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必殺御宅人1 【投稿日 2006/05/25】

必殺御宅人


カネに生きるは下品にすぎる
恋に生きるは切なすぎ
出世に生きるはくたびれる
すべて浮世は視覚之文化
萌えにギリギリ生活かける
仕事はよろず引き受けましょう
人呼んで御宅人 ただしこの稼業
江戸職業づくしには載っていない

  ※       ※
錦絵(浮世絵)や華々しい見世物など、庶民を中心に視覚文化が大きく花開いた江戸時代。見る文化が発展すれば、おのずとさまざまな嗜好も生まれてくるもの……。

ところは江戸浅草の外れにある椎応長屋。
夕刻、この長屋に住む浪人・斑目晴信は、傘貼りの内職を終えると、同じ長屋の奥まった一角へと足を運び、ある部屋の前に立った。
そこの扉には、美人錦絵が貼られて飾られている。
しかしその絵は、菱川師宣に始まり喜多川歌麿、東洲斎写楽が人気を博す美人絵や役者絵とは趣が違っていた。瞳が大きく肌の露出も多い、春画(エロ絵)スレスレの「萌絵」と呼ばれる錦絵である。

カラリと戸を開いて斑目が中に入ると、そこは周りを棚に覆われた狭い空間だった。棚には当世の萌絵や読物、木彫りや陶器の萌人形が所狭しと並べられている。
「遅かったな斑目。見ろ武者頑我留が組み上がるぞ」
部屋の中央のちゃぶ台で、木彫りの人形を組んでいる男が声を掛けた。
裁縫や木彫物まで何でも寝ずにこなせる侍崩れ、人呼んで「梟の田中」である。
田中と向き合う形で座り、斑目に目もくれずに帳面に絵を描いているのは、遅筆のために絵師になりきれずにいる町人・久我山だ。
そして、部屋の上座に鎮座している、一見置物の如く生気や気配を感じさせない男が一言、「やあ、揃ったね」と声を発した。

「元締、急な呼び出しは困りますよ。内職の納期があるんで……」
「悪いね斑目君」
彼らは、当世の庶民風俗の好みとはちょっと違った趣味の錦絵や人形、絵草紙などを収集している。
江戸市中では、彼らのような極端な嗜好は、幼稚であるとか、時にはワイセツであると糾弾され忌み嫌われてさえいた。
彼らの様な者達は、「主に自宅に御座ましまして外に出たがらない者」……略して「御宅(オタク)」と呼ばれていた。

  ※       ※


第壱話「あんたこのオタクをどう思う」

  ※       ※

この部屋に集まった御宅人たちは重症…いや筋金入りだ。
町人文化が始まった元禄時代から、当世までの視覚文化を研鑽する集まりとして、彼らは自分達を「元禄由来視覚之文化研鑽會」、略して「元視研」と名乗っていた。

元締と呼ばれた、なで肩で眼鏡を掛けた男が口を開く。
「実は萌絵の同人版元から泣きつかれてね……最近、おかしな事件が起きてるんだ」
「同人版元が次々に殺されている一件ですね」と、事情通であり元締の代わりに会計も行う田中が、後を継いで語った。
萌絵は春画のように未成年禁止で取り締まられてはおらず、かといって子供に見せられないきわどい物もあり、中途半端な代物として危険視されていた。
特に正規の版元ではない同人の絵師や版元は、ご法度になるかもしれない恐れがあった。

斑目「危ない絵だからと、私怨を持って殺しをしていると?」
元締「いや、それだけではなく、絵の題材(モデル)になって版元で働いていた女性が乱暴され、河原で殺されていたり、売り飛ばされたという噂もある」
斑目「酷い話だ……それで…」

そのとき、ガラッと扉が開いて、元視研の部屋に珍しい来客が訪れた。
一人は眉目秀麗の武士。その後ろに、唐人のように赤く明るい髪をした美人だが目つきの悪い女が付いてきていた。
「元禄由来視覚之文化研鑽會はこちらですか。入りたいんですけど」
武士がニコニコと笑いながら問う。斑目、田中、久我山は目を点にして、「はあ」と答える。こうした入会希望者はめったにいないのだ。
武士の連れは憮然として、「ねえコーサカ、こんな掃き溜めみたいな処よりもさ、狩野派や光琳好みの絵を学びに行った方が良くない?」と、斑目たちへの遠慮もなく呟く。
「失礼な女だな!」と斑目が怒ると、女はギロリと睨み返して、「御宅はダマッテロ」と釘を刺した。火花を散らす両者。
そんな殺伐とした空気も何のその。高坂と呼ばれた男は、「咲ちゃん、ちゃんとした絵師は金持ちのパトロンがいないと続かないよ。僕はここでノンビリしたいなあ」と笑顔で返す。

田中が、「とりあえず今日はたて込んでいるんで、明日にでもまた来て下さい」とその場を鎮めて珍客を帰した。


「何だアイツ」と斑目はご立腹だ。田中がまあまあと抑えながら用件を続けた。
「話を戻すが、事件の前には、定町廻の同心が版元の周りをうろついていたという話もある」
「泣きついてきた版元は、同心や岡っ引きが近くをうろついていたので不安になって僕らに相談してきたという訳だよ。さっそくそこに行って事情を聞いて来てくれないかな」と元締。
「さ、さっきの2人も次に、ど ど 同人版元の処に行くって外で話してたよ」
無言だった久我山が口を開いた。
斑目は眉をひそめ、「えー、またややこしい事になるんじゃねーだろな」とザンバラ髪をかきむしった。

その夜、斑目、田中、久我山の3人は相談者の同人版元へ向かう。佃島の郊外は人の通りも少ない。
まもなく版元の家に付くという時になって、静寂を破るように、目的の家から悲鳴が聞こえた。3人は漁の網や建物の物陰に隠れる。
血糊が付いた刀を持った町廻同心が、版元の家から出てきた。
「おい斑目、あれ見ろ」
田中が指差したのは同心の方ではない。近くに、夕方の無礼な女・咲が立っていたのだ。彼女は何が起きたのか分からないでキョトンとしていた。

同心が咲を見かけ、「そこの唐人女!萌絵の題材になった女じゃないのか!?」と、咲の色の明るい髪に目を付けた。
「ちょっ!、私は関係ないし唐人じゃないってば!、連れがここに来るのを待ってただけよ!」
「五月蝿い。言い訳は番所で聞くわい」
岡っ引きにしょっぴかれていく咲。
その様子を見た斑目は、思わず同心の前に出ていた。出たはいいが腕っ節も弱い斑目には咲を助ける術がない。
「何だお前は?」
「あ、いや……通りすがりの者ですが、さっきの人をどうなさるんで?」
「お上の取り調べに文句があるのか?」
同心は斑目のみすぼらしい容姿を一瞥した後、斑目が腰に差している刀に手をかけた。本来なら浪人相手とはいえ、このような無礼が許されるものではない。
同心は、刀の手応えの軽さに気付いて一気に引き抜いた。それは竹光(たけみつ)だった。
竹でできた斑目の刀を投げ捨てて、同心は「ケッ、命が惜しけりゃじゃまするな」と言い捨てて去った。


物陰から出てきた田中らと共に、斑目は屋内に入り、斬られた版元に駆け寄った。
「も…元締めの使い…ですか、こんな非道が許され…て…」
版元はそのままこと切れた。斑目の眼鏡の奥の瞳が鈍く光る。
(許せねえ。それにあの生意気な女も、このまま乱暴されるとあっちゃ仕方がねえ…)
斑目は久我山の方を向き、「お前は元締と、高坂とやらに知らせてこい!」と告げた。
「こ 高坂は、ど どこにいるんだよ」
「うるせえ、こっちに来る約束だったんだから走ってる間に出くわすだろ!」
巨体を揺すりながら久我山が駆け出して行く。すぐに息が上がるのが遠目にも分かった。人選ミスだ。

田中が斑目に声を掛ける。
「お前、久しぶりに“マムシの晴信”に戻るのか」
「俺は前世がヘビだからな…。この獲物は俺ら二人で十分だ。行くぜ」
彼ら元視研は、今までも、視覚文化に関わる事件で許せぬ者があれば、「仕置き」を行ってきた。

仕置き。法によって処刑することを江戸時代こう呼んだ。
しかしここにいう仕置とは、法の網をくぐってはびこる悪を裁く闇の処刑人のことである。
ただしこの存在を証明する記録古文書の類は一切残っていない。
世に言う「仕置人」と彼らが違うのは、カネでは動かないこと。萌えを基準に動くのだ。

咲が連れて行かれた番所。竹刀で折檻を受けた咲は気を失っていた。
「ま、お楽しみはこれからだ」と同心と岡っ引きが野卑な笑いを浮かべる。
岡っ引きが厠に行く為に外へ出た。
番所の外は夜の闇。その闇の中に一瞬、“梟の田中”の顔が浮かんで、消えた。
(※ここから殺しのテーマを適当に脳内再生してください)
岡っ引きは明かりもほとんど届かない闇の中に、人の姿が浮かび上がるのを見た。
「ヒッ!」と驚く岡っ引きだが、その影をよく見ると、柳に吊るされた羽織物であった。
いぶかしげに羽織に近づく岡っ引き。その背後にはすでに田中が立っていた。
田中が手にした反物から、糸を一本引き抜くと、岡っ引きの首に絡めて絞めたまま、闇の中へと姿を消していった。
岡っ引きが闇の中から戻ってくる事は無かった。


代わりに夜の闇の中から歩いてきたのは、斑目だった。その姿が番所の灯りに照らされて、次第にハッキリしてくる。
斑目は、腰の刀に手をかける。鞘に納めたまま、鍔(ツバ)の部分だけを半回転させると、中からカキンと音がした。

番所で、気を失った咲の美しい顔立ちを眺めていた同心は、背後でガラッと戸の開く音を聞いた。
同心が、「おい、遅いぞ」と振り向くと、そこに立っていたのは、先刻出会ったみすぼらしい浪人だった。
「なんだ、さっきの“竹光”か。喧嘩でも売りにきたのか?」
斑目は無言のままだ。
「こんな竹の刃で何ができるんだ。ハハっ」

同心は、再び斑目の刀に手をかけて、“竹光”を引き抜いた……つもりだった。だが、手応えが無かった。手には柄(取っ手)だけがあった。
次の瞬間、彼の体に熱と激痛が走った。
斑目の本来の「刀」は、柄の中に仕込まれていたのだ。鍔を回転させることで竹の刀身が抜けないように固定して、鞘ごと「槍」として使えるように改造してあったのだ。
同心は、目の前の事が信じられないという顔をしたまま崩れ落ちた。

翌朝、咲が目を覚ますと、元視研の部屋に居た。
「咲ちゃん大丈夫?」と、枕元で高坂がにこやかに声を掛けた。
ホッとした表情で布団から半身を起こした咲は、「こうさかぁ……」と高坂に抱きついて甘えた。
その部屋の外には、斑目と元締が立っていた。

「目が覚めたんならとっとと出て行けばいいのによ~」
毒づく斑目の後ろで元締が、「彼女を助けた本人がそんなことを言ってはいけないよ。新しい仲間なんだから優しくしてやってね」と語り掛ける。
「仲間?、あいつら元視研に入るんですか?」と、斑目が振り向いた時には、もう元締の姿は無かった。神出鬼没の男である。

これまでの穏やかな御宅生活(オタクライフ)が、どうか乱されないように、と願う斑目であった。
<おわり>
最終更新:2006年05月28日 00:06