30人いる!その4 【投稿日 2007/08/05】
第3章 笹原恵子の特訓
テレビの画面には、モノクロで東宝のマークが映っていた。
恵子「おい、テレビ故障か?白黒じゃねえか」
国松「白黒ですよ。何しろ半世紀以上前の作品ですから」
恵子「…何を見せる気だよ?」
国松「ほら、タイトル出ますよ」
先ず「賛助 海上保安庁」と字幕スーパーが出た。
続いて何かがきしむような生き物の咆哮と共に音楽が始まる。
伊福部昭作曲の有名な旋律に乗って、タイトルの文字が出た。
一同「ゴジラ?!」
国松「そう、昭和29年封切りの第1作目!」
「やれやれ、すっかり昼飯が遅くなっちまったな」
例によって斑目は、弁当を持って部室にやって来た。
「今日は誰か居るかな?まあ夏コミ済んだとこだから、誰も居ないかもな」
部室の中から物音が聞こえる。
何かビデオを再生してるらしい。
「どうやら誰か居るようだな。(部室のドアを開け)うぃーす」
誰も斑目に反応しなかった。
全員(藪崎さんと加藤さん含む)テレビの方に向かっていた。
テレビの画面の中では、ゴジラが松坂屋を破壊していた。
『ゴジラ?何で部室でゴジラ?』
チラリと国松を見る。
『まあ多分持ってきたのは彼女だな。それにしても、全員が夢中で見てるってのは…』
とりあえず隅っこの席に座り、昼飯を食べ始めた。
食べながら会員たちの顔を見渡し、あれこれ考えを巡らせた。
『あれっ?、よく見るとスーと
アンジェラも居るな。あの2人って1回帰国して、9月までは来ないんじゃなかったっけ?』
『藪崎さんたちまで見てるな。こりゃいったいどういう…』
『1番前で見てるの、恵子ちゃんじゃない?顔がマジだ…』
やがて映画が終了し、神田が声を上げた。
「わっ!シゲさん何時の間に?!初代会長みたい!」
斑目「人聞きの悪いこと言わないでよ。俺一応部屋入る時、声かけたんだよ」
神田「そうなんですか」
斑目「ところでこの集まりはいったい…」
斑目が神田から事情を聞いた。
斑目「えらく話がでかくなってるね」
神田「シゲさんとこの会社も、晴海にお金出したんですよね?」
斑目「いや実はそれ、今初めて聞いたんだ」
神田「シゲさんが出したんじゃなかったんだ」
斑目「俺の留守中に社長が出してくれたのかもな。後で訊いてみるよ」
そこへ藪崎さん、加藤さん、アンジェラ、スーの4人が近付き、斑目を包囲するかのように座る。
彼女たちと1年女子は、夏コミの際にスーの提案で「斑目先輩を男にする会」を結成した。
4人と神田は「直接的な意味で」その中心メンバーなのだ。
藪崎「こらこらミッチー、抜け駆けはあかんで」
斑目「抜け駆けって…」
夏コミでの騒動を思い出して、やや逃げ腰になる斑目。
すっかり赤面で滝汗状態だ。
加藤「心配なさらなくてけっこうですよ。今日はこの間みたいなことはしませんから」
アンジェラ「そうあるね、今日はみんな見てるだけあるよ」
斑目「見てるだけって…」
スー「(昔田嶋陽子が出てたニッセンのCM風に)見~テルダケ~♪」
藪崎「何であんたそんな古いCM知ってるんや?」
斑目『助けて…』
斑目が女子5人の視線の猛攻撃を受けている中、他の面々は次の局面に進んでいた。
有吉「えー第1回ゴジラのここが面白かった会議~!」
荻上「ちょっと有吉君、あまり脱線しないで…」
有吉「ちょっとだけですよ、みんないろいろ言いたそうだし」
巴「そうですよ荻様、これから作る映画について考える、いい機会だと思いますよ」
荻上「ほんじゃまあ、ちょっとだけやるか」
そんな中、恵子は再びDVDを再生し始めた。
荻上「恵子さん?」
恵子「悪りいけど、勝手にやっててくれるか?あたしゃ2回目見るから」
マジ顔でそう言う恵子に、どよめく一同。
恵子「勘違いすんなよ。あたしゃ別にこいつにはまった訳じゃねえ。やること先に済ましたいだけだよ」
国松「恵子先輩、もしかして今日中に10回見ちゃう積もりなんですか?」
恵子「正確には、多分明日の朝ぐらいまでにだけどな」
国松「そんな、何も無理に連続で見なくても…」
恵子「連続で見なきゃ意味がねえんだよ!」
一瞬部室内が静まり返る。
恵子「あたしゃバカなんだよ。連続して見なきゃ分かんねえんだよ、10回見る意味がな」
そう言うとみんなに背を向け、マジ顔でDVDに没頭する。
荻上「それにしても、思ったよりもスンナリ最後まで見れたね、ゴジラ」
豪田「そうですね。実は私、ゴジラの映画って見るの初めてだったんですけど、意外と夢中になって見ちゃいましたよ」
映画にも詳しいスーとアンジェラ、SFの一種ということで一応押さえている沢田、そして国松以外の女子たちには、ゴジラシリーズは馴染みが無かった。
今回がゴジラ初体験という者も、豪田だけではなかった。
男子たちにしても、脚本家になるべく主要な映画はひと通り見ている伊藤以外は、平成以降の作品しか見てなかった。
沢田「先ずはみんな初体験ずくめってのがあるんじゃない?」
台場「そうね。(指折り数えながら)モノクロで、CG無しの特撮で、ゴジラ。いろいろあるわね、私たちにとっての初体験要素」
神田「確かに何か新鮮よね。CG無しの特撮って、手作り感溢れてて」
巴「白黒だと、合成にしてもそれほど嘘っぽく見えないってのもありそうね」
有吉「あと時間が今の映画に比べて短くて、ストーリーがシンプルなのが、映画としてのまとまり感を出してるね」
日垣「それにしても、なんか速かった気がするな。96分なら今時の2時間ぐらいの映画とそう変わらないと思うんだけど」
伊藤「それは多分、カット数の問題だと思うニャー」
一同「かっとすう?」
伊藤「昔の映画って、本来もっとカット数が少ないニャー。でもゴジラのカット数は、今時の映画とそう変わらんニャー」
ニャー子「それはどうしてかニャー?」
国松「特撮と本編とを融合させる為ですよ」
ニャー子「特撮と本編とを融合?」
伊藤「こっからの説明は国松さんにまかせるニャー」
国松「例えばゴジラが東京で暴れてるシーン、同じアングルで延々と長回しにしたらどうなります?」
ニャー子「絵的に単調になりそうですニャー」
伊藤「それにどんなに特撮がよく出来ていても、ミニチュアの中で着ぐるみが暴れてるようにしか見えないだろうニャー」
国松「そこで特撮のシーンの間に、人間のお芝居の本編のシーンを挿入すれば、臨場感が出せる訳です」
一同「?」
国松「例えばテレビ塔でアナウンサーがゴジラにやられるまで実況してたシーン、ゴジラが迫る様子とアナウンサーの実況と交互に映してたでしょ?」
巴「あれは凄かったわね」
豪田「ごめん、私あのシーンで不覚にも笑っちゃった」
沢田「まあ真面目なシーンとギャグシーンって紙一重だからね」
国松「そういう風に、ゴジラが暴れるシーンに人間のリアクションのシーンを挟むことで、特撮と本編が融合し、絵空事ではないドラマが出来る訳です」
ゴジラ談義がひと通り済んだところで、荻上会長は話をまとめにかかった。
「ここまでのゴジラ評をまとめると、初心者の特撮のポイントがおおよそ見えてきたわね」
国松「ストーリーはシンプル、上映時間が短い、カット数は多い目、手作り感、こんなもんですかね」
有吉「何にせよ先ずはシナリオですね。それが出来んことには、何をやるかが見えてこないし」
伊藤に注目する一同。
彼が脚本家志望で、いろいろなコンクールで佳作程度の賞なら何度か取っているからだ。
荻上「どう伊藤君?」
伊藤「3日もあれば、とりあえずプロットを上げられますニャー」
「何だ、ぷろっとって?」
会話に割り込む恵子。
だが決して画面からは目を離さない。
伊藤「簡単に言うと、人物の紹介とか場所の指定とか重要な台詞などの入った、かなり具体的なあらすじですニャー」
恵子「んなまどろっこしいことしてねえで、シナリオ書いちまえよ」
沢田「シナリオをいきなり書くと、書く方も読む方も時間がかかり過ぎるんですよ」
伊藤「そこでコンパクトにまとめたプロットを先ず書き、それを基に制作会議をやるってのが、最近のドラマや映画の作り方の主流ですニャー」
恵子「わーった。そんじゃ先ずそのプロットとかいうの書けや。後のことはそれからだ」
伊藤「でも沢田さん、僕が全部書いていいのかニャー?」
沢田も元々は小説を書いていた文芸少女でなので、こういう企画なら脚本を書きたいかも知れない、伊藤の質問はそういう気遣いからだった。
沢田「今回は伊藤君に一任するわ。実は私、ケロロ最近見出したとこだから、細かいとこまでは分かんないのよ。それに…」
伊藤「それに?」
沢田「私もスーツアクターだから、なるべく今回はそれ1本に絞りたいのよ」
伊藤「分かりましたニャー。そんじゃあ3日後までにプロット書き上げますニャー」
ここで恵子は、初めてDVDを一旦停止して、みんなの方を向いて言い放った。
恵子「よし、そんじゃあ3日後にプロットを基にもう1回会議やって、後のこと決めよう。今日はここまで!」
勝手に閉会にしてしまい、再び「ゴジラ」に没頭する恵子。
そんな様子に微笑む一同。
何のかんの言いつつも、恵子がそれなりに監督らしくなりつつあるからだ。
恵子の閉会宣言の後も、会員たちの大半は部室に残っていた。
部室から出たのは、プロットを書く為に帰った伊藤と、昼飯を終えて仕事に戻った斑目だけであった。
恵子は相変わらず「ゴジラ」を見ていた。
「やぶへび」の3人は、部室の片隅で同人誌の原稿にかかった。
国松と日垣は、ケロロ小隊の5人の着ぐるみをどうするか相談している。
そして残りの面々は、映画の撮影についていろいろ雑談していた。
「国松さん、ありがとう」
唐突に岸野がそう声をかけた。
「えっ?」
不思議そうに反応する国松。
岸野は自分のリュックから8ミリカメラを取り出し、こう付け加えた。
「国松さんのおかげで、こいつに最後の花道を作ってやれそうなんでね」
「フジカシングル8のZC1000じゃねえか!」
浅田が声を上げた。
国松「知ってるの?」
浅田「8ミリカメラでは、かなり高級な名機の部類に入るよ」
岸野「そうなんだこいつ」
機種に敏感に反応した浅田と対照的に、機種そのものにはあまり関心の無さそうな岸野。
案外持ち主(厳密には父親のだが)はそんなものなのかも知れない。
岸野「俺が中学生の頃ぐらいまでは、親父このカメラよく使ってたんだけど、弟が生まれた時にビデオカメラ買っちゃって、それ以降はタンスの肥やしになってたんだ」
国松「そう言えば岸野君、弟居るって言ってたね」
岸野「俺が高1の時に生まれたんだよ」
日垣「と言うことは…16歳下ってこと?」
国松「でもそれじゃあ、お母さん高年齢出産で大変だったでしょ?」
岸野「まあギリギリだったみたいだね、年齢的には。お袋も親父も、あん時で確か37だったか38だったかぐらいだからな」
国松「…若いんだね、岸野君のご両親って」
日垣「喜んだだろうね、お父さん」
岸野「そりゃあもう、凄い喜び方だったよ。だから久々に8ミリ出してきたんだけど、その頃には近所の馴染みだったカメラ屋もフィルム扱わなくなっちゃっててね」
国松「それでビデオを?」
岸野「うん、親父が新し物好きってこともあって、どうせなら長く使えるようにと、当時出たばかりだったデジタルのビデオカメラ買ったんだ。それがこいつさ」
言いながら岸野は、ビデオカメラの方を自分のリュックから取り出して机の上に置いた。
「でかっ!」
傍らで話を聞いていた会員たちも含めた一同が思わず声を上げた。
無理も無い。
デジタルビデオカメラと聞いていたので、てっきりデジカメを少し太くした程度のを想像していたのだ。
だが岸野が取り出したカメラの大きさは、通常のデジタルビデオカメラの3倍近くあった。
次回予告
果てしない映画監督坂の第1歩を登り始めた恵子。
果たして第1の試練、ゴジラ10番勝負の行方は?
(いや別に誰も戦ってないんだが)
そして岸野が取り出したビデオカメラの正体とは?
通常の3倍ということは、やっぱり赤くて角が付いてるのか?
最終更新:2007年11月02日 01:25