「シーリン」
そう呼ぶ声が聞こえた気がして、シーリンはベッドから身を起こした。
(まさか・・・)
気のせいかと思ったが、再びその声がしたので、仕方なくシーリンはベッドから出て部屋の扉を開けた。
「シーリン・・・起きてたの?よかった」
やっぱりマリナであった。
(自分で起こしておいて、よく言う・・・)
その言い草に少し呆れた。
「この真夜中に皇女が侍女の部屋を訪ねるなんて、ってその格好は」
さらに呆れることに、この皇女は寝間着姿ではないか。
露出は少ないものの生地が薄く体のラインがもろに出ている。
「マリナ様、いくら部屋が近いからって、こんな格好で廊下を歩いて来たんですか」
「警備だっているし・・・」
しゅんとして言い返すマリナ。
「警備だって男です。万一のことがあったらどうするんですか。
お気づきではないんでしょうが、貴方は一部の好色な兵士からはそういう目で視られているんですよ?」
「私は胸だって小さいし・・・」
小さな声でマリナは言った。
(全く、この皇女様は・・・)
思わず目頭を抑えるシーリン。
「乳房が小さくても女は女です。・・・仕方ありません、中で話しましょう」
中に入れてソファに座らせた。
「何か御用なんですか?」
「ええと、眠れなくて・・・」
顔を赤らめて目をそらしながら小さく答えるマリナ。
レズであったシーリンが悪戯にキスしたのが初めなのだが、その前からマリナには潜在的にそっちのケがあったらしく、
どんどんエスカレートしてついこの間にとうとう最後までヤってしまった。
そっちに目覚めさせたのは自分なだけに、自分が止めなければならないだろう。
「駄目ですよ。皇女と侍女ですよ私達は」
「違うの。そうじゃなくて、添い寝したいの。幼い頃よくやってたみたいに・・・」
「それなら・・・今夜だけならいいです」
懐かしくなり、ついそう答えてしまった。
ベッドに入る時のマリナはいつになく上機嫌だった。
「灯り消しますよ」
暗くなると、幼い頃そうしたようにお互い向き合うように横になった。
「シーリンと寝るの久しぶり」
「早く寝なさい」
幼い時もこうやってお姉さん風を吹かしたものだった。
一時間ぐらいたっただろうか。
シーリンはまだ寝つけなかったが、マリナの方はというと、すっかり眠ってしまったようだった。
スー、スー、と寝息だけが聞こえる。
(本当に寝るだけか・・・)
実のところシーリンも少し期待していたのだった。
さらに30分程たった。
(寝たフリでもないんだ・・・)
やっぱり眠れないシーリン。
あそこまで言っておいて、本当に眠っちゃうとは・・・
(添い寝していいなんて、明らかなサインなのに、どうして気づかないのかしら・・・)
目を瞑ってぼんやりと愚痴を考えていると、その時、シーリンの胸のあたりに何かが当たった。
(?)
見ると、マリナがすりよってシーリンの背中に手を回し、胸の膨らみに顔を押し付けている。
一瞬、ドキン、と心臓が高鳴った。
しかし、マリナはそのまま動かない。見ると、眠っているようだった。
(寝相・・・?)
そう思うと、幼い頃にも目が覚めたらこういう形になっていることが度々あったような気がした。
(癖、なんだ・・・)
マリナには親の記憶がない。
母親はマリナが産まれた時に亡くなり、父親も後を追うように病死した。
そのため、マリナにとって親しい人間はシーリンだけだった。
話によると改革派の連中は技術支援の交渉に、形だけだった王家を担ぎ出すつもりらしい。
そのことはマリナも知っている。
そうなると、世間知らずの皇女にはキツイ事を見たり、聞いたりすることになるだろう。
そして、国を背負う者としてかなりの重責を負うことになる。
何でマリナが添い寝をしたがったのかわかった気がした。
幼い頃、形だけの王家として責任を負わずにいられた頃、只只日々を生きていられた頃、あの頃に無意識にしがみつきたかったんだ。幼い頃を再現することによって。
重責から逃れたくて何かにしがみつきたいんだ。
この癖だって、そういう無意識の発露だ。
形だけの王家とは言っても、教師には王家としての責任を教え込まれる。
幼い頃からそれを怖がっていた。私にしがみついていたんだ。唯一親しい私に。
私もマリナと同じだ。私だって大人としての責任から逃げたくて、
だからキスしたりして幼馴染みのマリナにしがみついていた。
でも、それでは駄目なんだ。
そこにしがみつかないで、自分で行かなければならない。
きっと、そうすることが本当に「大人になる」ということなんだ。
この先マリナは私以上に重い責任を負うことになる。
だから私はマリナにしがみついていては駄目だ。
私が早く大人になってマリナを支えないといけない。
マリナが本当の意味で大人になるために。
今夜を最後の思い出として、マリナを大人として叩き上げるんだ。
たとえマリナに嫌われても、そうすることでマリナは王家でいられる。
形だけではない、本当の王家として何かを残せるはずなのだから。
「おやすみなさい、マリナ」
そう呟くと、シーリン自身もマリナの背中に手を回し抱き合ったまま眠った。
今までに一度もなかった光景であった。
しがみつくのではない。
これから大人として生きる二人の、土台であり支え、そして、「思い出」として、残り続ける光景であった。
おわり
最終更新:2008年01月11日 19:18