アットウィキロゴ

GDW検討エピソード1


★クライシス2025/中央アジア裏社会抗争

 暗い洞窟の中で、青白い閃光が複数煌めいた。
 金切り声のような絶叫が木霊した後、洞窟は静まり返る。

 どこに光源があるのか、淡い紫色の灯りが不気味に照らす、洞窟の奥の小さな部屋。

 そこはまるで面取り加工した結晶細工のようになっており、奥には更に薄暗い通路が続いている。
 そしてその加工されたような通路の突き当たりに、2つのうごめく影が揺らいでいた。

「――ふぅ、結構手こずったわね、死なせてないかな?」
「多分……大丈夫だと思う。気を失っただけじゃないかな」

 2つの影は人間に似ているが、頭部や手足から突起が生えており、1人には大きな翼がある。
 そして2人とも黒っぽい体表と、細い尾を持っていることが分かる。


 竜王の有志――タカシとケイだ……元人間だが、人為的に“獣化”されたキメラノイドである。


 そして2人の足下には、青みがかった羽毛に覆われた、翼の生えた“獣人”が1人、倒れている。
 タカシたちと同様、この獣人も若い顔つきで、角が生えている。

「やっぱり……この子も“改造”されていたのかな?」
「そうだと思う……洗脳状態か、憑依人格の影響で、暴れたんじゃないかな」
「目覚めたら……洗脳が解けてると良いわね」
「期待したいね……そうなってくれないと、作戦も完了しいないし」

 そう言うと、タカシは「うーん」と言って、大きく伸びをした。
 全身を包み込んだタイトなスーツは所々破れており、激戦だったことを窺わせる。

「でも助かったよ、ケイがいなかったら、僕の方が負けていたかも」
「確かにかなり高い能力だったよね……あたしと同じ属性の持ち主でラッキーだったかも」

 ここはキルギス南部、天山山脈とパミール高原の境界付近にある鍾乳洞の最奥部である。
 時に2025年初夏、アクエリアス実働部隊『竜王』の有志たちによる、
 魔修羅連合の生物兵器研究所“MBS”の支部潜入工作作戦のクライマックスであった。
 2人はついさっきまで、この青い羽毛の若い獣人と「戦闘していた」のである。

◆ページタイトル◆

 数時間後。
 竜王の有志たちは、洞窟の外に出ていた。

 大きな石筍に覆われた露天のホールを清流が流れ、下流に向かってせせらぎの音を奏でる。
 その中でひときわ大きな、平板状の岩の上に仮設テントが組まれており、
 テントの後ろから崖の上にロープが伸びている……ここは入り組んだ谷底に当たることから、
 崖の上にある“移動本部”に戻るには、ロープを使う必要があるのだ。

 まぁ――移動本部と言っても、大型の輸送トラックなのだが。
 ケイのように自力で飛翔する能力を持つ有志もいるが、当然そんなメンバーばかりではないのだ。

「――気分はどう?」

 そのケイが、そう言って青い羽毛の若い獣人の横に腰掛ける。
 数時間前に洞窟の奥で、ケイやタカシと“交戦”していた“少年”である。
 遭遇時はほぼ裸だったため、厚手のキャンパスシートを被っている。
 羽毛に覆われた竜人のような外観だが、鋭い爪が生えた指は3本しかなく、タカシに似ている。

「……余り……良くない、です……」

 “獣化少年”は瞳の影が判然としない、オレンジ色の目を細めて、俯き加減にそう言った。
 どうやら“洗脳状態”は解けているらしい。

「まぁ、そうだよね……でも大丈夫、あたしたちがキミを守るから」
「は、はい……あ、あの……」
「ん、何? 大丈夫、何でも聞いてね♪」


 獣化少年はケイの問いに、ふと顔を上げて言葉を続けた。


「その……お、お姉さんも……ぼ、僕と、同じ……なんですか?」
「あぁ、そういうことか……そうだね、多分同じだね」

 獣化少年は恐らく、ケイの外観や能力について尋ねたのだろう。
 白黒のツートンカラーの肌、大きな翼に太い爪、瞳のないオレンジ色の目もそうだ。
 そして少年が意識と自我を取り戻してからの振舞いが、彼が“元人間”であることを示唆している。
 少年自身も、自分と雰囲気が似ているケイに、それを確認したかったのだろう。

「改めて自己紹介しとくね、あたしはケイ、キミが思っているように、元は人間だよ。
 そして向こうでお兄さんたちと作業してるのがタカシ君、彼もあたしと同じで元は人間だったの」
「そ……そうなんですね……」

 小さく呟いた少年は、遠慮がちにケイが指差した方を見る。
 そこではタカシが竜王の有志――リチャードや龍二と、仮設テントの横で片付けを行っている。
 大方の工作作戦が終わり、これから撤収するためである。
 タカシはふと、ケイや少年の視線に気付き、振り向くとにこりと笑って手を振った。

 3人とも瞳の影が判然としない宝石のような目だが、視線の方向は分かるようである。

「あ、そうだ……キミ、自分の名前は覚えてる?」
「え、あ、ハイ……ジャクト……それ以外は、ちょっと……」
「ジャクト君か、うん、それで十分だよ、これからも宜しくね♪」

 そう言ってケイが差し出した手を、ジャクトと名乗った獣化少年も戸惑いながら握り返す。
 直後――背後からリチャードの声が響いた。

「そっちは準備出来たか? そろそろ撤収するぞ」


 約1時間後――赤茶けた高原地帯を走る、竜王チャーターの大型トラックの運転席で。

「結局……あんまり成果はありませんでしたねぇ」

 助手席で腕を組んでいる、青色ロン毛のサングラス男――高山龍二。
 ハンドルを握る金髪男――パイル・リチャードは、苦笑するように言葉を返した。

「ゲートの跡のような設備が、基地の奥に残っていただろ……きっと最近閉鎖したんだな」
「ってことは、俺らの動きが勘付かれたってことですかね?」
「多分な……基地に来る直前、“連中”のトラップ跡を訪れているだろ、あれが怪しいと思う」
「魔物らしい気配は特段、感じませんでしたけどね……“あのスライム”以外は」
「こっちもケイやタカシといった“実力者”がいたから、エンカウントを避けたのかもな。
 だがあの時に気付かれてたとなると、今後の作戦が難しくなるかも知れん」


 その時――荷台の方から、にゅっと角の生えた若い“人外”の顔が運転席に出てきた。


 ケイやタカシではない……2人やジャクトと同じ人工獣人“キメラノイド”の1人イオだ。
 実は今回の工作作戦も、イオからもたらされた情報によるものだった。
 人外ながら女性的なシルエットだが、イオは元々男性であり、もちろん元人間である。

「なんかすいません……ボクがいた頃はもう少し、色々やってたと思うんですが」
「イオが気にしなくてもいいさ、こういう作戦は当たり外れも大きいもんだ」
「でも閉鎖したんなら、あの少年――ジャクトでしたっけ、彼が残されていたのは何でですかね?」
「俺たちの戦力を推し量る意図があったのかも知れんな」
「タカシが言うには結構な実力者だったみたいですが……それをわざわざ捨て石に?」
「それ以上の戦力を得られる見込みがあるなら、そういう手もあり得るさ」

 高原地帯の細い山道は無舗装のため、大型トラックは時折、ガタガタと大きく揺れる。
 イオが思わずよろめき、「おっとっと」と運転席の座席を掴んだ。
 トレーラータイプではないので荷台とはシャーシがつながっているが、それでも揺れるのだ。

「それ以上の戦力、ですか……」
「ジャクトはもちろん、ケイもタカシもそうだが、獣人に強化されてるとは言え元人間だ。
 もし強化の“素体”が人間じゃなくて魔物の類なら、戦闘力はもっと上がるだろ?」
「なるほど……そーいや、人間素体にこだわる必要はないですもんね、元々魔界の施設ですし」

 今回竜王が工作作戦を展開した基地の“運営元”である魔修羅連合は、
 魔界最強と言われる列強国家の1つであり、時空を越える野心を持つと言われている。
 アクエリアスの有志とは10年以上前から因縁があり、これまで何度か衝突したこともある。
 その際に、ケイやタカシが戦力として役立ったことは言うまでもない。

 もちろん――魔修羅連合が本気になれば、アクエリアスは恐らく太刀打ち出来ないだろうが。

 アクエリアスもディガスなど、世界を超えた支援を受ける地下組織であるが、
 魔修羅連合のように、国家規模の勢力を持っているわけではなく、あくまでも少数団体である。
 だからゲリラのように動いて、相手の隙を突く作戦しか展開出来ないのだ。

「まぁ……連中の基地はここいらに複数あるみたいだから、また出直せばいい。
 それに俺たちの動きが勘付かれているなら、1度こっちも体勢を立て直さなきゃいかん」
「ドレイク大使と早く合流しなきゃいけませんね」


「あのぉ……もーちょっと、揺れを抑えて走れません? お尻痛いんですけど」


 そんな言葉と共に、イオの背後から今度はケイの顔がにゅっと出てきた。
 確かに荷台には運転席のようなクッションがないから、色々とストレスも溜まるだろう。

「そう言われてもな……舗装されてない道だから、普通の道路のようには行かんよ」
「あのトラップ跡で保護した子たちの1部が、時々倒れてくるんですよ……自分で動けないから」
「そう言えば……彼女たちって人間に戻せるんですか?」

 ケイやイオが言っているのは、今回の作戦の数日前に“保護”した別の“実験体”たちだ。
 こちらも別の洞窟の近傍にある奥深い渓谷で発見されており、
 スライム状の魔物によって「石化された」数名の少女たちであった。
 しかもただの魔物ではなく、どうやらMBSが設置した“トラップ”だった可能性が高い。
 基地への不要な侵入者を防ぐために設置したトラップに、かかった少女たちなのだ。

 イオの質問に、リチャードは少し苦い表情を浮かべる。

「多分……無理だろうな。発見時の状態を考えると、石化されてから1年以上経ってる」
「それじゃあ、リオさんやカスミさんみたいになるんですね」
「つまり……“メタロイド化”するしかない、ってことですよね」
「あぁ……人間に戻れなくても、生きていく方法があると、理解してもらうしかない」
「ボクやケイさんも、そういう意味では同じ境遇ですもんね」
「今は意識がないっぽいけど……意識はいつかきっと戻るはず、カスミちゃんみたいにね」

 この時保護された“石化娘”の1人がサナに当たるが、それはまた後の話である。


 その頃――竜王有志が撤収した洞窟奥の“基地”に、エメラルドグリーンの揺らぎが生じた。

 リチャードが「閉鎖された」と判断した石板状の物体から、2体の“人外”が出現する。
 どうやら――完全に閉鎖したわけではなく、1時的に閉じた状態だったようだ。
 人外の1人は5つの目を持つ“魔人”、もう1人は大きな単眼を持つ“魔人”である。

 魔修羅連合の諜報工作部隊を率いる、ヴァギル・ピレガとアヴースだ。

 2人とも、実は“地球外”の種族をルーツとするが、魔修羅連合と深い縁を持っており、
 魔修羅連合の「時空を越える野心」と深く関わってきた存在である。

「――行ったか」
「それにしても、綺麗に持って行ったな、ほとんどガラクタだったのに、物好きな連中だぜ」
「人間どもにとっては、魔法のアイテムなんだろうよ」

 そう言って、くつくつと笑うピレガに対して、アヴースは少し不機嫌さを漂わせる。

「だが……あの小僧は本当に充てになるのか? サハリンの事例だってあるだろう」
「確かに……小僧1人なら、裏切る可能性も十分にある、だから“やつ”が同行したのさ」

 ピレガがそう言うと、アヴースは大きな単眼を更に見開いた。


「あの“魔獣王”は――まだ小僧の体から出て行ってないのか?」


 どうやら――2人が話題にしているのは、竜王が保護した獣人少年ジャクトのことらしい。
 そしてピレガはジャクトの強化された体に今も宿る“ある存在”を知っていた。

「今のところ“宿主”はあの小僧だけだからな、そう簡単には出られんだろうよ。
 あの“魔獣王”は、かの“魔神”の同志を標榜してるから、いちおう“こちら側”だろ?」
「かなりプライドが高いと聞いたぞ……本当に魔修羅の駒になってくれると思うか?」
「金角総統自身が“闇の使徒”だから、寝返る理由もないと思うがな……そんなに気になるか?」
「もちろんだ、確実性のない情報には警戒せねばならんだろう」

 熱弁するアヴースに、ピレガは「ふむ、確かにな」と言って腕を組んだ。

「カードは複数あった方が心強いのは確かだ……だから、別のカードも用意しているだろ?」
「あの“人工妖魔”か……まだ試作段階と聞いてるが大丈夫か?」
「試作と言ったって、10年以上前に試作した人工妖魔から派生したものだからな。
 こちらも完璧なカードが切れないのは承知の上さ、だから相手の出方を見るしかない」
「その“試作品”は今“あの国”にあるのか?」
「ザーラに持って行かせたから、今頃現地に到着してるはずだぜ。
 さて……ここも用済みだ、奴らが綺麗に片付けてくれたから、最後の始末をしておこう」

 そう言うと、ピレガは淡く光る小石を数個、基地の壁の複数ヶ所に向かって飛ばした。
 そしてその小石に向かって、アヴースが“眼力光線”を発射する。
 アヴースの目は、強力な熱線を放つ“砲撃魔術”の触媒としても機能するのだ。
 そして結果を確認することなく、2人はすぐにエメラルドグリーンの波紋の奥に消えた。


 その直後に複数の大爆発が起こり、洞窟がガラガラと崩れ始めた。


 ピレガが解き放った“複数の小石”は、放射性重金属の結晶であり、
 それにアヴースが熱線を発射することで、ミニサイズの“核爆発”を誘発させたのである。
 結晶は既に臨界状態にあったため、後は連鎖反応を触発させるだけだった。

 ミニサイズとはいえ、その爆発は洞窟の崩壊に留まらず、
 地表に衝撃を伝えて地震や地滑りを誘発するほど強力なものだったようだ。
 数時間前にケイとジャクトが会話していた渓流も、崩れ落ちてきた土砂で埋まってしまった。


 その翌日――竜王の有志は、キルギスの首都ビシュケクで、アル・ドレイクと合流した。

 ドレイクはアクエリアスを支援するディガス大使で、実質的に20年以上地球で暮らしている。
 本来はレモン色の肌を持つ長身のエルフのような“宇宙人”ラトリアンであるが、
 地球でアクエリアスを支援する時は、白人の中年男性に擬態している。
 ぱっと見はロシア人風味にも見えるため、現地の人々に混じっていても違和感が少ない。

「ご苦労さん、大事がなくて良かったよ」
「思ったほど成果はなかったですが、まぁこんなこともありますからね」

 ドレイクは頷くと、やや表情を曇らせて言葉を続けた。

「キルギスとタジキスタンの国境付近で“火山性地震”が起きた報道は知っているか?」
「えぇ……多分火山性地震ではない、と思いますがね」
「魔修羅の連中が、証拠隠滅のために、基地のある洞窟を爆破したのだろうな」
「タイミングが悪かったら、巻き込まれていたかも知れません……やることが派手ですよ」
「まぁ魔修羅はエグゼクターともつながってるから、情報操作の自信があるのだろう。
 さて……彼がその“ジャクト”だね?」

 そう言って、ドレイクは今回保護した獣人少年、ジャクトの方に歩いて行った。
 ジャクトは最初羽織っていたキャンパスシートを輸送トラック内で即席で加工した、
 貫頭衣のような簡素な服をまとっている……翼や手足は丸見えだが、胴体は隠れている。
 ドレイクはジャクトのオレンジ色の目を、無言でじっと見つめている。

「あ……あの、な、何か?」

 困惑するジャクトの言葉で、ドレイクは軽く微笑んだ。

「あぁいや、済まない、ちょっとキミの魂を“透視”していたんだ」
「ドレイク大使は地球人じゃないんだよ、特殊な能力を持っている我々の同志だ」
「へ、へぇ……なんかスゴいですね」
「私たちは非道な人体実験を批判する立場だ、警戒する必要はないよ」

 そう言いながら、ドレイクは“テレパシー専用回線”で同志たちを呼んだ。

(リチャード、龍二、そしてケイとタカシ、私の声が聞こえるかね?)

 名前を呼ばれた4人はわずかに表情を変えるが、素知らぬ素振りを見せる。

(聞こえてます……専用回線ってことは、極秘情報ですね?)
(あぁそうだ……彼――ジャクトのことだが、油断だけはしないように頼む)
(えっ……どういうことですか?)


(彼の目を透視して気付いたが――彼は意識下に“魔獣”を飼っている)


(あぁなるほど、そういうことですね……実はあたしも薄々、気付いてました)
(ケイもジャクトに、何かを感じてたってこと?)
(タカシ君、あの子が最初に凶暴化して襲ってきた時を覚えてる?
 正気を取り戻した後とは、まるで別人だったよね……憑依でもしたみたいに)
(あぁ、言われてみれば確かに……何かに取り憑かれてるのかなって)

 5人は出来るだけ表情に出さないように気を配りつつ、アイコンタクトを行う。

(ケイとタカシは気付いていたようだな……しかしその魔獣は今も彼の中に潜んでいて、
 彼から離れていないように見える……ジャクト自身は自覚してないがね)
(潜在的な共存状態にあるってことですかね?)
(それもあるが……どうも“魔獣の側”に別の意図があるようだ。
 彼の目を透視した瞬間、霊気の威圧を感じた……彼の魂に深入りするなと言いたげに)
(ただの魔物ではなく、知的な意図を持って活動している可能性があるわけですね)
(だから今後も彼をそれとなく注意していて欲しい、何か変化があるかも知れん)

 ドレイクはジャクトの頭を笑顔で撫でながら、「心の声」でそう“言った”


GDW検討エピソード2


★クライシス2025/新たなる異変と蘇る悪夢

「――はいもしもし、清明神社社務所です……あぁ警部、ご苦労様です」

 和歌山県北部にある、清明神社の社務所兼居間。
 主催の阿倍慎一が、戸棚の上に置いていたスマートフォンの呼び出しに応じた。
 相手は警視庁の知人である、大沢竜平警部だった。

『こちらこそ、ご無沙汰してます……実はちょっと、お願いがあるのですが』

「はい、なんでしょう? ――この雰囲気だと、いわゆる“怪異”の類ですかね?」

『はは、いつも鋭いですな……まぁ確かに、怪異と言えば怪異ですかね』

 大沢警部は時折起きる、常識を越えた事件の捜査を担当することがある。
 必ずしも“怪異専門”というわけではなく、未解決の捜索事案を扱うことも多いのだが、
 その縁で慎一と知り合い、アドバイスを受けるようになった経緯がある。
 実際に2018年に起きた“裏社会抗争”などの事例もあり、ある程度のことを知っているのだ。


「怪異と言えば怪異……ですか、何だか含みますね?」


 慎一は大沢の言い回しに、妙な“含み”があることをすぐに察したようだ。
 再び受話器の向こうで苦笑の声が漏れる。

『実は飛鳥地方のある温泉街で、昨晩起きた出来事でして――』

 そう言って大沢が打ち明けた“事件”の内容に、慎一は思わず目を丸くした。

◆ページタイトル◆

 数時間後。
 奈良県・飛鳥地方にある温泉旅館『葵雲会館』に、1台のワンボックスカーが停車した。
 降りてきたのは慎一と娘の智晶、そして轟剛の“妹”、譲である。

「深谷先生、慎一さんたちが来ましたよ」
「あぁ阿倍さん、すいませんね急に」
「いえいえ、大沢警部の紹介ですし、気にしないで下さい」

 旅館の車寄せで慎一たちを迎えたのは、瀧川信也と深谷雄児である。
 性変動ミュータント、エヴァンスの“元少年”と、信也と縁のある医療技師だ。
 そしてその後ろから大沢警部が早歩きでやってくる。

「阿倍さん、ありがとう……助かります」
「いえ、それで……“被害者”は今どこに?」
「3階の大広間に集まってもらっている……深谷先生と岳城先生にも来て頂きました」
「岳城先生は既に検査に入ってまして、お迎えできずすいません」

 足早に階段を上がりながら言葉を交わす慎一と大沢、深谷の後を追って、
 智晶と譲、信也がこちらも言葉を交わす。

「ユズル君、久し振り♪」
「どもです瀧川さん……ボクらがいるってことは“同族”なんですかね?」
「まだそれはよく分かってないみたいだね……ただメンタルのアドバイスは出来るからさ」
「修学旅行先でこんな事件に出くわすなんて災難ですよねぇ」

 そう話している間に、慎一たちは3階の大広間に着いた。
 そして大広間には、数十名ほどの“少女たち”が、体操服姿や浴衣姿で座り込んでいた。


「警部……まさかここにいる全員が、“元男児”なんですか?」


 様々な“怪異”を見てきた慎一も、少し呆気に取られたような表情を浮かべている。
 その後ろで大沢警部は小さく頷いた……目のやり場に困るのか、少女たちから視線を逸らす。

「昨晩露天風呂を訪れた、修学旅行の男子児童全員が、突然“少女化”したそうです」
「それで、エヴァンスの集団変異現象が疑われたわけですね……これはちょっと、凄いな」

 座り込んでいる“少女たち”は様々な表情だ……困惑する者、動揺する者が多い印象だが、
 好奇心が勝っている者もいる……しかし共通して恥ずかしそうに顔を赤面させており、
 生まれながらの女児にはない、独特の雰囲気が漂っているのだ。
 体型も様々だ……10代前半っぽい容姿から、10代後半っぽい容姿まで様々であるが、
 “異変”を最初に認知した旅館の関係者に言わせれば、全員が小学6年生の男児だという。

「修学旅行には、女子児童もいたのでは?」
「いました……そちらにはおかしい点がなかったので、先に帰宅してもらいました」

「ってことは、男子と女子が“入れ替わった”わけじゃないんやね……」
「“入れ替わり”だったら、それはそれで大変なことになるんじゃないかな」
「1人や2人の話やないですしねぇ」

 智晶の言葉に、苦笑いで信也が言葉を返す。
 そしてユズルを含む3人は、自分たちが「注目を集めている」ことに気付いていた。

「ボクら見られてますね……」
「そりゃあ、当事者じゃない数少ない“女子”やしねぇ」

 その時、大広間に5名ほどの“少女たち”が入って来た……周囲の反応から見ると、
 どうやら“彼女たち”も“被害者”らしい……それを確認すると、
 部屋の端に座っていた数人が躊躇いがちに立ち上がり、奥の部屋へと歩いて行った。
 それを軽く目で追った深谷が、小さな声で解説する。

「あの奥に大浴場がありまして、そこで岳城先生が身体検査をしているようです」
「なるほどね……それで現時点での結果は出てるんですかね?」
「半分ほどの検査が終わったようですが、今のところ特異体質の証拠は少ないようで」
「となると、エヴァンスではなくて“純粋な女性化”の可能性が高いか……」

「あるいはエヴァンスでも、ロヴニス系の可能性はあるかも……雰囲気が似てますし」

 これは信也だ……確かに信也は言われなければ、普通の女子とほとんど変わらない。
 “女体化ミュータント”として知られるエヴァンスには幾つかの“系統”があり、
 最も多いのはアナキス系だが、これは普通の女性より大柄で筋肉質なケースが多い。
 対してロヴニス系は全体に華奢で小柄であり、普通の女性とよく似ているのだ。
 今回の場合、まさに信也がロヴニス系で、ユズルがアナキス系に当たる。


 それから1時間弱ほどで、被害者全員の検査が終わったようだ。
 大浴場に向かう奥の廊下から、白衣の女性が歩いてきた……岳城真佐美である。
 深谷の後輩に当たる女医であり、過去にもエヴァンスの身体検査などに関わっており、
 慎一や大沢警部とも、既に面識がある人物だ。

「阿倍さん、ご苦労様です」
「岳城先生、どうもありがとう……どんな状況ですかね?」
「まだ精査してないので断定は出来ませんが、身体的な特徴は女性そのものですね。
 あるいはエヴァンスでも、瀧川さんのようなロヴニス系の可能性が高いです」
「あぁやっぱり、自分も何となくそんな気がしてたんですよ」

 岳城の報告に、信也がうんうんと頷く。
 その横で、慎一と智晶が、大浴場の方に目を向けた。

「大浴場は今、無人ですか?」
「そうですね……それがどうかしましたか?」
「誰もいないなら、少し調べてみたいんですがね……智晶お前、行けるか?」
「うん、任せて! ――ユーちゃんも来る?」
「そうやね、アーちゃんに付き合うよ」


「阿倍さん……いったい、どういうことですか?」


 大浴場に向かおうとした智晶とユズルを見て、ふと大沢警部が声をかけた。
 慎一は「考えていたこと」を警部に話す。

「ちょっと、不穏な霊気を感じるんですよ……大浴場の方からね」
「えっ……ということは、単なる集団変異ではなくて、やはり怪異ってことですか?」
「まだ断定は出来ませんがね……でも更衣室にいた岳城先生には異状がない。
 ということは、女性ならその場にいても問題がない可能性がある」
「つまりエヴァンスの変異現象ではなく、男児を女性化させる怪異が起きていると?」
「あくまでも可能性ですがね……じゃあ智晶、ユズル、頼んだぞ」

     ・
     ・
     ・

 大浴場には、まだ湯が張られていた。
 更衣室のガラス戸を開けて、智晶とユズルが大浴場に入ってきた。

 ただし服は着ている……靴下は脱いでズボンの裾は上げているが、残念だったな!

 滑り止めの付いたサンダルを裸足に引っかけて、2人は大浴場の床に足を下ろす。

「あぁ、なるほど……確かに、変な霊気を感じるわ……ユーちゃんはどう?」
「アーちゃんに同じく……何やろこの感覚、言葉にするの難しいな」
「パパが言ってたのは、こういうことやったんやね……」
「……と、言うと?」

 智晶はユズルに向かって振り向くと、言葉を続けた。

「多分あの子たちを少女に変える“呪い”みたいなものが、この大浴場にかけられてる」

「え、マジで!? そういうのってアリなん?」
「何年か前に、岐阜県の方でも似たような事件があったらしいんよ。
 まぁ当時ウチはまだ小さくて、後からパパに聞いた話なんやけどね……」
「そんな事件が、前にもあったんや……」

 半ば呆然としてるユズルを横目に、智晶は大浴場をキョロキョロと見回す。
 そして何かを感じ取ったように、温泉水が流れている湯船の方に歩いて行った。

「……うん、ここや、ここの霊気が1番強いわ」
「えっ、そこって、湯が出てくる所やんね?」
「そやね……多分この霊気、この旅館やなくて、外から流れてきたんとちゃうかな」
「……ちょっと何言ってるか分からへん」

 どこかで聞いたような言葉を聞いて、智晶は思わず苦笑いした。

「つまりね……この事件は偶然やなくて、誰かが意図的に仕掛けた可能性があるんよ」

 ユズルは再び目を見開いた。


「不安だろうけど、元気出して。体が女性だからって、女らしくしなくても良いんだから」

 大広間では、信也が“少女化した少年たち”のカウンセリングを実施していた。
 信也は見た目こそ10代後半の少女のようだが、実はこう見えて30歳をとうに過ぎており、
 エヴァンスに変異してからの経験値も20年以上あるのだ。
 2016年に変異したユズルもまだ“エヴァンス歴”9年程度なのである。

 にこやかに会話する信也の周りには、自然と“元少年たち”の環が出来ており、
 男性とも女性とも言えない、どこか中性的な信也の振舞いに関心を持っているようだ。

「最初は大変だと思うよ、自分もそうだったからね……でもいつかきっと克服するはず。
 何より、ここにいるみんなが、同じ経験をした“同志”なんだから」

 信也がそう言って励ますと、“元少年たち”はお互いに顔を見合わせて、
 再び顔を赤らめながらも、戸惑いがちに笑顔を交わした。
 「皆が同じ経験をした同志」という信也の言葉に、かなり勇気付けられたようである。

「あ、あの……俺――あいや、その……わ、わた、私は……」
「あぁ気にしないで、そのままで良いんだよ、俺で良いの、俺でね♪」
「お……俺のままで、良いんですか?」
「全然大丈夫、普通の女子にも、自分を俺と呼んでる子がいるんだから、問題ないよ」
「そ、そっか……俺のままで、良いのか……」
「あっあのっ……じゃあ、お、俺も……俺のままで良いの!?」
「もちろん、今までの自分で良いんだよ、心は何も変わってないんだからさ♪」
「は……はは……よ、良かったぁ!」


 そんな信也のカウンセリングを横目に、大人たちが智晶らの“報告”を聞いている。


「……人為的に、起こされた事件だって、いうんですか!?」
「警部はよく分からんでしょうが、この子の霊感は私よりも鋭くてね。
 この子が『疑惑の霊気が外から来た』と言うなら、ほぼ間違いなくそうだと思います」
「だとしたら、いったい誰がそんなことを……男児を女児に変えて、何がメリットなのか」

「多分ですが、人間の姿や性別を変えるという“術式”の実証なんじゃないですかね。
 究極的には『女性化する』だけでなく、例えば『別の動物』に変えることも可能かも。
 考えてみてください……今回は『男児が女児になった』からこうして報告されましたけど、
 もしこれが『イヌやネコ』に変えられていたら、ただの集団失踪事件になっていた」

 慎一の例え話に、大沢の表情が引きつるように強ばった。

「……これまでの行方不明事件を、洗い直さねばならないようですね……!」

 もしも「人間を別の姿(異種族を含む)に自在に変える方法」があるのだとしたら、
 神隠しのような突然の行方不明事件を起こすことも、容易になる理屈である。
 そんな事件を起こしているのが同じ人間なのか、異界の異種族なのかは不明瞭であるが、
 証拠がなくて迷宮入りした失踪事件も、もしかするとそうだったかも知れない。
 それが重大な可能性を持つことを、大沢は理解したのである。

「けれど、人為的な女性化工作だとしたら、彼女たちこれから、どうするんでしょう?」
「時間をかければ元に戻るのか、それとも今の姿が固定化されるのかも分からない。
 経過観察が必要だから、エヴァンスに準じる手続きで支援しながら様子を見るべきだな」
「経過観察、ですか……なら定期的な検査も必要になりますね……」
「その際は、また岳城先生にお願い出来ますかね、あと深谷先生もフォローして頂けると」
「もちろんです、乗りかかった船ですから、最後までカバーしますよ!」

 深谷がそう言って信也の方をちらりと見ると、信也が無言でサムズアップした。
 大声で会話していたわけじゃないが、信也はちゃんと聞いていたらしい。

「母校は兵庫県の方にあるらしいので、定期検査の通院も出来そうではありますね」
「それは不幸中の幸いだったのかも知れませんな」


「そんな事件だったんや……そりゃあ被害者もビックリしたやろうねぇ」

 再び清明神社の社務所兼居間……帰ってきた智晶の話を聞いているのは鬼香だ。
 その隣には藍色がかっった青い肌と女性的な容姿を持つ人物。
 “遺跡系エヴァノイド”の変異体の1人ティトルだ……例に漏れず“彼”も元男子である。

「それって、自分が変異した時に似てるのかも知れないな……場所は違うんだろうけど」
「あーそうやね、ティトルさんが変異したシチュエーションも似てるかも」
「けど凄い光景だったろうね、何十人というクラスメイト全員が少女化したわけだから」

(……なんかあたし、他人事に感じないです……)

 ティトルの横で、体を抱きすくめるようなリアクションを見せたのはカスミだ。
 瞳の影がない灰色の体……砂岩に似た質感と体質を持つ、メタロイドの1人である。
 彼女の場合は温泉旅館ではないが、雑木林の奥の“罠”にかかって石化を強いられた。
 数年後に保護されてはいるが、人間に戻る術を絶たれた1人である。
 人間だった頃の記憶の多くを失っており、自分の意志で動けるようにはなっているが、
 石化を強いられる直前の悪夢のような絶望感は、まだおぼろげに覚えている。

「そうか……カスミさんも林の中でいきなり変えられたんだよね……」

(あたしだけじゃなくて、メアさんやテアちゃんもそうですよ……不運ですよね。
 だからその子たちの困惑やショックが、何となく分かるんです)

 因みにカスミは肉声を出せないが、智晶も鬼香もユズルもティトルも感知可能である。
 鋭い霊感があれば、声を出せないメタロイドとの意思疎通も可能なのだ。

「もし元に戻れないとしたら、今までの自分の姿と永久にサヨナラするわけだしなぁ。
 自分も『生きたまま生まれ変わる』ような気分だったし」

 そう言って、ティトルは腕を組んだ……その内側でTシャツに挟まれた青い胸が揺れる。

「でも信也さんのカウンセリング、頼もしかったよ……心は何も変わってないんだから、
 姿が変わっても心を変える必要なんかないって、ウチまで勇気付けられたし」
「良いこと言うじゃん、自分もホントそう思うわw」
「ティトルさんも男子だった時とキャラ変わってないって言ってたよね」
「まぁ自分の場合は結果論だけどね、ラティスさんはかなり中性化したって言ってたし」

「それはそうと、その子らは結局どうなるん? 心を変えなくても良いって言ってもさ、
 今までと同じ生活はしづらいでしょ、あたしちょっと想像付かないな」

 鬼香が言っているのは、被害者の“これから”の話である。

「エヴァンスの登録手続きを流用して、調書を取った上で、順次反映させて行くんやって。
 ただこのまま女の子のまま体が固定されるかどうかも分からへんから、
 1週間くらい様子を見てから、手続きを進めていくって、パパが言うてたわ」
「そっか……元に戻ったら戻ったで、複雑な感覚が残りそうやね……」
「けどさ、その子らまだ12歳だろ? 自分の時も複雑な気分だったけど、
 その歳で体の方は成熟し切った子もいたみたいだから、それも変な気分だろうな」
「エヴァンスではよくあるケースらしいけどね、ボクも外見はほぼ成熟しちゃってるし」

 確かにユズルは、顔立ちこそまだ幼さを残しているが、かなりグラマーな体形である。
 智晶と同い年で既に18歳になるため、今はほぼ年齢相応の外観になってきたが、
 エヴァンス変異した9歳の時点で、今の容姿はほぼ完成されていたのだ。

(あたしの場合、幼女体形で固定化されちゃってますけどね……)

 カスミはそう言って、灰色の顔に苦笑いの表情を浮かべた。
 確かにカスミの場合は、10代初期の頃に石化されたため、その体形が固定化している。
 保護されるまで数年ほど意識がなかったことを差し引いても、もう10代半ばだが。

「まぁでも、逆に言うたら、ボクらみたいな“前例”が役に立つってことなんかな?
 信也さんも『エヴァンスとしての経験を活かせる』って言うてたし」
「だよな、自分も似たようなポジションだし、励ましてやれることはある気がする。
 ……まぁ、この肌色が問題にならなきゃ、だけども」
「大丈夫やないですか? 天性のエヴァンスにも青い肌の人、少数やけどいますし」
「あーそっか、レノスとかクイスとかそうだもんな」

 2025年ともなると、ミュータント種族エヴァンスの知名度もそれなりにある。
 2016年と2022年に“大発生”が起きた結果、ちょっとした少数民族の規模になっており、
 寒色系の肌色の個体がいることもそれなりに知られているのだ。
 ティトルは「天性ではない」ものの、見た目はそうしたエヴァンスと大差はないのだ。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2026年01月10日 17:51