ソレスタルビーイングの宇宙輸送艦、プトレマイオス。
 4機の機動兵器”ガンダム”が収容されているこの船の艦内には、ガンダムのパイロット達の自室がある。
 自室と言っても二人一部屋である。
 明日は、ソレスタルビーイングにとって恐らく最も重要な任務がある。
 それは、世界にガンダムの、ソレスタルビーイングの力を見せ付け戦争根絶の為活動を開始すると言うもの。
 誰もが緊張している、仮眠をとっているクルーの半数は寝付けずにいる。
 その中にガンダムパイロットの一人、ガンダムエクシアに搭乗する、刹那・F・セイエイも眠れずにいるようだ。
 寝返りをうつと、隣のベッドでグースカ寝ているロックオンが目に映る。
 ガンダムデュナメスのパイロットで刹那にとっては兄のような存在の男……刹那は別にそんなこと思ってないだろうが。
 よく眠れると刹那は思う。
 刹那の出撃はファーストフェイズ、つまりミッションの出だし。
 彼が失敗すればソレスタルビーイングはそれまでの組織だったということになる。
 内容はAEUの新型モビルスーツの駆逐、まず失敗はないと思うがやはり不安も少なからずあるのだ。
「……くそ……」
 刹那にとってここまで緊張するのはいつ以来だろうか。
 これまで様々な訓練やシュミレーションを受けてきたが、ここまで緊張する事はなかった。
 こういう時、刹那は昔のことを思い出してしまう……
「……俺がガンダムだ……」
 一言ボソリと言い残し刹那は起き上がって、水でも飲みにいこうかと立ち上がった。
 その時、部屋の扉を誰かが叩く音が聞こえた。
「誰だ……?」
 こんな時に誰だろうと思いつつ、刹那はゆっくりと扉に歩み寄った……


 何だか無償に嫌な予感がするが、刹那はボタン一つで扉を開いた。
 そこには見慣れている人物が立っていた。
 ただ、様子がかなりおかしかったのだが。
「よかった、もう寝ちゃってるかと思った」
「……何か用ですか、スメラギさん」
「ふふ、一杯付き合ってくれる?」
 微笑みながら何かを隠すように背中に回していた腕を前に出すと、スメラギさん専用のお酒が一本と二人分のグラスがあった。
 よく見ればスメラギさんの頬は赤く染まり、酒臭い。この時点で刹那は確信した、この人酔ってると。
 ただしそれを表に出すことなく、ただ少し眉根を顰めるだけ。
 刹那はコクリと首を縦に振る。このまま眠れそうにないし、言うなれば暇だったから。
 笑顔のまま刹那とロックオンの部屋に入り込むスメラギさんは、熟睡しているロックオンを見る。
 一言小声で「ごめんなさい」と刹那に言うと、即答で「気にしなくていい」と刹那は返した。
 二人揃って刹那のベッドの上に座ると、さっそく刹那にグラスを渡しお酒を注ぎ始めたスメラギさん。
 重力制御が効いているこの部屋では、普通にグラスの中に透明の酒が半分ほど注がれた。
「それじゃ、乾杯ね」
「……」
 ガラスが軽くぶつかる音の直後、美味しそうに飲むスメラギさんの横で、刹那はただ席に移る自分の姿を見ているだけ。
 酒には色がないがニオイがきつい。刹那はまた少し眉根を顰めた。
「ねぇ、いよいよ明日ね」
「……」
 先ほどまで明るい様子だったスメラギさんの表情も、いつの間にか刹那と同じようになっていた。
 自然と手が少し震え、刹那の手に力が入る。
「私ね、何だか緊張しちゃって……眠れないのよ」
「そうですか……」
「駄目ね、どんなに飲んでも不安になってしまう」
「……」
 不安げに微笑みながら自らの心境を話すスメラギさん。
 こんなスメラギさんを見るのは初めてかもしれない。いつも訓練を終えた刹那たちを励ますように優しく接してくれたから。
 ロックオンがまるで緊張も不安も感じさせない様子だったので、こんな状態になっているのは自分だけだと思っていた刹那だったが、スメラギさんの心境を聞きある意味安堵した。
 刹那は静かに口を開いた。このままではいけない、スメラギさんも自分も。
「……大丈夫です」
「え?」
「俺が、必ずファーストミッションを成功させます……」
「……そうね。必ず成功させなくてはね」
 正直刹那からこのような言葉が来るとは思っていなかった。
 不思議な事に、彼の言葉によりスメラギさんの不安は徐々に消えていくのを本人自身も感じていた。
 そして言った本人も。
「ありがとう。少し楽になったわ」
 そう言ってグラスに入った残りのお酒を飲んだスメラギさんを、刹那は横目で見ていた。
「何だか急に眠くなっちゃった。もう戻るわね? あ、それとこれはお礼としてあげる」
 お酒の蓋を閉め刹那に手渡す。
 正直困ったのだが、それを表に出さないので受け取る以外の選択肢は刹那にはなかった。
 やがてスメラギさんは「おやすみ」と言い残して、刹那の頬にキスした後自室に帰っていった。
 頬にキスもスメラギさんはお礼だと言っていたのだが、刹那自身はお礼される事をした覚えがなかった。
 ただ残ったのは飲む予定のないお酒のみ。
 せっかくなのでほんの一口だけ飲んでみたものの、やはり相当マズイ。
 今まで以上に刹那の眉間に皺が寄る。
 だが、お酒の力か刹那にも相当な眠気が襲い始めた。
 とりあえずグラス入りのお酒はロックオンの相棒ハロに処理してもらい、刹那もベッドの中に入る。
 明日の実践に向けて、静かに瞳を閉じた。
最終更新:2008年01月10日 20:06