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それぞれの「誓い」(後編) - (2007/12/16 (日) 22:02:20) の最新版との変更点
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**それぞれの「誓い」(後編) ◆/Vb0OgMDJY
「……よし! これで完成!」
「へーえ、これがかい」
やったよ、瑛理子。
ようやく、貴女にもらったコレが使えるようになった。
私とあゆは、ホテルに来ていた。
ハイキングコースに従って山頂を目指していたら、どうやらかなりの迂回路だったみたい。
途中で、ホテルと山頂の分かれ道になってた。
分かれ道にあった案内板によると、山頂の方が僅かに近い程度の距離。
と言っても、山を登る道と平坦な道では疲労度は登りの方が遥かに上。
そこで、あゆが一度ホテルの方に行くと言った。
理由は簡単。
私が余りにも疲弊しているから。
ここに来るまでの道のりで散々遅れておいてなんだけど、勿論反対はした。
でも、結局押し切られてしまった。
疲労の極地で塔までたどり着いても、結局ほとんど何も出来ないから。
今のペースだと、ホテルで車を調達した方が早いくらいだからと。
そして悔しい事に、私自身があゆの言葉の方に理があると理解していた。
それでホテルまでやって来たのはいいんだけど、私がロビーのソファにドッサリと……今思うとかなりはしたない気もするけどまあ疲れてたんだし……腰を下ろした。
そして、そのまま少し目を瞑ったら、直に睡魔が襲ってきた。
で、目が覚めたらあゆは居なかった。
あったのは目の前のテーブルに置かれた“すぐ戻る”の書置きと、私の体に掛けられた毛布のみ。
時計を確認したら30分くらいは寝てしまったみたいだった。
とりあえずこの状況下で堂々と眠れる私の体と、何処かに行ってしまったあゆに腹を立てつつ、
そういえば腹が立ったらお腹が空いたなーとかのんびり考えて数秒、
とりあえずテナントエリアへと行った。
荒らされてた。
でもまあ食料品はかなりあったので、適当にその辺からサンドイッチを取り、パクつきながら、
…人間って、どんな状況でもお腹は空くみたいね、
とか考えながら歩き回っていたら、
「こんなとこに居たのかい?」
とあゆがやって来た。
何処に行っていたのかと聞いてみたが、言葉を濁すだけで答えなかった。
そうして、あゆもその辺からパックになってるスパゲッティをレンジでチンしだした。
なので、私ももう一つサンドイッチを失敬しておいた。
…マグロタツタって珍しいな。
そうして柱の傍に設置された長いすに腰掛けて、遅めのランチタイムを迎えて数分後、
「地下の駐車場を確認してきたけど、何台かは動くみたいさね」
スパゲッティを半分位平らげたあゆが、そう話を切り出した。
…朗報ね。
これでまた歩いて山を登っていくなんて事になってたら、目も当てられ無かったかも。
「そう、それじゃあ食べ終わったらすぐに山頂に向かうとしますか」
タツタサンドの包みを丸めながら答える。
別にホテルに長居する理由なんて無いからね。
「ん、もう元気になったのかい?」
「うん、もう大丈夫!」
少し空元気を混ぜながら威勢よく答えておいた。
ここでもう少し休んでいくなんて事になっても困るし。
…いやまあ私の事を心配してくれているんだから文句は言えないんだけどね。
と、そこでとりあえず元気な事を見せるために、
「他のみんなの分の食べ物と、後何か役に立つものがないか見てくるね」
少し強引に席を立ち、喫茶店を出た。
「無理するんじゃないよー」
というあゆの声が、何だか無性に嬉しかった。
そうして、幾つかの店をまわって、適当に持ち運びのしやすい食べ物を買い物籠に入れる。
デイパックはあゆの所に置いたままだ。
何となく不便さを感じながらも、他にも消毒液やら包帯やらを籠に入れていく。
…あの時にこれがあれば、三人は助かったのかもしれない。
考えても仕方の無い事だけど、つい考えてしまう。
胸にこみ上げた悲しみを振り払うように、店を出て、
「あいたっ!」
何かに足をぶつけた。
「痛ったーー……何よ一体!?」
とりあえず少し涙目になりながら、ソレを見た。
一斗缶だった。
そう、一斗缶。
燃料を入れておくアレ。
それが何故だか廊下の端に置かれていた。
「……何でこんな所に置いてあるのよ…」
決まっている、此処に来た誰かが置いた訳だ…目的は不明だけど。
痛かった所を見ると中身はそれなりに入っているのだと思う。
(こんなとこに置いておいて火事にでもなったらどうするのよ!)
と、半ば八つ当たり気味に缶を蹴ろうとして……止めた。
「ん?」
一斗缶……燃料……火事……はて?
何か、引っかかったような…?
一斗缶……燃料……燃やす……火事……火事…………火……
火……火を見たのはあの時……そう、瑛理子が、死んだ時…………。
(瑛理子……)
思い出せば、悲しみが襲って来る。
でも、何か少し違う…。
何だろ?
解らないときは…整理してみる。 探偵の基本だ。
あれは、農場。
月宮あゆと佐藤良美、それに今は仲間だけど智代、に襲われて、私を逃がす為に火を付けた。
でも……そもそも、何で農場…に…………
「!!」
走り出した。
買い物籠は無意識にその辺に放り投げた。
でもそんなこと気にせずに、全速力であゆの居る喫茶店へ。
「ど…どうしたさ?」
突然の行動に驚いているあゆには答えず、私のデイパックを引っ掴み中身を漁ること数秒、目的の物を発見して急いで確認する。
そうして、目を丸くしているあゆに
「手伝って!
凄いものが出来るわ!」
満面の笑みで伝えた。
そうして、慣れない作業に悪戦苦闘しながらも、何とか作り上げた。
瑛理子の形見の品、爆弾を。
威力は……紙に書かれた内容だと、図書館くらいならヤバイかも。
まあ、そんな危険な物を持ち歩く訳にもいかないので、信管はまた外したけどね。
「さて、じゃあ、まあ行くかね」
そうして、爆弾と信管をデイパックに詰めて、準備は完了した頃、あゆが言った。
「うん、そうだね」
予定よりも、大分時間が掛かったけど、その分の収穫はあった。
なので、気合十分にじゃあ行くかと歩き出したら、
「随分、元気になったみたいだね」
あゆが苦笑したような声をかけて来た。
……ああ、そっか。
爆弾作りは、頭を使っていたとはいえ、休息と同じようだった。
(瑛理子……ありがと)
多分、瑛理子が休めと言ってくれたんだと、そう思う事にした。
というか決めた。
(私、頑張るよ)
気合は十分。
体力も回復。
装備もバッチリ。
(行って来るね)
目指すは山頂!!
◇
沙羅の手伝い…といってもそんなに手伝うことなんてなかったから、沙羅が集めてきたものをデイパックに詰める作業をしながら、突然の乱入で中断された思考を再開した。
(……どういう事、だろうね)
沙羅が眠った後、気がつけば階段を昇っていた。
特に意識していた訳じゃあないけど、迷うことなくその場所にたどり着いた。
ホテルの、四階に。
そして、在るべき物は、確かにそこに存在していた。
そう、かつてホテルで別れた、別れざるを得なかった相手。
廊下の先、純白のシーツに包まり、
時雨亜沙が、其処に居た。
判っていた事さ。
あの後、何が起きたのかなんてのは。
時雨が、とうに死んでいる事なんか。
だけど、…だからと言って、納得出来るものでは無い。
もう少し、何とか出来たんじゃないかと。
もっと早く覚悟を決めていれば、時雨を救えたんじゃないかと。
つい、意味の無いことを考えてしまった。
考えて、それで、しばらくそこにいた。
十分、
二十分、
その行動に、意味なんてものは無い。
悔やんでも、時間は戻らない。
どんなに悼んでも…死者は還らない。
そんな事は百も承知してる。
だけど、意味なんて必要は無い。
ただ、そうして居たかったから、そうした。
そうして、多分三十分くらい後。
捲ったシーツを再び被せて、
(じゃあな、時雨)
再び、今度こそ最後の、別れを告げた。
そして、ロビーに居なかった沙羅を探して地下に来て、今に至る訳だけども、
(何でシーツが掛かってたのかね)
先ほどから考えてはいるのだけど、答えが出ない。
シーツを掛けるというのは、多分弔いの意味だろう。
つまり、誰かが時雨を弔った。
だが、誰が?
いや、考える必要は無い。
ただ一番高い可能性を、認めたく無いだけ。
(…一ノ瀬、それに佐藤)
時雨を殺したあいつらが、弔った?
在り得ない。
恋太郎とかいうのはあんなに無残に放置したのだから
けど、だからと言って、あの後に来た誰かが時雨を弔う、というのも微妙に考えづらい。
そうなるとやはりあの二人が…?
いや、在り得ない。
でも、そうなると他には……
(時雨を殺したのが……)
否。
その可能性は無い。
でも、もし……
「……よし! これで完成!」
!
「へーえ、これがかい」
思考を中断された事で、生返事を返してしまった。
沙羅はそんな事には気づかないみたいで、嬉しそうに眺めている。
なので、私もとりあえずソレを見てみる事にした。
(爆弾…か)
そういえば、私も時雨が死んだ後に作ろうと思っていた。
結局、そんな技術なんて無い事に気付いたんだけど、
(アンタが…見守ってくれてるのかね? 時雨…)
この場所で、それが叶うなんてね。
今目の前にあるのは、沙羅が二見っていう相手から、形見として受け取った物。
二見…その名前は聞いた事があった。
ハクオロの仲間の一人だったとか。
その二見を殺したのは佐藤良美と、月宮あゆだとか……
(ここでも佐藤良美かい)
既に、この世にはいない相手とはいえ、一体何度邪魔をすれば気が済むのだろう。
最も、その最後は糞虫らしいものだったそうだが。
でも、まだ月宮と…一ノ瀬は残っている。
そうさね、あの佐藤と組んでいた一ノ瀬は、結局は糞虫に違いない。
二見の事を考えてもハクオロを疑う理由なんて無いってのに。
全ては狂言、それだけの事さ、
やることは何一つ変わらない。
あいつらは、殺す。
◇
(さて、そろそろだとは思うんだが…)
時計を確認しながら、微妙にせわしなく辺りを見回してみる。
だが、一向に、来そうな気配は無い。
まあアレを確認して作戦を練り直しているのかもしれないが…。
そんな俺の動きを見て、ハウエンクアがまたも声を掛けてきた。
「そもそもだよ、カブラギ」
「ん?」
「そいつらは本当に来るのかい?」
は?
いきなり何を言い出すんだこいつは?
「いやね、ボクだって出来れば来て欲しいよ、その方が楽だしね。
でもさ、ボクのこの姿を見て、怖気づくって事もあるんじゃないかな」
む…
それは……
「まあ、可能性としてはあるな」
「そうだろう!」
ハウエンクアが嬉しそうに返事をする。
現金な奴め。
「だがまあ、どっち道来ない事にはあいつらはどうしようも無いんだから、犠牲覚悟で来るとは思うんだが…」
…嘘だ。
あの時、画面越しに見たあいつらの目。
あれは、揺るがぬ強さを持っていた。
あいつらは、必ず来る。
ただ、早いか遅いか、それだけだ。
「はははは! まあ、このボク相手じゃあそんな風にしか思えないだろうねえ!」
俺の思考などには構わず、暢気に吠えている。
まあ、もう慣れてきたからため息も出ないが…
…しかし、判っていたことなんだが、俺の事は戦力とは考えてはいないんだな。
まあ、来るほうもアレを見てれれば俺の事などそこまで気にしないだろうが…。
…
……ん?
「……あー司令部、聞こえるか」
まてよ、と思い通信機を作動させる。
しばらくして、反応があった。
『はい、なんですか部隊長』
「ここに来る四人の所持品に、双眼鏡などの視覚補助に類する道具はあるか?」
鷹野が出なかった事にホッとしつつ、質問した。
『……少しお待ちください』
そう言って、オペレーターは沈黙した。
「急にどうしたんだい?」
「ん…ちょっとな」
ハウエンクアの問いに適当に答えながら、頭の中で整理する。
…考えてみればだ、俺だって此処に来るとしたら、まずアヴ・カムゥの対策を考える。
というか、遠くに巨大なロボがいれば誰だってそうするだろう。
それが自然、なら……
『お待たせしました。
確認出来る範囲では、そのような道具を所持している可能性は、ほとんど無いかと』
「ん、そうか。
すまなかったな、任務に戻ってくれ」
はい、と言って通信は途切れた。
となると…試してみる価値はあるか…
◇
どういうつもりなんだろうね?
いきなり通信始めた後、
「ここを頼む」
とだけ告げて、カブラギは塔の向こう側の方へと歩き出した。
それからしばらく経つが、一向に戻ってこない。
まあ、最初から戦力に数えてなんていないんだけど、それにしたって監視は暇だ
桜という花びらも、とっくに見飽きた。
はーあ、全く退屈だよ。
暇なので適当に辺りを見回しても、目に映るのは、
森の緑…、
ピンクの花…、
青い鳥……
……鳥?
はて?
この島に鳥なんて居ない筈……
そうしてもう一度良く見ようとして、
「!!」
全身に、緊張が走る。
アレは……
(鳥じゃ……ない!)
そう、高速で迫るのは鳥では無い。
「てやあああああ!!」
叫び声と共に接近するのは……青い人影!
白い翼を持ち、水色の大剣を携えた少女!!
(避けっ…………ちぃいいいいい)
僅かに迷う暇すら無い。
咄嗟に、両腕で頭を庇う。
その一瞬後に、
「あああああああああ!!」
僅かに光を纏う大剣の一撃が、ハウエンクアの全身を揺らした。
◇
(堅い……っ!)
ウイングハイロゥの出しうる限界の速度で接近して、可能な限りの力を引き出した一撃は、
それでも敵の装甲を破るには至らなかった。
手に伝わる感触で、反射的に身を翻す。
そのまま速度を保ち、少し下がった地点に着地する。
そして、微動だにしない敵の姿を確認。
その交差した両腕に刻まれた傷の浅さに……思わず歯噛みした。
腕の太さの、三分の一程度。
「存在」ではないとはいえ、今出しうる最大の一撃で、あの程度の傷しか負わせられないとは。
「フッ…フフフ…………!!」
そこで、漸く敵の体が動き出す。
ゆっくりと両腕を下ろし、腕に刻まれた傷を確認する。
そうして数秒後、その顔が、わたしを真っ直ぐに見た。
「なかなか、驚かせてくれたじゃあないか」
その声には、余裕の色が濃い。
どうやら…ことみが言ったように、外側へのダメージは効果が薄いらしい。
「この傷は…高くつくよぉ!!」
!!
咄嗟に、上に飛ぶ。
その直後に、金属の塊が通り過ぎる。
予想以上の速さで、相手の爪が、わたしが居たところをなぎ払った。
その一撃に警戒を強めながらも、腕を振るったことによって生まれた隙が、目に入る。
「……そこっ!」
宙返りをして、「求め」で斬りかかる。
「求め」は「存在」よりも柄が短い。
遠心力の差の分、威力は劣る。
その差を埋める為に全身を使って空中で回転し、加速。
足りない分を補う。
狙うは、首!
が、
「甘いんだよ!!」
相手のもう片方の手、左腕が、わたしに向けて真っ直ぐ突き出される。
くっ!
咄嗟に軌道修正して、その爪に「求め」をぶつける。
高く響く金属音と、手に走る衝撃。
その一撃に、更に警戒を強め、再び下がる事にする。
その衝撃に逆らわず、むしろその勢いに乗り、再び後方――さっきよりも遠くに、飛ぶ。
「逃がすかよおおおおぉぉぉぉ!!!」
が、すかさず追撃が来た。
風を巻き起こしながら、連続でなぎ払われる爪。
激昂している口調とは裏腹に、その攻撃には隙が無い。
前進しながら迫り来る連撃に耐え切れず、更に後退する。
(……強い)
動きを止めずに、分析する。
あの大きさで、敏捷性はかなりのもの。
鋭い爪は、速さと重さが加わって、おそらくわたしでは「求め」を使っても防ぎきれない。
そして、その動きは熟練の戦士のそれだ。
強敵と言うしかない。
(でも…)
「逃がさないって言ってるだろおおおお!!」
後退したわたしを、更に追撃してくる。
回避を優先しながら、更に後退。
「ほらほらほらほら!!
逃げるだけしか能が無いのかい!?」
相手も、また追撃してくる。
(…いける)
確かな手ごたえを感じながら、更に後方。
もう目の前に迫った、森へと下がる。
いくら威力があっても、木々に阻まれれば攻撃の速度は落ちる。
と言っても、わたしも加速がし辛い分、条件は変わらない。
でも、それは重要じゃない。
(みんな……頼んだ)
わたしが、コレに勝つ必要は無い。
勿論、倒せるならそれが理想だけど、目的は別。
あの塔を破壊すれば、それでわたし達の勝ち。
だから、コレを塔から引き離せば、それで十分……
(ミズホ…コトミ…今!)
◇
(無事を、祈るしかないの…)
森に向かうアセリアさんを左手に見ながら、私と瑞穂さんは走りだした。
言うまでも無く、目的は電波塔。
アレを破壊する為に、私達はここまで来たのだから。
少し前、山頂にあのロボット?の姿を捉えた時、決めた事。
アレとはアセリアさんが一人で戦うと。
それ以外に、方法は無かったから。
…私たちでは、足手まといになってしまうから。
そして、私は同時にアセリアさんを囮する事を提案した。
目的は、あくまで電波塔。
アレを倒す必要は無い。
音で気付かれないように、山の中腹で、車は乗り捨てた。
そうして徒歩で塔の西側の森に到着した後、アセリアさんが一人で北に移動。
そこから突撃して、それで倒せれば最良。
でも、不可能だった場合は、アレを塔から引き離して貰う。
それも不可能だった場合は撤退することになっていたけど、無用な心配だったの。
アセリアさんは、予定通りにアレを引き付けてくれている。
後は、塔の内部に侵入して、中の装置を簡単に直せない程度に破壊すれば私達の勝ちな……
――タアァァァァァン
「え?」
甲高い音が聞こえた瞬間、右足に熱さを感じた。
何故だか、体が前のめりに倒れた。
受身を取る暇なんて無い。
顔から地面に突っ込んで、その顔の痛みで漸く、私は転んだことを理解した。
そして、失策に気付いた。
敵は、アレだけでは無かったのだと。
◇
その音が銃声だと気付いた時には、すこし右後ろに居たことみさんは地面に倒れていた。
咄嗟に、ことみさんに駆け寄って、
「瑞穂! 南!!」
その瞬間、森から梨花さんの叫びが聞こえた。
(くっ!)
咄嗟に、ことみさんの体を抱きかかえ、左に飛ぶ。
その直後に、僕たちの体のあった場所に、再び銃弾が撃ち込まれた。
ことみさんを抱きしめる格好になりながら、二回ほど地面を転がって、そこで体を起こす。
そして、南側の森の中、木の上に立つ男の姿を視界に捉えた。
(不味い)
何処に、逃げればいい?
元居た方向は、最も遠い。
北…論外
塔の中…侵入出来るかわからない
なら…
そこで、男が木から飛び降りた、
(迷う時間は無い)
僕は左に跳び、そのまま真っ直ぐ走り出した。
◇
“ベレッタM92F”
かつての殺し合いにおいて愛用し、いつの間にやら最も使い慣れた武器になっていた獲物。
それが軍でも制式に採用されているものだったのは、幸運なのかもしれないが…
まあ、そんな感傷じみたものはどうでもいい。
カタログによると、こいつの有効射程距離は50メートル程だとか。
俺はどちらかというと身体能力を駆使した接近戦の方が得意なのだが、それでも人並み…この場合は訓練の経験がある奴という意味だが…くらいには使える。
で、だ、あそこで支えあっている二人まで、この木の上からだと大体50メートルくらいか…
言うまでも無く、不安定な木の上からの射撃は成功率は激しく落ちる。
先ほどは40メートル付近で、足の付け根付近を狙った訳なんだが…。
結果は、太ももをかすった程度。
すぐに走るのは無理だが、動きを封じるには至らない。
(どうするか)
このまま、この場所から射撃を続けても、有効なダメージを与えられる確立は低そうだ。
相手は、遮蔽物の無い地点に居て、迅速な撤退は不可能。
そもそも、予防程度のつもりでこの場所に居たのだから、戦果としては十分か。
そう思い、あっさりとその場所から飛び降りる。
“そもそも相手は俺を気にしてはいない”
そう考えたときに、何となく閃いた。
アレだけのものがここにあれば、誰だってそこに目が行く。
目に見える範囲にいればともかく、隠れていれば俺のことなど考えないと。
そして、その閃きは功を制した。
南側に陣取っていたのは、ここからなら、ハウエンクアの居る塔の北側以外が狙えるから、
そして、遠距離を見る手段が無い以上、南側が死角になっている可能性が高いと判断したからだ。
まあ、ここまで上手くいくとも思ってはいなかった訳なんだが…
そうして、降り立った俺を尻目に、彼女達は東側に逃走する。
北にはハウエンクア、南には俺が居るので、消去法で最も近い方に向かおうとしているのだろう。
(判断は悪くない、が、逃がすわけにはいかないな)
そう考えて、二人を追った。
◇
(何か! 何か方法は無いの!?)
ただ、見ている事しか出来ない私に、腹が立つ。
元々、この体は身体能力においては(私が出会った中では)最低だ。
だから、この役割になった。
瑞穂達とアセリアの中間、ややアセリア寄りの位置。
アセリアが北側の森に移動した場合、
様子を見て、瑞穂達にゴーサインを出す役割に。
仕事は、それだけ。
後は、見ていることしか無い。
でも、必要な人員ではある以上、反対は出来なかった。
そして、アセリアは上手く行動してくれた。
だから私も役割を果す為に合図を送って、
ことみと瑞穂は走り出して、そうして、ことみは倒れた。
咄嗟に狙撃手の位置を叫んで、それでなんとか瑞穂はことみを助けた。
でも、そこまで。
私に出来る事は、それだけだった。
◇
……どうすれば、いいんだ……
ことみさんに左肩を貸しながら、懸命に走る。
ことみさんの痛みが伝わって来るけど、今は他にどうしようもない。
(迂闊だった…)
アレを注意するあまり、他には目が向いていなかった。
そうして、この様だ。
(どうすればいい?
どうすれば、この窮地を抜け出せる?)
後ろから、先ほどの狙撃手が追ってくる。
確か、部隊長と呼ばれていた男。
放っておいても、数十秒後には追いつかれる。
いや、その前に後ろから撃たれるか。
なら方法は、一つしか無い。
「ことみさん、歩けますか?」
「……無理でも、何とかするの」
こともさんも、状況は理解している。
僅かに涙を見せながらも、気丈に答えた。
「何とか頑張って下さい」
それだけ言って、ことみさんの肩から手を放す。
そして、振り向きながら銃を手に取り、大まかに狙いをつけて発砲。
…当てる必要は無い、ただ、ことみさんが森まで逃げる時間を稼げればいい。
が、相手の動きは、予想よりも遥かに速かった。
僕が振り向いた瞬間には、もう右に転がっていて、その勢いを殺さずに立ち上がり、流れるような動作でこちらに発砲。
(くっ!)
幸い、立ち上がる動作に移った際、咄嗟に左に飛んだ為、弾は外れた。
…相手の動きは、明らかに戦いに慣れた動きだ。
マズいと判断して、左右に不規則にステップを取る。
銃の扱いでは、明らかに相手に分があるからだ。
が、次弾は来なかった。
そこで何を思ったのか、男は銃を構えたまま、こちらに歩いて来た。
その歩みは、速くは無い。
いや、僕の精神が昂ぶっているだけで、普通に歩いているのかもしれないけど、とにかくゆっくりと言っていい動きだった。
(……?)
銃口を向けたまま、警戒を続ける。
目的は見えないけど、相手が時間をくれるなら、それに越した事は無い。
そうして、警戒していたが、こちらの動きには構わずに、一歩、また一歩と、男は近づいてくる。
40メートル…
35メートル…
30メートル…
流石に、これ以上近づかれるのは危険と判断して、覚悟を決める。
出来る事はそう多くない。
(一度発砲して、バックステップ。
その後は、後ろ歩きで森まで下がるしかない…)
何とか、振り切って森に逃げるしか無い。
と思ったその瞬間。
男は突然加速した。
「!!」
一瞬、対応が遅れる。
(横!? それとも後ろ!?)
次の行動を考えていたせいで、迷いが生じた。
回避運動をとる方向に悩んだその一瞬。
それは、致命的だった。
何とか左半身を後ろに引いたが、そこまで。
相手が引き金を引くことに出来た対応は、それだけだった。
そうして、弾は、
(外れた?)
だが、安堵している暇なんか無い。
何とか、体全部を今度は右に一歩にずらしながら狙いを定めようとして、
――後方から、何かが倒れたような音が聞こえた。
(!! しまっ!)
ことみさん! とその場で思わず振り返ろうとしたその時。
右肩を、灼熱が襲った。
◇
(まあ、こんなところか)
あの状況では、彼女が採った足止めという選択はまあ最善だろう。
その後の身のこなしもかなりの物だ。
だが、銃を持った相手に狙いを付ける時間を与えたのは、間違いだ。
まあ、そういう風に行動しやすいようにした訳ではあるんだが…
狙いやすい相手を狙い、その時隙が出来ればしめたもの。
それは成功し、今二人の命は俺の手の内にある。
目の前にいる少女。
いや、男……信じるのが難しいが。
確か名前は宮小路瑞穂。
近接戦闘においては、かなりの能力を持っているが、当然、銃は素人。
その彼女…じゃなくて彼は、右肩を押さえながら、こちらに向きあっている。
まだ、やる気は十分といった所か。
とはいえ、先ほどの命中時に銃を取り落としたのは致命的だな。
俺との間には未だに15メートルもの距離がある。
この状況では、何も出来ない。
そうして、瑞穂から視線を半分遠くに向けて、森の少し前で、起き上がろうと苦戦している少女を見る。
こちらの名前は一ノ瀬ことみ。
高名な両親を持つ天才少女だとか。
とりあえず、先ほどの銃撃で左脚を貫いておいたので、先刻の一撃と合わせれば、移動は困難と。
「動くなよ、一ノ瀬ことみ、今度は殺すぞ」
一応、釘を刺しておく。
その言葉に、起き上がる動作を(表面上は)中断して、俺の方を見る。
それにより状況を把握して、おとなしくなる。
そしてもう一人。
「宮小路瑞穂、お前もだ。
…判っているとは思うが、お前じゃない、一ノ瀬ことみを殺す」
それで、瑞穂の動きも止まる。
引き金を引くより早く飛びかかれる筈が無い。
無論、こちらの隙をうかがってはいるのだが、表面上は俺の言葉に従った。
(さて、)
右手で銃を構えながら、考える。
取りあえずこの二人の命は射程内なんだが、
(どうするか……)
迷う。
別に、殺すか殺さないかでは無い。
そんな程度で迷う心は、とうに捨てた。
まあ、別に殺す必要も無いのだが…。
というか、出来れば殺したくない。
(これは…『ゲーム』だからな……)
誰が、何人殺すか。
そういった要素も、当然ゲームの内に含まれる。
イレギュラーである自分が参加者を殺すというのは、無論好ましくない。
自分には、このゲームの結果よりも、重要なものがある。
ゲームを乱して、ソレが侵されるような事態こそが、最も恐れるべき事だ。
…とはいえ、必要ならば迷わないが。
だが、
(上手く、いき過ぎたな)
相手の命はこちらの掌の上にあるので、無理に殺す必要は無い。
逃げようとしても、すぐに動きを止められる。
そして、このまま放っておけば、その内ハウエンクアが来て殺してくれるだろう。
つまり、コチラからは何もする必要が無い。
(そして、目の前にいるのは宮小路瑞穂で、しかも現在監視も無い…か)
何てこった。
理想的、過ぎる。
一つでも、要素が掛けていれば不可能な行為が、今は可能なのだ。
余裕をみせて質問なんてのは、下の下のそのまた下だが、
「……この状況で、お前はどうする?」
欲求を、押さえ切れなかった。
◇
(どうすれば……いいんだ…)
歯噛みしながら、考える。
振り向くことが出来ないので、ことみさんの状態は確認出来ない。
距離がありすぎて、意思疎通も不可能。
そして、射撃の妨害も、この距離では不可能。
銃は3メートルほど右側に転がっている。
…手詰まりだ。
男は、すぐに僕たちを殺すつもりは無いのようだが、安心出来る筈が無い。
何とか状況を好転させる手段を探すが…男に隙なんて無い。
それでも、男の一挙手一動作から目を離さずに、僅かなチャンスを伺う。
その時、
「……この状況で、お前はどうする?」
男が問いかけてきた。
「……どういう、意味ですか…」
慎重に、答える。
目的は読めないが、チャンスではある。
もしかしたら、僅かにでも突破抗が開けるかもしれない。
「お前一人なら、何とかなるだろ?」
は……?
咄嗟には理解出来なかった。
そして理解した瞬間に怒りが襲ってきた。
…ことみさんを……見捨てろというのか……
「だがそうすれば、お前は助かるかもしれない。
…っていうか、このままだと二人とも死ぬぞ」
僕の怒りを明確に察しながら、男は更に続けた。
(くっ……)
怒りはそのままに、少し冷静さを取り戻す。
男の言う事は正しい。
このままでは、僕もことみさんも、殺される。
「ん、ああ。
自分から殺されるとか考えるなよ一ノ瀬。
宮小路からお前は見えない。
確信が無い以上は、こいつは動けない。
それに、殺す以外にもやりようはあるしな」
(……っ!)
男の言葉で、後ろで何があったのかを察した。
ことみさん……どうか早まらないで……
◇
「宮小路瑞穂、お前もだ。
…判っているとは思うが、お前じゃない、一ノ瀬ことみを殺す」
(どうすれば……いいの…)
撃たれた左脚が、痛い。
幸い関節は外れているけど、ふくらはぎを貫かれて立ち上がるのも困難。
今撃たれれば、対処する手段はないの。
でもそんな事よりも、私が瑞穂さんの邪魔になってしまっている事の方が、遥かに重要。
「お前一人なら、何とかなるだろ?」
そう、
男は、私をわざと『殺さなかった』の、
何かで読んだ、足止めの為にスナイパーがやるという行動、それをまさか私がやられることになるなんて…
「だがそうすれば、お前は助かるかもしれない。
…っていうか、このままだと二人とも死ぬぞ」
……そう、なの。
男の言葉は正しい。
私のせいで、瑞穂さんは死んでしまうかもしれない。
(なら……)
恐怖は…拭えない。
でも、もう自分のせいで、誰かに死んで欲しくない。
そう、思って……
「ん、ああ。
自分から殺されるとか考えるなよ一ノ瀬。
宮小路からお前は見えない。
確信が無い以上は、こいつは動けない。
それに、殺す以外にもやりようはあるしな」
男の言葉に止められた。
怖気付いたからじゃなくて、
…その言葉で、自分が本当に何も出来ないと思い知らされてしまったから。
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|投下順に読む||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|時系列順に読む||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|宮小路瑞穂||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|アセリア||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|一ノ瀬ことみ||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|古手梨花||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|大空寺あゆ||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|白鐘沙羅||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|桑古木涼権||
|204:[[それぞれの「誓い」(前編)]]|ハウエンクア||
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**それぞれの「誓い」(後編) ◆/Vb0OgMDJY
「……よし! これで完成!」
「へーえ、これがかい」
やったよ、瑛理子。
ようやく、貴女にもらったコレが使えるようになった。
私とあゆは、ホテルに来ていた。
ハイキングコースに従って山頂を目指していたら、どうやらかなりの迂回路だったみたい。
途中で、ホテルと山頂の分かれ道になってた。
分かれ道にあった案内板によると、山頂の方が僅かに近い程度の距離。
と言っても、山を登る道と平坦な道では疲労度は登りの方が遥かに上。
そこで、あゆが一度ホテルの方に行くと言った。
理由は簡単。
私が余りにも疲弊しているから。
ここに来るまでの道のりで散々遅れておいてなんだけど、勿論反対はした。
でも、結局押し切られてしまった。
疲労の極地で塔までたどり着いても、結局ほとんど何も出来ないから。
今のペースだと、ホテルで車を調達した方が早いくらいだからと。
そして悔しい事に、私自身があゆの言葉の方に理があると理解していた。
それでホテルまでやって来たのはいいんだけど、私がロビーのソファにドッサリと……今思うとかなりはしたない気もするけどまあ疲れてたんだし……腰を下ろした。
そして、そのまま少し目を瞑ったら、直に睡魔が襲ってきた。
で、目が覚めたらあゆは居なかった。
あったのは目の前のテーブルに置かれた“すぐ戻る”の書置きと、私の体に掛けられた毛布のみ。
時計を確認したら30分くらいは寝てしまったみたいだった。
とりあえずこの状況下で堂々と眠れる私の体と、何処かに行ってしまったあゆに腹を立てつつ、
そういえば腹が立ったらお腹が空いたなーとかのんびり考えて数秒、
とりあえずテナントエリアへと行った。
荒らされてた。
でもまあ食料品はかなりあったので、適当にその辺からサンドイッチを取り、パクつきながら、
…人間って、どんな状況でもお腹は空くみたいね、
とか考えながら歩き回っていたら、
「こんなとこに居たのかい?」
とあゆがやって来た。
何処に行っていたのかと聞いてみたが、言葉を濁すだけで答えなかった。
そうして、あゆもその辺からパックになってるスパゲッティをレンジでチンしだした。
なので、私ももう一つサンドイッチを失敬しておいた。
…マグロタツタって珍しいな。
そうして柱の傍に設置された長いすに腰掛けて、遅めのランチタイムを迎えて数分後、
「地下の駐車場を確認してきたけど、何台かは動くみたいさね」
スパゲッティを半分位平らげたあゆが、そう話を切り出した。
…朗報ね。
これでまた歩いて山を登っていくなんて事になってたら、目も当てられ無かったかも。
「そう、それじゃあ食べ終わったらすぐに山頂に向かうとしますか」
タツタサンドの包みを丸めながら答える。
別にホテルに長居する理由なんて無いからね。
「ん、もう元気になったのかい?」
「うん、もう大丈夫!」
少し空元気を混ぜながら威勢よく答えておいた。
ここでもう少し休んでいくなんて事になっても困るし。
…いやまあ私の事を心配してくれているんだから文句は言えないんだけどね。
と、そこでとりあえず元気な事を見せるために、
「他のみんなの分の食べ物と、後何か役に立つものがないか見てくるね」
少し強引に席を立ち、喫茶店を出た。
「無理するんじゃないよー」
というあゆの声が、何だか無性に嬉しかった。
そうして、幾つかの店をまわって、適当に持ち運びのしやすい食べ物を買い物籠に入れる。
デイパックはあゆの所に置いたままだ。
何となく不便さを感じながらも、他にも消毒液やら包帯やらを籠に入れていく。
…あの時にこれがあれば、三人は助かったのかもしれない。
考えても仕方の無い事だけど、つい考えてしまう。
胸にこみ上げた悲しみを振り払うように、店を出て、
「あいたっ!」
何かに足をぶつけた。
「痛ったーー……何よ一体!?」
とりあえず少し涙目になりながら、ソレを見た。
一斗缶だった。
そう、一斗缶。
燃料を入れておくアレ。
それが何故だか廊下の端に置かれていた。
「……何でこんな所に置いてあるのよ…」
決まっている、此処に来た誰かが置いた訳だ…目的は不明だけど。
痛かった所を見ると中身はそれなりに入っているのだと思う。
(こんなとこに置いておいて火事にでもなったらどうするのよ!)
と、半ば八つ当たり気味に缶を蹴ろうとして……止めた。
「ん?」
一斗缶……燃料……火事……はて?
何か、引っかかったような…?
一斗缶……燃料……燃やす……火事……火事…………火……
火……火を見たのはあの時……そう、瑛理子が、死んだ時…………。
(瑛理子……)
思い出せば、悲しみが襲って来る。
でも、何か少し違う…。
何だろ?
解らないときは…整理してみる。 探偵の基本だ。
あれは、農場。
月宮あゆと佐藤良美、それに今は仲間だけど智代、に襲われて、私を逃がす為に火を付けた。
でも……そもそも、何で農場…に…………
「!!」
走り出した。
買い物籠は無意識にその辺に放り投げた。
でもそんなこと気にせずに、全速力であゆの居る喫茶店へ。
「ど…どうしたさ?」
突然の行動に驚いているあゆには答えず、私のデイパックを引っ掴み中身を漁ること数秒、目的の物を発見して急いで確認する。
そうして、目を丸くしているあゆに
「手伝って!
凄いものが出来るわ!」
満面の笑みで伝えた。
そうして、慣れない作業に悪戦苦闘しながらも、何とか作り上げた。
瑛理子の形見の品、爆弾を。
威力は……紙に書かれた内容だと、図書館くらいならヤバイかも。
まあ、そんな危険な物を持ち歩く訳にもいかないので、信管はまた外したけどね。
「さて、じゃあ、まあ行くかね」
そうして、爆弾と信管をデイパックに詰めて、準備は完了した頃、あゆが言った。
「うん、そうだね」
予定よりも、大分時間が掛かったけど、その分の収穫はあった。
なので、気合十分にじゃあ行くかと歩き出したら、
「随分、元気になったみたいだね」
あゆが苦笑したような声をかけて来た。
……ああ、そっか。
爆弾作りは、頭を使っていたとはいえ、休息と同じようだった。
(瑛理子……ありがと)
多分、瑛理子が休めと言ってくれたんだと、そう思う事にした。
というか決めた。
(私、頑張るよ)
気合は十分。
体力も回復。
装備もバッチリ。
(行って来るね)
目指すは山頂!!
◇
沙羅の手伝い…といってもそんなに手伝うことなんてなかったから、沙羅が集めてきたものをデイパックに詰める作業をしながら、突然の乱入で中断された思考を再開した。
(……どういう事、だろうね)
沙羅が眠った後、気がつけば階段を昇っていた。
特に意識していた訳じゃあないけど、迷うことなくその場所にたどり着いた。
ホテルの、四階に。
そして、在るべき物は、確かにそこに存在していた。
そう、かつてホテルで別れた、別れざるを得なかった相手。
廊下の先、純白のシーツに包まり、
時雨亜沙が、其処に居た。
判っていた事さ。
あの後、何が起きたのかなんてのは。
時雨が、とうに死んでいる事なんか。
だけど、…だからと言って、納得出来るものでは無い。
もう少し、何とか出来たんじゃないかと。
もっと早く覚悟を決めていれば、時雨を救えたんじゃないかと。
つい、意味の無いことを考えてしまった。
考えて、それで、しばらくそこにいた。
十分、
二十分、
その行動に、意味なんてものは無い。
悔やんでも、時間は戻らない。
どんなに悼んでも…死者は還らない。
そんな事は百も承知してる。
だけど、意味なんて必要は無い。
ただ、そうして居たかったから、そうした。
そうして、多分三十分くらい後。
捲ったシーツを再び被せて、
(じゃあな、時雨)
再び、今度こそ最後の、別れを告げた。
そして、ロビーに居なかった沙羅を探して地下に来て、今に至る訳だけども、
(何でシーツが掛かってたのかね)
先ほどから考えてはいるのだけど、答えが出ない。
シーツを掛けるというのは、多分弔いの意味だろう。
つまり、誰かが時雨を弔った。
だが、誰が?
いや、考える必要は無い。
ただ一番高い可能性を、認めたく無いだけ。
(…一ノ瀬、それに佐藤)
時雨を殺したあいつらが、弔った?
在り得ない。
恋太郎とかいうのはあんなに無残に放置したのだから
けど、だからと言って、あの後に来た誰かが時雨を弔う、というのも微妙に考えづらい。
そうなるとやはりあの二人が…?
いや、在り得ない。
でも、そうなると他には……
(時雨を殺したのが……)
否。
その可能性は無い。
でも、もし……
「……よし! これで完成!」
!
「へーえ、これがかい」
思考を中断された事で、生返事を返してしまった。
沙羅はそんな事には気づかないみたいで、嬉しそうに眺めている。
なので、私もとりあえずソレを見てみる事にした。
(爆弾…か)
そういえば、私も時雨が死んだ後に作ろうと思っていた。
結局、そんな技術なんて無い事に気付いたんだけど、
(アンタが…見守ってくれてるのかね? 時雨…)
この場所で、それが叶うなんてね。
今目の前にあるのは、沙羅が二見っていう相手から、形見として受け取った物。
二見…その名前は聞いた事があった。
ハクオロの仲間の一人だったとか。
その二見を殺したのは佐藤良美と、月宮あゆだとか……
(ここでも佐藤良美かい)
既に、この世にはいない相手とはいえ、一体何度邪魔をすれば気が済むのだろう。
最も、その最後は糞虫らしいものだったそうだが。
でも、まだ月宮と…一ノ瀬は残っている。
そうさね、あの佐藤と組んでいた一ノ瀬は、結局は糞虫に違いない。
二見の事を考えてもハクオロを疑う理由なんて無いってのに。
全ては狂言、それだけの事さ、
やることは何一つ変わらない。
あいつらは、殺す。
◇
(さて、そろそろだとは思うんだが…)
時計を確認しながら、微妙にせわしなく辺りを見回してみる。
だが、一向に、来そうな気配は無い。
まあアレを確認して作戦を練り直しているのかもしれないが…。
そんな俺の動きを見て、ハウエンクアがまたも声を掛けてきた。
「そもそもだよ、カブラギ」
「ん?」
「そいつらは本当に来るのかい?」
は?
いきなり何を言い出すんだこいつは?
「いやね、ボクだって出来れば来て欲しいよ、その方が楽だしね。
でもさ、ボクのこの姿を見て、怖気づくって事もあるんじゃないかな」
む…
それは……
「まあ、可能性としてはあるな」
「そうだろう!」
ハウエンクアが嬉しそうに返事をする。
現金な奴め。
「だがまあ、どっち道来ない事にはあいつらはどうしようも無いんだから、犠牲覚悟で来るとは思うんだが…」
…嘘だ。
あの時、画面越しに見たあいつらの目。
あれは、揺るがぬ強さを持っていた。
あいつらは、必ず来る。
ただ、早いか遅いか、それだけだ。
「はははは! まあ、このボク相手じゃあそんな風にしか思えないだろうねえ!」
俺の思考などには構わず、暢気に吠えている。
まあ、もう慣れてきたからため息も出ないが…
…しかし、判っていたことなんだが、俺の事は戦力とは考えてはいないんだな。
まあ、来るほうもアレを見てれれば俺の事などそこまで気にしないだろうが…。
…
……ん?
「……あー司令部、聞こえるか」
まてよ、と思い通信機を作動させる。
しばらくして、反応があった。
『はい、なんですか部隊長』
「ここに来る四人の所持品に、双眼鏡などの視覚補助に類する道具はあるか?」
鷹野が出なかった事にホッとしつつ、質問した。
『……少しお待ちください』
そう言って、オペレーターは沈黙した。
「急にどうしたんだい?」
「ん…ちょっとな」
ハウエンクアの問いに適当に答えながら、頭の中で整理する。
…考えてみればだ、俺だって此処に来るとしたら、まずアヴ・カムゥの対策を考える。
というか、遠くに巨大なロボがいれば誰だってそうするだろう。
それが自然、なら……
『お待たせしました。
確認出来る範囲では、そのような道具を所持している可能性は、ほとんど無いかと』
「ん、そうか。
すまなかったな、任務に戻ってくれ」
はい、と言って通信は途切れた。
となると…試してみる価値はあるか…
◇
どういうつもりなんだろうね?
いきなり通信始めた後、
「ここを頼む」
とだけ告げて、カブラギは塔の向こう側の方へと歩き出した。
それからしばらく経つが、一向に戻ってこない。
まあ、最初から戦力に数えてなんていないんだけど、それにしたって監視は暇だ
桜という花びらも、とっくに見飽きた。
はーあ、全く退屈だよ。
暇なので適当に辺りを見回しても、目に映るのは、
森の緑…、
ピンクの花…、
青い鳥……
……鳥?
はて?
この島に鳥なんて居ない筈……
そうしてもう一度良く見ようとして、
「!!」
全身に、緊張が走る。
アレは……
(鳥じゃ……ない!)
そう、高速で迫るのは鳥では無い。
「てやあああああ!!」
叫び声と共に接近するのは……青い人影!
白い翼を持ち、水色の大剣を携えた少女!!
(避けっ…………ちぃいいいいい)
僅かに迷う暇すら無い。
咄嗟に、両腕で頭を庇う。
その一瞬後に、
「あああああああああ!!」
僅かに光を纏う大剣の一撃が、ハウエンクアの全身を揺らした。
◇
(堅い……っ!)
ウイングハイロゥの出しうる限界の速度で接近して、可能な限りの力を引き出した一撃は、
それでも敵の装甲を破るには至らなかった。
手に伝わる感触で、反射的に身を翻す。
そのまま速度を保ち、少し下がった地点に着地する。
そして、微動だにしない敵の姿を確認。
その交差した両腕に刻まれた傷の浅さに……思わず歯噛みした。
腕の太さの、三分の一程度。
「存在」ではないとはいえ、今出しうる最大の一撃で、あの程度の傷しか負わせられないとは。
「フッ…フフフ…………!!」
そこで、漸く敵の体が動き出す。
ゆっくりと両腕を下ろし、腕に刻まれた傷を確認する。
そうして数秒後、その顔が、わたしを真っ直ぐに見た。
「なかなか、驚かせてくれたじゃあないか」
その声には、余裕の色が濃い。
どうやら…ことみが言ったように、外側へのダメージは効果が薄いらしい。
「この傷は…高くつくよぉ!!」
!!
咄嗟に、上に飛ぶ。
その直後に、金属の塊が通り過ぎる。
予想以上の速さで、相手の爪が、わたしが居たところをなぎ払った。
その一撃に警戒を強めながらも、腕を振るったことによって生まれた隙が、目に入る。
「……そこっ!」
宙返りをして、「求め」で斬りかかる。
「求め」は「存在」よりも柄が短い。
遠心力の差の分、威力は劣る。
その差を埋める為に全身を使って空中で回転し、加速。
足りない分を補う。
狙うは、首!
が、
「甘いんだよ!!」
相手のもう片方の手、左腕が、わたしに向けて真っ直ぐ突き出される。
くっ!
咄嗟に軌道修正して、その爪に「求め」をぶつける。
高く響く金属音と、手に走る衝撃。
その一撃に、更に警戒を強め、再び下がる事にする。
その衝撃に逆らわず、むしろその勢いに乗り、再び後方――さっきよりも遠くに、飛ぶ。
「逃がすかよおおおおぉぉぉぉ!!!」
が、すかさず追撃が来た。
風を巻き起こしながら、連続でなぎ払われる爪。
激昂している口調とは裏腹に、その攻撃には隙が無い。
前進しながら迫り来る連撃に耐え切れず、更に後退する。
(……強い)
動きを止めずに、分析する。
あの大きさで、敏捷性はかなりのもの。
鋭い爪は、速さと重さが加わって、おそらくわたしでは「求め」を使っても防ぎきれない。
そして、その動きは熟練の戦士のそれだ。
強敵と言うしかない。
(でも…)
「逃がさないって言ってるだろおおおお!!」
後退したわたしを、更に追撃してくる。
回避を優先しながら、更に後退。
「ほらほらほらほら!!
逃げるだけしか能が無いのかい!?」
相手も、また追撃してくる。
(…いける)
確かな手ごたえを感じながら、更に後方。
もう目の前に迫った、森へと下がる。
いくら威力があっても、木々に阻まれれば攻撃の速度は落ちる。
と言っても、わたしも加速がし辛い分、条件は変わらない。
でも、それは重要じゃない。
(みんな……頼んだ)
わたしが、コレに勝つ必要は無い。
勿論、倒せるならそれが理想だけど、目的は別。
あの塔を破壊すれば、それでわたし達の勝ち。
だから、コレを塔から引き離せば、それで十分……
(ミズホ…コトミ…今!)
◇
(無事を、祈るしかないの…)
森に向かうアセリアさんを左手に見ながら、私と瑞穂さんは走りだした。
言うまでも無く、目的は電波塔。
アレを破壊する為に、私達はここまで来たのだから。
少し前、山頂にあのロボット?の姿を捉えた時、決めた事。
アレとはアセリアさんが一人で戦うと。
それ以外に、方法は無かったから。
…私たちでは、足手まといになってしまうから。
そして、私は同時にアセリアさんを囮する事を提案した。
目的は、あくまで電波塔。
アレを倒す必要は無い。
音で気付かれないように、山の中腹で、車は乗り捨てた。
そうして徒歩で塔の西側の森に到着した後、アセリアさんが一人で北に移動。
そこから突撃して、それで倒せれば最良。
でも、不可能だった場合は、アレを塔から引き離して貰う。
それも不可能だった場合は撤退することになっていたけど、無用な心配だったの。
アセリアさんは、予定通りにアレを引き付けてくれている。
後は、塔の内部に侵入して、中の装置を簡単に直せない程度に破壊すれば私達の勝ちな……
――タアァァァァァン
「え?」
甲高い音が聞こえた瞬間、右足に熱さを感じた。
何故だか、体が前のめりに倒れた。
受身を取る暇なんて無い。
顔から地面に突っ込んで、その顔の痛みで漸く、私は転んだことを理解した。
そして、失策に気付いた。
敵は、アレだけでは無かったのだと。
◇
その音が銃声だと気付いた時には、すこし右後ろに居たことみさんは地面に倒れていた。
咄嗟に、ことみさんに駆け寄って、
「瑞穂! 南!!」
その瞬間、森から梨花さんの叫びが聞こえた。
(くっ!)
咄嗟に、ことみさんの体を抱きかかえ、左に飛ぶ。
その直後に、僕たちの体のあった場所に、再び銃弾が撃ち込まれた。
ことみさんを抱きしめる格好になりながら、二回ほど地面を転がって、そこで体を起こす。
そして、南側の森の中、木の上に立つ男の姿を視界に捉えた。
(不味い)
何処に、逃げればいい?
元居た方向は、最も遠い。
北…論外
塔の中…侵入出来るかわからない
なら…
そこで、男が木から飛び降りた、
(迷う時間は無い)
僕は左に跳び、そのまま真っ直ぐ走り出した。
◇
“ベレッタM92F”
かつての殺し合いにおいて愛用し、いつの間にやら最も使い慣れた武器になっていた獲物。
それが軍でも制式に採用されているものだったのは、幸運なのかもしれないが…
まあ、そんな感傷じみたものはどうでもいい。
カタログによると、こいつの有効射程距離は50メートル程だとか。
俺はどちらかというと身体能力を駆使した接近戦の方が得意なのだが、それでも人並み…この場合は訓練の経験がある奴という意味だが…くらいには使える。
で、だ、あそこで支えあっている二人まで、この木の上からだと大体50メートルくらいか…
言うまでも無く、不安定な木の上からの射撃は成功率は激しく落ちる。
先ほどは40メートル付近で、足の付け根付近を狙った訳なんだが…。
結果は、太ももをかすった程度。
すぐに走るのは無理だが、動きを封じるには至らない。
(どうするか)
このまま、この場所から射撃を続けても、有効なダメージを与えられる確立は低そうだ。
相手は、遮蔽物の無い地点に居て、迅速な撤退は不可能。
そもそも、予防程度のつもりでこの場所に居たのだから、戦果としては十分か。
そう思い、あっさりとその場所から飛び降りる。
“そもそも相手は俺を気にしてはいない”
そう考えたときに、何となく閃いた。
アレだけのものがここにあれば、誰だってそこに目が行く。
目に見える範囲にいればともかく、隠れていれば俺のことなど考えないと。
そして、その閃きは功を制した。
南側に陣取っていたのは、ここからなら、ハウエンクアの居る塔の北側以外が狙えるから、
そして、遠距離を見る手段が無い以上、南側が死角になっている可能性が高いと判断したからだ。
まあ、ここまで上手くいくとも思ってはいなかった訳なんだが…
そうして、降り立った俺を尻目に、彼女達は東側に逃走する。
北にはハウエンクア、南には俺が居るので、消去法で最も近い方に向かおうとしているのだろう。
(判断は悪くない、が、逃がすわけにはいかないな)
そう考えて、二人を追った。
◇
(何か! 何か方法は無いの!?)
ただ、見ている事しか出来ない私に、腹が立つ。
元々、この体は身体能力においては(私が出会った中では)最低だ。
だから、この役割になった。
瑞穂達とアセリアの中間、ややアセリア寄りの位置。
アセリアが北側の森に移動した場合、
様子を見て、瑞穂達にゴーサインを出す役割に。
仕事は、それだけ。
後は、見ていることしか無い。
でも、必要な人員ではある以上、反対は出来なかった。
そして、アセリアは上手く行動してくれた。
だから私も役割を果す為に合図を送って、
ことみと瑞穂は走り出して、そうして、ことみは倒れた。
咄嗟に狙撃手の位置を叫んで、それでなんとか瑞穂はことみを助けた。
でも、そこまで。
私に出来る事は、それだけだった。
◇
……どうすれば、いいんだ……
ことみさんに左肩を貸しながら、懸命に走る。
ことみさんの痛みが伝わって来るけど、今は他にどうしようもない。
(迂闊だった…)
アレを注意するあまり、他には目が向いていなかった。
そうして、この様だ。
(どうすればいい?
どうすれば、この窮地を抜け出せる?)
後ろから、先ほどの狙撃手が追ってくる。
確か、部隊長と呼ばれていた男。
放っておいても、数十秒後には追いつかれる。
いや、その前に後ろから撃たれるか。
なら方法は、一つしか無い。
「ことみさん、歩けますか?」
「……無理でも、何とかするの」
こともさんも、状況は理解している。
僅かに涙を見せながらも、気丈に答えた。
「何とか頑張って下さい」
それだけ言って、ことみさんの肩から手を放す。
そして、振り向きながら銃を手に取り、大まかに狙いをつけて発砲。
…当てる必要は無い、ただ、ことみさんが森まで逃げる時間を稼げればいい。
が、相手の動きは、予想よりも遥かに速かった。
僕が振り向いた瞬間には、もう右に転がっていて、その勢いを殺さずに立ち上がり、流れるような動作でこちらに発砲。
(くっ!)
幸い、立ち上がる動作に移った際、咄嗟に左に飛んだ為、弾は外れた。
…相手の動きは、明らかに戦いに慣れた動きだ。
マズいと判断して、左右に不規則にステップを取る。
銃の扱いでは、明らかに相手に分があるからだ。
が、次弾は来なかった。
そこで何を思ったのか、男は銃を構えたまま、こちらに歩いて来た。
その歩みは、速くは無い。
いや、僕の精神が昂ぶっているだけで、普通に歩いているのかもしれないけど、とにかくゆっくりと言っていい動きだった。
(……?)
銃口を向けたまま、警戒を続ける。
目的は見えないけど、相手が時間をくれるなら、それに越した事は無い。
そうして、警戒していたが、こちらの動きには構わずに、一歩、また一歩と、男は近づいてくる。
40メートル…
35メートル…
30メートル…
流石に、これ以上近づかれるのは危険と判断して、覚悟を決める。
出来る事はそう多くない。
(一度発砲して、バックステップ。
その後は、後ろ歩きで森まで下がるしかない…)
何とか、振り切って森に逃げるしか無い。
と思ったその瞬間。
男は突然加速した。
「!!」
一瞬、対応が遅れる。
(横!? それとも後ろ!?)
次の行動を考えていたせいで、迷いが生じた。
回避運動をとる方向に悩んだその一瞬。
それは、致命的だった。
何とか左半身を後ろに引いたが、そこまで。
相手が引き金を引くことに出来た対応は、それだけだった。
そうして、弾は、
(外れた?)
だが、安堵している暇なんか無い。
何とか、体全部を今度は右に一歩にずらしながら狙いを定めようとして、
――後方から、何かが倒れたような音が聞こえた。
(!! しまっ!)
ことみさん! とその場で思わず振り返ろうとしたその時。
右肩を、灼熱が襲った。
◇
(まあ、こんなところか)
あの状況では、彼女が採った足止めという選択はまあ最善だろう。
その後の身のこなしもかなりの物だ。
だが、銃を持った相手に狙いを付ける時間を与えたのは、間違いだ。
まあ、そういう風に行動しやすいようにした訳ではあるんだが…
狙いやすい相手を狙い、その時隙が出来ればしめたもの。
それは成功し、今二人の命は俺の手の内にある。
目の前にいる少女。
いや、男……信じるのが難しいが。
確か名前は宮小路瑞穂。
近接戦闘においては、かなりの能力を持っているが、当然、銃は素人。
その彼女…じゃなくて彼は、右肩を押さえながら、こちらに向きあっている。
まだ、やる気は十分といった所か。
とはいえ、先ほどの命中時に銃を取り落としたのは致命的だな。
俺との間には未だに15メートルもの距離がある。
この状況では、何も出来ない。
そうして、瑞穂から視線を半分遠くに向けて、森の少し前で、起き上がろうと苦戦している少女を見る。
こちらの名前は一ノ瀬ことみ。
高名な両親を持つ天才少女だとか。
とりあえず、先ほどの銃撃で左脚を貫いておいたので、先刻の一撃と合わせれば、移動は困難と。
「動くなよ、一ノ瀬ことみ、今度は殺すぞ」
一応、釘を刺しておく。
その言葉に、起き上がる動作を(表面上は)中断して、俺の方を見る。
それにより状況を把握して、おとなしくなる。
そしてもう一人。
「宮小路瑞穂、お前もだ。
…判っているとは思うが、お前じゃない、一ノ瀬ことみを殺す」
それで、瑞穂の動きも止まる。
引き金を引くより早く飛びかかれる筈が無い。
無論、こちらの隙をうかがってはいるのだが、表面上は俺の言葉に従った。
(さて、)
右手で銃を構えながら、考える。
取りあえずこの二人の命は射程内なんだが、
(どうするか……)
迷う。
別に、殺すか殺さないかでは無い。
そんな程度で迷う心は、とうに捨てた。
まあ、別に殺す必要も無いのだが…。
というか、出来れば殺したくない。
(これは…『ゲーム』だからな……)
誰が、何人殺すか。
そういった要素も、当然ゲームの内に含まれる。
イレギュラーである自分が参加者を殺すというのは、無論好ましくない。
自分には、このゲームの結果よりも、重要なものがある。
ゲームを乱して、ソレが侵されるような事態こそが、最も恐れるべき事だ。
…とはいえ、必要ならば迷わないが。
だが、
(上手く、いき過ぎたな)
相手の命はこちらの掌の上にあるので、無理に殺す必要は無い。
逃げようとしても、すぐに動きを止められる。
そして、このまま放っておけば、その内ハウエンクアが来て殺してくれるだろう。
つまり、コチラからは何もする必要が無い。
(そして、目の前にいるのは宮小路瑞穂で、しかも現在監視も無い…か)
何てこった。
理想的、過ぎる。
一つでも、要素が掛けていれば不可能な行為が、今は可能なのだ。
余裕をみせて質問なんてのは、下の下のそのまた下だが、
「……この状況で、お前はどうする?」
欲求を、押さえ切れなかった。
◇
(どうすれば……いいんだ…)
歯噛みしながら、考える。
振り向くことが出来ないので、ことみさんの状態は確認出来ない。
距離がありすぎて、意思疎通も不可能。
そして、射撃の妨害も、この距離では不可能。
銃は3メートルほど右側に転がっている。
…手詰まりだ。
男は、すぐに僕たちを殺すつもりは無いのようだが、安心出来る筈が無い。
何とか状況を好転させる手段を探すが…男に隙なんて無い。
それでも、男の一挙手一動作から目を離さずに、僅かなチャンスを伺う。
その時、
「……この状況で、お前はどうする?」
男が問いかけてきた。
「……どういう、意味ですか…」
慎重に、答える。
目的は読めないが、チャンスではある。
もしかしたら、僅かにでも突破抗が開けるかもしれない。
「お前一人なら、何とかなるだろ?」
は……?
咄嗟には理解出来なかった。
そして理解した瞬間に怒りが襲ってきた。
…ことみさんを……見捨てろというのか……
「だがそうすれば、お前は助かるかもしれない。
…っていうか、このままだと二人とも死ぬぞ」
僕の怒りを明確に察しながら、男は更に続けた。
(くっ……)
怒りはそのままに、少し冷静さを取り戻す。
男の言う事は正しい。
このままでは、僕もことみさんも、殺される。
「ん、ああ。
自分から殺されるとか考えるなよ一ノ瀬。
宮小路からお前は見えない。
確信が無い以上は、こいつは動けない。
それに、殺す以外にもやりようはあるしな」
(……っ!)
男の言葉で、後ろで何があったのかを察した。
ことみさん……どうか早まらないで……
◇
「宮小路瑞穂、お前もだ。
…判っているとは思うが、お前じゃない、一ノ瀬ことみを殺す」
(どうすれば……いいの…)
撃たれた左脚が、痛い。
幸い関節は外れているけど、ふくらはぎを貫かれて立ち上がるのも困難。
今撃たれれば、対処する手段はないの。
でもそんな事よりも、私が瑞穂さんの邪魔になってしまっている事の方が、遥かに重要。
「お前一人なら、何とかなるだろ?」
そう、
男は、私をわざと『殺さなかった』の、
何かで読んだ、足止めの為にスナイパーがやるという行動、それをまさか私がやられることになるなんて…
「だがそうすれば、お前は助かるかもしれない。
…っていうか、このままだと二人とも死ぬぞ」
……そう、なの。
男の言葉は正しい。
私のせいで、瑞穂さんは死んでしまうかもしれない。
(なら……)
恐怖は…拭えない。
でも、もう自分のせいで、誰かに死んで欲しくない。
そう、思って……
「ん、ああ。
自分から殺されるとか考えるなよ一ノ瀬。
宮小路からお前は見えない。
確信が無い以上は、こいつは動けない。
それに、殺す以外にもやりようはあるしな」
男の言葉に止められた。
怖気付いたからじゃなくて、
…その言葉で、自分が本当に何も出来ないと思い知らされてしまったから。
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