ふたば系ゆっくりいじめ 426 戻らずの丘

戻らずの丘 33KB



 戻らずの丘



まだ多く自然が残されている幻想境。その中でも奥深い森を抜けた最果ての土地。
人里離れた其処には野生動物や妖精、妖怪に混じって、数多くの饅頭たちも生息していました。
彼らは日々、泣いたり笑ったり、死んだり生まれたりして過ごしながら今も其処で暮らしています。

無謀な所の在るけど、勇敢で運動神経のいいまりさと気立てが良くてしっかり者のれいむ。
子供の頃から一緒だった幼馴染の二匹は、成長すると当り前のように番になりました。
二匹のおちびちゃんに恵まれ、今まで住んでいた巣穴が手狭になった一家が引っ越したのは、
小高い丘の麓にある巣穴の一つです。
取れる餌は少ないけれども、外敵が少なく、周囲には何家族ものゆっくりが住んでいます。
今まで住んでいた草原で食べ物が取れなくなったのもあり、友だちのありすの伝手を頼って此の土地に引っ越してきたのです。
風雨を凌げるしっかりとした巣穴が空いていたのも、幸先の良い事でした。

「むきゅ、わたしが群れの長のぱちゅりーよ」
「れいむはれいむだよ!」
「まりさはまりさだよ!ゆっくりしていってね!ぱちゅりー!」
二匹を値踏みするように見つめていたぱちゅりーの(ゆっくりにしては)鋭い視線がふっと緩みました。
「むきゅきゅ。ありすの話していた通り二匹とも元気ね」
「ゆっ?ありすがなにかいってたの?」
「むきゅっ、なんでもないわ」
れいむの無邪気な問いにぱちゅりーは顔を綻ばせ、改めて二匹に向きなおりました。
二匹とも善良なゆっくりのようです。仲間に入れても問題ないでしょう。
「いいわ。貴方達を此の群れに迎え入れます。二匹とも末永くゆっくりしていってね」
「ありがとう ぱちゅりー!ゆっくりしていってね!」

「そうそう、あなた達を群れの仲間に迎え入れる前に一つだけ言い渡して置く事があるわ」
ぱちゅりーは真剣な顔になって二匹を見つめました。
「丘はとても危険よ。食べ物がないとか、子供が迷子になったとか、如何しても入る理由がなければ行ってはだめよ」
「ゆっ?どうして?」
剥き出しの表土に雑草が疎らに生えた大して餌のなさそうな丘です。
頂には、何やら赤い草が生えており、一見、火を吹いているようにも見えます。
見るからにゆっくりとしてない丘陵でした。
行くなと云われなくても行く心算は在りませんが、一応、理由を尋ねてみました。
ぱちゅりーは暗い瞳で二匹を見つめると、丘の上に棲む恐ろしいゆっくりに着いて話し始めました。

ぱちゅりーの話では、丘陵の頂には、元々、どすまりさとその仲間が住んでいたらしいのですが、
ある日を境に一匹残らず姿を消してしまいました。噂では恐ろしい妖怪に食べられたそうです。

今、火吹き丘の頂に住んでいるのは、とても大きな『ゆうか』とその番のめーりんです。
『ゆうか』は、とても強くて恐ろしい事で知られていましたが、同時に凄い欲張りで有名でした。
丘陵の上の方を全部、自分の縄張りだと宣言して他のゆっくり一匹近づけようとしません。
丘陵に棲もうとしたゆっくりは大勢いましたが、皆『ゆうか』に食べられてしまったのです。
お帽子の素敵なまりさに率いられた三十匹の勇敢なゆっくりの遠征隊が消息を経ってから、
『ゆうか』の縄張りに近づこうという無謀なゆっくりはいなくなりました。


ぱちゅりーの説明を聞いて、れいむは血の気の引いた顔で震え上がりました。
ゆっくりぷれいすは全てのゆっくりが等しく分け合うものなのに、独り占めしてるなんて
何と恐ろしくゆっくりできない考えの『ゆうか』でしょう。
元々ゆうかと云うのはゆっくりしてない個体が多いのですが、そんなゆっくりしてないゆうかは初めてです。
れいむは、何時も何処か無鉄砲な所の在る番のまりさを心配そうに見つめました。
「だいじょうぶだよ!おかにはのぼらないよ!」
まりさが苦笑しながら約束すると、れいむは笑顔を浮かべ、ぱちゅりーも頷きました。


周囲には薄暗い夜の帳が落ちています。一家は新しいおうちでゆっくりしていました。
昼間、新しい友達と遊びまわっていた二匹のおちびちゃんは、疲れ果てて安らかな寝息を立てています。
「ゆふふ、いいところがみつかってよかったねー。まりさ」
「ここならあめさんもはいってこないし、どうぶつさんやれみりゃもいないし、すごくゆっくりできるね」
新しく入った群れには意地悪なゆっくりも少しはいましたが、殆どはゆっくりした優しい性格のゆっくりたちです。
二匹も上手く群れに馴染んでいけるでしょう。
互いにもたれ掛かっていた二匹の視線が交差しました。
「そろそろあのこたちにもいもうとがほしいね。れいむ」
「ゆゆっ……まりさ」
まりさの熱い眼差しを受けてれいむの頬が赤く染まっていきます。
「……まりさ」
「……れいむ」
「すーりすー≪ゆっくりの交尾シーンなんて誰得なので省きます≫
「「どぼぢでぇええ?!!」」





二匹は急速に新しい環境に適応していきました。
やがて季節も巡り、春が終わり、夏が過ぎて、いまや秋も半ば。
秋は、長く厳しい冬の到来を告げる兆しで在ると同時に実りの季節。
冬越えの為、どのゆっくりも必死になって餌集めに奔走します。
食べ物の豊富な場所は既に他のゆっくりの縄張りになっていますが、他の場所でも餌は取れます。
これ以上ないほど順風満帆のゆん生を歩んでいるまりさも、毎日、張り切って餌を集めていました。
「ゆっ!ゆっ!」
「せいがでるわね。まりさ」
「ゆんっ!ありす!ゆっくりしていってね!」
虫さんを追いかけていたまりさに話し掛けて来たのは、おしゃれな青色カチューシャのありす。
れいむとまりさの年来の友人です。まりさは満面の笑みでありすに話しかけました。
「ゆっ、まりさはおちびちゃんがうまれたんだよ!いっかのだいこくばしらだからがんばるよ!」
「うふふ、とかいはなありすはそれくらいしってるわ」
ありすは、集めたご飯を大きな葉っぱに包んで運んでいました。
まりさに視線に気づいたありすは微笑んで葉っぱを前に出しました。
「ゆっくりしたおちびちゃんたちのうまれたまりさにおすそわけよ」
「ゆっ、こんなにいいの?」
ありすのくれた食糧は、相当な量でした。まりさは驚いてありすを見つめました。
まりさも一生懸命集めまていましたが、蓄えた食糧は冬を越えるにはやや不安が在りました。
「すごいよありす!どこでこんなにとってきたの?」
「ありすはあなばをしってるのよ。うふふっ」
まりさの問いかけに、ありすは何処か自慢げに体を反らせました。
「じつはおかでとってきたの」
「ゆゆっ!ありす!おかにはのぼっちゃいけないんだよ!」
驚き嗜めるまりさの言葉に、ありすは事も無げに返しました。
「だいじょうぶよ、『ゆうか』はなわばりにふみこまなければおそってこないわ」
「そんなのわかんないよ!もしかしたら……」
「『ゆうか』はやたらとゆっくりをおそうわけではないよ。
 たべるのはじぶんのなわばりにはいったいなかもののゆっくりだけなの。
 ふもとのゆっくりはそれをしっているから、おそわれないのよ」
「ゆゆっ、そうなの?」
まりさは目を丸くしました。
「ありすはいままでなんどもおかへいったけど、いちどもあぶないめにあったことはないわ」
まりさは少し迷ってから、胸を逸らしているありすに駄目元でお願いします。
「ゆぅう、ありす……まりさにもそのあなばをおしえてくれない」
ありすは少し迷いました。
餌の豊富な穴場を独占したいのではなく、危険な場所を教えていいものかどうか迷ったのです。
ですが、まりさは若くとも優秀な個体でした。
(だいじょうぶよね……まりさならやくそくごとはまもれるわよね)
「あのまつのきからおかをのぼっていくとちいさなかわさんがあるわ。
 かわからみぎにまがってすすむとおおきないわがみえるの。
 てんぐさんににているいわだから、ひとめでわかるわ。そのあたりがとてもたくさんのごはんがあるのよ」
「ゆっと……かわさんがあって、みぎにいって、いわさんがあるんだね。ゆっくりわかったよ!」
まりさはありすの説明を一度で飲み込みました。どうやらそこそこ頭の出来もいいようです。
「ただし、まりさ。ぜったいにてんぐいわのさきからむこうにいってはだめよ」
まりさを見つめるありすの目は真剣でした。
「ゆゆゆうう?」
「そこは『ゆうか』のなわばりだからね。みつかったらずっとゆっくりできなくされてしまうわ」
そういってありすは微かに体を震わせました。


次の日の早朝、さっそくまりさは丘を昇りました。
丘は中々に入り組んだ地形でしたが、ありすに教えて貰った道筋をそのまま辿った為、迷う事は在りません。
やがて教わった通り、天狗にそっくりな大岩が見えてきました。
「ゆわあああ」
まりさは目を輝かせました。初秋にも関わらず天狗岩の周辺には青々とした草原が広がっています。
陽気な黒帽子の饅頭はぽんぽん跳ね飛びながら草原に飛び込んでいきます。
「てんぐいわのこっちがわならだいじょうぶだよね。
 まりさはゆうかのなわばりにはいったわけじゃないもんね」
餌は幾らでも取れました。
自然が豊富な草原ですが、他のゆっくりたちや捕食種、動物さえも『ゆうか』を恐れて近づきません。
忽ち、帽子が美味しそうなご飯で満杯になりました。
「ゆんゆゆ~ん!!」
満面笑顔のまりさが心躍らせながら帰巣しようとした丁度その時です。
まりさの耳に細々と話し声が聞こえてきました。丁度、岩の向こう側です。

まりさが恐る恐る岩の陰から覗き込んでみると、
小川の畔に二匹のゆっくりが頬を並べて美味しそうなものを食べていました。
ゆうかとめーりん。
あれが『ゆうか』なのでしょうか?
思っていたより小柄で、噂で聞いていたほど強そうではありません。
二匹とも普通のゆっくりより幾らか大きく、綺麗な花を髪飾りにしています。
二匹が食べているのは見るからに美味しそうな青々とした若葉に丸々太った虫。茸、木の実、グミの実に野苺。
丸々と太った串刺しの栗鼠さんに、クリーム色や黒色のあまあままで沢山在りました。
一人分でゆっくり一家の十日分、いや一ヶ月の食糧になるでしょう。大変な御馳走です。
涎を垂らして見つめているまりさにも気づかず、二匹は次々と御馳走を平らげていきます。
量も豊富なそれを食べ終わると、満足そうに口の周りの欠片を舐めとります。
御馳走様でした。
「じゃおおん」
ですが、葉っぱの上にはまだ相当な食べ物が残っていました。
「ちょっと余ったわね」
「じゃお?」
「そうね」
ゆうかは少し考えてから、
「変に残してゆっくりが寄ってくるのも嫌だから、始末しましょう」
「ゆっゆううぅう?」
まりさは驚きに大きく目を瞠りました。
二匹は、草原から少し降った所に在る小川に美味しそうな虫や木の実を次々と放り込みます。
「じゃお~ん」
「片付け終了と」
惜しげもなく食べ物を捨ててから、二匹は草原に寝転びます。
ゆうかが口に咥えた枝でめーりんの赤い髪を優しく梳っていきます。
「じゃおお、じゃお、じゃおん」
めーりんがうっとりと眼を細めています。
「かぶと虫の幼虫にあまあまを食べさせたものも美味しいのよ。夏が来たら作ってあげる」
「じゃお!」
かぶと虫さんの幼虫のあまあま詰め。そんな料理、まりさには想像も出来ません。
まりさは自分が集めた帽子の中の食べ物を見つめました。
沢山の美味しそうな葉っぱや若草。ばったさん、子ゆっくりたちの大好物であるどんぐり。
張り切って集めたそれが、急にみすぼらしく見えました。
先ほどまであれほど心弾んでいたと云うのに、今は何故か巣へ戻るのに気が進みません。
二匹の視線に見つかるのを恐れるように、まりさは岩影でそっと身を翻すとトボトボ家へと引き返して行きました。



その夜。
「ゆわああ、すごいごちしょうじゃね。おちょーしゃん」
「おちょーしゃん、しゅごいいい!!!」
夢にも見た事のないようなご馳走を目の前に
子供たちが目を輝かせてまりさを褒め称えます。
思わず漏らしたうれちーちーがおうちの床を黒く濡らしていきます。

「きょうはたいりょうだね!さすがまりさだよ!」
愛するれいむの賞賛の声も右から左に、まりさは先ほどからため息ばかり。
折角の御馳走だと云うのに、先ほどから殆ど口にしていません。
れいむは心配になってまりさに訊ねました。
「まりさ、どうしたの?しんぱいごとでもあるの?
れいむは頭の出来はそれほどでも在りませんが、とても善良で心優しい性格をしていました。
「ねぇ、れいむ。れいむはいまのせいかつにまんぞくしている?」
「……ゆっ?」
れいむには、まりさの質問の意図が分かりません。それでも正直に答えました。
「れいむはまんぞくしているよ。
 かりのうまくてやさしいまりさとかわいいちびちゃんたちにかこまれてすごくゆっくりしているよ。
 れいむたちみたいにゆっくりしているゆっくりはしらないよ」
ですが、まりさの顔色は晴れません。
「ゆぅ……まりさもゆっくりしているよね?」
恐る恐る訊ねたれいむの問いかけにまりさが口を動かして何か呟きました。
「まりさはまんぞくしてないよ」
まりさの返答はとても小さくて、れいむの耳には届きませんでした。


それからまりさは、連日、天狗岩の周辺で狩りをするようになりました。
沢山の食べ物が取れ、群れでも尊敬の眼差しを向けられるようになった頃、
一家の巣穴にぱちゅりーが訪ねてきました。

「ゆふふぅ~!きょうもごちしょうさんだじぇ~」
「ゆっ!いっぱいたべるよ!むーしゃ、むーしゃ!」
保存用の乾燥した葉っぱや木の実まで食べてる子ゆっくりたちをれいむが慌てて制止します。
「おちびちゃんたち!それはたべちゃだめだよ!!もうすぐふゆさんがくるんだよ!」
「まりしゃはおなかすいてるんだじぇ!もっちょたべたいんだじぇ!」
「れいみゅもおにゃかしゅいちゃよ!いじわりゅしないでにぇ!」
此処の所、好き放題に食べ物を与えられていた為に子供たちは我慢が効かなくなっていました。
「いじわるじゃないよ!おちびちゃんたち!いまごはんさんをせつやくしないとふゆにゆっくりできなくなるんだよ!」
子供を叱るれいむにまりさが口を挟みます。
「だいじょうぶだぜ。たくさんたべておおきくなるんだぜ。おちびちゃんたち」
「ゆっ!ゆっ!おとーしゃん、だいしゅきー!」
「ゆわあぁ!まりしゃたべるじょー!」
れいむは鼻息も荒く、まりさを諌めます。
「だめだよ!まりさ。あれはふゆごもりのためのごはんだよ」
「まりさはあなばをみつけたんだぜ。
 もうれいむにごはんさんのやりくりでくろうかけることもないんだぜ」
普段は滅多に使わないだぜ言葉で、まりさは断言します。
まりさが何か不安を抱え、敢えて強がっているのがれいむには分かりました。
でも、れいむは口出ししません。まりさには、きっと考えがあるでしょうから。
ただ愛しい番の傍らにそっと寄り添うとすーりすーりしてると、巣の入り口にすっと円形の影が差しました。
「むきゅ、まりさ」
「ゆっ?ぱちゅりー」
ぱちゅりーは少し険しい顔でまりさを見つめています。
「さいきんたくさんのえさをとってきているみたいだけど……おかへいってるのね」
「……ゆ!」
まりさはぎくりと体を竦ませました。れいむが顔色を変えます。
「おかに?おかにいってるの?まりさ」
長はまりさの顔色と態度から質問の答えを知りました。
「その事については責めないわ。
 きっとありすに教わったのでしょう。本当にあの子ったら」
溜息を洩らしたぱちゅりーは、すっと目を細めてまりさを見つめました。
「まさかてんぐいわのむこうにはいってないわよね?」
「ゆっ、いってないよ!」
それは真実でした。まりさが餌を取るのは必ず天狗岩の麓側。
天狗岩の頂の方には踏み込んでいません。
花や若葉が生い茂る麓側だけで一家を養うのに十分な食料が取れるのです。
「そう、ならいいのだけど。あそこは本当に危険なの。もう何匹も仲間がいなくなっているのよ」
口を酸っぱくして云うぱちゅりーに、まりさは申し訳なく思って瞳を伏せました。
「ゆっ、しんぱいかけてごめんね。ぱちゅりー。
 もうすこししょくりょうをあつめたら、まりさはゆっくりかぞくとすごすよ」
「ええ、それがいいわ」


そろそろ秋が終わりを告げ、冬の気配が間近に迫ったその日。
まりさは最後の餌取りに出ました。
「ゆぅ、まりさ。きょうもいくの?
 もうじゅうぶんごはんさんはたまったよ?きょうくらいはゆっくりしようよ」
巣穴の前で引き止めるれいむに、まりさはキリッとした眼差しで告げます。
「まりさはね。れいむとおちびちゃんにもっともっとおいしいものをたべさせてあげたいよ。
 ひろいすあなもみつけてゆっくりさせてあげたいよ。そのためにはいまよりもっともっとえさをとらないとだめなんだよ」
「ゆぅう、れいむはそんなまりさのきもちだけでもうれしいよ」
れいむはまりさにすりすりしますが、まりさの目には決意の光が宿っていました。
「いってくるよ」
後ろ姿を見送るれいむの瞳には憂慮の色が浮かんでいました。



その日もまりさの狩りは順調。とても沢山のご飯が取れました。
太った虫さんや柔らかな若葉さん、美味しそうな茎さん、蜜の在るお花さん、木の実さんでまりさの帽子は完全に満杯。
帽子をしっかりと被りなおして巣へ帰ろうとした時、草原にざあっと強い風が吹きました。
ゆっ?
目の前を花弁が流れていきました。
まりさを誘うように一枚の花弁が大気を戦ぎながら、岩の頂へと登っていきます。

何かに誘われるように、まりさは何気なく岩の上に昇ってみました。
「ゆわぁああ」
まりさは目を見開いて感嘆の叫びを洩らしました。


天狗岩の向こう側では、見渡す限り一面の草原が海原のように風にさざめいていました。
赤みを帯びた無数のススキが風に揺れています。
麓から見た時はあんなに不気味に見えた紅が、高所から睥睨するとまるで炎が揺らめいているように美しい光景でした。
草原の中央には、色取り取りの花に囲まれて幾種類もの矮樹が並んでいました。
何本かの木々に実った色鮮やかな黄色の果実がまりさの目を引きました。
秋も終りなのに美味しそうに熟した大粒の果実。
色も濃くて遠目にもとても美味しそうな果実でした。
彫像のように固まったまりさの脳裏にれいむやおちびちゃんたちの喜ぶ顔が浮かびました。
少し深呼吸してからまりさは周囲を見回します。誰もいません。

ほんの少しだけ向こう側に出るだけです。直ぐに戻ればきっとだいじょうぶです。

そろーり、そろーり。そろーり……そろーり

出来る限り静かに、一歩一歩慎重にまりさは進んでいきます。
徐々に矮樹の木立が近づいてきました。
人間が見れば、誰かの手入れしている花壇と果樹園と分かったでしょう。
背の低いまりさでも果実に届くように、枝の下にはきちんと盛り土がされていました。
まりさは土を登って、果実へと体をのーびのーびさせました。
「ゆぅうう、あとちょっとだよ」
まりさが果実を口に咥えたその瞬間、
「じゃお」
何時の間にいたのでしょう。
険しい表情をしためーりんがすぐ目の前でまりさを睨みつけていました。
まりさは雷光に打たれたように体をびくっと痙攣させました。
一瞬凍り付き、慌てて逃げ出そうとして体を翻した瞬間「じゃおらぁッ!!!!」ずどん!
めーりんは凄まじい速さの尻蹴りをまりさに喰らわせました。
鋭く切り裂くような衝撃がまりさの体を貫きました。
「ゆべぇえええええ!!」


まりさの体が歪みながらころんころんと土の上を三メートルも転がっていきます。
「ゆあっ……」
(こ、ころされる。いやだよ!こんなところでしにたくないよ)
起き上がろうと懸命にあがくまりさですが、打撃の衝撃で視界はぐにゃぐにゃで動けません。
空しくもがいているうちに、気づくと別のゆっくりがまりさの動きを封じるように上に圧し掛かってきました。


淡い光がたゆたう碧の瞳を面白そうに細め、そのゆっくりがまりさの耳元で囁きます。
「んふふ、やっぱり来たんだ」
『ゆうか』でした。
「ゆっ!?ゆゆ?ゆわぁあああっ!!ゆ、『ゆうか』だぁあああ!!!」
「まぁ、思慮のなさそうな顔していたからね。一発で分かったよ。
 貴方たちゆっくりって、こと食べ物に関しては理性が働かないからね。ふふふ」
『ゆうか』の言葉遣いは、明らかにまりさや同類が使う単語の類とは語彙が違いました。
違う。実際に接してみると、普通のゆっくりとは纏ってる雰囲気がまるで違う。
強く激しく、そして得体の知れない恐怖がまりさの背筋を走り抜けます。震えが止まりません。
ゆっくりしているゆっくりとして生まれ育ってきたまりさの本能が全力で警告を発していました。
ゆっくりしてない『ゆうか』の精神の在り様に、まりさの魂が激しい嫌悪と拒否反応を起こしているのです。


「ゆあ、ゆがっ、いじゃい!いじゃいよ!ゆっぎゃあああああ」
まりさはもがきましたが体が全然動きません。
まるで岩の下敷きになったように、まりさの全身の餡子が強烈な圧力に押し潰されそうです。
とんでもない力でした。子供の頃、れみりゃに抑え込まれた時でさえ、此れほど強くは在りませんでした。
ゆうかの大きさは普通のゆうか種より一回り大きい程度でしたが、鍛え方が全然違いました。

「ゆわああああ!にがじでえええ!ゆるじでえええ!」

まりさはお尻をぶりんぶりんと振りながら必死で叫びますが、折角捕まえた獲物を放してくれる筈ありません。
自然界は弱肉強食。『ゆうか』とめーりんも食べなければ餓えて死んでしまいます。

それに『ゆうか』とめーりんは基本的に他のゆっくりが大嫌いでした。
特に自分たちの縄張りと知りながら入ってくる無神経なゆっくりには容赦しません。
二匹とも此処まで強く大きくなるまでは、散々、他のゆっくりたちに虐められてきたのですから。


ゆうう、まりさの顔に餡子が昇り、口の端から中身が漏れ出しました。
体の餡子を吐かないようまりさは必死で歯を食いしばります。
まりさの顔が真っ赤に染まります。割れ鐘が鳴るようにまりさの頭ががんがんと痛みます。
いよいよ黒い餡子を撒き散らしての無様な破裂まで後一歩。
読者様の待ちかねているその瞬間が近づいてきます。そこでふっと圧力が弱まりました。

『ゆうか』がまりさの耳元で囁きます。
「まりさ。貴方は私の縄張りに入り込んだ。どうなるかは知ってるわね?」
「ゆっ、ゆるじでぐだざいいいい」

「ふむ。言い訳が在るなら聞きましょう」
『ゆうか』は思っていたより優しい顔をしていました。
理知的な喋り方。まりさを問いただす声も柔らかいです。
まりさは必死に説明します。
「……れ、れいむはかわいくでやざじぐで まりざは、まりざはあ、がわいいあがぢゃんどおちびちゃんに……」
何処にでもいる埒もないゆっくり一家の家庭事情でしたが、二匹は黙ってまりさの話に耳を傾けます。
未だ得体の知れない嫌悪感と恐怖がまりさの肌に纏わりつき皮膚を泡立たせていましたが、所詮はゆっくりの悲しさ。
己が本能の警告を分析するような知性は在りません。
もしかしたら助かるかも知れない。
まりさがそんな淡い希望を抱いた時に『ゆうか』が頷きました。

「事情は分かったわ。でも、だからといって盗人を許す事は出来ない」
「じゃお」
「ぞんなああ」
軽く目を細めて涙目の捕虜を見つめると、ゆうかはまりさの方に身を乗り出しました。
「だけど、貴方は善良なゆっくりのようだし反省しているみたい。だからチャンスを与えてみようと思う」
まりさは涙に濡れた綺麗な瞳で、ゆうかを見上げました。
「ゆぅ……ちゃんす?」
「此の丘の頂には、大きなブナの木が在るの。見える?あれよ」
ゆうかの視線の先、確かに大きな樹木の影が見えました。

「今から貴方は逃げる。私たちは貴方を追いかける。
 貴方は追跡を振り切って、丘の頂へ辿り着かなければならない。
 私達より先に辿り着いたら助けてあげる。
 どう。やってみる?」
事此処に至ってゆうかの提案を断れば、この場で殺されるだけです。まりさは頷きました。


まりさの命を賭けた死の遊戯が始まります。
「では、行きなさい」
まりさを放すと、ゆうかはすっと距離を取りました。
「私はしばらく後から追いかける。出来るだけ急ぐことね。まりさ」
まりさはよたよたと飛び跳ね、丘陵を真っ直ぐに登り始めました。

まりさの後ろ姿を見送った二匹は、視線を交わしてにんまりと妖しい笑みを浮かべます。
二匹は百匹以上のゆっくりとこの賭けをしましたが、生き残ったゆっくりは一匹もいないのです。


あそこへ
あそこへたどりつけば
まりさは帰る。まりさはきっと帰るからね。れいむ。おちびちゃんたち。

「さぁ、どこかしら?」
まりさの後ろの方で『ゆうか』の声がします。
「ゆわあああああ!?」
まだ随分と遠いのですが、まりさはすぐ後ろに『ゆうか』がいるようで気が気でなりません。
必死で飛び跳ね続けましたが、しばらく走った所でぴたりと足が止まります。

「なにこれぇええ!?」
道の途中、鋭い石がびっしりと敷き詰められていました。
特に三角錐の小岩や薄い刃型の黒曜石などは、下手すれば人間さんの靴底でさえ突き破りそうな鋭さです。
「ゆっ、これじゃすすめないよぉ」
弱気になったまりさは呟きます。
実際、此れは大勢のゆっくりを少数で迎え撃つにも有効な仕掛けです。
此れまでも、落ち葉や枯れ枝などで擬装された此の回廊で何百ものゆっくりが命を落としています。
誤まって踏み込めば、どすでさえ足が破けてしまうであろう必殺の罠なのです。

まりさ一匹では、どうしようもありません。
ですが後ろからはどんどん『ゆうか』が迫ってきています。
迷っている暇はありません。不慣れな丘陵で迂回しても、頂へ行けるとも限らないのです。
此処で選択肢を間違えれば、確実に14へ行くしかありません。
まりさは意を決しました。比較的、石の鋭くない場所へ向かって思いきりぽよんと飛びます。
じゅぎゅ。
着地と同時に鋭い石がまりさの足に食い込みます。
顔は強張り、歯を食い縛り、涎と涙が吹き出ています。
今まで味わった事もないような電撃のような痛みがまりさの足を貫きます。
「ゆぎゃあああ!いじゃいいいい!!!」
まりさは涎を垂らして泣き叫びました。
痛みを孕んだその叫びが、また『ゆうか』に獲物の位置を知らせてくれます。
「ひっぐ、ゆっぐ、ゆぅううう」
まりさは意を決して飛び続けます。その度に、底部に石が突き刺さりました。
「ゆがああ、いじゃ、いじゃひいい!」
底部が小さく裂けました。石が餡子に黒く濡れています。
「ゆびぃいいい!!ゆぴぃいい!!ゆんやぁああ!!いじゃいよぉおおお!!」
痛みをこらえて、まりさは七度飛び跳ねました。
「ゆぎ、ゆぎぎぎぎ」歯を食いしばります。
もう一度飛べば、石の回廊を抜けられるでしょう。
「まっででね。でいぶ。おぢびしゃん。まりじゃ、がんばるからねっ!ゆんがあああっ!」

まりさは頑張りました。ついに石の回廊を抜けました。
ゆっふぅー、ゆふっー、ゆふっー。荒い呼吸を繰り返しながら、まりさは地面の上に転がります。
足は真っ赤に腫れ上がっています。
飼いに比べれば強靭な野生の底部とは言え、所詮は饅頭。
元々、固い所を移動するのには向いていないなまものなのです。

『ゆうか』がやってきました。石の回廊の前で立ち止まりました。
まりさと視線が合います。にたりと笑うと『ゆうか』は石の回廊へ踏み込みました。
まりさの背筋を冷たいものが走り抜けました。
「どぼちでええええ???!!!」
『ゆうか』は石の道を平然と渡ってきます。
『ゆうか』の皮はとても分厚く、堅く鍛えられ、石の配置も知り抜いている為、一番安全な場所を渡れるのです。
「急がないと追いつくわよ。まりさ」
『ゆうか』の冷たくハスキーな声が耳を打ちます。
「ゆべべべべべっ!」まりさが慌ててぶりぶりんと身を起こしました。
もう形振り構っていられません。
山道の所々に在る鋭く尖った石を踏み抜きながらも、必死で頂上を目指します。
「ゆっがっ、ゆぎっ!ゆぐう……で、でいむううう!!おぢびじゃぁあん!!!」


れいむは嫌な予感がしました。
何時もなら帰って来る夕刻の頃あいを過ぎても、一向にまりさが帰ってこないのです。
「どうしよう、ぱちゅりー。まりさがかえってこないの」
長の所には数匹のゆっくりたちが集まっていました。どのゆっくりも憂慮を顔に浮かべています。
「れいむ、まりさはおかのうえにかりにいったのね?」
ぱちゅりーはれいむに確認します。
「ゆっ?でもてんぐいわはこえてないよ!」
れいむも群れの仲間から『ゆうか』の恐ろしさは聞いています。
「ほんとうにそうだといいのだけれど……」
ぱちゅりーの懸念をれいむは聞いてないようでした。
何かを決意した顔で、きっとぱちゅりーに向きなおります。
れいむはまりさをさがしにいくよっ。だからぱちゅりーにれいむのおちびちゃんたちをあずかってほしいよっ。
「むきゅ、だめよ、もうゆうがたわ。いまからおかをのぼっていたら、よるになってしまう。
 あしたになったらおかまでさがしにいきましょう。ぱちぇもいっしょにいくわ」


『ゆうか』はもう追いついてきました。
一般にゆうか種は少し足が遅い筈なのに、『ゆうか』はまりさよりずっとはやく跳ねます。
「……ゆっがっ、ゆっぎ、ゆふうう」
まりさはさっきから跳ねっ放しです。少しでも足を休めるとすぐ背中に『ゆうか』の息がかかるのです。
彼方此方に突きだした枝や根でピシパシと顔を打った為、体中が痣だらけで真っ赤に腫れあがっています。
涙を流している眼は血走っており、呼吸は苦しそうで口の端から小さく泡を吹いていました。
飛ぶ度に、鈍く重たい痛みが下半身を中心に暴れまわります。
いつしかまむまむはだらしなく開ききって、失禁したちーちーが地面を点々と濡らしていました。
もう足元さえ碌に見えない暗い夜道を月だけが照らす中、小さな影がぽよんぽよんと必死になって跳ねていきます。
「で……でいぶ……でいぶっ、でいぶっ!でいぶっ!でいぶぅっ!でいぶぅううう!!!!」
瞬きする度、まりさの脳裏には愛しいれいむとおちびちゃんたちの姿が浮かんでいます。
まりさの身体はとっくに限界を超えています。
意識も朦朧として、心も体も張り裂けそうなまりさを細い一本の意志の糸だけが支えていました。
もう一度、家族に会うんだという一縷の希望。闇の中に指す家族と云う一筋の光。
それだけがまりさの支えであり、まりさの願いでした。
後方で『ゆうか』が立ち止まりました。
何故かはわかりません。ですが距離を開く千載一遇のチャンスです。
まりさはラストスパートをかけました。

もう少しだ。逃げきればまたでいぶに会える。もうちょっとだ。
びたっとまりさの足が止まりました。
「……ゆぅううう」
道のもう少し先に大きなブナの木が生えていました。『ゆうか』の云った立派なブナの木です。
なのに黒帽子のゆっくりは震えています。冷や汗がぶわっと体中に吹きだして来ました。
ゴール目前だと云うのに動けません。目の前には無数の飾りが落ちていました。
帽子、リボン、カチューシャ、帽子、帽子、帽子、リボン、リボン、リボン……
大きなもの、小さなもの、古いもの、新しいもの、壊れたもの、綺麗なもの、赤、青、緑、紫、黄、橙……
その数は千以上。全てゆっくりの飾りです。その全てからゆっくりにしか感知できない瘴気。
死臭が立ち上っていました。
死臭の凄まじさから、持主のゆっくりたちが特に絶望し、恐怖し、惨たらしく苦しんで死んでいったのが窺えます。
小さい哀れな円形の饅頭生物は、激しく震え上がり、竦みあがっていました。
まりさの目には目の前の空間が死ゆっくりたちの怨念と憎悪、憤怒、恐怖の感情に歪んで見えました。
その小さな心は、途方もない恐怖と圧迫感に今にも押し潰されそう。
その躰は、破裂しそうなほど緊張し、全身から冷たい嫌な汗が変な液体のようにどばどばと流れ出ています。
やだ。恐いよ。行きたくない。進みたくないよ。どうしてまりさがこんな怖い目に合わなきゃならないの?
まりさが立ち往生していると、後ろからずーりずーりと大きな物音が迫ってきます。
『ゆうか』が近付いているのです。
まりさは意を決しました。

「ゆひぃん!……ゆるじで!ゆるじでね!!……ゆふぅう、ゆるじでぐだじゃい!……やじゃ!……じゃあああ!」
泣き叫びながら色取り取りの飾りを踏みつけながら飛んでいきます。
「ゆぐっ!……ゆぎ!ねっぎぃ!……ゆがあ!……ゆごあああ!……ねぎぃ!ねぎぃ!ねぎぃいいい!」
まりさが泡を吹き始めました。吹きだした泡は餡が入り混じって黒く濁り、顔を伝って地面を濡らしていきます。


渡り終わったまりさはもはや発狂寸前でした。
体は絶えず細かい異様な痙攣の発作を起こし、顔はぴくぴくと歪み、目が落ち着きなくぐるぐると動いています。
思考は混濁し、視界は歪み、世界がぐるぐると回転しています。
今、れいむがまりさの顔を見ても、とても自分の愛する番とは分からないでしょう。
短時間にそれほどゆん相が変わってしまっていました。
体中に死ゆっくりの怨念と死臭が染みついたような気がして、
まりさは地面を幾度も転げ廻り、知らず脱糞していたうんうんが躰にこびりついていきます。
「ゆぶっふぅー!ゆぶっふぅー!ゆひぃえええ!ゆひゃあああ!」
しばらく壊れたように奇声を発しては、舌をベロベロ動かし体を震わせていましたが、やがて落ち着いたのか。
愛しい番の名を呼び続けながら、再びブナの方へと這いずり始めました。
「で……でぶっ でぶっ でぶっ……」
激しい恐怖に喉が痙攣を起こしている為、愛しいれいむの名も侮辱しているようにしか聞こえません。
やっどがえれる。れいむ。おとうさんがんばったよ。おちびちゃん。あかちゃん。


あと少し、後ほんの十歩ほどです。
ああ、ここまでくればだいじょうぶ。……たすかった。
まりさはじりじりと這いずってぶなの大樹へと近づいていきます。
……八歩……六歩……五歩……
れいむ。まりさがんばったよ。れいむにはやくあいたいよ。おちびちゃんたち
……四歩……三歩……二歩……
まりさがぶなの大樹に辿り着こうとしたその瞬間でした。
ずとん!!
茂みから黒い影が飛び出してきてまりさを突き飛ばしました。
「ゆがあっ!!」
まりさの視界で世界が数回転し、鈍い衝撃と共に止まりました。
痛みと衝撃に視界が真っ白に染まります。
いたい……いたいよ……あとちょっとなのに……いったいなにがおこったの?

「じゃーおう」
思考と視界が回復すると、茂みを背景にしためーりんがまりさの顔を覗き込んでいました。
……めーりん……じゃましないで……まりさはおうちにかえるんだから……

「残念、まりさの冒険は此処で終わってしまった」
「じゃおお」

めーりんと追いついてきた『ゆうか』二匹が声を合わせて愉快そうに笑っています。

地形に詳しいめーりんはまりさを先回りして、頂の少し手前の茂みで待ちうけていたのです。
なんと云う事でしょう。まりさには最初から勝ち目などなかったのです。

「賭けはまりさの負けだね」
微笑んだ『ゆうか』は、めーりんに頷きます。
「めーりん。今日はまりさだよ」
「じゃお」
とても嬉しそうな二匹。
天国から地獄へと直転落下したまりさの思考は現実に追いつきません。
しばし呆然とした後、やっと状況を理解したまりさは、突然、叫びながら飛び跳ね始めました。
「やじゃああああああ!!!やじゃ!やじゃ!やじゃぁああ!!まりじゃ!じにだぐないぃいいい!!!」
死に物狂いで逃げますが、すぐに追いつかれ、激しく体当たりされました。
ゴロンゴロン転がって顔から茂みへ突っ込んだまりさは、今度は泣きべそをかきながら二匹へと慈悲を乞います。
「やめて、まりじゃは まりじゃはじにだぐないでず
 がわいいあがちゃんとゆっぐりじだおぢびぢゃんだぢとやざじいれいむがいて
 まりじゃはもっどもっどだぐざんじだいごとがあっで……」
まりさは必死で言葉を紡ぎますが、今度は二匹は耳も貸しません。
今やまりさはゲームの敗者。ペナルティを払う瞬間が近づいてきます。
「やめてぇ、やめちぇえええ……ゆっぐりじでないよ!にひきともゆっぐぢぢで!……ゆっぐり!ゆっぐりぃいいい!!」
まるでゆっくりしてない事が悪い事のように二匹へゆっくりするよう必死で訴えかけます。
でも此の二匹とまりさでは、そもそも生き方も精神の在り様もまるで違うのです。
『ゆうか』とめーりんにとってゆっくりする事など生きる為の前提条件では無いのです。
黒い帽子のゆっくりを見つめる二匹の目が爛々と輝いています。獲物を狙う捕食種の目です。
かっと鋭い牙をまりさの体にうちたてます。

「ゆんやああああ!!!!!」

まりさは高く高く高く悲しげな叫び声を上げました。
哀れな黒帽子の饅頭の潰えた夢と未来と希望、目の当たりにした絶望、悲嘆、恐怖、後悔、家族への愛と謝罪、
万感の想いとありったけの命の全てが込められたゆんやあの叫びが『ゆうか』の耳にはとても心地よく響きました。
『ゆうか』とめーりんが啜っている、まりさの命と想いの込められた餡子はとても甘いです。
長時間、恐怖と不安に脅かされながら必死に駆けていたまりさの中身は、極上の味へと変化していました。
絶望と希望の挟間に揺れ続け、懸命に生きた善良なるまりさの魂の込められた中枢餡は、さらなる強さを二匹に与えてくれるに違いありません。

「美味しいね。めーりん」
「じゃお!」

「ゆうぅうう!やめてぇええ!ばでぃざをたべないでぇええ!!!ゆっぐりでぎない!ゆっぐりじだいぃい!!」
助けを求めても此処はゆうかの領域。誰も来る筈がありません。
ゆっくりの為に奇跡を起こす酔狂な神などいる訳もなく、ついにまりさの幸運も底をついたようです。
いや、恐らく縄張りを越えて一歩を踏み込んだ瞬間、まりさの命運は尽きていたのでしょう。
「ああ、もう五月蠅いわね。余り叫ばないでよ。まるで私たちが悪い事してるみたいじゃない。それに喋る時に一々ゆを付けるな」
「じゃお!」
嘲りを孕んだ『ゆうか』の声と共に、めーりんがまりさに強烈な頭突きをお見舞いしました。
「ゆべん!!」
まりさの頭頂が異様な形へと窪みました。目の前で火花が散りました。
まりさを中心として周囲の光景が激しく渦巻き、世界が回転します。
「ゆぅ~ん、ゆぅ~ん、ゆぅ~ん、ゆぅ~ん、ゆぅ~ん、ゆぅ~ん……」
白目を剥いたまりさは、生きてはいるものの体が変な気持ちの悪い痺れに襲われてもう動く事が出来ません。
まりさは正気を保ったまま、自慢の髪が剥がされ、腹の皮膚が食い破られて、中身を啜られ、貪られるのを目の当たりにします。
「ゆあぁ……やめちぇ……まりじゃの……まりじゃのかみが……まりじゃのすてきなおぼうしさん……まりじゃの……まりじゃのいのちのあんこさん……」
文字通り体を穿り返すような激痛と、呼吸も出来ないほどの苦しさと、体がひっくり返りそうな気分の悪さ。
やがて躰の三分の一程を食べられたまりさの目が、どんよりと曇って暗く濁っていきました。
「ゆひひっ、ゆひっ、ゆふふふっ……ねえ、ゆうが、めーりん、ばでぃざおいしい?ゆふふっ」
「ええ、美味しいわ。此処最近だと一番ね」
「じゃお!」
悪びれた様子もなく二匹は即答しました。
「うれしいなぁ……ゆふふ……ゆっくりまりさをたべてね。もうじきふゆさんがくるからまりさのあんこさんでたっぷりえいようつけてね。
 ゆふっ!ゆふふふふっ……ゆひひひひ……ゆっ……ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ……」
弛緩した表情のまりさは歯茎を剥きだし、だらしなく涎を垂れ流しており、体は致死性の痙攣に捉えられ始めました。
絶望で体より先に心が死んだようです。
こうなっては長くありません。
「……ゆ゛っ……ゆ゛っ……ゆ゛っ……ゆ゛っ……ゆ゛っ……ゆ゛っ……」
獅子に狩られたインパラのように力の抜けてぐったりとしたまりさは、近くにある二匹の巣へとそのまま引きずり込まれていきます。
地底へと続くような深い深い洞窟の奥へ、二頭と一匹の姿は蟠る闇へと溶け込んでいきました。


「ゆぅ、まりさ。早く帰ってきてね。おちびちゃんたちもまっているんだよ。」
まりさが消息を絶ってから三日目。今日もれいむは丘陵を見上げています。

「やっぱりね」ぱちゅりーは溜息を洩らしました。
急に餌を沢山とって来るようになったゆっくりは、しばらくしてからふつりと姿を消すのです。
きっとまりさも火吹き丘の『ゆうか』の縄張りに踏み込んでしまったのでしょう。
群れの長であるぱちゅりーは既に諦め、見切りをつけています。
今まで何度も在った事です。此れからも在るでしょう。

まりさとれいむの友人であるありすは後悔していました。
まりさに餌の取れる場所を教えるべきではなかったと。
実際にはありすが教えないでも、まりさはいずれ辿り着き、同じ運命をたどったかも知れません。
因果など誰にも分からないのです。
でも、ありすは良心の呵責と同情から、れいむたちと一緒に友人の帰還を祈りながら待ちわびています。


「おきゃーしゃん、しゃみゅいよぅ」
「……まりさぁ」

れいむ親子とありすの頬を、身を切るような冷気を孕んだ北風が撫でていきました。
冬の足音がすぐそばまで訪れてきています。
寒風吹きすさぶ丘陵の麓でれいむは何時までも愛しいまりさを待ち続けました。


END


四作目 またゆうか 
可愛いし、人間程度の知性を有している設定にすると色々動かし易いね。
モチーフは、童話の人食い鬼の棲む山とか古いゲームブックとか。
各々の登場ゆん物の役割が、形として分かりやすい物語を意図した。
当初は、皆が仲良くなるハッピーエンドも考えたが、何となくこっちに落ち着いた。
ゲームブックやりたい


挿絵 by儚いあき

挿絵 by???


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感想

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  • よろしいデス -- 2018-08-24 19:25:29
  • 「○○だから■■しては駄目よ」と言っても、食欲のためならあっさりルールを破る、
    それがゆっくり。だから人間などの高知能生物に嫌われる。
    逆に人間に好かれるゆっくりは「本当の(馬鹿な)ゆっくり」ではない。
    ・・・ということでよろしいデスカ?

    ※所々で幻想郷設定を入れるのは止めたほうが良いですよ。理由は調べれば分かります。
    ストーリー構成は気に入っているので、作者が嫌いな訳ではありません。 -- 2018-02-18 19:44:39
  • めーゆうって言うのかな? -- 2017-01-15 23:17:07
  • ↓7 既存の設定に照らせばと書いてあんだろ -- 2016-02-26 18:15:48
  • 人間だって好き嫌いは人によるし、ゆっくりってのも人によるだろ
    ゆうかたちはゆうかたちなりのゆっくりをしてるんだからそれでいいだろ -- 2015-03-05 04:00:44
  • これは名作
    まりさの絶望がとっても良く描けてるね -- 2013-08-12 21:58:08
  • ゆうかとめーりんはかわいい -- 2013-03-09 05:00:17
  • まあ面白かったり暇つぶしになったらSSとしてOK -- 2012-07-11 15:55:06
  • めーりんもゆうかもゆっくりしてるよ? -- 2012-04-18 19:24:25
  • ざまぁ -- 2012-01-04 00:51:04
  • 設定はあくまで元。いろんな環境や状況で性格とかは変化するもの。
    ssの中ではまりさよりも狩のうまいれいむだっているんだから。
    それでめ-りんが攻撃的だからってゲスと決めつけるのは、口の悪い奴に餡子脳と言われても仕方がないくらい的外れだと思うんだ -- 2011-11-12 07:48:26
  • この作品のコメに限らずのことなんだが
    自分の考えが正しい・多数派だと思いこんでる子が多いな
    ゲスやシングルマザーといっしょだな -- 2011-07-01 22:48:08
  • ↓それがあなたにとっての「本当のゆっくり」なんだね。
    私は全然そうは思えないけど。あの二匹は私の感覚からいって全くゆっくりしてない。 -- 2011-02-03 20:13:43
  • 『ゆっくり』と『怠惰』は似て非なるものであって、ゆうかとめーりんの方が『本当のゆっくり』に思えるのは私だけですか?
    確かに終盤はエグい感じですけどね。 -- 2011-01-28 14:24:39
  • >ゆうかとめーりんのすっきりが見たかったよ
    変態くさっwwHENTAIじゃなくて変態くさっww

    ゆうかはそのものって感じだが、めーりんはゲスに見えるな。無論、既存の設定に照らせば、だが。 -- 2011-01-21 18:50:07
  • やっぱりゆっくりでも幽香はかわいいよね〜 -- 2011-01-08 17:23:40
  • これめっちゃおもしれえwぱねえw
    上手いなあ!よく出来た昔話を読んでるみたいだった!
    ただ一つ贅沢を言えば、
    まりさとれいむのすっきりなんざ見たくもないが
    ゆうかとめーりんのすっきりが見たかったよ・・・ -- 2010-10-30 07:26:03
  • ゆっくりは幸せになるべきだと思うんだ・・・通常種以外。 -- 2010-10-20 17:27:13
  • 他人のゆっくりぷらいすを犯した泥棒の魔理沙がわるいと思うじぇ。
    ゆうかとめーりんはゆっくりできるよー -- 2010-10-10 11:05:54
  • まりさ可哀相。ゆうかはもともと捕食種だからまあいいがめーりんのこういう行為はゆっくりできない。ゲスめーりんと呼ばれても仕方ないレベル。 -- 2010-09-15 23:21:32
最終更新:2009年10月27日 16:25
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