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第21回 地形・地質勉強会要旨

発表要旨


工藤邦史(名古屋大M2)

「三重県国束山(くづかやま)周辺における過去100年間の植生復原」

 日本の森林はその大部分が人手の加わった二次林または人工林で構成されている.近年森林の多面的機能が注目されている中で,どのように現在の森林が変化してきたのかという点に着目し,加えて人との関係を含めた検討が重要である.国内においては山地の植生や土地利用変化の研究の多くが落葉広葉樹林帯地域で行なわれており,戦前における山地の草地利用や,戦後の薪炭林放棄に伴う植生遷移の進行,針葉樹の拡大造林といった現象が指摘されている.ところが常緑広葉樹林帯に属する地域での植生変化について考察した例は少ない.そこで常緑広葉樹林帯にあたる三重県度会郡国束山周辺での過去およそ100年間について,植生と土地利用の変化を復原した.復原に当たっては主に地形図・植生図・空中写真を用い,GISで扱えるように写真判読結果や地図をデータ化した上でその時系列上での変化を考察した.
 植生に着目すると,現在の広葉樹林の植生は以下の3パターンに分類され,それぞれの成立過程も異なる.1.落葉広葉樹が主体の植生;戦後にアカマツが植林され,現在は松枯れにより落葉広葉樹に置き換わっている.2.常緑・落葉広葉樹の混交林;1892年に最初の地形図が刊行された時点で広葉樹林が広がっていた地域に分布している.3.常緑広葉樹が主体の植生;常緑広葉樹のまま現在に至った森林はほとんどなく,大抵は戦後の時点でマツと広葉樹の混交林であり,萌芽再生したシイ・カシが林冠を占めて形成された.通常は長年人手が影響しないことで,常緑広葉樹が主体の森林になる.しかし,対象地域では人々が薪炭生産による樹種を選択した利用により,常緑広葉樹主体の森林が成立した.
 時系列地理情報を用いることで,過去についても植生や土地利用の空間配置を知ることができる.そして結果として常緑広葉樹林帯の山地での植生変化について,面的な配置で捉えることができ,その特徴を掴むことができた.



杉村政徳(名古屋大M2)

「明治期地方資産家による新田経営‐神野(かみの)家の菱池新田を事例に‐」

 明治期には士族授産を目的とした政府主導の新田開発が行われるなど,近世に引き続いて開墾が進行した.しかし明治期の新田開発において,近世の町民層のような資本家が主体となった新田開発は,近世ほど盛んであったといえない.この原因は①明治期に入り土地制度の改革で地租が高めに設定されたことにより,土地経営から得られる収益が減少したこと,②資本家が土地経営以外の産業(主に工業部門)への投資に意識を向けたこと③近世の開墾によって,開墾に適した土地が不足したこと④土木技術の限界が原因とされる.
 このような明治期の時代背景がありながら,愛知県の地方資産家であった神野家は,明治19年に愛知県額田郡菱池村において,50町歩を菱池新田として開墾し経営に乗り出した.本研究では三重県庁所蔵『神富殖産会社資料』の分析を中心として,神野家による菱池新田経営の状況を明らかにする.これを第一の目的とし,明治期の新田開発史研究の一助とする.また,神野家が出資した他産業の経営状況の変化と,菱池新田の経営状況を比較し,地方資産家が土地経営以外の産業が成長していく中で,菱池新田開発が持つ意味を考察する.
 分析の結果,まず神野家による菱池新田における経営の状況が把握できた.その特徴として,新田に世話人を置いて管理させたこと,小作料である掟米を新田周辺で現金化していたこと.さらに新田経営の後期には,神野家を含めた複数の所有者による土地経営を行っていた可能性を指摘できた.
 また,神野家の経営における菱池新田の持つ意味についても触れることができた.神野家の経営全体においては,収入として得られる額は少なく,重要性は薄い.このことから,利益を得ることを目的とした新田開発だったという可能性は低い.一方,神野家の来歴や家業との関連を見てみると,新田開発を行なった動機や意味を把握することができた.その理由・動機は,①神野家が元々農家出身であり,農地経営に関心があったこと②当時の地主間の土地取得競争により,適当な既存の開墾地が取得しにくくなったこと③「近代的新田経営」のテストケースだったこと④大規模事業の成功により,社会的な信用を得ることである.



服部亜由未(名古屋大B4)

「北海道の鰊(にしん)漁出稼ぎ漁夫の動向」

 北海道(蝦夷地)における鰊漁は,江戸時代には松前藩によって規制されていた.しかし,明治2(1869)年の場所請負制廃止,同9年の漁場持廃止以後は,自由に漁場を開くことができるようになり,人々の動きが活発になった.鰊を求めて北海道へ移住した者が漁場を開設し,鰊の漁期(3~5月)には地元から出稼ぎ労働者を呼ぶようになったのである.昭和30年代に北海道の鰊漁が消滅するまで,多くの出稼ぎ者が鰊漁に従事した.
 本研究の目的は,明治以降の鰊漁出稼ぎ者に焦点を当て,彼らの1年間の出稼ぎ活動とその年次変化を解明することである.具体的には,出稼ぎ需要地に北海道余市町,出稼ぎ供給地に秋田県旧山本郡を対象地域とし,出稼ぎ者はどのように移動したのか,鰊漁以外にも出稼ぎを行なったのか,また,出稼ぎ地域や漁場を選択した理由は何か,という従来の研究では解明されなかった鰊漁出稼ぎ者の動向について明らかにする.特に,今回の発表では,統計資料や漁場史料分析の限界を指摘し,これらの研究方法に加えて,出稼ぎ者による記録史料の分析,聞取り調査を組み合わせることの有意性を述べる.



林 奈津子(名古屋大B4)

「微地形と表層地質に注目した液状化発生地点の特徴—静岡県,太田川下流低地を事例に—」

 本研究では,静岡県西部の太田川下流低地を事例として,1946年の昭和東南海地震で発生した液状化現象と地形・地質条件との関連を微地形と表層地質に注目して考察する.液状化現象は主に自然堤防や旧河道といった微地形に対応して発生する傾向があることが知られているが,実際には粘土質の堆積物で構成される後背湿地でも噴砂が発生してる.後背湿地での噴砂は,埋没した自然堤防や旧河道を構成する砂層が液状化したことにより発生した可能性が高い.
 また,噴砂地点の分布を上流部・中流部・下流部に分けて比較すると,上流部と中流部では自然堤防や旧河道といった微地形に対応した噴砂・後背湿地での噴砂がともに発生している一方,下流部では,後背湿地に対応した噴砂がほとんど発生していない.対象地域では縄文海進以降少なくとも2回の海進−海退サイクルを経ているため,上流部と中流部には埋没した地形面が存在しているが,下流部には現在の地形面しか存在していない.そのため,後背湿地での噴砂の分布に差異が生じたと考えられる.




川下裕之(富山大B4)

「GPS測地データによる2007年新潟県中越沖地震前後の地殻変動」

 2007年7月16日午前10時13分に新潟県上中越沖を震源とするM6.8の地震が発生した. この地震は, 近隣で発生した2004年新潟県中越地震と同じタイプで, 日本列島の中でも地殻の歪速度が大きな新潟-神戸歪集中帯(Sagiya et al., 2000)の内部で発生した地殻内地震である. しかし, 地震の原因となる歪の集中をもたらしている原因は明らかにされていない.

 本研究では, 2007年新潟県中越沖地震に関係する地殻変動へのアプローチとして, GPS測地データの解析により地震時を含めた前後の地殻変動および地殻歪の蓄積・解放過程を考察した. その手法として, 国土地理院によるGEONET観測点と,富山大学が観測を続けている小国観測点のデータを使用し, 2007年1月1日から9月25日における観測点3点を結んだ三角網の面積歪を算出した. GPSデータの解析には, GPS解析ソフトウェアGAMITver.10.32を用いた.

 本研究による結果は, 以下のようにまとめられる.

  • 2007年3月25日に能登半島沖を震源として発生したM6.9の能登半島地震前後から, 各観測点において南東方向への挙動が見られ, 各三角網の面積も, 収縮傾向が捉えられた. 能登半島地震と新潟県中越沖地震が関連している可能性が高く, 能登半島地震が中越地域の地殻に何らかの影響を及ぼし, 歪の蓄積を早めた結果, 今回の地震に至る可能性がある.

  • 各基線長変化では, 震源域に近い沿岸部における変化量が伸び縮みに関わらず大きかった. 各三角網においても, 震央の東側での面積減少が大きく, 内陸部における歪の解放が考えられる.

  • 顕著な余効変動は約2週間で終息した. 地震前と異なる向きの変動を始めた三角網や, 余効変動終息後に面積の増加傾向が見られる三角網が存在した.

○結論
  • 2007年中越沖地震前後の約8ヶ月について, GPS測地データにより震源域の地殻歪を解析した結果, この地域を特徴づける活褶曲に関係した地殻変動として, 「断層規制褶曲は地震にともなって成長する」事象の事例を捉えた, といえる.
  • 今後の歪の蓄積経過を見ていくとともに, 定量的な検討作業を行うことが今後の課題とされる. また, 佐渡島や能登半島からの観点から考察することも効果的であると考える.




吉田賢治(富山大B4)

「大和高田バイパス開通における沿線店舗の立地変容ーバイパス沿線地域が受けたインパクトー」

Ⅰ はじめに
 高度経済成長期以後,日本はモータリゼーションの進展により都心部における道路の交通渋滞が恒常的な現象として起こっている。その一解決策として,市街地に入らずに通行が可能なバイパスが全国各地で建設され供用されてきた。本研究は,異なった道路形状を持つバイパスの沿線店舗の立地変動と既存の国道に立地する店舗の立地変動を検証した。そして,バイパス沿線地域が受けたインパクトについて考察を加えた。

Ⅱ 調査対象路線と地域
 調査対象路線
 2003年に完成した奈良県香芝市穴虫から橿原市四条町にかけての大和高田バイパスと,それに並行して敷設されている一般国道165号線である。大和高田バイパスは,地上に敷設されている「都市道路区間」と高速道路のように高架部に敷設されている「高架区間」の2形態を併せ持っている。

 調査対象地域
 調査対象路線が通過する,奈良県香芝市,大和高田市,橿原市,葛城市の4市である。

Ⅲ 両沿線の店舗立地展開の過去と現在
 大和高田バイパスの店舗立地展開
 都市道路区間では,沿線人口の少なさにより店舗展開に鈍さが見られた。新規出店した業種は,コンビニやガソリンスタンドといった自動車交通に便利なもの(ロードサイドショップ,以下RSS)が多かった。高架区間は,側道部分においてわずかな新規出店の様相が窺えた。また,大和高田市に位置するバイパスと国道24号線の交差点付近は,大型のRSSが林立していることから自動車交通の要衝であるとみられる。


 一般国道の店舗立地展開
 既往の国道沿線はRSS型店舗の進展が見られ,とくにチェーン店の店舗展開において力強さが見られた。一方,個人経営の店舗は淘汰されていることが確認できた。

Ⅳ 大和高田バイパスが与えたインパクト
 1 新規住宅の建設
 人口の増加が顕著であった大和高田市中三倉堂2丁目は,以前は工場であった土地が新規住宅に取って代わられたところがあった。実地調査したところ,区画整理がきちんと行われており,入居希望者が多いためか新規住宅の建設ラッシュが見て取れた。同じく人口増加が見られた葛城市東室では,水田や広葉樹林,資材置き場が住宅地に変化していた。近辺に鉄道の最寄り駅がないところを見ると,大和高田バイパスの開通が大きく住宅建設に寄与しているものと考えられる。

 2 バイパスの交通量
 平成17年度道路交通センサスの報告では,平成11年の調査と比較して旧来の国道の調査ポイントはおおむね交通量の減少が現れていることに対し,新設されたバイパスの交通量は増加が顕著である。また,車種別に見たデータを見ると,旧来の国道は普通車の割合が高く一般の市民が多く通行している結果に対し,バイパスは貨物車の割合が高まっており走行時間が計算しなければならない業務関係の利用者が卓越していた。

 3 バイパス沿線店舗の聞き取り調査について
 個人経営の店舗は,バイパス開通による客足増加を見込んで出店を行っていた。一方,チェーン店である店舗は,バイパスの開通よりも商圏の拡大に焦点を当てていた。

Ⅴ おわりに
 大和高田バイパスの完成は,新設された地域への新規出店を促進した。旧来の国道は,新しい店舗形式であるRSSの台頭により個人経営の店舗は減少したが,直ちに沿線地域を衰退させるものではないことが明らかとなった。今後もこのような傾向が続いていくか注目される。また,バイパス建設は住宅建設や新店舗開拓の意識調査において大きなインパクトを与えた。交通渋滞が緩和され交通流動が円滑になることは,商業機能の発展や住居環境の改善に関与することが確認された。




倉橋 奨(愛工大D3)

「新潟県中越沖地震および能登半島地震の震源モデルの構築と強震動予測レシピの有効性の検証」

1.はじめに
 本研究は,2007年に震度6強を観測した新潟県中越沖地震と能登半島地震の震源モデルを構築するとともに,断層運動のモデル化手法である強震動予測レシピの有効性を検証したものである。将来発生する強震動を予測するためには,想定される断層運動をいかにモデル化するかが重要である。断層運動のモデル化手法として,強震動予測レシピが提案されている(入倉・三宅,2001)。この手法は,地震断層面上のすべり量の大きい場所から強震動が生成されると定義し,特性化震源モデルを作成するものであり,1995年兵庫県南部地震や2003年十勝沖地震によりその有効性は確認されつつある。しかし,多くの地震かつ新たに発生した地震により,その有効性を検証することは重要である。本研究では,能登半島地震と新潟県中越沖地震の観測記録を利用して,経験的グリーン関数法により強震動を生成した場所を推定(震源モデルを構築)するとともに,既往の研究から推定されているすべり量分布との比較を行い,強震動予測レシピの有効性を検証した。

2.2007年新潟県中越沖地震の震源モデルの構築
 2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震(Mw6.6)では,柏崎市や刈羽村で震度6強の大きな揺れが観測された。広域における最大加速度の分布は,過去の同規模の地震による距離減衰式と調和的であったにもかかわらず,震源に非常に近い柏崎刈羽原子力発電所では地表観測記録が1200galを越え,距離減衰式よりも顕著に大きかった。また,震源近傍の観測記録に,2~3個の顕著なパルスが確認されるなど,特徴的な地震動が観測されており,その震源の破壊過程が注目された。ここでは,この特徴を再現する震源モデルを構築した。図1に使用した観測地点と構築した震源モデルを,図2に柏崎刈羽原発1号機(KKZ1R2)と5号機(KKZ5R2)における観測波形(黒)と合成波形(赤)を示す。震源モデルは,3つのアスペリティで構成され,それらの面積は約5×5km2,応力降下量は20~24MPaであった。構築した震源モデルにより計算した合成波形(赤)は,観測波形(黒)にみられるパルスの振幅,位相などをよく再現しており,震源モデルの妥当性を示している。

3.2007年能登半島地震の震源モデルの構築
 2007年3月25日に発生した能登半島地震(Mw6.7)では,輪島市,穴水町,七尾市で震度6強の大きな揺れが観測された。ここでは,新潟県中越沖地震において震源モデルを構築した方法と同じ方法により,本震の震源モデルを構築した。図3に使用した観測地点と構築した震源モデルを,図4にK-Net観測点のISK003における観測波形(黒)と合成波形(灰色)を示す。本震の震源モデルは,2つのアスペリティで構築され,この震源モデルにより計算される合成波形(灰色)は,観測波形(黒)にみられるパルスの振幅,位相などをよく再現できている。

4.強震動予測レシピの有効性の検証
 中越沖地震と能登半島地震ともに,近地強震記録を用いた波形インバージョンによりすべり量分布が推定されている(堀川,2007b;堀川,2007a)。図5,6にはそれぞれ,中越沖地震と能登半島地震におけるすべり量分布(色分布)と本研究で構築した震源モデル(赤または黒の四角の領域)の場所を示す。すべり量の大きい場所と本研究で構築した震源モデル(強震動の生成域)の場所は調和的である。これは,本震はすべり量の大きい場所から強震動が生成されたことを意味しており,強震動予測レシピの有効性を示している。

5.まとめ
 新潟県中越沖地震と能登半島地震の震源モデルは,それぞれ3個と2個の強震動の生成域で表現されることを示した。またそれらは既往の研究で推定されたすべり量の大きい場所と調和的であり,すべり量の大きい場所から強震動が生成されることを示した。これは,強震動予測レシピの有効性を示すものである。

参考文献
入倉孝次郎・三宅弘恵,シナリオ地震の強震動予測,地学雑誌,110(6),849-875,2001
堀川晴央,2007年能登半島地震の破壊過程 (第二報),ホームページ,2007a
堀川晴央,波形インバージョンによる中越沖地震の震源モデルの推定(2),地震調査委員会資料,2007b


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最終更新:2008年03月13日 15:02
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