1969年12月5日までにユタ大学とカリフォルニア大学サンタバーバラ校を加えて、
4ノードを相互接続したネットワークになった。
ALOHAnetで開発されたアイデアに基づき、ARPANETは急速に成長する。
1981年までにホスト数は213に増え、およそ20日に1台のペースで新たなホストが接続されていった。
ARPANETは後のインターネットの技術的中核となり、そこで使われる各種技術を開発する場となった。
ARPANET開発の中心となったのは Request for Comments (RFC) プロセスであり、
インターネットとなってからもプロトコルやシステムを提案し広める手段となっている。
"Host Software" と題した RFC 1 は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のスティーブ・クロッカーが書き、1969年4月7日に公開した。
このころのことは、1972年のドキュメンタリー映画 Computer Networks: The Heralds of Resource Sharing に描かれている。
最終更新:2013年05月13日 14:26