―――……共に移動をするときでも手を握ってやることはない。
それどころか移動速度さえあわせない。
クリスティナは前を行くティエリアに一生懸命追いつこうと、廊下のスロープを片手に、もう片方の手はティエリアのカーディガンを摘んでいた。
ティエリアはそれを振り払うことはしないが移動の速度は少したりとも緩めない、
そんなティエリアにクリスティナは少し不満そうな表情だが文句は言わない、
彼女のファッションやランチのお喋りに、ティエリアは相槌をうたないし視線も向けない、それでもクリスティナの口からがぺらぺらと尽きることなく言葉が漏れる、
……今日の話題は流行りのコートにグローブに、
「それでね、アレルヤがねー……」
それと、アレルヤ・ハプティズムの話題。
仲が良いのかクリスティナの口からは良くアレルヤの名前が聞かれる。
急に、前を行くティエリアが止まったことで後ろのクリスティナが彼の背中に衝突した。
「っわ、ぷ……!ちょっ…、と、ティエリア……」
鼻をぶつけて妙にマヌケな声が漏れる。
両手でひりつく鼻を擦って痛みを和らげる。
立ち止まったティエリアは振り向くことも、言葉を発することもしなかった、
たださらさらの髪を揺らすと、また移動を始める。無重力に身体がふわりと浮いた。
「あ、待ってよぉ」
鼻を撫でていた手を伸ばし、カーディガンを指先で摘んで。
クリスティナは前を行くティエリアを一生懸命追いかけながら、
ファッションやランチのお喋りを再開するが、今度はアレルヤ・ハプティズムの名前は出さなかった。
相槌もうたないし視線も向けられないけれど、ティエリアが立ち止まったときの背中を思い出す、心なしか不機嫌そうで。
クリスティナは信じている。ティエリアは自分の声にちゃんと耳を傾けてくれていると。
これはティエリアがクリスティナにだけ見せるほんの小さな感情の起伏、人はその感情を嫉妬と呼ぶ。
前を行くティエリアは、痕がつくほど強く噛んだ下唇に赤い舌を這わせて舐める、
クリスティナの声をしっかりと耳に留めながら、痛みが癒えていくのを感じる。
……移動速度は変わらない、けれど、今度は立ち止まることはなかった。
最終更新:2008年01月10日 22:14