清水沙耶香Sayaka SHIMIZU (名古屋大学M1)
キーワード:都市空間,移民,エスニック・アイデンティティ,商業的可能性,都市再生
Keywords:Urban space, Immigrants, Ethnic identity, Commercial
possibility, Gentrification
1.研究目的
第二次世界大戦後から現在にかけてのグローバル化とそれに伴う産業再編成により,国際的な人口流動は活発化している.その過程において多くの移民が流入する都市空間には多様なエスニシティが内包されている.従来,異文化としてのエスニシティは,言語・宗教・慣習等の異なる民族では特に,受入社会からは異質な存在として,また負の影響をもたらす存在として,否定的に捉えられていた.しかしながら,エスニシティの異文化要素を,ニッチ市場として肯定的に捉えることにより,そこに商業的価値が生まれ,都市再生へ可能性が生じる.
以上のことを,本研究では,都市における空間とエスニシティの変遷を時系列的に見ることによって,エスニシティの認識と都市空間編成の関係を明らかにし,都市におけるエスニシティの肯定的な認識の可能性を考察する.多民族が存在する都市であるカナダのトロントにおける,イタリア系移民コミュニティに焦点を当てる.
2.否定的エスニック・アイデンティティの形成
トロントにおけるイタリア系移民のエスニック・アイデンティティ形成の第一段階は,1970年代以前である.一般的に教育水準が低く,受け入れ社会とは異なる言語,宗教,慣習,外見の相違,ステレオタイプ等が影響して,イタリア系移民は,トロント社会から可視的マイノリティとして認識された.その受入社会からの差別的位置づけに反発する形で形成されたアイデンティティを,否定的アイデンティティとし,強い内部連帯からその内向的性質を考察する.
1) 持ち家率に見るアイデンティティの内向性
移民にとって持ち家の実現とは,移民先社会からの防御壁の獲得を意味し,非常に重要である.つまり持ち家率の高さは,アイデンティティの内向性を示す一つの指標といえる.1996年センサスによるとイタリア系移民の持ち家率は95%と突出して高く,その他の経済的要因,歴史的要因を考慮しても,彼らの高さはアイデンティティの内向性は明らかである.
2) 否定的なアイデンティティからの変遷
1970年代からの,ヨーロッパ系移民の減少と第三世界諸国からの移民の大量流入を受けて,可視的マイノリティの位置付けがアジア・アフリカ系へ移行し,イタリア系の差別的認識は相対的に希薄化した.同時に,同エスニック集団流入の急減と,既存移民の郊外化の影響により,それまでイタリア系を主要対象に成立していたイタリア系エスニック・ビジネス経営者は,その生存戦略のために非イタリア系への新たな市場獲得を模索し始めた.これらの影響からイタリア系の内向的アイデンティティは変化していく.
3.肯定的アイデンティティと都市空間の再生
トロントに3ヶ所存在していたイタリア系コミュニティの一つが,1985年に「リトル・イタリー(Little
Italy)」と名称付けられ,一つの空間が明示された.それがイタリア系エスニック・アイデンティティ形成の第二段階の契機となる.郊外イタリア系人口の呼び寄せが名称付けの当初の目的であったが,イタリア的雰囲気を求めて訪れる非イタリア系の増加により,そこは観光地的な空間へと変化した.さらに,その空間に商業的潜在力を見出したディベロッパーなどの外部者の存在と,ストリートサインやカフェなどエスニック空間が創出されることによって,そのエスニック的要素は強化されていく.また,ジェントリフィケーションにおける差別化手段としての芸術的要素が利用されることと同様に,エスニシティもその都市空間の差別化手段としての潜在的可能性を持っている.つまり,差別的存在として扱われていたイタリア系コミュニティが,新たに場所性を有し,さらにニッチ市場としての商業的潜在性が認識されるようになった.そのことにより,受入社会からのイタリア的要素の肯定的認識を背景に,外向的アイデンティティが形成された.
4.新たなアイデンティティの模索
さらにアイデンティティ形成の第三段階として,新たなアクターによって作られたアイデンティティへの変化が見られる.1970年代以降のイタリア系人口の郊外化の流れは継続し,現在リトル・イタリー内部はポルトガル系人口がイタリア系人口を上回る.しかし,その空間は外部から「イタリア人街」として認識され,イタリア的要素を生かしたさらなる地域発展を目指してBIA(Business
Improvement
Area)への参入や,それを介した他エスニック・コミュニティとの連携強化が進む.それは多民族都市として地区を超えた都市レベルでのニッチ的地位の確立をもたらすと予想されるが.その一方で本来のエスニシティの喪失が懸念される.
5.結論
今後の世界ではさらなる国際的な人口流動の活発化が予想され,都市のエスニシティの多様性はますます顕著になっていくだろう.その中で,ニッチ的要素の確立による都市の再生や商業的価値創出の一手段にエスニシティは位置づけられるといえる.そのことから,都市再生におけるエスニック的要素の肯定的認識の可能性が見出せる.