餡子遺伝子の深淵 12KB
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※スレの流れに触発されて書きました
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餡子遺伝子の深淵
「君はなぜゆっくりがあのような生物だと思うかね?
「はあ……生物、ですか?」
生物、という言い方にひっかかりを覚え、私は教授に思わず聞き返していた。
ゆっくり。
近年になって突如降って湧いたように現れた謎のナマモノ。
外見は人の生首。知能は低いながらも産まれた直後から言語を操る。それなのにその身体
を構成するのは餡子やカスタード、つまりは菓子という、ふざけたことこの上ない不思議
にして不条理な存在。
誰もが驚き、そのうち大半はバカバカしさに呆れてその生き物の在り方について考えるの
をすぐにやめた。やがてその存在は当たり前のものとなり、人々は慣れていった。
だが、一部の人間はこの謎のナマモノの真相を明かそうと、日夜研究を続けている。まっ
たくもって酔狂な話である。
それ自体は私にはどうでもいい。いや、どうでもよかった、というべきか。残念なことに
無関係ではなくなってしまったのだ。
私の所属する企業がゆっくりの究明という酔狂な研究に出資しており、私がその研究所の
監査員に任命され、そして今日が初めての視察日なのである。
憂鬱だ。
「今日はゆっくりの在り方についてじっくりとご説明しよう」
さらに憂鬱なのが、この研究所を取り仕切り教授がこの監査に際し、とても乗り気である
ことだった。ただの監査なのだ。研究所は出資に見合うだけの研究を続けているか、その
成果と研究態度を示せばいいだけなのである。
本来ならばせいぜい研究所を軽く見て回り、規定のレポートさえ受け取れればそれで私の
仕事は終わりなのである。
それなのにこの教授ときたら、「研究は生で見てもらわなくては理解してもらえない」と
言い、学生の社会科見学よろしく研究所を見て回るハメになってしまったのだ。
バカバカしい。
あんな不思議生物調べるだけ無駄なのだ。事実、多くの研究者がこの謎に挑み、そのあま
りのバカバカしさに早々に匙を投げた。
この教授はその難題に正面から取り組んでいる。ゆっくりを「生物」と呼称する当たり、
その本気度は相当なものなのだろう。
「まずはこれを見てくれたまえ」
案内された研究所の一室。そこにはいくつもの計測機器があり、私が促された先にはモニ
ター画面があった。
まあ、こんなバカバカしいことはさっさと終わらせよう。そう思い、モニターを覗き込む。
そして、呆れた。
「なんです、このラクガキ?」
モニターの中には変なものがあった。
子供がクレヨンで書いたよういい加減な線で描かれた小豆色の鎖。それが二本絡み合って
いる。そしてその鎖ひとつひとつの表面には「ゆ」だの「く」だの、これまた子供のクレ
ヨンレベルの汚いヒラガナが書かれている。
「ゆっくりの遺伝子だよ」
教授は大まじめに応えた。
「ラクガキでしょう?」
「いや、確かに遺伝子だ。それは電子顕微鏡の映像だ。ゆっくりの体組織のいずれを拡大
してもそのような遺伝子が見られる。
笑い飛ばせばいいのかつっこめばいいのか。
悩むうちに、教授の講義が始まった。
「人間の遺伝子は4種類の塩基――A、T、G、Cの組み合わせによって規定されている。
それに対しゆっくりは4種類の餡子――ゆ、っ、く、りの組み合わせによって規定されて
いるのだ」
「4種類の……餡子、ですか?」
「餡子だ」
「ゆ、っ、く、り、ですか?」
「ゆ、っ、く、り、だ」
私はしばし瞑目し、言葉を選び、でも結局一つしか思い当たらずそれを口に出した。
「……正気ですか?」
「狂気だ」
「………」
「わしも狂気の沙汰だと思うね。だが、事実なのだよ。餡子の配列によってゆっくりはそ
の種、形状、お飾りの微妙な違い、初期の記憶までをも決定されているのだ。遺伝子は神
の設計図とも表現されるが、餡子でこの生物を作ったのはどのような狂える神なのだろう
ね。科学者の言うことではないが、是非一度その神と話をしたいものだ」
そして、教授はカカと笑った。
血の気が引いた。これはまずい。本社に緊急に報告しこの研究所を潰さねば。いや、それ
より黄色い救急車を呼ぶべきだろうか。
目の前のこの教授は、狂っている。
「信じられないようだね。では次には研究結果を証明してみせよう」
私は慎重に頷き、教授の後に続いた。
正直今すぐ立ち去りたいところだったが、狂人を怒らせるのはとても危険だ。
教授の処分はあとまわしにし、私はとにかくこの視察を恙なく終わらせることにした。
「ゆっくりしていってね!」
連れてこられた部屋には無数のゆっくりがいた。ガラス張りの壁面は格子状に仕切られ、
それぞれに様々なゆっくりが入れられていた。その様は一面ガラス張りのビルをイメージ
させた。
「これを見たまえ」
教授に促され見たケージの一つ。そこにはれいむ種のゆっくりがいる……らしい。
らしい、と言うのも、
「ゆくりゆくりゆくりゆくりゆくりゆくりゆくりゆくり!」
そんなことを叫びながら高速にケージのなか転がっている生首。あまりの速さによくわか
らないのだ黒髪と紅白のリボンをつけているのは見て取れた。だかられいむ種だと思われ
る。だが、全くゆっくりしていなかった。
「教授、これは……?」
「餡子遺伝子から”っ”をいくつか抜き取ったれいむ種のゆっくりだ。”ゆくりれいむ”
と呼称している」
「はあ……」
からかわれているのだろうか。
ふと、別のケージが目にはいる。
「ゆっへっへ、ばかなにんげんが、またまりさにつられてのぞきこんできたのぜ! つら
れおつ!」
うざいゆっくりまりさがいた。
「なんです、このむかつくの?」
「それは遺伝子の”っ”、”り”の割合を増やした”つりまりさ”だ」
「……バカにしてるんですか?」
「そうだ。そのまりさは人をバカにする性質を強くしている。まったくゆっくりの遺伝子
は不可解この上ない」
あなたが私のことをバカにしているのではないか、といったつもりだったのだが。研究バ
カの学者というものは、どうにも常識が通じないことがある。そもそもこの教授は狂人に
違いないのだ。
「やだ! とかいはなありすをいなかくさい”おす”がみないでほしいわ!」
ふと目があったのはゆっくりありすだった。
妙に大きな瞳はキラキラといくつもの星が飛び交い、その後頭部から無数の花を生やして
いる。
「これは”ゆりありす”ですか?」
「よくわかったね」
「そりゃ、背負ってる花を見れば」
後頭部から生えている花はユリだった。なんて直接的な。比喩になっていない。
「遺伝子から”っ”と”く”を抜いて調整したありす種だ。通常ありす種は性欲が強くれ
いぱーになりやすい傾向がある。だがこの”百合ありす”はすっきりーを拒み、精神的な
つながりを求める。多種のツガイを見て満足することも多い。人間の男を嫌うのも特徴的
だ」
「あー、そうですか」
ゆっくりがバカバカしいものだと思っていたが、その認識は更に強まった。
だが、同時に空恐ろしいものも感じていた。
それからも、いくつもの奇形のゆっくりを教授に見せられた。
奇形、奇形、奇形。奇形ばかりがこの部屋には集められているのだ。
「これらのゆっくりは餡子遺伝子操作の産物だ。どうだね? 餡子遺伝子、信じてもらえ
るかね?」
私は答えられなかった。
見たことはないが、知識としては奇形のゆっくりが生まれると聞いたことはある。飾りが
なかったり、目が見えなかったり、あるいは「たりないゆっくり」と呼ばれる知能障害の
ゆっくり。
だが、ここにいる奇形ゆっくりは今まで見たことも聞いたこともないものばかりだ。広い
研究室、ケージの数は百は軽く超える。そのいずれにも見たことも聞いたこともないない
ゆっくりがいる。これだけの数、これだけの特殊な奇形が集まるなど、「意図的に生みだ
した」と言うこと以外説明がつかなかった。
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、教授は満足げに頷く。
「さて……こうしてゆっくりは餡子遺伝子によってその性質を大きく変えると説明してき
たが、実はそれ以外にもゆっくりの性質を変化させる方法がある」
「まだあるんですか」
「まだまだ、だ。ゆっくりの生態は実に奥が深いのだよ」
そしてまた別の研究室に連れてこられた。
そこも同じようにケージが並んでいたが、ゆっくり特有の、あのやかましい「ゆっくりし
ていってね」の声がない。
「この研究室のケージは防音処理が施されている」
そう言いながら、教授はケージの一つにつけられたスイッチを押した。
「ゆっくりー! ゆっくりー!」
途端にゆっくりの声が、部屋に備え付けられたスピーカーから響き渡る。どうやらスイッ
チはケージの中の音をこちらに流すものだったらしい。
私はホッとした。その鳴き声は普通のゆっくりのものであり、中にいるのも見たところ奇
形ではない、「まともな」ゆっくりれいむだったのだ。
思わず安堵の息が漏れる。
「ゆっくりー! ゆっくりー!」
今までうざったいと思っていた普通のゆっくりの鳴き声でこんなに安らげるとは思わなか
った。
ゆっくりの声にしばらく耳を楽しませ、そして、ふと疑問が湧いた。
「こいつは”ゆっくり”としか言わないんですか?」
ゆっくりは普通、野良なら人間を見れば「あまあまをよこせ」だの「ここはれいむのゆっ
くりぷれいすだよ!」だの身の程をわきまえない要求をしてくる。躾られた飼いゆっくり
なら挨拶ぐらいしてきそうなものだ。
しかしこのれいむは先ほどから「ゆっくり」としか言わない。
「ゆっくりは思いこみの生き物と言われているのは知ってるかね?」
「ええ、まあ。そんな風に言いますね」
少しは聞いたことがある。
例えば、ゆっくりは「うんうん」という餡子を排泄する。これは成分自体は普通の餡子で
あり、見た目も匂いもそうなのだがゆっくりにとっては排泄物に感じられるらしい。
ところがこのうんうん、ゆっくりが出すところを見せなければ、ゆっくりは普通の餡子と
思って食べてしまうらしい。
人間なら自分の排泄物と食べ物を間違えることなんてまずありえない。それはつまり、ゆ
っくりが思いこみでその認識を変えるということの証明だ。
「ゆっくりはお互いに”ゆっくりしていってね”と挨拶をするが、あれには重要な意味が
ある」
「重要? あんな決まり文句が?」
「そうだ。あれはゆっくりがゆっくりであるために必要な言葉なのだ。あの言葉なしに、
ゆっくりはゆっくりではいられない。ゆっくりは常に自分をゆっくりだと思いこまなけれ
ばならないのだよ」
「はあ……」
生返事を返す。正直、よくわからない。
「このケージ内は防音処理が為されており、くわえて常ににゆっくりの聴覚を麻痺させる
音波を発している。すなわち、ゆっくりは”ゆっくりしていってね”という言葉を聴くこ
とができない」
「それが、なにか……?」
「この”ゆっくり”としか喋れないゆっくりはこのケージで育成されて一週間のものだ。
わかりやすいように、日数の浅いものから順に聴かせよう」
教授は次々にケージを移動し、スイッチを切り替えていった。
最初は「ゆっくりしていってね」という声が聞こえていったが、やがて「ゆっくり」だけ
になり、「ゆっく、ゆっく」と徐々に言葉が欠けていった。
そして、何匹目だろうか。
「ゆっ、ゆっ」
そのゆっくりは、ほとんど口を開かずうめくだけだった。
「教授、こいつは……」
「このゆっくりは、生後二ヶ月ほどのものだ。サイズは見ての通り成体まで育ったが、ほ
とんど動かん。食事もなかなか口にしようとせん」
そして、ケージを移動は続く。
やがて、部屋の端に辿り着いた。
「………」
そのケージの中のゆっくりは、一言も発しない。それどころか身動き一つなく、瞬きすら
しない。
「こいつ……生きているんですか?」
「生きている。通常の生菓子よりずっと長持ちする。しかし動きもしなければ食事を摂ろ
うともしない。これはもうゆっくりじゃない。ただの饅頭だ」
「ゆっくりじゃ、ない……?」
「”ゆっくりしていってね”。この言葉なしに、ゆっくりはゆっくりたりえないのだ」
ここまでくれば認めなければならなかった。
不思議にして不条理なナマモノ、ゆっくり。
それを、この研究室はしっかりと研究している。教授のことを狂人と疑ってしまったが、
こんな不可思議なものをこうして解き明かしているなんて天才なのかも知れない。
その後も様々な研究室を巡り、恙なく視察は終わった。
「いや、実に勉強になりました。ゆっくりの研究がこれほど奥深いものだとは!」
初めこそその異常さに圧倒されたものの、その研究内容はじつにまともなものだった。細
かい資料は後日送付してもらうことになったが、この分なら本社への報告は問題ない。研
究は今後も継続だろう。
お土産に研究所特製のゆっくり菓子を持たせてもらったし、私はすっかり上機嫌だった。
「ゆっくりは、研究に値するものだ。きちんと扱えば、危険はない。決して。決して、な」
「え? ええ……」
妙な念の押し方にひっかかりを覚えたが、まあ気にすることはないだろう。私は教授に見
送られ、変えることになった。
その途中だった。
それは、おそらく不幸な事故だったのだろう。
通路の途中、唐突に鋼鉄製の扉が破られた。
――そこから、這い出てきたもの。
それと目があった瞬間。私は意識を失った。
私はあのことを本社に報告しなかった。
研究報告にそのことは含まれていなかったし、ゆっくりが鉄の扉を破ったなどと言ったと
ころで誰も信じまい。
だが、私は見てしまった。
おそらく研究の成果の一つなのだろう。想像はついた。おそらくアレは生き残ったのだ。
餡子遺伝子の操作、そのツガイによる世代交代、”ゆっくりしていってね”の断たれた環
境。そんなゆっくりには生き残ることのできない冒涜的な研究の中、生き残ったのだ。
いや、生き残ったのではない。生まれた、というべきだ。ゆっくりとは別種のものが生ま
れたのだ。
ああ、ああ、ああ!
私はもはや安らかに眠ることなどできないだろう!
忘れることなどできはしない。夜が来れば、闇が来れば思い出してしまう。
目が合ってしまった。あの無垢なる深淵に私の魂は囚われてしまったのだ。
あのおぞましい姿が、あの異形のシルエットが目に焼き付いてしまったのだ!
ありえぬほど無垢で、つぶらで、それでいてこの世の何も映していないかのような二つの
瞳。
本来なら額のあるはずの場所にしまりなく開いた、まるで煉獄に繋がっているかのような
紅い口。
丸い頭を、その漆黒のモミアゲで不自然に持ち上げ、おぞましく垂れ下がる黒髪を引きず
り蠢く異形。
それなのに、元がなんだったかわかってしまう。れいむだ。ゆっくりれいむだ。アレは元
々ゆっくりれいむなのだ!
常識という薄皮一枚剥いだ先にある、その深淵の暗さを知ってしまった私に、もはや安寧
などあり得まい。
どんなに酒をあおろうと、どんなに薬に頼ろうと、耳から離れないのだ。
あの冒涜的なその声が、私の正気を波にさらい、狂気の海へと引きずり込むのだ。
あの言葉が。
『ゆっりくてしねってい!』
了
by触発あき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- ゆっりくてしねってい!ww -- 2022-12-23 11:27:02
- ものすごく感動した -- 2015-08-22 23:28:20
- 冒涜的でワロタ -- 2014-06-19 13:58:51
- ゆっくりとクトゥルフって相性いいね。面白かった。 -- 2013-08-12 16:31:41
- 想像したらとてつもない悪魔が出てきた、何気に面白い話だった -- 2012-12-10 13:53:48
- なんかクトゥルフになってるぞ -- 2012-11-24 14:42:48
- いや、そんな!あのもみあげはなんだ! -- 2012-06-13 21:41:00
- 窓に!窓に! -- 2011-11-10 20:07:00
- これなんか好き。 -- 2011-06-05 13:40:15
- なんで最後だけクトゥルフ風にw -- 2011-05-22 10:38:45
- 何かのSFか…?
よくわからなかった -- 2010-12-11 19:08:49
最終更新:2009年10月17日 15:17