「……ロボだね」
「はい、ロボですね」
私の住処である、ワンルームアパートの室内で私は目の前の物と正座で向かいあっていた。
「……アンドロイド、だよね」
「正確には、アンドロイドですね」
壁際には、私が仕事で使う機材やコンピューターが並べられ、狭い部屋を余計に狭っ苦しくしている。
部屋の壁紙はすすけたベージュで、カーペットはグレー。カーペットは茶色。そんな彩りの無い部屋の中、
唯一の華と言えるのが目の前の女性型アンドロイドだ。身長162cm。私より3cm高い。Bカップで
全体的に薄っぺらい私と比較すると、ぽっちゃりはしていない上に出る所は出ているなかなかのスタイルだ。
軽くウェーブのかかった、うなじを覆うくらいの長さの茶髪が頭を彩っている。前髪にも同じように
ウェーブがかかっていて、おでこがちらちらと覗いている。私と似たようなやや白い肌色の顔に、
低い鼻と、髪と同じ色をした目が乗っかっている。こうやって見ていてもアンドロイドとは思えないぐらい
人に似ているが、黒い情報通信ケーブルがうなじから後ろ髪をくぐって、私の右手側に置かれている
ハンディ型のコンピューターにつながっていることが目の前の物が人ではなく機械であることを如実に示していた。
このアンドロイドを起動させたのは他ならぬ私だが、いざ起動させてみると、アンドロイドとの会話の話題なんて
見つからないものだ。
「自己紹介、いたしましょうか」
アンドロイドの声は、落ち着いた大人っぽい女性の声だった。見た目の年齢が私より少しだけ若い上に、
活発な性格を想起させる顔つきからすると、ややミスマッチなほどに落ち着いている。私は
ハンディコンピュータを見た。視界の端で、肩をざらりと滑り落ちる私のストレートの黒い髪。
コンピューターの液晶タッチパネル画面上には、アンドロイドの稼働状況が示され、アンドロイドの中で
流れているコマンドが次々と表示されては消えていく。
「あ、ああ……頼むね」
私はアンドロイドの説明をアンドロイド自身に任せることにした。ハイスクールを卒業して、この仕事を
初めて二年になるが、ヒト型ロボット、つまりアンドロイドのレストアをしたのは初めてだった。少々の自信は
あったが、こんなに上手くいくとまでは思っていなかった。
「わたくしは阿木島工業製GR-89-6E/r、女性型アンドロイドです。用途は愛玩用です。現在システムは
一般モードで作動中。5分18秒前の最後の起動以降、自己診断の結果重大な不具合は認められませんでした。
しかし、右足膝部のアクチュエーターは摩耗しており、交換を推奨いたします。ただし、本機はお客様による
本体の開封、ならびに作業が行われており、弊社の保証サービスの適用対象外となる場合がございます。
また、本機の無料保証期間は本機内臓時計による計測では114年と3ヶ月前に終了しており……」
「あー、わかったわかった。一旦止めて」
「了解いたしました」
長くなりそうなので、私はアンドロイドを声で静止した。私の声をちゃんと聞いたアンドロイドが、
喋るのをやめてこちらを見た。喋っている時の唇の動きも完璧に音声と連動しているし、発声も完璧だ。
ますます機械には思えない。
「こっちから質問するから、それに答えて欲しい。出来るかな」
「了解いたしました」
自然なまばたきと、うなずきまで再現されていやがる。不気味の谷なんて、マッハで飛び越していそうな勢いだ。
「えーと、まず、君はあきしま? ……のアンドロイドだけど、ずいぶん長い間、放ったらかしで置いてあったのね。
それを私がまた動くようにして、さっき電源を入れた。そこまでは認識してるよね?」
「はい、わたくしの製造年は……」
「ああ、いいからいいから」
放っておくと長々と喋りそうになるアンドロイドを制した。
私の仕事とは、一般には「トレジャーハンター」と言われている仕事だ。とは言っても、その呼び方はむしろ
私達の同業者が格好を付けて呼ぶ言い方で、本当は口性が無い人たちの言う「ゴミ修理屋」の方が実態に近い。
私の生まれる遥か前、人類の文明は突然破綻し、人工の大幅減少が起こり、かなりの技術や情報が散逸して
しまったらしい。その原因すら、今生きている私達にはわからない。とにかく、数を減らしてしまった人たちは、
一部の街に集まり、かろうじて持ち出した文明の残りかすを利用して、なんとか人類を存続させてきたらしい。
文明が失われたと言っても、放棄された当時の街には、今でもその頃の製品や情報が打ち捨てられてそのまま
残っている。私達の少しお兄さん、お姉さんぐらいの世代から、そういった昔の残り物を拾って、再生させ、
他の人に売ったり交換したりして生計を立てる人たちが現れ始めた。それがまあ、「トレジャーハンター」
というわけだ。そして、私もこの業界のすみっこに加わっている。今回拾ってきたアンドロイドにつながっている
コンピューターも、私がよみがえらせた物だ。
最近サービスがはじまった(正確には、遥か昔にあったものをこれまた誰かが再生させたらしい)
「ネットワーク」上では、コンピューター等いろいろな遺物がレストアされてオークションにかけられているが、
稼働するアンドロイドは未だに見たことがない。昔はそういうものがあったと話にきいていただけだ。目の前の
アンドロイドが、完全に稼働すれば珍品としてきっと高く売れる。半年はゆっくり暮らせるぐらいの生活費が
手に入るのも夢じゃないだろう。三ヶ月こつこつやってきた甲斐があるというもんだ。
「ご主人様、他にご質問はございますでしょうか」
私が収入のことを考えてニヤニヤしていると、アンドロイドの方から尋ねてきた。そんなに私のニヤけ顔が
気持ち悪かったのだろうか。
「うん、いろいろ聞きたいことはあるんだけどね……。とりあえず、なんだかかたっくるしいから、
その『ご主人様』って呼ぶのやめてもらえないかな。あ、私は福山しおりって言うから。『しおり』って
呼び捨てにしてよ。理解できた?」
「了解いたしました、しおり」
顔色一つ変えず……って、アンドロイドに顔色の再現機能まであるのかどうかはわからないけれど、
とにかく表情を変えずにアンドロイドが返事をした。
そういえば、このアンドロイドが着ている、黒いロングのワンピースに白いフリル付きエプロンのついた服は
『メイド服』という、昔大変に人気のあった服らしい。この辺の知識は右手でいじっているコンピューターで
さっき調べた。確かに、私の着ているジーンズ&シャツという服装よりはかわいらしく見える。
「あと、そのさぁ、何と言うか、喋り方がていねい過ぎるのがなぁ……もう少しフレンドリーというか、
フランクな感じで喋るって無いの?」
右手のコンピューターで言語データを漁りながら、さらに私は聞いてみた。正直、アンドロイド側の助けが
無ければ、全機能を把握するのにあと半月はかかってしまいそうな情報量だ。
「可能です。フレンドリーかつフランクというご希望であれば、サンプルの中からすぐにご用意ができます。
性格設定も合わせて変更可能です。変更を設定いたしますか?」
何だ、出来るんじゃないか。相手が機械とは言え、あのままバカ丁寧に長話を続けられていては肩が凝ってしまう。
「する! 今すぐ設定する!」
「了解いたしました。設定変更……」
アンドロイドが顔をカクリと下に向けた。即決で設定しておいてなんだが、このまま再起動しなかったら
どうしようかと心配になる。一分ぐらいして、アンドロイドがゆっくりと顔を持ち上げた。
「……うぃ。おはよーございます。変更終わりました。他に質問無いっすか?」
手のひらをこちらに向けて、右手を上げながらアンドロイドが喋る。表情もさっきの無表情とは違い、
ずいぶん子どもっぽく感じられる微笑みを浮かべている。機械のくせに、また二歳くらい若返ったみたいな感じだ。
なのに、喋り方はやたらとけだるい。声もさっきの落ち着いた大人の声とは違い、幼く感じられるつやのある声に、
だみ声成分が混ざったような声だ。「ちょっとヘンな脱力系後輩キャラ」とコンピューターの画面には
表示されている。なんだそれは。
「なんか、声までがらっと変わったねえ……」
「あー、性格設定によって、声吹き込んでる声優さんが違うんですよ。製品の性質上キャストの名前は
非公開っていうかインプットされてないんですけど、分かる人にはわかるみたいっすねえ。
設定、戻した方がいいですか」
アンドロイドが、左側に首を傾げながら答える。さっきまできっちり正座していたはずの足も、
崩れて横座りに近くなり私に白のハイソックスを見せつけている。しかしアンドロイドなんだから、設定によって
吹き込まれている声を担当している人が違うというのも製品としてどうなんだろう。
「まあ、いいや。このままでいいよ。その方が疲れないし。質問の続き。君……っていうか、名前はなんだっけ。
君の用途は愛玩用って、どういうこと?」
「名前はしおりがつけてくださいよぉ。電池がずっと切れてたせいで不揮発性メモリの内容が飛んじゃって
設定がパーなんっすから。ついでにですがAIの学習内容については、保護領域の分が半分くらい残っていると
教えてあげます」
「じゃあ名前は、アキって名前にしようか」
生意気なことに、安直っすねえとアンドロイドが小声でつぶやいた。腹立つなあ。
「二つめの質問については……えっと、しおりは20歳、つまり18歳以上ってことで間違いないっすよね?」
いきなり年齢を確認されて、私は面食らった。確かに起動時にユーザー情報として私の情報を入力した。
が、それが何か問題なのだろうか。コンピューターの画面を見る。「ユーザーからの回答を待機中」という表示。
間違いではなく、確かに私に質問しているようだった。
「えっと、そうだけど」
「本当に、18歳以上で間違いないっすよね?」
念を押された。私は黙ってうなずいた。
「それでは回答します……私はその、いわゆる『夜のお相手』をするための愛玩用機なんです。ちょっと詳しく
言うと、WHM-8H-9って家事手伝い用のアンドロイドを、そういう目的にソフトウェアとハードウェアを
一部変更したタイプってことっすね。あ、ハードウェアと言っても、ちゃんとソフトに作られてますよ?」
微妙に視線を私からそらしてアキが答えた。ほっぺたのあたりが赤いように見える。もしかして、「はにかむ」なんて
機能まであるのか。けれども、これが「はにかむ」という動作であるとするならば、何故このアンドロイドが
そんな動作をしているのか私にはわからなかった。
「『夜のお相手』って、まあ今も夜なんだけどさ。私と話すことが何か君にとって問題があるというの?
そんな表情になって」
アキが、今度は少しだけ目を見開き、困った表情で私を見た。見事なくらいに表情豊かだ。
「あ……そっちの意味ではなくて……。というか、いまいち伝わりませんでしたかね。はっきり言ってしまうと、
つまり私はエッチ目的に出来ているということで……」
私が理解できずに黙っていると、アキはますます困った顔をする。
「う、うーんと、夜伽。セックス。性交。チョメチョメ……」
アキが単語を羅列する。私が、意味がわからない単語に首を振るごとにアキの困り具合は増していくようだった。
「合体。交尾」
「あ、今の交尾ってのはわかった」
アキがほっと息をついてまばたきをした。うーん、本当に表情豊かだ。
「けどさ、交尾って大昔の繁殖する時の行動だよね。そういう方法で繁殖してたって生物の授業で習ったかな。
それとも動物の繁殖? 昔は牛を飼っている家があったかもしれないけど、今の時代、牛なんて動物園にしかいないよ?」
アキがペチッと、自分の右手のひらを自分のこめかみ部分にあてた。こいつ、また困っているのか。
「あのー、私はしおりに性教育をする所から始めないといけないんっすか。……赤ちゃんってどうやって作るか
知ってますよね?」
「変なことを聞くなぁ。まあ普通は、配偶者登録した人から精子バンクを通して精子カプセルを受け取って、
サキノ式注入ノズルで……」
「うええええ?! ちょ、ちょっとまってください! そのコンピューターでネット検索してもいいっすか?!」
なんだかわからないが、今度は何故か慌て始めた。私がうなずいて許可を与えてやると、コンピューターの
液晶画面が勝手に切り替わる。アキが検索を始めたようだった。数秒後、アキがいきなり口を開いた。
「うわぁぁぁ! じ、人類の性行動がほぼ壊滅状態になってるぅぅぅ!」
「な、なんなのよ! いきなり大きな声を出さないでよ!」
アキは両手で頭を抱えて、わめき散らしている。うかつにネットワークへの接続なんて許可したから、
変な攻撃性データでも拾ってきてしまったんだろうか。やばい、壊れてしまったら、私の半年分の収入が、
三ヶ月分の苦労が!
「お、落ち着きなさい! ネットワークを今すぐ切断! CPU使用率限界を30%に制限!
可能ならば思考プロセスを停止……」
「私のレーゾンデートルがぁ! せっかく久々に電源を入れてもらったのに、速攻でスクラップなんて嫌っすよぉぉ!」
コマンドを受け付けない状態になっているのか、そもそも私の叫んだ命令に対応するコマンドが
用意されていないのか、少しも静かにならない。人で言う所のパニック状態になりながらアキはわめき続けている。
これがほんとのカーネルパニック、なんてくだらない冗談を言っている場合ではない。私はアキにつながっている
コンピューターを手に取りコマンドを探した。が、画面にはエラー表示。アキの方を見ると、アキが自分で
うなじにつながっているケーブルを引っこ抜いてしまっていた。
「ちょっと!、アキ、何してるの!」
アキは急に黙り込み、口をきゅっと結んで立ち上がった。そしていきなり座り込んだままの私に向かって
迫ってくる。まずい、狂ったアンドロイドの反乱か? 私は恐怖でとっさに目を閉じた。一瞬の後、ぎゅっと
暖かい物に圧迫される感覚。目を開くと、アキが私に抱きつく格好になっていた。服越しに、アキの暖かく、
柔らかいボディが感じられる。本当に、人間と遜色の無いできばえだ。アキは、実際は機械なのだけど人の物と
区別のつかない瞳で、私の瞳を見ていた。
「しおり、お願いっす。私に仕事をください! お試しで構わないっすから、一回だけでも
私を使ってやってください! スクラップにしないでください……」
アキの瞳は、涙に濡れているかのように見える。なんだかアキが可哀想に思えてきた。見る者への心理的
影響まで考えて、私にそんな感情を起こさせるように作られているのだったら大したものだ。感心しながら、
私はとりあえず私の感情に従ってみることにした。
「誰もスクラップにするなんて言ってないじゃない……。そうね、オークションに出す前に機能を
知っとかなきゃいけないし。アキの用途をアキが教えてくれるなら、それで構わないけど」
答えた瞬間に、私はアキに抱え上げられていた。こういう力を発揮できる所は、やはりアンドロイドなんだなと思った。
私は部屋の隅にある、私のグレーの鉄フレームベッドに寝かされて、アキの顔越しに天井を見ていた。
アキはちゃんと両足を開いて膝を、両手を開いて手をつき、私をまたぐようにして私に体重がかからないようにしている。
「じゃあ、始めるっす。しおり、キスしても大丈夫ですか」
真剣なまなざしで、アキは私を見下ろしている。天井の照明器具が古いせいで、その表情がちらちらと暗くなる。
「キスって、あの、口と口を合わせるやつだよね? 別に大丈夫だけど」
そう答えても、アキは表情を崩さない。
「しおりは知らないかもしれないですけど、私の作られた時代には、大切な人同士の大切な行為って考えてた人も
結構居たんです。もちろん、そうじゃなくて遊びの手段とか、単純に気持ちいいからとか、挨拶代わりの人も
居たけど……。しおりは、本当に大丈夫?」
聞かれても、残念ながら私は知識の失われた現在に生きている人間なのだ。
「わからないよ。でも、気にしないから平気だよ。どんなものか、少し興味もあるしね」
「そうっすか……。うーん、私はアンドロイドで、しかも女性型だから、しおりにとってはノーカンかな。
多分。ちゃんとうまくやりますから」
何が脳幹なのかよく判らないが、とにかくアキに任せることにした。アキがゆっくりと顔を近づけてくる。
「……目を閉じてもいいんすよ?」
アキがそう言ったが、私は目を開いたまま、アキの顔が近づいてくるのを見ていた。すっと、吸い寄せられて
いるように私のアキの唇が当たった。柔らかい上に、暖かい。本当に、機械とは思えない。私は無意識のうちに、
アキの左の頬を手で撫でていた。すべすべしていて、ふわっとしていて、それでいて適度な弾力のおかげで
触り心地がいい。
アキが唇を離した。にこっと笑うと、口を開く。
「もっといろいろ触ってもいいっすよ。そういうスキンシップも楽しみのうちです。背中とか、胸とか、
お尻とかも遠慮なくどうぞ」
「そういうものなの? そんな所も触るの? 交尾の映像資料では、そんなことしてなかったような気がするけど」
「そういうものなんです。そんな所も触るんです。触るとくすぐったくて気持ちいいんです。ちなみに、
私には高度な触感センサーも搭載されていますので、しおりが私に触れば私は触られた感覚がわかりますし、
私もしおりを触って気持ちよくしてあげることが出来るんです」
「気持ちよく、ねえ」
私が首を傾げると、ベッドに広がった私の髪がシーツと頭の間で摩擦を起こしてごそごそと音を立てる。
アキも、右手を伸ばして私の左頬に触れた。頬から、手を滑らせて髪の毛を撫でていく。
「私は人を気持ちよくするために作られましたから。泣いちゃうほど激しいのも出来るっすけど、最初だから
ゆっくりがいいはずです。もう一度、キスしますよ」
言うなり、アキはまた唇を当ててきた。今度はただ当ててくるだけではなく、ぎゅっと押し付けてくる。
私が面食らっていると、アキの唇よりも柔らかくてぬめったものが私の唇を押し割った。それがアキの舌であると
理解した時には、既にそれは私の口の中に入り、うごめいていた。なんだか少し気持ち悪いが、何故か頭が
ぼうっとして、無抵抗にそれを受け入れていた。アキの手が、いつの間にか私の胸に移動し、さするように
撫でている。与えられる刺激を避けたいような感覚を覚えるのに、何故か振り払おうという気が起こらない。
妙に首筋が熱くなり、息が苦しい。
「んむ……えっと」
たっぷり一分以上そうしていた後、アキが唇を離した。アキは一見眠そうな、あるいはだるそうな、
それでいてそれとは違う表情をしている。
「私は本来男性向けなんですけど、アタッチメントを内蔵しているので、女性への挿入も対応できるっす。
あの、使っても構いませんよね?」
「……言っている意味が分からないんだけど」
「見せた方がいいんすかね……」
アキは私の真上を離れ、左脇に座った。声を切り替えた時のように、目を閉じて、首を下に向けた。
「挿入用疑似性器アタッチメント、自己診断完了。使用に問題無しっす。アタッチメント、
使用位置まで展開……あっ……ん、うう……」
アキの体がぴくっと震えた。顔を上げて、私を見下ろしている。顔が、赤くなっていた。
「準備ができたので、見て欲しいっす……。とりあえず、一枚脱ぎます」
立ち上がり、スカートの中に手を突っ込んで、アキは自分の下着を下ろした。下着を取り去ってしまってから、
私の横に立て膝で座り、スカートをめくりあげた。
「これは……」
私も、男性の股間にそういう器官があるのは知っている。幼い頃に、実物だってみたことがある。ただ、
アキのそれは女性の性器の上に棒だけがくっついていた。くっついていた、とは言っても、それはとても自然に
くっついていて、もともと棒が性器の裂け目の上方に生えているという感じだ。棒はだらりと垂れ下がっている。
「触ってもいいっすよ……っていうより、触って欲しいっす……。私、感覚回路と、欲情メモリと、疑似感情が
リンクしてるんで、人と同じように感じるし、感じたいと思うようにできてるんで」
私は、体を起こすとアキの顔面と股間を交互に見た。触って欲しいというけれど、私にはどうすればいいのか分からない。
「触れって言われてもな……」
「わかりました」
アキはスカートから手を離すと、私に抱きついてきた。そのまま、勢いを付けて私を押し倒した。
「え? ちょ、ちょっと……」
「私の方から触ってあげます。だから脱いでくださいよぉ」
私の両手が、アキの手によって無理矢理払いのけられた。そして、一瞬のうちに私の背中を左手で持ち上げ、
反対の手でシャツの上からブラジャーのホックを外してしまう。そしてすぐ私の背中はベッドに下ろされ、
アキの手によってすごい速さでシャツのボタンが外されていく。シャツの前が開かれ、私のブラジャーが
ずり上げられた。アキの手が、私の両乳房を直接触り、揉み始めた。
「ねえ、だからちょっと……んっ……」
一瞬、嫌悪感で背中が震えた所で、再び唇を塞がれた。嫌悪感が薄れ、意識が曖昧になる。アキの指が
私の胸を押し込むたびに、体温が上がっていく気がした。
アキの舌が、ぬるりと私の唇から抜けた。私の舌が、アキの舌を追いかけていたことに気がついた。
「しおり、下も触るっす。大丈夫、怖くないっすよ」
私の返事も聞かずに、アキは今度は私のジーンズを下ろし、下着も引きずり下ろしてしまう。指を伸ばし、
私の股間の裂け目を上下に擦り始めた。触れるか触れないかの軽い圧で触られているだけなのに、指が一往復
するごとに、息を切らしてしまったかのように私の肩が揺れ、ガザガサと髪が踊る。滑っていた指が、
やがて割れ目の一番上まで到達し、柔らかい部分に当たった。くるくると指を動かされると、私は反射的に
声を出していた。
「うあっ……ふ……あ……。アキぃ……なにこれぇ……」
名前を呼んだ私に、アキは赤い顔のまま微笑んだ。
「私はこのために作られましたから、私の愛撫は完璧なんです。今日は、激しすぎないように、
じんわり感じさせてあげます。だから、気持ちよくなっていいっすよ。大丈夫、おかしなことじゃないんです」
気持ちよくなっていい。この言葉を聞いた瞬間、私の中で、私が今感じている感覚と「気持ちいい」
という言葉が結びついた。そうか、これが気持ちいいということなんだ。これが……。
アキが指を動かすたびに、体はどんどん熱を帯びていく。このまま、ずっと熱に浮かされ続けるのかと
思っていると、突然アキが指を離してしまった。
「……?」
何故か名残惜しいような、物足りないような気持ちになりながら、アキの動きを目で追う。
アキは私から体も離した。そして、エプロンを外し、黒いワンピースもするりと脱ぎ捨ててしまう。
「しおり、私……。しおりに挿入したいっす。欲情メモリがいっぱいになって、疑似感情が抑えられないんで……」
アキは自分の股間を指差した。さっき見た棒が、大きくなっている。しかも、だらりとして柔らかそう
だったものが、ぱんぱんに腫れたみたいになっている。
「これを、さっき触ってた所に差し込むわけで、昔の人はそうやって繁殖してたんです。しおりの知ってる
交尾ってやつです。けど、しおりはこうするのって初めてですよね。やっぱりこういうのって、初めての
時は好きな男の人とやるんだって考えもあると思うんで……。ねえ、しおり。しおりは私が初めてでも
いいんですか?」
いいか悪いかなんて、私にも良く分からなかった。ただ、さっき覚えた「気持ちいい」という感覚を、
アキはまた感じさせてくれるんじゃないだろうか。そう思ったら、私に拒否する選択肢なんて残っていなかった。
「いいよ、アキ。挿入ってやってみてよ。アキに任せるから」
アキの顔がぱっと輝いた。うん、本当に感情豊かで、かわいらしい。
「は、はい。あの、痛くならないように、ばっちり調整できますから! だ、だから、リラックスして、
動かないでほしいっす」
そう言うと、アキは私のジーンズをさらに引き下ろした。私も足を上げて協力していた。そして、アキは
大きく、太くなった股間の棒を私の割れ目にあてがった。感触は、やはり人工物とは思えない。
「では、いきます」
アキが腰を押し付けてきた。アキの棒が、私の中に入ってきているらしく、圧迫感を感じた。それは徐々に
強くなり、苦痛に変わるかと思われたが、その寸前の所でおさまった。アキの棒はしばらくずるずると進み、
そしてアキが動きを止めた。
「痛くないでしょ?」
そう言って私の瞳を見つめる。こくこくと私がうなずいた。正直、体内に何か物が入る感覚に驚いて
声が出せなかったのだ。
「久しぶりですけど、入れながらの計測機能もばっちりっすね。痛くないように、苦しくないように、
大きさも形状も調整できるんです。……動かします」
自分の機能を説明しながら、ゆっくりと腰を前後に動かし始めるアキ。それにつれて、私の中に差し込まれた
棒がゆるゆると摩擦する。いつの間にか、私の中が液体でぬめっているのに気がついた。その液体と、
摩擦のせいで、差し込まれている部分が妙な音を立てる。摩擦する感覚に浸っていると、私は異変に気がついた。
「あ……ああ……。アキ……あのっ、な……なんか……」
胸を触られたとき、そして今差し込まれている所を指で撫でられていた時の感覚が、今度は体内から
わき起こってくる。しかも、それが消えることなく蓄積していく。
「んっ……大丈夫。我慢しないで、そのまま感じていてください、ね。感じているしおりもかわいいっすから」
「かわいい」という言葉に、胸が熱くなった。アンドロイドに「かわいい」と形容されて喜ぶなんて。
そう思って感情を否定しようとした瞬間、アキが私と唇を合わせた。口の中でぬめる感触と、体内にアキの棒が
打ち込まれる感覚。思考は一瞬で吹き飛び、感情と感覚だけに私は支配されていた。アキが唇を離すと、
私の口から理性による検閲を外れた言葉がこぼれ落ちる。
「んうぅ……アキぃ! なんかわからないけど、もっと、もっとぉ……きもちよく……ふあっ!」
突然私の中の感覚が変化した。圧倒的に強くなり、私を飲み込もうとする。さらに、アキの手が胸に触れると、
そこからわき上がってくる感覚と混ざり私は翻弄され、私の髪、肩、涙腺、声が、それぞれ勝手に震えだした。
「ふうっ……しおりがもっと感じるように、私のアタッチメントの形状を調整しました……。弱点を分析して、
集中的に刺激してるからたまらないでしょ……? ああっ……しおりの中、すごく絡み付いてきてうれしそうっすよ……。
ん、ねっ、ねえっ、しおりっ! 私、我慢できないっすぅ! 私のは絶対に妊娠する要素ないから、子どもできないから、
だから、だから……しおりの中に出させてぇ!」
私は返事をするかわりに、アキにぎゅっと抱きついた。それが一番気持ちよくて、嬉しいと思えた。
アキが、私をもっと高い所に連れて行ってくれそうな気がした。
「しおり……しおりっ……ああ……も、もういくっ……いっちゃうっ!」
「ふ……あぁっ……アキっ、アキ……わたし、あっ、ああっ……」
体が固まってしまうような、そして逆に体の力が全部抜けてしまうような矛盾した感覚。私の体内に
何か注ぎ込まれた気がしたが、それがなんなのかは考えられなかった。頭の奥で白い光が走り、
私の意識の覚醒している部分が消えていく。今までで一番強く、アキが私に唇を押し付けるのを感じながら、
私の意識は完全に白く染まった。
「売れない……」
机の上にあるコンピューターの画面を見て、私はため息をついた。
アキを早速「ネットワーク」上のオークションに出して見たはいいが、まったく買い手がつかないのだ。
出品者への質問も、「これの用途がさっぱり分かりません」「愛玩用ロボットなんて意味があるんですか?」
「粗大ゴミを出さないでください」なんて辛辣なものばかりだ。しかし無理もないのかもしれない。
私だって、三日前にあんな経験をするまでは、アキの用途なんで全然知らなかったし、想像もできなかったんだから。
「どぉしたんですかぁ?」
アキがひょっこりと、私の後ろから画面を覗き込む。何となく、電源を切らずに部屋の中で自由に
させているが、これと言って何か手伝いをしてくれるわけではない。例の愛玩用途には、あれ以来使っていない。
つまり何の役にも立ってないわけだが、かと言って「君が少しも売れる気配がないのだよ」と面と向かって
言うのもちょっと気が引ける。なんたって、相手は人間と見分けがつかないできばえのアンドロイドなのだから。
「ああ、人気無いみたいっすねえ」
「……うん」
人がせっかく気を遣おうとしてるのに、あっさりと事実を受け入れられてしまった。やっぱりそこは
マシーンだからということなんだろうか。
「だったら宣伝とかするってのはどうっすか」
「宣伝?」
「はい。私としおりが、エッチなことしているのを録画して配信するとか」
「それはいやだなあ」
いくら私でも、三日前の行為を録画して配信するなんてのがお気軽なことじゃないというくらいは感覚で分かる。
何となく罪悪感というか、恐怖感というか、羞恥心というか、そんなものを感じるのだ。
「でも、見られてると興奮するからわざと露出するってのもあるんすよ。例えば屋外でですね……」
「……電源を切ろうか」
アキは一目散に部屋の隅に向かって逃げ出した。オークションの状況を表示している画面には、何の変化も無い。
しばらくは、この奇妙な機械と暮らす羽目になりそうだ。やれやれ。
(了)
最終更新:2011年03月20日 04:32