「この3台の端末はそれぞれユーザーコマンド群が異なっていた。
だから私が S.D.C. の誰かとオンラインで話をしていて、バークレーあるいはMITの誰かと話したいとき、
S.D.C. との端末から離れて、別の端末にログインして連絡する必要があった。
(中略)何をするのかは明らかだが、私はそんなことをしたくない。
インタラクティブ・コンピューティングが可能なら、1つの端末でどこにでも接続できるべきだ。このアイデアが ARPAnet だ」
ロバート・W・テイラー、リックライダーの "The Computer as a Communications Device" の共著者が
ニューヨーク・タイムズのインタビューで語った話
彼は1964年にIPTOを離れ、ARPANETが誕生したのはその5年後である。
しかし彼のネットワークのビジョンが、ローレンス・ロバーツやロバート・テイラーといった後継者を
ARPANET開発へと導く原動力となった。1973年から2年間、リックライダーはIPTOの責任者として復帰している。
最終更新:2013年05月07日 14:39