卒業から一週間後 【投稿日 2006/03/05】
斑「っしゃ!今日は買って買って買いまくるぞ!!」
斑目は力いっぱい宣言した。
斑「えーというわけで、やって参りました秋葉原。
今日のテーマは『同人誌買いどこまで幅を広げられるか!?』に挑戦することですが、どうですか笹原さん?」
笹「あ、あれ?『斑目さんをなぐさめる会』じゃなかったですか?」
久「い、い、言うな!それ以上言うな!」
田「そこは流せ!全力で流せ!!」
斑「…はい、笹原のキツいツッコミでした。本当にありがとうございました。」
笹「すいません。ここは一応言っといたほうがオイシイかな~…と」
斑「強気攻めにバージョンアップした笹原は無敵だな、ある意味。」
卒業式から一週間後の日曜日。
笹原と田中と朽木は、斑目を元気づけるつもりで集まったのだが、当の斑目はいたって元気だ。
…元気すぎるくらいだ。社会人になって少しは大人しくなったと思っていたのだが。
斑「いくぞ皆の者!欲望のおもむくままに!!」
田「あんまり大きい声出すな~」
笹「元気ですねえ…」
久「し、心配して損した…」
「同じ穴のムジナ」についた斑目たちは、同人誌を物色し始める。
笹「あれ?斑目さん。会長本とかも買うんですか?」
斑「おう!今日の目的は『どこまで幅を広げられるか』だからな。
普段買わない属性や絵柄の本なんかも、お試しのつもりで買ってみようとおもっとる。」
笹「ははあ…さっきの宣言、本当に実行するつもりなんですね。
そうだ、会長本ならココのサークルなんかお勧めですよ。特にこの本!」
斑「………」
笹「どうしました?」
斑「つくづく立派になったよなあ笹原…昔はどんなのが好みか聞いただけでも恥ずかしがってたのに。」
笹「あー、初めのころはそうでしたね。でも今は『恥ずかしがってると損』って分かってますからね。」
斑「ふむ。それでこそ立派なオタク。もうワシに教えることは何もない。
老兵は死なず、ただ消え行くのみ。」
笹「あはは、何言ってんですか。」
斑「………」
笹「?…斑目さん?」
斑「いや、何でもない。これだな?オススメの本。」
笹「あ、そうです…ってかすでに大量の本持ってますけど…カバンに入らないんじゃ?」
斑「今日は紙袋に入れてもらうから、大丈夫!!」
笹「…ほ、ほんとに気合入ってますね…」
コミフェスばりに大量に同人誌を買った斑目。
斑「よーし、次はカラオケいくぞ!!」
久「ちょ、ちょっとまってよ」
田「おい、歩くの早いぞー」
笹「…本当に元気ですねえ…」
いつもの三倍は元気な斑目に、みんなふりまわされている。
しかし、何故こんなに無理やりカラ元気を装っているのか、皆分かっていたので、文句を言いながらもついていく。
斑「♪よみがえーる!よみがえーる!よみがえーる!ガンガル!!
君よ~~~!! つかめ~~~!!」
やたら熱の入った歌い方をしながら、右手で空をつかむ動作。
「♪まだ愛に~ふる~える~、心が~ある~なら~、
平和を~求めて~翔べよ!翔べよ!翔べよ~~~!!
銀河へ~~~向かって~~~、翔べよ~~~ガンガ~ル、
機動~戦士~ガンガル~~~~、
ガ ・ ン ・ ガ ・ ル !!!」
笹「いつもの三倍は力入ってますね…」
田「赤い水性並みだな」
久「い、意気込みだけはね…」
斑「ちょっとトイレ行ってくるわ」
田「おう」
斑目が出ていったあと、誰も曲を入れていなかったので静かになる。
画面にはカラオケランキングが単調に流れている。
笹原は、一度切れてしまった空気のつなぎに、何か歌おうと電話帳のようなカラオケの曲目録に手を伸ばした。
田「あいつ無理してるよな、今日」
田中が唐突に言った。
笹「え?斑目さんですか?」
田「うん」
笹「…ですね。」
笹原も何となくは気づいていた。
久「……」
久我山は何か言いたそうにしていたが、黙っていた。
笹「…やっぱりこたえてたんですかね。卒業式のときには、あまりわからなかったですけど」
久「そ、そうかな。なんかいつもとは、違うと思ったけど。お、俺は。」
笹「…そうですか?」
久「な、なんつーのかなー、テンションが変だった」
笹「んんー…」
笹原は卒業式の時のことを思い出そうと、あごに手をやった。
(違和感?俺には分からなかったな…)
笹「でも、斑目さんも、何でよりによって…」
春日部さんなんだろう、と続けようとしたとき、田中が遮った。
田「笹原。お前、荻上さん好きになったとき、『何でよりによって』とか思ったか?」
笹「え、そんなことは…!」
反論しかけ、田中の言いたいことに気づき、言葉をとめる。
田「…状況とか、見込みがあるないとか、関係ないんじゃないかな。
俺や笹原はたまたまうまくいっただけでさ。」
笹「………」
(…俺も、荻上さん好きになったばかりの頃は、まさか付き合えるなんて思ってもみなかった。
斑目さんは、もっとそうだろう。出会ってすぐの頃からずっと、春日部さんは高坂君と付き合ってたんだから。
…今まで、別れ話もなく。)
かつて荻上さんに言われた言葉を思い出す。
『私がオタクとつき合うわけないじゃないですか』
(…あのときは笑ってごまかすしかなかったけど、本当はかなりキツかった。
…斑目さんも…いや、きっと俺以上に…)
そこまで思い至って初めて、斑目が今までどんな思いでいたか、わかった気がした。
田「俺なあ…あいつが何考えてるのか、よく分かんなかったんだよな」
笹「…えっ?」
否定的にとれるような田中の言葉に驚き、思わず聞き返す笹原。
田中はいつになく真剣な顔をしている。
笹「…そ、そうですか?…よく分からないって…」
田「まあ、見た目にはすごく分かりやすく見えるけどな。特に趣味のこととか。
ただ、なんつーかな…恋愛のことに関しては、ガキっぽいというか…そういう話ふるとすごく苦手そうにしてたし。
普通のエロ本持ってないって言ってたしな。三次元の女に興味ないんかと思ってた。」
笹「あれ、でもみんなで斑目さんのトコいったとき…SMのAV…」
田「うん、それで余計分からなくなった。
だってなあ………SMって、極端すぎるだろ?」
笹「…そうですね。でも…今回のことは」
田「うん、だからさ、笹原たちの卒業式のときに、あいつに対する見方が変わったんだ。
ちょっと人より不器用なだけなんかな、って…」
久「な、なんか、キャラを作ってるとこあって、それもあいつの一面なんだけど、
ず、ずっとそのキャラを演じてなきゃいけなかったのかなー?」
田「…そうだな…」
笹「…………………」
(…そうか。初めにそのキャラで通してたから。
いつから春日部さんを好きだったのかは知らないけど、最近までずっと…)
斑目は水道の蛇口をひねり、水を流した。
ザーーーーー…
洗面台に水音が響く。手を洗い、水を止める。
キュッ
今ハンカチを持ってないので適当に手を振って水気をきりながら、ふと鏡に目をやる。
疲れた顔の、もう一人の自分。
(…何て顔してんだ俺)
冷めた目で鏡の中の自分を見つめ、一度目を閉じる。
今日は、いつものようにうまくいかない。少し焦りを感じる。
(元気出せ。せっかく皆が気ー遣ってくれてんじゃねーか)
しばらく目をつぶり、ぱっと目をひらく。
そして、意を決したように勢いよくトイレの戸を開けて出て行った。
戸はゆっくりと閉まっていった。
斑「…今日はさすがに疲れたなー」
ふー、と満足げな笑顔で斑目は言う。
秋葉原から、帰りの電車に乗ったところだった。
田「そりゃ、あんだけ騒いだらなあ」
久「ゲ、ゲーセンでもすごかったよね」
笹「………」
笹原は、何故かカラオケの後から大人しい。
斑「ん?どうかしたか笹原」
笹「い、いえ、俺もちょっと疲れたんで…」
田「………」
斑「?…そうか。でもお前、明日の予定ないんだろ?いーよなあ。
俺、明日会社あんだぜ。行きたくネーよ~」
久「だ、大丈夫なんかそんなこと言ってて?ちゃんと仕事してんのか?
ク、首になっても知らんぞ」
斑「バカ、当たり前だろ、ちゃんと仕事しとるわ!そんくらい俺でもわかってるっつーの」
久「S、SSスレでも心配されてたぞ」
斑「ハ?何だよそれ」
久「い、いや、何でもない…」
そのとき、笹原の携帯がポケットの中で振動し始めた。
笹原は携帯の待受画面をみる。荻上さんからだった。
あわてて携帯を開き、通話ボタンを押す。
笹「あ、荻上さん!?うん…ごめんちょっと電波悪くて…今電車の中だから…
え?うん、そうしてもらえると…いやいや、気にしないで。うん。うん。
今日これから行けるから、うん。じゃ、よろしく…」
早口で言い、すぐに携帯を閉じる。
田「…荻上さんから?」
笹「ええ、電車の中って言ったら、またメールくれるみたいです」
斑「用事できたな。」
笹「え、ええまあ…」
斑「田中は?大野さん来るのか?」
田「うん、今日も来るって言ってたけど。」
斑「そっか。…なんか卒業式に元気なかったみたいだからさー」
田「ああ。まだ少しな。」
斑「…ま、彼女いたらいたで大変ってことだな。なあ久我山!」
久「えっ!?あ、あ、あーまあ、そ、そうだね…」
なぜか挙動不審になる久我山。
斑「?…どうした、久我山」
久「いやあ、あの、えーと…か、隠すつもりは、な、なかったんだけど…」
斑「!?…お、おいまさか」
久「じ、じつはその…か、彼女、で、できそう、なんだよね…」
笹・田「!!!」
斑「!!!?」
驚愕する三人。
笹「え…えええーーー!?」
田「おい、初耳だぞ!!」
(あ…なんだ。今回は田中も知らんかったんか。
『またまた俺だけ知らなかった☆』なんてことになったら、
立ち直れないとこだった、ふう……。
…って、問題はそこじゃねーーーーーーーー!!!!!)
言葉を失う斑目をよそに、笹原と田中は久我山を質問攻めにする。
笹「えっ、どんな人なんですか?」
田「こ、告白したのか!?」
久「い、いや、こ、告白された、というか…」
笹「ま、マジっすか!!」
田「久我山、すげーなあ…」
久「ん~でも、なあ…お、同じ会社の別の課の人なんだけど、い、いきなり告白されたから…
お、俺が好きになれるか、わからんかったから、しばらく友達って感じだったんだよなー」
赤面しながら語る久我山。
笹「で、ど、どうするんですか?」
田「つ、付き合うことにしたんか?」
久我山のようにどもる二人。
久「ん~まあ…そ、そうしようかな、と。まだ付き合う前だから、み、皆に言わなかったんだよね」
笹「え~なんか、久我山さんかっこいいな~」
田「『友達』とかで引っ張るなんて余裕あるなあ…」
久「ん~、だ、だってさあ…しょ、初対面でいきなり『久我山さんって和み系ですよね』ってその人に言われて…
意味わからんかったからなあー」
笹「うわ、相手の人、一目ぼれじゃないですか!」
田「………………斑目、大丈夫か?」
田中の言葉に、皆、一斉に斑目のほうを見る。
斑目は電車のドアにもたれかかって、某ボクシング漫画のラストのように真っ白に燃え尽きていた。
皆「………………………」
斑「……はは、あははは………」
笑い始める斑目。
田「……お、おい、斑目………………?」
皆が固まる中、田中は冷や汗をかきながら、おそるおそる声をかける。
斑「くそーーー!!てめーらオタクのくせに彼女なんかつくりやがって!!!」
急に斑目はブチ切れた。
斑「見える…見えるぞ、俺とお前らの間に引かれた白い線が!!
アッチとコッチを隔てる境界線が!!」
笹「あの、白い線なんてありませんよ?」
笹原が床を見て言う。
斑「ウルセー!そんな天然ぶったって駄目だぞ!このヌルオタ!」
笹「え、いや今のはツッコミ…」
斑「もーいい!俺は一人で生きてやる!!
今日この日に誓う!!彼女は二次元で作る!!!」
一同(うわあ………………)
電車の中で大声で宣言した斑目。哀れすぎて、もうかける言葉も見つからない。
……………………………
斑「つーかもう、吹っ切れたよ。」
電車から降り、みんなが心配そうにする中、斑目は言う。
笹「ふ、吹っ切れたって…?」
斑「心配すんな。さっきのは冗談だ。ちっと、驚いたりムカついたりしただけさ!
むしろもういっそすがすがしい!!」
田「ま、まああんまり気にしないほうがいいぞ?またいい出会いとかあるかもわからんし。」
笹「そ、そうですよ。久我山さんみたいに」
久「い、いや、俺の話はいいから…」
斑「あー、もういいって。俺のことは気にすんな!
落ち込んでいるひまなどない。今日は大漁だしな!!」
紙袋を持ち上げて言う。
斑「じゃあなー皆!!またなーーーー!!!」
元気に去っていく斑目を、皆が引きつり笑いで見送る。
笹「…俺ら、全然役に立ちませんでしたね…」
田「むしろ、傷を広げてしまったかも知れんな……(汗)」
笹「久我山さんのことでトドメを刺しちゃったんですかね…」
久「す、すまん…言わなきゃよかったかな」
笹「いや、いつか分かることですし…」
田「そうそう」
一同「………………………」
笹「帰りましょうか……」
久「そ、そうだな………………」
さて、家につく頃には機嫌も直り、ほくほくしながら今日の戦利品(大量の同人誌)
をベッドに積み上げ、ティッシュを横に置いて準備万端。
正座して一度深呼吸。
意気込んで、まずは笹原に薦められた分厚い会長本を手に取る。
ワクワクしながらページを開く。
ぱらぱら、とめくってみる。
しかし…
(………あ、あれ……?
なんか、内容に集中できん………………)
けっこう悪くない絵であるはずなのに、内容も悪くないのに、頭に入ってこない。
(会長か………………)
今はもう手元にない、例の写真を思い出す。
写真に写っていた人物を思い出す。
(もう、あれから一週間か…………。)
(って、違うだろ!あー、会長だからイカンのか!?)
とりあえず会長本は脇へ置き、自分の属性であるロリでつるぺた、ツンデレの蓮子たんの本に手をつける。
(………何でだ?)
やっぱり、集中できない。
さっきから、頭の片隅にチラチラ思い出すものがある。
それを必死にかき消そうとしている自分がいる。
同人誌を放り出し、ゴロンと横になる。
もう考えたくないのに、頭は勝手に考え続ける。
あの日を思い出す。もう幾度も繰り返し思い出したあの時のことを。
心の内を告げた夜。
あの人が不意に見せた表情。
赤くなりうつむく顔。
そして卒業式の、あの袴姿。
(いや、分かってる。忘れなきゃいかんことは分かってる。
ただ………あの時、あの瞬間だけは、
本当に俺の気持ちが春日部さんに通じた気がしたんだ
………………ただ、そのことに感動したんだ。)
(だからこそすっきりしたんだ。
だからこそ今までの気持ちも、あのときの言葉も全部、無駄じゃなかったと思えたんだ。)
(なのに…)
(何で今、こんなに苦しいんだろう。
…何でこんなに胸が痛いんだろう。)
頭を抱え、体を硬くする。
…ふと、新しい考えに気がつく。
(欲張ってるのか…?もっともっとあんな風に話したかったって。
あんな風に隣であの人の反応を見ていたかったって。)
自分の内に渦巻く感情に混乱する。
(あ゛ーーーーーー!!!何なんだ俺は!!そんな風に思ってどうする!どうにもなんねーダロ!!
いや、分かってるから苦しいのか………)
重いため息をつく。
(そうだ、どうにもなんねーんだ。だいたい初めから望みなんてなかったじゃねーか。
それなのに勝手に好きになって、勝手に盛り上がってたんじゃねーか!)
何だか情けなくなってきた。目の前がじわりと滲む。
(あーもー、泣くな!落ち着け!)
頭をきつくかかえこみ、こらえる。
落ち着くために、ゆっくりと息を吐く。
(…深みにハマりすぎだろ。なんでこんな………)
思いかけて、いや、と否定する。
(…違う。今までこんなに真剣に、誰かのこと考えた事があったか…?)
淡い片思い程度なら、何度か経験があった。
いつも何もせず諦めて、気持ちを自然消滅させていた。
その方が楽だから。その方が傷つかないから。
恋愛だけじゃない。誰に対しても。
(そうか。だから今こんなに苦しんでるのか…)
急に、真っ暗だった目の前に、一筋の光が射した気がした。
(今まで楽してたんだな。だから今大変なんだ。
真剣になるのは、すげー勇気がいることで…。
だけど…必要なときには…真剣にならなきゃいけないんだ。)
抱えていた頭から腕をゆっくりと離し、仰向けになる。
(何か今………大事なことが…)
そのまま目をつぶった。
そのことに気づいた今、これからも感じるはずの苦しみや葛藤を、
少しずつ受け入れていけるんじゃないかと思った。
もっと冷静にこの思いを見つめられるようになるまで。
それがいつになるかは、わからないけど。
…それから一ヶ月が経過していた。
大学はもう新学期が始まり、斑目の通勤ルート(=大学の通学路)にも行き交う人が多い。
斑「…………………」
春の日差しは柔らかく、暖かい。
うすく霞がかったような空気の中で、斑目は晴れやかな気持ちにはなれなかった。
もうあれから、部室には顔を出していない。一度も。
昼食は近くの店で適当にすませるようになった。
何かを考えるのが面倒くさい。仕事をしているときは仕事のことだけ考えていればいいので、むしろ気が楽だった。
最近よくやっていると褒められることすらあった。
(…こんなもんなんだろうな……普通に仕事して普通に生活して…。
もう就職して一年経つもんな。…はあ…学生の頃は楽しかったよなあ………)
大学の横を通るたびに思い出す、あの頃のこと。
居心地がよくて毎日のように通った部室。そこでの出会い。
(記憶が風化して、平気でいられるようになるまでに、あとどれくらいの時間が必要なんだろう。)
斑目は会社への道をゆっくりと歩いていった。
定時に仕事を終え、斑目は家に帰る途中だった。
昼間より温度が下がり、少し肌寒い。
(…さて、今日は本屋に行って立ち読みでもするかな…)
漠然とそんなことを考えながら、大学の前にさしかかる。
ふと見ると、向こうから見覚えのある人物が歩いてくる。
(…ん?あれは…………)
その人物は口をとがらせながら、オランウータンのように前傾姿勢でのそのそと歩いてくる。
たまに「ル~ルゥ~♪」と歌のようなものを口ずさみながら…
こっちが立ち止まると、向こうもこっちに気がつき、急にテンションを上げて駆け出してくる。
朽「おぉう、斑目先輩じゃないデ~スカ~!!」
(おわっ………)
思わず元来た道を引き返しかけたが、クッチーの行動は素早く、あっという間に間合いをつめられる。
朽「どぉも~~~、コォ~ンバンハ~~~~!!!」
斑「…や、やあ朽木くん、久しぶり。いつも元気ダネ君は…」
朽「おうぅ~~~…それが、そうでもないんデスよ~~~………」
斑「ん?なんか悩み事?」
朽「聞いてくださいよ先輩!!ワタクシ、もう限界でアリマス!!」
大学構内のベンチで話をする。
朽木君は、部室での大野さんと荻上さんの様子を話した。
前のようにあからさまに敵視されることはなくなったが、明らかに無理して付き合われている感があるのでこっちもキツイ、ということ。
朽「ワタクシがつい何かしでかしちゃっても、お二人とも引きつり笑いで済ませちゃうし~~…
これなら、前のように蔑まれたほうがマシというもの!!」
(……………マシなのか?)
斑「怒られるようなことしなきゃいいんじゃ……もっと普通に…」
朽「分かっておりマス!!しかし!これはワタクシのキャラなのデスよ!!
それを抑えて人と接することは、言わばアイデンティティの崩壊なのでありマスよ!!!」
斑「……………」
(やっぱ朽木君、俺と似てるわ~…。キャラ作ってるところとか、俺がイタくて聞いてられん…)
斑「…ま、まあ…一度イメージを壊してみるのも必要だと思うがね?」
朽「むむ、そうでありマスか?『創造は破壊から』!!といいマスからね!!」
斑「………………………」
(朽木君は破壊しつくして終わりそうなイメージが…)
朽「…まぁ、それだけじゃないんですけどね……部室で一緒に格ゲーやってくれる人がいないのが寂しいんですよーーー…。」
急に素になる朽木君。
斑「あーそうか。大野さんも荻上さんもあんまりやらんもんなー」
朽「一応誘ってはみたんですけど、ダメでしたよーーー…。」
斑「(これ言っていいのかなー…)他の部の人とかは?」
朽「む~~、ワタクシは下手なので、逆に相手にならんのですよー」
斑「なるほど…。」
朽「ところで先輩は、なぜ最近部室に来ないのでありマスか?」
斑「え?いやー、だってなあ…俺ももう社会人だしねぇ」
朽「でもずっと来てたじゃないデスか??お昼休みに?」
斑「あははは……いや、ホラ………。
その………、春日部さんが卒業したしさ………………」
朽「あーーーー!!ナルホド!!
今までは春日部先輩に会いに来てたんデスね!!!」
斑「ちょ、声でかいって!!(汗)」
朽「じゃーもう、来ないつもりなんデスか?」
斑「う…まあね………」
朽「むーーー…寂しいデスよ。いや、ワタクシだけでなく、大野先輩と荻上さんも、最近元気ないんデスよー」
斑「へ?あの二人が?」
朽「大野先輩が元気ないので、荻上さんもー…。新歓の準備で忙しくして、気を紛らわせてるようなんデスけどもー。
そんな雰囲気の中にいるのは耐えられマセンヨーーーー!」
斑「ほほう…大野さん、まだ立ち直れてなかったのかー」
朽「ワタクシ、こんな時全く役に立ちませんカラね!!」
自虐というには、妙にさっぱりした笑顔で朽木君は言う。
朽「でまあ、そんな感じなんデスケド~、斑目先輩に一度顔出してもらえたら、お二人も喜ぶんでないかと」
斑「え、そう…?んん~…?」
朽「お願いしますよぉ~」
斑「ん~…。わかった。俺もそんな役たたんと思うけど…心配だし、明日様子見に行くわ」
次の日。
約束通り、かつてのように昼休みに弁当持参で部室の前までやってきた斑目。
(結局来ちまったな俺。あれだけ決意したのに…。まあ、いいか…後輩の頼みだもんな…。)
少し緊張しながら部室のドアをノックする。
「どうぞ~」
大野さんの声だ。
斑「や、久しぶり」
大「あ!お久しぶりです!」
大野さんが笑顔で迎えてくれる。
荻「どうも、お久しぶりです」
荻上さんはたたんであった椅子をひとつ広げ、斑目に「どうぞ」といって差し出す。
斑「あ、ありがと」
朽「どおも~~~~!!」
朽木君は昨日見たときよりもずいぶん元気そうに見える。
皆よほど寂しかったのだろう、妙に歓待され、なんだか気恥ずかしい。
斑「昨日朽木君から聞いたんだけど、皆元気ないんだって?」
さっそく切り出す斑目。
大「えへへへ…」
大野さんは少しばつが悪そうに笑う。
荻「…すいません、私が至らないから…」
大「えっ?」
荻上さんの言葉の意味が分からず、聞き返す大野さん。
荻「私…会長なのに、場をまとめることもできねぐて………」
荻上さんは体を硬くしてうつむいていた。
大野さんと朽木君は、荻上さんが急にうつむいて辛そうに話し始めるのを見て驚いていた。
荻「こんな時、どうしていいのか分からないんです。
私はずっと、人の気持ちなんておかまいなしに、ケンカ腰で接してきました。
だから場を明るくしたり、和ませることがこんなに難しいなんて知らなかった。
雰囲気を壊すようなことばかり得意で…。」
言いながら荻上さんの目に涙が盛り上がる。
ずっとそのことで自分を責めていたのだろう。
荻「すいません…私、会長失格ですね…」
大「そんなこと………」
朽「何でそうなるのかにゃ~~~~~~~??」
荻「…え?」
急に朽木くんが喋り出した。
朽「場の雰囲気って、荻上さんが一人で作るもんじゃないにょ。皆がいて勝手にできてくもんだにょ~~~。」
荻「で、でも…!!」
斑「そう、別に会長になるのに合格とか失格とかはない」
斑目が喋り始めた。
斑「俺も笹原も、大野さんもそうだけど、自分の苦手なことを会長だからって無理にやってた覚えはないし。
自分の好きなようにやってただけ。」
荻「…でも…それじゃ、場はまとまらないじゃないスか…。」
斑「よし!そんなら、会長として場をしきるための必殺技を君に教えよう!」
大「え?どんな技なんですか?」
荻「必殺技………?」
斑「会議をやる」
一同「へ???」
大「あ!会議って、もしかしてアレですか?
『第一回、○○について語ろう会議』~~~~~!…っていう斑目さんの名ゼリフ」
斑「そうそう、いや俺のも初代会長の受け売りなんだけどね」
大「ええ!?あの人の!?」
斑「初代はもっと落ち着いた言い方だったけどねー」
荻「第一回、新入生歓迎会をどうするか会議~~~~~っ!!!」
荻上さんは急に立ち上がったかと思うと、大きな声で宣言した。
皆、びっくりして荻上さんを見る。
荻上さんは勢いで言ってはみたものの、外したという顔をして真っ赤になる。
荻「………こっ、こんな感じですかね…………?」
斑「あ、あーうん!そんな感じ…」
大「ほ、ほら皆さん、拍手拍手!!」
一同、荻上さんに拍手をする。
荻「いやもう、いいデス……恥ずかしいスから…」
朽「にょ~~~!!オギチンが会長っぽくなったにょ~~~~~!!」
斑「あはは…ま、そんな感じでいけるんじゃねーの?」
大「荻上さん、一人で悩ませてすいませんでしたね…。私ももっとサポートできるように頑張りますから!」
荻「あっ…ありがとうございます」
荻上さんは赤い顔をしていたが、やがて照れくさそうに笑った。
会社へ戻る間、斑目は考えていた。
(荻上さんはもう大丈夫だと思うけど…。もう少し、様子見に来るかな。
まだ俺にできることがあるかもわからんし。)
…そうして、斑目は前のように、毎日部室に顔を出すようになるのだった。
END
最終更新:2006年03月06日 06:40