坂上波旬の釈放


「最初はグー……じゃーんけーん、ぽんっ!」

深夜、公道にて地域最大規模の暴走族がママチャリに乗った一般人?に壊滅させられるというニュースが町内に広がり渡った後日。その下手人たる坂上波旬は、何故か一人でじゃんけんを延々と行っていた(一々理由を問うのもきっと阿呆らしいのだろう)。

「あははははははっ! また俺の勝ちだ!」

自身の出した右の握りこぶしの勝利に、波旬は大笑して勝利宣言のようにそのグーを振り上げる(勿論一人で)。そしてその歓喜に浸るのも束の間に再び両手を握ってじゃんけんを始める。勝敗が決まれば其方の手を振り上げて高らかに勝利を叫ぶという繰り返し。普通の人間ならまず初めに自分一人でじゃんけんをするという無意味さに首を傾げ、やったとしても恐らく数回で飽きるような行為を、坂上波旬はかれこれ半日以上繰り広げていた。十秒に一戦としても約四千三百回。一切の休息を取らずに謎の一人遊び続ける○○歳の男が其処に居る。

……そう、留置所の檻の中に。

「ついに……ついに手に入れたぞ俺の理想の天狗道をよぉぉおおおおおお!!」

暴走族虐殺事件の犯人として、波旬は事故現場に駆けつけた我らが秘密警察『ゲシュタポ』の皆さんに当然のように逮捕されていた。勿論初めは近づいてくるパトカーの群れに「また鬱陶しい塵共が湧いてきやがった……」とこめかみに血管を浮き上がらせた波旬だったが、よく考えてみると警察にて事情聴取を行った後入れられるのは彼の愛する孤独と静寂に満ちた檻の中である。それに気づいた彼は驚くほど素直に罪を認め、イヤイヤながらも全肯定することで取り調べにも応じたのだった。

「あぁ耐えたかいがあった……鬱陶しい塵共め。俺は全部認めてやってるんだから早く檻の中に入れろよ一人にしろよ静かにしろよぉぉおお! カツ丼とかいらねえんだよどうせならカレーもってこいやカレェェェエエ!!」

「カレーなら外に出てから食え。ほら、出ろ坂上波旬。釈放だ」

「……は?」





「よう、兄貴。親族代表として迎えに来てやったぜ」

「てめえかぁぁああ! また俺の天狗道の邪魔しやがったのはよぉぉおお!!」

カラッとした太陽が照らす晴天の中、波旬は助走をつけるために駆け出すと、笑顔で自分を迎えに来た弟の顔面にそれはもう見事なドロップキックをぶちかました。

「ぶべらぁっ!? な、なにしやがんだクソ兄貴! それがバカやらかした兄の身柄を引き取りに来てやった素晴らしくデキた弟様に対する仕打ちかよ!?」

「うるせぇ黙れや塵屑め! 俺は俺だけで満ちた俺の天狗道が欲しいだけなのになんでいつもいつもテメェは邪魔しやがんだよぉぉおお!!」

「仕方ねえだろうがゲシュタポの人から「お宅の波旬さんが釈放に決まりましたので引き取りに来て下さい」って電話があったんだからよ!」

「んなわけあるかぁぁああ! こちとら大量殺人犯だぞ舐めんなゴラァア!? いつからこの法治国家はそんな凶悪犯を一日で釈放するようになったんだよぉぉおお!!」

兄弟仲良く胸倉を掴みあっての殴り合いを警察の前で披露しながら、波旬は至極常識的かつおかしなことを叫ぶ。それに最初に首を傾げたのは覇吐だった。

「……は? 殺人って、何言ってんだ兄貴? 別に誰も死んじゃいねえだろ?」

「お前こそ何言ってんだついに脳に蛆でも涌いたのか? 俺はこの手であの鬱陶しい塵共を確かに滅尽滅相して―――」

「―――其処に居やがったのか覇吐! てめえちったぁ待ちやがれよ!」

胸倉を掴み、拳を振り上げた状態で固まる坂上兄弟に駆けつけてきたのは、日傘をさした白貌の青年――つい昨日波旬がその肉片も残さず消し飛ばした凶月刑士郎そのひとだった。

確かに殴って殺して消し去ったはずの塵が再び自分の目の前に現れたことに、波旬はあんぐりと口を開けて硬直する。

「あ、波旬さんオツトメご苦労様でした! すみません昨日は散々迷惑をかけて……俺、これからは真面目に生きます!」

当の刑士郎はそんな相手の困惑など気にせず、どこかキャラ崩壊を感じさせるほどの礼儀正しさで波旬にビシッ!と頭を下げる。

「……なぁ塵愚弟。なんでこいつはピンピンしてやがるんだ? わけがわからねぇぞどういうことだ?」

「なんでも何も、昨日兄貴が刑士郎をぶん殴って更生させたんじゃねぇの? 俺はそう聞いたぞ?」

「はァ? 俺が? こいつを? 更生? ……何言ってんだお前?」

「いやぁ刑士郎のやつ大学落ちてから荒れてたからさぁ、俺も仲間内でどうしようか考えてたんだよ。そしたら昨日突然刑士郎から電話がかかってきて、「俺が間違ってたんだ。何が夜だ馬鹿馬鹿しい。お前のお兄さん……波旬さんの言うとおりだ。俺はイキがってただけだった。それをあの人がぶん殴って俺の性根を叩き直してくれたんだ。まるで一回死んで生まれ変わったみたいな気分だぜ。今時あんな風に魂に響く怒り方をしてくれる人なんかいねぇよ。拳を叩き込まれるたびにまるで魂が消し飛びそうな衝撃が~~~」みたいなことを……」

「馬鹿野郎覇吐! 恥ずかしいこと言うんじゃねぇよテメェ!!」

今度は横から割り込んできた刑士郎が覇吐と喧嘩を始めたため、波旬はわけのわからないままぽかーんとその場に居ながらも置いていかれてしまっていた。

一体何を言ってるんだこの愚弟は? そんなのまるで俺が良く出来た人格者みたいだろうが。まるで俺が塵のことを想っていたみたいだろうが。ありえねぇ。俺の思想は生まれたときから天狗道。俺は俺だけ幸せであればそれでいい。俺だけあればそれでいいんだ……。

「あ、いたいた覇吐ー、刑士郎ー」

「そこに居たのか覇吐」

「波旬さんも一緒ですね」

「ふむ、アレが刑士郎を更生させたという男か」

「や、夜行様……初対面の人にアレというのはいかがなものかと……」

「兄様、こういうところで喧嘩は控えてくださいまし」

変態の愚弟、昨日潰した塵に続いて、乳脂肪で存在の八割が構成されていそうな女、鬱陶しい志を押し付けてきそうな女、腰に模造刀?を挿した女みたいな男、変態×2、そして昨日潰した塵と同じ白い髪の女がやってくる。

ああ、なんでこいつらみんな俺を見てくるんだ? なんでお前ら口々に「まさか今時こんな男気に溢れた益荒男がいたとはねー」だの「覇吐のお兄さんとは思えないほど出来た人だ」だの「兄様が大変お世話になりました」だのと眼を輝かせて口にする? 止めろよ塵ども鬱陶しいぞ。俺はただ五月蝿かったから潰しにいっただけなんだよ都合のいい解釈してんじゃねぇよ褒めるんじゃねぇ敬うんじゃねぇ讃えるんじゃねぇぇえええ!

「おいこら塵愚弟……何を勘違いしてるか知らねぇが言ってやれ……。俺がどんな人間かをよ」

そうだ、俺が何を言っても肯定的に解釈しそうな塵共も、あいつの口から出た真実なら受け止めるはず。俺はお前らなんかに関わって欲しくないんだ近づいて欲しくないんだ理解なんて求めてないんだ。だから消えろ、失望して立ち去れ。俺はお前らが都合よく描いた人格者なんかじゃねぇんだよ。

「は? どんな人間かってそりゃあ―――」

そうだ言ってやれ。俺は自分本位で自己中心的で唯我独尊な、自閉症で無職のヒキコモリだと。あの刑士郎とかいう塵を殴りにいったのだってただ俺が俺のために俺の静寂を求めただけのことだと。お前の数少ない俺の役に立てる場面だろうがしっかりやれ。

そう睨みつけるように念じる波旬の思惑を感じ取ったのか、覇吐はおもむろに口を開いた。

「―――そりゃあやっぱり自慢の兄貴だぜ? いつも自分に対する自信に満ち溢れてるし、意外に綺麗好きで自分の部屋は毎日綺麗に掃除してるし、腕っ節だって百人力どころの話じゃねぇしよ。ちょっと人見知りしたり、照れ隠しが下手だったりするけど、それは本音の裏返しだし―――」

「―――お前ちょっと黙れやぁぁあああああああ!!!」

本日二回目の波旬のドロップキックが、覇吐の横っ面に綺麗にめりこんだ。

「ごぶらぁっ!? な、なにしやがんだよバカ兄貴! 人がせっかく兄貴の対人関係を構築するのを手伝ってやろうと褒めちぎってやったのに!」

「余計なお世話極まりねぇぇんだよこの塵屑がぁぁああああああ!! 俺は俺だけで満ちているんだよ俺以外なんか誰一人として必要じゃねぇんだよ放っておけよ一人にしろよ関わらせようとするんじゃねぇえよぉぉおおお!!」

「友達作れとまでは言わねぇからまずは人付き合いに慣れることから始めろよ! 折角「今まであんまり会わなかったけど実はいい人だった」っていう絶妙な立ち位置から始められるってのに!!」

「五月蝿ぇえんだよこの糞がぁぁあああ! やっぱり潰す。俺の天狗道の最大の障害はてめぇだ塵愚弟。今度こそ魂の一欠片も残さずに滅尽滅相してやらぁぁああああ!! 卍曼荼羅ァ――」

「ちぃ、仕方ねぇ……。だったらこっちも春画曼荼……って、あ……そういやヌキヌキポンシリーズ朝大学に持って行ったときに竜胆に全巻没収されてたんだった。た、タンマ! お、お兄様まさか武器も何もないこの無抵抗な弟相手に暴力振るったりなんかしたりしないですわよね?」


「――無量大数ゥゥゥッ!!(ただの右ストレート)」


「ですよねぇぇぇえええええええええええええええええ!?」


……こうして、坂上覇吐は成層圏を突破しお星様になった。

―完―


  • このSSの波旬がカレー好きで安心したのは俺だけじゃないはずw お疲れさまでしたー(^-^)/~~ -- 名無しさん (2012-06-05 20:31:47)
  • 刑士郎が立ち直ったwwwwwwwwwww -- 名無しさん (2012-06-05 22:24:05)
  • これは続きが出たら波洵、ただの振りおろしで地球貫通して月までぶっとばせるようになるんじゃない?あと単純なん攻撃なら何でもいいんなら右ストレートオンリーはマンネリ化する可能性ありなのでタダの蹴りとかヘッドバットとかも…いや、なんでもない -- 名無しさん (2012-06-06 00:01:07)
  • 乳脂肪で八割が更生→構成では? -- 名無しさん (2012-06-06 17:07:33)
  • いつも自分に対する自身→自信では? -- 名無しさん (2012-06-06 17:09:46)
  • (∴)よし、優秀な天狗道の細胞ども、その間違いを滅尽滅相(修正)しておけ。俺は今パソコンからネットにアクセスできねぇんだよ -- ザミパン (2012-06-06 19:29:08)
  • (∴)俺の天狗道の塵が優秀すぎて怖い……十五分と経ってねぇぞ…… -- ザミパン (2012-06-06 19:45:29)
  • お褒めに預かり光栄です。あと塩味のケーキは食べてませんので一族滅尽滅相はやめてください -- 名無しさん (2012-06-06 20:03:45)
  • 上条波旬のそげぶ!(無量大数)相手は死んだ後に更生する -- 名無しさん (2012-06-07 03:18:15)
  • おつー。これで完結なのか。またこのシリーズやってくれーw -- 名無しさん (2012-06-07 10:00:59)
  • この調子で誰か、サタさんの一日を書いてほしい。歴代神格強制蘇生の割にいないから -- 名無しさん (2012-06-07 21:41:44)
  • このシリーズおもしろすぎる!できることならば続いてほしいものだが・・・ -- 名無しさん (2012-06-08 13:44:10)
  • いっつも春画曼荼羅で笑ってしまうwwww -- 名無しさん (2012-07-01 23:05:21)
  • なんだ。これは。腹が満たされるどころかどんどん減っていく。ああ、もっと、もっとだ。もっと語って俺の飢えと渇きを癒してくれ。 -- 他化自在天喇叭 (2013-03-21 13:24:34)
  • ああ なぜだ なぜ満たされない 癒されるどころか 飢えていく なんたることだ。 -- 他化自在天喇叭 (2013-03-21 13:30:12)
  • 波旬に対する覇吐の評価がすげえww どんな性格の奴でもプラスに出来るんだな -- 名無しさん (2013-11-05 09:43:00)
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最終更新:2013年11月05日 09:43
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