった公園が、ゆっくりできない公園に変わっているのだ。
「おとうしゃん、おかあしゃん……」
とてもじゃないがゆっくりできない雰囲気――不安になったまりしゃが声をかけると、お父さんとお母さんは慌てたように振り返った。
「ゆっ! おちびちゃん! なにもしんぱいしなくていいからね!」
「おちびちゃんは、おかあさんとおとうさんのいうことを、ゆっくりよくきいていればいいからね!」
いつもと同じ笑顔のお父さんとお母さん。しかし、明らかにいつもとは違う。ゆっくりしていない。
朝一番の「ゆっくりおはよう!」や「ゆっくりしていってね!」というご挨拶がなかったことからもそれが窺えた。
「ゆっくちしちぇ――」
まりしゃの挨拶も、しかし、
「おちびちゃん! すぐにおっきして、おうちからでようね! こうえんからでようね!」
お父さんの声に遮られた。
「ゆっくりできないにんげんさんたちがやってくるよ! ここにいたらこわいこわいだからね!」
「さあ、ゆっくりはやくおしたくしてね! おかあさんがてつだってあげるよ!」
「ゆ? ゆ?」
よくわからないが、何やらゆっくりしていないことだけは確かだ。人間さんがどうしたというのだろう。
「おかあしゃん! いったいどうちたにょ? ゆっくちしていにゃいね!」
おうちの中で素敵なお帽子さんをただしてもらいながら、まりしゃはお母さんに尋ねてみた。お父さんは外の様子を窺っている。
「ゆっ? ゆ、っと……にんげんさんが、こうえんにいるみんなを……お、おいだそうとしているんだよ!」
「なんでにんげんしゃんがおいだしょうとしゅりゅの? こうえんはまりしゃたちのゆっくちぷれいしゅでちょ?」
「こうえんはもともとにんげんさんのものなんだよ! ゆっくりりかいしてね、おちびちゃん!」
「ゆゆっ?」
まりしゃは驚いた。
信じられない――ゆっくりプレイスであるこの公園は人間さんのものだったのか?
公園の中で人間さんたちを見かけることはある。みんなとてもゆっくりしていて、まりしゃにあまあまをくれたこともある。
彼らはこの公園に住んでいるわけではない。住んでいるのはまりしゃたちゆっくりだ。公園に滞在する時間は、圧倒的にゆっくりたちの方が長い。
ならば公園はゆっくりたちのものと言えるのではないか。人間さんたちはごく稀に短い時間だけ遊びに来る、それだけの存在なのだから。
それなのに、この公園は人間さんたちのものだというのか――。
まりしゃには理解できなかった。
それでも、お母さんが言うのならそれは正しいのだろう。
「ゆっくちりきゃいしちゃよ!」
「こうえんにすむゆんずうがふえすぎちゃったから、にんげんさんはおこっちゃったんだよ!」
そういえば、いつだったか大人ゆっくりたちが懸念していた。「こうえんにこれいじょうゆっくりがふえたら、にんげんさんたちがだまっちゃいないよ」と。公園に移住したいというゆっくり相手に、入園試験なども行っていたようだ。
ゆん数が増えると何が問題なのだろう。まりしゃなどは、お友達やご近所さんが増えて嬉しいとさえ思う。
よくわからないが――
「それもりきゃいしちゃよ!」
「にんげんさんたちはいたいことをして、みんなをこ……こうえんからおいだそうとするんだよ! だからそのまえに、じぶんたちででていくんだよ! にげるんだよ!」
痛いのは嫌だ。ゆっくりできない。
「ついでにりきゃいしちゃよ!」
「ゆっ! おちびちゃんはかしこいね!」
「ゆふっ!」
「ゆふふっ!」
まりしゃとお母さんは笑いあい、お父さんに支度が完了したことを告げた。
「おちびちゃん! おとうさんにゆっくりついてきてね!」
「ゆ、ゆっくちちゅいていきゅよ!」
不安はある。
ゆっくりできない公園内を移動するだけでなく、なにより公園の外に出なくてはならないのだ。
まりしゃはこの公園の外に出たことがない。
お父さんとお母さんにお話ししてもらっているとは言え、その世界はまったくの未知数だ。何が待っているのか、自分の身に何が起こるのか、想像もつかない。
そんなまりしゃの様子を見て取ったのか、お父さんはにっこり笑って、
「ゆふふ、だいじょうぶだよ! おちびちゃん! おとうさんとおかあさんがついているからね!」
と言ってくれた。
大丈夫だ。
恐くないと言えば嘘になるが、お父さんとお母さんについて行きさえすれば、きっと大丈夫だ。
人間さんに追い出される前に、自分たちで公園から出る――ただそれだけのことではないか。
「ゆっ! まりしゃはへいきだよ! もうおねえしゃんだからにぇ!」
まりしゃが胸を張りそう宣言すると、お父さんはゆっくりと頷いた。そしてまりしゃの背後、ダンボールのおうちに目をやる。
つられて、まりしゃも振り返る。
まりしゃが生まれ育ったおうち。
思い出も思い入れもたっぷりある。
まりしゃよりも長くここに住んでいるお父さんとお母さんともなれば、それらはまりしゃ以上だろう。
――ふと、まりしゃは思い出して言った。
「おとうしゃん! まりしゃのたきゃらものをもっちぇいきたいよ! ゆっくちまっちぇちぇにぇ!」
まりしゃの宝物――お父さんにもらった小石をここに置いてはいけない。
そんなまりしゃのお願いに、すぐに優しく「ゆっくりまってるよ」と言ってくれるかと思ったが、お父さんは困ったように笑い、
「ゆう……。ごめんね、おちびちゃん。いしさんはおうちにおいていこうね」
と言った。
「ゆっ!? ど、どうちてえ!? まりしゃのたきゃらものにゃんだよおお!?」
「なるべくみがるでいないと、とってもあぶないんだよ。ゆっくりりかいしてね?」
「ち、ちゃんとまりしゃのおぼうちしゃんにいれるからあ!! いいでちょ? いいでちょ?」
「……ごめんね、おちびちゃん。またひろってきてあげるからね」
まりしゃに謝るお父さんに、
「おかあさんもてつだって、もっとすてきないしさんをひろってきてあげるよ。おちびちゃん、それまでゆっくりがまんできるよね?」
お母さんが助け船を出す。
それでまりしゃは諦めた。自ら「おねえしゃんだからにぇ!」と見栄を切ったばかりなのに、わがままは言えない。
「ゆゆう……ゆ、ゆっくちりきゃいしちゃよ。いししゃんは、おうちにおいていきゅよ……」
――お父さんにもらった、とってもゆっくりした素敵な小石。まりしゃの大事な、大事な宝物。
思わず涙がこぼれそうになるのを、下唇を噛んでこらえる。
お父さんがお下げさんで頭を撫でてくれた。それでこらえきれなくなり、涙の粒が、ぽろりとこぼれてしまった。
「ゆっくり、ゆっくりありがとうね、おちびちゃん。――ゆっ! それじゃあ、ゆっくりしゅっぱつするよ! こうえんのおそとにでれば、きっと……そうだよ! おそとにでれば、あんっしんっだからね!」
お父さんのかけ声を合図に、まりしゃたちは歩き始めた。
公園を囲むように張られた金網のフェンス。それに沿って、まりしゃたちは進む。
公園の本来の出口は目立つので使えない――そう考えたお父さんは、別の場所からお外に出ることを提案した。
このまま先に進めば、金網にぽっかりと大きな穴が開いている箇所があるらしい。そこを出口にすると言うのだ。
ふと横を見ると、金網とそれを覆う草木の隙間を縫って、外の景色がよく見えた。
まりしゃなら、すぐにでもこの隙間から外へ出られないこともない。しかし体の大きいお父さんとお母さんはそうもいかなかった。
かと言って、ぴょんぴょんで飛び越えられる高さでもない。
「ずーりずーり……」
「こーそこーそ……」
「じゅーりじゅーり……こーしょこーしょ……」
まりしゃたちは、あくまでもゆっくり静かに歩を進めた。
お父さんとお母さんが「にんげんさんにみつからないようにね!」と念を押したからだが、草むらをずーりずーりで進むのは、なかなか骨が折れる。
人間さんたちが追い出すというのなら――納得はできないが――まりしゃたちが自ら公園から出ていけばそれですむのではないか。
それなら、何もこーそこーそする必要などない。人間さんの目など気にせず、堂々とぴょんぴょんで進めばいいだろう。
まりしゃはそう考えたが、
「ごべんだざいいいいいい!! こうえんがらででいぎばずがらあああああ!!」
「おうぢもゆっぐぢぷれいすもいりばぜんっ!! だがらたじゅげでくだざいっ!!」
「きょわいよおおおおおおおおっ!! もう……おしょとでゆっくちさせちぇえええええええ!!」
「ででいぐっでいっでるのにいいいいいい!!」
嫌でも目に、耳に入ってくるそんな公園内の光景に、すぐにそれが甘い考えだと悟らされた。
公園を出ていく意思を持っていようが関係ない。問答無用だ。
お揃いのお洋服を着た大勢の人間さんたちは、棒で、大きく長いおててで、あんよで、公園に住むゆっくりに暴力を振るっている。
あまあまをくれた人間さんたちとはまったく違う人間さんたち。――彼らは何でこうもゆっくりしていないのだろう。
そんなに必死になってまで、まりしゃたちにこの公園から出ていって欲しいのだろうか。
「やべろおおおおおおお!! おぢびじゃんにてをだずなああああ!!」
「ゆべっ! ゆべええっ! だだがないでええええええ!!」
「やべでぐだじゃい! やべでぐだじゃい! れいぶ……まだじにだぐないんでじゅ!!」
「もうやぢゃゃああああああああ!! おうぢがえるううううううう!!」
見知った顔が、ゆっくりしていない人間さんたちに殴られ、蹴られ、踏まれている。
今見えたあれは都会派レディのありすお姉さんだ。いつでもツンと澄ましていたお顔の真ん中にはぽっかりと大きな穴が空き、あんなにも醜く歪んでしまっている。
その向こうは物知り博士のぱちゅりーお姉さんだ。ぱっくりと裂けた頭から口から、どろどろと漏れだしているクリームの中には、どれだけの知識が詰まっていたのだろう。
みんなあんなにゆっくりしたゆっくりだったのに、もはや見る影も無かった。
この公園は地獄だ。
いつか、人間さんに連れられてきた飼いゆっくりのれいむが、「ここはとってもゆっくりしたゆっくりぷれいすだね!」と褒めてくれた公園。まりしゃはとても誇らしい気持ちになったのを憶えている。
今のこの惨状を見たら、あのれいむは何と言うだろうか。
「ゆわあああああ……」
おうちを出た時は、まさかここまで酷いことになっているとは思わなかった。
まりしゃは、ついおそろしーしーを漏らしてしまった。あんよもすくんで、もう一歩も動けそうにない。
涙も出てきたが、お下げさんでお口を押さえて、悲鳴を上げることだけはなんとかこらえた。
悲鳴を聞きつけた人間さんに見つかったらどうなるか、もうまりしゃにも理解できていた。
「おとしゃ……おかしゃ……ゆええ……」
思わず前を行くお父さんとお母さんに泣きつく。それ以外にどうしたらいいかわからなかったからだ。
すると、お父さんとお母さんはまりしゃを振り返り、いつもと変わらない笑顔と、小さくても優しい声を返してくれた。
「ゆう……ごめんね、おちびちゃん。こわかったよね、こわかったよね」
「おかあさんがおんぶしてあげるからね。もうなかなくてもいいんだよ」
それだけでまりしゃは安心した。
「ゆっくち……ゆっくちい……」
安心したはずなのに、涙が溢れそうになった。
まりしゃはお母さんのおつむの上に乗せてもらった。体を揉み上げさんでしっかり押さえてもらうと、何とも言えないゆっくりした気分になれた。
「ゆっ。じゃあまたこーそこーそすすむよ。でぐちはもうすぐだからね」
「ゆっくりすすもうね」
まりしゃがもっと小さかった頃――まだ満足にあんよを動かせなかった頃、よくこうやって公園内のお散歩に連れていってもらった。
そして、
「ゆっくりのひ~、まったりのひ~」
今と同じように、お母さんのお歌を聴かせてもらったのだ。
こんなにゆっくりできない時だというのに、まりしゃのお胸はぽーかぽーかと温かくなった。
「ゆう……。おかあしゃんのおうたはゆっくちできりゅよ……」
「すっきりのひ~。――ゆふふっ。おちびちゃん、ゆっくりしていってね」
まりしゃは目を閉じた。
次に目を開けた時には、無事に外に出ていられたらいいなと思った。
公園の外にさえ出てしまえば、人間さんに酷いことをされる理由も無くなるのだ。
体が痛い。鋭利な痛みだ。それに何だろう、この圧迫感。
まりしゃは目を覚ました。お母さんのおつむの上のあまりのゆっくり具合に、少し眠ってしまっていたようだ。
目の前にはお母さん。
まりしゃは、いつの間にかお母さんのおつむの上から降ろされていたのだと気いた。
「ゆむむむ」
お母さん、と声を出そうとしたが上手くいかない。お母さんの両方の揉み上げさんでお口を塞がれているからだ。
いや、お口を塞いでいるのではない。お母さんは揉み上げさんを使って、「ゆーしょ、ゆーしょ」の掛け声とともに、まりしゃの体全体を押していた。
先ほど覚えた圧迫感の正体はこれだ。
「ゆーしょ、ゆーしょ。まだこうえんのなかだよ。いたいかもしれないけど、すこしがまんしてね、おちびちゃん。ゆーしょ、ゆーしょ」
ぐいぐいと力の入る揉み上げさんに反し、その声はあくまで優しい。
それにしても体が痛い。
揉み上げさんによる正面からの圧力ではない――お母さんがまりしゃを労わってくれているのがわかる――この尖った痛みは体の側面にこそ感じる。
ゆっくりできないなと横を見ると、細い針金が――細い針金で編まれた金網があった。これはフェンスの金網だ。まりしゃたちはこれに沿って歩いてきたのだ。
少し寝ぼけた頭で状況を整理する。
まりしゃの体は、なぜか公園を囲むフェンスの隙間に挟まっている。それをお母さんが、なぜか揉み上げさんで押しているのだ。
なぜか。――寝起きのぼおっとした頭でもわかる。まりしゃの体を、まりしゃ自身を、フェンスの――金網の隙間から通して、向こうへ押し出そうとしているのだ。
外へ。公園の外へ。
「ゆむむむむう!?」
なにちてるの!? おかあしゃん!? という意味を込めたまりしゃのその言葉に、お母さんはにっこり笑って、
「おちびちゃん、ゆっくりしずかにね」
と小さな声で言った。
そしてその声に被るように聞こえた、
「にんげんさん、ゆっくりしていってね! まりさはまりさだよ! ゆっくりそこでとまってね! あんよをとめてね!」
というこのご挨拶は、間違えようもないお父さんのものだ。
お母さんとは大違いの、とても大きな声だ。声の感じからして少し離れた所にいるらしい。
まりしゃは驚いた。
自分が眠っている間に人間さんに見つかっていたこともそうだが、公園にいるゆっくりできない人間さんにご挨拶なんて、お父さんは何を考えているのか。
「むこうのれいむははずかしがりやさんなんだよ! にんげんさんのおかおをみるのがはずかしいんだって! なにかしているわけじゃないから、きにしないであげてね! きにしないであげてね!」
お父さんは何を言っているのだろう。
不思議に思うまりしゃに、お母さんが囁く。
「ゆーしょ、ゆーしょ。おちびちゃん。おそとにでたらね、ゆっくりだっしゅでこうえんからはなれてね。ゆーしょ、ゆーしょ。それからね、ゆっくりできるゆっくりをさがすんだよ。
そのゆっくりにごあいさつして、ゆーしょ、ゆーしょ、こころをこめてごあいさつして、おとなになるまでおせわしてもらってね。いうことはしっかりきくんだよ。
ゆーしょ、ゆーしょ。おかあさんたちがおしえたから、きちんとできるよね。おちびちゃんはゆっくりしたこだものね」
お母さんまで訳の分からないことを口走り始めた。いつになく早口だ。ちっともゆっくりしていない。
「ゆっ! なんだかにんげんさんはゆっくりしていないね! まりさといっしょに――ゆべえっ! ふ、ふーみふーみはゆっくりできないよ! ゆがっ!」
お父さんの声は苦しそうだ。ひょっとして、人間さんにひどいことをされているのではないか。
「にんげんさんにたよるのはさいごのしゅだんにしてね。ゆーしょ、ゆーしょ。そしてたよるなら、まえにこのこうえんにきていたような、ゆっくりできるにんげんさんだよ。
おちびちゃん、みわけられる? むりなら、ぜったいに、ゆーしょ、ゆーしょ、ぜったいににんげんさんにちかづいたらだめだよ。ゆーしょ、ゆーしょ。ゆっくりできなくされちゃうからね」
言いながら、まりしゃの体を押し続ける。思いの他、隙間の幅とまりしゃの大きさはギリギリだったようだ。まりしゃの小さな体は、なかなか隙間から抜けない。
それにしても、こんなことをしているより、お父さんを見てやるべきではないのか。
二人ともどうしてしまったのだろう――いや、
「ゆぎっ! ゆぎっ! ――ゆゆ……ゆふふ! だめだよにんげんさん! もっとゆっくりして――ゆっがあっ!」
もう、まりしゃには、
「ゆーしょ、ゆーしょ。――たくさんむーしゃむーしゃして、おひさまさんがでていたらおそとでこーろこーろして、にんげんさんのすぃーにきをつけて、たゆんになるべくたよらず、つちのうえでぴょんぴょんして……しあわせーになってね」
まりしゃにはわかった。
お父さんは必死に人間さんの気を引こうとしている。
お母さんは必死にまりしゃを外に出そうとしている。
まりしゃにはわかってしまった。
予定していた出口にたどり着く前に人間さんに見つかってしまったまりしゃの家族は、この公園から逃げる事が出来なくなってしまった。
一家全員永遠にゆっくりさせられてしまいそうになった。
それでもお父さんとお母さんは――まりしゃの大好きなお父さんとお母さんは、金網の小さな隙間から、まりしゃだけでも逃がそうと必死に戦ってくれているのだ。
まさか、これでお別れなのだろうか。こんなに急に、あっけなく。
「ゆむっ! ゆむむむううううううっ!!」
どうちてしょんなことしゅるにょおおおおお!? というまりしゃの絶叫は、しかし優しく力強い揉み上げさんによって封じられた。
その代わりに、お口と違って自由なまりしゃのおめめから、かつてないほどの涙が流れ出る。
以前、ゆっくりできないガラス片を踏んであんよを裂いてしまった時も激しく泣いて、大量の涙を流したものだが――これはきっとあの時以上だ。
「ゆっ……ゆべっ! ゆっぎゅうっ! ……ゆ、へへへ……ばりざは、ぼうりょくには……ごふっ! くっしない、よ……。ばりざはおとうざんだがら……ぎゃっ! ぎゃっ! がぞぐを、まもるよ……」
お父さんの声がだんだんか細くなってきた。
それに反比例するように、まりしゃの涙は激しさを増す。
「こら、おちびちゃん。『おねえさん』がそんなにないたらだめだよ。なきむしは、おにわにさくひまわりさんにわらわれるよ。どんなときも、ゆっくり、ゆっくりわらってね」
そう言ったお母さんの顔こそ、涙でぐしょぐしょだ。きっと、自分の顔もあんな風なのだろう。
これほど泣いたらお互い涙で体が溶けてしまうのではないかと、まりしゃは思った。
それならそれでもいいや、とも思った。その方が、今のこの状況よりは、よほどゆっくりしているからだ。
がしゃん、という音と振動がして視線を横にやると、そこにはお父さんが倒れ伏していた。
人間さんに蹴られでもして、金網に衝突したのだろう。
「ゆ……ゆ……かぞく……まも、る……」
「ゆむむむむうううう!?」
おとうしゃあああん!? と揉み上げさんの下でまりしゃが叫ぶと、
「ゆーしょ! ゆーしょ! もうすこしだよ! もうすこしだよ、おちびちゃん! いたいよね! いたいよね! でも、もうすこしがまんしてね!」
突然、お母さんが大声で叫んだ。
まりしゃを押す力も増した。
もう揉み上げさんどころではない。これは体全部を使ってまりしゃを押している。ほとんど体当たりに近い。
まりしゃの体のことなどおかまいなしになったようだ。
「ゆむむむむうううううううっ!?」
苦しく、痛い。さっきまでとは全く違う、優しさを微塵も感じさせない力だ。
それでも我慢しなければいけない。まりしゃは歯を食いしばって耐えた。
「ゆーしょ! ゆーしょ! ゆーしょ! おちびちゃんっ! がまんしげべれえええええっ!?」
お母さんが意味不明な事を口走った。まりしゃはゆっくりできない予感がした。
「ゆむむっ!! むむむうううううう!?」
おかあしゃあああん!?――お母さんの体の下でまりしゃは絶叫した。
「ゆべえっ! ……おぢびぢゃんっ!! もうずごじっ!! ぎゅっ!!」
お母さんも絶叫した。
まりしゃが思わず体内の餡子を吐き出しそうになるくらいの、お母さんの圧力。
すっ、と金網と揉み上げさんの抵抗を失い、まりしゃの体は宙に投げ出された。
ふわっと、浮遊感に包まれる。
ようやく自由になったお口でまず何を言おうか――考える前にお口が動いていた。
「おしょらをとんでいるみちゃいっ!!」
「あいちゃちゃ……ゆふう」
自分の背よりも少し高いところからころりと落ちて、あんよを強く打ってしまった。
おうちを出る時にお母さんに整えてもらった素敵なお帽子さんも、おつむからずれてしまっている。
ふと見上げると、公園の中と外を区切るフェンス。
その向こうに人間さん。少し呆けた顔をしているのは、まりしゃの気のせいだろうか。
おめめをぱちくりとさせて、まりしゃはすぐに理解した――外に出られたのだ。
お父さんとお母さんのおかげで、あのゆっくりできない公園から、ゆっくりできない人間さんから、逃げ延びることができたのだ。
いまだかつてない達成感に、まりしゃの体は震えた。
お帽子さんに乗って公園の池に――ほんの少しの間だけ――浮かんでいられたあの時にも、これほどの達成感は味わえなかった。
「ゆわああああああああああんっ!! おとうしゃんっ!! おかあしゃああああああああん!!」
まりさは空に向かって吠えた。ゆん生最大の大きな声で。
昂ぶった体からは、不思議と涙は流れない。さっき、お母さんと一緒に顔をぐしゃぐしゃにして泣きあった時に、すべての涙を流しきってしまったのだろうか。
それはそれで少し悲しい気もするが――とにかく今は泣くべきではない。笑うべきだ。
――おそとにでたらね、ゆっくりだっしゅでこうえんからはなれてね。
お母さんの言葉を、ゆっくり思い出す。
疲れたのでゆっくりここで休んでいきたいが、言われたことは守らなければいけないのだ。まりしゃは『お姉さん』なのだから。
「ゆっ!」
短く気合を入れて、お帽子さんをかぶり直す。
「おとうしゃん! おかあしゃん! いままでゆっくちおしぇわになりまちたっ!!」
お別れだ。
お世話になったお父さんとお母さんに、きちんとご挨拶を忘れない。
その時に見てしまった。
人間さんがフェンスの向こうで、ぐったりしたお母さんを踏みつけている。
「おぢびっ……ぢゃぶうっ!! ゆっぐりっ!! ゆぎゅっ!! ……じあわぜにいっ!!」
お母さんが苦しむのにも構わず、蹴る。踏む。何度も何度も、執拗に。
「かふっ……ごふっ!! ひゅぎゅ、う……!!」
「ゆわあああああっ!? おかあしゃあああああああん!!」
たまらずフェンスに取り付くまりしゃ。だが、お母さんはまりしゃに気付いてくれないようだ。顔も上げてくれない。
お母さんは人間さんの長いあんよで踏まれ、蹴られ、そしてまた踏まれ、やがて「ゆ゛っ」と短く言ったきり、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「……っ!! おか、しゃ……!!」
お母さんを虐めた人間さんは、次いで、
「ばりざは……がぞぐを、まもって……」
と呻き声を上げているお父さんを踏み始めた。
「ゆわあああああっ!? おとうしゃあああああああん!!」
「ゆぶうっ!! ばりざは……ぎゃあっ!! おどう、ざんっ!! だぎゃらっ!!」
「お、おとうしゃ……っ!!」
人間さんの長いあんよは、見るからに強そうだ。あのあんよは今日一日だけで、どれだけのゆっくりをゆっくりできなくさせてきたのだろうか。
やがてお父さんも「ゆ゛っ」と短く言って動かなくなってしまった。
「……っ!! ……っ!!」
まりしゃは目の前の光景に声を失った。ゆっくりの「ゆ」すら、今までどう発音していたのか一瞬で忘れてしまった。
何かを言いたいのに、叫びたいのに、この気持ちをどう口にしたらいいのかわからない。まるで、体の中の餡子が真っ白になってしまったかのようだ。
――ゆっくちしていっちぇにぇ!
――むーちゃむーちゃ! ちあわちぇー!
――こーろこーろしゅりゅよ!
――ここはまりちゃのゆっくちぷれいしゅだよ!
どれもふさわしい言葉ではない。
さっぱりわからない。まりしゃの餡子脳では、語彙では処理しきれない。
結果、まりしゃの口から出たのは、
「ゆぴっ! ゆぴっ! ゆぴぴぴいいっ! ゆっひっぴぴいいいいいんっ!」
とても言葉とは言えない、単なる音だった。
「ゆぴっ! ぴぴぴぴっ!! ゆゆゆぴっ!」
この音はまりしゃの意思では止められなかった。
枯れたと思っていた涙が溢れてきた。おそろしーしーも漏れている。それらもまりしゃの意思では止められない。
がしゃん、と人間さんがフェンスに手をかけた。足も乗せた。
「ゆっぴぴっ!?」
何をするつもりだと思った瞬間、ひらりとフェンスを飛び越え、人間さんは公園の外に降り立った。
まりしゃが――まりしゃの家族が必死になってようやく辿りついた公園の外へ、いともたやすく。
人間さんは腰をかがめて、まりしゃに手を伸ばしてきた。
まりしゃは驚き、そして恐怖した。
「ゆぴぴぴぴぴっ! ゆぴぴぴぴぴっ!」
どうちてにんげんしゃが、おしょとにでるのおおおおおおお!? ――そういった意味の言葉を発したつもりだ。
どうして公園の外まで、まりしゃを追ってくるのか。
公園の中でまりしゃたちゆっくりに酷いことをするのは理解できる。それは、ゆっくりを公園から追い出そうとしているからだ。
だからこそわからない。
なぜ、すでに公園から逃げ出したまりしゃにこだわるのだろうか。公園の中にいないのだから、放っておいてくれてもいいだろう。
散々見せられた、率先して公園から出て行こうとするゆっくりへの乱暴も理解できなかったが、これはそれ以上の疑問だ。
「ゆぴょっ!?」
人間さんの手がまりしゃをつかんだ。ざらざらした布のようなものに包まれたおてては、何だかゆっくりできない。
持ち上げられた拍子に、せっかく被りなおしたお帽子さんが、ぽとりと落ちる。
「ゆぴいっ! ゆぴいっ!」
人間さんのおててに力が入った。
強烈だったお母さんの体当たりよりも、さらに痛くて苦しい。とてもゆっくりできない。
ようやくまりしゃは、人間さんの目的が理解できた。
公園から追い出すために暴力をふるうのではない。
まりしゃたち公園に住むゆっくりに暴力を振るうこと、殺すこと、それ自体が目的だったのだ。
まりしゃは公園から出ればそれで大丈夫だと思っていた。しかしそうではなかったのだ。
恐ろしい。あまりにも恐ろしい目的だ。
おそろしーしーが止まらない。おそらく腰も抜けている。
仮に今、人間さんの手を逃れたとしても、恐ろしさのあまり、まりしゃは一歩も動けないだろう。
――にんげんさんが、こうえんにいるみんなを……お、おいだそうとしているんだよ!
――こうえんのおそとにでれば、きっと……そうだよ! おそとにでれば、あんっしんっだからね!
お父さんとお母さんの、あの言葉。
二人は間違っていたのだろうか。それとも、まりしゃに嘘をついたのだろうか。
「ちゅ、ちゅぶれりゅううううううう!!」
体を締め付ける痛みが、まりしゃの言語能力を正常に戻してくれたらしい。久しぶりに言葉らしい言葉を発することができた。
しかし喜んでいるわけにはいかない。命の危機だ。この人間さんは、確実にまりしゃを殺そうとしている。
「ゆぶううううう……たしゅけちぇ! たしゅけちぇ! おとうしゃんっ!! おかあしゃんっ!!」
反射的に、フェンスの向こうで倒れ伏しているお父さんとお母さんに助けを求める。
しかし二人は何の反応も見せてくれない。こんなに近い距離で、大声で叫んでいるというのに。
「やめちぇえええええ!! まりしゃ……まりしゃ、まだしにたくにゃいよおおおおおお!!」
「……一斉駆除なんだ。わかるだろ?」
人間さんが初めて言葉を発した。こんな状況だが、何だか嬉しい。ご挨拶をしたら怒られるだろうか。
しかし言葉の意味はわからない。――いや。
いっせいくじょ――つい最近、どこかで聞いたような気もする。
しかし、まりしゃにそれを思い出している暇はなかった。
「おめめ……おめめがとびでりゅううううううう!! まりしゃのおめめ、とびださにゃいでええええええ……」
おめめが痛い。今にも飛び出しそうな激痛だ。
人間さんのおててで圧迫された体内の餡子が、勢いそのまま、まりしゃのおめめを押し出そうとしているのだ。
まるで先ほど、お母さんが金網の隙間からまりしゃをそうしたように。
「やめちぇえええええ!! おめめいやぢゃあああああ!! ゆぐうっ! まりしゃから……もうなにもとらないでええ……」
まりしゃは切実に願った。
ゆっくりプレイスから、おうちから、目が覚めていきなり離れることになった。
宝物の小石はそこに置き去りだ。
見知ったゆっくりたちは、みんな殺された。
お父さんとお母さんも、目の前で蹴り殺された。
素敵なお帽子さんは、今、地面に落ちてしまった。
そして今、おめめまでがまりしゃから奪われようとしている。
お父さんとお母さんにも褒めてもらった、自慢のキラキラおめめが。
もうやめちぇ……まりしゃを、ゆっくちさせちぇ……」
体内の餡子を口から、あにゃるから、しーしーの穴から一斉に吹き出したその瞬間、まりしゃは永遠にゆっくりした。
幸運にも、おめめは最期までまりしゃの体に残ったままだった。
(了)
作:藪あき
挿絵 by儚いあき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- まんじゅうに感情もクソもねーよバーカ -- 2018-08-24 19:41:49
- やっぱりゆ虐はゆっくりできるね -- 2014-10-07 04:38:47
- ↓↓↓ゆっくりなんてそんなモンだろ -- 2012-07-27 20:10:22
- まぁ別にまりしゃ一匹生き残ってても結果は見えてるんですけどねw
-- 2011-09-10 20:44:10
- なにもとらないでって
おまえらゆっくりには最初から何も無いだろ?
喜びも、楽しみも、喜びも、
なにも
-- 2011-02-12 02:23:52
- 親の言いつけを思いだして「今までお世話になりました」って決別のセリフまで
放っときながら結局親の所にUターンしやがったからな。どうしようもねえ。 -- 2011-02-12 01:37:27
- 結局、逃げられず仕舞いか、親不孝モノめ
駆除なんだからもっと効率よく潰していけば良いのになぁと思ったが、それだとゆ虐にならないか。 -- 2011-01-03 15:22:52
- ゆっくりだっしゅがウケた。 -- 2010-12-24 20:22:50
- 糞ゆ駆除は大変だな。ハッピーエンドですっきりいいいいいいいいいい -- 2010-12-08 15:58:23
- ヒュー!ゆっくり全滅!ハッピーエンドオオォォォォーーー!!! -- 2010-12-07 02:13:37
- ↓てめえがつぶされろ。なんでてめえみたいのがここにいるんだよ。死ね。 -- 2010-11-17 22:30:21
- ついでにれいむを駆っている人間もつぶされてくれればいいのに -- 2010-11-17 14:37:27
- ごみがちゃんと処理されて良かった -- 2010-11-17 13:48:20
- 俺は別の意味でこのまりしゃがすごいムカつく
せっかく公園の外に出してもらったのに何でフェンスそばでぎゃーぎゃー大声出してるのか?
なんで親の言いつけ通りに逃げないでいつまでももたもたしてるのか?
挙句の果てが人間に殺されて親が完全に犬死だろうが。無力以前の親不孝もんだこいつ。見ててイライラする -- 2010-08-30 19:46:41
- どうすることもできない無力さを味わいつつ死んでいくゆっくりはとてもいいね。どんなにあがいてもお前らゆっくりは幸せにはなれないんだよ。 -- 2010-08-30 18:59:49
- どうせなら生きてる両親の前で子まりさ殺せば良かったのに
まぁ虐待じゃなくて駆除だからそんな面倒な事しないか -- 2010-08-29 18:53:52
- ゆっくりの無力さがよくわかる良作 -- 2010-08-09 05:23:34
- いい話だった。 -- 2010-07-29 03:10:33
- まあやらない善意よりやる善意と親父が言ってたから、、、ここでやめとく。
駆除は俺もしたいわ。 -- 2010-07-25 05:52:31
- じゃあお前が弱者拾って飼ってやれよ^^
お前は権力者に甘えて毎日楽に暮らしたいってだけだろ -- 2010-07-17 09:59:22
最終更新:2010年05月15日 12:12