「そりゃー中佐なら『そんなこと』でしょうけど、自分にとっては大問題なんですよ!」
泣きながら大声を上げた部下にセルゲイも力なく笑うしかなかった。
「女にも男にも不自由しない中佐と違って自分は……自分にとってはぁ!」
テーブルに突っ伏しておいおい泣き出した様子に同席していた他の者も同情半分呆れ半分で見ている。
「これでも不自由しているんだがなぁ」
「そのようなことを言われますと明日の夜、集団に寝込みを襲われますよ」
「男で良ければじぶ……ほげ!」
「一言いってくだされば巨乳美女をいくらでもお世話します!」
「だぁーまれ!貴様の紹介じゃ乳だけで顔がないだろーが!」
うっかり零した一言が周囲に別の波紋を広げてしまったのをセルゲイが知った。
おかしく口を挟むとますますややこしくなるのがわかっていたのでとりあえず黙っているとまだ正気を保っていたひとりがこっそり耳打ちしてきた。
「こいつらは自分がなんとかしますので中佐はもうお休みください」
少尉も眠そうですよ?と言われ自分の横でコップを持ったまま半分目を閉じているソーマにようやく気付いたセルゲイだった。
戸締まりはしっかりしてくださいね、と笑いながら言われソーマの手を引くようにしてセルゲイは先に酒場を出たのだった。
「疲れたか?」
「いえ。楽しかったです」
アルコールが回っているのだろう。少し覚束ない足取りとほんのり赤い顔でソーマはセルゲイを見上げていた。
「話には聞いていましたが、本当に賑やかで……」
集団でしかも酒場で食事などしたことはないだろうというセルゲイの予測は間違いではなかった。
最初から店の賑やかさに驚き、見たことのない料理と酒を戸惑いながら口にしていたのをセルゲイは見守っていた。
途中から酔っぱらったのに絡まれて十分注意してやれなかったのが悔やまれるが、ソーマは楽しかったと笑っている。
年齢相応の笑顔を初めて見た気がした。
官舎に着いた時にはソーマは完全に足元が危なくなっていた。
ソーマにアルコール耐性を持たせなかった超兵機関を少々恨みつつセルゲイは彼女を部屋へ運んだ。
靴と上着だけ脱がせてベッドへ連れて行くとぱたんと倒れるように眠ってしまったソーマに乙女ではなく子供だなと思いながら彼は自分の部屋へ戻ったのだった。
シャワーを浴び、そのまま寝るつもりでガウンだけ纏った時にドアがノックされた。
「セルゲイ中佐ぁ」
誰何する前にソーマの泣きそうなか細い声が聞こえ、驚いてドアを開けると上着を着ず、裸足で立っていた。
その姿に慌てて部屋に入れ、ドアを閉めるか閉めないかのうちにいきなり抱きつかれてしまった。
「し、少尉?」
いつものソーマとは違いすぎる様子に更に驚き、肩を押さえて自分から離そうとしたが少女は離れなかった。
「どうしたんだ?」
「いっしょに寝てください」
超兵にアルコールは厳禁だと知らされたセルゲイだった。
「わかった。わかったから離れなさい」
「離れたらいなくなる」
「いなくならないから。ほら、少尉も寝るなら服を脱がないといけないぞ」
自分のパジャマでは大きすぎるだろうがこのままよりマシだろう。そう思ったのが間違いだった。
寝室に連れていくとソーマは躊躇いもなく服を脱ぎだした。
ソーマが酔った時には他の連中には任せられないとセルゲイが決意した瞬間だった。
「これを着なさい」
なるべく見ないようにしながらソーマに自分のパジャマを差し出したのだが、その手を払われた。
どうした、と聞きかけたセルゲイの声を無視し、ソーマの右手がガウンの紐を掴むといきなり引っ張った。
「しょ……!」
そのまま体当たりするような勢いでソーマに押し倒されてしまった。
「やめなさい!」
「い・や・で・す」
明確すぎる拒絶だった。
思わず突き飛ばそうとしたが逆に手を掴まれガウンの紐でベッドの柵に括りつけられてしまった。
「不自由されているなら、一言言っていただければ」
「少尉!正気に返れ!」
「私は正気です」
「正気の人間はこのようなことはせん!」
「私は正気の超兵です!」
頬を押さえられ、唇を奪われた。入り込んできた舌が歯列をなぞる。
左顔面の傷跡に触れていた指がやがて首から胸へと静かに降りていった。
指と舌が刺激を続ける。
「やめ……ろ。少尉……」
漏れそうになる喘ぎを押さえ、拒絶を続けるとソーマがやっと手を止めた。
「私では、勃たないと?」
「……君は経験があるのかね」
「いいえ。ですが教本とビデオでレクチャーは受けています」
明日中に許可を取りつけて明後日には超兵機関を爆撃してやると誓いつつセルゲイは息をついた。
「ではこの手を外したまえ」
「なぜですか」
「私にも男としてのプライドがある」
ベッドの上で縛られている男と組み伏している少女の間に火花が散った。
「逃げませんね?」
「もちろんだ」
「わかりました」
ソーマの身体が伸び、セルゲイの顔に胸を押しつけながら縛りつけていた紐を解いてくれた。
手が自由になると同時にセルゲイはソーマの腕を掴み、一気に身体を入れ替えた。
「覚悟はいいな?」
「望むところです」
「目を閉じなさい」
命令するように言うとソーマは素直に目を閉ざした。
良心の咎めを感じつつセルゲイはキスを落とし左手をソーマの背中に差し込んだ。
細い少女の腕が首に回される。その手が微かに震えているのを感じつつ右手を脇の下から鳩尾へと滑らせるとくすぐったかったのか、わずかにソーマの身体が逃げた。
その瞬間を逃さずセルゲイは左腕だけでソーマを抱き起こすと鳩尾に一撃を叩き込んだ。
ブカブカのパジャマをソーマに着せるとセルゲイは寝室を出た。
「……もう一度シャワーを浴びた方がよさそうだな」
明日の朝、ソーマはどんな顔を見せるのだろう?それより自分はどんな顔で彼女に「おはよう」と言えばいいのか……
そんなことを悩みつつシャワーを浴びだしたセルゲイの耳にソーマの声が飛び込んできた。
「セルゲイ中佐ぁ~逃げないって言ったじゃないですかぁ~~」
セルゲイ・スミルノフ43歳、中佐。
朝は、まだ遠い。
最終更新:2008年01月10日 22:59