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斑×咲 【投稿日 2005/10/16】

カテゴリー-斑目せつねえ


 東京郊外―椎応大学、サークル棟。やたらと汚い部室が
建ち並ぶ中の一角、「現代視覚文化研究会」の部室で
スーツ姿の斑目は溜息を付いた。卒業まであと少し、
まだ就職は決まらない。

(どうしたもんだか)

 普段はどうとでもない風を演出している彼も、それなりの
プレッシャーを感じているのだった。
 部室には誰も居ない。メンバーは就職活動、講義、はたまた
デートか…がらんとしている部室は妙に寂しいものがある。
いつもは誰かが居て、ゲームや雑誌を読み、一人増え、二人増え、
いつもの喧騒が暖かく部屋を、そして部員達を包み込むのだ。
だが今は誰も居ない。斑目一人だけだ。

(いつだったっけなぁ)

 いつの間にか居なくなった会長のように、斑目は窓から校舎を眺めた。
灰色の空は何処までも重く、吹きすさぶ風が否応無く部屋の温度を
下げに掛かっている。斑目は暖房もつけずにポケットに手を
突っ込んだまま、思いに耽っていた。

 初めて部室で二人っきりになったあの日―

 斑目の憧れにも似た咲への叶わぬ思いが、頭を擡げたのだった。
適当な口実を設け、トイレで悪戦苦闘し、もやもやとした思いを
抱えながら家路に着いた。荷物の事なんてどうでも良くなっていた。
 恋をしなかったといえば嘘となる。彼も生粋のオタクといえど、
それなりに慕情は抱いてきた…が。その度に彼は「オタクだから」
「ロリだから」という思いを盾に、これまでの道のりを歩いてきたのだ。

(何を今更)

 自虐的に首を振ると、「おー、寒…」などとわざとらしく口にしながら、
出入り口傍にあるストーブに歩み寄った。このストーブはかなり古く、
マッチでなければ火は付かない。運が悪い事に、ストーブ足元のマッチの
箱は既に空になっていた。
「参ったね、こりゃ」
 ごそごそと辺りを捜すが、マッチの類があるはずが無い。只一人を除いて、
部員は誰一人として煙草を吸わないのだ。
 どうしたものか。
 そう思案に暮れていると、いきなり扉が開いた。
「おーす。ぐぁ、すげー寒いじゃん…あれ、斑目居たの?」
 ぶっきらぼうな口調で入ってきたのは、咲だった。
 突然の登場に斑目の身体の芯が熱くなる。先ほどまであれほど寒さを
伝えていた脳が、今度は熱いぞ、と伝え始めた。
「あ、ああ、春日部さん。高坂は?」
「講義の後、アキバ行くって。何が楽しいんだか」
「今日は『萌えとま』の発売日だったか…ショップ限定のヤツが出るんだろ」
 がさがさと棚を漁りながら、斑目は咲を意識しないように努める。先ほどここを
探した事は知ってはいるが、それでも何故か身体が動いてしまう。
「ショップ別注なんてのがあんの?」
「ああ。フィギュアやらトレカやら。高坂の事だから、フィギュアの方かな…
或いは両方かもしれん。前から予約してたんだろうな」
 『萌えとま』は、ここ最近巷で話題になっている美少女ゲームだ。老舗のソフトハウス、
プシュケが出す事で熱狂的なファンはネットでもあれこれと議論を交わしていた。ちなみに
斑目はあんまり興味が無かった。プシュケのロリキャラにはグッと来ない。ロリキャラとは
つるぺたを差すのだ。プシュケは頭身が高すぎる。
 背後で「はぁ」と咲の溜息が聞こえた。それが妙に艶っぽく、顔が見えない分斑目の
妄想が加速をし始めるが、なんとか抑える。我慢だ、我慢。
「ね、さっきから何してるの?ストーブつけようよ」
「マッチがねーんだよ。春日部さん、ジッポだろ?」
 咲は鞄を漁ると、どっかの居酒屋のマッチを取り出した。とんとん、と斑目の肩を叩くと、
それを彼の顔の前に突きつける。
「ほら、これ」
「…持ってんじゃん」
「前にコーサカと行ったお店で貰ったの忘れちゃっててさ。使いなよ」
 マッチを受け取ると、所々錆びている金網を開けた。ドーム状のセットレバーを
持ち上げたところで、咲は椅子に座ってそれを興味深そうに眺めているのに気付いた。
「…そんなに珍しい?」
「うん。あたしんち、そんなストーブなかったもん。部室来たら大抵付いてるし」
「現代ッコだねぇ」
 苦笑しながらマッチを擦ろうとすると、ふと咲が顔を寄せてきた。

 ふと香る、香水。
 首から落ちていく、艶のある髪の毛。
 耳から首にかけての、肌理の細かい肌。

 あの髪の毛を触る事ができれば。
 あの肌を直に触る事ができれば。

「どうしたの?早くつけてよ」
 そんな言葉に、我に帰る。

 そうだな。
 そんな事は、無理なんだ。
 俺と春日部さんの距離はこんなに近くても。
 自分の求める距離までは果てしなく遠い。
 或いは道すら繋がっていないかもしれない。
 いや、たぶんそうなのだろう。
 彼女と俺が交わる事が出来るのは、「げんしけん」を介しているからだ。
 ただ、それだけ。

 そう―ただ、それだけの関係。

「それで、いっか」
「?」
「なんでもない」
「あっ、ヤカンも空じゃん。あたし、汲んでくるよ」
 ヤカンを片手に、部屋を出ようとする咲を斑目は呼び止めた。
「いいって、俺が汲んでくるよ」
「いいよ、ついでに煙草も吸いたいし」
 そう言い残すと、咲は部室を出て行った。グズグズと音を立て、
古いストーブが特有の匂いを発し始めた。あと数分もすれば
狭い部室は暖かくなり、過ごしやすくなるだろう。
「それで、いいじゃないか」
 先ほどの台詞を口にする。
 じきに誰か来るだろう。笹原か。大野さんか。荻上さんか。誰だっていい。
そうすればいつもの日々が始まるのだ。それが一番なのだ。それで、いいじゃないか。
「風が吹くな…」
 斑目は窓の外を見上げて一人ごちる。

 遠くで木枯らしが吹いた。そんな、冬の日。