ゆっくり天地創造 26KB
ゆっくり天地創造 その1
SF風(すこし・ふしぎ)
※このお話は藤子F不二夫の短編集や手塚治虫のお話が元ネタというかそれから
ヒントを得ています。現時点では虐待成分は極めて薄めです。というかその1の時点では皆無です。
※ギッタギタに虐待されないとストレスが溜まる方には向かないと思います。基本的には私も「ゆべらっ!」と汚く餡子を
吐き出すゆっくりをビタビタ叩いたりする話が好きなのですが、こういうのも好きなので書いてみました。
※舞台は現代風別の世界です
ゆっくりが突如として出現してからどのくらいになるだろうか。
もはや「ゆっくりがいる風景」が当たり前になっている。
当たり前のように野良ゆっくりが道端を飛び跳ね、当然のように蹴られたり、
撫でられたり、飼われたりしている。
そんな世界のお話。
「よっこらせっと」
男は仕事帰りに買ってきたその大きな箱を部屋の中央に置いた。
男:31歳 独身 職業SE とりたてて趣味もないので貯金は多い。
【プチゆっくり観察セット】
赤や青のポップな色で箱に書いてある。
小学校低学年くらいの男の子と女の子が箱のようなものを前に
「とってもゆっくりしてるね!」
とか
「ゆっくりってふしぎね~」
などと吹き出しがつけられている写真が印刷されていた。
ここ最近発売されたプチサイズゆっくりの飼育セット。それがこの箱の正体。
箱の側面には
【保護者の方へ:お子様の情操教育や、命の大切さについて学ぶ為の教材です】
【警告:ゆっくりは洗浄済みの状態でパックされていますが、お子様が食べないよう注意してください】
【対象年齢:5歳以上】
などと書かれていることから、この商品が本来は男のような大の大人が楽しむものではないことを示している。
もともとはとある学習教材会社が本来の目的である子供向けの動物(?)飼育キットと
して売り出したものだったのだが、テレビや雑誌やネットなんかで、
やれ「癒し効果抜群!」だの「メンタルどうのこうの」だの取り上げるもんだから本来の購買層ではない
大人(30歳前後)にバカ売れという現象が起こっている。
まぁ、現にこの男もその一人ではあるのだが。
男は仕事でのストレスやら、親や親族からの結婚をせかせる小言で正直かなりまいってた。
かといって男は酒に溺れるわけでもなく、風俗にハマるわけでもなく、ストレスのはけ口を見つけ出せないでいた。
男は当初ゆっくりを虐待する目的でこのキットを購入した。そんな歪んだ性格だから結婚・・・この際それは
どうでもいいだろう。それにもし本当にこれが男の心を癒してくれるならそれはそれでありがたい。
犬猫と違ってゆっくりなんだし、飽きたらゴミ箱に捨てればいいやというのも購入を決めた理由の一つだった。
スーツを着替え部屋着になった男は箱を開梱する。なんとなくワクワクしてるのか子供の頃のように
バリバリと乱暴に包み紙を破き、箱の蓋を開いた。
「ええと・・・まず説明書か・・・やたら分厚いなぁ・・・どらどら」
【保護者の方へ、ご利用の前に】
・この観察キットに付属するゆっくりは品種改良を行い成体ゆっくりを直径2cm程度の大きさに縮めることに成功しました。
お子様への教育のため是非ご活用ください。
・付属の飼育ケースからは出さないようにしてください。ケースは防音、防臭性がございますので、
内部から外部、外部から内部への干渉は極力防ぐことが可能です。
【はじめに:重要】
・プチゆっくりは非常に臆病で、人間がケースのふたを開け直接干渉してしまうと恐怖により死んで
しまう場合があります。極力ケースふたを外さず、中を観察する際にはケースふたにはめこまれている
特殊フィルタから観察するようにしてください。ケース内部からは青い空にしか見えないので、中のプチゆっくりが
ケースの外を認識する心配はありません。
・プチゆっくりは普通のゆっくりと異なり「ゆっくりしていってね!」やそれに類する言葉しか喋れません。
・人間の言葉は多少理解できますが、無闇に声をかけないようにしてください。
・ゆっくりの声はケースに付属しているマイクが拾います。ふたのスピーカー用コネクタにお手持ちのスピーカーや
ヘッドホン等を装着してください。
・プチゆっくりまりさ(別売り)を使用した際に誕生する幼生ゆっくりは直径5mm程度しかありませんので、
ケースのメンテナンス等で潰してしまわないようにご注意ください。
・お子様に当キットを与える場合は、付属の「いのちってなぁに」を読み聞かせしてからにしてください。
【えさやり】
・えさは付属の「プチゆっくり用マイクロきのこ」をケース内で育てて与えます。また、付属の木に生る果実もえさとなります。
・水はケース本体に接続するチューブから送り込むことにより、自然に内部の人工池に沸くように与えてください。
【環境】
・ケース内温度は6~32度の間に調節してください。四季や1日の変化をつけるために適度に温度を変更すると
より一層楽しめますが継続的に低温、高温にしますとゆっくりは死んでしまいます。
・ケースの周囲の暗幕は外さないようにしてください。照明は付属のライトにより自動で朝-夜の擬似環境を作ります。
・自動日照装置は6時間おきに昼と夜を切り替えます。ゆっくりにとっては12時間で1日が経過することになります。
・ぷちゆっくりのふんはそのまま土の肥料となりますので除去は不要です。
・ケースを揺する、蹴る、殴る等の行為はしないでください。
【その他】
・品質には万全の注意を払っておりますが、万が一ケースの割れ、パック済みプチゆっくりの劣化等ございましたら
お手数ですが下記お客様ご相談センターまでご連絡をお願いいたします。
・ゆっくり観察キット同士は複数連結可能です。繁殖によりケースが手狭になった場合は別売りのケースをお買い求めください。
また、複数ケースを連結した際のマイクや照明等のコントロールを可能にする管理モジュールもオプションにて
ご用意しております。
・純正品以外のパーツ等を接続された場合に発生した故障、その他損害につきましては当社は一切責任を負いかねます。
ご了承ください。
(ふうん、結構面倒なんだなぁ・・・この"いのちってなぁに"てのは子供向けの生き物には命がどうたらとかいう内容だろうから
読む必要はないな)
男は冊子をぽいと箱の外に投げ捨てる。
次はプチゆっくりの擬似環境のセットアップだ。新しいパソコンを買ってきたときの感覚に近いものがある。
男は60cm x 60cm 程度の箱を取り出しマニュアルに目を通した。
【擬似環境のセットアップ】
・排水用チューブと、注水用チューブを図で指定されているある穴へと接続します。
・箱の中に排水マットを敷きます。このマットによりケース内に擬似降雨を行った場合の水をスムーズに排水チューブから
ケース外部へと排出します。
・袋1に封入されている擬似環境用土をケース内側にある線まで入れます。適度に押し固めて入れます。
この際適度に段差やでこぼこをつけておくのも良いでしょう。
・袋2に封入されている石を半分ほど土に埋まるように数個配置します。
・ケース内側の周囲に岩肌プレートを貼り付けます。
・プチゆっくり用のプラスチック池に注水チューブを接続してから土に埋め込みます。
・プチゆっくり用芝生を土の表面の8割程度に敷き詰めます。
・芝生が生えてない場所にえさのマイクロきのこの菌床を定着させます。(強く押しつけないでください)
・袋3に封入されている木をケースの四隅に植えます。
・袋4に封入されているプチゆっくりの巣の材料をケースの中に適当に散らばして設置します。
・ケースふたの内側にLEDライトを装着します。
・ケースふたをケースの四隅のつめにひっかけて固定します。
・以上で完成です。
(結構しんどいなコレ。土いじりなんてしたの中学以来だよ・・・)
手を土だらけにしながらぶつぶつ文句を頭の中でつぶやくものの、男は久しぶりに心が躍っていた。
しかしもう夜中の1時を回っていたのでその日はもう寝ることにした。
翌日
「ただいまっと」
男が帰宅したのはもう23時。クタクタに疲れていた。またしても無茶なスケジュールで案件を進めざるを得なくなっており、
メンバーのスケジュール管理やら客先での打ち合わせでただひたすらに疲れていた。
ネクタイを緩めソファにごろんとなった男ははっという顔つきになり隣の部屋へと移動する。
(明日は土曜~ラララ~休出も無し~ゆっくりできる~)
「ゆっくりしていってね!なーんてな」
30過ぎて彼女無し、当然嫁さん無しじゃ独り言も多くなるってもんだ。
先ほどまでの疲れはどこへやら、男は部屋着に着替えるとウキウキしながら昨日の作業の続きを再開した。
「かわいいかわいいゆっくりちゃ~ん」
また独り言。しかもやや気持ち悪い。
【プチゆっくりの目覚め】
・「プチゆっくり(れいむ)」と書かれたパックのふたを開けます。ゼリー状保護剤の中で眠っているプチゆっくりを
ゼリーごとケース内の土の上に出してください。このゼリー状の保護剤はゆっくりが目覚めた最初のえさになります。
注意!パックから押し出す際にプチゆっくりを潰さないように慎重に取り出してください。
・取り出したプチゆっくりにぬるま湯(30度程度)をスプーン大さじ一杯程度をかけてあげてください。
10分程度で目覚めます。
・目覚めたプチゆっくりが人間や外の環境を認識してしまう前に素早くケースふたをかぶせてください。
・以降の観察は極力ケースふたの特殊フィルタ窓から行ってください。
「よっしゃ、始めるぞ!」
男はマニュアルの通りにパックのふたをあける。中には薄茶色のゼリー状の物体の中にピンポン玉大のゆっくりが目を閉じて
じっとしていた。
ぐいっと押してケース内の芝生の上にぽろりとプチゆっくりを置く。そして準備しておいたぬるま湯を適量頭の上にたらしてやる・・・
ぬるま湯の温度でプチゆっくりを包んでいたゼリーが溶け出しはじめた。
(おっといかん、ふたをしなきゃ)
急いで蓋をしてフィルタから中を覗き込む。
5分後
(まだかよ、あ~じれったい)
男は待ちきれずたった10分程度の間に3度もふたをあけて指でつつきたくなる衝動に襲われたがなんとか我慢することができた。
そしてその時は来た。
「ゆ・・・・ゆくっ?!」
ゼリーの中から体の大半が露出したプチゆっくりれいむ(以下れいむ)がゆっくりと、実にゆっくりと、
ああっイライラするほどゆっくりとまぶたを開いた。
(おおっ、ついに・・・)
「ゆっくりしていってね!!」
ケースに接続されたスピーカーからその声が聞こえてきた。
見た目は完全に赤ゆっくりのサイズなのだがこいつはこれでも成体ゆっくりだ。当然口調も当然赤ちゃん言葉ではない。
男は普通のゆっくりも知っていたのでなんだか妙な感じを受けつつも、感極まってうっすらと涙を浮かべていた。
30過ぎた男なのに。ストレス疲れで感情の起伏が激しくなっていたのかもしれない。
音量が小さかったので男はボリュームを少し上げた。ケースの防音性が高いのだろう。スピーカー無しでは何も聞こえなかった。
男は食いつくようにふたの窓から中を覗き込む。
まだ自分がどこにいるのか理解できないれいむは頭を左右に傾けたり後ろの方にのびをしてひっくりかえったりしてあたりを
見回していた。
「ゆぅ・・・・ゆっくり・・・?」
(うひょーっ、普通のゆっくりはふてぶてしくて憎たらしいがこいつは可愛いな・・・可愛すぎて潰したく・・・いかんいかん)
男は一瞬黒い欲求に支配されかけたが可愛らしさがそれを打ち消したようだった。
「ゆっ!ゆっくり!ゆっくり!」
れいむは周りに散らばるゼリーをぺろりと舐め、それが食べられる物だと認識したのかむしゃむしゃと食べ始めた。
(あーそういやプチは「ゆっくりしていってね」しか喋れないんだっけ・・・ちと残念だな)
「ゆくりー!!ゆはーっ!」
ゼリーを全て食べ終わったれいむは、さも満腹であるというかの如く腹の部分を突き出しころんと横になった。
男は一瞬死んだのか?!と焦ったのだがその後すぐ「ゆぅー・・・ゆぅー・・・」と寝息がスピーカーから聞こえてきたので
安心した。
30分ほど経過しただろうか。
男は飽きもせずただ寝てるだけのれいむを眺めていた。自分の食事も忘れて。
「ゆ・・・・ゆっくり!」
目を覚ましたれいむはこれから自分だけの世界となるケースの中を探索し始めたようだった。
ぴょこんぴょこんと移動するれいむ。男は終始ニヤニヤしていた。少し気持ち悪い。
たかが60cm四方のケースとは言えどもプチゆっくりにとっては結構な広さだ。
ケースに付属しているファンからはゆったりとした風が吹いてくる。そしてお日様も明るい(LEDライトだが)
れいむはここが作られた環境であるとは気づいていなかった。
飼育キットの工場ではプチゆっくりはこのキットのケースよりもはるかに大きい偽の自然の中で育ったのだが、
プチゆっくりにとっては太陽はLEDライトであり、四方はプラスチックの岩肌に囲まれているのが普通だった。
知能も普通のゆっくりよりは低く、工場で一緒だった仲間達が今ここには誰一人としていないことも大して
気になってないように見えた。
草原の上を跳ねながられいむは実にのびのびしていた。
「ゆっくりー」しか喋らないが、この環境に満足しているという事は男にもなんとなく理解できる。
気がついたらもう3時だった。いくら休みでもそろそろ寝ないと。
ケースの側面についている自動日照スイッチを押して男も床に就いた。
翌日
男は昼ごろ目を覚ました。ぼさぼさの頭のまま真っ先に飼育キットを覗き込んだ。
ケースの中は既に夜を終え、朝になっていたところだった。
(あれ?れいむどこ?)
ケースの中にれいむは見当たらなかった。
(えっ、嘘?死んだ?)
なぜかすぐ死を想像してしまう男であったが、ケースの隅にある木の根元に男が散らばしておいた木屑と小石でできた
巣らしきものがあるのを見つけて安堵した。巣を作っているところを見られなかったのは悔やまれるが、
無事だったことが何より。
普通のゆっくりに比べたらずいぶん雑でカモフラージュもしてない巣であったが、それでもプチゆっくりが住むには
充分な出来栄えであった。
男が朝食をとりながらしばらく眺めていると、巣の入り口から肌色の餅がもぞもぞと見え隠れして、
れいむが巣の外へと出てきた。
「ゆっくりー!」
朝の挨拶だろうか。体を縦に伸ばし伸びをしているようにも見える。
ぴょんぴょんと巣を離れ移動を開始したれいむ。水場の場所は昨日のうちに確認しておいたのだろうか、
まっすぐにプラスチックの池へと移動し水を飲んでいる。
(ああっ、後ろからちょいと指で押すだけで池にドボンだ・・・・って俺は何を考えているんだ)
また黒い欲望が見え隠れしたがすぐ我に帰る。
「ゆぅー・・・」
理由はわからないが困ったような泣き声を出すれいむ。
そしてまた別の場所へとぴょんぴょんと移動を開始した。少し動きが鈍いような気がする。
(腹が減ってるんじゃなかろうか。そういや目覚めた時のゼリーしか口にして無いだろうしな。
おい、きのこが生えてるのはそっちじゃない!バカ!こっちだ!)
男の意識が伝わったのかどうかは知らないがれいむは向きを変え移動をし、きのこの群生地へと到着することができた。
「ゆゆっ!!ゆー・・・?」
きのこは初めて見たのだろうか。食料と認識できないでいるようで、おっかなびっくり近づいたり軽く体当たりしてみたり
するだけで一向に食おうとはしない。
(バカれいむ!それは食えるんだよ!さっさと食え!このノウタリン!)
心の中で罵倒を続ける男であったが右手を強く握りながら応援していた。
しかし本格的にバカなのかそれとも何か他に理由があるのかは分からないがきのこを食べずにそのすぐ脇で、
「ゆべー・・・」
などとだらしない泣き声をあげながら横になる。肌のつやもなんとなく消えてしまっているように感じる。
2時間後
相変わらずれいむは同じ場所でぐったりしていた。やはり肌のつやは明らかに失われていた。
(このままじゃ餓死してしまうかもしれない。だがしかし直接えさを与えるとやはりショック死してしまうかもしれない・・・・
ああどうしたらいいんだ)
とりあえず男はマニュアルを読み直す。
・人間の言葉は多少理解できますが、無闇に声をかけないようにしてください。
(人間の言葉は理解できる・・・・よし・・・・やってみるか・・・・・)
男は迷った挙句ある試みを実施した。
れいむがいるきのこの群生地とは逆の方向に回り込み、ふたをうっすらと開け隙間を作る。そしておもむろに
「れいむよ・・・れいむよ・・・わたしの声がきこえるか・・・」
ぐったりと伸びていたれいむは突然の謎の声に
「ゆっ!!!ゆゆっっ!!!???」
とゆっくり起きてあたりをキョロキョロと見回す。体は小刻みに震えている。
当然だろう。今まで人間との接触は無きに等しいのだから。
男はなるべく優しい声で、なるべく刺激しないような言い方で続けてこう言った。
「おまえのめのまえにあるものはたべることができるのだ。とてもおいしくてゆっくりできるぞ・・・」
しかしれいむは震えたままで何もしようとしない。
ちょっと恥ずかしくなった男は自分の部屋には誰も居ないと知りつつ横目でちらっとあたりを確認して続けた。
この姿を同僚に見られたらもう死ぬしかないな。そんなことを考えながら。
「わしはかみさまじゃ・・・ゆっくりのかみさまじゃ・・・こわがらなくてもよいぞ・・・さあそのきのこを食べるのだ・・・」
神様なんて概念理解できてるのか知らないが、台詞の中に「ゆっくり」とか「おいしい」が含まれていたためか
しばらく震えるだけだったれいむは目の前のきのこにゆっくりと近づきそして、パクりといった。
そしておっかなびっくり口の中のものを咀嚼し、飲み込んだ。
「ゆっ!ゆゆっ!ゆっくりー!」
きのこが食べられる、そして美味しいことが分かったのか、そのまま続けて2本、3本ときのこを食べ続ける。
いつの間にか体の震えは消えていた。
男はそれを確認してそっとふたを閉じた。
6本ほどのきのこを腹に収めたれいむは先ほどとは違い満足の表情でころんと横になる。
しかしすぐ起き上がると前後左右を見回しながら跳ねた。何かを探しているように見えた。
「ゆっくりーー!ゆぅーーーーっ!」
大きな声で叫びながら四方にぴょんぴょん飛び跳ねる。行ったり来たり。
さっきの声の主を探しているんだろうな。男はなんとなく理解した。
だがさっきは緊急事態だった。男はどうしようもない時以外はもう二度と声をかけないと決めていた。
当然声の主を探し回るれいむには返事をしない。ぐっとこらえて見ているだけにしよう。
観察者としての立ち位置をこれ以上崩すわけにはいかない。
しばらく叫び続けていたれいむは疲れてしまったのか叫ぶのをやめて飛び跳ねるのも止めたようだった。
なんだか悲しそうな顔をしていたが男は反応しなかった。
その日かられいむは起床して、水を飲み、きのこを食べ、夕食用にきのこを持ち帰り、外で遊んで、巣に戻る
そんな生活を繰り返した。
ある日男がケース時間の早朝に中を覗いているとちょうどれいむが巣から出てくるところに遭遇した。
ガサゴソと巣から出てきたれいむはいつものようにうーんと伸びをすると、男の方(空の方)を見ながら
「ゆくり!ゆっく!ゆっくりー!ゆーゆー!」
と叫んでいた。男は一瞬自分の存在がバレたのかと気をもんだが、4方向に体の向きを変えて
同じ事を叫んでいる。どうやらばれたわけではないようだ。
れいむは叫び終えるとまたいつものように水場へとぴょんぴょんと跳ねていった。
気になった男は観察キットに付属している「プチゆっくり辞書」をぱらぱらとめくってみたが、
さっきの叫び声は載ってない。一番近かったのは「ゆっくり!ゆっく!ゆっ!」ぐらいであったがその意味は
「うんうんが止まらない!助けて!」と書いていたのでたぶん違うだろう。
男はそれ以上気にするのを止めた。
数日後
男は仕事の大きな山がひと段落したお祝いで会社の同僚達と飲みに行っていた。
かなり酔っていて足元もおぼつかない。
帰宅するなりふらふらした足取りで飼育ケースの前に行く。
「れいむちゃ~~ん、ゆっくりちてまちゅか~」
「おにいさんはと~ってもゆっくりちてまーちゅ!」
などとへべれけになりながらポケットをごそごそとする。
「れいむちゃんにおみやげでちゅよ~」
そう言うと男はケースのふたを開け、その中央あたりに取り出したものをザクっと差し込んだ。
そしてその横にちぎったマイクロきのこを乱暴に数本重ねて置いた。
「れいむちゃん気に入ってくれるかな~?」
男はふたを戻しそこで力尽きて眠ってしまった。
幸運だったのはその時ケース内時間で夜であり、当のれいむはぐっすりと眠っていた。
なにやら外が騒がしくて起きてしまったのだが、その時は既にふたが閉められ夜の闇が戻っていたのでれいむはまた眠りについた。
そして翌朝
「ギャアアアア!」
二日酔いの頭痛が酷い中、男は今になってようやく昨晩自分がしでかしたことを思い出していた。
ケースの防音がしっかりしてなければ今の叫び声で確実にプチゆっくりは死んでいただろう。
(昨日の晩俺は何やってたんだ、あんなことしたらショックで死・・・・)
そう思いながら中をケースの中を覗くと、れいむが居た。そして生きてた。いつもとなんら変わりの無いれいむがそこにいた。
いつものように何も考えてないような間抜け面のれいむが草の上をごろごろ転がったり「ゆ~♪ゆ~♪ゆ~♪」と音程の外れた
歌声を響かせている。
男は心底ほっとしたが心配はまだ完全に取り除かれたわけではない。
れいむはいつものようにきのこの群生地へと歩を進めた。
「ゆっ!?ゆぐっーーーー!!」
突然れいむが大声をあげころころと転がり高速で移動する。昨日男が酔っ払ってケースの中に入れたその異物を発見したのだ。
普通のゆっくりならばこんなには怯えたりしないだろう。だがこれはプチゆっくり。非常に臆病で、そしてデリケートな生き物だ。
石ころの影から顔を少しだけ出し異物を覗き込む。
男がケースのほぼ中央に突き刺したのはどこかのドリンクメーカーがペットボトル飲料におまけでつけた熊だかパンダだか
よくわからないキャップフィギュアだった。
れいむはしばらく震えていたものの、やはりそこはゆっくり、臆病ながらも徐々に好奇心がれいむの心の中で占める割合が
大きくなっていく。
「ゆっくり~、ゆっくり~」
つぶやきながられいむは徐々にフィギュアへと近づいていった。真横まで来ると恐怖半分、興味半分といった感で
フィギュアを眺めたり、裏に回ったり、正面でぷくーっと膨れたりしている。
しばらくそんな行動をした後、フィギュアの横に置かれたきのこを発見し「ゆっ!」と小さく叫び
何かひらめいたかのような表情をしてフィギュアの正面でこう叫んだ。
「ゆっくりゆーゆー!ゆっくりゆーゆー!」
れいむはそう言いながらフィギュアの前で体を伸ばしたり前のめりになったりを繰り返している。
男は例の「ゆっくり辞書」を引いて内容を確認した。
【ゆっくりゆーゆー】
意味:お礼
解説:プチゆっくりが感謝を表現する際に発する言葉です。感謝の度合いが大きい場合は体全体を使って相手に意思を伝えます。
(どういう事だろう。れいむにしてみれば工場で管理されていた時もこんな異物は見たことがあるはずは無い。
そんな異物に向かって「感謝」とは・・・?)
れいむはフィギュアの前でひとしきり叫びをあげると、満足したのだろうかいつものようにきのこを食べに移動してしまった。
その後はいつも通りのゆっくりとしたれいむだった。
その日かられいむは毎朝巣から出てくると、水場へ行く前にフィギュアの前で例の声を出しくねくねと体を動かすのだった。
ある日男が気づくとフィギュアの前にはケース内のどこからか摘んできたのだろうか、小さな花ときのこが1本置かれているのを
発見する。
謎は益々深まる。
「あっ」
男は誰も居ない部屋の中でつい口から声を漏らしてしまった。
偶像とも言えないことも無いこのフィギュア、そしてその前に供えられたとおぼしき供物(のようなもの)
となると・・・
(れいむは以前空腹で死に掛けた時に、俺が自称神様になって助けたこととこのフィギュアを関連付けたのだろうか?)
まさかそんな、と男は思ったがそう考えれば全て合点がゆく。死に掛けた時に聞こえた謎の声、その謎の声に従いきのこを食べ
死を免れた。そして突如として何も無かった場所に出現した謎のオブジェ、その横には自分の命を助けたきのこが数本・・・
(これって宗教の萌芽って奴?)
(ゆっくりが宗教観を持つなんて聞いたことがない。更にはゆっくり如きが神という存在と偶像を紐付けることなど・・・)
とても原始的な宗教的な何かかもしれない。いや、宗教というにはおこがましく単に自分を救ってくれて「何か」に対する
強い感謝の感情がれいむの餡子脳に何か影響を与えたのかもしれない。
あるいはただ単純に、暇をもてあまして何か新しいれいむなりの新しい遊びを見つけたに過ぎないのかもしれない。
れいむの言葉が聞けない以上、確かめる術(すべ)は無かった。
またある日、れいむが人工池で水を飲もうとした時うっかり滑って中に落ちてしまったのを発見した男は
ケースの外に出ている注水チューブを外し息を吹き込んで噴水のようにれいむを吹き上げて助けたのだが、その時もれいむは
「ゆくり!ゆっく!ゆっくりー!ゆーゆー!」
といって空(ケースの上)を見上げながら叫んでいた。
(待てよ、この泣き声は以前も聞いたな。確か「うんうんが止まらない!助けて・・・」いや違うな、そうだ後半の
「ゆっくりゆーゆー」は確か感謝の意だったな、となると、前半の「ゆくり!ゆっく!」は何だろう。よくわからないが
何かに感謝しているのだろう。この場合は助けてやった俺、いやれいむにとっての「自分を助けてくれた存在」なんだろうけど)
池から飛び出したれいむはぶるぶるっと体についた水を払い、そして例のフィギュアのところまでぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ゆっくりゆーゆー!ゆっくりゆーゆー!」
そう叫んでまた体を伸ばしたりくねらせたりして巣へと戻っていった。
やはりそうだ。これではっきりした。このれいむは神のような存在を認識している。
男は自分がケースの中の閉じられた世界に与えてしまった影響が正しかったのかわからないでいる。ゆっくりが神を奉るなんて
聞いたことがない。
ネットで様々な情報を集めては見たがそのどれもが男を満足させるものではなかった。
プチゆっくり愛好家が集う掲示板で訊ねてみたりもしたが、
「そんなの聞いたことありませんね」
「そもそも普通のゆっくりより知能が劣るプチゆっくりがそんなこと」
「そのれいむは単におもちゃで遊んでる感覚なんじゃないんですか?」
そんな返信しかなく男は落胆していた。最後のは荒らしだったので管理者にすぐ削除されたが。
思い切って製造元のメーカーお客様相談室へも問い合わせてみりもしたのだが、
「プチゆっくりはお子様に与える影響や、その他の事情により言葉を喋れなくしており、その影響で知能が発達しておりません。
ですのでそういった高度な思考を得るに至ることはございません。」
などとにべもなくあしらわれた。
(俺の思い過ごしだったのだろうか)
男はなんとも言えないもどかしさとはっきりしないれいむの行動の謎に頭を悩ませていた。
数日後、
諦めきれない男がネットで情報を漁り続けているととあるイベントの告知を見つける。
=プチゆっくりフェスティバル=
楽しげな表情のプチゆっくりのイラストが掲載されていたそのサイトを詳しく見ると、どうやらプチゆっくり愛好家が集う
イベントのようだった。
個人が作ったプチゆっくり用の遊具や飼育キットに接続する改造モジュール、更にはプチゆっくりの同人誌も出品されるらしい。
過去に開催されたレポートを見る限りではそれなりの規模のイベントらしかった。
「ゆっくりコスプレ写真集に掲載されていた巨大ゆっくりの着ぐるみから手足や頭が出ている噴飯物の写真や、
こいつ単に憎たらしいブサイクってだけじゃないかと突っ込みたくなるような女性の写真などを見て男は少なからずともわくわくしていた。
そしてイベント当日
昼を回った頃、男の両手には既に大量の荷物が抱えられていた。
プチゆっくり用滑り台、ブランコ、ハンモック、補助栄養液、中古の連結用管理モジュール、降雪アダプタ、中古のケース、
同人誌(非エロ)・・・そして企業ブースで購入したプチゆっくりまりさパック
男は飼ったものを全て車に積み込み一息ついた。これだけあれば更に充実したプチゆっくりライフが送れるだろう。
そんな男の視界に妙な物がはいってきた。
会場の駐車場の脇にフードを深く被った小柄な奴が何かをテーブルの上に並べている。男は興味本位で近づいていく。
テーブルの上に並べられているのはラベルも何もついていない瓶。
「何ですか、これ」
男はフードの男(女?)に質問した。
「プチゆっくり飼ってるの?」
声の様子から若い女、いや少女のようだった。よく見るとフード付パーカーの下はスカートだった。
「ああ、最近飼い始めたんだけどね」
謎の少女は「ふうん」と言いながらフードの下からこっちをちらっと見た。美しい顔と赤い目。男は一瞬どきっとした。
「この瓶に入ってるのは、プチゆっくりの知能を高める薬。運が良ければ普通に会話ができるようになるかも。」
謎の少女はそういって電卓を叩くと男に突きつけてきた。
「1本の値段。買う?買わない?」
電卓に表示された金額はそれほど高くはなかったが、素性の分からない怪しげな液体を買うには少し勇気が要る額だった。
「5本買うから少しまけてくれないかな」
男の発言に少女の被っていたフードの上が一瞬ぴくりと動いたが落ち着いた口調で少女は言った。
再び電卓を叩きなおし、男にそれを見せる。男はうなずく。
「商談成立ね。プチゆっくりに与える水に混ぜなさい。1日あたり小さじ半分程度。10日もすれば効果は出てくるはず。」
男は大2枚をフードの少女に渡すと謎の瓶5本を受け取った。なぜだろう、少女の目を見ていたら急にこの液体は本物だという
気がしてきた。フードの少女は男からもぎ取るようにして奪った2枚の札を確かめながら小さくぴょんぴょん跳ねていた。
「あ、あの、ところでこの液体はどこから・・・」
男が跳ねてる少女に聞くと、動きをぴたっと止めた少女が男の方をちらりと見ていい放つ。
「あまり詮索しない方がいい。知らない方がいいことも世の中にはたくさんある」
少女の赤く光る目を見た男はそれ以上聞くことは無かった。そしてそのまま寄り道もせず帰宅した。
家に到着するや否や男はたった今買ってきた物をどさっと床に置き、すぐさま例の瓶の液体を注水用のタンクに混ぜいれる。
男はあの少女が言っていた
「運が良ければ普通に会話ができるようになるかも」
という台詞を思い出していた。れいむのおしゃべりが聞きたい。
れいむの声が聞ければあの謎の行動の意味もわかるかも。
その夢が叶うかもしれない。そんな淡い期待を胸に男は帰路をとついた。
その2へ続く
久しぶりのSSでした。
と言うかだいぶ前に書いたのをサルベージしただけなんですけどね。
よろしければ感想をお聞かせください。
トップページに戻る
このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- seでまともに給料が貰える時代か… -- 2016-01-21 19:37:26
- もうほぼ7年だよww -- 2015-12-25 21:11:49
- もうすぐ6年w
楽しみだな! -- 2014-12-31 17:44:09
- 5年かw だが待ち続けるの良いな -- 2014-10-04 23:11:18
- 4年目w -- 2013-05-24 21:27:41
- わくわくしてきたぞ。 -- 2012-05-03 23:59:17
- 我々は三年待ったのだ! -- 2012-04-08 14:56:18
- 最初は虐待目的だったのにすっかり癒されてるw
でもこのプチゆっくりだったらそれもわかるな -- 2012-03-25 20:58:20
- 続きないのか……残念だ……
-- 2011-04-16 00:12:37
- いや、すごく面白かった
続きさんは作者さんの自由だからね
ゆっくりしていってね -- 2010-11-30 10:09:19
- 純粋なゆっくりはいいな。そこら辺のクソゴミ饅頭とは雲泥の差だ -- 2010-06-23 22:05:54
- こういう観察系は心躍るな -- 2010-05-05 17:26:29
- 続きが気になるぅうううう -- 2010-03-05 16:55:58
- 観察系のSS好きだからすごくゆっくりできたよ!
続きさんはまだなのぉぉぉ!? -- 2009-11-24 01:27:19
最終更新:2009年10月27日 15:47