「1階の方に売ってるとはなぁ……ゆっくりも、今じゃ当たり前のペットってことか?」
うちの近所のスーパーには、1階と2階がある。
1階には食料品を中心に、生活によく使うもの……各種洗剤に台所用品、入浴用品、掃
除用品や防虫剤、ちょっとした日用雑貨と……まぁ、よくあるスーパーマーケットな品揃
えだ。
2階は、カラーボックスや組み立て棚、日曜大工のアレコレなどの大きめの雑貨と、ガ
ーデニング用品に各種植物、さらには熱帯魚も売られていて、その飼育用品や他のペット
用品なども売っている。
1階で自分の食い物を買って、2階でゆっくり達の餌を買わないとと考えていたのだが、
1階だけで済んでしまった。犬や猫のペットフードに並んで、ゆっくり用のペットフード
があったのだ。ハムスター用とか、鳥の餌は2階にしかないのに。
今や、ゆっくり達は犬猫についで、ありふれたペットの地位を獲得しているらしい。
しかも、ゆっくり用の高級ペットフードまであった。ちょっとお高いそっちは、まりさ
種用、れいむ種用等々、種別によってそれぞれある上に、ダイエット用だとか、室内買い
用だとか、運動をたくさんする子に!とか……まぁ、種類も豊富だ。
俺が買ったのは汎用の、お手頃価格でお徳用のものだが。
「……ゆっくりって、案外タフなのかねぇ」
スーパーへと来る前に見た光景を思い出し、なんとなく独りごちる。
多少は粗雑に扱っても元気でいてくれるのだとしたら、飼育に知識と設備が必要で、気
も配らなければならないという熱帯魚やハムスターより、ポピュラーになりやすいかもし
れない。犬猫のように、動物の匂いもなさそうだし。なにせ饅頭だから。
まぁ、だからこそ余計に騒音の方が目立ち、問題視されるのだろうけど。
「キャンキャン鳴くだけじゃなく、言葉を喋るんだもんなぁ」
それにしても、一人言が多くなった。一人暮らしで寂しさを感じていると、一人言は多
くなるらしい。
寂しいのか、俺は。
寂しいよな、彼女もいないんだもん。
両手に買い物袋を提げて、出口へと向かう。思ったより多くの量を買うことになってし
まった。
「ゆっくりしていってね!」
スーパーを出るなり、野良ゆっくりに声をかけられた。入るときには見かけなかったの
だが……どこかに隠れていたのだろうか?
まぁ、スーパーの入り口あたりをウロウロしていれば、すぐに店員に見つかって始末さ
れるか、保健所に連絡されて所員の方々にしかるべく処理されるのがオチだろう。隠れて
いたのだとしたら、そこそこ賢明な野良……ということか。
「ゆ! おまえは まりささまの こえが、ちゃんと きこえるんだね!」
ほとんどの人が、野良ゆっくりとは関わらないようにしている。面倒くさい目に遭うか
らだ。俺も普段なら、声をかけられても無視を決め込んで、さっさと歩み去ってしまうだ
ろう。だが今は、俺の家にもゆっくりがいる。この野良ゆっくりと同じ、まりさ種の。そ
れでつい、目を向けてしまったのだ。
それにしても今、自分に「様」付けしたのか、コイツ?
「まりささまに、ごはんをもってくる えいよを あたえるんだぜ!」
何を言っているのか、非常に聞き取りにくい。口の動きはモタモタとしているくせに、
早く喋ろうと声を出し続けているせいか、滑舌も悪く発音もなっていない様に聞こえる。
薄汚れ、髪も乱れ放題、帽子もクシャクシャで、実にみっともない。当然、ペットとし
ての身分証明が出来そうなものも付けていない。
「なにを ぼーっとしてるんだぜ!? さっさと ごはんをださないと、いたいめをみるん
だぜ!」
俺んちに迷い込んできた、あのまりさと同じとはとても思えない。まぁ、あいつの方が
変わってるんだろうけど。
それにしても、“ゆっくり”という存在で自分達も「ゆっくりして」とか言うんだから、
もっと落ち着いて、ゆっくりと喋ればいいのに。そうすれば、もうちょっと聞き取りやす
いだろう。
一つ溜め息をついて、野良まりさから目を背けて歩き始める。最初から無視を決め込ん
でいれば良かった。
「ゆあっ! ま、まつんだぜ!」
ぼてっ、ぼてっと、気の抜けたような音をたてて跳ねながら、野良まりさが追いかけて
きたようだ。
「とぼけたって、そのなかみが おいしいごはんだってこと、まりささまには おみとおし
なんだぜ!」
面倒くさいことになりそうだ。これだから、誰もが野良ゆっくりとは目も合わせないの
だ。
「ゆっ、ほっ! ゆっ、ほっ! こ、こら! まつんだぜ ったら まつんだぜ!」
ゆっくりは、跳ねたり這いずったりで移動する。さほど素早く動けるものでもないだろ
う。捕まえようと思えば、簡単に捕まえられるんじゃないだろうか。
なのに、野良がいつまで経っても姿を消さないのは、繁殖の容易さというやつで、モリ
モリ増えているからか。あるいは、いつまで経っても“無責任な飼い主”というヤツが減
らないからか。
直接捕まえようとする人間以外にだって、危険な存在はいくらでもあるだろう。野良犬
はすっかり見なくなったが、住宅街じゃ、野良だか飼いだかよくわからない猫は、よく闊
歩している。カラスは人間相手にだって怪我させるほどの実力者だし、鳩や雀も群れれば
小さなゆっくりくらいなら簡単に食っちまいそうだし。
「やっぱり、案外にタフなのかね」
「ゆへぇ、ゆへぇ……な、なんだか わからないけど! まりささまは つかれたんだぜ!」
家に迷い込んできた、あのまりさ親子が飼われていたであろう家は、意外なほど簡単に
見つかった。
何かを叩く音が聞こえてきて、近づいていくと、妙に濁った悲鳴と、息を乱して箒を振
り回す女性……覗き込んでみれば、二匹のゆっくりらしきものが、ボコボコにされていた
のだ。
呆れて見ていたら、旦那さんらしき人がやってきて、睨まれちゃったけど……まぁ、睨
むよな。人の家の庭を覗き込むって段階で、失礼で不審なんだ。そして見られているのは、
妻がゆっくりに暴行を振るっているシーンとくれば。
まりさ親子が襲われてから、どれほどの時間が過ぎていたのかはわからないが、分単位
の短い時間でもないだろう。2~3時間か……朝早くの出来事なら、すでに4~5時間は
経っているのか。細かいところはわからないが、それでも短くない時間を、殴られ続けて
も生きていられるだけのタフさが、ゆっくりにはあるらしい。
「本当に脆い存在なら、野良生活なんてやってられないだろうしなぁ……」
「ゆ……!? まりささまは、のらなんかじゃないんだぜ!!」
「いや、野良だろ」
つい、答えてしまった。
野良まりさの言葉には、ムキになったかのような激しさがあったから、思わず引き込ま
れてしまったのだ。
「ちがうんだぜ!! みがってな にんげんさんが、かってに まりささまを つれてきて、
そして かってに ほうりだしたんだぜ!」
「……まさか、元は野生か?」
ブリーダーが育てたものばかりではなく、野生のゆっくりを捕まえてきたものも、ペッ
トとして売られていることは聞いている。だが、その気性は人に馴染まず身勝手なままで、
育てるのが難しいからと、格安の割には人気も薄く、最近ではほとんど見られないという
話だ。
「やせい? なんのことか わからないけど……って、おはなし するときくらい、ゆっく
りしていってね!」
「断る」
「ゆぁああ! にんげんさんは、いつもそうだ! みがってなんだぜ!」
跳ねながら喋るというのは、大変なことのようだ。だが成人した人間にとっちゃ、のん
びり歩きながら喋ることくらい、なんでもない。
「あいつも! せっかく、まりささまの めしつかいにしてやったのに、かってに おこっ
て、『すてる』とか いって、まりささまの おうちを うばったんだぜ!」
聞き取りにくいが……「召使い」と言ったのか? 飼い主のことだろうか? ならば、
飼い主が怒るのもわかる。
そんなことを言われりゃ、躾だ教育だというのも馬鹿らしくなるだろう。
「だからって、捨てるなよ……迷惑な」
「まったくだぜ! だから にんげんさんは、せきにんをとるんだぜ!」
「……責任?」
「みがってな にんげんさんのせいで、まりささまは たいへんなんだぜ! だから、せき
にんをとって、そのごはんをよこすんだぜ!」
それほど、理に合わない意見でもない。野良と言われ嫌われるのも、元は人間のせいだ
と言われれば、その通りだろう。
人間の都合で、街へと連れてこられた。その街は、あっちもこっちも人間が自分のテリ
トリーとしているから、ゆっくりが落ち着ける場所もない。大変な毎日には違いないだろ
う。さらに街には、山のように季節ごとの自然の恵みなど期待は出来ない。山には山の危
険があるだろうが、街にだって危険はてんこ盛りなのだ。
「確かに、身勝手な人間のせいで大変だな」
「ゆゆっ!? おまえは、なかなか ものわかりが いいんだぜ! みどころがあるから、
まりささまの めしつかいにしてやってもいいんだぜ?」
「断る」
「まりささまの、めしつかいに なれる ちゃんすなんだぜ?」
「なりたくもない」
「やっぱり おまえも、ばかな にんげんさん なんだぜ。それじゃ、ごはんをおいて とっ
とと きえるんだぜ」
「断る」
「なんでなんだぜ!? みがってな にんげんさんの せきにんは、にんげんさんが……」
「ちゃんと考えろ」
「ゆゆ?」
「身勝手な人間が、責任なんて取ると思うか?」
後ろをついてきていた、ぼてっぼてっという間の抜けた音が途絶えた。振り返ってみる
と野良まりさは、跳ねもせずに歩道でボンヤリとしたままだ。
ついてこないからと言って、待っていてやる義理もない。
そのまま歩き続けていると「ぼんよぼんよ」と、大きな音を立てて野良が追いかけてき
た。
なんだ、多少はスピードアップ出来るんじゃないか。
「そんなのは、ゆるされないのぜ!!」
なんだよ、「のぜ」って。
「にんげんさんが わるいんだから、にんげんさんが……」
「それは、お前の飼い主に言え」
「まりささまには、かいぬしなんて いないんだぜ!」
「じゃあ、全部お前のせいだろう」
「なに いってるんだぜ! にんげんさんが……」
「人間が、飼うためにゆっくりを山から連れてくることはある。飼うためにだ」
「わけ わからないこと、いってんなのぜ! いいから、ゆっくりしないで ごはんをよこ
すんだぜ!」
「断る」
「ことわるとか きいてないんだぜ!! まりささまが ほんきをだしたら、おまえなんか
ぎったぎたなのぜ!」
さて、面倒なことになった。
言葉を交わしたが、餌をやったわけでもないし、こいつを飼わないままにしても、祖父
は怒ったりしないだろう。
だが、どうすればいいか。
保健所に連絡するのも、面倒だ。なにせ、連絡した以上は所員の方々が駆けつけてくれ
るまで、コイツが逃げないように捕まえておかないといけないだろうし。
なるほど。
みんなこんなふうに考えて、積極的に保健所へ連絡などもしないから、逃れ続けている
野良もいるのだろうか。
「ゆへ~っ! ゆへ~っ! ゆへ~っ! いっぱい あるいたから まりささまは、つかれ
たんだぜ! おまえのせいなんだぜ! これは、ごはんを ばい もらわないとならないん
だぜ! ゆへへへへ」
ちょっと行ったところにある用水にでも叩き込んで、流されるなり、水にふやけて崩れ
るなりしてもらおうか? いや、駄目か。誰かが見ていたら、ゴミを不法投棄したと問題
視されるかもしれない。
用水沿いは桜並木が美しいので、美化に五月蝿いおばさんがいるからなぁ。
ふと、思いつく。
「……そうするか」
「ゆゆ! あきらめて、ごはんを よこすきに なったのぜ!?」
「食い物は持ち合わせてない。代わりに、良い場所を教えてやる」
「いい ばしょ? ゆっくりプレイスってことなのぜ?」
「のぜ」が多くなってきた。もしかして「なんだぜ」と言っていたのは、こいつなりに
丁寧な喋り方をしていたということだろうか?
それに「ゆっくりプレイス」という言葉だけは、聞き取りやすかった。「ゆっくりして
いってね」という挨拶も聞き取りやすかったし……コイツらゆっくり達にとって特別で、
言い慣れた単語だってことなのか?
「ああ、そうそう。ゆっくりプレイス、ゆっくりプレイス」
「ごはんは!? ごはんは どうしたのぜ!?」
「ゆっくりプレイスに着いてから、なんとかしたらどうだ?」
「そうするんだぜ! それじゃ、ゆっくりしないで さっさと あんないするのぜ!」
「はいはい」
帰りも、寄り道することになる。まぁ、急ぐわけでも無し。
来たときと同じ道を辿り、住宅街へと足を向けた。
*** *** *** ***
「おかえんにゃしゃい、おにーしゃん!」
「おかえぃなさい!」
「ぷゆ~……おかえりなしゃ~い……」
「ぷんぷんっ!」
「おっ、お兄さっ……おかっ、おかえりなざいぃぃ……」
「……何をしてるんだ、お前ら?」
家へと戻ってくれば、「いってらっしゃい」に続いて、久方ぶりの「おかえりなさい」
もゆっくりからで、またも微妙な気分にさせられた。
いや、この際それはどうでもいい。
赤ん坊のうち二匹はなにやら怒っていて、うち一匹は「おかえりなさい」を言ってこな
かったが……ともあれ具合の方も、多少は回復したようだ。
家の中で死なれるという、気分の悪い結果にはならなさそうで、なによりだ。
しかし、ゆっくり共の様子が、なんというか……気まずげな点が、ひっかかる。
親のまりさの方はというと、泣き濡れてしゃくり上げ、挨拶も上手くできない様子だ。
帽子は脱いで床におかれ、それを見下ろして涙を流し続けている。そしてその帽子には、
いくらかくすんだ茶色と黄色の物体が、点々と。さらにはあちこちに、濡れたような小さ
なシミがいくつかある。
「おかーしゃんがにぇ、おぼうししゃんが よごえたかや、にゃいてゆの」
「……帽子が汚れたから、泣いてる?」
「しょうにゃの!」
「確かに、そうみたいだな。あの茶色いのと黄色いのは、何だ?」
「ゆぅ~……そんな はずかぃいこと、ぃかないでよぉ」
「ちゃんと答えろ」
「ゆあっ!? あ、あのにぇ! あ、あのっ……あの……!」
あの野良もそうだったが、赤ん坊ゆっくりが言うことも、かなり聞き取りにくい。落ち
着いて、ゆっくり喋るように言ってると、泣いていた親まりさ自身が口を開いた。
「おチビちゃん達の、うんうんだよぉ……」
「うんうん? ……糞か」
なるほど。
食ったら出す。赤ん坊達は、欲求に対して正直に行動しようとしたのだろう。親である
まりさは、家の中を汚してはいけないと考え、悩んだ末に自らの帽子に排泄させた……と
いったところか。
「トイレのこと、すっかり忘れてたなぁ……どうしたもんだか」
庭でさせる……のは、よくないか。
確か、ゆっくりの糞も中身の餡と同じようなものだとか。ゆっくりの体に不要なものも
排泄されるから、餡そのものとは違うし、安易に食べるのも良くないらしいが、それでも
糖分を含み、特殊なものを食わせない限りは有機物で構成されているのだとか。
だとすれば、蟻も集るだろうし、腐ったら臭いも酷いかもしれない。
そういえば以前、ゆっくりの糞を小豆餡として使用していた和菓子業者が、逮捕される
という事件があった。食中毒患者まで出たのだとか。
そういう「騙して食わせる」のならともかく、餡と大差ないと言っても、排泄物だ。普
通なら、注意されなくても食いたくはならないと思う。
思うのだが……世の中は広い。
ゆっくりの糞を、好き好んで食う人もいるらしい。
その手の趣味の方だろうか?
俺は、ゆっくりはもちろん、飛びきり美人で好みの女性が出したものだとしても、排泄
物を口にするのはゴメンだ。
「見る」までならOKだけど……それだって、排泄物そのものが見たいわけじゃなく、
普通ならば他人には見せない恥ずかしいところを見られているという、その羞恥に身悶え
るところをこそ……
「お兄さぁん……」
「ん? な、なんだ?」
また、関係のないことを考えていた。
「お願いしても……い、いいですか?」
「言ってみろ」
「まりさの、お帽子を綺麗にしたいんです……だから……」
「おかーしゃんっ! たいへんだよ!」
話の途中で、チビのまりさが慌てた声で遮ってきた。
「ゆあ!? ど、どうしたの、おチビちゃん?」
「りぇーみゅ おにぇーちゃんが ぷゆぷゆしてゆの! ちゅあしょうだよ!」
「つらそうなの? れいむ、大丈夫? ゆっくりしてね!?」
「ゆ……う~~……ぷんっ! だ!」
「れいむぅううっ!? まだ怒ってるのぉお!? 仕方なかったのよぉお! お母さんを
許してよぉお!」
「なんだかわからんが……おい、え~と……れいむ?」
「ゆゆ? う……な、なぁに、おにいしゃん……?」
「確かに、つらそうだな……どうしたんだ?」
「あ、あのね……りぇ、りぇいみゅね……う、うんうん がまんしてりゅの……」
「……したんじゃないのか? まりさの帽子に」
「ゆゆ? まぃしゃの?」
チビの方のまりさが、自分のことかと反応を示す。違う、母親の方だと言って、糞に汚
れた帽子を指さすと、チビのまりさもションボリと俯いた。
「ちょっと でちゃったけど……でも、やっぱり できないよ! だって、おかあしゃんの
おぼうししゃんが よごりぇたりゃ、おかあしゃん ゆっくりできなくなっちゃうよ!」
「そ、そうだったの……!? れいむは優しい子だね! でも我慢してたら、体に悪いん
だよ! ちゃんとうんうんして、すっきりしてね!」
「すまん、まりさ」
「ゆぅ? にゃーに? おにーしゃん?」
「いや、お前じゃなくて」
「まりさの方? なぁに、お兄さん? まりさは、今感動して、泣いちゃいそうです!」
「いや、うん、すでに泣いてるけどな。そうじゃなくて」
チビのれいむが、なんと言ったのかよく聞き取れなかった。母親まりさの反応も込みで
判断すれば、親想いの意見だったようだが……
ただでさえ状況がつかめていないから、話も見えにくいし。
「だから、ちょっと何があったのか、説明してくれ」
「ゆゆ! ゆっくり理解したよ!」
まりさが自分の帽子をトイレ代わりにして、部屋が汚れることを避けようとしたところ
までは、俺が想像した通りだったようだ。
食ったら、出す。食事の後の排泄欲求は、ゆっくりの場合は人間以上に短い時間で訪れ
るものらしい。しかも、チビ達は最初のゴハンである茎を食べてから、うんうんをしてい
なかったので、我慢しろと言うのも無理そうだったとか。
「でも……おかあしゃんの おぼうししゃんを よごしたりゃ……」
「そうよ! おかぁさんが ゆっくりできなくなっちゃうわ! そんなこと、ありすたちに
しろなんて いう おかぁさんは、まちがってるわよ!」
「おかーしゃんに、ひどいこと ゆぁにゃいでにぇ!」
「おかあさんの いうことを ちゃんと ぃきぇないこは、わるいこなのよ!」
母を想い、母の大切な帽子を汚したくないと主張する二匹と、つらいことでも母の言う
ことにはきちんと従うべきだという二匹が対立し、険悪な雰囲気になったらしい。
そして、当の母はというと、そんな我が子達の喧嘩を収めたいものの、やはり大事な帽
子が汚れたことがショックで、泣いてばかりだった……と。
「……駄目だろ」
「ゆっ……まりさは駄目なお母さんだよ……」
自分のどこが駄目なのか、はたして本当にわかっているのかどうか微妙なところだが、
ともかくトイレをなんとかしなければならないようだ。
親まりさの説明を聞いている間に、排泄を我慢した方の二匹──チビれいむとチビあり
すが、ぶるぶるビクビクと震え始め、脂汗を浮かべている。
というか、脂汗なのか? ゆっくりも、汗とかかくのか。元が饅頭みたいな連中だから、
汗なんかも甘いのかな?
「二人とも、大丈夫!? ゆっくりしてね? お母さんは平気だから、うんうんをちゃん
として! すっきり~して! お帽子さんは、後で綺麗にすれば良いんだよ!」
「ゆぐぅ~……ぷ、ぷんだ!」
「ゆひぃ……! ゆひぃ……! いっ、いやよ……!」
なんだか、チビ二匹は意地になっているみたいだ。一方の、排泄を済ませたチビまりさ
とチビありすは、ただハラハラと見守っているだけ。
「なんか、適当な空き箱で良いか……」
「ゆゆ? 空き箱? 空き箱さんは、ゆっくり出来るよ!」
「そうなのか?」
「ゆん♪ そうです! 中に入って、ゆっくり出来て、とってもゆっくりしてるんです!」
よくわからないが……子供が、狭いところに入って喜んだりするような感じだろうか?
そういえば、俺もガキの頃は段ボールに収まったり、綿の代わりにスポンジクッション
の入った来客用の座布団で組み立てた箱の中に潜り込んで遊んだりしてたな。押し入れの
中も、わくわくしたし。
「ゆひっ……! ゆひっ……!」
「あ……また余計なことを考えてるうちに、チビ達がピンチだな」
「ゆああ!? ど、どうしよう!? ごめんね! 駄目なお母さんでゴメンね!」
「もうちょっと辛抱しろ」
言い置いて、台所へ向かう。以前に買った、一杯用簡易ドリップコーヒーセットの箱が
あった。まだ2つほど残っているが、それは棚にでも入れておき、下箱の方を持って部屋
へと戻る。
チビのゆっくり達が出入りできるように、箱の壁の一面を切り取っておく。
切り開いたビニール袋をまず敷いて、その上に箱を置く。箱の中にティッシュを適当に
敷き詰めて……これで、多少の水気も大丈夫だろう。
といっても、今日一日保てばいい方か。トイレも買ってこないとなぁ……
「これを、とりあえずのトイレ代わりに使え」
「ゆゆ! ありがとう、お兄さん! これで、チビちゃん達もゆっくり出来るよ!」
「お前も我慢してるんだろ? お手本の意味でも、先にやっておけ」
「ゆっくり理解したよ!」
「お……おといりぇ?」
「お……おかぁさんの……おぼぉしさん……よごさなくても、いいのね?」
「そうだよ、おチビちゃん達!」
ゆっくり共がトイレを済ませている間に、俺は親まりさの帽子を綺麗にしてやろうか。
そう思って帽子を手に取ったが……糞の方はともかく、小便らしきシミの方は……
どうしたら良いんだ、これ?
ゆっくりの帽子って、洗濯できるのか?
あ……そういえば俺、洗濯機を回したっきりで、取り込んでなかった気がする。
いい加減、俺自身の腹が減ってきたが……先に洗濯物を干しておかないと。
「いい、おチビちゃん達? おトイレは、ちゃんとこうやって奥まで入って……」
親まりさの、トイレレクチャーが始まったようだ。
どうせ暇だし。そう思って、こいつらを受け入れたが……なんだか、いろいろと忙しく
なってきたものだ。
*** *** *** ***
「なんなんだ……いったい……?」
妻が暴行を加えていた、ゆっくり二匹の手当てを済ませた。二匹は、れいむ種とありす
種で、正直に言えば私は、れいむ種もありす種も、あまり好きではない。
それでも治療の手は抜かなかったし、妻の目にはつかないように自分の書斎にケージを
持ち込んで、二匹を休ませておくことにした。
まりさを探し始めたのは、それからだったためか……結局は、見つからなかった。
妻に問い質すと、出て行くように言ってしまった、と言うではないか。本当に出て行く
とは思わなかったと言って泣いて見せたが、あの子が私達の言うことに逆らうわけがない
のだ。
それでも、あの子には他に行く当ても無いのだからと探したのだが、見つからなかった。
もしかして妻は、ゆっくりが嫌いだったのだろうか?
聞き分けのいいまりさ相手には我慢出来たことも、今度の件ではその限界を超えてしま
ったのでは……
考えすぎだろうか。
妻の話では、まりさが出て行ったと思われる時間から、かれこれ4時間近く経っている
という。あの賢い子は、言われたとおりに出て行き、遠くへ行ってしまったのか。だとす
れば、もう見つけることは難しいかもしれない。
庭から拾ってきたあの子の宝物が、ただリビングのテーブルの上に空しく転がっている
だけ。
これを見て、まりさを思い出し、気持ちが沈み込むという毎日を繰り返すのだろうか。
そう思っていたときに、ちらりと視界の隅を、黒い帽子がかすめた。
庭へと通じる窓。その向こうに、帽子が見えた。
まりさが、いる。
急いで駆け寄り窓を開けると、そこには確かに、まりさがいた。
「ゆゆっ!? ここは、まりささまの ゆっくりプレイスなんだぜ!? にんげんさんは、
ゆっくりしないで さっさと でていくんだぜ!!」
勝ち誇った表情で「お家宣言」をして、不躾な要求をしてきたのは、確かにまりさ種の
ゆっくりだった。
「ゆ? ここは、なかなか いいおうち なんだぜ! きょうから、ここを まりささまの
いえとして つかってやるんだぜ!」
やはりもう、賢く可愛かったまりさはいないのだろうか。
この薄汚い野良が、代わりだとでも言うのだろうか。
「なんなんだ、いったい……!」
*** *** *** ***
「ゆんせっ……! ゆんせっ……!」
帽子をかぶっていない母親まりさが、固く絞ったタオルを床において、それに顔を押し
つけるようにしている。そしてそのまま、ずり、ずり、と体を前後にズリ動かしている。
拭き掃除のつもりらしい。
まりさの帽子は、糞を取って軽くティッシュで拭いたものの、水洗いして良いものかど
うかわからなかったので、そのままにしてある。
どうも、人間にはわからない臭いの差でもあるのか、まりさはまだ臭いと感じるらしい。
一度、糞尿に塗れたTシャツを、とりあえず糞をはたき落として絞っただけのものを、
着られるかと考えれば……正直、触るのも嫌だ。
「あとで、洗濯の仕方も調べておかないとな……」
次から次へ、やることが増える。まぁ、これも手を出した責任の範疇だろう。
「ゆんせっ……! ゆんせっ……!」
「……」
赤ん坊達は、母親の姿を感心したように見ているものや、頑張れ頑張れと応援するもの、
マネをしようとしてテーブルの上をコロコロと転がるものなど、様々だ。
それにしても、どれだけ時間がかかるんだ、これ。
ほとんど前のめりに倒れている状態だから、上手く動けないだろう。手早くやれという
のは、この場合ゆっくりの身体的構造からしても不可能だろうし。
お湯につけ固く絞ったタオルで、トイレを済ませたゆっくり達の足を拭いてテーブルの
上へと載せておき、さて汚れた床を掃除するかと言うところで、まりさが手伝うと言い出
したのだ。そういえば、買い物へ出かける前にそんなことを言っていた。
どうやって手伝うのかを聞くと、どうやらゆっくりにも使えるお手伝い用の道具が、世
の中にはあるらしい。
だが、あいにくと俺の家には無い。そんなものを買う予定もない。
しばらくの間、まりさは残念そうな顔をしていたが、良いことを思いついたとばかりに
明るい表情を取り戻して、それじゃあ拭き掃除をするから、そのタオルを貸してくれと言
ってきたのだ。
渡してやると、タオルを咥えて汚れた床の上に置き、そのタオル目掛けて倒れ込んだ。
そして、ずりっ、ずり……ずりっ、ずり……と。
「いや、うん。もういい」
「ゆ? ゅんっ……しょっと! まだ全然終わってないよ?」
返事するにも、起き上がるっていう一手間かかってるじゃないか。
「いつまで経っても終わらないだろ、それじゃ。俺がやるよ」
「ゆう……で、でも! まりさはお母さんとして、おチビちゃん達にきちんとお手本を見
せてあげたいんです!」
「気持ちだけは褒めてやる。けどな、その調子だと途中で腹が減って動けなくなるぞ」
「動けなくなっちゃうの!?」
「最初の所から、ちっとも進んでないじゃないか」
「ゆゆ? …………ほ、本当だっ!? いつ終わるんですか!?」
「俺に聞くな」
とりあえず、まりさにはもっと他のことを赤ん坊達に教えるように言ってタオルを取り
上げ、赤ん坊達と同じようにテーブルの上に退けておく。
それでは早速、と、まりさが赤ん坊達にまず話し始めたことは、人間に関することだっ
た。人間の世話になればゆっくり出来るんだから、人間を怒らせちゃいけない、と。
まぁ、飼いゆっくりとして安全に暮らすためには、第一に憶えておくべき事柄だろうな。
拭き掃除の前に荒い土埃は取ってしまおうと、コロコロを用意する。雑誌の方じゃなく
て、粘着シートの、コロコロと転がし抜け毛や埃を取る掃除用具だ。これが出始めた頃は
カーペット用しかなく、畳には使ってはいけないと言われていたが、今はフローリングや
畳に対して使えるものも存在している。箒を出したり掃除機を使ったりが面倒なので、実
にありがたいことだ。
「ゆゆ! それ、コロコロだね!」
「知ってんのか?」
これ、正式名称はなんだったかなと思いつつスーパーで探したら、まんま「コロコロ」
という商品名だったときには、ちょっと驚いたな。
「知ってます! それなら、まりさにもお手伝いできるよ! まりさに貸してね!」
「……まぁ、いいけど。気をつけろよ」
まりさに渡してやると、取っ手の部分を口にくわえて、ころころコロコロと動かし始め
た。合間合間に、こうやってお掃除をするんだと赤ん坊達に説明している。
赤ん坊達は、理解しているのかどうかはわからないが、興味深そうにコロコロを見つめ、
母の言うことの一つ一つに頷き、歓声を上げている。
俺も子供の頃、このコロコロが面白くて、無駄にころころコロコロとやって母を苦笑さ
せたことがある。ゆっくりから見ても、面白そうに思えるのだろうか。
けど、テーブルの上でコロコロされても、あんまり意味はないんだけど。
「しゅごいね~っ♪」
「ころころ、ころころ! おもしろいわ!」
チビれいむが感に堪えたような声を出すのと、ほぼ同時にチビありすのうちの一匹が、
ぴょこんと跳ねた。
前に出ようとしていたチビれいむに、飛び跳ねたチビありすがぶつかり、その衝撃でチ
ビありすはころりと転がって、コロコロにぶつかってしまう。
何かを言う間も、どうする暇もなかった。
「ゆぅ~……なにしゅりゅの、ありしゅ おねえちゃん!」
「ゆゆ、わ、わざとじゃないの。ごめんなさいね、れいむ……う? ゆゆゆ?」
チビありすは、仰向けに寝た状態でくねくねと身じろぎした。底部が粘着シートにしっ
かりとくっついてしまっているので、起き上がることも出来ないらしい。
「ゆ!? ゆゆぁあ!? うごけないわぁああ!?」
「ゆわっ! 大変!」
「ぃぎっ!? いたぃいいいっ!?」
動けないことに気付いたチビありすがパニックを起こし、慌てた母まりさがコロコロの
取っ手を口から離した。
取っ手が落ちた衝撃が伝わったか、わずかに動いたコロコロに底部の皮を引っ張られた
か、チビありすが痛みを訴え始める。
「いたいぃい!? いたいのぉお! なに、これ!? なんなの!? おかぁさんっ!?
おかぁさん、たすけてぇえ!」
「お、落ち着いてね、ありす! 今、お母さんが助けてあげるからね」
他のチビ達にぶつからないよう、気をつけながら回り込むと、まりさがチビありすの髪
を咥えて引っ張り出した。
「いだい! いだいいぢゃぢゅぢゃゆぎゅうぅうううんっ!!」
「ゆあああ!? ま、まだ、そんなに強く引っ張ってないよ!?」
「あ~あ~……待て待て、落ち着け」
「ゆあ!? 落ち着けばいいの? 落ち着いたら、おチビちゃんは助かるの!? じゃあ、
まりさ落ち着きます!」
とりあえず、チビありすの様子を確認するために、まりさを下がらせる。他のチビ達は
コロコロが怖いものらしいと思ったのか、テーブルの隅へと待避し、一塊になって震えて
いた。
チビありすの底部は、べったりと粘着シートにくっついてしまっている。赤ん坊のゆっ
くりは皮が柔らかいのか、引っ張られている部分は今にも破れそうだ。
引き剥がすのはもちろん、シールのようにめくろうとしても、曲面であるゆっくりの皮
が引っ張られて、破れてしまうかもしれない。
水で濡らせば、粘着力が落ちるだろうか?
いや……粘着シートが駄目になる前に、ゆっくりの皮の方が先に駄目になるかもしれな
い。赤ん坊ゆっくりの皮は、そう思わせるほど薄く脆そうだ。
「さて……これは困ったな」
「お……お兄さんでも、無理なの!? ありすは助からないの!?」
「いやよぉおおお! たすけぃだいいだいいだいっ!!」
「あ~、もう、だから動くな。暴れるな」
繰り返し動かないように注意して、パソコンを操作する。困ったときは、調べてみる。
今はネットで大概のことは調べられる良いご時世だ。鵜呑みにばかりは出来ないだろうが、
それでも便利なモノには違いない。
ゆっくり、産まれたばかり、粘着シート、水、等々の検索ワードを追加したり変更した
りで調べると、案の定な結果が出て来た。
ゆっくりは水に弱く、外皮は水分を多く含むとすぐに脆くなること。産まれたばかりの
赤ん坊は脆いので、お風呂を初めとする水洗いはしないこと。濡れたガーゼなどで拭くと
きも、良く搾ること……などなどなど。
粘着シートに関しては、ゆっくりを捕獲するための罠の類がボロボロ検索に引っかかっ
た。いろいろな意味で、ゴキブリやネズミと同列らしい。
「こりゃ、かなり絶望的みたいだなぁ……」
「ゆぁああああ!? そ、そうなの!? そうなんですか!? なんとかしてください、
お兄さん!」
「なんとかと言われても……ん? ちょっと待て。赤ん坊を引っ張ったりするなよ?」
「ゆ!? わ、わかりました、待ちます!」
ゆっくりと水分に関しての検索結果の中に、「……汗や涙、よだれ等、ゆっくり自身が
分泌する水分……」という文脈が検索に引っかかってるものがあった。クリックして、開
いてみる。
どうやら、水に弱いとされるゆっくりが、なぜ自らの分泌液で脆く崩れたりしないのか
を考察しているらしい。実験までしてみたようで、様々な条件下での実験結果も併せて記
載されていた。
交尾の際、ゆっくりは大量の汗のようにして全身から分泌液を滲ませるのだという。そ
れは、ゆっくりの通常の生活において最も水分量が多いらしい。にもかかわらず、自らの
分泌液で、外皮に異常が出ることはない……正確には、脆くなってはいるのだが、内側か
らどんどん再生しているのだとか。
しかし涙のように、分泌されたあと、表面を流れ落ちるモノに関しては、また事情が異
なるとか。たとえば、延々と泣き続け涙を流し続けると、流れた涙の跡が脆くなり、水に
流される土砂のように表皮が削れて、窪んだ“涙の道”が出来上がるそうだ。
ざっと斜め読み程度だが、そのサイトのページにはゆっくりの感情を暴走させる手段、
二種類ある交尾に関して、交尾可能の状態──興奮状態への持っていき方、そして実験後
の回復のさせ方まで、微に入り細にわたり記載されている。それぞれ詳しく検証している
ページが他にあるのか、所々がリンク形式にもなっていた。
「東京特定生物研究所……? なんか、お堅いところのサイトみたいだし、信用してもい
いのかな……って、この文責んとこの名前……」
「お、お兄さん? まりさのおチビちゃん、助かるの? どうすればいいんですか?」
「ん? あ、ああ……どうしたもんかな。ちょっと試してみるか……」
水を掛けるのは良くない、母親の唾液や涙でも駄目だし、本人の涙などでも駄目。可能
性があるとしたら、交尾の際の分泌液をシートの粘着力が弱まるほど出させる……という
のが、ごく短い時間でややいい加減にネット検索した結果だ。
「自分にも影響があるけど、同時に再生するから大丈夫……って、なんかあったなぁ……
昔、読んだような……」
確か……手の平から酸を出して、なんでも溶かすとかいう攻撃だったか。自分の手も溶
けちゃうんだけど、酸を作るときに出るカスで皮膚を再生しているから大丈夫とか……
なんだったっけ?
「ゆぴぃいい! もういやよぉおお! げんかいだわぁあああ!」
「お兄さぁああん!! お願いします! まりさ、なんでもしますから、おチビちゃんを
助けてあげてくださいぃいい!」
「わかったわかった。一か八かだが、やってみよう」
棚の引き出しを開け、適当に詰め込まれた雑貨をガサガサと漁る。ピンク色をした小さ
なローターを選び出し、リモコン部分に電池をセットする。これは、単体で買ったもので
は──つまり、女性とのプレイで使用する目的で購入したわけでは──なく、オナホに付
属品としてついていたものだ。そのことを思い出し、ちょっと気分が落ち込んでしまう。
「お兄さん、それ? それなの? それで、おチビちゃんを助けられるんですか?」
「ん? ん~……わからん。わからんけど、やってみるしかないだろ」
「はやくぅううううっ! いっ、いだっ! いだいのぉおおおお!」
動けば皮が引っ張られて痛むだろうに、チビありすは大口を開けて叫びながら身をよじ
り続けている。その大きく開かれた口に、ローターを突っ込む。
「ふぐゆぅうううう!?」
「静かにしてろ。動いたり暴れたりしたら、余計に痛いんだから」
「我慢だよ! おチビちゃん、ゆっくり我慢してね!」
「あ……思い出した」
「ゆ!? なっ、なんですか、お兄さん! おチビちゃんは助かりますか!?」
唐突に、なんの脈絡もなく、作品名からそのシーンの絵、そしてその現象の名称まで、
スラスラと頭の中で再生された。
どうしてこう、俺は余計なことを考えるのが得意なのだろう?
「お、お兄さん? あの、何度もすみません! でも、早くおチビちゃんを助けてあげて
欲しいんです! まりさ、なんでもしますから……!」
「礼に期待はしていない。ついでに、上手く行くかはわからん。そっちも期待するな」
「そ、そんなぁ……!」
「頑張るのは、たぶん……チビ、お前自身だ」
「ゆぶぶ……?」
「見せてみろ! ゆオー・メルテッディン・パルム現象(フェノメノン)!!」
「ゆ……ゆおー!?」
「ゆっくり生態現象の一つ! 体表から出る特殊な液体で、交尾を行う! この液体は、
ゆっくり自身の皮膚も溶かしてしまうが、液を作るときに出るカスで皮膚を再生している
ので、ゆっくり自身はなんともない!」
我ながらノリノリだ。こいつらにとっては、我が身の激痛、我が子の命の危機なのだろ
うが、俺の方にはそこまでの切迫感はない。やっぱり、ゆっくりのことを生物と思い切れ
てないからかな?
「よ……よくわかりません!」
「そうか」
「でも、これでおチビちゃんは助かるんですね!?」
「わからん」
「あれぇええええっ!? お兄さぁあああんっ!?」
「だから、チビ次第だって言っただろ」
「ゆ……? …………ほ、本当だっ!? お兄さん、そう言ってましたっ!」
「あとは……そうだな。お前らゆっくりの、デタラメさ加減か」
「ゆひゅっ? ゆびぶ!? ゆぶぶぶぶぶぶぶ?」
ローターの振動で、チビありすがブルブルと震え始める。
このチビ共が未熟児だというのは、そう間違っちゃいない推測のはずだ。その上、つい
今朝方に産まれ、直後に命の危機に見舞われ、それから何時間か栄養補給もしなかった…
…つまり、いつ死んでいても不思議じゃない状態だったのだろう。
赤ん坊が、発情状態になるのか──まともな生き物なら、まず有り得ないだろう。複数
段階の性徴ってものを経て、生き物は子を為せるようになるものだと、俺の少ない知識は
言っている。
死にかけていた生き物が、子を産む準備を始めるだろうか──これは、どちらとも言い
切れない。緊急時には、生存本能から生殖への欲求が高まるのは、俺も知っている。でも、
それに耐えられないほど、体力が限界まできていたら……どうなるのか。
「どちらにしろ、お前ら“ゆっくり”が、どれだけデタラメかに懸ってるよ」
「ゆびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅ!?」
「おチビちゃん!? おチビちゃん、頑張ってね! ゆっくり頑張ってね!」
「ゆふひゅふひゅふひゅふひゅふひゅふ!!」
「おチビちゃん!? おチビちゃぁああああん!?」
「取り乱すな。上手く行きそうだぞ」
「ゆゆ!? ほ、ホントですか!?」
チビありすの目が、焦点を失ったかのようにトロンとしてくる。それを敏感に察した母
親まりさは、もう駄目かと勘違いしたようだが……チビありすの全身から、じわりと液体
が滲み出し始めた。
交尾後……つまり液体をたっぷりと滲ませ、その状態から肉体を守るために、急速な再
生を繰り返した後は、たっぷりの食事と水分補給を欲するのだと、あのサイトに書いてあ
った。買ってきた餌を早速にも食わせることになるかと、袋を開けて、ふとゆっくり達を
見やる。
母親もチビ共も、チビありすの様子を食い入るように見つめている。一様に心配そうな
表情だ。
ザラザラと餌の音を立ててみるが、どれもこれもこちらには見向きもしない。ネットな
どの情報では、家族が危険にさらされていようと、餌を見つけたら夢中で食い始める……
なんて浅ましいゆっくりの話を良く聞くが……
「つくづく、変わり者の家族だな」
「お兄さん!? おチビちゃんが……! おチビちゃんが、どろどろです!」
「ん?」
「ゆぴゅぷぴゅるふるゆぴゅるふるゆぴゅぷぴゅるふるゆぴゅるふるぅ!」
自らが分泌した液体に濡れ、涎も溢れさせたチビありすは、ローターの振動に逢わせて
ブクブクと口周りに泡を出している。
汚い。気色悪い。どうにも触ることを躊躇ってしまうが……ここは、我慢すべきだろう。
そっと、チビありすの髪を掴み、軽く引っ張ってみる。たいした抵抗もなく、持ち上げら
れた。
「ゆはぁあっ! とりぇたよぉ!」
「とりぇた! とりぇたぁ!」
「やったわ、あぃす! たすかったのにぇ!」
「よかった……! よかったよ、おチビちゃん! 無事だったんだね!!」
ゆっくりの家族達から、次々に歓声が上がった。もう十分だろうと、ローターをチビあ
りすの口から引っこ抜く。
「んゆふぉおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「……あん?」
摘み上げたチビありすが、目の前でクネクネと身をくねらせて、踊る。ダラダラと、粘
液と涎を止めどなく溢れさせたまま、髪を引っ張られ宙づりにされていることなど、まる
で気にもしていない……いや、気付いてすらいないように。
目はトロンと焦点を失ったままだが、何かを捜しているのか、ぎょろぎょろと動き続け
ている。
かなり……気持ちが悪い。
「あ~~~……えっと……なんか、変じゃないか、コレ?」
「ゆあ?」
明らかに様子のおかしいチビありすを、母親まりさの方へと向けて突き出す。二匹の目
が合ったであろう瞬間……
「ゆほぉおおおおおおおおおおおっ!!」
「ゆぎゃぁああああああああああっ!?」
「ぁゆんっ!?」
「ゆびびゅっ!?」
「ゆぉ……? おっ、おにぇーちゃぁああああああん!?」
いきなり、大惨事だ。
宙づりのチビありすは、くねらせていた横運動から急激な縦運動へ──下膨れの体の下
側をビクビクと前に突き出す動きへと変え、奇っ怪な叫びを上げた。
母親まりさの方は、顔を恐怖に歪ませて、引きつった悲鳴を上げると、我が子から逃げ
るようにしてテーブルの上を猛スピードで後ずさった。
そして、その拍子に母親まりさは別の我が子を──もう一匹のチビありすを跳ね飛ばし、
チビれいむを、踏んづけた。
「いたたた……おかあさん、ど……どうぃたのよぉ?」
「ご、ごめんね、ありす? れいむも、だいじょ……ゆぁああああ!? れいむがぁあ!」
「あ~……もう、次から次へ……」
チビれいむの様子を見るために、妙な状態でほーほー言ってるチビありすをテーブルに
置き……
「ゆほぉおおおおおおおおおっ!!」
「ゆぎゃぁああああああああっ!? 助けてぇえええええ!!」
「にゃに!? にゃんにゃのぉおお!? おかーしゃん!? おかーしゃぁあああん!?」
「やっ、やみぇなさい! やみぇるのよ、あぃすぅうう!」
「ゆぁあああっ!? ゆぁあああ、怖いよぉおおおっ!!」
「だぁ~っ! なんなんだ、一体全体!?」
テーブルに置いた途端、ほーほー言ってたチビありすが、チビまりさに襲い掛かった。
慌ててそのヌルヌルのチビありす──面倒だから、ヌルありすでいいか──の髪を引っ掴
んで、他のゆっくり達から離す。
ヌルありすを持った右手をテーブルから離しつつ、顔はテーブルへと寄せて、チビ達の
様子を確認する。
襲われたチビまりさは、粘液を多少擦り付けられたようだが、特に問題はなさそうだ。
空いた左手でティッシュを摘み出して、チビまりさの体を拭ってやる。チビまりさも粘液
が気持ち悪かったのか、自ら体をくねらせてティッシュに擦りつけてきた。
ぶつかった拍子に転がっただけのチビありすも、たいした怪我はないようだ。
……だが、チビれいむは、かなり酷いことになっている。右側が潰れた様になっていて、
口から餡らしきものを溢れさせているし……白いのは、右目の眼球だろうか? それらし
きものも零れ落ちていた。
「おっ、おに……おにいさ……! お兄さぁああん!!」
そして母親まりさは、誰よりも取り乱していた。ひたすら怯えて、涙を止めどなく流し
て……俺に頬ずりをしてきた。
「怖いぃいい! お兄さん、まりさ怖いですぅううううう!」
「……やめろ。離れろ」
「ぅえぇええええ……ごめんなさいぃいい……」
「おにーしゃん! りぇーみゅ おにぇーちゃんが……りぇーみゅ おにぇーちゃんがぁ!」
「おぃーさん! りぇいむ おにぇーちゃんをたすきぇちぇあげちぇ!」
「助けろ……って、言ってるのか? そう言われてもなぁ……」
よくよく見れば、まだチビれいむは生きているのか、小さく体を震わせている。いや、
もしかしたら断末魔状態なのかもしれないが……
「おい、チビれいむ。聞こえていたら、動こうとするな。落ち着いて、ジッとしていろ」
「りぇーみゅ おにぇーちゃん! ゆっきゅぃ! ゆっきゅぃして いってにぇ!」
「おにぇがいよ、りぇいむ おにぇーちゃん! ゆっくぃぃちぇいっちぇにぇ!」
「お前らは、騒ぐな」
無事なチビ共が騒ぐたびに、チビれいむがビクビクと体を震わせる。周りが落ち着かな
いことには、その恐怖や不安が怪我してる方にも伝染するのだろう。
「おい、まりさ。母親なんだから、お前が……」
「ゆぁああ……ゆひ……! ゆぁあああ……!」
母親まりさは、テーブルの上に居なかった。いつの間にか部屋の隅まで移動し、そこに
身を寄せるようにしてガタガタと震えている。
「……母親のお前が! しっかりしなくて、どうするんだ!」
「ゆぇあぁあぁ……で、でもぉ……! でもぉ……! まりさはぁ……!」
「何を泣いてやがる! お前のガキどもは、ちゃんと兄弟の心配をしてんだぞっ!!」
「ゆぴぃいいい!? お、おにーしゃん!? ごめんにぇ? おこりゃにゃいでにぇ?」
「お、おぃーさんっ!? おぃついちぇにぇ!? りぇいむ おにぇーちゃん、びっくぃ
ぃちぇるよ!」
「あ、ああ……そっか、そうだな。大声を出しちゃ、駄目だよな」
「ご、ごめんにゃしゃい! まぃしゃ、あやまゆよ? だかりゃ、りぇーみゅ おにぇー
ちゃんを……」
一気に頭へと上がった血を沈めるため、何度か深呼吸をして、改めて母親まりさの方を
向く。自分でも、どうにも睨んでいるような目つきになっているだろうことは感じられた
が……どうしようもない。
なんとか声だけは穏やかに、落ち着いて話しかける。
「母親なら、こっちに来い。子供達を、安心させてやれ」
「お、おんなじなのぉ……同じなんですぅ……」
「あん?」
「あ、あの……あの、れいむとありすと……あの、野良二匹と、同じ顔なんですぅ……!」
「…………同じ?」
「ゆふんほぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ヌルありすの様子を、改めて確認する。焦点が察せられない目は、今は横を向いている。
テーブルの上の、チビまりさかチビありすか、どちらかを見ているのだろう。全身からは
相変わらずダラダラと正体不明の液体を滲み出させ、口から漏れる鳴き声は奇妙に間延び
したものばかりだ。
未成熟なゆっくりを興奮させると、こうなるのか……それとも、母親まりさが言うよう
に、こいつの片親であるレイプ魔の“何か”を受け継いでいて、それが目覚めてしまった
のか……
どちらにせよ、このヌルありすが、母親まりさのトラウマを刺激したのだろう。
「まぁ……片手じゃ、何をするにも困るしな」
空いてる方の手で、チビありすとチビまりさをテーブルから下ろし、母親まりさの方へ
と向かわせる。そして、大人しくしているように言い含めて、自分は台所へと向かった。
忙しない。
かといって、モタモタしているとチビれいむは、すぐにでも死んでしまうだろうし……
……死?
そういえば、何度か「死なれるのは困る」「寝覚めが悪い」と考えていたか……俺の中
の、ゆっくりに対するイメージも、生物なのか饅頭なのか、どうにもハッキリしない。
都合の良いところを適当にチョイスして、生物・非生物と扱いを変えているような……
「今の場合は、“都合の悪い”って方が正しいか。まったく……」
もう一度、ゆっくりのデタラメさに賭けることとなりそうだ。どうか“意外とタフ”な
連中でありますように。
*** *** *** ***
気持ち悪い。
気持ち悪い……気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
元々あんなモノは、気持ち悪くて仕方のない存在だったのだ。それを、上手く誤魔化し
忘れたふりをしていた。していられたのに……
だいたいからして、生首なのだ。見た目は生首で、でも中身はお饅頭だという。デタラ
メだ。そんなものが、あるはずがない。いや、そういうお饅頭を作れば、あり得るのだろ
うけれど、だとしても動いたりはしない。ましてや、話したりするものか。
気持ち悪い。
夫が、その気持ち悪いモノを“飼う”などと言い出したときは、正気を疑った。だが理
知的な夫が相手では、軽々しく否定も出来なかった。言い合いになれば、自分が負けるこ
とは目に見えている。
それに、夫のことを疑いたくなかった。いや、何よりも信じていたのだ。愛いしている
だけではなく、心から尊敬もしている夫が、愚かな間違いをしでかすわけがないのだから。
だから、まずは夫の説明を聞くことにした。子供のためにも良いとか、ゆっくりは言わ
れているほど不気味ではないとか、他の生き物に比べて飼いやすいとか……良質なものを
選んで飼うことにするとか。
私の不安をしっかりと理解した上で、優しく教えてくれた。ゆっくりのことを、不気味
な生首だと、気持ち悪い何かだとだけ思い、偏見に満ちていた私に、丁寧にわかりやすく
説明してくれたのだ。
そして、夫はゆっくりの“愛らしさ”とやらを説明するために、インターネット上から
いろいろな写真を見せてくれた。
確かに様々な写真をよく見れば、生首と言っても人間のそれとは、かなり違っていた。
知らなかったのだ。それまではろくに、ゆっくりの顔など観察したことはなかったから。
気持ち悪かったから。
まず、目が大きい。人間と比べれば驚く程の大きさだ。顔に対してのその比率は大きす
ぎるほどで、「人形のような」どころではない。何かの冗談のような、写真のはずなのに、
マンガの絵に思えるほど、大きい。ぱっちりとして可愛いと、言えば言えるが……なにか
不安になる大きさだった。
口もまた、大きかった。閉じているときと開いているときの差が激しく、大きく開くと
顔の半分以上が口なのではないかと思えるほどだ。だが、目の大きさほどに不安感は憶え
なかった。むしろ滑稽味を感じた。口が大きい分だけ、目の大きさの不気味さも緩和され
ている気がしたのだ。
そして、鼻はあるのかないのかわからないほど、低い。それもまた、奇妙な愛らしさを
醸し出しているのだと言われれば、なんとなく理解できた。
顔全体の造作も下膨れで、頬の曲線は柔らかそうだった。
夫に説明されながら見ているうちに、“生首のような”という印象は、いつしか消えて
いた。
代わりに、妖怪か何か……それも、コミカルにリライトされた、マンガやアニメに出て
くるユニークなキャラクターに思えてきた。
そう思えるようになって、いくらか気持ち悪さは薄れた。
いや、忘れたふりをすることが出来た。
初めて、直接にゆっくりと会った時。
写真での印象よりも、ずっと小さかった。片手に乗るほどで、まだ子供なのだという。
たどたどしい口調やぎこちない仕草で、精一杯お利口に挨拶しているらしい“それ”を
見て、「マンガやアニメに出てくるユニークなキャラクター」という印象は、さらに強ま
った。
しかもこのキャラクターは、自分達に害をなさないどころか、自分達に気に入られよう
と媚びを売るのに必死なのだ。
フィクションから抜け出してきた存在が、そこにいると思うことはなかなかに愉快であ
り、しかも自分が圧倒的に優位な立場だという点も、また愉快だった。
聞き分けもよく、何より自分が要求する前に、そのキャラクターが聞いてくるのだ。
「なにをすればいいですか?」
「お手伝いできること、言ってください!」
相手に言われて、こちらから提示する。自分が無理に命じているのではないのだから、
心に負担はまるでかからない。
慣れてくれば、その艶やかな金髪も大きく潤みがちな瞳も、確かに愛らしく見えてくる。
黒く大きな、魔女が被るような帽子も、素直な気持ちで立派だ、似合っていると褒めてや
ることも出来た。
だが、あの瞬間。
あの時に庭で見た、あの光景。
生々しく、おぞましく、汚らしく、穢らわしいモノだった。全てが嫌だった。気持ちが
悪かった。
ぬらぬらと粘液に濡れ、埃塗れの、見たこともない二匹はもちろん、うぞうぞと蠢いて
いる、たくさんの小さな塊達も、そして──
まりさも。
フィクションのキャラクターだったはずのモノ達が、生々しい息づかいと汚らしい湿り
気を伴って、「生き物」であることを主張していた。
あってはならないことだ。
こんな生き物が居るわけがないのだから。こんなデタラメなモノが、生き物のわけがな
いのだから。
やはり、自分は正常なのだ。自分こそが正常なのだ。あんなモノは気色の悪い、不気味
なだけの存在なのだ。
まったくもって気持ち悪い。
「なんなんだ、いったい!!」
泣き疲れた息子を寝室に寝かしつけてきてリビングへ戻ると、夫が庭へ向けて叫び声を
上げたところだった。
そっと覗くと、リビングの窓の外──庭に、まりさが居た。出て行けと言ったのに、戻
ってきたのだろうか? チラッと見ただけでもわかるほどに汚れていたが……あの大きな
魔女の帽子は、まりさだ。
戻ってきたのなら、夫はしばらく、まりさに係り切りになるだろう。
夫は、あの気持ちの悪いモノを溺愛している。あの気色の悪いモノは、やはり妖怪か何
かの不気味なモノで、その悪い影響を受けて、夫は本来の理性も知性も曇らされているの
だ。
けれど何かあれば、その曇りも晴れる。あの聡明な夫が、いつまでも目を眩まされてい
るわけがないのだ。
あの気持ち悪いモノ達に関しては、多少は学んでいる。夫に勧められ、飼うからにはと
いう責任感もあり、なにより息子に悪影響がないようにという想いもあって。
そっとキッチンへ回り、手早く用意する。
使い捨てにしていい、プラスチック製のフォーク。
100%果汁の、オレンジジュース。
チューブ入りの、練り辛子。
何かあれば、夫はきっと目を覚ますのだ。
自分が、目を覚まさせてやらなくてはならないのだ。
*** *** *** ***
深めの金網笊を出し、キッチンペーパーを引いて、そこへヌルありすを放り込んでおい
た。蓋代わりに大きめの皿をかぶせ、さらにその上へ重しとして皿を2枚にどんぶり一つ
を乗っける。
あれなら、余程の衝撃でもない限り、ひっくり返ったり蓋が外れることもないだろうし、
キッチンペーパーを引いておけば、金網でヌルありすの皮が傷つくことも少ないだろう。
あのヌルありすに関しては、放っておいて興奮が冷めるのを待つしかない。
「れいむぅう! ごめんね! お母さんを許してね! お願いだから、ゆっくりしてね!」
「おにぇーちゃん! りぇーみゅ おにぇーちゃん! ゆっきゅぃしてにぇ!」
「ゆっくぃするのよ、りぇいむ おにぇえぃゃん! ゆっくぃぃちぇにぇ!」
部屋に戻ると、ゆっくり達が大騒ぎをしていた。無事な母子はテーブルの下から大声で
呼びかけ、テーブルの上ではチビれいむがビクビクと痙攣を繰り返している。
どうやら、ゆっくりってのは本当にタフなのかもしれない。
とにかく騒ぐなと、きつめの声で母親まりさ達に再度釘を刺し、チビれいむにそっと触
れる。
両手の指先を使って、慎重に、チビれいむの姿勢を仰向けに……口が上を向くように、
ひっくり返す。
吐き出した餡は、人間で言えば血なのだろうか。それとも、内臓……だとしたら、あま
り愉快ではない想像だが……どちらだろうと、中へ戻してどうにかなるものなのだろうか?
わからないことだらけだ。
「ゆ、ゆぶ……!」
「喋ろうとするな。ゆっくりと、そーっと息をするんだ」
「…………」
人間なら、とっくに救急車を呼んでいるところだろう。しかし、ゆっくりの場合は病院
へと連れて行っても、どうにかなるわけもないだろう。ペットだからと言って、獣医に診
せても、相手は饅頭もどきだ。ゆっくり専門の医者が居るのかどうかは、生憎と俺は知ら
ない。少なくとも、近所はもちろん俺の行動範囲では見かけたこともない。
「お、お兄さん……!」
「騒ぐな」
「ゆっ……!」
今の俺は、余程怖い顔をしているのだろう。下からこちらを見上げているゆっくりの母
子は、揃って怯えた表情を浮かべている。自分自身でも、顔の筋肉があちこち引きつって
いるのが感じられた。
祖父の顔が、思い起こされる。怒っている顔だ。よく怒鳴られたが、その記憶の中でも
飛びきりに怖い顔だ。
責任持てねぇくせして、手ぇ出すな。
命をオモチャにしていいほど、偉ぇ孫は持った憶えはねぇ。
お前みてぇのが、こいつらぁ殺すんだ。
猫を拾ったときだ。親と暮らしていたアパートでは飼えなくて、祖父の家に泣きついて、
そして叱られて……
付けっぱなしの、パソコンを見やる。
あの猫が生きている間、毎日学校帰りに祖父の家へと立ち寄った。初めて貰った小遣い
が、猫の餌代だった。俺が猫に餌を飼っていかない限り、何も食えずに飢えて死ぬのだと
脅されて……
子猫が育って成猫となり、年老いてふっつりと姿を消したときに、祖父は良く面倒を見
続けたと褒めてくれた。それでようやく、あの猫はきっと死んだのだと俺は理解したんだ。
命に手を出すというのは、そういうことだ。ペットを飼うってのは、そういうものだ。
饅頭が『命』かは微妙なところだけど……祖父の怖い顔がちらついてるんだから、無責
任なマネは避けるべきだろう。
「……他に、アテもねぇしなぁ」
パソコンモニターに映っている、開きっぱなしだったページに“文責”として表記され
ている名前をもう一度確認し、携帯を手に取る。
「間に合うかはわからんが……ここは一番、学者に頼るしかねぇな」
「ゆ……? が、がくしゃさん? それって、誰なの?」
「知り合いだよ。学者ってのは、あだ名……だったんだが、どうやら本当に学者になった
らしい」
東京特定生物研究所。耳慣れない名前だが、察するに“特定生物”ってのには、ゆっく
りも含まれるのだろう。
「だったら、大怪我したゆっくりを助ける方法も……ああ、ついでにあの帽子を綺麗にす
る方法も聞いた方が良いか」
「い、今は! まりさのお帽子よりも……!」
「わかってるから、でけぇ声を出すな」
「ゆあっ……! ご、ごめんなさい……!」
わかってるんだ、今は帽子どころじゃない。だが、どうにも些細なことが頭に思い浮か
ぶ。
あの、高校の頃から妙に細かいことを突き詰めて考えがちで、言うことやることが学者
然としていた後輩殿は、この面倒な状況をなんとかしてくれるだろうか?
『……先輩、ですか?』
無愛想な声。電話越しだが、すぐにそれと知れる、懐かしい声だ。
「そうだよ。番号登録くらいしてあるんだろ?」
『ええ。ですが……先輩から電話なんて、珍しいですから』
「困ってるんだ。慌ててもいる。大変なことになってる。助けてくれ、学者」
『はぁ……もう春だというのに、また雪でも降らせる気ですか?』
「あん?」
『先輩が、取り乱しているなんて、珍しい』
「……うるせぇ。いいから助けろ」
『なにがあったのか、まず説明してください』
たかが、ゆっくり。生き物かどうかもわからない、半生物の不思議饅頭。
それでも、ここしばらくは俺が責任を取らなくちゃならない。死なれるなんて、寝覚め
が悪いのだけは……やっぱり、勘弁願いたい。
*** *** *** ***
「はなせぇえ! はなすのぜ! まりささまに こんなことして、ただですむと おもって
るのぜ!?」
「煩い! 黙れ!」
なんなのだろう、いったい。
傍若無人な、おそらく野良のまりさを鷲掴みにして、廊下を足早に書斎へと向かう。
今日は、なんと最悪な休日だろう。
片付けたかった仕事は、後回しのままだ。妻は取り乱し、息子は泣いてしまった。可愛
がっていた、まりさが消えてしまった。おまけに穢らわしい野良が、三匹も家に入り込ん
できた。
そう、穢らわしい野良だ。
私の中から、すっかり野良に対する同情の念は消えていた。
こいつらのせいで、私のまりさは家を出て行ったのだ。あの賢いまりさは、それでも人
と共に暮らすための賢さしか持っていない。当てもなく街中を彷徨い、そこらの躾もなっ
ていない野良同然に落ちぶれるのか。
いや、その前に生きてはいけないだろう。
いっそ、誰かに捕まって保健所なりに……いや、それでも私の元へ帰ってくることは、
絶望的か。身元を示すバッジを、身につけていないのだから。
妻も、余計なところで気を回してくれたものだ。せめてバッジを付けたままだったら、
希望が持てたのに。管理不行き届きで咎められることになっても、構うものか。あの賢い
まりさが、それほど人に対して迷惑を掛けるわけがないのだ。多少の罰金や謝罪金など、
痛くも痒くもない。
だが、全てはもう遅い。妻にあたっても仕方ないだろう。彼女も、あの時はずいぶんと
取り乱していたのだから。
さんざんな目に遭わせてくれた野良共に、私は治療をしてやったり、保健所へ連絡する
ためにも捕まえておこうと、追いかけ回したり……
さらにはこの後も、勝手に死なないように様子を見たり餌をやったりしなければならな
いのだろう。
なんなのだ、いったい。
「じじぃいい! いいかげんに するのぜ! いますぐ はなすのぜ! かくごするのぜ?
まりささまを おこらせた いじょうは、“すぺしゃる せいさい こーす”で、ぎったぎた
なのぜ!」
喧しい野良を無視したまま、書斎のドアを開け──
「ゆぎやぁあああああああああああああああああああ! どっでどっでどっでぇえええ!」
「いだいぃいいいい! いだいいだいいだいいだいいだいいだい! なんなのごれぇえ!」
「なっ……!?」
「やかましいのぜ……なんなのぜ、いったい?」
それはこっちの台詞だ。なんなのだ、これは。なんなのだ、いったい。
ケージに入れておいたはずの、二匹の野良が、信じられないほどの勢いで書斎内を駆け
ずり回っている。
何を壊そうが、どのように散らかそうが、どこにぶつかろうが、自分の体が傷つこうが、
一切お構いなしで。
駆け回り、暴れ回り、体を打ち付け、涙涎糞尿を撒き散らし、物を壊し、本を散らかし
ている。
「くっ……! なんなんだ、いったいっ!!」
「のぜっ……? ゆぶべらあ!!」
「ゆびゃぁああああああああ!?」
「喧しい! 黙れ!!」
「「ゆぶばびゅぅううううっ! ぶっ! ぶがっ!」」
掴んでいた野良を、駆け回っている野良の一匹に叩き付け、さらにその衝撃で目を回し
痙攣している二匹を、まとめて思い切り蹴り飛ばす。
未だ駆け回っている残りの野良を踏みつけて止め、持ち上げて確認をする。
「いだいぃいいいい! あ゛り゛す゛の゛! あ゛り゛す゛の゛ と゛か゛い゛は゛な゛
お゛つ゛む゛が゛ い゛た゛い゛の゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛」
「な……なにが、とかいはな おつむ なのぜ……そんな くずより、まりささまの ほうが
おおけが なのぜ!」
「ゆぐぁあああああっ! でいぶの! れ゛い゛む゛の゛ ちゃ゛ー゛み゛ん゛く゛な゛
お゛か゛お゛が゛ あ゛つ゛い゛い゛! こ゛れ゛ と゛っ゛て゛ぇ゛え゛え゛!」
「みみもとで どなるなっ! なにが ちゃーみんぐ なのぜ、この ぶさいく れいむ!」
掴み上げた黄色の野良からは、饐えた埃と腐った生ゴミのような臭いに混じって、柑橘
系の香りが強く放たれている。オレンジジュースの香りだ。だが私は、これほどまでに匂
うほど、オレンジジュースを投与してはいない。
それに後頭部は割れていて、その奥にくすんだ黄色いものが、微かに見て取れる。味見
をしてみる気にはならないが……症状を見れば、おそらくは和辛子だろう。
「……彼女が?」
妻が、やったとしか考えられない。他には誰もいないのだから。だが、何故ここまでの
ことをするのか。それほどまでに、ゆっくりが憎かったのだろうか。
それとも……いや、まさか。
だが……
惨憺たる有様となっているのは、私の書斎なのだ。私が愛した書籍が、私が好んだ映画
のDVDが、私が大切にしていたアルバムが、写真が、滅茶苦茶になっている。
「もしかして……私のことを……」
「じじい! ぼさっとしてないで、あまあまをもってくるのぜ! いしゃりょうなのぜ!」
「黙れ……」
「ただの たくさんじゃ しょうちしないのぜ! たくさんを たくさんなのぜ!」
「黙れっ!」
「「ゆぶばぁあああああ!」」
掴み上げ、症状を確認していた野良を、不遜な口の利き方ばかりの、出来損ないの野良
へとぶつける。
耳障りで不快感しか与えてこない悲鳴を上げて、二匹は吹っ飛び、転げ回った。
そうだ。やはり妻は、ゆっくりを憎んでいたのだ。
いや、違う。野良をこそ、憎んでいたのだ。
あの賢いまりさのことは、あんなにも可愛がっていたのだ。私と、息子と、一緒に睦ま
じく穏やかな……そう、ゆっくりとした毎日を、まりさも交えて送っていたのだから。
笑顔で。
何よりも私が愛した、あの笑顔で。何よりも私が好んだ、あの笑顔で。何よりも私が大
切にしていた、あの笑顔で。
だから、妻が私に対する悪意で、こんなマネをしたわけがない。まりさのことも、嫌っ
ていたとは考えられない。
野良だ。
野良が悪い。
こいつらが悪いのだ。
こいつらが現れなければ、妻が取り乱すこともなかった。息子が泣くこともなかった。
そして、賢いまりさが居なくなることもなかったのだ。
「野良のゆっくりに……世間はことのほか、冷たい」
「ゆべべ……この、くそじじい! なんてことをするのぜ! それに! まりささまは、
のら なんかじゃないのぜ!」
「野良ゆっくりが、人間の家へと入り込み問題を起こした段階で、どのように扱われよう
と、やむを得ないことなのだ」
「なんだか わからないけど、まりささまは のら なんかじゃないのぜ!」
「その名を……使うなぁあああ!」
「ゆびゅっ!? ゆぁ……! ゅぎゃぁあああああああ!!」
落ちていた、薄いハードカバー──幼い頃に母から贈られた、アメリカのコミカルな絵
本──を手に取って、手斧のように出来損ないの野良へ叩き付けた。
頭の真上に叩き降ろすつもりが、少し距離感を誤ったためか、本の端が野良の顔を抉る
ような軌跡で床にぶち当たる。
「ま゛、ま゛り゛さ゛さ゛ま゛の゛ こ゛う゛き゛な゛ お゛か゛お゛が゛ぁ゛あ゛!」
「……かえって、良い案配だったか」
「いだいぃいいいいいい! お゛か゛お゛が゛ い゛た゛い゛よ゛ぉ゛お゛お゛お゛!」
「黙れ」
同じ距離感をイメージし、本を振り上げ、振り下ろす。
「べびゅぅううううううう!?」
振り上げ、振り下ろす。
「ひぎゅばばばばばばばば!!」
振り上げ、振り下ろす。
「べびゅるるるるるるるる!!」
「野良が立てる音なんて、耳障りで不愉快なだけだな」
「ばっ、ばでぃざば……! ど……! の゛ら゛な゛ん゛か゛ずぶばばばばばばっ!!」
「黙れ、と……何度も言ったはずだ」
「ぶびゅ……! ぶひゅっ……! ふひゅは……!」
言葉を遮るように、本を振り上げ、振り下ろした。繰り返し、顔面を縦に削られた野良
は、口から奇っ怪な音を漏らして震えるだけになった。
唇は幾重にも割け、頬にも額にも幾条もの縦筋が刻まれ、目蓋もズタズタになっている。
だが、その濁った眼球は眼窩に収まったままだ。まだ視力は失われていないのか、私が本
を振り上げると、奇っ怪な音を高くして、震えもガタガタと大きくした。
本を放り捨て、ケースから飛び出したのか、剥き出しになって転がっているDVDを手
に取る。野良二匹がさんざん暴れ回ったためか、傷だらけだ。これでは、再生は覚束ない
だろう。
悲しさのあまり、溜め息が漏れる。この映画は劇場へも二度、足を運んだ。DVDを購
入して以来、妻と息子も一緒に、何度も見た。あの賢いまりさも、見るたびに歓声を上げ、
私達以上に心を揺さぶられ、大粒の涙を零していたものだ。
台無しにしてくれた野良二匹は、今は声もなく痙攣している。悲しみがすっと冷たい塊
となって沈み、ユラユラと熱の無い炎のようなものが、心の中に立ち上がる。
DVDを両手で掴み、力を込める。何度か曲げている打ちに、高いような鈍いような音
を立てて、二つに割れた。
「暢気に寝ているんじゃあない」
「ゆぎゃぁああああああっ!?」
「ゴミ以下の、害悪でしかない野良が、なにを人の家で暢気に……」
「あがっ! あでぃず! あ゛り゛す゛ し゛ん゛じゃ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!」
「死ぬ……? ゴミ以下の分際でか?」
「びぎゃぁあがぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「お前もだ」
「ゆぎゅああああああ!? れ゛い゛む゛の゛! れ゛い゛む゛の゛ お゛か゛お゛が゛
わ゛れ゛ちゃ゛う゛う゛う゛う゛!?」
「ゴミ以下なのだから、当然“生きてなどいない”。ただ単に、動くことが出来るという
だけだ」
「びびゅぁあばぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
二つに割れたDVDの一片を、薄汚れた黄色い野良の、その後頭部で口を開けていた割
れ目に突き刺し、もう一片を、煤けて黒茶けた野良の、額に刻まれた裂け目へと突き立て
る。
狂ったように駆けずり回ることはしなかったが、びたびたと音を立てて跳ね回り、自ら
その傷口を開き、中身を撒き散らしていく。
ああ、部屋が汚く汚されていく。
だが、もう構うのもか。
こいつらが、さんざん荒らしたのだ。
出来ることなら、この部屋をこいつらごとコンクリか何かで埋め潰したい気分だ。
「ぼうっ! も゛う゛ い゛や゛ な゛の゛ぜ゛え゛え゛! ま゛り゛さ゛さ゛ま゛は゛
お゛う゛ち゛ か゛え゛る゛の゛ぜ゛え゛え゛え゛!!」
顔面に縦筋を刻まれた野良が、何かを喚きながら小刻みに跳ね出した。フラフラと右へ
左へ振れながら、それでも書斎の出口へと向かっている。
ああ、顔に傷を負っただけなのだから、まだ逃げる力が残っているのかと、ボンヤリと
考えながら、後を追う。
先ほど追いかけた時のように、走る必要もない。大股で、数歩。それで追いつく。
「ゆぎゃぁあああ!? ばなぜ! ばなしでぇ! も゛う゛、ま゛り゛さ゛さ゛ま゛は゛
お゛う゛ち゛に゛ か゛え゛る゛の゛ぜ゛え゛え゛え゛!!」
「野良に帰る場所など、あるものか」
「ま゛り゛さ゛さ゛ま゛は゛、の゛ら゛な゛ん゛か゛じゃ゛……!」
「人に害をなして、ただで済むものか」
「ま゛り゛さ゛さ゛ま゛は゛、し゛ら゛な゛い゛の゛ぜ゛!!」
「知る必要もない。期待もしていない」
「だ゛っ゛た゛ら゛、は゛な゛す゛の゛ぜ゛!」
「報いは受けてもらう」
顔を上げる。
扉の向こう……廊下から覗くようにして、最も愛した女性が、何よりも愛した笑顔を消
したまま、こちらを見ている。
「そうだろう? 薄汚い野良には、報いを受けてもらわなくては」
「あ……あ、あなた……」
「すぐに済む。君は嫌いなのだろうから、見ない方が良い。聞かなくても良い」
「あ、あの……わ、私、こんな……」
「なぁに、すぐに済むさ。しばらくの間……そうだな。一時間ほど、リビングでお茶でも
していてくれ」
野良を後ろへと放り投げて、ドアノブに手を掛ける。ゆっくりとドアを閉めながら……
「君の嫌いなものは、私が片付けておくから」
……微笑みかける。
だが、あの笑顔は見られなかった。
ドアが閉まる。
「やはり、綺麗に片付けなくてはならないか……」
「あ! ああ! あでぃずを……! どかいばな あでぃずを ゆるじでぇえええええ!」
「どぼじで……! どぼじで、がばいい でいぶが ごんな べに あうのぉおおおおお!」
「ま゛り゛さ゛さ゛ま゛は゛、わ゛る゛く゛な゛い゛ん゛だ゛ぜ゛え゛え゛え゛え゛!」
「悪いさ。野良なのだから」
─ 先輩、デタラメなゆっくりと出会うのこと 了 ─
挿絵 byゆんあき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- あとでまりさが生きてるの知った一階の家族がどう反応するか超楽しみ -- 2011-07-16 00:04:18
- いいまりさだなw
これからどうなるのか楽しみです! -- 2011-01-06 13:57:23
- んー、なんだろう、なんか読みにくい……
もっと不要な文章はそぎ落としてもらいたい
字数を稼いで大作に見せかけただけの作品に見える -- 2010-06-26 16:43:14
- 大作の予感・・・。 -- 2010-06-20 04:15:33
最終更新:2010年05月15日 14:37