ブブブブブブ……。
 さる国の応接間に奇怪な音が鳴り響いていた。
 会談が始まってから丁度二十分。その間、音は鳴り続けている。
 ――けれど、誰もその音について一言も触れようとしなかった。
 二国間の重要な外交の場。
 しかもその席に付いているのは第一皇女。
 異常なもの、不可解なもの、一つでも危険な要素は排除すべき場だというのに……。
 誰も奇怪な音について触れない理由――それが明白だから誰も触れようとしないのだ。
 そう、席についている全ての人間が、その音の発生源を理解していた。
 マリナ・イスマイール
 中東の新興国家アザディスタン王国の第一皇女。
 二十四歳という若さに対して、背負っている荷物はあまりに大きい。



 ――会談十二時間前。ホテルの一室。
 部屋着姿のマリナがベッドに腰掛けていた。
 マリナは付き人であり教師であるシーリンから渡された「宿題」を握り締め、伏し目がちに床の模様を睨みつけていた。
 別に、絨毯に描かれた模様が珍しいというわけではないし、気に入らないというわけでもない。――ただ、そこに絨毯があったから見つめていただけ――というより、彼女の目には柔らかな絨毯の毛先は一つとして見えておらず、違うものを見つめていた。
 彼女の瞳に映っているのは――不安。
「ふう、いいお湯だったわ。さすが先進国ね、お風呂も素晴らしいわ」
 ガラッと扉が開く音と共に声が室内に響いた。
 マリナは伏していた目を上げると、振り返り何かいおうとして――口をへの字に閉じていた。
「――あら。その様子だとちゃんと目を通してくれていたみたいね。えらいえらい」
 まるでローティーンの子供を褒めるような言葉に、マリナの口は更に曲がる。
「シーリン。女同士とはいえ、恥はないのですか」
 シーリンは一糸纏わず、成熟した女の肢体を露にしていた。
 その身体を見ると、マリナは一人の女として、スタイルの良さに憧れてしまう。
 豊満で、けれど綺麗に形が整った乳房。くびれた腰。張り出た尻は垂れ下がることなく、張り詰めている。濡れた陰毛すら艶かしい魅力があった。
 それに比べて自分は……とマリナは自己嫌悪に陥る。
 少女時代から代わり映えしない体型。パットを入れなければ女性的なラインを強調できない貧弱なもの。
 シーリンはくすっと笑った。
「ないわ」
 きっぱりとした言葉。
 シーリンはゆっくりとマリナに歩み寄ると、風呂に入って熱を帯びた指先でマリナの顎を持ち上げると、極自然に口付けを交わした。
 ちゅ、くちゅ、と短い唇の交差。
 頬を赤く染めたマリナは、しかしシーリンの手から逃げることなく、呟いた。
「……誰かに見られたらどうするの」
「それって、こうしてキスしてるところ? それとも、私の裸が?」
 からかうような口調。
「……いじわる言わないで。どちらもよ、シーリン」
 どう答えてもシーリンの掌の上だと分かっているからこそ言える率直な言葉。
 包み隠すことない二人の間柄。
 シーリンはにっこり微笑むと、マリナの頭をゆっくりと撫でた。
 マリナはくすぐったそうに目を細め、照れくさそうに言った。
「ねえ、シーリン。うまく出来たらごほうびくれる? そうしたら、がんばれるような気がするの」
 童女のようなマリナの言葉。
 シーリンは母親の笑みを浮かべ、再びマリナにキスをした。
「ええ、いいわよ。私のご主人様」
 そういうと二人は一緒に笑い、シーリンはマリナをベッドの上に押し倒した。



 再び応接間。
 机の上で書類がやり取りされるのを見ながら、マリナは穏かな表情で見ていた。
 エネルギーも物資も食糧もないアザディスタン王国において、変わらず支援してくれる国というのはありがたい存在であるが。だからといって、ずっと同じ国に頼り続けているわけにもいかない。
 いつ転覆するか分からない船に乗っているのに、ずっと追い風が吹き続けてくれると信じるのは愚か者のすることだ。
 風はいつかやむ。
 だから常に新しい風を呼び続けていなければならない。
 本来ならば風に左右されないように、自ら風を起こしていなければならないのだが、アザディスタンはそういうわけにもいかない。
 風を起こせるほど強い国ではないのだ。
 マリナの仕事とは、その新しい風を呼び込むこと。
 いつの日か、アザディスタンが自ら風を起こせるようになる、その日まで――
(そんな日は来るんだろうか?)
 マリナは公的な場でするには異様な姿で、交渉の場についていた。
 衣服を纏わず、アクセサリーも着けず、靴すら履かずに生まれたままの姿で革張りのソファの上で身体を小さくしていた。
 いや、生まれたまま、というわけでもない。
 一つだけ、たった一つ装身具を身に着けていた。
 それは、彼女の前に座りニコニコと微笑んでいるアザディスタン支援国の外交官である老人から、マリナに送られたもの。
 それだけを着けて外交の場に来るのが、支援枠の増大の条件だった。
 老人はマリナへ孫にでも向けるような視線を向け、言った。
「具合のほうはどうかな? マリナ皇女、貴女も年頃だ。それなりのを、と思ったのだが」
「え、ええ……」
 マリナは笑顔で全てを押し隠そうというようなポーカースマイルで言った。
「まだ私には少し大きすぎたようです」
「そうか、そうか」
 老人はうんうんと頷きながら、マリナの下腹部へ熱い視線を向けた。
 マリナの淫唇から、一本の筒が伸びていた。そう、それは筒と呼ぶのが正しい太さのものだった。
 マリナの膣には入らないような太さのもの。
 それを、この場に来る前にシーリンと二人がかりで強引に突っ込んだのだ。
 マリナは引き裂かれるような痛みを感じ続けていた。
 それも、マリナのために作られたらしい張子は、電動で震える機能を搭載しており、応接間に入って以来、膣はその機能のせいで痺れをおぼえ、麻痺しようとしていた。
 下腹からは徐々に感覚が失われていくのが分かる。
 それは足の痺れに似ていた。
 動かさなければ痛みも痺れもないのだが、少しでも動かしてしまうと、声にできない痛みが走るのだ。
 マリナは笑顔の下で、この会談が終わって後、自分の生殖器は正常な機能を果たせなくなるのではないのかと不安になった。
 早く交渉は終わらないのだろうかと、書類を交わすシーリンと老人の秘書を見ながら。
まだかかりそうだと、マリナはがっかりした。
 秘書たちが事務的な会話を続ける中、老人はただにこにこするばかりで、何も言わず、マリナの裸体を眺め続けている。
 マリナは自らの裸体に、女としての魅力があるとは思っていなかったが。それでも女の身体であり、男性の興味を惹くものだとは分かっていた。
 だから、書類に目を近づける振りをして、マリナの淫唇を覗き見たり、尖った乳房へ執拗な視線を向けてくるのも我慢できた。
 裸で来いといわれた時点で、そういう風に見られるのは覚悟のうえだった。
 だが、老人は違った。
 マリナを裸にしておきながら、その視線はマリナの顔に固定されているのだ。
 時折他の部位を見ることはあっても、それはほんの僅かな時間。男はマリナの表情を愉しむようにマリナを見続けた。
 見られていると分かると、余計に緊張してしまう。
 額から汗が流れるのを感じながら、マリナは顔を隠すため、ティーカップに注がれた琥珀色の液体を口にした。もう随分と冷めたその液体の底に、沈殿したどろりとしたものがあるのに気付いて、マリナははっとして、老人の顔を見た。
 老人はマリナの表情に笑みを深めた。
「よく気付かれた。だが飲む前に気付くべきでしたな」
 老人の言葉に二人の秘書の手が止まる。二人を交互に見る。
「……なにを入れたんですか」
 マリナはあくまで真っ直ぐに聞いた。
 ばれたのに誤魔化すほど、老人が愚かだとは思わなかったからだ。
「尿が出る薬ですよ」
 老人はにっこり笑った。
「ほら、その通りに」
 老人に指をさされて、老人以外のものたちも気付いた。そう最初に気付くべきマリナも、老人に言われてようやく気付けたのだ。
 マリナの尿道から、ちろちろと湧き出るように黄金色の聖水が出ていた。
 マリナの顔から冷静を装った仮面が消え、少女の表情になっていた。
「いやっ」
 短い叫び。
 マリナは両の手で尿道を隠し、止めようと指で押さえたが、とまることはなかった。
 ソファを、絨毯をマリナの尿が穢す。
 ソファも絨毯も、それを買う金があれば、アザディスタンの民をワンダースは救えるほど高価な代物だった。
 シーリンもどうしたものか、言葉を失っていた。
 どんどんと室内をマリナのおしっこの臭いが占領していく
「いや、止めて、止めてください」
 叫ぶマリナへ老人はにこやかに笑って言った。
「弁償――していただかないとなりませんな。ソファに絨毯」
 指をパチンと鳴らすと、室内に鋼の筋肉を鎧った男たちが入ってきた。
 日に焼けた屈強な肉体を見て、マリナは絶望的な気分に襲われた。
(私は、これから彼らに冒されるというの)
「いやよ、そんなのいやぁ」
 マリナは立ち上がると、窓際へと逃げていた。そうしている間にも、痺れた秘部からは尿が漏れ続けていた。
 老人はにこやか。
「ええ、もちろん。皇女をレイプするなど、外交問題になりませんからな」
 自分がマリナにさせたこと、仕打ちを全く無視して老人は言った。
「ですから、秘書官殿に肩代わりしていただくことにしましょう。部屋を汚した罪をね」
 その言葉に、マリナの顔は絶望に染まった。
 しかし、マリナを更に追い込むことが起きた。
 壁を背にしてシーリンを見ると、彼女は気丈にも笑って見せたのだ。
「あら、外交官様は、私のような女がお好みで? でしたら、夜一緒に寝てさしあげたのに」
 ふふと状況に似合わぬ落ち着きぶりでシーリンは言った。
 老人は「いいや」と笑った。
「わしはマリナ皇女の大ファンでね。彼女の色々な表情を見るのが好きなのだよ。だが彼女が他の男に犯されているのは見たくないし、わしのは役にたたん。その代わりといってはなんだが」
 そういうと、マリナの背後の窓が暗色に染まり、モニターに変わった――そこに映っているのは、マリナとシーリン。
 それは数時間前のことだった。
 張子を押し込むにはマリナの身体を受け入れる体制にしなければならない。
 だからと二人は言い訳しあって、悲惨な状況だと言うのに笑いあって、抱き合った。互いの身体を。
「……ぃ、ひ」
 裸で乱れる二人の姿。ホテルには隠しカメラがしかけてあったのだ。
「マリナ皇女が愛する侍女を穢されるのを、マリナ皇女に見ていただき。絶望を味あわせる――という趣向だ」
 マリナは髪を掴み、顔を掴み、崩れた表情で荒く呼吸を繰り返した。言葉が何も生まれてこなかった。ただ状況を受け入れたくないと言う思いが、涙を産んだ。
「駄目ですよ。泣いたら」
「……あなたがこれから酷い目に遇うのに、私は、私はぁっ」
 シーリンは衣服を自ら脱ぎながらマリナに言った。
「貴女が優先すべきはアザディスタンのこと。私ではないのよ」
「でも――」
 シーリンはいつもの笑みでマリナに笑いかけた。
「できなければ。私が貴女を見捨てるわ」
 その言葉にしゃっくりしたようにマリナの言葉はひっこんでいた。
 シーリンはこれから好きでもない男に犯されるというのに、なんで笑えるんだろう?
 なんでシーリンは私にこうまで期待してくれるのだろう?
 なんて、私は無力なんだろう――
 シーリンは裸になると、床に膝をつき、手近にいた男の黒々とした陰茎を掴み咥えた。
 じゅぷ、くぷっと水音をさせながら、いやらしく咥えるシーリンの背後から一人の男が近づき。張り詰めた尻肉を割り、隠された肛門に舌を這わせた。
「ひっ――」
 シーリンは悲鳴をあげ……なにごともなかったようにフェラチオを再開した。
 開いている手を、老人の秘書が掴み、自らの股間を握らせた。
 三人の男に嬲られるシーリンから視線を逸らそうとすると、同じようなことをしている自分たちの姿が見えて、マリナは絶叫をあげていた。
 自分もシーリンの身体を求める、あの野獣のような連中と同じではないか――そんなことを認めたくなくて。この状況から抜け出したくて、マリナは駆けた、シーリンの元へと。
 男たちを突き飛ばすと、シーリンの手を掴み部屋を飛び出していた。
 自分でもなにがしたいのか分からなかったが、それでもこうする以外のことを考えられなかった。
 だが二人の逃避行は、直ぐに終わった。
 廊下へ飛び出した所で、シーリンに引き止められ、頬を叩かれたのだ。
 シーリンは嘆きのような怒りのような感謝にも似た――しかしどれでもない曖昧な表情で言った。
「これでいいのよ、これで」
 シーリンは部屋へ戻った。
 扉が閉じて、中が見えなかったことだけが、救いと言えるのかも知れない。
 マリナは外務省の廊下で泣きじゃくった。
 その姿を誰に見られても、マリナは恥ずかしいという気持ちを覚えなかった。



夜。
 与えられたホテルの一室、二人は浴室にいた。
「ねえ、くすぐったいったら」
 可憐な――昼間の事態が嘘のように思えるような笑い声が、湯気で真っ白になった浴室に響いた。
 これだけ湯気を張れば監視カメラも役に立たないはずだ。
 シーリンは浴層の縁に腰掛けて、ころころと笑い声をこぼしていた。
 だが、一緒に入っているマリナの表情に笑みはない。
 伏しがちの目に、暗い炎を宿して、シーリンの膣に指を突っ込み、吸いだしていた――
不浄な男どもの精液を。
 どれだけ吸い出しても掻き出しても、どろどろと溢れてくる白濁色の液体に、マリナの中にある炎は更に強まっていく。
「……」
 マリナは誰にも聞こえない声で呟いた。
「え? なに?」

 その言葉は誓い。
 自分への約束。
 ――マリナは決めた。
 シーリン一人も護れないのに、国を救えるものか。
 伏した瞳の奥に、暗色の炎を灯して――


 ブブブブブブ……。
 さる国の応接間に奇怪な音が鳴り響いていた。
 会談が始まってから丁度二十分。その間、音は鳴り続けている。
 ――けれど、誰もその音について一言も触れようとしなかった。
 そんなことを気にするものなどいなかった――

「あっ、うんっ、うう」
 外交官である男を床に組み伏して、マリナは笑った。その尻には極太の張子が挿入されている。
 マリナは下腹を男の陰茎に擦りつけながら、
「あのぉ」
 マリナは男の乳首に吸い付き、頬を寄せ、甘えた声で言った。
「食糧のぉ、支援を、増やしていただけないでしょうかあ」
 男は一瞬だけ外交官の顔に戻ったが、マリナの乳房に塞がれ、胸の中で消えた。
 マリナはずりずりと這いのぼり、今度は男の顔に自らの淫唇をあてがい、言った。
「増やしてくれるなら、ココに挿入てもいいですよ。貴女が、満足するまで」
 そういったマリナは笑っていた、微笑んでいた。
 男が頷くと、更にマリナは笑みを深める。
「ありがとうございます。じゃあ次は、私に食糧支援してくださいね」
 マリナ・イスマイール
 中東の新興国家アザディスタン王国の第一皇女。
 二十四歳という若さに対して、背負っている荷物はあまりに大きく。
 その身に宿す焔は穢れ易い。

最終更新:2008年01月11日 19:36