必殺御宅人2 【投稿日 2006/05/25】
カネに生きるは下品にすぎる
恋に生きるは切なすぎ
出世に生きるはくたびれる
すべて浮世は視覚之文化
萌えにギリギリ生活かける
仕事はよろず引き受けましょう
人呼んで御宅人 ただしこの稼業
江戸職業づくしには載っていない
※ ※
江戸の絵草子や見世物のポスター、大売出しのビラなどの印刷物が多色刷りになったのは、江戸時代中頃からであるという。
優れた絵師や彫師をはじめ、今でいうコピーライターを起用して宣伝文を書き、より多くの顧客を獲得しようとせめぎ合い、それが100万の人口抱える大都市・江戸の文化と経済を発展させる一翼を担った……。
早朝の椎応長屋。普段は昼近くまで寝ている斑目が、息せき切って自分の部屋を飛び出して行った。
隣の部屋の久我山は、斑目が出ていく物音に気付き、「め 珍しいこともあるんだな…」と目を擦りながら呟き、再び眠りについた。
斑目はこの日、新規開店の装飾店で出される限定版の「引札(チラシ)」を目当に目抜き通りまでやってきた。斑目好みの絵師が描いた錦絵が、しかも開店当日の限定版として配られるのだ。
しかし斑目は、店の前の雑踏で意外な人物の姿を見かけた。先日助けた春日部のお咲だ。気を失っていた所を斑目に救われた彼女の方は、その事実と彼らの裏家業を知らない。
咲が斑目の姿に気付いて、「あ、御宅じゃん」と声を掛けた。
斑目は少しムッとしたが、(この混雑の中で俺の姿に気付くとは、まんざら悪い印象ではないのか)と思う。
「お咲さん…だっけか。こんな所に何しに来てるんだ?」
「買い物よ。あんたこそ女物の飾りの店に何の用よ」
斑目は錦絵の事ばかりに気が向いていたが、この引札の店は、女性向けのものである。
咲がすぐに斑目の姿に気付いたのも無理はなかった。
※ ※
第弐話「あんたこの属性をどう思う」
※ ※
斑目はようやく、周囲に居る男が自分だけだったことに気が付いた。
引札の錦絵目当てに必死でやってきたため、まったく気が付かなかったが、彼にとっては全く相容れない洒落た世界である。
急に息苦しくなり、一旦、女ばかりの空間から離れて、近くの射的屋(ゲーセン)で休憩(ワンプレイ)。
その後、店の丁稚にまで頭を下げて、張り紙(ポスター)は貰うことができた斑目だったが、限定版の引札はついに手に入らなかった。
肩を落として長屋に
帰ってきた斑目。長屋の一角にある元視研の部屋に行くと、そこには、同じ店から買ってきた簪や蒔絵の櫛で高坂の気を引こうとしている咲がいた。
ため息をつく斑目。高坂はニコニコして咲の呼び掛けに返事をするが、目は絵草子から離れない。
フンと鼻息を吹いた斑目が、「無駄無駄。ここ数日見てて思ったけど、高坂はかなりの御宅なんだからさあ、無駄なあがきだよ」と咲に語り掛ける。
部屋で絵を描いていた久我山も、「だ 第一、髪を結わえてもいないのに簪を飾るなんて無謀だな」と呟く。
「うっさいわね。この方が頭が楽なのよ!」
咲は、日本髪を結わえることなく、自然に流していた。
(そんなんだから唐人に間違えられるんだ)と斑目は思った。
斑目がふと、ちゃぶ台の上に目を移すと、自分が欲しがっていた限定版の引札が、無造作に丸められているではないか。
思わず、「あーーーーっ!、なんて事を!」と絶叫する斑目。咲は、「これが欲しいの?、趣味悪ッ。この絵じゃ店の雰囲気に合わないと思うわ私」と呆れ顔だ。
「何だと!、人の好みにケチつけやがって!」
咲は丸まった引札を開いて見る。童顔の幼女体系、いわゆるロリでツルペタだ。汗だくになった咲は、無言でもう一度丸めて土間に投げ捨てた。
「あーーーーっ!」
再び斑目の悲鳴が長屋に響いた。
そこに、息せき切って田中が駆け込んできた。土間に捨てられた引札は、丸まったまま今度は田中に踏みつけられた。
「あぁぁあ…」斑目の声が空しく響く。
「おい、斑目、久我山、ちょっと来てくれ!」
久我山と、意気消沈の斑目を長屋の井戸端に呼び出した田中は、ヒソヒソと用件を話しはじめた。
北町奉行所が、今回配られた商店の萌絵の引札が風紀を乱すとして、引札の回収と、原画や刷りの木版を没収するというのだ。
斑目「くっそー。これ以上俺から萌絵を奪おうというのか。許せん」
田中「何のこっちゃ」
久我山「あ、気にせずに、な 生暖かく見守るが吉」
元締「しかし、今回の取り締まりは、そのまま見送るとマズイよ」
三人の会話の輪の中に、いつの間にか元締が入っていた。驚く田中ら。
元締は、今回の取り締まりを契機に、萌絵や絵草子を手掛ける絵師や刷師が怖じ気づいてしまうことを危惧していた。
斑目「じゃあ、俺らで一つ花火を上げて…」
田中「奉行所の失態を見せつければ、職人も頑張ってくれると…」
元締は、「郊外の版元で没収した原画や引札を乗せた馬車が、奉行所に行く道筋は調べてあるよ。警備の者もほとんどいない」と事も無げに言う。
その飄々とした言動に斑目は、(一体この人は何者なんだ)と疑問に思った。
その日の午後、人気のほとんどない郊外の農道。元締が教えてくれた馬車の通り道だ。
道の向こうから、久我山が歩いてくる。道の脇にポツンと建っている小屋まで来ると、そこから、馬車が来る方向へと歩き出し、1間(1.8メートル)ごとに石を置いていった。
石は、青い岩絵具で塗られており、1間ごとの目印になった。
10間(約18メートル)ほど石を置いたら、再び道を引き返し、小屋の玄関に置いてある大きな樽のそばに座った。
昼間の陽に照らされて、久我山は汗だくだ。
ふいに、「久我山、頼むぞ」と声が聞こえてきた。道を挟んだ向かい側の木の陰に、田中と斑目が隠れている。
久我山は、「お おう…」と、控え目に返事をした。
まもなく馬車が通る時間だ。
(※ここから殺しのテーマを適当に脳内再生してください)
樽の陰に大きな体を隠した久我山は、懐から厚手の皮手袋を取り出して、左手を覆った。
続いて、竹製の大きめの絵筆を取り出す。
筆管(筆の胴体部)を革手袋をした左手でゆっくりと握った。
いつも以上に、汗が体中から吹き出してくる。
首から掛けた手ぬぐいを右手に握りしめ、顔の汗を拭うと、「ふひー…」と大きく息を吐いた。
その時、目標の馬車が走ってくる音が聞こえてきた。
樽の陰から音の方向を覗き込むと、役人が一人で馬車を操っているのが見えた。
物陰から馬車と自分の距離を計る久我山。既に10間を切っている。馬車が目印の青い石を過ぎるごとに、「ご、五間……四間……」と呟く。
近付いてくる馬車。久我山は汗だくになりながら、馬車が3間先の目印を過ぎるのを見た。
「……三間ッ!」
物陰から身を起こした久我山は、筆先を馬車に向け、右手で筆管の端の掛け紐を勢い良く引き抜いた。
ズバァァァンッ!!
毛先が爆発したように弾けて、筆の穂が勢い良く散る。同時に弾丸が馬車の車輪近くに命中した。
久我山の仕込み筆には火薬が仕込まれ、掛け紐を引くことで小さな火打石がこすれ、弾丸を射出する。
ただし、命中させるには3間(約5.5メートル)以内の間合いが必要なのだ。しかも一度撃った仕込み筆はバラバラに壊れ、連発は出来ない。革手袋をしていないと、久我山自身がケガをしてしまう。
錯乱する馬と慌てる役人。久我山の銃撃を合図に、黒覆面を被った田中が役人の背後に走り寄る。
田中は、役人の背中から相手の腕を絡め取ると、手製の強化糸を通した針を、役人の羽織りの袖、襟、袴へと瞬く間に通していく。
クキュキュッ!と、糸を引き絞る田中。役人は、まるで拘束具を着せられたかのように、がんじがらめにされ、手も足も出ないまま地面でのたうち回った。
続いて出てきた覆面姿の斑目が、田中と二人掛かりで役人を抱え、小屋の中へと押し込んだ。
「ざっとこんなもんか」と斑目。すかさず田中が、「お前は大した事してないだろ」と突っ込んだ。
翌日、街頭で仰々しい口上とともに、刷物(かわら版)がばらまかれた。
「没収お取り上げになった萌絵の引札大量に奪われる」「白昼の強奪劇、北町奉行所大失態也」
その刷物を手に街を歩く田中。(しかし、北町奉行の“女奉行”キツそうだからな。逆効果で余計に厳しくなるかも知れんな……)と心配が過る。
ふと、通りのにぎわいに顔を上げた田中は、目の前でひらひらと舞い落ちる無数の引札の一つを拾い上げた。
「何だこりゃ」
引札は呉服商の新規開店の告知だったが、その錦絵が一風変わっていた。丸坊主のいかつい男性、ひげ面の中年侍が、鮮やかな反物を広げて暑苦しくアピールしているのだ。
「こりゃまた凄い趣味の引札だな。斑目は嫌がるだろうな」と笑う。田中はこの店が開店したら、その店の主人の顔を見に行こうと決めた。
引札には、「呉服“神無月”」と書かれていた。
一方、椎応長屋の一角にある元視研の部屋では、斑目が久我山とともに引札を眺めていた。馬車から強奪した引札は密かに隠し、ほとぼりがさめれば絵師に返す段取りになっているが、元締の許しを得て、その一部を譲り受けたのだ。
そこに高坂と咲もやってきた。咲はいつも通り、面白くなさそうにしている。
「どうだ奇麗だろう高坂。この可憐な表情、現物の女じゃあ出せないよなあ!」
斑目は、絵を高坂に手渡そうとするが、咲が斑目の手からサッと奪い取った。
「現実の女を知ってるのかよエラソーに。この絵なんかまるで子どもじゃん、ただの絵じゃんか!」
「何を!、絵から性的欲求を高める高度な精神活動を…(以下略」
呆れ顔の咲は、斑目の熱弁を無視して、高坂に向かって錦絵を広げる。
「コーサカもこういうの好きなの?」
「うん好きだよ」と高坂。罪のない…いや、かなり罪な笑顔を咲に返した。
咲は、無言で錦絵を丸めて土間に投げ捨てた。
「あーーーーっ!」
またしても、斑目の悲鳴が長屋に響き渡るのであった。
<おわり>
最終更新:2006年05月28日 00:10